メインコンテンツへスキップ
見出し画像

天才推理小説家の事件録 第26話「奉納刀の呪い 前編」

    第26話「奉納刀の呪い 前編」

    さいたま市大宮区 神宮八幡宮

    さいたま市大宮区、神宮八幡宮――。
    1000年以上続く由緒正しき大社であり、縁結びや安産祈願の神社としても知られる。
    休日ともなれば、境内は参拝客で賑わう。
    朱塗りの大鳥居。長い参道。両脇にそびえる大木が、神域の空気を際立たせる。

    潤と遥香が並んで歩いてくる。

    宝条 潤
    「随分広いな〜。さすがに縁結びや安産祈願で参拝客に人気なだけある」

    潤が境内全体を見回し、素直に感心する。
    遥香はその言葉を聞きながら、内心だけで呟く。

    神谷 遥香(心の中)
    (ここって……彼の実家でもあるのよね)

    遥香の視線が、拝殿の奥――神職たちが出入りする社務所の方向へ向く。
    そこには、“神宮蒼馬”の姿はない。
    遥香は小さく息を吐き、潤を見る。

    神谷 遥香(心の中)
    (……ここは縁結びや安産祈願で多くの参拝客が訪れる神社。ここで潤と結ばれますようにって祈願すれば……)

    遥香の笑顔は控えめだが、内心は燃えている。
    その時――潤が、ぼーっと空を見上げたまま動かない。参拝客の流れに少し遅れる。

    神谷 遥香
    「潤?」

    潤はハッとして遥香を見る。だがどこか落ち着かない。

    宝条 潤
    「……え? あ、何?」

    神谷 遥香
    「どうしたの?さっきから、ずっと上の空だけど」

    宝条 潤
    「いや……別に。何でもない」

    潤はそう言って視線を逸らす。
    遥香は疑いの目でじっと見つめる。

    神谷 遥香
    「……本当に?」

    宝条 潤
    「本当に」

    遥香は少し頬を膨らませる。しかし潤の表情は、いつもの“事件前のぼけ”とは違う。
    遥香は一歩近づき、顔を覗き込む。

    神谷 遥香
    「……潤?」

    潤はさらに慌てて、苦笑い。

    宝条 潤
    「いや……その……」

    潤の脳裏にフラッシュバックする。
    ──原宿駅前で別れ際、遥香が背伸びして迷いなく潤にキスをした、あの瞬間。

    宝条 潤(心の中)
    (……忘れられるわけないだろ。あんなの……)

    潤は無意識に頬に触れかけて、慌てて手を引っ込める。遥香はそれを見逃さない。

    神谷 遥香(心の中)
    (……あ)

    遥香の頬がほんの少しだけ赤くなる。潤がキスの余韻に囚われていると悟る。

    神谷 遥香(心の中)
    (……ふふ。効いてる)

    遥香はあえて何も言わず、上品に微笑む。だがその笑みは――どこか“勝者”のそれ。

    神谷 遥香
    「ほら。せっかく来たんだから、ちゃんと参拝するわよ」

    宝条 潤
    「……あ、うん」

    遥香が潤の手首を軽く掴み、参道を進む。
    潤は少しだけ顔を赤くしながら、それに従う。

    宝条 潤(心の中)
    (……くそ。遥香って、たまに反則だ)

    2人は拝殿へ向かって歩いていく。

    潤と遥香は参道を抜け、拝殿前へ向かって歩いている。
    大宮の大社らしく、境内は広く、人の流れも絶えない。

    潤はきょろきょろと周囲を見回していたが――その視線が、ふと止まる。
    潤の視線の先。そこには、清楚で上品な雰囲気の美人参拝客。淡い色の着物にまとめ髪、丁寧な所作。
    潤は一瞬、無意識に見惚れてしまう。

    宝条 潤(心の声)
    (……綺麗な人だな……)

    その瞬間――潤の背後から、“気配”が変わる。
    遥香が潤を見ている。にこやかに、柔らかく、そして――なぜかやたらと優しく。

    神谷 遥香
    「……潤?」

    宝条 潤
    「な、何!?」

    潤がびくっとして振り向く。遥香は微笑んだまま、首をかしげる。

    神谷 遥香(微笑み)
    「何でもないわ。ただ……」

    宝条 潤
    「ただ……?」

    遥香はさらに“にっこり”笑う。しかし目が笑っていない。

    神谷 遥香
    「……綺麗な人だなって顔してたから」

    宝条 潤
    「うっ……」

    潤は思わず目を逸らす。遥香は笑顔のまま、潤のすぐ横へ寄る。

    神谷 遥香(小声)
    「私と一緒にいる時ぐらい……ちゃんと前見たら?」

    宝条 潤(小声)
    「……ごめん」

    遥香は満足したように頷き、何事もなかったかのように潤の手を握る。

    神谷 遥香
    「ほら。参拝しよ」

    宝条 潤
    「……うん」

    遥香は一瞬だけ、ふわっと嬉しそうな表情を見せる。

    本殿前

    2人は本殿の前に並ぶ。
    遥香は姿勢が美しく、背筋がすっと伸びている。
    潤もそれに合わせて神妙な顔になる。

    宝条 潤
    「……結構、厳かな雰囲気だな」

    神谷 遥香
    「由緒ある神社だもの」

    遥香は賽銭を入れる。潤も賽銭を入れる。そして――二礼二拍手一礼。
    潤は静かに目を閉じ、普通に手を合わせる。

    宝条 潤(心の声)
    (……今年も無事で。遥香が怪我しませんように……)

    しかし遥香は違った。遥香は深く目を閉じ、まるで捜査会議で方針を決める時のような顔で、気合を入れて祈っている。

    神谷 遥香(心の声)
    (縁結び……縁結び……縁結び……!潤とずっと一緒にいられますように!潤の隣が“私の席”でありますように!潤が他の女を見ませんように!見たとしても私から逃げられませんように!)

    遥香は祈りながら、なぜか途中から“願い”というより“宣言”になっていく。

    神谷 遥香(心の声)
    (……神様。私は本気です。この男は、私のものです)

    遥香はさらに願いを上乗せする勢いで、手を合わせる力が強すぎて指が白くなる。

    宝条 潤(心の声)
    (……遥香、祈り長くないか……?)

    潤がそっと横目で見る。
    遥香はまだ目を閉じている。しかし表情が真剣すぎて怖い。

    宝条 潤(小声)
    「……遥香、まだ?」

    遥香は目を閉じたまま低い声で言う。

    神谷 遥香(小声)
    「……今、すごく大事なお願いしてるの」

    宝条 潤
    「え?何を……?」

    遥香は目を開け、にっこり笑って潤を見る。

    神谷 遥香
    「秘密」

    宝条 潤
    「怖……」

    神谷 遥香(微笑み)
    「何か言った?」

    宝条 潤
    「何も言ってません」

    遥香は満足したように頷き、潤の腕に自分の腕を絡める。

    神谷 遥香
    「さ、次はお守り見に行こ」

    宝条 潤
    「……うん」

    潤は抵抗できない。完全に遥香のペースで、境内を進む。

    宝条 潤(心の声)
    (縁結び祈願……“縁を結ぶ”っていうより……“縛り”に近い気がする……)

    潤と遥香は参拝を終え、本殿の階段をゆっくり降りてくる。
    遥香は満足げな表情。潤はまだどこか落ち着かない——先日のキスの余韻が抜けていない。
    階段を降り切った、その時——

    神宮 純一(声をかける)
    「もしや——宝条潤先生では?」

    凛と通る声。潤が足を止め、振り返る。そこには、白い狩衣姿の男性。穏やかだが威厳のある眼差し。宮司の神宮純一(58)。

    宝条 潤
    「え? はい、そうですが……」

    純一は丁寧に一礼する。

    神宮 純一
    「やはり。突然失礼いたしました。私、この神宮八幡宮の宮司をしております、神宮純一と申します」

    純一の後ろには若い神職が1人。さらにスーツ姿の男が1人、控えめに立っている。神宮家長男の神宮透真(32)と宮司補佐の桐野拓哉(36)。

    神宮 純一
    「そしてこちらが、長男の透馬。そして宮司補佐の桐野拓哉です」

    透馬が軽く頭を下げる。桐野は仕事人らしく礼儀正しく、はっきりとした会釈。

    神宮 透馬
    「神宮透馬です。お会いできて光栄です、宝条先生」

    桐野 拓哉
    「桐野拓哉と申します。よろしくお願いいたします」

    潤は一瞬驚きながらも、すぐ丁寧に挨拶する。

    宝条 潤
    「宝条潤です。まさか宮司さんから声をかけて頂けるとは……」

    遥香も一歩前に出て、礼儀正しく頭を下げる。

    神谷 遥香
    「神谷遥香です。おたくの次男・蒼馬さんとは警察大学校の同期でして」

    純一が「おや」と表情を和らげる。

    神宮 純一
    「おや、蒼馬の知り合いでしたか。それはそれは……」

    潤がそこでようやくピンと来る。

    宝条 潤
    「神宮って、どこかで聞いた名字だと思ったら……そういうことか!」

    潤の脳裏に“神宮蒼馬”の顔が浮かぶ。

    宝条 潤(心の中)
    (神社の宮司の次男とは聞いてたけど……ここがその神社か……)

    遥香は心の中で小さく頷く。

    神谷 遥香(心の中)
    (やっぱり……神宮君の実家、ここだったのね)

    純一は潤をじっと見て、穏やかに微笑む。

    神宮 純一
    「宝条先生。先生のご著書は、私も拝読しております」

    宝条 潤
    「え……宮司さんがですか?」

    神宮 純一
    「ええ。この神社にも、様々な人が訪れます。人の心の“奥”を知るために、先生の推理はとても勉強になります」

    潤が気まずそうに頭を掻く。

    宝条 潤
    「いやあ……恐縮です……」

    純一がふと、遥香の方を見る。そして、興味深げに微笑む。

    神宮 純一
    「それにしても……」

    宝条 潤
    「?」

    神宮 純一
    「先生と神谷さんは……随分と、息の合った雰囲気ですね」

    遥香が一瞬、ぴくっとする。潤は目を泳がせる。

    宝条 潤
    「……えっと、幼馴染でして」

    神谷 遥香(少し早口)
    「ええ。幼馴染です」

    遥香の返事が妙に力強い。
    潤が横目で遥香を見る。

    宝条 潤(小声)
    「……圧が強い」

    神谷 遥香(小声・笑顔)
    「何か言った?」

    宝条 潤
    「何も言ってません」

    透馬が、潤と遥香の空気を見て小さく笑う。桐野は察して軽く咳払いし、話題を整える。

    桐野 拓哉
    「宮司、そろそろ——」

    神宮 純一
    「ああ、そうだな」

    純一はふと表情を引き締める。格式ある神社の宮司としての“顔”になる。

    神宮 純一
    「宝条先生。もしよろしければ……少しだけ、お時間を頂けませんか?」

    宝条 潤
    「……はい、大丈夫ですが」

    純一は視線を境内の奥へ向ける。
    宝物庫のある方向——社務所の裏。

    神宮 純一
    「実はこの神社には、代々伝わる話がありまして……」

    純一は静かに言葉を続けようとする。

    神宮 純一
    「この神社には——かつて“奉納刀”を巡って起きた、ある出来事が……」

    純一の案内で、潤と遥香は本殿脇の回廊を進む。
    透馬と桐野も後ろにつき、境内の奥――宝物庫のある方向へと向かっていく。

    神宮 純一
    「この神社には、1000年以上前から伝わる“話”があります」

    純一の声は穏やかだが、どこか、背筋を撫でるような静けさを孕んでいる。

    神宮 純一
    「武蔵の地がまだ荒れていた頃――この神社には一振りの刀が奉納されました」

    宝条 潤
    「奉納刀……」

    神宮 純一
    「ええ。戦を終えた武将が、己の罪と血を清めるために奉納した刀です」

    遥香が微かに息を呑む。“刀”という言葉に、自然と職業柄の警戒が立つ。

    神宮 純一
    「奉納した武将は最後にこう言ったそうです。『この刀が再び人を斬れば、我が一族は滅びる』――と」

    風がすうっと吹き抜ける。

    桐野 拓哉(小声)
    「……本当に、昔からよく語られる話でして」

    神宮 純一
    「それ以来、この奉納刀は“宝物”として宝物庫に封じられ、決して人の手に触れぬよう守られてきました」

    宝条 潤
    「なるほど……でも、祟りとか呪いって、よくある伝承ですよね?」

    潤は半分興味、半分冗談の調子で言う。だが純一は、穏やかなまま続ける。

    神宮 純一
    「……“よくある話”だからこそ、人は油断するのです」

    遥香がピクッと肩を揺らす。潤が横を見ると、遥香の表情がほんの少し硬い。

    神宮 純一
    「実際、過去に一度だけ……宝物庫に忍び込み、奉納刀を抜こうとした者がいました」

    神谷 遥香
    「……っ」

    宝条 潤
    「盗みに……?」

    神宮 純一
    「はい。夜の境内で、宝物庫の鍵が壊され――奉納刀が“抜かれた”」

    純一が淡々と語るほど、怖い。

    神宮 純一
    「そして――翌朝」

    純一がふっと視線を落とし、間を置く。

    神宮 純一(低く)
    「その者は……社務所裏の細い通路で倒れていました」

    遥香が青ざめる。

    神谷 遥香
    「…………」

    宝条 潤
    「……え? それって……」

    神宮 純一
    「胸を、刃物で貫かれたように」

    遥香が無言で潤の背中にピタッとくっつく。潤が一瞬固まる。

    宝条 潤(小声)
    「……遥香?」

    遥香は答えない。肩がわずかに震えている。

    神宮 純一
    「しかも、周囲に血痕は少なく――まるで“そこに置かれた”かのような位置だったそうです」

    潤の背後から、遥香がぬっと顔を覗かせる。

    神谷 遥香(小声)
    「……やめて……」

    宝条 潤(小声)
    「いや、聞こうよ……興味深い内容だし……」

    神谷 遥香(小声)
    「だからやめて……」

    遥香の潤の服を掴む力が強い。

    神宮 純一
    「その時から、この神社ではこう言われています」

    純一が、ゆっくりと顔を上げ――

    神宮 純一
    「奉納刀は――人を斬れば、必ず“血の報い”を呼ぶ……と」

    遥香が潤の肩に手を置き、完全に潤の背後に隠れる。

    神谷 遥香(小声)
    「……もう無理……」

    宝条 潤(小声)
    「ええ……警視庁捜一の管理官が……?」

    透馬がその様子を見て、驚いたように微笑む。

    神宮 透馬
    「神谷さんはお強い方だと弟から聞いておりましたが?」

    潤が吹き出しそうになりながら、肩越しに遥香を見る。

    宝条 潤(笑いながら)
    「ええ、そうなんです。剣道は化け物並みに強いんですが……」

    遥香が背後から潤の服を掴んだまま、じとっと睨む(しかし怖くて離れない)

    宝条 潤(笑いながら)
    「昔っからお化けや怪談が苦手でして」

    神谷 遥香(小声)
    「うるさい……」

    宝条 潤(笑いながら)
    「お化けなら剣道の竹刀でやっつければいいと思うんですが」

    神谷 遥香(ピタッと密着したまま)
    「……やっつけられない種類があるの!」

    透馬が思わず笑ってしまう。桐野も口元を押さえて吹き出す。

    神宮 透馬(笑い)
    「……なるほど。弟の言う通りですね」

    桐野 拓哉(小声)
    「神谷さん、意外と可愛らしい方なんですね」

    遥香が顔を赤くして、潤の背中に額を押し付ける。

    神谷 遥香(小声)
    「……忘れて……」

    宝条 潤(小声)
    「いや、これは可愛いよ」

    神谷 遥香(即答)
    「殺す」

    宝条 潤(即答)
    「ごめんなさい」

    純一が苦笑しながらも、話を締める。

    神宮 純一
    「……ともかく先生。この神社の宝物は、今も守られています」

    純一の視線が、宝物庫の方へ向く。

    神宮 純一
    「ですが最近……“あの刀を見せろ”という者が、増えているのです」

    遥香がハッと顔を上げる。潤も笑いを引っ込め、表情を引き締める。
    純一が奉納刀の話を締めた直後、宝物庫の方向から、苛立った声が響く。

    男の声
    「……だから見せろって言ってんだよ!!」

    参拝客たちが一瞬、ざわつく。
    神職が対応しているが、男は聞く耳を持たない。

    潤と遥香も足を止め、自然と声の方向を見る。

    社務所の近くでスーツ姿の男が、宝物庫の方向を指さしながら詰め寄っている。
    投資会社役員、早乙女陽平(44)。顔は整っているが、目つきが鋭く、言葉の端々に圧がある。

    早乙女 陽平
    「……だから!奉納刀を見せろ。俺はただ“見たい”だけだ」

    純一がその場に歩み寄る。冷静に、穏やかに、しかし神社を預かる者としての強さを持って。

    神宮 純一
    「申し訳ありません。奉納刀は宝物庫に納められており、一般の方にお見せすることはできません」

    早乙女 陽平
    「……一般の方?」

    早乙女が口元を歪める。

    早乙女 陽平
    「俺を“一般”で片付けるなよ。こっちは東京の投資会社で役員やってんだ」

    その言葉に、周囲の参拝客の空気が冷える。肩書きを盾にする男――。

    神宮 純一
    「役職の有無に関係なく、決まりは決まりです」

    早乙女 陽平(苛立ち)
    「じゃあ金を払えば?“特別な参拝客”として扱えよ」

    純一の表情が、一瞬だけ硬くなる。だが声は乱さない。

    神宮 純一
    「ここは商売の場ではありません。神域です」

    早乙女 陽平
    「神域?そういうの、令和の今は通用しないんだよ」

    早乙女が一歩踏み出す。宝物庫の方へ向かおうとする。
    その瞬間——透馬が間に入る。

    神宮 透馬
    「お引き取りください。これ以上境内で騒ぎを起こされるなら、警察を呼びます」

    透馬の声音は丁寧だが芯がある。ただの神職ではない——“神宮家の長男”としての威厳。周囲の空気がピンと張る。
    しかし、早乙女は——透馬を見て、鼻で笑った。

    早乙女 陽平
    「警察?呼べばいいだろ」

    そして、わざとらしく口角を上げる。

    早乙女 陽平
    「ああ、そういやオタクの次男坊が警察だった」

    透馬の表情も一瞬だけ曇る。だがすぐに礼儀の仮面を戻す。

    神宮 透馬(静かに)
    「……弟の職業と、当宮の決まりは関係ありません」

    早乙女 陽平
    「関係あるね」

    早乙女は、まるでわざと“火”を付けるように言う。

    早乙女 陽平
    「権力ってのはな、そういうもんだ。俺が“見たい”って言ったら、見せるべきなんだよ」

    周囲の参拝客が引き、空気が重くなる。騒ぎを見て、別の神職が慌てて近づく。
    その少し離れた場所で、潤と遥香は騒動を見守っていた。
    潤は目を細め、早乙女の表情と、言葉の癖、視線の動きを観察する。どこか“嫌な匂い”がする。

    宝条 潤(小声)
    「……遥香。あの人……」

    神谷 遥香(小声)
    「ええ。感じ悪いわね」

    潤は遥香ではなく、純一の方へ視線を投げる。
    早乙女の一挙手一投足から、“危うさ”を感じ取っている。

    宝条 潤
    「……宮司さん」

    騒動の中心にいる純一に、潤が静かに声をかける。純一がちらりとこちらを見る。

    宝条 潤
    「あの方は……一体、誰なんですか?」

    純一の表情が、僅かに曇る。そして、1つ息を吐いて答える。

    神宮 純一
    「……早乙女陽平さん。都内の投資会社の役員だそうです」

    潤はその名を心の中で繰り返す。

    宝条 潤(心の中)
    (投資会社役員……奉納刀に執着……この神社の“宝物”に異様な関心……)

    遥香も小さく眉をひそめる。

    神谷 遥香(心の中)
    (……嫌な予感しかしない)

    参拝客たちは距離を取り、早乙女は不満げに舌打ちしながら、その場を離れる。

    その少し手前では潤と遥香の近くに、穏やかな表情の中年男性が歩み寄ってくる。
    参拝客の須藤誠司(52)。清潔感のある服装。どこにでもいそうな“普通の参拝客”。

    須藤 誠司
    「……あの、失礼」

    宝条 潤
    「はい?」

    須藤 誠司(にこやかに)
    「もしかして……宝条潤先生、ですよね?」

    潤が一瞬、警戒しつつも頷く。

    宝条 潤
    「ええ、そうですが……」

    須藤 誠司
    「やっぱり。いやあ、まさかこんな所でお会いできるとは」

    須藤は軽く頭を下げる。態度は丁寧で、声も落ち着いている。

    須藤 誠司
    「私、須藤誠司と申します。ただの参拝客ですが……先生の本、読ませてもらってます」

    宝条 潤
    「あ、ありがとうございます」

    須藤は境内の様子をちらりと見回し、先ほどの早乙女の方向を一瞬だけ目で追う。その視線は一瞬で消える。

    須藤 誠司
    「……今日は、少し騒がしかったですね」

    宝条 潤
    「ええ……」

    須藤 誠司(苦笑)
    「神社でああいうのを見ると、気が滅入りますよ」

    遥香が一歩だけ前に出る。

    神谷 遥香
    「……須藤さんも、こちらにはよくいらっしゃるんですか?」

    須藤 誠司
    「ええ。静かで、いい神社ですから」

    須藤はそれ以上踏み込まず、軽く会釈して去っていく。

    須藤 誠司
    「それでは。お参りの邪魔をしてしまいました」

    須藤は人混みに溶けるように歩き去る。

    宝条 潤(心の中)
    (……感じのいい人だな。でも……)

    潤は無意識に、須藤が去った方向と、早乙女が向かった方向を見比べる。

    一方その頃――早乙女陽平は社務所の脇を抜け、立入制限区域の札が掛かった細い通路へと足を踏み入れていた。
    周囲に人はいない。

    早乙女 陽平(小声)
    「……ちっ。少し見るだけだってのに……」

    早乙女はスマートフォンを取り出し、通路の奥を照らす。

    早乙女 陽平
    「……宝物庫は、この先か」

    彼の背中が、夕暮れの影に呑み込まれていく。

    数分後、突如鋭い悲鳴が聞こえる。

    参拝客の悲鳴
    「きゃあああああああっ!!!」

    境内が一瞬で凍りつく。

    神谷 遥香
    「今の声……!」

    宝条 潤
    「奥だ!」

    潤と遥香、純一、透馬、桐野が一斉に声の方向を見る。社務所裏――立入制限区域の方角。
    神職と数名の参拝客が、恐る恐る通路の入り口に集まる。

    参拝客(震え声)
    「……ひ、人が……倒れて……!」

    通路の奥ではない。入り口寄りの、不自然な位置。そこに——早乙女陽平が仰向けに倒れている。胸元には、濃く広がる血。

    神谷 遥香(低く)
    「……刺されてる」

    宝条 潤
    「……即死だ」

    純一はその光景を見て、言葉を失う。

    神宮 透馬(声が震える)
    「……父さん……」

    純一は歯を食いしばり、深く一度、息を吐く。そして“父”として、しかし“責任者”として言う。

    神宮 純一
    「……透馬」

    神宮 透馬
    「……はい」

    神宮 純一(低く、はっきりと)
    「すぐに蒼馬に連絡しろ」

    透馬は一瞬だけ目を伏せ、すぐに頷く。

    神宮 透馬
    「……わかった」

    神宮八幡宮。縁結びと安産を願う神域は、一転して“殺人現場”となった。

    第26話 完

     
     
     
    ▶趣味でAIをポチポチいじりながら、日々創作活動中🤖 ▶一番の情熱は「小説の投稿」!現在は4作を同時進行で執筆中✍️ ▶ジャンルに縛られず、小説以外の作品も幅広く発信しています✨ ▶「創作大賞2026」応募。応援よろしくお願いします!

    あなたへのおすすめ