
宮廷賢者アルトリア 第26話「消えた補給物資の行方」
第26話「消えた補給物資の行方」
イルカン王宮 ジョルジュの部屋
イルカン国王ジョルジュは、1通の書簡を読んでいた。
送り主はイルカン王国の諜報網。内容は――アルトリアについてだった。
ジョルジュは読み終えると豪快に笑う。
ジョルジュ
「ハッハッハッハ!アルトリアめ!食客をここまで抱えるようになったとは!」
近くにいたバルダが苦笑する。
バルダ
「嬉しそうですな、兄上」
セバス
「陛下は敵ながら、アルトリアを目にかけておいでです」
バルダ
「そのようですな」
ジョルジュ
「当然だ」
ジョルジュは楽しそうに笑う。
ジョルジュ
「若者が時代を変えようとする姿は嫌いではない。ましてや相手はレグナスの賢者だ。面白くないはずがない」
バルダは腕を組む。
バルダ
「ですが兄上、放置してよろしいので?」
ジョルジュ
「今はな。今のアルトリアはレグナス国内の問題で手一杯だ。むしろ成長してもらった方が面白い」
セバスが苦笑する。
セバス
「陛下らしいお考えです」
ジョルジュは1人の青年へ視線を向ける。
ジョルジュ
「まあここにいるシャナクも、アルトリアと並ぶ知性を持っているがな」
若き宮廷賢者、シャナク・イスターブ、20歳。イルカン王国最高の頭脳と称される青年。
シャナク
「光栄です。陛下」
シャナクは静かに一礼する。ジョルジュは興味深そうに尋ねる。
ジョルジュ
「どうだシャナク?アルトリアは」
重臣たちがシャナクを見る。
シャナク
「正直……ここまでの賢者はなかなかいません」
セバス
「……そなたほどの逸材が、アルトリアに恐れをなしたか?」
シャナクは静かに首を横に振る。
シャナク
「いいえ、逆です。興味がわいてきました。一度会って話してみとうございます」
バルダが感心したように笑う。
バルダ
「さすがだ。恐れるどころか興味を持つか」
ジョルジュは豪快に笑う。
ジョルジュ
「ハッハッハッハ!それでこそ私が選んだ賢者だ!」
シャナク
「ありがとうございます」
シャナクは再び一礼する。
シャナク(心の声)
(アルトリア……どんな人物だろうか?諜報報告だけでは見えてこない。理想家か、現実主義者か、あるいは――その両方か)
レオニスの部屋
アルトリアが入室する。
アルトリア
「陛下、お呼びでしょうか?」
レオニス
「来たか……実は、そなたを呼んだのはほかでもない」
レオニスが隣の男を見る。
レオニス
「この者だ」
羽扇を手にした知的な雰囲気の男。国防長官ハレック・ヴィスタン。レオニスの征服戦争で、その智謀をいかんなく発揮した天才軍師でもある。
ハレックがゆっくり席を立ち、軽く礼をする。
ハレック
「わざわざ来てもらってすまぬな」
アルトリア
「いえ」
レオニス
「妹婿の頼みだからな。断るわけにもいかぬ」
アルトリア
「それで……国防長官がなぜ私をお呼びに?」
ハレックは机の上に置かれた地図を広げる。そこには王国北部の地図と大量の印。
ハレック
「単刀直入に言おう。軍の補給物資が消えている」
アルトリアの表情が変わる。
アルトリア
「補給物資?」
ハレック
「食糧、武器、矢、鎧、その他諸々だ」
アルトリア
「盗賊ですか?」
ハレックは首を横に振る。
ハレック
「盗賊ならばもっと雑にやる。これは計画的だ。しかも長期間に渡って行われている」
アルトリアは地図を見る。
アルトリア
「……」
ハレック
「私と息子のオークで調べた。すると奇妙なことが分かった」
ハレックが羽扇で地図を指す。
ハレック
「消えた物資の流れ、そして君が追っている公共工事、この2つが重なっている」
アルトリアの目が鋭くなる。
アルトリア
「旧貴族派領地」
ハレック
「その通り」
2人の視線が交わる。
レオニス(心の声)
(やはり気付くか)
ハレック
「そこで聞きたい。君はどう見る?」
アルトリアはしばらく考える。
アルトリア
「これは軍事準備です」
ハレック
「ほう」
アルトリア
「しかも単なる私兵ではなく、軍規模です。補給線、倉庫、輸送路、全てが繋がっています。誰かが戦争を想定しています」
ハレックがゆっくり笑う。
ハレック
「やはり面白い」
アルトリア
「?」
ハレック
「私も全く同じ結論に達した」
アルトリアは少し驚く。
ハレック
「陛下。この若者は本物です」
レオニス
「だから言ったであろう。私の見立てに狂いはない」
ハレックはアルトリアの方を向く。
ハレック
「アルトリア」
アルトリア
「はい」
ハレック
「協力してくれ。旧貴族派が何を企んでいるのか、共に暴こうではないか」
アルトリアは静かに頷く。
アルトリア
「喜んで」
そこへ扉がノックされる。
セリア
「失礼いたします」
レオニス
「ああ。来たか、セリア」
セリアが入室する。そして室内にいるハレックを見つける。
セリア
「叔父上もお越しでしたか」
ハレックは羽扇を軽く振りながら微笑む。
ハレック
「はい。最近、軍の補給物資が頻繁に消えておりましてな、陛下にご報告をしておりました」
セリア
「補給物資が……?」
ハレック
「ええ。そして……」
ハレックがアルトリアを見る。
ハレック
「この者の知恵を借りたいことも」
セリアがアルトリアを見る。
セリア
「なるほど。叔父上が自ら頼るほどですか」
ハレック
「頼るというより確認ですな。私と彼が同じ結論に至るかどうか」
セリア
「結果は?」
レオニス
「全く同じだった」
セリア
「!」
セリアが少し驚く。ハレックほどの軍師と同じ結論、それは並大抵のことではない。
レオニス
「私も驚いた」
ハレック
「私も驚いております。まさか20歳の若者とここまで考えが一致するとは」
アルトリア
「私もです。まさか国防長官と同じ推理になるとは思いませんでした」
ハレック
「謙遜は不要。才能は年齢で決まらぬ」
セリアは少し誇らしそうになる。
セリア(心の声)
(当然です。アルトリアだもの)
レオニスがそんな娘の表情を見て苦笑する。
レオニス(心の声)
(分かりやすいな)
ハレックも気付いている。
ハレック(心の声)
(アナスタシアの言う通りだな。これはもう隠せておらぬ)
しかし本人だけは気付いていない。
セリア
「何です?」
レオニス
「いや」
ハレック
「何でもありません」
セリア
「?」
アルトリアも事情が分からず首を傾げる。
アルトリア
「?」
レオニスとハレックは顔を見合わせる。
セリア
「私も協力します」
レオニス
「そういうと思ったぞ」
アルトリア
「よろしくお願いします」
セリア
「ええ。あなたを危険な目には遭わせないわ」
アルトリア
「え?」
セリア
「……何でもない」
レオニスとハレックは再び苦笑する。
国務省 宮廷賢者専用執務室
執務室にはアルトリア、イルハレム、ジェームズ、ダイムの姿があった。机の上には地図や帳簿が広げられている。
イルハレム
「軍事物資が消えた?」
アルトリア
「ああ。食糧、武器、矢、鎧。かなりの量らしい」
ジェームズ
「国防長官ご本人からのご依頼だったのですか?」
アルトリア
「うん」
ダイム
「さすが国防長官ですね」
アルトリア
「しかも僕と同じ結論に至っていたよ」
イルハレム
「同じ結論……」
ダイム
「さすが陛下の征服戦争を支えた大軍師……」
ジェームズ
「国防長官と同じ考えに至るアルトリア様も十分おかしいですよ」
アルトリア
「何それ?」
イルハレム
「事実です」
ダイム
「事実ですね」
アルトリア
「ひどいなあ……」
一同が少し笑う。するとジェームズがふと思い出す。
ジェームズ
「ところで、国防長官の奥方様は確か陛下の妹君では?」
アルトリア
「ああ。アナスタシア様だね」
ダイム
「どんな方なんです?」
アルトリア
「昔、姫でありながら幾多の戦場を駆け抜けた伝説の姫騎士だよ。まあ、この国では姫騎士はそこまで珍しくないんだけどね」
アルトリアは少し考える。
アルトリア
「とにかく強かったらしい」
回想
遠い昔、まだレオニスが王太子だった頃のことだった。
銀に輝く鎧を身に纏った若きレオニス。
その隣には同じく銀の甲冑を纏った1人の女性。アナスタシア・レグナード。王家の姫でありながら剣を振るう戦士。
敵兵が迫る。
若きアナスタシア
「兄上!右翼が崩れています!」
若きレオニス
「分かっている!」
若きアナスタシア
「私が行きます!」
アナスタシアが馬を走らせる。敵陣へ突撃。
兵士A
「姫様だ!」
兵士B
「戦乙女姫だ!!」
銀の剣が閃く。敵兵が次々と倒れていく。
回想終了
アルトリア
「姫様から聞いた話なんだけど、先王が生きていた頃から、まだ太子だった陛下と一緒に戦場を駆けていたらしい。そして――『戦乙女姫』とまで呼ばれたんだって」
3人が息を呑む。
ダイム
「戦乙女姫……」
ジェームズ
「格好良すぎるだろ……」
イルハレム
「確かに伝説ですね」
アルトリア
「しかも弟君のロウラル卿も、剣ではかなわなかったらしい」
沈黙。
ダイム
「……え?」
ジェームズ
「ロウラル卿って……」
イルハレム
「六軍将第一将の?」
アルトリア
「うん」
再び沈黙。
ダイム
「化け物じゃないですか」
イルハレム
「レグナード家は恐ろしいですね……」
ジェームズ
「そんな姫のハートを射止めた国防長官って……」
アルトリア
「確か聞いた話……とある戦場でまだ若手軍師だった国防長官の天才的な軍略をアナスタシア様が見て、そこに惚れて結婚したとか」
イルハレム
「やっぱりレグナード家は恐ろしいですね……」
翌日 ヴィスタン家の屋敷
王都でも屈指の名門貴族であるヴィスタン家。広大な庭園と壮麗な屋敷が来客を迎えていた。
セリア
「ここがヴィスタン家の屋敷よ」
アルトリア
「ずいぶんと大きいですね……」
セリア
「公爵家ですもの。それに叔父上は国防長官。王国の重鎮の1人よ」
アルトリアは改めて屋敷を見上げる。
アルトリア
「なるほど……」
使用人が恭しく頭を下げる。
使用人
「お待ちしておりました。どうぞこちらへ」
2人は案内され屋敷へ入る。
大きな会議室。壁一面に並ぶ本棚。そこには歴史書、文学書、哲学書、軍事書、兵法書がぎっしりと並んでいる。まるで図書館だった。
部屋の中央ではハレックが待っていた。羽扇を手に椅子へ座っている。
ハレック
「待っていたぞ」
ハレックはセリアを見る。
ハレック
「姫様もお越しいただきありがとうございます」
セリア
「いえ」
3人は席へ着く。アルトリアは本棚を見回す。
アルトリア
「……随分と本が多めですね」
ハレックは少し笑う。
ハレック
「ああ。こう見えても私は学者でもある」
アルトリア
「納得しました」
ハレック
「戦争は剣だけで勝つものではない。知識もまた武器だからな」
アルトリアは感心する。
アルトリア
「さすがです」
その時、部屋の扉が開く。
女性の声
「失礼いたします」
1人の女性が入ってくる。長い銀髪に気品と威厳を兼ね備えた美女、どこかセリアと似た面影がある。
アナスタシア
「ハレックの妻、アナスタシアでございます」
アナスタシアが優雅にお辞儀をする。
アルトリア
「お初にお目にかかります。アルトリア・フィリアです」
アナスタシア
「まあまあ。噂通りの美男子ね」
アルトリア
「え?」
アナスタシア
「ふふ。さてと……おしとやかな振りはここまでにして……」
セリア
「え?」
次の瞬間……アナスタシアが後ろからセリアに抱きつく。
セリア
「きゃああああっ!!」
アナスタシア
「セリア~♪またここが大きくなったんじゃない?」
セリア
「やっ!やめてください叔母上!!」
アナスタシア
「相変わらず柔らかいわね~♪」
セリア
「やああああ!!」
アルトリアが硬直する。
アルトリア
「……」
アナスタシア
「それになあに?」
アナスタシアはニヤニヤしながらアルトリアを見る。
アナスタシア
「こ~んな綺麗な顔の男の子捕まえて~♪セリアも隅に置けないわねぇ~♪」
セリア
「ち、違います!!」
アナスタシア
「本当に~?」
セリア
「本当です!!」
ハレック
「アナスタシア……それぐらいにしないか。困っているだろう?」
アナスタシア
「いいじゃない。久しぶりにセリアに会ったんだし」
ハレック
「叔母と姪の関係だからとは言っても、最初にそれはどうなのだ?」
アナスタシア
「だって面白いんだもの」
セリア
「面白くありません!」
アナスタシア
「あらそう?」
セリア
「そうです!」
アルトリアは呆然とその光景を見ている。
アルトリア(心の声)
(これが……あの戦乙女姫……?想像と違う……)
脳裏に浮かぶ、戦場で敵軍を切り裂く伝説の姫騎士。そして現実。
アナスタシア
「セリア~♪」
セリア
「叔母上ぇぇぇぇ!!」
アルトリア(心の声)
(本当に同一人物なんだよね……?)
ようやくアナスタシアがセリアを解放する。セリアは顔を真っ赤にしたまま席へ戻る。
セリア
「もう……叔母上ったら……」
アナスタシア
「ふふふ」
ハレック
「さて……本題に入るとしよう」
アルトリア
「はい」
ハレックは机の上に大きな地図を広げる。レグナス王国全土が描かれている。そこにはいくつもの赤印が付けられていた。
ハレック
「これが消失した軍需物資の流れだ」
アルトリア
「かなりの数ですね」
ハレック
「ああ。しかも全てが偶然とは思えぬ」
羽扇で地図を指す。
ハレック
「北部、東部、南西部、消えた物資は最終的にこの地域へ向かっている」
アルトリアは地図を見る。
しばらく沈黙。
アルトリア
「旧貴族派の勢力圏……」
ハレック
「やはり気付くか」
ハレックは別の資料を出す。
ハレック
「さらに奇妙なのはこれだ」
アルトリア
「工事記録……?」
ハレック
「君達が調べていた公共工事だ」
アルトリアの表情が変わる。
アルトリア
「繋がっている……」
ハレック
「そう。道路、橋、倉庫、補給拠点、全てが1つの線になる」
セリアも資料を見る。
セリア
「軍の進軍経路……」
ハレック
「その可能性が高いでしょう」
アナスタシア
「つまり誰かが軍を動かそうとしている」
アナスタシアが続ける。
アナスタシア
「補給線なしに軍は動けない。何度も戦場で見てきた」
ハレック
「その通り」
アルトリア
「ですが、これだけでは決定的な証拠にはなりません」
ハレック
「だからこそ君を呼んだ」
アルトリア
「?」
ハレック
「私は軍を見る。君は人を見る。その違いが欲しい」
アルトリアは少し考える。
アルトリア
「……なるほど」
ハレック
「アントニウス公爵は何を狙っていると思う?」
部屋が静まり返る。
セリア
「……」
アナスタシア
「……」
全員がアルトリアを見る。
アルトリア
「反乱ではないと思います」
ハレック
「ほう?理由は?」
アルトリア
「賢すぎる方です。勝算のない戦いはしません。今の王国軍に正面から挑めば敗北します」
ハレック
「同感だ」
アルトリア
「だからこれは目的ではなく手段です」
アナスタシア
「手段?」
アルトリア
「ええ。何か別の目的を隠している。そのために軍事力を蓄えているかと」
ハレックの目が細くなる。
ハレック
「面白い」
アルトリア
「?」
ハレック
「私もそこまでは見えていなかった」
アナスタシア
「ハレックが見えないところまで……やっぱり噂以上ね」
セリア
「当然です」
即答。
セリア
「……あ」
アナスタシア
「ふふふ♪」
ハレック
「なるほど」
アルトリア
「?」
アルトリアだけが事情を理解していなかった。
その時――
コンコン
扉がノックされる。
オーク
「父上」
扉が開き、1人の青年が入ってくる。ヴィスタン家の長男、オーク・ヴィスタンだった。
落ち着いた雰囲気と知的な眼差しは、どこか父ハレックを思わせる。
オークは部屋の中にいる2人に気付く。
オーク
「これは失礼いたしました」
オークは席を正し、一礼する。
オーク
「セリア姫様」
セリア
「久しぶりね、オーク」
オーク
「はい」
続いてアルトリアを見る。
オーク
「アルトリア殿、初めまして。お噂はかねがね」
アルトリア
「悪い噂じゃないといいんですが」
オーク
「少なくとも私が聞いたものは全て良い噂です」
アルトリアは少し照れる。アナスタシアがオークに近づく。
アナスタシア
「この子も主人と同じく国防省の軍師でね、知略なら主人にも負けないほどよ」
オーク
「母上……褒めすぎです」
アナスタシア
「そんなことないわよ。もうあなたも子爵じゃない」
ハレックがオークに尋ねる。
ハレック
「それでどうした?」
オーク
「ジェイクとリュカが戻りました」
ハレック
「そうか。入れてくれ」
オークが扉を開く。すると――勢いよく若い声が響く。
ジェイク
「ただいま戻りました!」
騎士団の制服を着た快活な青年は、次男のジェイク・ヴィスタン。その後ろからもう1人。
リュカ
「失礼いたします」
落ち着いた雰囲気の少年は、三男のリュカ・ヴィスタン。
セリア
「2人とも大きくなったわね」
ジェイク
「姫様!」
リュカ
「ご無沙汰しております」
ジェイクがアルトリアを見る。
ジェイク
「この人が噂のアルトリア様ですか?」
アルトリア
「噂のかは分からないけど……」
ジェイク
「父上が珍しく褒めてた人だ!」
ハレック
「余計なことを言うな」
ジェイク
「痛っ!」
ジェイクが羽扇で頭を叩かれる。
アナスタシア
「相変わらずね」
リュカ
「兄上ですから」
全員が少し笑う。
ハレック
「ちょうどよかった。今、例の件について話していたところだ」
ジェイクとリュカの表情が引き締まる。
ジェイク
「消えた軍需物資ですね」
リュカ
「こちらもいくつか気になる情報を見つけました」
ハレック
「聞こう」
リュカ
「北部の旧貴族派領地付近で、不自然な荷馬車の往来があります」
オーク
「やはりか」
リュカ
「しかも夜間が中心です」
セリア
「隠しているわね」
ジェイク
「護衛も妙に多かったです」
アルトリア
「何を運んでいたかは?」
ジェイク
「分かりません。ですが重い荷物なのは間違いありません」
ハレック
「武器か、あるいは兵糧」
アルトリア
「どちらにせよ補給物資ですね」
全員の視線が地図へ向かう。
ハレック
「ますます確信に近づいてきた」
アルトリア
「ええ。旧貴族派は確実に何かを進めています」
部屋の空気が再び重くなる。
しかしその中で、ハレックはアルトリアを見て微かに笑った。
ハレック
「こういう知略戦は嫌いではない」
アルトリア
「それは僕も同じです」
オークが突然切り出す。
オーク
「ところで父上」
ハレック
「?」
ジェイク
「今度また女性にモテる極意を教えてください」
リュカ
「女の子にモテたいです」
沈黙。
ハレックの顔から血の気が引く。
ハレック
「おいお前達……それは母上の前では言うなとあれほど……」
ジェイク
「え?」
リュカ
「まずかったですか?」
ハレック
「誤解を受けるだろ……」
ゆっくりと、本当にゆっくりとアナスタシアが立ち上がる。
アナスタシア
「ハレック」
ハレック
「は、はい」
アナスタシア
「今の話、詳しく聞かせてくれる?」
ハレック
「いや、その……」
アナスタシア
「女性にモテる極意?」
ハレック
「誤解だ」
アナスタシア
「ほう?」
ハレック
「純粋な社交術の話であってだな……」
アナスタシア
「なるほど。つまり経験談なのね?」
ハレック
「違う」
アナスタシア
「あなた、昔はかなりモテたもの?」
ハレック
「モテた覚えはないぞ!」
完全に追い詰められる国防長官。
一方、アナスタシアがハレックを問い詰めている横で、セリアがふと思い出したようにアルトリアを見る。
セリア
「そういえば……」
アルトリア
「?」
セリア
「アルトリアも王宮で侍女にモテモテなのよね〜」
アルトリア
「姫様!?」
セリア
「この前も廊下で見られていたし」
アルトリア
「見られていただけです!」
セリア
「侍女達があなたを見る目、完全に恋する乙女のようだったわ」
アルトリア
「そんなことありません!」
セリア
「あるわ」
アルトリア
「ありません!」
セリア
「あるわ」
アルトリア
「ありません!」
セリア
「あるわ」
アルトリア
「なんでそんなに断言するんですか!?」
アナスタシア
「ほう?」
アナスタシアの耳が反応する。
アナスタシア
「アルトリア君もモテるの?」
アルトリア
「違います!」
セリア
「モテるわよ」
アルトリア
「姫様!?」
セリア
「貴族令嬢にも人気だし、侍女達も騒いでるし」
アナスタシア
「へえ~♪それは詳しく聞きたいわねぇ~♪」
アルトリア
「嫌な予感しかしない……」
アルトリアが横を見る。ハレックも同じタイミングでこちらを見ていた。
ハレック
「……」
アルトリア
「……」
2人の視線が合う。
ハレック
「逃げるか」
アルトリア
「逃げましょう」
2人が全力で出口へ向かう。しかし――
アナスタシア
「ハレック♥」
セリア
「アルトリア♥」
背後から恐ろしいほど優しい声。
ハレック
「……終わった」
アルトリア
「終わりましたね……」
2人はその場で硬直するのだった。ヴィスタン家の会議室に、ジェイク達の笑い声が響き渡る。
フィリア家本邸・アルトリアの部屋
夜。ようやくヴィスタン家から帰宅したアルトリア。部屋へ入るなり椅子へ腰を下ろす。
アルトリア
「あ~……ひどい目にあった……」
深いため息。脳裏に浮かぶのは数時間前。
アナスタシア
『ハレック♥』
セリア
『アルトリア♥』
アルトリア
「……国防長官と一緒に逃げる日が来るとは思わなかったな……」
思わず苦笑する。だがすぐに表情が引き締まる。
アルトリアは椅子に深く座る。
アルトリア
「さて……」
資料を見つめる。
アルトリア(心の声)
(軍需物資、補給線、旧貴族派領地、アントニウス公爵)
机に地図を広げる。線を引き、印を付ける。
アルトリア
「……やっぱり分からない」
補給線は見える。物資の流れも見える。しかし――
アルトリア(心の声)
(目的が見えない。アントニウス公爵が何を狙っている?反乱じゃない。あの人はそんな賭けはしない。なら何のために軍事力を蓄える?)
考えれば考えるほど謎が増える。
アルトリア
「……明日にしよう」
今日はここまで、そう判断する。無理に考えても答えは出ない。
アルトリアは羊皮紙を取り出す。そして今日得た情報を書き始める。
アルトリア(書きながら)
「軍需物資消失……旧貴族派領地と一致……夜間輸送……補給線形成……ハレック様も同意見……」
そして最後に一行。
アルトリア
「アントニウス公爵の真意は不明」
書き終える。資料をまとめる。
机の上には、今日まとめた報告書。その横にはセリアから以前渡された栞が置かれていた。
アルトリアはそれを見て少し笑う。
アルトリア
「……よし、明日も頑張ろう」
そう言って部屋の灯りを落とす。
国務省 宮廷賢者専用執務室
翌朝、机の上の大量の資料をアルトリアは何度も読み返していた。
アルトリア
「……なるほど」
1枚の資料を手に取る。そして……
アルトリア
「そういうことか」
口元が僅かに吊り上がる。久しぶりに何かを掴んだ表情だった。
その時……
コンコン
ジェームズ
「失礼します」
ジェームズが入室する。
ジェームズ
「おはようございます、アルトリア様」
アルトリア
「おはよう」
ジェームズは机の資料を見る。
ジェームズ
「また朝から資料ですか?」
アルトリア
「少し気になることがあってね」
ジェームズ
「何か分かったんですか?」
アルトリアは資料を閉じる。
アルトリア
「まだ確証はない。でも面白いものを見つけた」
ジェームズの表情が引き締まる。
ジェームズ
「面白いもの?」
アルトリア
「うん。グエンを呼んできてくれないか?」
ジェームズ
「グエンを……ですか?」
アルトリア
「うん。この件は公共工務省の資料が鍵になる」
ジェームズ
「分かりました。すぐ呼んできます」
ジェームズは急いで部屋を出ていく。扉が閉まる。
アルトリアは机の上の地図を見る。そこには旧貴族派領地。補給線、そして工事地点。赤い線が1つの形を作っていた。
アルトリア(心の声)
(軍事拠点じゃない。いや軍事拠点だけじゃない。アントニウス公爵……あなたはもっと先を見ている)
レオニスの部屋
重苦しい空気が漂う執務室。
国王レオニス、宮廷賢者アルトリア、そして国防長官ハレックが静かに座っている。
侍従
「公共工務長官、マルクス・バレンティア公爵がお越しです」
レオニス
「通せ」
1人の壮年の貴族が入室する。公共工務長官、マルクス・バレンティア公爵。
マルクス
「陛下、お呼びでしょうか?」
レオニスは鋭い視線を向ける。
レオニス
「来たか……」
しばし沈黙。
レオニス
「単刀直入に聞く。此度の件、そなたの仕業であろう?」
マルクスの表情が凍りつく。
マルクス
「へ……陛下!何を証拠に!?私が何をしたと言うのです!?」
その時、アルトリアが静かに口を開く。
アルトリア
「グエン」
扉が開く。
グエン
「失礼します」
マルクス
「!?そなたは……!グエンではないか!」
アルトリア
「グエン、証拠を陛下にお見せして」
グエン
「はい」
グエンは抱えていた書類を机へ並べる。
グエン
「こちらが公共工務省内部の工事記録です。通常予算、追加予算、そして実際の工事規模、全て照合済みです」
レオニスが資料へ目を通す。
レオニス
「……」
ハレック
「見事だな」
アルトリア
「グエンのおかげです」
グエン
「恐縮です」
マルクスの肩が震える。そして――
マルクス
「……」
…ガクッ。
肩を落とす。
マルクス(小声)
「アントニウス様……申し訳ありません……」
レオニスの目が細くなる。
レオニス
「マルクスよ」
マルクス
「はい……」
レオニス
「国王として問う。そなたは私に仕えているのか?それともアントニウスに仕えているのか?」
マルクス
「そ……それは……」
レオニス
「返答次第では、公共工務長官の職務、そして公爵の爵位、全て剥奪する。答えよ。誰がこの国の主かを踏まえてな」
沈黙。
マルクスは震える。
マルクス
「……陛下こそが、私の主でございます……」
レオニスは静かに頷く。
レオニス
「ならばそなたにはこれより、アントニウスの監視を命じる」
マルクス
「……!」
レオニス
「表向きアントニウスに仕えているふりをし、奴が何を目論んでいるか探るのだ」
マルクス
「諜報活動……ということでしょうか?」
レオニス
「そうだ。そなたにしか出来ぬ仕事だ」
マルクスは驚きを隠せない。
実はこれはアルトリアとハレックの献策だった。向こうの陣営に楔を打ち込むためである。
マルクス
「……承知いたしました。この命、陛下のために使わせていただきます」
レオニス
「期待している」
アルトリアは静かにマルクスを見る。
アルトリア(心の声)
(ひとまずあっちに楔を打ち込めたか……)
ヴィスタン家・居間
ハレックは長椅子に腰掛け、羽扇を仰ぎながら本を読んでいた。手元にあるのは古代兵法書。
その隣ではアナスタシアがお茶を淹れている。
アナスタシア
「はい、あなた」
ハレック
「ありがとう」
湯気の立つ紅茶を受け取る。
アナスタシア
「で、結局マルクス殿は無罪放免になったのね」
ハレックは静かに頷く。
ハレック
「あちらに楔を打ち込むための策だ」
アナスタシア
「なるほどね。とはいえいつもの兄上なら、爵位と領地を没収しているでしょうに」
ハレック
「そうだろうな。だがあれでも優秀な方だからな。捨てるには惜しい」
アナスタシアは微笑む。
アナスタシア
「あなたも兄上も人を見る目だけは昔から確かだもの」
ハレック
「いや。今回の発案者はアルトリアだ」
アナスタシア
「ふふ。あの子、本当に面白いわね」
ハレック
「ああ。敵を倒すより利用する。若いのに実に老獪だ」
アナスタシア
「兄上が気に入るわけね」
ハレック
「レグナスの未来を担う器かもしれぬ」
フィリア家本邸
一方その頃、アルトリアは父バーンズと叔父ピエールに今日の出来事を報告していた。
バーンズ
「なるほど。マルクスをアントニウス側の間者にしたのは正解だったな」
ピエール
「ええ、あれでも優秀な男ですからね。アルトリアの判断は正しい」
アルトリア
「ありがとうございます」
バーンズは腕を組む。その表情は真剣そのものだった。
バーンズ
「時にアルトリア」
アルトリア
「はい、父上」
バーンズ
「これからアントニウスはどう動くと考える?」
部屋が静かになる。暖炉の薪がはぜる音だけが響く。
アルトリアは目を閉じる。頭の中で情報を整理する。
しばらくしてアルトリアが静かに口を開く。
アルトリア
「……2つあります」
ピエール
「ほう」
アルトリア
「1つはマルクス長官を切り捨てること」
バーンズ
「当然考えるだろうな」
アルトリア
「でも、アントニウス公爵は簡単に部下を捨てる人ではありません」
ピエール
「利用価値がある限り、か」
アルトリア
「はい。だから表向きは何事もなかったように接すると思います」
バーンズ
「もう1つは?」
アルトリアの表情が鋭くなる。
アルトリア
「動きを早める」
沈黙。
ピエール
「……」
バーンズ
「理由は?」
アルトリア
「こちらにハレック長官が加わったからです。僕だけならまだしも王国最高の軍師まで本格的に動き始めた。アントニウス公爵も、それを理解しているはずです」
バーンズ
「つまり、時間が味方しなくなった」
アルトリア
「だから予定を前倒しにする可能性があります」
バーンズが静かに頷く。
バーンズ
「私も同意見だ。アントニウスは待つ男ではない。勝機が消える前に必ず動く」
アルトリアは暖炉の炎を見つめる。
アルトリア
「……問題は何を目的に動くかです」
バーンズ
「そこだけが、まだ見えぬか」
アルトリア
「はい。でも近いうちに必ず何かが起きます」
暖炉の火が大きく揺れる。まるで迫り来る嵐を予感させるかのように――。
第26話 完