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宝条潤と九条蓮 推理の交錯 -音楽家たちの連続殺人- 第6話「緊迫のシンクロニシティ」

    第6話「緊迫のシンクロニシティ」

    午後 東京都内

    九条の家を出た潤は1人、街を歩いていた。
    人通りの多い歩道。だが、潤の意識は周囲には向いていない。手には事件資料。頭の中では、3つの事件が何度も繰り返されている。
    天堂響一、茂呂敬四郎、久遠寺雅臣、そして――3年前、自ら命を絶った1人の青年。

    宝条 潤(心の声)
    (……犯人の動機は、自殺した篠宮奏介さんの復讐。それは間違いない)

    歩みを止める。信号待ち。
    潤は空を見上げる。

    宝条 潤(心の声)
    (天堂さんたち3人を追い詰めたことを知っている人物……しかも、音楽に詳しい……朝比奈さん……黒崎さん……天音さん……あるいは、別の誰か……)

    信号が青になり、潤は再び歩き始める。その表情には迷いがあった。

    同時刻 九条蓮の書斎

    九条は机の上に並べられた現場写真を見つめていた。
    灰が膝の上で静かに眠っている。

    九条 蓮
    「……」

    "G"
    "D"
    "A"
    3枚の写真。
    規則的に並ぶ証拠品。
    九条は指先で順番をなぞる。

    九条 蓮(心の声)
    (配置は完璧だ。犯人は明確な意志を持って並べている。これは偶然ではない)

    紅茶を一口飲む。

    九条 蓮(心の声)
    (だが……)

    九条は目を閉じる。

    九条 蓮(心の声)
    (彼――篠宮奏介はピアニスト。なぜ犯行が、ヴァイオリンの弦に沿っている?)

    灰が小さく鳴く。

    九条 蓮
    「そうだろう?灰」

    九条 蓮(心の声)
    (ピアノなら八十八鍵。あるいはソナタ形式。それなのに、なぜG、D、A、E……なぜヴァイオリンなのだ?)

    沈黙。

    九条の目が細くなる。

    九条 蓮(心の声)
    (犯人は……篠宮奏介本人の思想を再現しているのではない。犯人自身の記憶や感情を、配置している)

    その瞬間、潤と九条、離れた場所にいる2人の思考が奇妙なほど同じ地点へ到達する。

    東京の街角

    宝条 潤(心の声)
    (もし復讐なら……なぜヴァイオリンなんだ?)

    九条蓮の書斎

    九条 蓮(心の声)
    (復讐ならば……なぜピアノではなくヴァイオリンなのだ?)

    2人は、ほぼ同時に立ち止まる。
    そして心の中で、同じ問いを発した。

    宝条 潤・九条 蓮(心の声)
    (――一体、犯人は誰だ?)

    如月レイのマンション

    高層マンションの前。
    潤はエントランス前で立ち止まっていた。

    その時、自動ドアが開く。黒いロングコート姿のレイが帰ってくる。

    如月 レイ
    「……宝条先生」

    宝条 潤
    「あ」

    潤は軽く頭を下げる。

    宝条 潤
    「こんにちは」

    如月 レイ
    「こんにちは」

    宝条 潤
    「突然お邪魔してすみません」

    レイは小さく微笑む。

    如月 レイ
    「いいえ。ぜひ上がっていってください」

    宝条 潤
    「ありがとうございます」

    如月レイの部屋

    室内は驚くほど整然としていた。白を基調とした落ち着いた空間。
    窓際にはグランドピアノ。棚には楽譜や音楽理論書が並ぶ。余計な装飾はほとんどない。

    宝条 潤(心の声)
    (……彼女らしい部屋だな)

    如月 レイ
    「どうぞ」

    宝条 潤
    「失礼します」

    レイはキッチンへ向かう。
    しばらくして、湯気の立つ紅茶を持って戻ってくる。

    如月 レイ
    「どうぞ」

    宝条 潤
    「ありがとうございます」

    2人は向かい合って座る。
    潤の表情が曇る。

    宝条 潤
    「実は……」

    如月 レイ
    「……」

    宝条 潤
    「今日、久遠寺さんが殺害されました」

    レイの手が止まる。

    静かな沈黙。

    如月 レイ
    「……そう……ですか」

    レイは目を伏せる。

    如月 レイ
    「やはり……同じ犯人ですか?」

    宝条 潤
    「ほぼ間違いないでしょう。遺体のそばに、Aの文字が書いてあったそうです」

    如月 レイ
    「A……」

    レイは小さく呟く。

    如月 レイ
    「G、D、A……」

    宝条 潤
    「ええ」

    如月 レイ
    「残るのは……」

    宝条 潤
    「Eだけです」

    重苦しい沈黙。

    レイはカップを握りしめる。

    如月 レイ
    「誰が狙われるのか……」

    宝条 潤
    「……」

    潤は視線を逸らす。
    ふと、リビングの棚に飾られた写真が目に入る。若い男女が笑っている写真。レイとその隣に立つ青年。

    宝条 潤
    「……この方は?」

    レイも写真を見る。
    少しだけ柔らかい表情になる。

    如月 レイ
    「篠宮奏介。3年前に自殺した……私の彼です」

    宝条 潤
    「……」

    潤は静かに写真を見る。穏やかな笑顔。未来に希望を抱いていた頃の2人。
    レイは写真立てを手に取る。

    如月 レイ
    「もともと彼は……私と同じ音楽アカデミーの後輩でして……」

    潤は黙って耳を傾ける。

    如月 レイ
    「最初は、ただの後輩でした。真面目で、不器用で、でも誰よりも音楽を愛していた」

    レイは小さく笑う。

    如月 レイ
    「練習が終わっても、夜遅くまでピアノ室に残って……『先輩、音ってどうすれば人の心に届くんですか?』そんなことばかり聞いてくる子でした」

    宝条 潤
    「……」

    如月 レイ
    「私はその度に……『技術じゃないわ。最後は、自分が何を伝えたいかよ』……そう答えていました」

    レイは懐かしそうに微笑む。

    如月 レイ
    「彼、本当に優しかったんです。コンクール前で自分が苦しい時でも後輩の練習を見てあげたり、私が落ち込んでいると何も言わずに隣に座ってくれたり」

    宝条 潤
    「……いい人だったんですね」

    如月 レイ
    「ええ。だから……」

    レイから笑顔が消える。

    如月 レイ
    「亡くなった時はショックでした……」

    潤は何も言わない。
    ただ静かに聞いている。

    如月 レイ
    「亡くなる1カ月くらい前からでした。少しずつ笑わなくなって……『自分には才能がない』って言うようになって……私が励ましても……大丈夫だよ、って笑うだけで……」

    沈黙。

    窓の外では夕日が沈み始めている。

    宝条 潤
    「……」

    潤は写真を見つめる。そして静かに写真を手に取る。

    宝条 潤(心の声)
    (でも……奏介さんの顔……誰かに似てるような……)

    記憶の中を探る。
    音楽祭で出会った人物たち。朝比奈、真音、美玲、久遠寺。どこかで見た輪郭。どこかで感じた既視感。だが、あと一歩届かない。

    宝条 潤(心の声)
    (気のせいか……?)

    その時、レイが静かに口を開く。

    如月 レイ
    「宝条先生」

    宝条 潤
    「はい?」

    レイは少し迷うように視線を落とす。
    そして、小さく微笑んだ。

    如月 レイ
    「よければ……」

    宝条 潤
    「?」

    如月 レイ
    「一緒に行ってもらえませんか?」

    宝条 潤
    「え?」

    如月 レイ
    「彼のお墓参りに」

    静かな声。

    如月 レイ
    「これから行くところなんです」

    宝条 潤
    「……」

    潤は一瞬驚く。
    だが、すぐに穏やかに頷いた。

    宝条 潤
    「はい。ぜひ、お供させてください」

    如月 レイ
    「ありがとうございます」

    レイの表情が少し和らぐ。

    マンション地下駐車場

    レイの愛車。落ち着いた色合いの高級セダン。
    レイが運転席へ乗り込む。潤は助手席へ。

    宝条 潤
    「すみません、送っていただいて」

    如月 レイ
    「気にしないでください。今日は1人で行くのが少し辛かったので」

    宝条 潤
    「……」

    潤は静かにシートベルトを締める。
    エンジンがかかる。

    如月 レイ
    「出発しますね」

    宝条 潤
    「はい」

    車はゆっくりと駐車場を出ていく。

    マンション近くの路地

    夕暮れ。人気のない裏通り。そこに、1台の黒いバイクが停まっていた。
    エンジンは切られている。ライダーは微動だにしない。黒いライダースーツ。黒い手袋。そして、黒いフルフェイスヘルメット。
    遠ざかるレイの車を見つめている。

    ???
    「……」

    無言。
    やがて、ゆっくりと手を上げる。

    カチッ――

    シールドが下りる。
    夕陽が黒いバイザーに反射する。
    低いエンジン音。

    ブォン……

    ブォォォン……

    静かにバイクが目を覚ます。そしてレイの車が角を曲がるのを確認すると、ライダーはアクセルをひねった。

    ブォォォォォン――!!

    黒いバイクは夕暮れの街へ飛び出す。
    一定の距離を保ちながら、2人の乗る車を追い始める。
    その姿を、誰もまだ知らない――。

    夕方 都内・光明寺墓苑

    夕陽が山の向こうへ沈み始める。
    静かな境内。風に揺れる木々の音だけが聞こえていた。
    レイの車が駐車場へ入る。潤とレイが車から降りる。
    2人とも言葉少なに、墓苑の奥へ歩いていく。やがて、1つの墓石の前で足を止める。
    そこには……

    「篠宮家之墓」

    と刻まれていた。
    レイは持ってきた花束を静かに供える。白い百合。そして、奏介が好きだったという青いデルフィニウム。

    如月 レイ
    「……ただいま、奏介」

    穏やかな声。
    しかし、その奥には深い寂しさが滲んでいる。
    潤も隣で静かに頭を下げる。

    宝条 潤
    「失礼します」

    2人は線香に火をつける。細い煙が夕空へ昇っていく。
    レイは手を合わせる。潤もそれに倣う。しばらく、誰も口を開かない。静寂だけが流れる。
    やがて、レイがぽつりと話し始める。

    如月 レイ
    「……彼、ここへ来るたびに言っていたんです」

    宝条 潤
    「?」

    如月 レイ
    「『音楽って、人の心を残すものなんだね』って」

    宝条 潤
    「……」

    如月 レイ
    「自分がいなくなっても、演奏だけは誰かの中に残る。そんなことを、よく話していました」

    潤は静かに耳を傾ける。

    如月 レイ
    「当時の私は……そんな大げさな、って笑っていたんですけどね」

    小さく微笑む。
    だが、その笑顔はすぐ消える。

    如月 レイ
    「……まさか、本当にいなくなってしまうなんて」

    風が吹く。
    線香の煙が揺れる。

    宝条 潤
    「……」

    潤は墓石を見る。

    宝条 潤(心の声)
    (復讐のために3人を殺した人物がいるとすれば……その人間は、どれほど彼を大切に思っていたんだろう?)

    如月 レイ
    「宝条先生」

    宝条 潤
    「はい」

    如月 レイ
    「来てくださって、ありがとうございました」

    宝条 潤
    「いえ」

    潤は穏やかに笑う。

    宝条 潤
    「僕も、奏介さんのことを知りたいと思っていましたから」

    如月 レイ
    「……」

    レイは再び墓前へ向き直る。

    如月 レイ
    「ねえ、奏介。今、あなたのことでたくさんの人が動いているの。だから……もう誰も傷つかないでほしい」

    夕暮れの墓地で2人は静かに手を合わせ続ける。
    そしてその少し離れた場所――木陰の奥には誰にも気づかれない位置に、黒いフルフェイスヘルメットの人物が立っていた。
    ただ黙って、2人の様子を見つめているのだった――。

    如月レイのマンション

    墓参りを終えた潤とレイ。
    静かな車内。
    街の灯りが窓の外を流れていく。

    如月 レイ
    「今日は本当にありがとうございました」

    宝条 潤
    「いえ。僕の方こそ、奏介さんのお話を聞かせてもらえてよかったです」

    如月 レイ
    「……」

    レイは穏やかに微笑む。
    しかし、その表情にはまだ悲しみが残っている。
    車は人通りの少ない裏路地へ入る。
    その瞬間――

    ブォォォォン!!

    宝条 潤
    「!?」

    前方から、黒いバイクが突然飛び出してくる。

    キィィィィッ!!

    如月 レイ
    「……っ!!」

    レイが咄嗟にブレーキを踏む。
    車体が大きく揺れる。

    宝条 潤
    「何だ!?」

    バイクは車の前で停止する。

    如月 レイ
    「ちょっと危な……!」

    しかし――ライダーは無言のまま、ゆっくりと腕を上げる。その手には、拳銃。

    宝条 潤
    「……!」

    返事はない。
    ただ、その銃口だけが――まっすぐレイへ向けられていた。

    如月 レイ
    「……っ!」

    宝条 潤
    「レイさん、危ない!!」

    次の瞬間、乾いた破裂音がする。

    パンッ!!

    潤は咄嗟にレイの肩を掴む。

    宝条 潤
    「伏せて!!」

    ドンッ!

    レイの身体を押し倒す。
    銃弾は車体をかすめ、後方へ飛んでいく。

    如月 レイ
    「きゃっ……!」

    宝条 潤
    「大丈夫ですか!?」

    如月 レイ
    「は……はい」

    レイは息を切らしながら答える。

    如月 レイ
    「ありがとうございます……」

    宝条 潤
    「怪我は!?」

    如月 レイ
    「ありません……」

    潤は安堵する。
    しかし、その目はすぐに犯人へ向けられる。

    宝条 潤
    「お前が久遠寺さんと茂呂さん、天堂さんを殺害した犯人か!?」

    犯人は無言。
    ヘルメットの奥から、冷たい視線だけが感じられる。

    宝条 潤(心の声)
    (やはり……狙いはレイさんか……!)

    如月 レイ
    「どうして……どうして私を……?」

    夜の静寂が張り詰める。
    そして黒いヘルメットの人物は、ゆっくりと再び2人を見据えた――。

    静寂。

    黒いフルフェイスヘルメットの人物は、無言のまま銃口をレイへ向けている。

    如月 レイ
    「……」

    宝条 潤
    「くっ……!」

    潤はレイを庇うように前へ出る。

    宝条 潤
    「お前の狙いはレイさんなのか!?」

    返事はない。ただ、ゆっくりと引き金へ指がかかる。
    その瞬間――パトカーのサイレンが鳴り響く。

    ウゥゥゥゥゥ――!!

    犯人の動きが止まる。
    次の瞬間、遥香の鋭い声が響く。

    神谷 遥香
    「警察よ!!」

    パトカーのドアが勢いよく開く。

    神谷 遥香
    「動かないで!!」

    柴田 元治
    「包囲しろ!!」

    瀬尾 隆
    「逃がすな!」

    田村 水咲
    「銃を捨てなさい!」

    犯人は一瞬だけ周囲を見回す。完全に包囲されつつある状況。さすがに分が悪いと判断したのか、素早く銃をしまう。

    宝条 潤
    「逃げる気か!」

    ブォォォォン!!

    犯人はバイクへ飛び乗る。エンジン音が夜に響く。

    神谷 遥香
    「戸田君!!」

    戸田 陸翔
    「はい!!」

    神谷 遥香
    「犯人を追って!」

    戸田 陸翔
    「了解です!!」

    戸田は即座に捜査車両へ乗り込む。

    戸田 陸翔
    「絶対逃がしません!」

    キィィィッ!!

    車が急発進する。
    黒いバイクを追い、闇の中へ消えていく。

    柴田 元治
    「戸田のやつ、本当に足だけじゃなく運転も速いな」

    瀬尾 隆
    「高校時代全国大会ですからねぇ」

    現場の緊張が少しだけ解ける。
    遥香が駆け寄る。

    神谷 遥香
    「潤!」

    宝条 潤
    「遥香……」

    神谷 遥香
    「大丈夫?」

    宝条 潤
    「ありがとう。何とか無事だ」

    遥香は潤の肩を確認する。

    神谷 遥香
    「怪我は?」

    宝条 潤
    「ないよ」

    レイはまだ少し震えている。

    如月 レイ
    「……」

    遥香はレイにも視線を向ける。

    神谷 遥香
    「如月さん」

    如月 レイ
    「助けていただいて……」

    レイは深く頭を下げる。

    如月 レイ
    「ありがとうございます」

    神谷 遥香
    「いいえ」

    遥香は穏やかに微笑む。

    神谷 遥香
    「警察官として当然のことをしたまでです」

    如月 レイ
    「……」

    レイは安堵したように息を吐く。
    潤はふと疑問を抱く。

    宝条 潤
    「でも……」

    神谷 遥香
    「?」

    宝条 潤
    「どうしてここが分かったんだ?」

    神谷 遥香
    「……」

    柴田たちも顔を見合わせる。
    すると奥の暗闇から、聞き慣れた落ち着いた声が響く。

    ???
    「簡単なことだ」

    宝条 潤
    「!」

    白い手袋、白いコート、そして携帯用空気清浄機。九条蓮が静かに歩いてくる。
    その隣には五味剛。

    五味 剛
    「間に合ってよかったっす!」

    宝条 潤
    「九条先生!それに五味刑事!」

    九条は軽く会釈する。

    九条 蓮
    「どうも、宝条先生」

    宝条 潤
    「どうしてここに?」

    五味が笑う。

    五味 剛
    「先生が気づいたんですよ」

    神谷 遥香
    「ええ」

    遥香も頷く。
    九条は静かに答える。

    九条 蓮
    「犯人は最後の"E"を完成させるため、必ず如月レイ嬢を狙う。そう結論づけた」

    宝条 潤
    「……!」

    九条 蓮
    「だから警察へ連絡し、神谷警視たちと合流した」

    五味 剛
    「先生、外に出るの嫌がってたくせに、今日は自分から急いでましたからね」

    九条 蓮
    「緊急事態だからな」

    五味 剛
    「珍しいこともあるもんだ」

    九条は潤を見る。

    九条 蓮
    「しかし犯人は想像以上に大胆だ」

    宝条 潤
    「ええ。まさか、直接レイさんを狙うとは……」

    九条 蓮
    「……」

    九条は道路の先を見つめる。

    九条 蓮
    「いや、これは焦りではない。犯人にとって、この殺人は"完成させなければならない演奏"なのだ」

    2人の天才は、いよいよ真相へ辿り着こうとしていた――。

    パトカーの赤色灯が静かに点滅している。現場の緊張感も少しずつ落ち着きを取り戻していた。
    レイは車の運転席へ乗り込む。潤はドアのそばに立つ。

    宝条 潤
    「1人で大丈夫ですか?」

    レイは微笑む。

    如月 レイ
    「はい。もう大丈夫です」

    宝条 潤
    「そうですか」

    如月 レイ
    「皆さんが来てくださったおかげです」

    宝条 潤
    「無理はしないでくださいね」

    如月 レイ
    「ありがとうございます」

    2人の距離は自然と近い。
    それを――少し離れた場所から遥香が見ていた。

    神谷 遥香
    「……」

    ジト目。非常にジト目。

    宝条 潤(心の声)
    (うわ、見てる)

    潤は視線だけで気付く。

    神谷 遥香(心の声)
    (近い)

    宝条 潤(心の声)
    (近くない)

    神谷 遥香(心の声)
    (近い)

    宝条 潤(心の声)
    (心を読むな)

    しかし次の瞬間、遥香はすぐに警察官としての顔へ戻る。

    神谷 遥香
    「如月さん」

    如月 レイ
    「はい」

    神谷 遥香
    「念のため、部下を張り込ませます」

    如月 レイ
    「ありがとうございます」

    神谷 遥香
    「犯人が再び接触してくる可能性がありますから」

    如月 レイ
    「わかりました」

    その時、潤が何かを思いついたように口を開く。

    宝条 潤
    「……あの」

    如月 レイ
    「?」

    宝条 潤
    「最後に1つ聞いてもいいですか?」

    如月 レイ
    「はい」

    潤は真剣な表情になる。

    宝条 潤
    「篠宮奏介さんに……ご兄弟はいらっしゃいますか?」

    その場の空気が変わる。
    遥香も九条も潤を見る。

    如月 レイ
    「兄弟……?」

    レイは少し考える。
    記憶をたどるように視線を上げる。

    如月 レイ
    「えっと……確か彼、幼いころにご両親が離婚したんです」

    宝条 潤
    「……」

    如月 レイ
    「奏介はお母さんに引き取られて、お父さんに引き取られたお姉さんがいるって聞いたことがあります」

    宝条 潤
    「……!」

    神谷 遥香
    「お姉さん?」

    九条の目も細くなる。

    如月 レイ
    「はい。ただ……」

    レイは首を傾げる。

    如月 レイ
    「確かお姉さんがいることは、親友の朝比奈君にも話してなかったと思います」

    宝条 潤
    「そうですか」

    如月 レイ
    「何か関係あるんですか?」

    潤は答えない。しかしその口元には笑みが浮かんでいた。

    宝条 潤(心の声)
    (……やはりな)

    バラバラだったピースが繋がる。写真を見た時の違和感、ヴァイオリン弦、
    レイへの異常な執着、そして奏介に似た顔立ち。

    宝条 潤(心の声)
    (そういうことだったのか)

    九条が潤を見る。

    九条 蓮
    「……どうやら君も辿り着いたようだな」

    宝条 潤
    「ええ」

    神谷 遥香
    「ちょっと。2人だけで納得しないでくれる?」

    五味 剛
    「俺も全然わかんないんですけど!」

    潤は小さく笑う。

    宝条 潤
    「まだ証拠が足りません」

    九条 蓮
    「同感だ」

    宝条 潤
    「でも……」

    潤はレイを見る。

    宝条 潤
    「これで犯人にかなり近づきました」

    如月 レイ
    「……」

    レイは不安そうな表情を浮かべる。

    宝条 潤
    「安心してください。次の"E"は完成させません」

    九条 蓮
    「ああ。演奏はここで終わりだ」

    夜風が吹く。
    そして潤と九条、2人の天才は、ついに真犯人の正体へ辿り着いていた――。

    夜 遥香の車内

    夜の街を黒いセダンが静かに走る。運転席には遥香、助手席には潤。
    パトカーのサイレンも届かない、穏やかな時間。しかし2人の頭の中では、事件の真相が急速に形になりつつあった。

    遥香がハンドルを握りながら口を開く。

    神谷 遥香
    「ねえ潤」

    宝条 潤
    「ん?」

    神谷 遥香
    「さっき、犯人にかなり近づいたって言ってたけど?」

    宝条 潤
    「ああ」

    潤は窓の外を見る。

    宝条 潤
    「天堂さんに、茂呂さん、久遠寺さんを殺した犯人が……どうしてレイさんをターゲットにしたのかも分かった」

    神谷 遥香
    「……」

    遥香は真剣な表情になる。

    神谷 遥香
    「どういうこと?」

    潤は静かに答える。

    宝条 潤
    「……自殺した弟の恋人だったから」

    神谷 遥香
    「!」

    宝条 潤
    「弟を守れなかった。助けてあげられなかった。だから憎んだんだ。天堂さんたちを。そして――レイさんのことも」

    車内に沈黙が落ちる。

    遥香は目を丸くする。

    神谷 遥香
    「でも……篠宮さんのお姉さんが犯人だとして……それはいったい誰なの!?」

    潤は静かに笑う。

    宝条 潤
    「1人だけいたじゃん?」

    神谷 遥香
    「え?」

    宝条 潤
    「リハーサルでレイさんにきつく当たってた人が……」

    神谷 遥香
    「……!」

    その瞬間、遥香の脳裏にあの日の光景が蘇る。

    『あら、いいわねレイ。宝条先生に声をかけてもらえるなんて』

    鋭い視線。敵意。そして朝比奈の言葉。

    『如月さんは愛する彼を亡くして、3年経ってやっと……!』

    神谷 遥香
    「まさか……」

    同時刻 都内・高級マンション地下駐車場

    ブォォォン……

    黒いバイクがゆっくりと駐車スペースへ入る。
    エンジンが止まる。

    静寂。

    ライダーはしばらく動かない。黒いライダースーツ。黒い手袋。黒いフルフェイスヘルメット。
    やがて――

    カチッ

    ヘルメットのロックが外れる。ゆっくりと、両手でヘルメットを持ち上げる。
    長い髪がこぼれ落ちる。その素顔が、闇の中に現れる。

    遥香の車内

    宝条 潤
    「そう……」

    潤は静かに目を閉じる。

    宝条 潤
    「今回の事件の犯人は……」

    マンション地下駐車場

    ヘルメットが完全に外される。そこにいたのは美しい女性。世界的ソプラノ歌手、天音美玲だった。

    天音 美玲
    「……」

    その瞳には、深い悲しみと消えることのない憎しみが宿っていた。

    遥香の車内

    宝条 潤
    「世界的ソプラノ歌手……天音美玲さんだ」

    神谷 遥香
    「……!」

    遥香は思わず息を呑む。

    神谷 遥香
    「天音さんが……」

    宝条 潤
    「ああ。姓が違ったのは、両親の離婚によるもの。だから誰も気づかなかった」

    神谷 遥香
    「……」

    宝条 潤
    「ヴァイオリンの弦に見立てた犯行を行ったのは、復讐したい人物が全部で4人だったから。そして彼女は弟を死に追いやった3人へ復讐した……G……D……A……残るは――」

    2人は同時に口にする。

    宝条 潤・神谷 遥香
    「E……!」

    その"E"が示す人物。如月レイ。あるいは、美しい最高音そのもの。
    最後の演奏は、まだ終わっていなかった――。

    同日深夜 都内・天音美玲のマンション

    地下駐車場に黒いバイクが定位置に止められる。エンジン音が消え、完全な静寂が訪れる。

    天音美玲の部屋

    玄関の扉が静かに閉まる。

    カチリ

    美玲は深く息を吐く。
    そして、黒いフルフェイスヘルメットを棚の上へ置いた。

    天音 美玲
    「あ~あ……」

    美玲は肩を回す。

    天音 美玲
    「あの刑事、どこまでも追ってきてしつこかった」

    苦笑する。

    天音 美玲
    「まくのが大変だったわ」

    部屋の照明が暖かく灯る。豪華な室内。しかし、どこか寂しさが漂っていた。
    美玲は黒いライダースーツのファスナーを下ろす。

    天音 美玲
    「……」

    静かに上着を脱いで椅子へ掛ける。そして、ふと視線が棚の上へ向く。
    そこには、古びた写真立て。
    美玲の動きが止まる。ゆっくりと近づく。

    天音 美玲
    「……奏介」

    写真を手に取る。

    回想

    天音家の庭。青い空。夏の日差し。
    7歳の美玲と5歳の奏介。2人が笑いながら庭を走り回っている。

    天音 奏介
    「お姉ちゃん、待って~!」

    天音 美玲
    「遅いわよ奏介!」

    天音 奏介
    「ずるいー!」

    天音 美玲
    「ふふっ!」

    母親
    「美玲~、奏介~、2人とも転ばないようにね!」

    笑い声。幸せだった頃。まだ、何も失っていなかった頃。

    現在

    美玲は写真を胸に抱きしめる。
    その指先が震えている。

    天音 美玲
    「……」

    静かな涙が頬を伝う。

    天音 美玲
    「どうして……どうして、あなただけが……」

    声がかすれる。

    天音 美玲
    「私が……私がお姉ちゃんなのに……守ってあげられなかった……」

    ぽたり

    涙が写真の縁に落ちる。

    天音 美玲
    「奏介……ごめんね……ずっと一緒にいるって約束したのに……辛いことがあったら、何でも話してって言ったのに……どうして、1人で逝っちゃったの……」

    部屋にはすすり泣く声だけが響く。
    やがて。美玲は涙を拭う。そして再び写真を見る。そこに映る、無邪気な弟の笑顔を。

    天音 美玲
    「……でも」

    美玲の瞳に、再び強い意志が宿る。

    天音 美玲
    「もう少しだけ待って。あと1人……あと1人で……全部終わるから」

    彼女は静かに写真を抱き締める。愛情と、悲しみと、消えることのない復讐心を胸に――。

    第6話 完

     
     
     
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