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海の王者オルカ 第7話「老亀カメジイの知恵」

    第7話「老亀カメジイの知恵」

    珊瑚礁の迷宮

    午前。色鮮やかな珊瑚礁の海域。オルカとルナが並んで泳いでいる。
    ドルンもついてきているが、珊瑚の間を縫う泳ぎが苦手で少し遅れている。

    ルナ
    「わあ……!ここ、すごい!魚がいっぱい!」

    オルカ
    「修行で通ったことがあるけど、こんなに奥まで来たのは初めて」

    ルナ(辺りをきょろきょろしながら)
    「あ、あの魚、顔が面白い!」

    オルカ
    「どれ?」

    ルナ
    「あの黄色いの!唇がとんがってる!」

    ドルンが息を切らして追いつく。

    ドルン
    「ま、待って……!」

    オルカ(振り返って)
    「ドルン!遅い遅い!」

    ドルン
    「オルカといいルナさんといい……どうして僕の周りは速い方ばかり……?」

    そのとき、珊瑚礁の奥の岩陰から、ゆっくりと動く大きな影が現れる。
    巨大なウミガメ。甲羅には無数の傷と、長い年月の苔が生えている。

    カメジイ(しわがれた、しかし穏やかな声で)
    「……珍しい客じゃのう。シャチの若者か」

    カメジイがゆったりと3頭の前に出てくる。その動きはのろいが、どこか泰然としている。

    ルナ(小声でオルカに)
    「ねえ、あのカメ……すごく大きくない?」

    オルカ(小声で)
    「うん……」

    カメジイ(聞こえていたように)
    「わしはカメジイじゃ。この珊瑚礁に住んで、もう数百年になる」

    ルナ(驚いて)
    「す、数百年!?」

    カメジイ(のんびりと)
    「そうじゃ。お前さんたちのひいひいひいひいおじいさんが産まれる前から、ここにおる」

    ドルン(感心して)
    「それはまた……すごいですね」

    カメジイ
    「長く生きると、色々と見えてくるものがある。──お前さんはシャーオンの息子じゃろ?」

    オルカは静かに頷く。

    カメジイ
    「目の形が、シャーオンに似ておる。あの男も、ここへ来たことがある」

    オルカ(驚いて)
    「父さんが?」

    カメジイ
    「王になる前じゃった。まだ若くて、怖いもの知らずで、やたら元気な奴じゃったわ」

    カメジイは目を細めて、遠い記憶を辿るように宙を見る。

    カメジイの住処

    広い岩の空洞。4頭が落ち着いて向き合っている。

    オルカ
    「カメジイ様。1つ聞いてもいいですか?」

    カメジイ
    「何じゃ?」

    オルカ
    「影の群れのことを知っていますか?」

    カメジイの表情が、わずかに変わる。

    カメジイ
    「……知っておる。あの群れのことは、この海で1番よく知っているかもしれん」

    ルナ(真剣な顔で)
    「どんな群れなんですか?」

    カメジイ
    「もともとは、普通のシャチの群れじゃった。しかし長の者が、ある日、大切なものをすべて失った。群れを、家族を、居場所を」

    オルカ
    「……それが、ダーク?」

    カメジイ
    「そうじゃ。ダークはかつて、この海を守ろうとした者じゃった。しかし失いすぎた。そしてその悲しみが、いつしか憎しみに変わった」

    ルナ
    「なぜ憎しみに……?」

    カメジイ
    「悲しみはな、受け止めてくれる者がいなければ、やがて別のものに変わる。ダークには、その悲しみを共に抱えてくれる者がおらんかった」

    オルカは黙って聞いている。その話が、どこか自分と重なるような気がして。

    オルカ
    「……ダークは、なぜ父さんを狙ったんですか?」

    カメジイ(少し間を置いて)
    「それは、わしにもすべてはわからん。ただ、昔のダークとシャーオンは、同じ海を守っていたことがある」

    オルカ(驚いて)
    「一緒に?」

    カメジイ
    「そうじゃ。何がその2頭を分かったのかは……お前さん自身が、いつかダークから聞くことになるじゃろう」

    カメジイの話が一段落した後。ルナとドルンが少し離れて魚を眺めている間、オルカとカメジイが向き合っている。

    オルカ
    「カメジイ様。僕は影の群れと戦うことになると思います」

    カメジイ
    「そうじゃろうな」

    オルカ
    「そのとき、僕はどんな気持ちで戦えばいいですか?」

    カメジイはゆっくりとオルカを見る。

    カメジイ
    「どんな気持ちで戦いたい?」

    オルカ
    「……正直に言うと、怒りがあります。父さんと母さんを奪われたから」

    カメジイ
    「それは本物の感情じゃ。隠す必要はない」

    オルカ
    「でも、怒りで戦っていいのかな、って思って」

    カメジイ
    「なぜそう思う?」

    オルカ
    「いつだったかシリウス様が言ってたんです。『怒りだけでは、誰かを傷つけるだけだ』って」

    カメジイはゆっくりと目を閉じる。長い沈黙。

    カメジイ
    「シリウスは正しい。怒りは力になるが、怒りだけでは道を誤る。わしが数百年で見てきた戦いのほとんどは、怒りで始まって、怒りで終わった。そしてその後に残ったのは、また新しい怒りじゃった」

    オルカ
    「じゃあ、何のために戦えばいいんですか?」

    カメジイ(静かに、しかしはっきりと)
    「怒りではなく、正義のために戦え。守りたいものがあるか?」

    オルカ
    「……あります」

    カメジイ
    「それが何かを、しっかり心の中に持っておけ。戦いの中で迷ったとき、その守りたいものが道を示してくれる」

    オルカは目を閉じる。
    ドルン、ルナ、シリウス、カメジイ。そして父と母の顔が、次々と浮かぶ。

    オルカ(静かに)
    「……わかりました」

    珊瑚礁の入口

    3頭がカメジイに別れを告げる。

    ルナ
    「カメジイ様、今日はありがとうございました!また来ていいですか?」

    カメジイ(のんびりと)
    「わしはここから動かんから、来たいときに来い」

    ドルン
    「カメジイ様、1つ伺いたいのですが……あなたは数百年生きてきて、怖いと思ったことはないんですか?」

    カメジイ(少し考えて)
    「あるぞ」

    ドルン
    「え、あるんですか。何が怖いんですか?」

    カメジイ
    「海が変わること。そして生き物が消えていくことじゃ。長く生きれば長く生きるほど、失うものも増える。それは怖い」

    3頭は静かにその言葉を受け取る。

    カメジイ
    「だからこそ、若い者には生きてほしい──オルカよ」

    オルカ
    「はい」

    カメジイ
    「この海をよく見ておけ。海の怒りではなく、海の美しさを覚えておけ。それがいつか、お前の戦う理由になる」

    オルカは深く頷く。

    3頭が珊瑚礁を出て泳ぎ始める。
    振り返ると、カメジイがゆっくりと岩陰に戻っていくのが見える。

    ルナ(小声で)
    「……すごい人だったね」

    オルカ(小声で)
    「うん」

    ドルン(小声で)
    「数百年か……想像もできない」

    3頭は並んで泳ぐ。珊瑚礁の向こうに、広い海が広がっている。
    オルカの目に、今日見た海の色が、しっかりと焼き付いている。

    第7話 完

     
     
     
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