メインコンテンツへスキップ
見出し画像

えっ?この貨物は落ちました?!〜国際航空輸送の裏側〜 第四話

    「随分ゴタゴタしてたわねェ」
     ドンマイ。と少し哀れまるような顔を春野さんにされた。
    「お疲れ」
     多田も何だかんだ見守っていたらしい。
     コーヒーを飲みながら余裕そうな顔をしているのを嫌味だと思ってしまうのは、私の心が狭いからなのだろう。
    「ちょっと、屋上行って来ます」

     いつもの屋上。

     手を伸ばせば届きそうな大きな飛行機。
     成田空港だけで一日の発着数は800~900機だと言われている。
     (あそこに、どれだけの貨物が載っているのかな)

     やりがいはあった。
     やり切ったという達成感もあった。

     けれども、やっぱりあの飛行機に乗るのは私が良い。

     空港には物語がある。
     でも、それは人間の話だ。
     貨物にもドラマになるような物語は、あるのだろうか?

     ***

    「午後からも頑張りましょうね~」
    「はい!」
     元気に言ったが空元気だった。心の中はモヤモヤしているし、午前中の疲れを引きずっている。
     十五時頃になると全ての貨物の通関許可が下り、私は一息ついた。パソコンも問題なし。これであとは配達が無事完了したか追跡するだけだ。
     明日以降のフライトの出荷も今のところは労力のかかりそうな依頼はない。
     インボイスを一枚ずつ見て、いつもと違う品名の物がないか確認する。新しい品物があったら、通関課から「これってなんですか?」と聞かれる可能性が高いので後手に回りたくない。
    「うわ、なんだこれ。また危険品とかやめてよ?」
     変な商品を見つけて身震いした。パソコンみたいなのはしばらくいいって。
     メールで商品の説明を聞けばいいのだけれど、危険品だったらと思って電話をすることにした。
    「スワローエクスプレスの夢野です。高橋さんいらっしゃいますか?」
     高橋さんは明るく優しいおじさんだ。私を孫かなんかだと思っている節があって、どこか親しみやすい。この前訪問したらハーゲンダッツも出してくれたし。
    「はい、高橋です。夢野さん、ちょうど良いところに!」
    「何かありましたか?」
    「今上司にBCPについて考えて欲しいって言われてて。ウチは海上輸送メインだけど、たまに急ぎのやつだけ航空輸送してるでしょ?航空と海上、それ以外も含めてウチの主要工場への複数の輸送ルートを提案して欲しいんです」
    「分かりました。資料作成しますね」
    「できれば明後日来れたりしないかな?直接説明貰わないと上司に説明できる自信なくてね。またハーゲンダッツ出しますよ」
    「ハーゲンダッツ!あはは、いつも色々とすみません。そうですね……午後なら訪問できます」
    「十五時でどうですか?」
    「承知しました。あと、今日の出荷の件でお聞きしたいことがあって……」
     商品説明をもらって、失礼します〜と電話を切る。
     さて、危険品ではなかったことだし、安心して出荷を進めよう。引き続き書類をチェックしたり、フライトが決まったものから通関や搬出の依頼をしていく。
     しかし、飛行機のスペースが混雑しているらしく、夕方になっても半数以上のフライトが決まらない。フライトが決まらないとできない事は結構ある。
    「大丈夫?夢野ちゃん」
    「ハイ……昨日よりは早く帰れますので、春野さんは先に帰ってください……」
    「あらそォ?頑張ってね」
     お先です~と春野さんはにこにこしながら帰って行った。
     時間のある日、春野さんはアフターファイブを楽しんで帰ると言っていた。デパートに買い物に行ったりして帰るらしい。優雅。
    「あ!明後日同期の飲み会じゃん!明後日外出の予定入れちゃったよ」
     イレギュラーな出荷は無かったので、昨日よりは早く帰れそうだ。私の次に残業しがちの(一位と二位の差は歴然だ)黒田さんと同じくらいの時間に帰れそう。
     黒田主任は無口だしよくイライラしていて怖い。大田係長に「もう少し愛想良くしろ」と言われているし、一度あの温和な影武者課長にも注意されていた。
     そんな事を考えていたら、黒田さんが向こうからやって来た。
    「……お、お疲れ様です」
     すれ違ったので一応挨拶しておく。挨拶は大事だ。
    「……」
     軽く頭を下げて去って行った。頭を下げられたけど、長い髪の間から見えた目は睨んでいた気がする。挨拶しただけなのに。

     ***

     翌朝。
     昨日は早く来たが、今日はいつも通りの時間に出社した。
     出社して真っ先に確認したのは、あのパソコンが予定通り昨晩の飛行機に載ったかだ。急ぎだし、イレギュラーなものなので問題が起こりやすい。
     とは言え、昨晩何の連絡もなかったし、普通に考えたら搭載されているはず。
     搭載されたかは、社内システムで見ることができる。パソコンのAWBの送り状番号を入力する。
    「えっ……」
     搭載されてない!!!
     落ちてる!!
     まさか私何かミスした?!?
     搭載ができなかった貨物についてまとめて社内連絡が来ていた。急いで理由を確認する。
    「理由、理由……baggageバゲージ……」
     旅客用の手荷物が多くて一部搭載できなかった貨物があり、その一部搭載できなかった貨物に運悪くパソコンは選ばれてしまったらしい。
     フライトは……今日の夜
    「何でよぉ~急いだのにぃ~」
     昨日の朝死ぬほど急いでやったアレは何だったのか。
     田端さんに良い連絡ができると思っていたのに、残念ながらフライト遅延の連絡することになってしまった。
     断じて私のせいではないんです!全力を尽くしたんです!本当なんです!!心の中で田端さんに抗弁してみる。
     春野さんも気にしてくれていたらしい。搭載確認の社内システムを見て「あらあらァ~」と残念そうに言った。
    「自然災害と航空会社の都合に私達は無力だから仕方ないわねェ」
     私達なんて所詮そんなものだ。頑張ったところで報われるとは限らない。
     こんな小さなパソコンニ台。あっさりと落とされるのだった。
    「気を取り直して、お仕事頑張りましょうねェ」
     良くも悪くもスピード命のこの仕事。あまり落ち込んでいる暇はない。
     一つため息を吐いて受話器を取る。
    「お世話になっています。スワローエクスプレスの夢野です。田端さんいらっしゃいますか……」

    ***

     パソコンの手配を終えてニ日後の朝。
     パソコンは遅延連絡通り昨晩のフライトに搭載され、今朝方それを確認した私は田端さんにアポを取り付けた。
     私は午後に田端さんと高橋さんのニ人に会いに行った。高橋さんとは昨晩作成したBCP資料を見せて話をして終わりだ。
     田端さんには請求書を直接渡しに行くことにした。
     こういうイレギュラーな出荷は請求書の送り漏れが起きやすいし、郵送だと担当者が慣れていなくて見落とす可能性があるので手渡しが確実なのだ。
     私のミスではないとはいえ一日遅れてしまったので、その罪滅ぼしもかねて田端さんと話をする。
    「一日フライト遅れてしまいましたが、パソコン間に合いますでしょうか?」
    「あ、えぇ、まぁ……なんとか。パソコン送るだけでこんなに手間がかかると思いませんでした。勉強になりました」
     田端さんは技術者らしい作業着を着た三十代前半の男性だった。
    「輸出って慣れてないと難しいですよね。色々とお手数おかけしました。ご協力ありがとうございました」
     そう言って頭を下げると、田端さんは少し表情を和らげた。
    「いえ、こちらこそお手数おかけしました。今度出張する時は忘れ物しないように言っておきます。パソコンニ台輸送するだけで大変だったんだぞって」
    「そうですね。ですが、また困ったことがあったらいつでも力になります」
    「ありがとうございます。ご丁寧に今日も来て頂いて」
    「お気になさらないで下さい」
    「それにしても、旅客の荷物のせいで貨物が載らなくなることがあるんですね」
    「今春節に入ったところなんです。中国人が大移動していて、旅客便が全体的に混んでいて……」
    「そんなことで混雑が……」
     その後少し話をして「引き続き到着まで確認致します。請求書もお願いします」と封筒を手渡して田端さんと別れた。
     
     ***

    「多田、今日の飲み会行く?」
     外出から帰って必死に仕事をしながら私は多田に聞いた。
    「行かない。入札対応あるから」
     冷たく言い放たれた。
    「そうなんだ、忙しいんだね。入札大変だね」
    「夢野は行くの」
    「うん。仕事終わり次第だけど」
    「同期によろしく」
     珍しく多田が少し刺々しい。いつもドライな奴だけど、逆に言えば感情的になることがないのだ。
    「夢野」
    「ん?」
    「悪い、飲み会出るなら忙しいよな。何でもない」
     今度は少し困っている気がする。
     何で?入札対応上手くいってないの?でもそれを私に話すかなぁ。話されても何も役に立てないのは、多田も分かっていると思うけど。
     なぜか気になってしまった。
    「大丈夫だよ、少しくらいなら。今日は急ぎの仕事ないから」
     この仕事は明日でも間に合う。明日少し早めに来れば大丈夫だろう。
     多田がふ、と息を吐いた。
    「客とどんな話してる?」
    「え?」
    「夢野の電話聞くと、客と親し気だから」
    「あ~うん。よくお客さんのところ訪問してるから仲良いのかも」
    「確かによく外出してるよな。それで残業しまくっているわけか」
    「う…」
    「客からよく来いって言われてるよな」
     外出ばっかりしているから通常業務が押して残業するんだとまた言われるのかと思ったが、言い方からは責められている気がしない。この前とは少し感じが違う感じがした。
    「なんか困ってることないか気になってつい行っちゃうの。だから逆に呼ばれることも多いのかもね」
    「俺は呼ばれた事ほとんどない」
    「そうなの?」
    「会っても、ほとんど仕事の話しかしないし」
     電話口でハーゲンダッツの話してたのがバレたか?
     多田の表情は変わらないけれど、声のトーンが少し低い気がした。彼にしては珍しい。
    「仕事の話で良いんじゃない?仕事だもん。無理に仲良くならなくたって……」
     そう言うと黙ってしまった。……失敗したかも。
    「気になるなら教育係の大田係長に相談してみたら?営業のベテランだから、どういう雑談すればいいか私より知ってるよ」
    「そうだな。じゃぁ、俺は先に帰るよ」
    「え、あ、お疲れ…」
     スタスタと歩き去る背中を見送る。入札やるはずだったのに帰ったってことは、嫌われた?
     もうわけ分かんない。
    「この時間こそ無駄じゃん」
     馬鹿馬鹿し。早く飲み会行こう。私は急ピッチで仕事を進めることにした。

    ***

     今日の同期の飲み会に来るのは、主に成田組と呼ばれる人達だ。
     スワローエクスプレスは海外と日本全国に支店があり、同期の多くは日本全国の支店の営業課に配属されているのだけれど、一部の人は営業ではなく現場、つまりCFS課、通関課、予約課に配属の人がいる。
     成田支店は空港近くのため特殊で、営業課と総務課以外は現場の部署のみで構成されている支店だ。同期で総務課配属はいなかったので、多田と私はこの成田組で唯一の現場以外の人間だった。
    「ごめん!遅くなって」
     今回集まったのはCFS課から三人、通関課から二人、予約課から二人、私を含めて計八人。現場の人達は案外残業が少ない。朝が早かったり夜勤があったりするが、シフト制なので相当現場が忙しくなければ定時上がりなのだ。
     とりあえずビールを頼み、通関課の友達の万捺よろずなつの隣に座った。
    「お疲れ、夢野ちゃん。営業課、忙しい?」
    「今日はお客さんのところ行ってたから忙しかったかな」
    「営業は客に振り回されて大変ってイメージだよな」
     CFSの瀬高長廣せたかながひろがフライドポテトをがばっと掴み口に入れる。
    「俺だったらイライラしてしまいそうデス」
     予約課でグローバル採用研修員のハイデン・エリックが呟いた。
    「エリックは最近イライラしすぎー」
     私がそう言うと肩をすくめるエリック。
    「営業がコロコロ物量変更するからデスヨ。フライト決めるのやり直しばっかりデス!」
    「確かに、個数変更あると、通関も書類差し替えになって面倒、かな」
     万捺がうんうんと頷く。
    「こっちはフライト決まらないと貨物動かせねー」
     航空ラベルが貨物に貼れないからCFSからしたらそうだろう。
    「多田は忙しいの?」
     瀬高が私に聞く。そうすると、もう一人の通関課の女子が話に入ってきた。
    「多田君来ないの?!」
    「あ、うん。入札対応で忙しいって……」
    「なんだそれ」
     瀬高は興味なさそうに言った。
    「入札って、なんか格好いいね!」
    「まぁ、すごいと思うよ」
    「仕事できてイケメンで頭いいって、最強だよね~。出世しそう~」
     CFSの女子社員も言う。
    「多田、この前電話したけどちょっと苛ついたわ」
     予約課のエリックではないもう一人の男子が言った。
    「まぁ、あいつ性格キツイっていうか、言い方酷いよなぁ」
    「こっちの都合全然考えないしね」
    「『こっちも客から依頼されてるんで、何とかして下さい』だっけ?あれは腹立ったわ」
     会話の雲行きが怪しくなってきた。いくら多田とは言え、こういう会話は好きじゃない。
    「夢野ちゃん、同じ課の春野さんって、どんな人?」
     捺が会話を方向転換した。彼女のこういうところが私は好きだ。
    「優しい私の教育係だよ」
    「そうなんだ。穏やかで、いい人だよね。同じ課でも、そんな感じなんだ。この前見慣れない品名があって、よく分からなくて。電話で、質問したの。そうしたら、詳しく説明してくれて。勉強になったんだ」
    「春野さんは本当に優しいし、仕事の事よく知っているし、余裕があって格好良いんだよ!」
    「あぁ~春野さんね。感じいい人だよな。どんな見た目なの?」
     現場の人達は電話かメールかチャットでしか営業課の人間と話さない。毎日関わる割に顔を見たことがないので興味津々だ。
    「いつもお花の香りを漂わせていて、朝は必ず素敵なカップで紅茶飲んでてね……」
    「うわーイメージ通りだ」
    「話し方からそんな感じだと思ったよね」
     電話口からでも皆から優雅なイメージなのか。すごいな、春野さん。
    「大田係長は?俺この前先輩から聞いたんだけど、フルネームが大田太志って名前で「小さくて細い大田太志です!」って自己紹介するって聞いたんだけど」
    「うん、そうなの!面白いの!」
    「黒田さんってどんな人?」
    「うーん、黒田さんは……」
    「黒田さん感じいいよね」
    「えっ」
    「うん。なんか現場の事分かってるって感じ。早く搬出作業依頼してくれるし」
    「指示が的確デス」
     予想外にも、現場に好評な黒田さんだった。
    「あの、私も聞いても良い?この前CFSの山岡さんって人とパソコンの出荷で電話したんだけど……」
    「あぁ、あのパソコン?夢野がテンパってたって、山岡さん笑ってたわ。どうなったのあれ?」
    「パソコンって……あぁ、夢野ちゃんから、いつもと見慣れない品物の、通関依頼が来てたやつ。事前に相談してた、よね」
    「あー夢野サンの出荷で、バッテリーで危険品の表示があったやつデスネ。メモ欄に“最速お願いします!“とか書いてあったヤツ。うっすら覚えてマス」
     基本的にお互い顔の見えない人達だ。でも、毎日のように話す人達であり、一緒に貨物を送る人達。
    「あれ落ちたの!」
     一つの貨物で話が通じる。

     翌日、私はフィリピン支店からパソコンの配達完了がチャットで届いているのを見つけた。
    「田端さん、配達完了しましたよ、パソコン!」
     電話で伝えると、田端さんは嬉しそうにしていた。

     (貨物の物語って、もしかしたらこういうところにあるのかな?)

     もう少し見届けてから転職するのもありかも、と思ってしまった。
     
     〜了〜

    ※本作は、筆者の実体験をもとに構成したフィクションです。登場する人物・団体・企業名などは架空であり、実在のものとは関係ありません。

    #創作大賞2026 #お仕事小説部門
     

     

     
     
    書くの大好き!!! pixivとかなろうとかカクヨムで小説書くのが趣味。 次に好きなものは、読書とゲーム。 引きこもりがちなので、休日は運動がてら散歩しながらカフェ巡り。 なろう https://mypage.syosetu.com/3001726/

    あなたへのおすすめ