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宮廷賢者アルトリア 第24話「待ち続けた敵」

    第24話「待ち続けた敵」

    王都・夜道

    夜の王都を、1頭の馬が駆け抜ける。蹄の音が石畳へ激しく響く。
    その馬に乗っているのは、白銀の髪をなびかせたセリアだった。背には剣、表情は険しい。

    セリア
    「……っ!」

    風を切りながら、セリアは前だけを見る。

    セリア(心の声)
    (アルトリア……!無事でいて!)

    セリアはさらに速度を上げる。

    カーン邸・応接室

    静かな部屋。暖炉の火だけが揺れている。
    その中央で――アルトリアとアントニウスが向かい合って座っていた。

    アントニウスは椅子にもたれ、アルトリアをじっと見つめる。

    アントニウス
    「……愚かな奴だ」

    沈黙。

    アントニウス
    「なぜ私の屋敷まで来たのだ?」

    アルトリアは落ち着いた様子で答える。

    アルトリア
    「少し、お話をお聞きしたくて来ました」

    アントニウス
    「……」

    アルトリア
    「宮廷賢者としてではなく……」

    アルトリアは真っ直ぐアントニウスを見る。

    アルトリア
    「旧友の息子として」

    その瞬間、アントニウスが低く笑う。

    アントニウス
    「クク……なら……私がお主の父を憎んでいるのは知っているだろう?」

    アルトリア
    「はい」

    アントニウス
    「お主の兄達を殺したのも、私かもしれんのだぞ?」

    部屋の空気が冷える。だがアルトリアは動じない。
    アントニウスはさらに続ける。

    アントニウス
    「自分自身も殺されるかもしれんのに、わざわざここまで来るとは……父親譲りの甘さか?」

    アルトリアは静かに紅茶へ視線を落とす。

    アルトリア
    「父は、あなたのことをこう言っていました」

    アントニウス
    「?」

    アルトリア
    「“誰よりも頭が切れるのに、不器用な人だ”と」

    アントニウスの目がわずかに細くなる。

    アルトリア
    「だから僕は、あなたが本当に何を考えているのか知りたかった」

    アントニウス
    「……」

    アルトリア
    「なぜここまで旧貴族派へ肩入れするのか。なぜそこまで王国を揺らそうとするのか」

    アントニウスは、小さく鼻で笑った。

    アントニウス
    「……やはりお主は面白い。普通なら怯える。だが、お主は違う」

    アントニウスはゆっくり身を乗り出す。

    アントニウス
    「アルトリア・フィリア、お主は自分がどれほど危うい場所に立っているのか理解しているか?」

    アルトリア
    「ある程度は」

    アントニウス
    「ほう?」

    アルトリア
    「でも、あなたも僕を殺さない」

    その瞬間、アントニウスの眉がわずかに動く。

    アルトリア
    「今のあなたには、まだ僕を殺す理由より――“観察する理由”の方が大きい」

    アントニウスは再び低く笑った。

    アントニウス
    「ククク……バーンズ以上かもしれんな、お主は」

    先ほどまでの鋭い空気から一転し、アントニウスはゆっくり椅子へ深く腰掛けた。

    アントニウス
    「……お主の父とは若い頃からずっと議論を続けてきた」

    アルトリアは静かに耳を傾ける。

    アントニウス
    「政治、軍事、財政、国家とは何かを……」

    アントニウスは酒を一口飲む。

    アントニウス
    「バーンズは、昔から理想を語る男だった。民を豊かにし、腐敗を減らし、国を正しく導く。青臭いほどにな」

    アルトリア
    「……」

    アントニウスは少し笑う。

    アントニウス
    「だが奇妙な男だった。宰相の息子であるにも関わらず……辺境領主の息子に過ぎなかった私を、“友”と呼んだ」

    アントニウスの目は、どこか遠い昔を見ていた。

    アントニウス
    「当時の宮廷貴族どもは、私を田舎者扱いしていただがバーンズだけは違った。身分も家柄も関係なく、真正面から議論を吹っかけてきおった」

    アルトリアは静かに微笑む。

    アルトリア
    「……父らしいです」

    アントニウス
    「クク……そうだな」

    アントニウスは少し懐かしそうに笑う。

    アントニウス
    「若い頃は、よく朝まで語り合ったものだ。“どうすれば国を変えられるか”とな」

    アルトリア
    「では……昔は本当に同じ理想を?」

    アントニウスは少し黙る。そしてゆっくり答える。

    アントニウス
    「最初はな」

    静寂。

    アントニウスの目が徐々に冷えていく。

    アントニウス
    「だが宮廷にいるうちに、私は理解した。理想だけでは国は動かん。綺麗事だけでは、貴族も軍も民も制御できん」

    アントニウスは指で机を軽く叩く。

    アントニウス
    「時には恐怖と血が必要。国家とはそういうものだ」

    アルトリアは静かに聞いている。

    アントニウス
    「だがバーンズは違った。あやつは最後まで、人を信じようとした」

    アントニウスはアルトリアを見る。

    アントニウス
    「……そしてお主も、似ている」

    アルトリア
    「そうでしょうか?」

    アントニウス
    「ああ。だから危うい」

    沈黙。

    アントニウスは酒杯を揺らしながら続ける。

    アントニウス
    「宮廷は怪物の巣だ。信じる者ほど、先に食われる」

    アルトリアは少し考え込む。そして静かに口を開く。

    アルトリア
    「……でも」

    アントニウス
    「?」

    アルトリア
    「誰も信じなくなった時点で、その国はもう終わっているのではありませんか?」

    その言葉にアントニウスの目が細くなる。暖炉の火が、2人の間で静かに揺れていた。暖炉の火が静かに揺れる。
    アントニウスの言葉を聞き終えたアルトリアは、しばらく黙っていた。

    やがてアルトリアは、ゆっくり口を開く。

    アルトリア
    「恐怖による統治は、確かに短期的には有効です」

    アントニウス
    「……」

    アルトリア
    「人は恐怖に従う。逆らえば死ぬと理解すれば、表面上は秩序が生まれる」

    アルトリアは静かに続ける。

    アルトリア
    「でも、その先に待っているのは“沈黙”です」

    アントニウスの目が細くなる。

    アルトリア
    「民は本音を言わなくなる。部下は真実を隠すようになる。そして最後には――誰も国家そのものを信じなくなる」

    部屋の空気が張り詰める。

    アルトリア
    「恐怖は統治を強くするようでいて、実際には国家を内側から腐らせる」

    アントニウス
    「理想論だな」

    アルトリア
    「そうかもしれません」

    アルトリアはまっすぐアントニウスを見る。

    アルトリア
    「ですが、だからこそ父は腐敗貴族と戦った。そして今、僕も同じことをしています」

    沈黙。

    暖炉の火だけが揺れる。アルトリアはさらに続ける。

    アルトリア
    「あなたはもう、“レグナス王国”そのものを信じていない」

    アントニウス
    「……ほう?」

    アルトリア
    「だから外側に新しい力を作ろうとしている」

    アントニウスの指が、わずかに止まる。

    アルトリア
    「娘婿であるデモガン王を、ベルナード連合の盟主にしようとしているのも……それが理由ではありませんか?」

    その瞬間、空気が変わる。部屋の温度が下がったかのような錯覚。
    扉の外にいたオリオンも、思わず目を見開く。

    オリオン(心の声)
    (なっ……!?)

    アントニウスは無言。だがその瞳には、明確な警戒が宿っていた。

    アルトリア
    「ベルナード連合を掌握し、外からレグナスへ圧力をかける。あるいは――王国そのものを揺さぶるための“第二の柱”を作ろうとしている」

    アントニウスは低く笑った。

    アントニウス
    「……クク。恐ろしい小僧だ」

    アルトリアは静かに見つめ返す。

    アントニウス
    「そこまで辿り着くとは思わなかった」

    アルトリア
    「否定はされないのですね」

    アントニウス
    「する必要があるか?」

    その言葉に、アルトリアの目がわずかに鋭くなる。
    アントニウスは酒杯を持ち上げる。

    アントニウス
    「なら逆に聞こう。もしレグナスが腐敗しきり、救いようがなくなった時――お主は本当に、“民の信頼”だけで国を守れると思うか?」

    アルトリア
    「……」

    アントニウス
    「理想だけでは、怪物には勝てんぞ」

    アルトリアは静かに答える。

    アルトリア
    「だからこそ僕は“構造”を変えます」

    その答えを聞いた瞬間、アントニウスは初めて、真正面からアルトリアを“脅威”として見た。
    アルトリアは静かに続ける。

    アルトリア
    「父はよく言っていました。“腐敗した人間を排除しても、腐敗する構造が残れば意味がない”と」

    アントニウス
    「……」

    アルトリア
    「だから僕は、人ではなく“流れ”を見るようにしています。金の流れ、物資の流れ、情報の流れ、そして、人の欲望の流れ」

    アントニウスの目が細くなる。

    アルトリア
    「ホゴンもそうでした。研究施設ではなく、“毒がどこへ流れるか”を見た。だから辿り着けた」

    アルトリアは静かに紅茶を置く。

    カチャ――

    アルトリア
    「旧貴族派も同じです。誰が悪人かではなく、なぜ旧貴族派が今も勢力を保てるのか。その構造を壊さなければ、第二第三のアントニウス公爵が現れる」

    オリオンが扉の外で眉をひそめる。

    オリオン(心の声)
    (第二の……父上だと?)

    アントニウスは小さく笑う。

    アントニウス
    「面白い。つまりお主は、“怪物を倒す”のではなく、“怪物が生まれる国そのもの”を変えようとしているわけか?」

    アルトリア
    「はい」

    アントニウス
    「理想が大きすぎる」

    アルトリア
    「かもしれません」

    アルトリアは一切怯まない。

    アルトリア
    「でも今やらなければ、この国は、いずれ恐怖でしか支えられなくなる」

    アルトリアの脳裏に浮かぶのは、ラーダム王暗殺にホゴンの口封じ、旧貴族派の暗躍、民を駒のように扱う者たちの姿。

    アルトリア
    「僕は……兄たちが命を懸けて守ろうとした国を、そんな国にはしたくありません」

    その瞬間、アントニウスの表情からわずかに笑みが消える。アルトリアの言葉の中に、シャルルとハンスの面影を見たからだ。

    アントニウス
    「……」

    アルトリア
    「あなたは優秀です。父も、それは何度も言っていました。でも……」

    アルトリアは真っ直ぐアントニウスを見る。

    アルトリア
    「あなたは、国を信じることをやめてしまった。だから今のあなたは、“国家を守る政治家”ではなく……“国家を利用する支配者”になっている」

    オリオンの表情が険しくなる。

    オリオン(心の声)
    (無礼な……!)

    今にも部屋へ入ろうとする。だがアントニウスが片手を軽く上げ、制する。

    アントニウス
    「続けろ」

    アルトリアは一瞬だけアントニウスを見る。
    そして静かに言葉を続けた。

    アルトリア
    「ラーダム王暗殺、ホゴン口封じ、ベルナード連合への干渉、全部、“国家安定”の名目で行われている。ですが実際には違う」

    アルトリアの目が鋭くなる。

    アルトリア
    「あなたは、“制御できる混乱”を作っている」

    アントニウスの指が止まる。

    アルトリア
    「敵を生み、不安を煽り、恐怖によって人を従わせる。そうすれば、人は強い支配者を求める……違いますか?」

    沈黙。

    暖炉の火が小さく揺れる。
    やがてアントニウスは、低く笑った。

    アントニウス
    「クク……そこまで読んでいたか」

    その瞬間、オリオンが目を見開く。

    オリオン
    「父上!?」

    だがアントニウスは気にしない。

    アントニウス
    「そうだ。民など、恐怖なしではまとまらん。豊かになれば怠惰になり、自由を与えれば腐敗する。だから強い敵が必要なのだ」

    アルトリア
    「そのために人を殺すのですか?」

    アントニウス
    「必要ならな」

    即答だった。
    オリオンですら少し息を呑む。

    アントニウス
    「国とは巨大な獣だ。綺麗事だけでは制御できん」

    アルトリア
    「でも……」

    アルトリアは静かに返す。

    アルトリア
    「恐怖で繋がった国家は、必ず恐怖で壊れます」

    アントニウス
    「……」

    アルトリア
    「誰も誰も信じなくなった時、最後に崩れるのは“支配する側”です」

    沈黙。

    2人はしばらく見つめ合う。まるで互いの思想そのものを、測り合っているかのように。
    そしてアントニウスはゆっくり笑う。

    アントニウス
    「やはり惜しい」

    アルトリア
    「?」

    アントニウス
    「我々が手を組めば、この国は数年で大陸統一できる」

    その言葉にアルトリアは静かに首を横へ振った。

    アルトリア
    「遠慮しておきます。僕は、人を恐怖で縛る国には興味がありません」

    その答えを聞いたアントニウスは――どこか楽しそうに笑った。

    カーン邸・玄関前

    アルトリアは玄関口で立ち止まり、ゆっくりアントニウスへ向き直る。

    アルトリア
    「本日は、お時間をいただきありがとうございました」

    アントニウスは黙って見つめている。
    アルトリアは静かに一礼する。

    アルトリア
    「失礼します」

    外套を翻し、アルトリアはそのまま夜の闇へ歩き出す。
    屋敷の門がゆっくり閉まる。

    ギィ――……

    静寂。

    オリオンはアルトリアの背中が見えなくなるまで睨みつけていた。やがて苛立ったように口を開く。

    オリオン
    「父上」

    アントニウス
    「……」

    オリオン
    「なぜあの者をここで殺さなかったのです?」

    空気が冷える。

    オリオン
    「屋敷の中ならいくらでも方法はありました。事故でも、暗殺でも――」

    アントニウスは静かに酒杯を持ち上げる。

    アントニウス
    「いずれは殺す」

    オリオン
    「ならば――」

    アントニウス
    「だが……」

    アントニウスの目が細くなる。

    アントニウス
    「今殺してはつまらん」

    オリオン
    「……!」

    オリオンは理解できないという表情を浮かべる。
    アントニウスは窓の外を見る。

    アントニウス
    「久方ぶりだ、ここまで私と対等に話す人間は。恐怖せず、媚びもせず、それでいて私の思考を読みに来た」

    アントニウスは小さく笑う。

    アントニウス
    「まるで若い頃のバーンズだ」

    オリオン
    「……父上」

    アントニウス
    「だが違う」

    アントニウスの目が鋭くなる。

    アントニウス
    「あの小僧は、“構造”を見始めている。人ではなく、国そのものを変えようとしている」

    オリオン
    「危険です」

    アントニウス
    「ああ」

    即答だった。

    アントニウス
    「だからこそ面白い」

    沈黙。

    そしてアントニウスは静かに呟く。

    アントニウス
    「……アルトリア・フィリア、あの者は私が長年待ち続けた“敵”かもしれんな」

    その横顔には、不気味な愉悦が浮かんでいた。

    カーン邸外・夜道

    カーン邸を出たアルトリアは、石畳の夜道をゆっくり歩きながら考え事をしていた。

    アルトリア(心の声)
    (……アントニウス公爵。思った通り、相手は簡単には動かない。構造を壊すためには、次の一手を慎重に――)

    背後から、かすかに足音が響く。

    カツ、カツ、カツ……

    アルトリアは思わず振り返る。
    その瞬間――セリアの声が響き渡る。

    セリア
    「ア〜ル〜ト〜リ〜ア〜?見ぃつ〜け〜た〜」

    アルトリアは息をのむ。
    その目の前には、剣を握り、白銀の髪を夜風に靡かせたセリア。表情は鬼のように険しく、怒りに満ちていた。

    アルトリア
    「ひひひ……姫様……」

    アルトリアは思わず一歩後ずさる。背中の空気が一気に緊張で張り詰める。

    王都・帰り道

    夜風が静かに吹く。
    アルトリアとセリアは並んで石畳の道を歩いていた。セリアが乗ってきた白馬も、主人の後ろを大人しくついてくる。

    やがてセリアが呆れたように口を開く。

    セリア
    「まったく……どれだけ心配したことか……」

    アルトリア
    「僕が心配だったんですか?」

    セリアは即座に振り向く。

    セリア
    「当たり前よ!」

    セリアの目は少し涙目になっていた。怒っている。でもそれ以上に、本気で心配していたことが伝わってくる。

    セリア
    「相手はアントニウスなのよ!?何を考えて1人で敵地なんかに行ったの!?」

    アルトリア
    「い、いや……ちょっと話を――」

    セリア
    「“ちょっと”で済む相手じゃないでしょう!?」

    アルトリア
    「はい……」

    アルトリアは完全に押されている。するとセリアがふいにアルトリアの腕を組む。

    ギュッ――

    アルトリア
    「え!?!?ひひひひ姫様!?!?」

    セリア
    「お城まで私をエスコートしなさい」

    アルトリア
    「でででででも、馬に乗ればいいんじゃ……」

    セリアはじろりと睨む。

    セリア
    「また1人で危険なところに行かれたら嫌だから」

    アルトリア
    「ぐ……」

    完全に言い返せない。セリアはさらに腕を強く抱き寄せる。

    セリア
    「それと……」

    アルトリア
    「?」

    セリア
    「あなたが途中で他の美女を見ないように」

    アルトリア
    「えぇ……?」

    セリア
    「何?」

    アルトリア
    「い、いえ何でもありません……」

    アルトリアは困ったように苦笑する。

    アルトリア(心の声)
    (参ったな〜……)

    だが腕越しに伝わるセリアの体温は、どこか心地よかった。セリアはそんなアルトリアの様子を見て、少しだけ機嫌を直したように微笑む。
    そして2人は、静かな夜道を並んで歩いていくのだった。

    レオニスの部屋

    窓から差し込む朝日が、部屋を静かに照らしている。
    レオニスは椅子に腰掛け、アルトリアの報告を聞いていた。

    レオニス
    「もっと多くの人材が必要だと?」

    アルトリア
    「はい」

    アルトリアは真剣な表情で頷く。

    アルトリア
    「実は昨夜、アントニウス元国務長官と話をいたしました」

    レオニスの眉がわずかに動く。

    レオニス
    「……」

    アルトリア
    「彼は、恐怖と力による統治を前提として国家を見ています。ですが、その考え方は既に王国全体へ影響を及ぼし始めています」

    アルトリアは続ける。

    アルトリア
    「旧貴族派は、単なる一派閥ではありません。財務、軍、外交、地方統治、流通、様々な“構造”へ入り込んでいます」

    レオニスも真剣に聞いている。

    アルトリア
    「だからこそ、国家全体を変える必要があります。そのためには……今より遥かに多くの優秀な人材が必要です」

    レオニスは少し考え込む。

    レオニス
    「……そういうことなら」

    レオニスは机の引き出しを開ける。そして大量の書状を机へ置いた。

    ドサッ――

    アルトリア
    「!?」

    レオニスは少し笑う。

    レオニス
    「そなたの噂を聞きつけてな、国中から優秀な若者たちが、仕官を申し出てきたのだ」

    アルトリア
    「こ、こんなにですか!?」

    アルトリアは驚きながら書状を見る。
    そこには若手文官や地方役人、軍学校出身者、商人の子息、学者など、様々な人材の名が並んでいた。

    レオニス
    「中には、他国や他部族の者たちまでそなたに仕えたいと願い出ている」

    アルトリア
    「そんなところにまで……」

    レオニスは腕を組む。

    レオニス
    「私としては、将来この国の発展に役立ってくれる人材が増えるのは嬉しい限りだがな」

    アルトリアは書状を見ながら考え込む。

    アルトリア(心の声)
    (……国が変わり始めている。僕だけじゃない。“新しい時代”を望んでいる人たちが、少しずつ増えている)

    レオニスがふっと笑う。

    レオニス
    「どうやらそなたは、自分で思っている以上に人を惹きつけるらしい」

    アルトリア
    「そ、そんなことは……」

    レオニス
    「ある」

    レオニスは断言する。

    レオニス
    「恐怖ではなく、“期待”で人を集めている。そこがアントニウスとの違いだ」

    アルトリアは静かに書状を見つめる。その目には、新たな決意が宿っていた。

    国務省 宮廷賢者専用執務室

    机の上には、山のような仕官希望者の書状。アルトリアはそれを前に、少し困ったような表情を浮かべていた。
    イルハレムは大量の書状を見て目を丸くする。

    イルハレム
    「こ、こんなに大勢仕官してくるんですか?」

    アルトリア
    「みたい……」

    アルトリア自身も若干引いている。ジェームズは感心したように言う。

    ジェームズ
    「アルトリア様のお名前が大陸中に広まるだけでもすごいことなのに……」

    ダイム
    「これは責任重大ですね……」

    ダイムは真面目な顔で書状を見る。

    ダイム
    「適当に採用したら、逆に旧貴族派が入り込む可能性もあります」

    アルトリア
    「うん。人が増えるほど、“構造”の管理は難しくなる」

    イルハレム
    「従兄上、もう完全に国の中心人物ですね……」

    アルトリア
    「やめてよその言い方……」

    アルトリアは苦笑する。
    すると偶然訪れていたレオンがふと思い出したように尋ねる。

    レオン
    「そういえば、ジャンが子爵になったと聞きましたが?」

    ジェームズ
    「え!?そうなの!?」

    レオンは頷く。

    レオン
    「テイラル外務長官が、すごく嬉しそうにしてたって父上が言ってたよ」

    アルトリアは少し微笑む。

    アルトリア
    「うん。外交での功績は、若手の中でも1番だからね。アルゼリアとの交渉でもかなり助けられたし」

    ジェームズ
    「すごいなジャン……」

    ダイム
    「そのうちラオ様みたいな大外交官になりそうだ」

    アルトリアは頭をかく。

    アルトリア(心の声)
    (部下の昇進に、人材の急増……兄上達も、ここまでじゃなかったのに……)

    ふとアルトリアの脳裏に、シャルルとハンスの姿が浮かぶ。2人が生きていれば、今頃どうなっていたのか。
    アルトリアは少しだけ遠くを見る。それに気づいたイルハレムが、静かに口を開く。

    イルハレム
    「……でも」

    アルトリア
    「?」

    イルハレム
    「従兄上だから人が集まるんだと思います」

    ジェームズも頷く。

    ジェームズ
    「はい。アルトリア様は、ちゃんと僕たちを見てくれますから」

    ダイム
    「功績も公平に評価してくださいますし」

    レオンも笑う。

    レオン
    「だから若い人たちが希望を持つんですよ」

    アルトリアは少し困ったように笑う。

    アルトリア
    「……そんな大したことしてないよ」

    その瞬間、全員が同時にツッコむ。

    イルハレム
    「してます!!」

    ジェームズ
    「してますよ!!」

    ダイム
    「むしろ自覚してください!!」

    レオン
    「自覚なさすぎですよ!?」

    アルトリア
    「えぇ……?」

    執務室に、久しぶりの少し明るい空気が流れるのだった。

    フィリア家本邸

    広々とした談話室には、今日も賑やかな声が響いていた。
    ソファに座るイルハレムの両側には、姉のナターシャとアンナ。完全に捕まっていた。

    ナターシャ
    「イルハレム〜♪」

    アンナ
    「相変わらず可愛いわね〜♪」

    イルハレム
    「姉上たち……やめてください……」

    ナターシャがイルハレムの頬をむにむに引っ張る。

    ナターシャ
    「え〜?」

    アンナ
    「イルハレムのケチ〜」

    イルハレム
    「もう僕17ですよ……」

    アンナ
    「でも弟は弟だもの〜」

    ナターシャ
    「ね〜?」

    2人は完全に楽しんでいる。
    その様子を見て、ピエールが豪快に笑う。

    ピエール
    「ハッハッハ!お前達は母親になっても、弟離れができぬな〜!」

    ナターシャ
    「だってイルハレム可愛いんだもの」

    アンナ
    「昔から反応が面白いし」

    イルハレム
    「うぅ……」

    完全に遊ばれている。
    その近くで紅茶を飲んでいたフォズが、ふと思い出したように尋ねる。

    フォズ
    「そういえば、アルトリア君に仕官を希望してる若者が大勢いるって聞いたけれど?」

    イルハレム
    「はい、そうなんです……」

    イルハレムは少し疲れた顔で頷く。

    イルハレム
    「しかもレグナス国内だけじゃなくて……外国や他部族にまでいるんです」

    ナターシャ
    「えぇ〜!?すご〜い!」

    アンナ
    「もう完全に大陸の有名人じゃない!」

    イルハレム
    「本人は全然自覚ないんですけどね……」

    ナターシャとアンナが顔を見合わせる。

    ナターシャ
    「そういえばアルトリア君も、もう伯爵になったのよね〜?」

    アンナ
    「それが信じられないのよね〜。もううちの旦那と爵位が一緒なのよ?」

    ナターシャ
    「昔はちっちゃかったのにね〜」

    イルハレムは苦笑する。

    イルハレム
    「アルトリア従兄上は優秀すぎますから」

    ピエールも満足そうに頷く。

    ピエール
    「うむ。あやつは既に、若手貴族の枠を超えておる」

    フォズ
    「最近じゃ、王宮でも“次代の中心人物”って噂よ?」

    イルハレム
    「本人に言うと絶対困った顔しますよ」

    ナターシャ
    「想像できる〜」

    アンナ
    「“そんな大したことしてないよ”って言いそう〜」

    イルハレム
    「昨日もまったく同じこと言ってました……」

    部屋中が笑いに包まれる。

    賑やかな談話室のすぐ隣にある静かな部屋では、アルトリアがバーンズと向かい合って座っていた。近くではアンジュが穏やかに紅茶を淹れている。
    バーンズは腕を組みながら、深く息を吐いた。

    バーンズ
    「いや……予想はしていたが……」

    アルトリア
    「僕も驚きました……」

    机の上には、仕官希望者たちの書状。その量は、もはや若手貴族1人へ向けられるものではなかった。
    アンジュは優しく微笑む。

    アンジュ
    「あら、誇らしいことじゃない」

    アルトリア
    「母上……」

    バーンズ
    「いや、それはそうなのだが……シャルルもハンスも、ここまでの影響力はなかったからな……」

    アルトリアは少し黙る。兄たちの名が出ると、自然と空気が静かになる。

    バーンズ
    「シャルルは“完成された賢者”だった。ハンスは“人を惹きつける賢者”だった」

    バーンズはアルトリアを見る。

    バーンズ
    「だが、お前は少し違う」

    アルトリア
    「違う……?」

    バーンズ
    「お前は“流れ”を作ってしまう」

    アルトリアは少し困った顔をする。

    アルトリア
    「そんなつもりはないんですが……」

    アンジュ
    「ふふ。そこがあなたらしいわ」

    バーンズは小さく笑った後、ふと真面目な表情へ戻る。

    バーンズ
    「ところで、アントニウスに会って話をしたそうだな?」

    アルトリア
    「はい」

    バーンズ
    「どうであった?」

    部屋の空気が少し変わる。アルトリアは少し考え込む。

    アルトリア
    「……恐ろしい人でした」

    バーンズは黙って聞いている。

    アルトリア
    「頭の回転が異常に速く、しかも、人の欲望や恐怖を利用することに一切迷いがない。僕が何を考えているかも、かなり読まれていたと思います」

    バーンズ
    「……そうか」

    アルトリア
    「でも……」

    アルトリアは静かに続ける。

    アルトリア
    「父上が昔、友と呼んでいた理由も少しだけ分かりました」

    バーンズの目がわずかに揺れる。

    アルトリア
    「多分あの人も、若い頃は本気で国を良くしようとしていた」

    アンジュ
    「……」

    アルトリア
    「でも、どこかで“人を信じること”をやめてしまった」

    バーンズはゆっくり目を閉じる。

    バーンズ
    「……あやつは昔から誰より優秀で、誰より不器用だった」

    アルトリア
    「父上」

    バーンズ
    「私は最後まで、“人を信じる道”を選んだ。だがアントニウスは、“人を制御する道”を選んだ。それだけの違いだ」

    アルトリアはその言葉を静かに噛み締める。そしてバーンズは、どこか遠くを見るように呟いた。

    バーンズ
    「……まさか自分の息子と、あやつが向き合う日が来るとはな」

    バーンズはゆっくりと紅茶を口に運ぶ。そして、真剣な眼差しでアルトリアを見る。

    バーンズ
    「旧貴族派の陣営は、未だに大きい」

    アルトリア
    「……」

    バーンズ
    「アントニウスだけではない。地方貴族、軍、財務、外交。奴らは長い年月をかけて、王国全体へ根を張っておる」

    暖炉の火が静かに揺れる。

    バーンズ
    「だからこそ、仕官を希望してきたこの若者達をお前がどう使うか……そこも今後、大きく影響するだろう」

    アルトリアは静かに頷く。

    アルトリア
    「はい、父上」

    バーンズ
    「力だけ集めても意味はない。忠誠だけでも足りぬ。能力だけでも危うい」

    バーンズはゆっくり続ける。

    バーンズ
    「国家を変える人材とは、“考えられる者”だ」

    アルトリア
    「考えられる者……」

    バーンズ
    「自分で考え、自分で責任を背負える者。それが増えれば、国は強くなる」

    バーンズの視線が、机の上の大量の書状へ向く。

    バーンズ
    「逆に“誰かに従うだけの人材”ばかり増えれば……それはいずれ、第二第三の旧貴族派を生む」

    アルトリアは真剣に聞いている。アンジュも静かに頷く。

    アンジュ
    「人が増えるほど、アルトリアの責任も増えるわね」

    アルトリア
    「はい……」

    バーンズは少し笑う。

    バーンズ
    「まあ、最初から全部できる必要はない。失敗もしろ。悩め。だが最後は自分で決めろ」

    アルトリアはその言葉を静かに受け止める。

    バーンズ
    「お前はもう、“1人の賢者”ではない。人を導く立場に立ち始めている」

    アルトリアは少し驚いたように目を伏せる。

    アルトリア
    「……僕なんかに務まるでしょうか?」

    バーンズは即答する。

    バーンズ
    「務まる」

    アルトリア
    「!」

    バーンズ
    「少なくとも、お前は“国を私物化しよう”とは考えておらん。それだけで、十分価値がある」

    アンジュも優しく微笑む。

    アンジュ
    「あなたは昔から、人の痛みに気づける子だったもの」

    アルトリアは少し照れたように苦笑する。

    だがその目には、
    新たな責任を受け止め始めた覚悟が宿っていた。

    宮廷・中庭付近

    昼下がり。宮廷内には穏やかな空気が流れていた。アルトリアは廊下を歩きながら、そんな宮廷の日常を眺めている。
    前方では、ガイナスが妊娠中のマリエルを支えながら歩いていた。

    ガイナス
    「段差があるから気をつけろ」

    マリエル
    「ありがとうございます」

    アルトリアはその様子を見て、少し微笑む。さらに庭の方へ目を向ける。そこでは、イルハレムとエリスが花壇を見ていた。

    エリス
    「この花、きれいね」

    イルハレム
    「はい」

    エリス
    「名前は?」

    イルハレム
    「えっと……」

    イルハレムは少し焦る。

    イルハレム
    「し、調べます」

    エリスはくすっと笑う。

    エリス
    「ふふ、真面目ね」

    その少し離れた柱の陰から、アグニスがニヤニヤしながら様子を窺っていた。

    アグニス
    「今だな……」

    ティアナ
    「やめてください旦那様」

    アグニス
    「えぇ〜?」

    その頃中庭近くでは、ジェームズとダイムが侍女たちに囲まれていた。

    侍女A
    「ジェームズ様って本当にお優しいですよね〜」

    侍女B
    「ダイム様も頼りになりますし〜」

    ジェームズ
    「ど、どうも……」

    ダイム
    「あ、ありがとうございます……」

    完全に照れている2人。しかし少し離れた柱の陰から、恐ろしい視線が突き刺さっていた。

    リーナ
    「……」

    アリサ
    「……」

    空気が重い。
    ジェームズがピクリと震える。

    ジェームズ
    「な、何か……妙な視線を感じないか?」

    ダイム
    「ああ、感じる」

    ジェームズ
    「寒気が……」

    ダイム
    「背筋が凍るな……」

    リーナとアリサの目は笑っていない。侍女たちは全く気づいていない。
    アルトリアはそんな光景を見ながら、思わず苦笑する。

    アルトリア(心の声)
    (……今日も平和だなあ)

    だがその平和の裏では、旧貴族派との静かな戦いが続いている。

    セリアの部屋

    アルトリア
    「失礼します……」

    アルトリアは少し緊張した様子で部屋へ入る。セリアはソファに座ったまま、向かいを指差す。

    セリア
    「ちょうどよかったわ。座って」

    アルトリア
    「は、はい」

    アルトリアは素直に座る。セリアは紅茶を一口飲み、じっとアルトリアを見る。

    アルトリア
    「……?」

    セリア
    「……あなたの名前を聞いて、仕官を希望している若者が多い話……聞いたわよね?」

    アルトリア
    「はい……」

    アルトリアは少し困った顔になる。

    セリア
    「しかも国内だけじゃなく、外国や他部族からまで」

    アルトリア
    「みたいです……」

    セリアはふっと微笑む。

    セリア
    「すごいじゃない」

    アルトリア
    「え?」

    セリア
    「あなた、自分で思ってる以上に影響力があるのよ」

    アルトリア
    「でも、まだ何も成し遂げてはいません」

    セリア
    「違うわ」

    セリアは即座に否定する。

    セリア
    「人は、“未来を感じた相手”についていくの」

    アルトリア
    「未来……」

    セリア
    「ええ」

    セリアは窓の外を見る。

    セリア
    「旧貴族派のやり方に不安を感じてる人達は多い。だから皆、あなたを見てるのよ。あなたは、“恐怖”じゃなくて“期待”で人を集めてる。それって、本当にすごいことなの」

    アルトリア
    「姫様……」

    セリアは少し照れ隠しするように視線を逸らす。

    セリア
    「べ、別に褒めすぎてるわけじゃないわよ?事実を言ってるだけ」

    アルトリアは少し笑う。

    アルトリア
    「ありがとうございます」

    するとセリアは急に真顔になる。

    セリア
    「でも……」

    アルトリア
    「?」

    セリア
    「だからこそ、もう“自分1人だけの命”じゃないって自覚しなさい。あなたが死ねば、あなたについていこうとしてる人達も希望を失う」

    セリアの声は真剣だった。

    セリア
    「だから昨日みたいに、1人で敵地へ突っ込むのは禁止」

    アルトリア
    「う……」

    セリア
    「返事は?」

    アルトリア
    「……気をつけます」

    セリア
    「“気をつける”じゃない」

    セリアはじっと睨む。

    アルトリア
    「……もう少し周囲を頼ります」

    セリアはようやく満足そうに頷いた。

    セリア
    「よろしい」

    アルトリアは紅茶を飲みながら、少し安心したように息を吐いていた。
    するとセリアが急にもじもじし始める。

    セリア
    「そ、それでね……」

    アルトリア
    「?」

    セリアは視線を泳がせる。耳まで真っ赤。
    アルトリアは不思議そうに首を傾げる。

    セリア
    「もし……国内が落ち着いたら……」

    アルトリア
    「はい」

    セリア
    「その……私を、つ……つつつ……」

    アルトリア
    「つ……何です?」

    セリア
    「つ……!」

    セリアの顔がさらに真っ赤になる。

    セリア
    「や、やっぱり何でもない!!」

    アルトリア
    「?」

    アルトリアは完全に分かっていない。
    セリアは勢いよく顔を逸らす。

    セリア
    「き、気にしないで!」

    アルトリア
    「は、はい……」

    アルトリアは困惑。セリアはクッションを抱え、ぷるぷる震えている。

    セリア(心の声)
    (言えるわけないじゃない!!“私を妻に娶って”なんて!!む、無理無理無理無理!!)

    セリアは顔を真っ赤にしたまま、クッションへ顔を埋める。アルトリアはセリアの顔を覗き込む。
    その様子を見ていたパーヤは、後ろで静かに微笑んでいた。

    パーヤ(心の声)
    (……もうほとんど夫婦みたいですね)

    第24話 完

     
     
     
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