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天才推理小説家の事件録 第13話「医師会会長殺害 血を浴びた甲冑」

    第13話「医師会会長殺害 血を浴びた甲冑」

    神谷邸・居間(夕方)

    静かな和室。障子越しの柔らかい光。低い卓に急須と湯呑みが並ぶ。
    遥香が湯呑みを差し出しながら、少し緊張気味に順にお茶を差し出す。

    神谷 遥香
    「……どうぞ。私が煎じたお茶よ」

    宝条 潤(少し驚いて微笑む)
    「遥香が?それは光栄だな」

    潤が湯呑みを受け取り、香りを確かめる。

    宝条 潤(心の声)
    (落ち着く香りだ……これは……)

    潤がひと口飲む。

    宝条 潤
    「……美味しい。苦味が柔らかくて、後味がすっと消える」

    遥香がほっとして、でも少し誇らしげに言う。

    神谷 遥香
    「……そう。よかった」

    遥香が視線を逸らす。
    そこへ静かな足音。

    神谷 堅人(一礼して)
    「潤兄さん、こちらもどうぞ」

    遥香の弟、堅人が別の急須から湯呑みに注ぐ。

    宝条 潤
    「ありがとう、堅人」

    潤が湯呑みを受け取る。

    宝条 潤(心の声)
    (香りが違う……こちらは、より深い)

    潤が一口飲む。

    宝条 潤
    「……これはまた、別の味だね」

    神谷 堅人(穏やかに微笑み)
    「はい。姉のものより少し火を強めています。気持ちを引き締める配合です」

    宝条 潤
    「なるほど……さすが家元の次期当主だ」

    神谷 堅人(少し照れつつも真っ直ぐに)
    「潤兄さんにそう言っていただけるなら、嬉しいです」

    神谷 遥香(むっとして)
    「……堅人、張り合わなくていい」

    神谷 堅人(即答)
    「張り合ってないよ。ただ、潤兄さんには正しい一杯を出しただけなのに」

    宝条 潤(苦笑しながら)
    「2人とも、ありがとう……どちらのお茶も、神谷家らしい」

    神谷 遥香(小さく)
    「……飲み比べるなんて、ずるい」

    宝条 潤
    「?」

    神谷 堅人(察して、静かに一礼)
    「……では、僕はこれで」

    堅人がその場を離れる。
    残された潤と遥香。

    宝条 潤
    「……遥香?」

    神谷 遥香(じっと潤を見る)
    「……美味しいって言ったわよね」

    宝条 潤
    「言ったけど?」

    神谷 遥香(少しだけ頬を赤らめて)
    「……それでいい」

    遥香が立ち上がり、湯呑みを片付ける。
    潤は湯呑みを見つめながら、静かに微笑む。

    宝条 潤(心の声)
    (この家は……やっぱり、落ち着くな)

    宝条邸・応接間(夜)

    潤がソファに座り、今日の出来事を思い出すように話している。
    黒田、須田、下澤が控えている。

    宝条 潤(湯呑みを置きながら、少し苦笑して)
    「……ということがあったんだ」

    黒田(深くうなずきながら)
    「ほう……さすが坊ちゃま。神谷家でも一目置かれておられますな」

    宝条 潤(即ツッコミ)
    「坊ちゃまはやめろって何度も言ってるだろ」

    黒田(微動だにせず、穏やかに)
    「ですが坊ちゃまは坊ちゃまでございます」

    宝条 潤
    「違う」

    その時、執事の下澤が話す。

    下澤(淡々)
    「黒田殿は先代の旦那様から仕えておられます。……その頃からの呼び方です」

    宝条 潤(目を丸くする)
    「お前……喋ったな」

    下澤
    「普段も喋っています」

    宝条 潤
    「いや、そうじゃなくて……庇ったのが珍しい」

    下澤(ほんの一瞬だけ視線を逸らし)
    「……事実を述べただけです」

    宝条 潤(にやっとして)
    「普段は無表情の癖に、珍しいな」

    下澤(無表情のまま)
    「……旦那様こそ、楽しそうです」

    宝条 潤
    「楽しいのか?」

    潤が少し真面目な顔になる。

    宝条 潤(ゆっくりと)
    「そういえば……黒田」

    黒田
    「はい」

    宝条 潤
    「黒田が宝条家に仕えるようになった経緯、ちゃんと聞いたことなかったな。どうしてここに仕えるようになったんだ?」

    黒田の目が少しだけ細くなる。懐かしむような顔。

    黒田(遠い目で)
    「あれは……ずいぶん昔のことでしたな~」

    黒田が静かに、丁寧に言葉を選びながら語る。

    黒田
    「まだ若かったころ、私が勤めていた会社が倒産しました。家も資金もすべて失い、妻にも逃げられ……私は絶望の真っただ中でした」

    須田が思わず息をのむ。

    黒田
    「そんな時、先代の旦那様が声をかけてくださったのです。『働き口がないなら、うちに来い』と……あのお方は、何も問わず、私を救ってくださいました」

    潤は黙って聞いている。

    黒田(穏やかに笑って)
    「おかげで今や宝条家の執事として、満ち足りた人生を送れています」

    須田(胸に手を当てて、感動した声)
    「……いい話ですね……!旦那様……先代の旦那様……!俺、なんか……泣きそうです……」

    下澤(冷静に)
    「泣いてます」

    須田
    「泣いてないよ!?」

    潤が少し黙って、黒田を見る。
    いつもの茶化しがなくなる。

    宝条 潤(小さく)
    「……そうだったのか」

    黒田(深く一礼)
    「はい。ですから私は坊ちゃまのことを……先代の旦那様のご子息として、心からお慕いしております」

    宝条 潤
    「……まあ、その気持ちはありがたいけどさ……だからって坊ちゃまは――」

    黒田(食い気味に)
    「坊ちゃまは坊ちゃまでございます」

    宝条 潤
    「頑固か」

    須田(元気よく)
    「でも旦那様!黒田さんがいる宝条邸って、やっぱり最高っすね!」

    宝条 潤
    「お前、感動してテンションバグってるぞ」

    下澤(淡々と)
    「通常運転です」

    須田
    「下澤君冷たっ!!」

    宝条 潤(ソファにもたれて、穏やかな声)
    「……ま、いいや。黒田。これからも頼む」

    黒田(静かに微笑み、一礼)
    「もちろんでございます、坊ちゃま」

    宝条 潤
    「……もう」

    執事たちが一斉に頭を下げる。宝条邸には静かな温かさが戻る。

    須田(まだ感動の余韻)
    「いやぁ……黒田さん、ほんといい話でした……」

    下澤(淡々と)
    「感動は終わりましたか」

    須田
    「終わってないよ!?まだ胸が熱いんだよ!」

    宝条 潤(苦笑)
    「お前ら、ほんと騒がしいな」

    黒田(静かに)
    「宝条邸はいつでも賑やかであるべきですからな」

    その時――

    バタン!!

    廊下の方から勢いよく襖が開く音。

    朝野(大きな声で)
    「し、失礼いたしま――」

    ズルッ!!

    新人執事の朝野が畳に足を取られ、派手に滑って前のめりに倒れる。
    手に持っていた盆がガタガタっと揺れるが、奇跡的に中身はこぼれない。

    朝野(畳に顔をつけたまま)
    「うぐっ……!!!」

    宝条 潤(即ツッコミ)
    「大丈夫か朝野!?」

    須田(立ち上がりかけ)
    「朝野君!!生きてる!?」

    下澤(無表情で)
    「生きています」

    朝野が慌てて起き上がり、顔を真っ赤にする。

    朝野(焦って深々と頭を下げ)
    「も、申し訳ございません!!!宝条家の恥でございます!!切腹いたします!!」

    宝条 潤
    「するな」

    黒田がすっと前に出る。声は静かだが圧がある。

    黒田
    「朝野」

    朝野(背筋を伸ばして)
    「は、はい!!」

    黒田(ゆっくりと)
    「少し……落ち着かないか」

    朝野(ビシッと)
    「申し訳ございません!!!」

    黒田
    「走る必要はない。執事というのは、速さではなく“余裕”をもって仕える仕事だ」

    朝野(涙目で)
    「は、はい……!」

    潤が優しくフォローする。

    宝条 潤
    「まあまあ。盆の中身こぼしてない時点で、お前けっこう有能だぞ」

    朝野
    「だ、旦那様!!ありがとうございます!!僕、頑張ります!!」

    宝条 潤
    「頑張りすぎるとまた転ぶぞ」

    須田(優しく)
    「朝野君、緊張するよなぁ~。俺も初日は手が震えてたよ」

    朝野(尊敬の目)
    「須田さんもですか!?」

    須田
    「そりゃそうよ!旦那様の前なんだから!」

    下澤(容赦なく)
    「私は震えませんでした」

    朝野(食い気味)
    「かっこいい……!!」

    下澤
    「……あこがれる暇があったら転ぶな」

    朝野
    「は、はい!!」

    黒田(ため息混じりに)
    「朝野。次に転んだら――」

    朝野(ゴクリ)
    「……!」

    黒田
    「盆を持ったまま転べ」

    宝条 潤(吹き出す)
    「いや意味わからん」

    須田
    「黒田さん、それ指導じゃなくて無茶振りっす!」

    下澤(無表情)
    「合理的です」

    朝野(混乱)
    「ご、ごうりてき……!?」

    潤が笑いながら紅茶を一口。

    宝条 潤
    「よし、宝条邸は今日も平和だ」

    黒田(静かに一礼)
    「左様でございます、坊ちゃま」

    宝条 潤
    「……坊ちゃま言うな」

    翌日・宝条邸

    静かな書斎。潤が原稿に目を通している。
    そのとき、机の上でスマホが震える。

    宝条 潤(画面を見て)
    「……遥香?」

    神谷 遥香(電話)
    『潤。今、大丈夫?』

    宝条 潤
    「声が硬いな。何かあった?」

    神谷 遥香
    『昨夜、東京都医師会の会長が……殺された』

    宝条 潤(一瞬、表情が消える)
    「……医師会の会長か?」

    神谷 遥香
    『ええ。自宅で斬殺よ。監視カメラに犯行の瞬間が残ってる。かなり……厄介よ』

    宝条 潤(短く)
    「分かった。すぐ行く」

    潤が立ち上がり、扉を開ける。
    須田がすでに待機している。

    宝条 潤
    「須田。車を出してくれ」

    須田(即答)
    「かしこまりました、旦那様」

    宝条 潤
    「目的地は九鬼邸だ」

    須田(一瞬だけ目を細め)
    「……承知しました」

    エンジン始動。車は夜の都心へ。

    九鬼邸・リビング(現場)

    規制線が張られ、鑑識や警官たちが集まっている。現場はすでに整理され、空気が張り詰めている。

    瀬尾 隆(現場を回しながら)
    「よし、そっち押さえろ。触るなよー」

    そこへ潤が入ってくる。

    瀬尾 隆(気づいて)
    「……先生」

    宝条 潤
    「遅くなりました」

    瀬尾 隆
    「――はい、全員注目!」

    部下たちが振り向く。

    瀬尾 隆
    「宝条先生が到着した。もう大丈夫だ。事件は解決する」

    現場の空気が一段落ち着く。

    宝条 潤(リビング全体を見渡しながら)
    「……現場の状況はどうなってますか?」

    瀬尾 隆
    「被害者は九鬼俊介、62歳。東京都医師会会長です」

    宝条 潤
    「発見状況は?」

    瀬尾 隆
    「自宅リビングです。刃物で斬られて死亡。血の量が多いです。ただ……」

    宝条 潤(視線を向けて)
    「ただ?」

    瀬尾 隆
    「争った形跡は……薄いです

    宝条 潤(鋭く)
    「薄い……?」

    床の血痕、家具の配置を見る。

    宝条 潤
    「となると不意打ちか。もしくは――」

    瀬尾を見る。

    宝条 潤
    「“相手を受け入れていた”んですか?」

    瀬尾 隆
    「……そう考えています」

    瀬尾が続ける。

    瀬尾 隆
    「そして――死亡時刻は昨夜の22時です」

    宝条 潤
    「死亡推定時刻じゃなく死亡時刻?なぜ犯行時刻が断言できるんですか?」

    瀬尾 隆
    「監視カメラに犯行の瞬間が映ってたからです。で……その犯行の様子というのが……」

    瀬尾が振り返る。

    瀬尾 隆
    「奈良」

    奈良 修平(ビシッと)
    「はい!!」

    奈良がモニター前に立ち、リモコンを構える。

    奈良 修平
    「……再生します!」

    奈良がボタンを押す。

    映像(モニター)

    リビングで九鬼俊介がソファに座り、書類に目を落としている。
    数秒後――全身甲冑をまとった人物が画面奥から静かに現れる。
    躊躇なく近づき、剣を一閃――。
    九鬼が抵抗する間もなく崩れ落ちる。甲冑の胸や腕に、鮮明な血しぶき。

    宝条 潤(低く)
    「……迷いがない」

    瀬尾 隆
    「ええ。かなり手慣れてる印象です」

    宝条 潤(目を細めて)
    「それに……被害者、完全に背中を預けてますね」

    瀬尾 隆
    「知ってる相手、もしくは……」

    宝条 潤
    「“警戒する必要がない相手”です」

    甲冑展示室

    瀬尾が潤を先導する。ガラスケースの前で足を止める。

    瀬尾 隆
    「これが……犯行に使われた甲冑です」

    ガラス越しに見える甲冑。兜、胸当て、腕部にまで血が飛び散っている。

    宝条 潤(近づき、じっと観察)
    「……かなり派手に浴びてますね」

    兜の位置、留め具、内部を注意深く見る。

    瀬尾 隆(ぼそっと悪態)
    「あ~……よりによって柴田さんも松岡も休暇って時に、こんな嫌な事件に当たっちまった」

    神谷 遥香(背後から)
    「瀬尾さん?」

    瀬尾 隆
    「……はい?」

    神谷 遥香(ジト目)
    「事件現場で文句言わないでください?」

    瀬尾 隆(飛び上がる)
    「うわっ!?ハルちゃん!!い、いや!だって殺害方法がさ~……!」

    神谷 遥香
    「後で聞きます」

    瀬尾 隆
    「え~……?」

    遥香は即切り替える。

    神谷 遥香
    「……容疑者は何人いますか?」

    瀬尾 隆
    「4人だ」

    神谷 遥香
    「三浦君」

    三浦 忍(即応)
    「はい!」

    神谷 遥香
    「容疑者全員をここへ」

    三浦 忍
    「了解です!」

    九鬼邸・リビング

    リビングに容疑者4名が並ぶ。緊張感が漂う。

    瀬尾 隆
    「では皆さん、それぞれお名前と年齢、職業をお願いします」

    榊原 涼
    「榊原涼、45歳。医師会理事です」

    瀬尾 隆
    「あなたは九鬼会長を公然批判していたそうですが……事実ですか?」

    榊原 涼
    「事実です……でもだからと言って殺したりはしません!」

    瀬尾 隆
    「それでは昨夜の22時、どこで何をしていましたか?」

    榊原 涼
    「その時間は医師会のオンライン会議に出席していました」

    瀬尾がうなずく。

    瀬尾 隆
    「わかりました。では次」

    桐島 雅之
    「桐島雅之、59歳。総合病院の院長です」

    瀬尾 隆
    「あなたは九鬼会長の右腕だったそうですが、最近九鬼会長に冷遇されていたそうですね?それで次期会長の座も狙っていたとか?」

    桐島 雅之
    「それは事実ですが……殺害してまで会長の座を得ようとは思っていません。それに、昨夜の22時は病院で緊急手術に立ち会っていました」

    瀬尾がうなずき、次の容疑者の方を向く。

    松井 紅音
    「松井紅音、32歳。会長秘書です。」

    瀬尾 隆
    「あなたは秘書として、九鬼会長の薬、食事、予定、すべて管理していたそうですね?それなら~会長がご自宅にいらっしゃることもわかっていたのでは?」

    松井 紅音
    「はい。ですが昨夜の22時は自宅にいました。ちょうどその時間は宅配便で荷物の受け取りがあったので」

    スーツ姿の知的で落ち着いた美人。潤の視線が一瞬止まる。

    宝条 潤(思わず)
    「……美人だな」

    遥香が無言で潤の耳を掴む。

    宝条 潤
    「いだだだだだっ!?」

    神谷 遥香(低く)
    「……な~に事件現場で美人に見とれてるの~?」

    宝条 潤
    「いだいいだい~!」

    松井 紅音
    「?」

    瀬尾が次の容疑者の方を向く。

    荒川 康二
    「荒川康二、52歳。製薬会社のMR統括です。当時は別件の会食に出ていました」

    瀬尾 隆
    「あなたは、九鬼会長に切り捨てられそうになったらしいですね?」

    荒川 康二
    「はい。ですが、だからと言って会長を殺したりはしません」

    瀬尾 隆
    「では、昨夜の22時にはどこに?」

    荒川 康二
    「別件の会食に出ていました」

    潤は誰にも視線を合わせず、再び甲冑の方を見る。

    宝条 潤(心の声)
    (4人とも……アリバイがある。だが――犯人はこの中にいる……)

    遥香が潤を見る。

    神谷 遥香
    「……何か気づいた?」

    宝条 潤(静かに)
    「ああ。少しだけ」

    九鬼邸・甲冑展示室(続き)

    血の付着した甲冑が目の前にある。鑑識が周囲で慎重に作業。
    容疑者は別室で待機中。

    潤が甲冑の前に立ち、改めてゆっくり観察する

    宝条 潤
    「……やっぱり、これは相当重い」

    胸当て、肩、腕部の装甲を目で追う。

    瀬尾 隆
    「ええ。運ぶだけでも大変でしたよ」

    宝条 潤(低く)
    「普通に考えれば……女性の体格でこれを着て、そして剣で斬って殺すなんて無理です」

    神谷 遥香(冷静に)
    「……つまり?」

    宝条 潤(目線を外さず)
    「つまり普通なら――松井紅音さんは犯人ではない、という結論になる」

    瀬尾が頷く。

    瀬尾 隆
    「俺もそう思いました。映像の体格、男にしか見えないし」

    潤が遥香と瀬尾の方を向く。

    宝条 潤
    「でもそれは――あくまで“普通なら”という話です」

    潤が再び甲冑へ向き直る。

    宝条 潤(呟くように)
    「甲冑の体格が男に見える……それが逆に――」

    すると鑑識の男性が近づいてくる。表情は真剣。

    鑑識
    「瀬尾警部、報告です」

    瀬尾 隆
    「どうした?」

    鑑識
    「甲冑の兜の内側から――赤い付着物が見つかりました」

    神谷 遥香
    「赤い付着物?」

    瀬尾 隆
    「血じゃないのか?」

    鑑識
    「血とは質感が違います。繊維でも塗料でもない……粘度があります」

    その瞬間、潤の目が鋭く光る。全身の空気が一気に変わる。

    宝条 潤(低く、確信)
    「……なるほど」

    神谷 遥香
    「潤?」

    宝条 潤
    「……赤、か」

    小さく笑う。

    瀬尾 隆
    「何か分かったんですか?」

    宝条 潤(ゆっくりと顔を上げる)
    「ええ。たぶん――これで勝負がつきます」

    遥香が一歩近づく。潤の横顔は確信に満ちている。

    宝条 潤(静かに)
    「容疑者を、もう一度集めてください」

    瀬尾が唾を飲み込む。

    瀬尾 隆
    「……三浦!」

    九鬼邸・リビング(容疑者集合)

    容疑者4名が並び、刑事たちが周囲を固める。甲冑は少し離れた位置に展示されている。

    宝条 潤(全員を見渡し、静かに)
    「皆さん。お集まりいただいたのは――私の推理が、まとまったからです」

    室内の空気が一段張り詰める。

    瀬尾 隆
    「……お願いします」

    宝条 潤(淡々と)
    「今回の容疑者は4人、全員にアリバイがあります」

    順に視線を向ける。

    宝条 潤
    「榊原さんは医師会のオンライン会議、桐島さんは病院での緊急手術、荒川さんは別件の会食、そして松井さんは自宅にいた……」

    潤は続ける。

    宝条 潤
    「皆さんのアリバイを確認しましたが、その中にたった一人だけ、アリバイを“偽造できる人物”がいます」

    ざわつく容疑者たち。

    宝条 潤(はっきりと)
    「会長秘書の松井紅音さん、あなたです」

    全員の目が紅音に向く。

    松井 紅音(即座に、冷静に)
    「……どういう意味ですか?」

    宝条 潤
    「あなたはその時間、宅配便で荷物の受け取りがあったと言っていましたね?」

    松井 紅音
    「はい」

    宝条 潤
    「でも……事前に荷物が来る日付と時間を指定して、荷物は置き配にしていたとしたらどうです?それならば当人がいなくとも荷物を受け取ることはできる」

    紅音が微妙に表情を変えながらも首を振る。

    松井 紅音
    「ですが……私は女です。ご覧になったでしょう? あの甲冑を。私の体格で、あんなものを着て人を斬るなんて……」

    宝条 潤(静かに)
    「ええ。普通に考えれば、そうです」

    潤が甲冑の方を示し、決定的証拠を突き付ける。

    宝条 潤
    「ですが――鑑識が、兜の裏側から“赤い付着物”を発見しました」

    紅音の視線が一瞬揺れる。

    宝条 潤
    「血でもなく……塗料でもなく……粘度があり、皮膚に付着するもの……おそらく口紅です。兜をかぶった際、唇が内側に触れた。その痕跡が残ったんです」

    紅音の表情が初めて明確に変わる。目が見開かれる。

    松井 紅音(小さく)
    「……」

    紅音の手から手帳が床に落ちる。

    松井 紅音(小さく息を吐き)
    「……負けました。私が……九鬼俊介を殺しました」

    神谷 遥香(静かに)
    「……なぜですか?」

    松井 紅音
    「父は地方病院の医師でした……でも20年前、九鬼に逆らい、補助金を切られ、病院は潰れた……正しいことをした父が壊れていくのを、まだ12歳だった私はただ見ていることしかできなかった」

    紅音が潤を見る。

    松井 紅音
    「だから、秘書になった。殺すために」

    遥香が一歩前に出て静かに手錠を取り出す。

    神谷 遥香
    「松井紅音。殺人の容疑で逮捕します」

    カチリ、と手錠の音。

    宝条 潤(低く)
    「……あなたが選んだ答えは、誰も救わなかった」

    松井 紅音(目を伏せて)
    「……分かっています」

    刑事たちが紅音を連れて行く。
    甲冑だけが、静かにその場に残る。

    瀬尾 隆
    「……終わりましたね」

    宝条 潤
    「ええ。ですが――後味の悪い事件です」

    九鬼邸・玄関前

    容疑者搬送が終わり、現場の緊張がほどける。
    外は冷たい夜風。パトカーの赤色灯が遠くに見える。
    潤と遥香が並んで歩いている。

    宝条 潤(深くため息をつき)
    「はぁ……」

    神谷 遥香(横目で潤を見る)
    「……何よ?」

    宝条 潤(少し肩を落として)
    「先日の名古屋の中部経済再生フォーラムで起きた事件といい、今回の事件といい……」

    潤が目を伏せる。

    宝条 潤
    「美人秘書が犯人だなんて……」

    宝条 潤(心の中)
    (付け加えれば犯行動機も似てるし……復讐、正義、信頼――全部、同じ方向に歪んでる)

    遥香が足を止め、ゆっくり距離を詰める。

    神谷 遥香(ジト目)
    「…………」

    宝条 潤(気づいて振り返る)
    「……遥香?」

    遥香が無言のまま潤の目の前に立つ。ジト目のままさらに一歩近づく。

    宝条 潤
    「え、待って!その顔やめ――」

    グイィィィィ!!!

    遥香が潤の頬を思いっきり引っ張る。

    宝条 潤
    「いだだだだだだだだだっ!!!!!」

    神谷 遥香(ジト目のまま、淡々と)
    「……美人秘書が好きなら」

    頬を引っ張ったまま言う。

    神谷 遥香
    「私が潤の秘書になろうか?」

    宝条 潤
    「やめろ!喋りながら引っ張るな!痛い!!」

    神谷 遥香(さらに淡々と追撃)
    「これでも慶應義塾大学法学部卒で秘書検定準1級、語学にも自信はあるのよ?」

    宝条 潤(泣き声混じり)
    「こんな暴力的な秘書嫌だ~~~~~!!!!!」

    潤が頬を押さえながら反射的に後ずさり。
    そのまま一気に走り出す。

    宝条 潤
    「逃げろ~!!!!」

    神谷 遥香(即)
    「待ちなさい!!」

    遥香がためらいゼロで追いかける。
    スーツ姿でヒールを履いているのに速い。

    宝条 潤(走りながら)
    「警視が追いかけるスピードじゃない!!」

    神谷 遥香
    「罪人を捕まえるスピードよ!」

    宝条 潤
    「俺は罪人じゃない!!!」

    神谷 遥香
    「心は罪人!」

    宝条 潤
    「理不尽!!!!」

    遠くから瀬尾が見ている。

    瀬尾 隆(ぽつり)
    「……今日も通常運転だな」

    潤の叫び声が響く。

    宝条 潤
    「須田ぁぁぁぁ!!車出してぇぇぇぇ!!!」

    翌日・宝条邸

    朝の光が差し込む宝条邸。
    須田が珍しく上機嫌で、口元がずっと緩んでいる。
    いつもはキリッとしているが、今日は隠しきれていない。

    須田(小さくガッツポーズしながら)
    「よしっ……!」

    潤が廊下から歩いてきて、須田を見る。

    宝条 潤
    「……須田」

    須田(ビクッ)
    「はっ!旦那様!」

    宝条 潤(目を細めて)
    「お前、なんか嬉しそうだな」

    須田(急に真面目な顔を作ろうとして失敗)
    「い、いえっ!そ、そんなことは……!」

    宝条 潤
    「いや、顔がニヤけてる」

    須田
    「に、にやけてません!」

    潤が近づき、軽く首をかしげる。

    宝条 潤
    「……何があった?」

    須田(照れつつも、嬉しさが溢れて)
    「……実は」

    言葉を飲み込んでから、深く礼をする。

    須田
    「子供が……コンクールで入賞しまして」

    宝条 潤(ぱっと表情が柔らかくなる)
    「……それはすごいじゃないか」

    須田
    「ありがとうございます!本人もすごく喜んでまして……」

    宝条 潤
    「どんなコンクールなんだ?」

    須田
    「絵のコンクールです。『未来の町』がテーマで……うちの子、電車とロボットが大好きで」

    宝条 潤(微笑んで)
    「なるほど、須田らしいな」

    須田
    「はい!俺に似て、変に凝るタイプでして……!」

    宝条 潤(少し真面目に)
    「……いいな。親として、誇らしいだろ?」

    須田(目を潤ませそうになり、慌てて)
    「は、はい……!」俺、こんな仕事してますけど、家族のことだけはちゃんと守りたいと思ってます」

    宝条 潤
    「守れてるよ。その笑顔が証拠だ」

    須田が感極まってしまいそうになり、慌てて咳払い。

    須田
    「……失礼しました!本日も運転、気を引き締めて参ります!」

    宝条 潤(クスッと笑い)
    「よし」

    須田(少し躊躇してから)
    「……あの旦那様、もしよろしければ」

    宝条 潤
    「ん?」

    須田
    「入賞作品の写真……今度、お見せしてもいいですか?」

    宝条 潤(即答)
    「もちろん」

    須田(満面の笑み)
    「ありがとうございます!!」

    そこへ下澤が通りかかる。

    下澤(無表情)
    「須田さん、顔が崩れてます」

    須田
    「崩れてない!!」

    宝条 潤
    「崩れてる」

    須田
    「旦那様まで!?」

    須田が慌てて表情を戻そうとするが戻らない。
    潤は楽しそうに歩き出す。

    宝条 潤
    「須田。今日はそのままでいい」

    須田(敬礼のように頭を下げ)
    「……はいっ!!」

    宝条邸の朝は、穏やかに始まる。

    第13話 完

     
     
     
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