一端の女なら、、、、
皆さん
「ローマ人の物語」
という本をご存じでしょうか?
我が家には
ハードカバーの本 の形で
1mちょっとの幅を取って
本棚に並べられています。
この本を 読んでいたころに
質問されたことがあります。
「自分の 意のままになる男」
を選ぶか
「自分が 従っていく男」
を選ぶかと。
その本の中には
「一端の女なら
人生に一度は 考えるテーマだ」と
書かれていたようです。
さて
私の答えは
「あるよ」でした。
お見合いをして
初めてお会いした人と 結婚する時代でもないので、
何度かお付き合いもありました。
付き合わずとも
みんなで協力して 何かを行うときなど
その人となりは 感じられるわけで、
「こんな性格の人だと 独りで遊びに行きにくいな」
とか
「この人だど 自分の築きたい家庭像 と違うな」
とか
要所要所で
考えていくのは 自然なことだと思います。
その中で
自分の性格を 自覚していったし、
人との付き合い方も 覚えていきました。
それと同時に
自分に合う性格や 考えも見えてきます。

ある知人に 言われたことがあります。
「相手があることは
思い通りには いかないものだ。」と。
確かに 難しい。
されば、結婚相手は
よほど慎重に 選ばなくてはなりません。
「意のままになる男」を選べば、
昔でいう 「総合職」について
ばりばりと 働くことになるだろう。
子育ても 「のんびり」という訳にはいかなくなる。
「自分が従っていく男」を選ぶなら
経済面は 全面的に夫に依存することになるだろう。
しかし、子どもと「のんびり」と過ごす時間は
十分になるだろう。
そんな夢も広がっていく。
結果、
私は「意のままにならない男」と結婚した。
つまり、経済的自由を捨てて 安定を取った。
子どもも授かり、家も購入した。
日中は子育てと家事、PTAへの参加。
夢に見たものに 近かった。
しかし
人生は面白いもので
そんなに単純ではない。
「一端の女」は
子どもが 手を離れていくと
少しずつ、経済的自立を獲得し、
「相手に従うこと」を辞めてしまう。
そして
夫を「意のままになる 男」に
することは 無いまでも
「対等な立場」を獲得していく。
「相談してほしかった」と
言わせてしまったことがあった。
「あれは まずかった」と反省はしているが、
もはや 従うポジションには ない。
ローマ人の時代から 変わらないのか
人間の本質は そんなに変りようがないのか
今は どちらでもない安定を 獲得している。
最後までお読みいただきありがとうございました。
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