
海の王者オルカ 第5話「師匠シリウスの教え」
第5話「師匠シリウスの教え」
岩礁の海域
夜明け。岩礁の海域。
シリウスがどっしりと構えている。その前にオルカが背筋を伸ばして立っている。ドルンは少し離れて見守っている。
シリウス
「今日から本格的な修行を始める」
オルカ(張り切って)
「うん!何から?」
シリウス
「まず、泳ぎだ」
オルカ
「泳ぎ?もう泳げるよ?」
シリウス
「確かにお前は泳げる。しかしな、泳げることと泳ぎを知っていることは違う」
オルカは首をかしげる。
シリウス
「海流を読め。今この海域では、どちらに流れが走っているか」
オルカはきょろきょろと周りを見回す。水を感じようとするが、よくわからない。
オルカ
「……わかんない」
シリウス
「正直でいい。ではこれを見ろ」
シリウスが小さな海藻の欠片を口からそっと放つ。欠片はゆっくりと北東へ流れていく。
シリウス
「海流は今、北東に流れている。泳ぐときにこれを味方につければ速く進める。逆らえば体力を無駄に使う」
オルカ(目を輝かせて)
「なるほど!」
シリウス
「理解するだけでは足りない。体で覚えるまで繰り返す。行くぞ」
午後
開けた海域。魚の群れが遠くに見えている。
シリウスとオルカが並んで観察している。
シリウス
「あの魚の群れを狩れ。ただし、必要な分だけだ」
オルカ
「必要な分だけ?」
シリウス
「海の生き物は食うために狩る。見せびらかすために狩るのではない」
オルカは力強く頷いて、魚の群れへと向かう。
しかし勢い余って突っ込みすぎ、群れ全体が一斉に散ってしまう。
静寂。
魚の影が消えた海。ドルンが口を手で覆う(ような仕草をする)。
オルカ(呆然として)
「……あ」
シリウス(静かに)
「何が起きた?」
オルカ
「……全部逃げた」
シリウス
「なぜ逃げた?」
オルカ
「……突っ込みすぎた、から」
シリウス
「力があれば勝てる、と思っていたか」
オルカはばつが悪そうに黙る。図星だった。
シリウス
「力は道具だ。使い方を誤れば、何も得られない。それだけではない。あの魚たちは今日、住処を捨てて逃げた。必要以上に脅かした者の責任だ。わかるか?」
オルカは下を向く。
オルカ
「……ごめん」
シリウス
「私に謝るな。魚たちに謝れ。そして次は同じ過ちを犯すな」
夕暮れ
オルカがシリウスの前に座っている。少し落ち込んだ表情。
オルカ
「ねえ、シリウス様。父さんも失敗したことあった?」
シリウス(間を置いて)
「ある」
オルカ
「どんな失敗?」
シリウス
「若い頃のシャーオン殿は、お前に似て力で押し切ろうとする癖があった。ある日、縄張りに入ってきた大きなサメを1匹で追い払おうとして、逆にひどい傷を負った」
オルカ(驚いて)
「父さんが?」
シリウス
「仲間が助けに来なければ、どうなっていたかわからない。その後シャーオン殿は私のところへ来て、こう言った。『俺は何が足りなかった?』と」
オルカ
「シリウス様は何て言ったの?」
シリウス
「『仲間を信じることだ』と言った」
オルカはその言葉をゆっくりと噛み締める。
シリウス
「王とは力ではなく、知恵と慈しみで海を導くものだ。力は確かに必要だ。だが力だけでは、誰もついてこない」
オルカ
「知恵と慈しみ……」
シリウス
「今日お前が散らしてしまった魚たちのことを、明日も明後日も覚えていろ。その記憶が、やがて知恵になる」
オルカは真剣な顔で頷く。
ドルン(遠くから)
「あの……そろそろ私もお腹が空いたんですが……今日の夕食は……?」
シリウス(ため息まじりに)
「お前は今日の分は自分で狩れ」
ドルン
「えっ、私もですか!?」
オルカが思わず吹き出す。シリウスも、口の端をわずかに上げる。
夜
月明かりの下、オルカが1匹で海流を感じる練習をしている。
目を閉じて、水の動きを体全体で受け取ろうとしている。
シリウスがそっと近づく。
シリウス(静かに)
「何を感じる?」
オルカ(目を閉じたまま)
「……北東の流れ。それと……もう1本、細い流れが斜めに交わってる」
シリウス(少し驚いたように)
「……どこで気づいた」
オルカ(目を開けて)
「水が、ちょっと違う温度なんだ。そこだけ少し冷たい」
シリウスは黙ってオルカを見る。
シリウス(静かに、しかし確かな賞賛を込めて)
「……筋がいい」
オルカ(照れて)
「そう?」
シリウス
「ただし、喜ぶのは早い。感じるだけでなく、使えるようになって初めて意味がある」
オルカ
「わかってる。まだ練習する」
シリウス(珍しく優しい声で)
「……今日はもう休め。体も使わなければ育たない」
オルカはシリウスの傍らに寄り添うように浮かぶ。
オルカ
「シリウス様は眠るの?」
シリウス
「マッコウクジラは眠り方がお前たちと違う。半分ずつ眠る」
オルカ(興味津々に)
「半分ずつ?どういうこと?」
シリウス
「脳の半分を眠らせながら、もう半分で泳ぎ続ける」
オルカ
「すごい……僕にもできる?」
シリウス
「お前はシャチだ。真似しなくていい」
オルカはくすっと笑う。
夜の海が静かに揺れる。
師と弟子が並んで、月を見ている。
翌朝
昨日と同じ海域。遠くに別の魚の群れが見えている。
オルカが慎重に、水の流れを感じながら静かに近づいていく。
シリウスとドルンが遠くから見守っている。
ドルン(小声で)
「今日はどうでしょう……?」
シリウス(小声で)
「黙って見ていろ」
オルカが群れの外側に静かに回り込む。海流を使って無音で近づく。
絶妙な角度から群れの端をそっと分断し、必要な数だけ確保する。残りの群れはほとんど逃げない。
ドルンが口を開けて驚いている。
ドルン
「……できた!オルカができた!」
シリウス(静かに頷いて)
「……一晩で覚えたか」
オルカが戻ってくる。得意げな表情だが、どこか照れくさそうでもある。
オルカ
「どうだった?」
シリウス
「合格だ」
オルカ(ぱっと顔が明るくなって)
「本当に?」
シリウス
「ただし、これは始まりに過ぎない。今日の合格が明日の慢心になるな」
オルカ(笑って)
「わかった!次は何を教えてくれる?」
シリウス(ゆっくりと泳ぎ出しながら)
「……ついてこい」
オルカが元気よくシリウスの後を追う。ドルンも慌てて泳ぎ出す。
広い海が、今日も光を受けて輝いている。オルカの修行は、まだ始まったばかりだ。
第5話 完