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天才推理小説家の事件録 第21話「小学校での奇妙な事件」

    第21話「小学校での奇妙な事件」

    宝条邸・書斎

    午後。大きな窓から庭が見える書斎。
    潤は机で原稿を書いている。

    宝条 潤(心の声)
    「……よし、この章はまとまったな」

    潤がペンを置き、軽く伸びをする。

    その時——

    プルルルル……

    宝条 潤
    「電話?」

    受話器を取る。

    宝条 潤
    「はい、宝条です」

    下田 優子(電話越し)
    「お久しぶりです先生。群馬県警の下田です。以前の警察官襲撃事件ではお世話になりました」

    宝条 潤
    「下田管理官?お久しぶりです」

    潤が少し驚きつつ微笑む。

    宝条 潤
    「あの時は大変でしたね。その後は落ち着きましたか?」

    下田 優子
    「はい、おかげさまで。先生の推理がなければ、もっと被害が出ていたと思います」

    宝条 潤
    「いえ、皆さんの迅速な行動があってこそです」

    少し間。

    下田 優子
    「実は今日は、そのお礼も兼ねて……ご相談がありまして」

    宝条 潤
    「相談ですか?」

    下田 優子
    「はい。今度、休暇を取って息子と東京観光に行くことになったんです」

    宝条 潤
    「それはいいですね。東京は見どころが多いですから」

    下田 優子
    「ええ……久しぶりに母親らしいことをしようと思いまして」

    柔らかい声で言う。

    下田 優子
    「それで、その時に先生にぜひ一度お会いできないかと」

    宝条 潤
    「もちろん構いませんよ。ちょうど東京の名所もご案内できますし」

    下田 優子
    「ありがとうございます」

    下田は少し言いづらそうにする。

    下田 優子
    「それと……実はもう1つ」

    宝条 潤
    「何かありましたか?」

    下田 優子
    「詳しいことはまだ整理できていないのですが……息子の通っている学校で、最近奇妙な出来事が続いているらしくて」

    宝条 潤
    「奇妙な出来事……?」

    下田 優子
    「掲示物が勝手に動いたり、誰もいない教室で物が移動していたり……子供たちの間では“学校の七不思議”なんて噂になっているそうです」

    宝条 潤
    「なるほど……」

    潤は少し楽しそうに目を細める。

    宝条 潤
    「それはぜひ、直接お話を聞きたいですね」

    下田 優子
    「本当ですか?」

    宝条 潤
    「ええ。日常の中の謎ほど、意外と面白いものです」

    下田 優子
    「ありがとうございます、先生。息子もきっと喜びます」

    宝条 潤
    「東京に来られる日が決まったら連絡してください。観光も相談もまとめて引き受けますよ」

    下田 優子
    「心強いです。本当にありがとうございます」

    宝条 潤
    「こちらこそ、お会いできるのを楽しみにしています」

    プツッ

    電話が切れる。
    潤は受話器を置きながら考える。

    宝条 潤(心の声)
    (子供の学校で起きている奇妙な出来事、か……事件ほど重くはなさそうだが……)

    潤が少し微笑む。

    宝条 潤
    「こういう謎も、嫌いじゃない」

    窓の外の庭を見ながらつぶやく。

    宝条 潤
    「東京観光か……賑やかになりそうだな」

    宝条邸・書斎〜応接間

    電話を切った潤が、書斎を出て廊下を歩く。
    応接間では遥香がソファに座り、資料を見ている。

    宝条 潤
    「遥香」

    神谷 遥香
    「ん?」

    遥香が顔を上げる。

    宝条 潤
    「今、群馬県警の下田管理官から電話があった」

    神谷 遥香
    「以前、関東全域で起きた警察官襲撃事件の時の?」

    宝条 潤
    「そう。その下田管理官」

    神谷 遥香
    「……久しぶりね」

    遥香が腕を組み、記憶をたどる。

    宝条 潤
    「今度、休暇で子供と東京観光に来るらしくてさ。せっかくだから案内してほしいって」

    神谷 遥香
    「小説家の先生が観光ガイド?」

    遥香がくすっと笑う。

    宝条 潤
    「失礼だな。これでも東京には詳しいんだぞ?というか東京は庭だぞ?」

    神谷 遥香
    「ふふ……まあ、宝条家の当主なら裏道まで知ってそうね」

    遥香が少し真顔になる。

    神谷 遥香
    「……そういえば下田管理官、ご主人が亡くなってから1人でお子さんを育ててきたシングルマザーなのよ」

    宝条 潤
    「え……子供を1人で?」

    神谷 遥香
    「そう」

    宝条 潤
    「それで警視にまでなるって……すごいな……尊敬するよ」

    神谷 遥香
    「群馬県警でも“美魔女管理官”なんて呼ばれてるけど、相当苦労してきた人よ」

    宝条 潤
    「なるほど……見た目だけじゃ分からないな」

    少し間。

    宝条 潤
    「それでさ、観光だけじゃなくてもう一つ相談があるらしい」

    神谷 遥香
    「相談?」

    宝条 潤
    「その子の通っている学校で、最近奇妙な出来事が起きているんだって」

    神谷 遥香
    「奇妙な出来事?」

    宝条 潤
    「掲示物が勝手に動いたり、物が消えたり戻ったり……子供たちの間では幽霊だとか七不思議だとか噂になってるらしい」

    神谷 遥香
    「え……学校の怪談ね……」

    遥香が少し腕をさする。

    宝条 潤
    「怖いの?」

    神谷 遥香
    「べ、別に?」

    視線をそらす。

    宝条 潤
    「その反応は怖がってる人の反応だろ」

    神谷 遥香
    「うるさいわね!」

    遥香が潤に軽くげんこつをする。

    宝条 潤
    「いたっ!」

    神谷 遥香
    「でも……ただのいたずらならいいけど、誰かが傷つくようなことなら放っておけないわ」

    宝条 潤
    「だよな。だから直接会って、詳しく話を聞くことにした」

    神谷 遥香
    「先生、相変わらず首突っ込むの早いわね」

    宝条 潤
    「面白そうだったし」

    神谷 遥香
    「……やっぱり」

    遥香がため息をつく。

    神谷 遥香
    「でも、私も付き合うわ」

    宝条 潤
    「もちろん。一緒に解決しよう」

    2人は軽く微笑み合う。

    東京駅・丸の内口コンコース

    人で賑わう東京駅構内。
    スーツ姿のビジネスマンや観光客が行き交う。

    潤と遥香が人混みの中で周囲を見渡している。

    宝条 潤
    「人、多いな……さすが東京駅だ」

    神谷 遥香
    「迷わず来られるかしら?」

    宝条 潤
    「下田管理官なら大丈夫だろ」

    その時、少し離れたところで手を振る女性がいた。

    下田 優子
    「先生!」

    宝条 潤
    「あ、下田管理官!」

    潤と遥香が近づく。

    下田 優子
    「お久しぶりです、宝条先生」

    神谷 遥香
    「お久しぶりです」

    遥香が軽く会釈をする。

    下田 優子
    「神谷管理官もご一緒なんですね」

    神谷 遥香
    「はい。東京観光の案内役兼、先生の護衛です」

    宝条 潤(苦笑)
    「護衛って……」

    その時、下田の後ろに隠れていた小さな影がもぞもぞ動く。

    下田 優子
    「ほら健太、ご挨拶」

    健太が一歩前へ出る。

    下田 健太
    「……こんにちは。下田健太です」

    深く頭を下げる。

    下田 健太
    「よろしくお願いします。潤先生、遥香おばさん」

    少し緊張した声。

    神谷 遥香
    「……」

    遥香が一瞬固まる。
    次の瞬間——

    神谷 遥香(微笑みながら)
    「偉いのね〜、ちゃんと挨拶できて〜」

    遥香が健太の頭をやさしくなでる。

    神谷 遥香
    「でもね?」

    顔を近づけて小声で言う。

    神谷 遥香
    「おばさんじゃなくて、お・ね・え・さ・ん、よ?」

    下田 健太
    「え……?」

    健太が戸惑う。

    宝条 潤
    「プププ……遥香おばさん……」

    潤が吹き出す。

    神谷 遥香
    「ちょっと潤!」

    遥香が潤を睨む。

    宝条 潤
    「いや、あまりにも自然に言われたから……」

    下田 優子
    「ふふ……すみません。健太、おばさんじゃなくてお姉さんでしょ?」

    下田 健太
    「そ、そうなの……?」

    神谷 遥香
    「そうよ?」

    遥香が胸を張る。

    宝条 潤
    「自称な」

    神谷 遥香
    「何か言った?」

    宝条 潤
    「いえ、何も」

    潤は即座に目を逸らす。

    下田 健太
    「……よろしくお願いします。遥香お姉さん」

    神谷 遥香
    「よくできました♪」

    遥香が満足げに言う。

    宝条 潤(心の声)
    (教育が行き届いてるな……)

    東京観光・浅草周辺

    雷門前の通りは観光客で賑わう。

    下田 優子
    「わあ……テレビで見るより迫力がありますね」

    下田 健太
    「大きい……!」

    健太は雷門を見上げて目を輝かせる。

    宝条 潤
    「ここは雷門。浅草の名所だよ」

    神谷 遥香
    「この先に仲見世通りがあって、お土産とかいっぱいあるの」

    下田 健太
    「すごい……お祭りみたい」

    歩きながら屋台や店を眺める一同。
    少し進んだところで——潤の視線がふと、美しい着物姿の女性が優雅に歩いていく。

    宝条 潤(心の声)
    (……綺麗だな)

    つい目で追ってしまう。

    次の瞬間——

    神谷 遥香
    「……潤?」

    グイィィィ!!

    宝条 潤
    「いだだだだだ!!?」

    潤が耳を思い切り引っ張られる。

    神谷 遥香
    「観光中でもよそ見する余裕あるのね?」

    宝条 潤
    「ちょっ……あれは反射的に……!」

    神谷 遥香
    「反射で美女見る癖直しなさい!」

    宝条 潤
    「耳が取れる!!」

    下田 優子
    「ふふふ……相変わらずですね」

    健太はポカンと見ている。

    下田 健太
    「……あの」

    宝条 潤
    「ん?」

    下田 健太
    「お2人は……付き合ってるんですか?」

    ピタッと空気が止まる。

    宝条 潤
    「えっ!?」

    神谷 遥香
    「……」

    2人は一瞬固まる。

    下田 優子
    「け、健太!いきなり何を……!?」

    下田 健太
    「だって……仲いいし。遥香お姉さんも怒ってるのに楽しそうだし……」

    神谷 遥香(少し頬を赤らめて)
    「そ、そんなわけ……」

    宝条 潤
    「そ、そうだぞ!ただの……」

    潤は言葉に詰まる。

    神谷 遥香
    「……」

    遥香はちらっと潤を見る、

    宝条 潤
    「……」

    目をそらす。

    沈黙。

    下田 健太
    「……じゃあ、好きなんですね」

    宝条 潤
    「ぶっ!!」

    神谷 遥香
    「なっ……!」

    下田 優子
    「健太!」

    下田 健太
    「だって……好きじゃなかったら耳引っ張らないと思います」

    宝条 潤(心の声)
    (小学生なのに鋭すぎる……)

    神谷 遥香
    「……」

    遥香はさらに赤くなる。

    神谷 遥香
    「こ、子供はそういうこと気にしなくていいの!」

    下田 健太
    「……はい」

    健太は納得してない顔。

    宝条 潤
    「す、すごい観察力だな健太君……」

    下田 健太
    「学校でよく人見てるから」

    神谷 遥香
    「それが後で事件解決に役立つのかしらね……」

    東京観光・隅田川沿いベンチ

    浅草を一通り回り、少し歩き疲れて川沿いのベンチで休憩する。

    下田 優子
    「ふう……久しぶりにこんなに歩きました」

    宝条 潤
    「東京観光は意外と体力使いますからね」

    神谷 遥香
    「はい健太君。ジュース」

    下田 健太
    「ありがとうございます」

    健太は両手で受け取る。

    宝条 潤(心の声)
    (ほんとにしっかりした子だな……)

    しばらく沈黙。川を眺める。

    下田 健太
    「……潤先生」

    宝条 潤
    「ん?」

    下田 健太
    「ママが話した学校のこと……聞いてくれますか?」

    下田 優子
    「健太……」

    宝条 潤
    「もちろんだよ。どんなことがあったんだ?」

    下田 健太
    「はい」

    健太が少し緊張しながら話す。

    下田 健太
    「最初は……教室の掲示物でした。帰るときには普通だったのに、次の日来たら場所が入れ替わってて……」

    神谷 遥香
    「誰かのいたずらじゃなく?」

    下田 健太
    「先生も調べたけど、誰も見てなくて。それから……」

    健太が続ける。

    下田 健太
    「ロッカーが勝手に開いてたり……なくなったノートが、別の机の中に戻ってたり……放課後には、黒板に知らない字が書いてあったこともあります」

    下田 優子
    「クラスの子たちが怖がってしまって……中には泣き出す子もいるそうです」

    神谷 遥香
    「確かにそれが続いたら不安になるわね……」

    宝条 潤
    「黒板の文字って、どんな感じだった?」

    下田 健太
    「えっと……」

    空中に指でなぞる。

    下田 健太
    「こんな風に……」

    ぐにゃっとした丸っこい文字。

    宝条 潤(心の声)
    (チョークというより……指でこすった跡みたいだな)

    宝条 潤
    「掲示物が動いたのは、全部同じ高さ?」

    下田 健太
    「はい……だいたい僕の目くらいのところです」

    宝条 潤
    「ロッカーも?」

    下田 健太
    「はい。下のほうだけです」

    神谷 遥香
    「……低い位置ばかりね」

    潤がふっと微笑う。

    宝条 潤
    「健太君」

    下田 健太
    「はい!」

    宝条 潤
    「学校の幽霊は……たぶん人間だ」

    下田 健太
    「えっ?」

    下田 優子
    「やっぱり、誰かの仕業なんですか?」

    宝条 潤
    「ええ。しかも——健太君と同じくらいの背の子だと思います」

    下田 健太
    「……!」

    神谷 遥香
    「もうそこまで分かるの?」

    宝条 潤
    「高さは正直だよ。人は無意識に、手の届く範囲で行動する。それが全部“子供の目線”なんだ」

    下田 健太
    「じゃあ……幽霊じゃないんだ」

    宝条 潤
    「うん。怖がらせようとしてる“誰か”だ」

    下田 優子
    「どうしてそんなことを……?」

    宝条 潤
    「理由は1つとは限りません。注目されたかったか、助けてほしかったか……その答えは、現場に行けば分かる」

    神谷 遥香
    「行くのね?」

    宝条 潤
    「もちろん」

    潤がにっと笑う。

    宝条 潤
    「東京観光の次は……学校探偵だ」

    下田 健太
    「……お願いします!」

    健太が深く頭を下げる。

    宝条 潤
    「こちらこそ」

    後日・宝条邸前

    黒塗りの車が止まり、運転席には執事の須田がいる。

    須田
    「旦那様、準備はよろしいでしょうか?」

    宝条 潤
    「ああ、頼む」

    潤と遥香が車に乗り込む。

    神谷 遥香
    「まさか日常の謎を追って群馬まで行くことになるとはね」

    宝条 潤
    「久しぶりの小旅行だと思えばいいだろ」

    神谷 遥香
    「観光気分で行く場所じゃないわよ」

    宝条 潤
    「須田の運転だし、快適だ」

    須田(ミラー越しに)
    「ありがとうございます。安全運転で参ります」

    車内・高速道路

    2人は窓の外を流れる景色を見ている。

    神谷 遥香
    「健太君、ちゃんと学校で待ってるかしら?」

    宝条 潤
    「緊張してそうだな」

    神谷 遥香
    「でもあの子、しっかりしてる」

    宝条 潤
    「下田管理官の息子だ。芯が強いよ」

    少し沈黙。

    神谷 遥香
    「……潤」

    宝条 潤
    「ん?」

    神谷 遥香
    「日常のいたずらだったとしても、放っておけないわよね」

    宝条 潤
    「もちろん。怖がってる子がいるなら、それは立派な事件だ」

    神谷 遥香
    「さすが探偵先生」

    宝条 潤
    「褒めても何も出ないぞ」

    群馬県・高崎市

    街並みが見えてくる。

    須田
    「もうすぐ高崎市に入ります」

    宝条 潤
    「ありがとう」

    神谷 遥香
    「意外と都会なのね」

    宝条 潤
    「新幹線の駅もあるしな」

    健太の学校前

    小学校の校門。放課後で人影はまばら。
    校門前で下田親子が待っている。

    下田 優子
    「先生!」

    宝条 潤
    「お待たせしました」

    下田 健太
    「こんにちは!」

    健太がぺこりと頭を下げる。

    神谷 遥香
    「こんにちは健太君」

    下田 健太
    「遥香お姉さん!」

    神谷 遥香
    「ふふ、ちゃんと覚えてる」

    宝条 潤
    「今日は案内よろしくな」

    下田 健太
    「はい!」

    下田 優子
    「校長先生にはもう話を通してあります。放課後の教室を自由に見ていいそうです」

    宝条 潤
    「助かります」

    神谷 遥香
    「じゃあ……いよいよ現場ね」

    下田 健太
    「……ちょっとドキドキします」

    宝条 潤
    「大丈夫」

    潤が優しく微笑む。

    宝条 潤
    「幽霊はいない。真相はすぐ見つけるよ」

    下田 健太
    「……はい!」

    群馬・高崎市立〇〇小学校 5年2組教室(放課後)

    夕方。窓から斜めに差し込む陽の光。静まり返った教室。
    潤、遥香、下田、健太がゆっくり入る。

    神谷 遥香
    「……誰もいないと、学校って妙に静かね」

    下田 健太
    「ここです」

    健太は自分の席を指差す。

    下田 健太
    「全部、この教室で起きました」

    宝条 潤
    「なるほど……」

    潤はゆっくり歩き回りながら観察する。掲示板の壁に貼られた習字や図工作品なども。

    宝条 潤
    「健太君、掲示物が入れ替わってたっていうのはここだね」

    下田 健太
    「はい。右と左が入れ替わってました」

    宝条 潤
    「真ん中は動いてない……」

    神谷 遥香
    「どうしてそこだけ?」

    宝条 潤
    「人は無意識に、動かしやすい場所だけ触る。中心は手を伸ばしにくいからな」

    低い位置のロッカーを見る。

    宝条 潤
    「開いてたのはこの列だけ?」

    下田 健太
    「はい」

    神谷 遥香
    「上は全部閉まってる……」

    宝条 潤
    「背の低い子が使う場所だ」

    黒板にはうっすら白い跡がある。

    宝条 潤
    「これが……文字の跡か?」

    神谷 遥香
    「チョークじゃない?」

    宝条 潤
    「いや……」

    潤は指でなぞる。

    宝条 潤
    「粉が広がってる。指でこすった跡だ」

    下田 健太
    「先生も“チョークじゃない”って言ってました」

    宝条 潤
    「やっぱりな」

    教室後方の窓側の席のあたりで潤が足を止める。

    宝条 潤
    「……ここだ」

    神谷 遥香
    「何か見つけた?」

    宝条 潤
    「この机」

    潤が机の脚を指す。

    宝条 潤
    「微妙に位置がずれている」

    下田 健太
    「本当だ……」

    宝条 潤
    「毎回、物を動かした後にここで何かを見ていたはずだ」

    神谷 遥香
    「……誰かを?」

    宝条 潤
    「そう。犯人はこの教室の生徒。しかも——皆より少し背が低く、窓側の席に座っている子だ」

    下田 健太
    「……!」

    下田 優子
    「そんなところまで分かるんですか?」

    宝条 潤
    「人は行動に“癖”が出ます。それをつなげれば、答えは自然に浮かびます」

    神谷 遥香
    「……健太君、その席の子って?」

    下田 健太
    「……翔太君です」

    健太が少し伏し目がちに言う。

    下田 健太
    「いつも1人で……」

    潤が静かに頷く。

    宝条 潤
    「だろうね。この事件は、怖がらせるためじゃない。誰かに気づいてほしかったんだ」

    下田 健太
    「……」

    下田 優子
    「その子が……」

    宝条 潤
    「その翔太君……呼んでもらえるかな?」

    下田 健太
    「……はい」

    健太が廊下へ出ていく。

    数分後

    不安そうな顔の少年・翔太が健太に連れられて入ってくる。

    翔太
    「……なんで僕、呼ばれたの?」

    潤たちを見る。

    翔太
    「知らない人もいるし……」

    下田 健太
    「翔太君……」

    下田 優子
    「大丈夫よ。怒られるわけじゃないから」

    宝条 潤(優しく)
    「君が翔太君だね?」

    翔太
    「……はい」

    宝条 潤
    「最近、この教室で起きていること、知ってる?」

    翔太
    「……知らない」

    翔太が視線を逸らす。

    神谷 遥香
    「本当に?」

    翔太
    「……」

    潤は黒板の跡を指す。

    宝条 潤
    「これはチョークじゃない。指でこすって書いた跡だ」

    翔太
    「……」

    宝条 潤
    「掲示物が動いていた場所は、全部この高さ」

    自分の胸くらいを示す。

    宝条 潤
    「ロッカーも、下の段だけ。全部……君の身長と同じだ」

    翔太
    「……っ」

    宝条 潤
    「そしてこの机……」

    潤が窓側の席を指す。

    宝条 潤
    「君の席だね?物を動かしたあと、ここからクラスの様子を見ていた。……違うかな?」

    沈黙。

    翔太の手が震える。

    翔太
    「……どうして……どうして分かるんだよ……?」

    宝条 潤
    「人は、無意識に“楽な位置”で行動する。それが証拠になる。でも——君は悪いことをしたかったんじゃない」

    翔太
    「……」

    宝条 潤
    「みんなに怖がられたかったんじゃない。気づいてほしかったんだ。1人でいるのが、つらかったんだろ?」

    翔太
    「……うるさい!どうせ誰も……誰も僕のことなんか見てないんだ!」

    翔太の目から涙があふれる。

    下田 健太
    「……見てるよ」

    翔太
    「え……?」

    下田 健太
    「僕、ずっと翔太君のこと見てた。1人で図工してるの、すごいなって思ってた。でも……声かける勇気なかった」

    翔太
    「……」

    下田 優子
    「寂しかったのね」

    翔太
    「……うん。みんな楽しそうで……僕だけいなくてもいいみたいで……」

    宝条 潤
    「だから幽霊になった。見えない存在じゃなく、“注目される存在”になろうとした。でも、それじゃ余計に孤独になる」

    翔太
    「……ごめんなさい……」

    翔太がしゃがみこんで泣く。

    神谷 遥香(しゃがんで目線を合わせ)
    「怖がらせるより、助けてって言えばよかったのよ」

    翔太
    「……言えなかった……」

    神谷 遥香
    「言っていいの。弱いのは悪いことじゃない」

    下田 健太
    「……これから、一緒に遊ぼうよ。僕も最初、友達できなくて怖かったから」

    翔太
    「……いいの?」

    下田 健太
    「うん!」

    翔太が小さく笑う。

    宝条 潤(微笑んで)
    「これで、この学校の七不思議は終わりだ」

    下田 優子
    「先生……本当にありがとうございました」

    宝条 潤
    「いいえ。健太君が勇気を出したからです」

    下田 健太
    「……えへへ」

    神谷 遥香(小声で潤に)
    「殺人事件より難しいこともあるのね」

    宝条 潤
    「人の心は一番の謎だからな」

    数日後・宝条邸 応接間

    昼下がり。
    潤がソファに座り、タブレットで原稿をチェックしている。

    隣には遥香がコーヒーを飲みながら資料を読んでいる。

    ピロン(通知音)

    宝条 潤
    「ん?」

    潤がスマホを手に取る。

    宝条 潤
    「下田管理官からだ」

    神谷 遥香
    「何かあった?」

    潤が画面を開く。
    公園で、健太と翔太が並んで笑いながらボール遊びをしている写真。2人とも汗だくで、とても楽しそう。

    宝条 潤
    「……はは」

    神谷 遥香
    「どうしたの?」

    宝条 潤
    「見て」

    潤がスマホを差し出す。

    神谷 遥香
    「……!」

    遥香がふっと微笑む。

    神谷 遥香
    「仲良くなったのね」

    宝条 潤
    「うまくいったみたいだ」

    潤がメッセージを表示する。

    下田 優子(メッセージ)
    「先生のおかげで、健太と翔太君はすっかり友達になりました。毎日一緒に遊んでいるそうです。本当にありがとうございました」

    宝条 潤
    「よかったな……」

    神谷 遥香
    「子供同士の力ってすごいわね」

    宝条 潤
    「事件を解決したのは、俺じゃなくて健太君だ」

    神谷 遥香
    「ふふ、あなたもね」

    少し間。

    宝条 潤(心の声)
    (こういう結末も……悪くない)

    神谷 遥香
    「東京観光より、いい思い出になったかもね」

    宝条 潤
    「だな」

    穏やかな空気。

    そのとき——潤がふと外を見る。
    庭でメイドが花を手入れしている。その向こうを美人の来客が通る。

    宝条 潤(心の声)
    (……綺麗だな)

    次の瞬間——

    神谷 遥香
    「……潤?」

    グイッ!!

    宝条 潤
    「いだだだだ!!」

    潤が遥香に耳を引っ張られる。

    神谷 遥香
    「写真見て感動してたくせに、すぐよそ見?」

    宝条 潤
    「反射なんだ反射!」

    神谷 遥香
    「直しなさいその反射!」

    宝条 潤
    「耳がちぎれる!!」

    神谷 遥香(ぷっと吹き出す)
    「ふふ……」

    宝条 潤
    「笑うな!」

    庭の花が風に揺れる。

    日常の中にも、謎があり、答えがある。
    そして——その先には、必ず人の笑顔がある。

    第21話 完

     
     
     
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