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天才推理小説家の事件録 第22話「岐阜城殺人事件」

    第22話「岐阜城殺人事件」

    岐阜県・岐阜市 岐阜駅前

    新幹線と在来線を乗り継ぎ、潤が改札を出てくる。

    宝条 潤
    「……岐阜か」

    駅前を見回す。

    宝条 潤
    「思ったより落ち着いてるな」

    潤はスマホを取り出し、地図アプリを確認する。

    宝条 潤(心の声)
    (まずは下見だ。今書いてる小説の舞台……)

    岐阜城下・川原町付近

    古い町並み。格子戸の家に石畳がある。
    潤はゆっくり歩き、建物や道を観察する。

    宝条 潤
    「この通り……いいな」

    潤は立ち止まり、写真を撮る。

    宝条 潤(心の声)
    (事件の舞台にするなら、昼と夜で表情が変わる場所がいい)

    川を覗き込む。

    宝条 潤
    「川の流れ……音……文章に使える」

    潤がメモを取る。

    宝条 潤
    「視界が開ける場所と、急に狭くなる路地……追う側と追われる側、どっちにも使える」

    満足そうにうなずく。
    潤がふと思い出す。

    宝条 潤
    「……そうだ」

    スマホを取り出す。

    宝条 潤
    「遥香へのお土産」

    宝条 潤(心の声)
    (忘れたら確実に怒られる)

    岐阜駅構内・土産店

    潤は店内に並ぶ名産品を見ている。

    宝条 潤
    「えーっと……遥香に買ってきてって言われたのは……」

    真剣な顔でスマホを見る。

    宝条 潤
    「これだったけど……」

    店員に声をかけ、スマホを見せる。

    宝条 潤
    「すみません。このお菓子ってありますか?」

    店員
    「こちらの和菓子でしょうか?」

    包装された上品な菓子。

    宝条 潤
    「……これだな。はい。ありがとうございます」

    潤は頷く。

    宝条 潤(心の声)
    (これで“忘れてた”とは言われない)

    袋を受け取る。

    宝条 潤
    「さて……」

    潤は岐阜城のある金華山の方向を見る。

    宝条 潤
    「次は……城か」

    遠くに見える金華山。
    取材のために訪れた岐阜は、
    やがて一つの死と、
    避けられない真実へとつながっていく——

    岐阜城・金華山

    (ロープウェーを降り、岐阜城へ向かう山道)

    (見上げると、石垣の上にそびえる岐阜城)

    宝条 潤
    「……」

    (足を止め、城を見上げる)

    宝条 潤(心の声)
    (高いな……)

    岐阜城 天守前

    (観光客のざわめきが少しずつ遠のく)

    (風が吹き、木々が揺れる音)

    潤は静かに周囲を見渡す。

    宝条 潤
    「……ここが、天下統一の本拠地か」

    石垣に手を触れる。

    宝条 潤(心の声)
    (織田信長。この城から、時代をひっくり返す覚悟を固めたんだろうな)

    少し歩く。

    宝条 潤
    「荘厳……というより、人を圧する感じがするな」

    潤は城下を見下ろす。

    宝条 潤
    「立つ場所で、見える景色が全然違う」

    潤はふと軽く笑う。

    宝条 潤
    「……そういえば、織田信長と言えば……愛知県警の織田正長管理官、元気してるかな〜?」

    そんなことを考えている潤。
    すると遠くで、観光客のざわめきが急に騒がしくなる。

    宝条 潤
    「……?」

    潤が振り向く。

    岐阜城・天守付近

    ざわざわと騒ぐ観光客たち。人だかりの中心へ潤が近づく。

    宝条 潤
    「……何だ?」

    人の隙間から中を覗く。
    人だかりの中心では、観光開発会社社長の長谷川浩一(52)が腕を組み、睨みつけられている。
    向かいに立つのは、建設会社社長の佐野剛(58)と文化財保存団体代表の和田義信(63)。

    佐野 剛(怒鳴り声)
    「ふざけるな長谷川!あんたの再開発計画でどれだけの歴史が壊されると思ってる!」

    和田 義信(震える声だが強い)
    「岐阜城は観光資源じゃない!守るべき文化財なんだ!」

    長谷川が鼻で笑う。

    長谷川 浩一
    「時代遅れの理想論だな。金を生まない歴史に、価値はないんだよ」

    佐野 剛
    「何だと!?」

    長谷川の部下の宮田直樹(28)が慌てて割って入る。

    宮田 直樹
    「社長、ここは観光地ですから……!こんなところで揉めるのは……」

    長谷川が振り返り、低い声で恫喝する。

    長谷川 浩一
    「黙れ。お前は言われたことだけやってりゃいい」

    宮田 直樹
    「……っ」

    宮田が肩をすくめて黙り込む。
    佐野が一歩前へ出る。

    佐野 剛
    「部下に当たるな!正々堂々、俺たちと話せ!」

    長谷川が冷笑する。

    長谷川 浩一
    「話す価値もない。どうせ再開発は進む。お前たちが何を言おうがな」

    そこへ女性が割って入る。岐阜市観光課職員の村瀬香織(35)。

    村瀬 香織
    「皆さん、やめてください!ここは観光客も多い場所です!」

    村瀬が長谷川を睨む。

    村瀬 香織
    「長谷川社長、市としても冷静な話し合いを求めています。力で押し切るようなやり方は認められません」

    長谷川が舌打ちをする。

    長谷川 浩一
    「……チッ。役所の小娘に説教される筋合いはない」

    長谷川はくるりと背を向ける。

    長谷川 浩一
    「勝手に騒いでろ」

    そして歩き去っていく。

    佐野 剛(悔しそうに拳を握る)
    「くそ……!」

    和田 義信
    「あんな男に、この城を好き勝手させるわけにはいかん……」

    宮田は申し訳なさそうに頭を下げる。

    宮田 直樹
    「……申し訳ありません。」

    そして追いかけるように長谷川の後を追う。
    少し離れた場所で見ていた潤は考える。

    宝条 潤(心の声)
    (観光開発、文化財保存、建設利権……揉める理由は十分すぎるほどあるな)

    人だかりが解散し、観光客が散っていく。
    潤はその場に立ち尽くし、城の石垣を見つめている。

    宝条 潤(心の声)
    (……とんでもないものを見てしまったな。あれだけの恨みを買っていれば、何が起きても不思議じゃない)

    静寂が戻りかけたその時……

    「きゃあああああっ!!」

    遠くから女性の悲鳴が聞こえる。

    宝条 潤
    「……!」

    悲鳴を聞き、潤が顔を上げる。

    宝条 潤
    「今の声は……」

    潤が走り出す。石段を駆け下り、人だかりの奥へ。

    宝条 潤
    「すみません!通してください!」

    岐阜城裏手・木陰

    観光客が集まり、ざわめいている。地面には、仰向けに倒れている長谷川浩一。胸元には血がにじんでいる。

    宝条 潤
    「……長谷川社長!?」

    潤が手首に指を当てる。

    宝条 潤(心の声)
    (……弱い)

    数秒後、表情が曇る。

    宝条 潤
    「……もう、手遅れだ」

    観光客A
    「し、死んでるんですか……?」

    観光客B
    「さっきまで元気だったのに……」

    潤が落ち着いた声で言う。

    宝条 潤
    「誰か……城の職員の方を呼んでください。すぐ警察に連絡を」

    城の職員が駆け寄る。

    城職員
    「ど、どうしました!?」

    宝条 潤
    「男性が倒れていて、脈がありません。事件の可能性が高いです」

    城職員が青ざめる。

    城職員
    「わ、分かりました!すぐ岐阜県警に連絡します!」

    職員が慌てて無線や携帯で連絡する。
    潤が遺体を見つめる。

    宝条 潤(心の声)
    (あの口論から、ほんのわずかな時間……これは偶然じゃない)

    岐阜城・現場周辺

    赤色灯の光。観光客がロープの外へ誘導される。
    岐阜県警の車両が数台到着する。

    警察官
    「現場を封鎖します!下がってください!」

    ひときわ軽い足取りで近づいてくる男がいた。

    志賀頼 邦夫
    「お~先生~!久しぶりやの~!こんなとこで何してはるん?」

    潤が振り返る。

    宝条 潤
    「……え~っと……確か、愛知県警の……志賀頼警部、でしたよね?」

    潤が首をかしげる。

    宝条 潤
    「……あれ?ここ岐阜県ですよね?」

    志賀頼 邦夫
    「お~!そこやそこ!」

    志賀頼が胸ポケットから警察手帳を取り出す。

    志賀頼 邦夫
    「実はな~……」

    そして手帳を開いて、潤の前に差し出す。
    潤が目を凝らすと、手帳の階級表記が「警視」となっていた。

    宝条 潤
    「……警視!?」

    思わず声が裏返る。

    宝条 潤
    「えっ……!?」

    志賀頼 邦夫
    「そやそや!この前の名古屋や。中部経済再生フォーラム殺人事件。あれでな、上から『よぉやった』言われまして……」

    志賀頼が照れくさそうに頭をかく。

    志賀頼 邦夫
    「警部から警視に昇進。ほんでな……岐阜県警の捜査一課管理官として赴任や!」

    志賀頼が大げさに両手を広げる。

    志賀頼 邦夫
    「警視昇進に、岐阜県警への異動!めでたく地元に凱旋帰還や!」

    潤はしばらく固まる。

    宝条 潤
    「……お、おめでとうございます。まさか、こんな形で再会するとは……」

    志賀頼が笑いながら言う。

    志賀頼 邦夫
    「いやぁ、先生がおる時は、ろくなこと起きへん気ぃするわ〜」

    潤は反応に困って何も言えない。

    志賀頼 邦夫
    「……で?」

    志賀頼の表情が一瞬だけ真剣になる。

    志賀頼 邦夫
    「先生、何を見てはったんです?」

    潤が現場を一瞥する。

    宝条 潤
    「……さっきまで生きていた人が、倒れていました。そして、その直前に——」

    口論していた場所の方を見る。志賀頼が無言でうなずく。

    志賀頼 邦夫
    「……なるほどな」

    志賀頼は部下に指示する。

    志賀頼 邦夫
    「鑑識呼んで。関係者、全員洗い出しや」

    数分後、容疑者4人が現場近くに集められる。
    佐野は腕を組み、険しい顔をしている。

    佐野 剛
    「……まさか、死ぬとはな。だが俺は殺してない」

    和田は顔色が悪く、手を震わせている。

    和田 義信
    「わ、私は……口論はしましたが……命までは……」

    宮田はうつむき気味。

    宮田 直樹
    「社長が倒れていると聞いて……信じられません……」

    村瀬は気丈に立っているが、目が潤む。

    村瀬 香織
    「市としても再開発の調整をしていただけです。トラブルになるなんて……」

    志賀頼が軽い口調で言う。

    志賀頼 邦夫
    「ほな皆さん。聞いた話さっきの口論、なかなか派手やったみたいですけど?」

    佐野が声をあげる。

    佐野 剛
    「あいつは歴史を壊そうとしてた!俺は止めようとしただけだ!」

    和田も声を上げる。

    和田 義信
    「そうです!文化財を金儲けの道具にするなど、許されることではない!」

    宮田は弱々しく言う。

    宮田 直樹
    「社長は……かなり強引な方でしたけど……それでも殺されるほどのことは……」

    村瀬はきっぱりと言う。

    村瀬 香織
    「市は中立です。対立を調整する立場で、誰かを傷つける理由なんてありません」

    志賀頼 邦夫
    「なるほどな〜。全員、動機はありそうや」

    志賀頼が軽く手を叩く。

    志賀頼 邦夫
    「ほな順番にな。長谷川さんが倒れてた時間帯、何してはったか話してもらいましょうか。まず佐野さん、事件があった時間、どこにいてはったんですか?」

    佐野 剛
    「俺はあいつと揉めたあと、城の裏手にある喫煙所へ行った。腹が立ってな……一服しないと落ち着かなかった」

    警察官
    「それを見た人は?」

    佐野 剛
    「観光客が何人かいたはずだ」

    志賀頼は次に和田の方を向く。

    志賀頼 邦夫
    「和田さん、事件があった時間、どこにいてはったんですか?」

    和田 義信
    「私は……すぐ社務所のような管理室に向かいました。文化財の件で職員と話を……」

    城職員
    「確かに、和田さんは来られていました」

    志賀頼は宮田の方を向く。

    志賀頼 邦夫
    「宮田さんは事件があった時間、どこにいてはったんですか?」

    宮田 直樹
    「私は社長を追いかけようとしたんですが……怖くて……距離を置いてしまって……その後、自販機で飲み物を買っていました」

    警察官
    「監視カメラに映っていました」

    志賀頼が村瀬の方を向く。

    志賀頼 邦夫
    「村瀬さん、事件があった時間、どこにいてはったんですか?」

    村瀬 香織
    「私は観光案内所へ戻りました。騒ぎになっていたので、無線で上司に報告を……」

    警察官
    「通信記録も確認済みです」

    志賀頼が腕を組む。

    志賀頼 邦夫
    「……ほな全員、一応アリバイは成立しとるわけやな?」

    すると村瀬のスマホが鳴る。

    村瀬 香織
    「すみません。ちょっと電話が来まして、出てもよろしいでしょうか?」

    志賀頼 邦夫
    「構いません。アリバイまで聞かしてもろうたし」

    村瀬 香織
    「ありがとうございます」

    村瀬はお辞儀をすると、右手でスマホを取り出しながら現場を去る。
    それを見届けた後、潤が倒れていた場所をじっと見る。

    宝条 潤(心の声)
    (刺し傷……だが、血の量が少ない。ここで刺されたにしては……)

    潤が志賀頼に告げる。

    宝条 潤
    「志賀頼管理官」

    志賀頼 邦夫
    「ん?」

    宝条 潤
    「ここは……殺された場所ではありません」

    志賀頼が目を見開く。

    志賀頼 邦夫
    「……ほぉ?」

    潤が地面を指さす。

    宝条 潤
    「血痕の広がり方が不自然です。致命傷を受けたなら、もっと血が出ているはず」

    志賀頼がニヤリとする。

    志賀頼 邦夫
    「さすが先生やな。ほな……殺害現場は別にある、っちゅうことや」

    宝条 潤(心の声)
    (となると……誰かが遺体をここへ運んだ。“見つけられやすい場所”に)

    完璧に見えたアリバイは、すでに崩れ始めていた——

    岐阜城・裏手の細道

    潤がゆっくりと石畳の通路を歩く。
    志賀頼が後ろについてくる。

    志賀頼 邦夫
    「先生、何か気になるとこでも?」

    宝条 潤
    「……あの口論のあと、長谷川社長が向かった方向です」

    潤が足を止める。木陰の奥、少し窪んだ場所。

    宝条 潤
    「ここです」

    地面にうっすら残る血痕。

    志賀頼 邦夫
    「……ほんまや。ここで刺されて、さっきの場所へ運ばれたんやな」

    潤がしゃがみ込む。

    宝条 潤(心の声)
    (血の量……)

    (指で石畳の端を指す)

    宝条 潤
    「ここには、最初はもっと血が流れていました。誰かが拭き取っています」

    志賀頼が部下に指示する。

    志賀頼 邦夫
    「鑑識!ここ重点的に!」

    警察官
    「はい!」

    鑑識がライトで照らす。

    鑑識
    「管理官、布の繊維のようなものが残っています。」

    潤が目を細める。

    宝条 潤
    「……ハンカチか、服の一部でしょう」

    志賀頼が腕を組む。

    志賀頼 邦夫
    「犯人は、血を拭いてから運んだ……冷静すぎるな」

    宝条 潤(心の声)
    (衝動的な犯行ではない……計画的……)

    潤がふと周囲を見る。

    宝条 潤
    「この場所は……観光客の通り道から外れています。口論のあと、自然にここへ来るのは——」

    志賀頼がはっとする。

    志賀頼 邦夫
    「……長谷川さんをここへ誘導できる人間やな」

    潤が静かにうなずく。

    宝条 潤
    「ええ」

    周囲を調べていた鑑識が、志賀頼に近づく。

    鑑識
    「管理官!」

    志賀頼 邦夫
    「何や?」

    鑑識
    「こちらに刃物らしきものが……!」

    茂みの中には小さな布に包まれたナイフがあった。

    志賀頼 邦夫
    「……凶器やな」

    潤が近づいて観察する。

    宝条 潤
    「刃渡りは短い……観光客が持っていても不自然ではないサイズです」

    志賀頼が眉をひそめる。

    志賀頼 邦夫
    「護身用か、仕事道具か……」

    鑑識
    「血液反応、出ています」

    宝条 潤(心の声)
    (凶器はここに捨てられた。拭き取ってから……)

    潤が周囲を見回す。

    宝条 潤
    「……この細道、観光課職員ならよく使う裏導線ですね」

    志賀頼が目を細める。

    志賀頼 邦夫
    「……村瀬さんか」

    潤がゆっくりうなずく。

    宝条 潤
    「ええ。観光客には知られていない道。そして、長谷川社長を“話し合い”と称してここへ呼び出せる立場。」

    志賀頼 邦夫
    「……なるほど」

    潤がさらに続ける。

    宝条 潤
    「再開発を巡る対立の中で、市側の調整役だった彼女だけが——唯一、両者の板挟みになっていました。」

    志賀頼 邦夫(心の声)
    (動機、誘導、導線……)

    鑑識が志賀頼に報告する。

    鑑識
    「管理官、先ほどの布の繊維ですが……」

    志賀頼 邦夫
    「何や?」

    鑑識
    「女性用のハンカチと思われます。しかも、観光課の職員がよく身につけえう制服用スカーフの繊維と一致しています」

    志賀頼がゆっくり潤を見る。

    志賀頼 邦夫
    「……やっぱ村瀬さんやな」

    潤が静かにうなずく。

    宝条 潤
    「ええ。彼女は職務上、この裏道を知り尽くしている。そして、長谷川社長を呼び止める理由もあった」

    志賀頼が無線を取る。

    志賀頼 邦夫
    「容疑者の皆さん、こっちへ連れてきて」

    警察官(無線)
    「了解です!」

    岐阜城・臨時聴取スペース(全員集合)

    佐野・和田・宮田・村瀬が並ぶ。周囲を囲む警察官たち。

    志賀頼が一歩前に出る。

    志賀頼 邦夫
    「ほな……宝条先生、お願いしますわ」

    潤が静かに前へ出る。

    宝条 潤
    「この事件は、偶然起きた衝動殺人ではありません。最初から——ここ、岐阜城で起こされるよう仕組まれていました」

    佐野 剛
    「仕組まれた……?」

    宝条 潤
    「まず、皆さんが見た口論。それは犯行の“目くらまし”です。激しく揉めていれば、誰もが“この中の誰かが殺した”と考える」

    和田 義信
    「で、ですが……!」

    宝条 潤
    「しかし、皆さんには一応のアリバイがあった。なぜか?」

    潤が村瀬を見る。

    宝条 潤
    「犯人が、“全員が離れるタイミング”を作ったからです。そうですよね?犯人の……村瀬香織さん?」

    村瀬が潤を見ながら言う。

    村瀬 香織
    「……私が犯人だなんて……ずいぶんな推理ですね。どうして私が犯人だと?」

    宝条 潤
    「長谷川社長を裏道へ呼び出せたのは、観光課職員であるあなたしかいません。『市として話し合いを』とでも言えば、彼は疑わずについていく」

    宮田 直樹
    「……確かに」

    宝条 潤
    「裏道で口論になり、そこで刺した。血をハンカチとスカーフで拭き、凶器を捨て——遺体を、人目につく場所へ運んだ」

    志賀頼 邦夫
    「“発見されやすい場所”にやな」

    村瀬 香織
    「……へえ~……どうしてそこまでわかったんですか?」

    潤が説明する。

    宝条 潤
    「職員用の制服の繊維が、殺害現場から見つかっているからです。そしてこの細道は、観光課の職員しか日常的に使いません」

    村瀬が声を荒げる。

    村瀬 香織
    「……制服の繊維だけで決めつけないで!観光課の職員は私だけじゃないのよ!?」

    一同が静まり返る。

    宝条 潤
    「……事件があってからスカーフを首に巻いていませんね?入れ替わりで右手の手首に何かを巻いている。それは何ですか?」

    村瀬が目を見開く。

    村瀬 香織
    「……!ちょっと軽く捻挫をして……」

    宝条 潤
    「捻挫したとしたら、おかしいですね……あなたさっき、右手でスマホを取ってましたよね?見たところ、特にけがをしている様子はなかったですが?」

    村瀬 香織
    「……!」

    沈黙。

    村瀬が崩れ落ちる。

    村瀬 香織
    「……私の父は、かつて岐阜城周辺の保存活動に尽力した職員でした……しかし再開発に反対したことで左遷され、心労で倒れてそのままぽっくりと……その中心にいたのが、長谷川社長でした……」

    皆黙って聞いている。

    村瀬 香織
    「……私は父を心から尊敬していた……そんな父のようになりたくて、この町の観光課に入りました……町の人たちの笑顔を見ている間は復讐心を忘れられた……」

    宝条 潤
    「でも今日、岐阜城で長谷川社長が文化財を金儲けの道具だと言い放つのを聞き——限界が来た」

    村瀬 香織
    「……あの人は!あの人は何もかも壊したんです!父の人生も……この町の誇りも……!守ろうとしただけなのに……」

    志賀頼が静かに手錠を構える。

    志賀頼 邦夫
    「署まで来てもらおうか?」

    村瀬が涙を流しながら言う。

    村瀬 香織
    「……すみません」

    カチャリ……(手錠の音)

    宝条 潤(心の声)
    (守ろうとする想いが、人を殺めてしまう皮肉)

    岐阜城殺人事件は——こうして幕を閉じた。

    岐阜城・夕暮れ

    事件現場の規制が解かれ始める。夕焼けに染まる金華山と岐阜城。潤は城を見上げている。
    志賀頼が近づく。

    志賀頼 邦夫
    「先生、今日はほんま助かりましたわ」

    宝条 潤
    「いえ……管理官の指揮があったからこそです」

    志賀頼 邦夫
    「いやいや、先生がおらんかったらまだ迷子やったわ〜」

    志賀頼が照れくさそうに頭をかく。

    志賀頼 邦夫
    「あ〜先生?」

    宝条 潤
    「はい?」

    志賀頼が軽い口調で言う。

    志賀頼 邦夫
    「もし愛知行くことあったらな……正長君に会うたら、伝えてもらえんやろか?」

    宝条 潤
    「……何をですか?」

    志賀頼 邦夫
    「志賀頼はな、地元で元気にしとるよって!」

    潤は思わず苦笑する。

    宝条 潤
    「わかりました……必ず伝えます」

    志賀頼が満足そうにうなずく。

    志賀頼 邦夫
    「よっしゃ!ほな先生、またどこかの事件現場で会いましょか!」

    宝条 潤
    「……できれば、事件じゃないところで会いたいですね」

    志賀頼 邦夫
    「それ無理やろ〜!」

    志賀頼が大笑いする。
    2人は軽く手を振り合う。

    宝条 潤(心の声)
    (岐阜での再会も、悪くなかったな)

    神谷邸・リビング

    夕方。やわらかな陽が差し込む。
    テーブルの上には岐阜のお土産の和菓子。遥香が一口食べて、目を輝かせる。

    神谷 遥香
    「……!おいしい……!」

    もぐもぐと幸せそうに食べる。

    神谷 遥香
    「これ、すごく上品な甘さね。さすが潤」

    潤は向かいでお茶をすすりながら、ほっとした表情をする。

    宝条 潤
    「気に入ってもらえてよかった。結構悩んだんだ」

    神谷 遥香
    「ふふ。どうせ“いいのを買わないと怒られる”とか思ってたでしょ?」

    宝条 潤
    「……まあ、少しは」

    神谷 遥香
    「もう。そんなことで怒るわけないでしょ?」

    遥香は頬を膨らませるが、すぐ笑顔になる。

    神谷 遥香
    「でもちゃんと覚えてくれたのは嬉しい」

    宝条 潤
    「商店街で買ったんだ。その後事件があったけど」

    神谷 遥香
    「やっぱり事件に巻き込まれたのね」

    遥香が和菓子をもう1つ口に入れる。

    宝条 潤
    「……うん」

    神谷 遥香
    「次は一緒に岐阜に行きたいな」

    宝条 潤
    「その時は、事件なしで観光だけにしよう」

    神谷 遥香
    「それが一番難しそうだけど」

    遥香がくすっと笑う。

    宝条 潤(心の声)
    (こういう時間があるから、また事件に向き合えるんだ)

    夕焼けが窓を染める。

    第22話 完

     
     
     
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