
宮廷賢者アルトリア 第23話「暴威との接触」
第23話「暴威との接触」
レオニスの部屋
重厚な扉が閉まり、部屋の中には張り詰めた空気が漂っている。窓の外には夜の王都。
机の上には今回押収された毒薬資料の一部が並べられていた。レオニスは椅子に座ったまま、静かに報告書へ目を通している。
やがて……
コンコン――
扉が叩かれる。
レオニス
「入れ」
刑務長官が部屋へ入る。
刑務長官
「失礼いたします陛下」
レオニスは報告書を閉じる。
レオニス
「ホゴンのほうはどうだ?」
刑務長官
「現在、地下牢へ投獄しております。右手を失っているため医官を付け、厳重監視下に置いております」
レオニス
「尋問は?」
刑務長官
「近いうちに開始予定です」
レオニスの目が鋭くなる。
レオニス
「急げ」
刑務長官
「はっ」
レオニス
「やつの裏にはアントニウスがいるはずなのだ」
刑務長官の表情も引き締まる。
刑務長官
「……やはり陛下もそうお考えですか?」
レオニス
「ホゴンほどの男が単独で動くはずがない」
レオニスはゆっくり立ち上がる。
レオニス
「毒の流通、研究施設の隠蔽、王都への拡散……」
レオニス
「これほど大規模な計画、宮廷内部の協力なしには不可能だ」
刑務長官
「現在、警備体制も強化しております」
レオニス
「足りん」
刑務長官
「……!」
レオニスは窓の外を見つめる。
レオニス
「相手はアントニウスだ。やつは“失敗した駒”を決して生かしてはおかん」
刑務長官の額に汗が流れる。
刑務長官
「ま、まさか……」
レオニス
「口封じに来る可能性がある」
部屋に重い沈黙が落ちる。
レオニスは静かに振り返る。
レオニス
「地下牢の警備を厳重にしろ。尋問開始まで、誰1人としてホゴンに近づけるな」
刑務長官
「はっ!!」
刑務長官は深く頭を下げ、急いで部屋を出ていく。扉が閉まる。
部屋に1人残ったレオニスは、静かに呟く。
レオニス
「……アントニウス」
レオニスの瞳には、長年の政敵への強い警戒が宿っていた。
セリアの部屋
豪華な食卓には温かな料理が並び、部屋の中には穏やかな香りが漂っている。
アルトリアは席に座り、セリアが目の前へ料理を運ぶ。
セリア
「さあアルトリア、召し上がれ」
アルトリア
「ありがとうございます。いただきます」
アルトリアは丁寧にスープを口に運ぶ。その瞬間、少し目を見開く。
アルトリア
「……おいしい」
セリアはどこか嬉しそうに微笑む。
セリア
「ふふ、今日はうまくできたわ」
アルトリアは夢中で料理を食べ進める。その様子をセリアは頬杖をつきながら見つめていた。
セリア(心の声)
(……これで……ほかの侍女たちを見ないようになればいいな~……)
そんなことを考えながら、じーっとアルトリアを見る。しかしアルトリアは全く気づいていない。
アルトリアはふと思い出したように顔を上げる。
アルトリア
「そういえば……ホゴンのほうはこれからどうなるのですか?」
セリア
「そうだったわ」
セリアは紅茶を口に含む。
セリア
「刑務省の長官は、近いうちに尋問をするそうで、父上が急がせているわ」
アルトリアの表情がわずかに曇る。
アルトリア
「……嫌な予感がします」
セリア
「?」
アルトリア
「父曰く、アントニウス公爵は狡猾な方です。捕まった部下を、そのままにしておくでしょうか?」
セリアの目が細くなる。
セリア
「……当然、口封じをするわね」
アルトリア
「はい……」
部屋の空気が少し重くなる。
アルトリアは考え込むように視線を落とした。
アルトリア
「それに……ヴェルナ王国のラーダム王を殺した犯人も、まだわかっていません」
セリア
「……」
アルトリア
「宮廷騎士団の護送中に殺害されたのなら……」
セリア
「騎士団の中に……旧貴族派の人間がいたと?」
アルトリア
「はい」
アルトリアは静かに続ける。
アルトリア
「そして護送に関わった人間の多くが事故や病で亡くなったのなら……」
アルトリアの瞳が鋭くなる。
アルトリア
「おそらく、“病死”した者たちも……実際はホゴンの毒によって……」
セリアは思わず黙る。そこまで繋げて考えていたことに、わずかに驚いていた。
しばらくして、セリアはアルトリアを見つめながら口を開く。
セリア
「……あなた、ここに来た時からどんどん智謀がさえわたってきたんじゃない?」
アルトリア
「?そうですか?」
セリア
「そうよ」
セリアは真っ直ぐアルトリアを見る。
セリア
「今回だって、流通ルートだけでホゴンを追い詰めて……あんなことができるのは、この大陸でも多分……あなたか、アルゼリアのイルーシャ王女くらいよ」
アルトリアは少し困ったように笑う。
アルトリア
「買いかぶりすぎですよ」
セリア
「いいえ」
セリアは即答する。
セリア
「あなたは、自分がどれだけ恐ろしいことをやってるのか自覚が足りないの」
アルトリア
「恐ろしい……ですか?」
セリア
「敵からしたら、ね」
セリアは小さく笑った後、ふっと表情を柔らかくする。
セリア
「でも今は推理の時間じゃなくて、ご飯の時間」
セリアはアルトリアの皿へ追加の料理を乗せる。
セリア
「冷める前に食べなさい」
アルトリア
「あ、ありがとうございます」
アルトリアは再び料理を口に運ぶ。
セリアはそんな彼を優しそうに見つめる。しかしその瞳の奥には――迫りつつある不穏な気配への警戒も宿っていた。
カーン邸
夜。広大なカーン邸の一室。暖炉の火だけが静かに揺れている。
部屋の中では、アントニウスが椅子に腰掛けたまま、苛立たしげに貧乏ゆすりをしていた。
トントントントン……
普段は滅多に感情を表に出さない男。だが今は明らかに焦っていた。
机の上には……
ホゴン捕縛
地下研究施設壊滅
毒流通網崩壊
などの報告書が並んでいる。
アントニウス
「……」
アントニウスは目を閉じる。脳裏に浮かぶのは、ホゴンの顔。そして――アルトリア・フィリア。
アントニウス
「まさか流通経路から辿り着くとはな……」
アントニウスは静かに呟く。
アントニウス
「バーンズ以上かもしれん……」
その目がゆっくり細くなる。
アントニウス
「いや……あの小僧は“流れ”を見始めている。放置すれば必ずここまで辿り着く」
沈黙。
やがてアントニウスはゆっくり机へ向かう。紙を広げ、筆を取る。
サラサラ――
短い文。無駄のない命令。
書き終えたアントニウスは、封蝋を押す。
コンコン
アントニウス
「入れ」
使用人が部屋へ入る。
使用人
「お呼びでしょうか旦那様?」
アントニウスは書状を差し出す。
アントニウス
「ラボール城へ行け」
使用人
「……ラボール城、でございますか?」
アントニウス
「これをブルートスに渡せ」
使用人
「ははあ」
使用人は恭しく受け取る。しかしその瞬間、わずかに表情が強張る。
封蝋の印。それは“黒い鷲”。旧貴族派内部でも、極秘命令にしか使われない印だった。
使用人
「……すぐに向かいます」
アントニウス
「ああ」
使用人は急いで部屋を出ていく。扉が閉まる。
静寂。
暖炉の火が揺れる。
アントニウスは椅子にもたれ、深く息を吐く。
アントニウス
「悪いな……ホゴン。お前は少々喋りすぎる」
その声に感情はない。ただ合理だけがあった。
刑務省・地下通路
2日後――重苦しい空気が刑務省を包んでいた。
地下牢の扉が開く。
ギィィ……
鎖につながれたホゴン・ジャロムが、兵士たちに囲まれながら連行される。右手は失われ、顔色も青白い。
かつて狂気じみた執念を見せていた男とは思えないほど、今のホゴンには生気がなかった。
ホゴン
「……」
刑務官
「歩け」
ホゴンは無言のまま歩く。
地下通路には厳重な警備。周囲には騎士団と刑務官たち。その先では、尋問室の準備が進められていた。
その瞬間――
ヒュッ――――!!
風を切る音。次の瞬間――
ドスッ!!
1本の矢が、ホゴンの胸を正確に貫いた。
刑務官
「なっ――!?」
ホゴンの体が大きく揺れる。
ホゴン
「が……ぁ……ッ……!!」
兵士たちが騒然となる。
騎士A
「敵襲!!」
騎士B
「矢はどこからだ!?」
騎士たちが周囲へ走る。しかし放たれた方向には誰もいない。
ホゴンは膝から崩れ落ちる。
ドサッ――
口から大量の血が溢れる。
ホゴン
「ぁ……ア……ン……」
何かを言いかける。しかし、ホゴンの瞳から完全に光が消える。
刑務官
「……死亡、確認」
地下通路に重苦しい沈黙が落ちる。
騎士団は即座に周囲を捜索する。屋上、通路、外壁、鐘楼、ありとあらゆる場所を調べる。
しかし――
騎士A
「見つかりません!!」
騎士B
「侵入経路も不明です!!」
刑務官
「馬鹿な……!」
刑務官たちにも緊張が走る。完全封鎖下、それでも暗殺された。つまり内部事情を知る者の犯行。その事実だけが、不気味に残った。
その頃――刑務省から少し離れた建物の屋根で黒い外套を羽織った人物が、遠くの騒ぎを眺めていた。
顔は見えない。だがその手には長弓。
???
「……フッ」
小さく笑う。そしてその人物は、風のように闇へ消えていった――。
刑務省・地下通路
騒然とする地下通路。
兵士たちが慌ただしく動き回り、刑務官たちが現場封鎖を進めている。
その中を――アルトリアがイルハレム、ジェームズ、ダイムを連れて駆け込んでくる。
アルトリア
「遅かったか……」
アルトリアはその場に横たわるホゴンの遺体を見る。胸には深々と矢が刺さっていた。周囲にはまだ血が広がっている。
イルハレムも表情を険しくする。
イルハレム
「……出し抜かれましたね、従兄上」
ジェームズは周囲を警戒しながら口を開く。
ジェームズ
「ザックからの報告によると、その矢がホゴンの胸に刺さったそうです……」
アルトリア
「その矢か?」
刑務官が布に包まれた矢を差し出す。アルトリアは静かに受け取る。そして目を細める。
アルトリア
「……」
ダイム
「アルトリア様?」
アルトリアは矢じりをじっと見つめる。その形状に金属の削り方、羽根の加工、何かが引っかかっていた。
そして、アルトリアの瞳がわずかに見開かれる。
アルトリア
「……この矢の先端」
イルハレム
「?」
アルトリア
「ラーダム王の遺体の胸に刺さっていた矢と似ている」
その場の空気が変わる。
ダイム
「!?」
ジェームズ
「なっ……!」
イルハレムも驚愕する。
イルハレム
「ま、待ってください従兄上……!」
イルハレム
「それってつまり……!」
アルトリアは静かに立ち上がる。
アルトリア
「13年前にラーダム王を殺した犯人と……今回ホゴンを暗殺した犯人」
アルトリアの目が鋭くなる。
アルトリア
「実行犯は同一人物の可能性が高い」
全員に緊張が走る。
ダイム
「13年前から動いていた暗殺者が、今も……」
ジェームズ
「しかも旧貴族派側……」
アルトリアは再び矢を見る。
アルトリア
「矢羽根の加工が特殊だ。軍用ではない。おそらく特注品」
イルハレム
「つまり犯人を追える可能性が?」
アルトリア
「……ある」
アルトリアはホゴンの遺体へ視線を向ける。
アルトリア
「ホゴンは“口封じ”された。つまり敵は、まだ王宮内部に強い影響力を持っている」
ジェームズ
「ではこの暗殺も……」
アルトリア
「間違いなく計画的だ」
アルトリアはゆっくり歩き出す。
アルトリア
「ラーダム王殺害、ホゴン暗殺、そして旧貴族派……全部、繋がり始めている」
その瞳には、真実へ迫ろうとする鋭い光が宿っていた。
ラボール城
夜。
山岳地帯に築かれた巨大なラボール城。重厚な石壁に囲まれたその城は、まるで外界を拒絶する要塞のようだった。
その最上階の薄暗い一室で、アントニウスとラボール城の城主、ブルートス・ローレンが向かい合っていた。
机の上には高級酒。部屋には静かな火の音だけが響いている。
アントニウスは酒杯を傾けながら、満足げに口を開く。
アントニウス
「よくやったぞブルートス。さすが我が剣だ」
ブルートスは静かに頭を下げる。
ブルートス
「お褒めに預かり、光栄にございます」
2人は酒を酌み交わす。
カラン――
静かな音が響く。
アントニウス
「ホゴンも愚かな男よ。捕まった時点で終わりだというのに」
ブルートス
「恐怖に呑まれていたのでしょう」
ブルートスは淡々としている。まるで人を殺した直後とは思えないほど。
アントニウスは不敵に笑う。
アントニウス
「13年前も、お主にラーダム王の暗殺を頼んで正解だったわ」
その言葉にも、ブルートスは全く動じない。
ブルートス
「いえ。護送する騎士を、我が配下で固めたため成功いたしました」
ブルートスは酒を口に含む。
ブルートス
「今では侯爵の爵位に、このような立派な城までいただけた。我が一家も楽しく暮らせております」
アントニウス
「それは何よりだ」
アントニウスは笑う。だがその目には一切の温かみはない。
アントニウス
「レオニス王は甘い。敗王など生かしておけば、いずれ火種になる」
ブルートス
「だからこそ、ラーダム王は死ぬ必要がありました」
アントニウス
「ああ」
部屋の空気が重くなる。
ブルートスは窓の外を見る。
ブルートス
「ですが……」
アントニウス
「?」
ブルートス
「フィリア家の三男、アルトリア・フィリアは危険です」
アントニウスの目が細くなる。
ブルートス
「ホゴン暗殺後、矢を見ただけでラーダム王暗殺との関連に気づきました。勘ではなく、構造から辿っています」
アントニウス
「……」
ブルートス
「放置すれば、いずれここまで辿り着きます」
沈黙。
暖炉の火が揺れる。
やがてアントニウスは、静かに酒を飲み干す。
アントニウス
「だからこそ面白い」
ブルートス
「……」
アントニウス
「バーンズを超えるかもしれん知恵の持ち主ならば、この私自ら叩き潰す価値がある」
ブルートスは黙って頭を下げる。
アントニウスはゆっくり立ち上がり、窓の外の闇を見る。
アントニウス
「さて……次はどう揺らしてやろうか?」
その笑みは、まさに国家を裏から操る怪物そのものだった。
玉座の間
重苦しい空気が場を支配していた。赤い絨毯の先、玉座に座るレオニスは深く頭を抱えている。
レオニス
「……ホゴンを殺されては、どうしようもないではないか……」
刑務長官が膝をつき、頭を下げる。
刑務長官
「申し訳ございません」
レオニス
「完全封鎖下で暗殺されるとは……」
レオニスの声には怒りと苛立ちが混じっていた。
その場には王太子ガイナスにピエール、ロバート、テイラル、カイゼルら重臣たちも集まっている。
レオニスはゆっくり顔を上げ、ピエールを見る。
レオニス
「アルトリアからは何かないのか?」
ピエール
「はい」
ピエールは静かに一歩前へ出る。
ピエール
「実は、重要な手がかりを見つけたそうです」
ロバート
「手がかりだと!?」
ピエール
「ホゴンに刺さっていた矢の先端が、ラーダム王の遺体に刺さっていたものと似ていたそうです」
その瞬間、場の空気が変わる。
ガイナス
「……!」
ロバート
「何だと……?」
レオニスの目が鋭くなる。
レオニス
「……ラーダム王を殺した者と、同一人物だというのか?」
ピエール
「可能性は高いでしょう」
静寂。
レオニスは肘掛けに手を置き、ゆっくり考え込む。
レオニス
「当時の宮廷騎士団の責任者は……」
ロバート
「……ブルートスでしたな」
レオニス
「そうだ」
レオニスの表情が険しくなる。
レオニス
「ラボール城城主、ブルートス・ローレン侯爵」
ガイナス
「まさか……あの者も旧貴族派……?」
レオニス
「……」
沈黙。
テイラルが静かに口を開く。
テイラル
「ブルートス侯爵は、長年地方統治で実績を上げてきた人物です。民からの評判も悪くないですが……」
全員の視線が集まる。
テイラル
「今思えば、あまりにもタイミングが出来すぎています。ラーダム王暗殺後の侯爵位授与……ラボール城拝領……怪しいですな」
ロバートも腕を組む。
ロバート
「確かに、あの時期の論功行賞は異様に早かった」
ガイナス
「では本当に……」
レオニスは静かに目を閉じる。
レオニス
「……アントニウス」
レオニスの声が低くなる。
レオニス
「どこまで根を張っていた……?」
そしてレオニスは、ヴァレンツ失脚後に空席となっていた法務長官となったカイゼルを見る。
レオニス
「カイゼル」
カイゼル
「はっ」
レオニス
「密かにラボール城へ向かえ。そしてブルートスの動向を探って参れ」
カイゼル
「ははあ」
カイゼルは深く頭を下げる。
レオニス
「ただし慎重にな。もし本当に旧貴族派なら……奴は相当危険な男だ」
カイゼル
「承知しております」
カイゼルの目にも緊張が走る。そして玉座の間には、再び重苦しい沈黙が落ちた。
誰もが理解していた。これは単なる毒事件ではない――13年前の闇そのものへ、辿り着こうとしているのだと。
国務省 宮廷賢者専用執務室
机の上には……
ラーダム王暗殺記録
ホゴン暗殺報告
当時の騎士団編成資料
などが大量に広げられている。
アルトリアは椅子に座ったまま、静かに資料へ目を落としていた。
部屋にはイルハレム、ジェームズ、ダイムもいる。しかし誰も軽々しく口を開けなかった。
アルトリアは深く考え込む。
アルトリア(心の声)
(……もしラーダム王を殺したのが本当にブルートス侯爵なら……ホゴンを殺したのも彼の可能性は高い……)
アルトリアは机の上の矢の図面を見る。
アルトリア(心の声)
(同じ矢、同じ精度、そして口封じ)
アルトリアの目が鋭くなる。
アルトリア(心の声)
(本当にそうだとしたら……思わぬところに旧貴族派がいることになる)
沈黙。
暖炉の火だけが揺れている。アルトリアはさらに思考を巡らせる。
アルトリア(心の声)
(それにしてもアントニウス公爵……父上の親友だと言うけれど……)
アルトリアの脳裏にバーンズの穏やかな表情が浮かぶ。そして同時に、アントニウスの冷たい目も。
アルトリア(心の声)
(これまでの行動から見て、まるで正反対だ。腹の中がわからない)
アルトリアはゆっくり立ち上がる。椅子が静かに引かれる。
イルハレム
「従兄上?」
アルトリアは外套を羽織る。
アルトリア
「ごめん。少し急用ができた」
ジェームズ
「どちらへ?」
アルトリアは振り返る。その顔にはいつもの穏やかさではなく、鋭い知性が宿っていた。
アルトリア
「ちょっと敵城視察」
ダイム
「敵城……?」
イルハレムは目を見開く。
イルハレム
「まさか……!」
だがアルトリアは答えない。そのまま部屋の扉へ向かう。
ジェームズ
「お1人で行くおつもりですか!?」
アルトリア
「大丈夫。まだ“確認”しに行くだけだから」
扉へ手をかける。
アルトリア
「……もし予想が当たっていたら、この国の闇は想像以上に深い」
ギィ――
扉が開く。そしてアルトリアは、静かに部屋を出ていった。
残された3人には、ただ不穏な予感だけが残っていた。
廊下
夜の宮殿。静まり返った廊下を、セリアが歩いていた。
すると前方で、執務室の扉が静かに開く。
ギィ――
中から出てきたのはアルトリア。黒い外套を羽織り、どこか張り詰めた表情をしている。
セリア
「……アルトリア?」
だがアルトリアは気づかない。そのまま足早に廊下を去っていく。
セリアは不思議そうに首を傾げる。
セリア
「こんな時間に……?」
その時、執務室の中から慌てた声が聞こえてくる。
イルハレム
「まずいですよまずいですよ!」
セリア
「?」
セリアは思わず足を止める。
ジェームズ
「アルトリア様は多分あそこに行くはずだ!」
ダイム
「ラボール城……もしくは……アントニウス様のお屋敷!」
その瞬間、セリアの顔から血の気が引く。
セリア
「……っ」
セリアは目を見開く。脳裏に浮かぶのは……
ホゴン暗殺
ラーダム王暗殺
旧貴族派
ブルートス
アントニウス
そして、アルトリア1人で敵地へ向かった可能性。
セリア
「……馬鹿」
セリアは踵を返す。そのまま早足で廊下を進み、自室へ向かう。
セリアの部屋
勢いよく扉が開く。
バンッ!!
パーヤ
「ひゃっ!?」
突然の勢いに、侍女長パーヤが驚く。
セリアは迷いなく武器棚へ向かう。
ガチャ――
そこから愛剣を取り出す。
パーヤ
「姫様!?な、なぜ剣を持って……!?」
セリアは剣帯を腰に巻きながら答える。
セリア
「アルトリアが殺されるかもしれない」
セリアの声は低い。だがそこには、強い焦りが滲んでいた。
セリア
「それを見過ごせないわ」
パーヤ
「ま、まさかお1人で行かれるおつもりですか!?」
セリア
「時間がない」
セリアは外套を羽織る。その目は完全に戦場の騎士姫のものだった。
セリア
「相手が旧貴族派なら、もう動いている」
パーヤ
「ですが危険です!」
セリア
「危険だから行くのよ」
セリアは扉へ向かう。
パーヤ
「姫様……!」
セリアは一瞬だけ立ち止まる。そして静かに呟く。
セリア
「……あの人は、自分が狙われる可能性をいつも軽く考えすぎる」
ギィ――
扉が開く。
セリアは剣を携えたまま、夜の宮殿へ飛び出していった――。
カーン邸
深夜。王都でも有数の広大さを誇るカーン邸。その一室で、アントニウスとオリオンが向かい合っていた。
机の上には酒と数枚の報告書。暖炉の火が静かに揺れている。
オリオンは薄く笑みを浮かべる。
オリオン
「ホゴンを口封じできましたな、父上」
アントニウスは酒杯を揺らしながら答える。
アントニウス
「ああ。此度もブルートスが活躍してくれた」
オリオン
「さすがはラボール城の城主。13年前から、仕事ぶりは変わりませんな」
アントニウスは静かに笑う。
アントニウス
「ブルートスは実に優秀だ。口が堅く、感情で動かぬ。だからこそ私は信頼している」
その時……
コンコン――
部屋の扉が叩かれる。
アントニウス
「入れ」
召使いが頭を下げながら入ってくる。
召使い
「旦那様。お客様がお見えです」
アントニウス
「……私に客だと?」
アントニウスは眉をひそめる。
アントニウス
「こんな時間に誰だ?」
召使い
「それが……」
召使いも困惑していた。
召使い
「お名前を聞いても、“直接名乗る”としか……」
オリオン
「怪しいですな」
アントニウスは少し考え、ゆっくり立ち上がる。
アントニウス
「……行くぞ」
オリオン
「はっ」
カーン邸・玄関
重厚な玄関扉が開く。アントニウスとオリオンが姿を現す。
そして、その先に立っていた人物を見て、2人は一瞬言葉を失う。
そこにいたのは――黒い外套を羽織った、1人の青年。
アルトリアは落ち着いた様子で一礼する。
アルトリア
「お初にお目にかかります。アントニウス元国務長官」
静寂。
オリオンの目が見開かれる。アントニウスもわずかに目を細める。
アルトリアはまっすぐアントニウスを見つめる。
アルトリア
「バーンズ・フィリアの三男、アルトリア・フィリアです」
その瞬間、アントニウスとオリオンは、思わず驚愕の表情を浮かべるのだった――。
第23話 完