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宮廷賢者アルトリア 第25話「集い始める若き才能たち」

    第25話「集い始める若き才能たち」

    ここはレグナス王国。大陸最大の領土を誇る国家。
    現王レオニスの治世により現在の広大な版図を築いたが、広すぎる領土は各地で歪みを生み、旧貴族派の横暴によって国民たちは苦しめられていた。
    だが今――1人の若き賢者の登場により、王国には少しずつ変化の兆しが現れ始めていた。

    レオニスの部屋

    レオニスが窓の外の王都を眺めている。ガイナスが資料を持って入室する。

    レオニス
    「アルトリアはどうしている?」

    ガイナス
    「新しく部下となった者たちと仕事をしています」

    レオニス
    「そうか……」

    レオニスはわずかに微笑む。その表情には、期待と安堵が混じっていた。

    ガイナス
    「各地から仕官希望者が増えています。特に若者たちの間では、アルトリアの下で働きたいという声が非常に多いようです」

    レオニス
    「……時代が動き始めているな」

    ガイナス
    「父上?」

    レオニス
    「私は長く王をやってきた。だが……これほど民が“未来”を語る空気は久しく見ていない」

    レオニスは椅子に腰掛ける。

    レオニス
    「バーンズが現れた時も国は変わった。だがアルトリアは、それとはまた違う」

    ガイナス
    「違う……ですか?」

    レオニス
    「あやつは“貴族のため”ではなく、“人のため”に動いている」

    ガイナス
    「……はい」

    レオニス
    「だからこそ、人が集まる」

    レオニスは静かに目を細める。

    レオニス
    「光というものは、不思議だな。暗闇が深いほど、人はそこへ集まる」

    ガイナスは父の言葉を静かに聞いている。

    レオニス
    「……だが、光が強くなればなるほど、闇もまた動く」

    ガイナス
    「旧貴族派……」

    レオニス
    「ああ。アントニウスは必ず動く」

    重い空気が流れる。

    ガイナス
    「それでもアルトリアは止まらないでしょう」

    レオニスは少し笑う。

    レオニス
    「私もそう思う」

    国務省 宮廷賢者専用執務室

    アルトリアは、新たに協力者となったヘンリー・ローリエ、トーゴ・シュエロ、バシン・ディーンと向き合っていた。
    3人ともまだ若く、緊張している。

    アルトリア
    「君たちも知ってると思うんだけど……今の宮殿は安全といい難いんだ」

    空気が少し重くなる。

    ヘンリー
    「旧貴族派ですか……?」

    アルトリア
    「うん。改革を嫌う人たちは多い。特に僕の周囲にはね」

    トーゴ
    「その状態で改革を進めていくんですね……」

    トーゴは少し不安そうに資料を見る。

    アルトリア
    「怖い?」

    トーゴ
    「……少し。ですが、地方で見てきたんです。税を払えず土地を失う人達を」

    トーゴは拳を握る。

    トーゴ
    「だから……逃げたくありません」

    アルトリアは優しく微笑む。

    アルトリア
    「ありがとう」

    バシンが勢いよく前に出る。

    バシン
    「俺は……剣しか取り柄がないけど……!それでも役に立ちたいです!」

    アルトリア
    「その気持ちが嬉しいよ」

    アルトリアは3人を見る。

    アルトリア
    「だから君たちには、それぞれ所属の場所から報告を頼みたい」

    ヘンリー
    「農務省内部ですね」

    アルトリア
    「うん。特に地方農地の流れを。旧貴族派は“食糧”をよく利用するから」

    ヘンリーは真剣な表情で頷く。

    ヘンリー
    「分かりました。父から教わりました。『食べ物を握る者は、人の命を握る』って」

    アルトリア
    「……いいお父さんだね」

    ヘンリー、少し照れる。

    アルトリア
    「トーゴは民部省。税と戸籍、数字の流れを見てほしい」

    トーゴ
    「はい。不自然な徴税や隠された資金の流れも調べます」

    アルトリア
    「頼もしいなあ……」

    アルトリアが感心する。

    アルトリア
    「バシンは……騎士団にはザックもいるから平気か」

    バシン
    「はい!頑張ります!」

    その時、扉の外から声がする。

    ザック
    「失礼します!」

    ザックが入ってくる。

    ザック
    「バシン、もうサボってないだろうな?」

    バシン
    「サボってねえよ!?」

    ザック
    「ならいい!」

    アルトリアが思わず笑う。

    アルトリア
    「2人とも仲いいね」

    バシン
    「こいつ訓練だけは異常なんですよ……」

    ザック
    「強くならないと守れないだろ」

    ザックの真っ直ぐな言葉に、アルトリアは少し目を細める。

    アルトリア
    「……うん。本当にその通りだ」

    アルトリアは改めて全員を見る。

    アルトリア
    「これから危険なこともあると思う。でも……君たちみたいな人が増えてることが、僕は嬉しい」

    3人は驚いたようにアルトリアを見る。

    アルトリア
    「この国は、まだ変われる」

    静かな決意が部屋に満ちる。

    廊下

    執務室を出たアルトリアが廊下を歩いている。
    新しい部下たちとの打ち合わせを終えたばかりで、手には資料の束を抱えている。

    すると――廊下の端で仕事をしていた侍女たちが、ちらちらとアルトリアの方を見始める。

    侍女A
    「アルトリア様よ……」

    侍女B
    「今日も素敵……」

    侍女C
    「さっき新しい文官の方々とも話してたわね」

    侍女D
    「やっぱり優しいのかしら……」

    アルトリアは気付いていない。

    アルトリア(心の声)
    (新しい人材も増えてきたなあ……仕事の割り振りも考えないと……)

    その時――奥の廊下からセリアが歩いてくる。侍女たちは一瞬で青ざめる。

    セリア
    「あなた達」

    侍女達
    「ひっ!?」

    セリアはにっこり微笑む。しかし目が笑っていない。

    セリア
    「仕事はどうしたのかしら?」

    侍女A
    「ひ・・・姫様・・・」

    侍女B
    「し、仕事中です!」

    セリア
    「そう」

    一歩前に出る。

    セリア
    「なら仕事に集中しなさい」

    侍女達
    「は、はい!!」

    侍女達は慌てて散っていく。アルトリアは状況が分からず首を傾げる。

    アルトリア
    「姫様?」

    するとセリアは自然な動作で――アルトリアの手を握る。

    ぎゅっ

    アルトリア
    「え!? 姫様!?」

    その握力は異常だった。

    アルトリア
    「い、痛い痛い痛い!」

    セリア
    「ふふっ」

    さらに力が強くなる。

    アルトリア
    「姫様!? 笑顔ですけど力が全然優しくないです!?」

    セリア
    「気のせいよ」

    アルトリア
    「絶対気のせいじゃないです!」

    セリアは満面の笑み。

    セリア
    「さあ行きましょうアルトリア〜♥」

    アルトリア
    「ど、どこへですか!?」

    セリア
    「決まってるじゃない」

    アルトリア
    「決まってません!」

    セリアはそのままアルトリアを引っ張って歩き始める。

    アルトリア
    「姫様ぁああああ!」

    2人の姿が廊下の向こうへ消えていく。

    セリアの部屋

    セリアはアルトリアの手を握ったまま、自室まで一直線に歩いていく。途中で侍女たちとすれ違うが、誰も止められない。

    アルトリア
    「ひ、姫様……!」

    セリア
    「何かしら?」

    アルトリア
    「そろそろ手を……」

    セリア
    「嫌」

    アルトリア
    「即答!?」

    そして――

    バタン

    セリアの部屋の扉が閉まる。

    アルトリア
    「し、失礼します……」

    セリアはようやく手を離す。アルトリアは少し安心する。

    アルトリア
    「それで……どうされたんですか?」

    セリアはじっとアルトリアを見る。

    セリア
    「最近忙しいでしょう?」

    アルトリア
    「え?」

    セリア
    「新しい部下に新しい仕事。各省との調整」

    アルトリア
    「ああ……まあ」

    セリア
    「だから……」

    セリアは机の上を指差す。そこには既にお茶と焼き菓子が並んでいた。どうやら準備済みらしい。

    アルトリア
    「……あ」

    セリア
    「休憩」

    アルトリア
    「そのために連れてきたんですか?」

    セリア
    「そうよ」

    アルトリアは苦笑する。

    アルトリア
    「もっと普通に呼んでくれれば来ましたよ?」

    セリア
    「だって……」

    セリアが少し頬を膨らませる。

    セリア
    「最近あなた人気者だから」

    アルトリア
    「?」

    セリア
    「侍女、女官、貴族令嬢」

    1つずつ数えていく。

    セリア
    「みんなあなたばかり見てる」

    アルトリア
    「そ、そうですか?」

    セリア
    「そうよ」

    アルトリアは本気で分かっていない。

    セリア
    「……天然」

    アルトリア
    「?」

    セリアはため息をつく。

    セリア
    「だから今日は私が確保したの」

    アルトリア
    「確保……?」

    セリア
    「ええ」

    少し微笑む。

    セリア
    「私との時間を」

    アルトリアは一瞬固まる。

    アルトリア
    「……姫様」

    セリア
    「何?」

    アルトリア
    「そういうことを自然に言うのは反則だと思います」

    セリア
    「っ!?」

    セリアの顔が真っ赤になる。

    セリア
    「そ、そういう意味じゃないわ!」

    アルトリア
    「え?」

    セリア
    「違うの!」

    アルトリア
    「違うんですか?」

    セリア
    「違わないけど違うの!」

    アルトリア
    「どっちですか!?」

    廊下

    イルハレムが資料を抱えながら廊下を歩いている。最近はアルトリアの部下が急激に増え、自分の仕事も忙しくなっていた。

    イルハレム(心の声)
    (最近、従兄上の部下が増えてきたからな〜……ヘンリーにトーゴ、バシン……そのうち従兄上の周りだけで1つの省が作れそうだ……)

    すると後ろから声が聞こえる。

    エリス
    「イルハレム」

    イルハレムが振り返る。

    イルハレム
    「姫様!」

    エリスがどこか楽しそうな表情をしている。

    エリス
    「ちょっと面白いものを見に行かない?」

    イルハレム
    「面白いもの……ですか?」

    エリス
    「ええ」

    イルハレム
    「何でしょう?」

    エリス
    「見れば分かるわ」

    そう言うとエリスはイルハレムの手を掴む。

    イルハレム
    「えっ!?」

    エリス
    「ほら行くわよ」

    イルハレム
    「ちょっ、姫様!?」

    エリスは構わず歩き出す。イルハレムは慌てながらついていく。

    中庭

    2人は中庭の茂みの近くに身を隠す。その先には1人の青年が立っていた。

    イルハレム
    「あれは……ドルゴン王子様ですね」

    エリス
    「ええ」

    イルハレム
    「何をしているんです?」

    エリス
    「もう少し待ちなさい」

    しばらくすると、1人の侍女がやって来る。

    イルハレム
    「あの侍女は確か……カイゼル法務長官の娘のアリシアでは?」

    エリス
    「そうよ」

    エリスがニヤリと笑う。

    エリス
    「ここからが面白いのよ」

    アリシアがドルゴンの前で頭を下げる。

    アリシア
    「王子様、お待たせして申し訳ありません」

    ドルゴン
    「ううん、気にしないで。僕が勝手に呼んだんだから」

    ドルゴンはどこか落ち着かない様子。手には小さな箱を持っている。

    アリシア
    「ご用件は何でしょうか?」

    ドルゴン
    「あ、えっと……」

    ドルゴンが緊張しながら箱を差し出す。

    ドルゴン
    「こ、これ」

    アリシア
    「王子様、これは?」

    ドルゴン
    「君に……似合うと思って作ったんだ」

    箱の中には美しい銀細工の髪飾り。アリシアは目を丸くする。

    アリシア
    「私に……ですか?」

    ドルゴン
    「う、うん。いつも頑張っているし……似合うと思ったから……」

    ドルゴンの顔は真っ赤。

    イルハレム
    「え〜っと……」

    エリス
    「ドルゴンはあの子のことが好きなのよ」

    イルハレム
    「ええ〜っ!!??」

    エリスが慌てて口を塞ぐ。

    エリス
    「しーっ!!」

    イルハレム
    「むぐっ!?」

    エリス
    「聞こえるでしょ!」

    イルハレム(心の声)
    (危なかった……)

    向こうではまだ2人の会話が続いている。

    アリシア
    「ありがとうございます。大切にします」

    ドルゴンの顔が一気に明るくなる。

    ドルゴン
    「ほ、本当!?」

    アリシア
    「はい。とても綺麗です」

    ドルゴンは感激する。

    ドルゴン
    「そ、そうか!よかった!」

    イルハレム
    「なんというか……」

    エリス
    「単純でしょう?」

    イルハレム
    「かなり」

    エリス
    「ガイナス兄上もそうだしアグニス兄上もセリア姉上も」

    イルハレム
    「それは否定できません」

    2人は同時に頷く。

    イルハレム(心の声)
    (何か……レグナス王家の人達は単純な人が多いんだな……)

    すると突然……

    エリス
    「イルハレムはどうなの?」

    イルハレム
    「え?」

    エリス
    「好きな人とか」

    イルハレム
    「えっ!?」

    今度はイルハレムが真っ赤になる。

    エリス
    「ふふっ。面白い反応」

    イルハレムは慌てるばかりだった。

    アルトリアの屋敷・書斎

    アルトリアは書斎でピーターとリオンに勉強を教えていた。
    机の上には歴史書や法律書、計算問題の書かれた羊皮紙が並んでいる。

    アルトリア
    「どうだ?分かるかい?」

    ピーター
    「はい、叔父上」

    リオン
    「前よりずっと分かるようになりました」

    アルトリア
    「それならよかった」

    アルトリアは微笑みながら2人の答案を見る。するとピーターが少し困った顔になる。

    ピーター
    「実は……」

    アルトリア
    「ん?」

    ピーター
    「賢者学校に問題児がいて……」

    アルトリア
    「問題児?」

    リオン
    「カーン家のディオってやつなんですけど……」

    アルトリアが少し眉を上げる。

    アルトリア
    「ディオ・カーン……オリオン国務副長官の息子だね」

    ピーター
    「はい」

    リオン
    「かなり厄介なんですよ」

    アルトリア
    「例えば?」

    2人は顔を見合わせる。

    回想・賢者学校

    昼休みの校庭で、ピーターとリオンはボール遊びをしていた。

    ピーター
    「リオン!そっち行ったぞ!」

    リオン
    「任せろ!」

    2人が楽しそうに遊んでいる。すると数人の取り巻きを連れたディオが近づいてくる。

    ディオ
    「どけよ、お前ら」

    ピーターが振り返る。

    ピーター
    「なんでだよ?ディオ」

    リオン
    「僕たちが先に遊んでたんだぞ?」

    ディオは腕を組む。

    ディオ
    「今からここは俺の遊び場だ」

    ピーター
    「は?」

    ディオ
    「聞こえなかったのか?俺が使うって言ったんだよ」

    取り巻きたちが笑う。

    取り巻きA
    「ディオ様のおっしゃる通りだ」

    取り巻きB
    「早くどけよ」

    リオン
    「無茶苦茶だろ!」

    ディオ
    「無茶苦茶じゃない。カーン家の俺が使うんだから当然だ」

    ピーターが呆れる。

    ピーター
    「意味が分からない……」

    回想終了

    ピーター
    「そんな感じで、とにかく我儘で生意気なやつなんです」

    リオン
    「先生達にも反抗するし」

    ピーター
    「取り巻きもいっぱいいます」

    リオン
    「セルトにも威嚇されてました」

    アルトリア
    「セルトに?」

    リオン
    「はい」

    回想

    賢者学校の中庭で、セルトが日向ぼっこをしている。そこへディオが近づく。

    ディオ
    「どけよそこの猫」

    ディオが無理に抱き上げようとする。

    セルト
    「シャーーーッ!!」

    ディオ
    「うわっ!?」

    セルト
    「フーーッ!!」

    ディオが後ずさる。

    取り巻き
    「ディオ様!」

    ディオ
    「な、なんだこの猫!?」

    セルト
    「シャアアアア!!」

    回想終了

    リオン
    「すごい勢いで怒られてました」

    ピーター
    「セルト、普段は大人しいのに」

    アルトリアは額に手を当てる。

    アルトリア(心の声)
    (本当に問題児だな……)

    アルトリア
    「でも、あまり喧嘩はしちゃだめだよ」

    ピーター
    「はい」

    リオン
    「分かってます」

    アルトリア
    「相手を知ることは大事だけど、憎む必要はない」

    2人が頷く。

    アルトリア
    「それに――問題児というのは、時々大人が思っている以上に寂しいものだからね」

    ピーター
    「……?」

    リオン
    「そうなんですか?」

    アルトリアは少しだけ遠くを見る。カーン家のこと、アントニウスやオリオンのことが頭をよぎる。

    アルトリア
    「さあ、勉強の続きをしようか」

    ピーター・リオン
    「はい、叔父上!」

    3人は再び机に向かうのだった。

    王都・路地裏

    夕暮れ。宮殿から少し離れた静かな路地裏。
    人目を避けるように、リリアは1人で立っていた。
    手には1通の封書。そこには見覚えのある紋章が刻まれている。旧ヴェルナ王国の名門騎士家、セレン家の家紋だった。

    リリア(心の声)
    (一体誰なのかしら……?でもこの封書……)

    リリアは紋章を見つめる。

    リリア(心の声)
    (確かにセレン家のもの……まさか今になって……)

    その時、背後から落ち着いた男性の声が聞こえる。

    オーカス
    「リリア王女様」

    リリアが振り返る。そこには騎士の青年が立っていた。整った顔立ちに鍛えられた体。そしてどこか懐かしい雰囲気。

    オーカス
    「やっとお会いできましたね」

    リリア
    「え?」

    青年は静かに頭を下げる。

    オーカス
    「オーカスです。ヴェルナの騎士の家系――セレン家の嫡男だった」

    リリアの目が大きく見開かれる。

    リリア
    「……!あなた……本当にオーカスなの?」

    青年は穏やかに微笑む。

    オーカス
    「はい。本物です」

    リリアは信じられない様子で近づく。

    リリア
    「でも……セレン家は戦争の時に……」

    オーカス
    「父は戦死しました。母も病で亡くなりました。生き残ったのは私だけです」

    リリアは言葉を失う。

    リリア
    「そう……だったの……」

    短い沈黙。

    風が吹く。

    オーカス
    「王女様こそ、ご無事で本当に良かった」

    リリア
    「……」

    オーカス
    「私はずっと探していました」

    リリア
    「私を?」

    オーカス
    「はい。ヴェルナが滅んだ日から」

    リリアの瞳が揺れる。

    リリア
    「どうして……?」

    オーカス
    「決まっています」

    オーカスは真っ直ぐリリアを見る。

    オーカス
    「私はセレン家の騎士です。王家を守るのが務めでした。たとえ国が滅んでも、その気持ちは変わりません」

    リリアは思わず顔を伏せる。

    リリア
    「でも私はもう王女じゃないわ……今はただの侍女よ」

    オーカスは静かに首を振る。

    オーカス
    「私にとっては違います。あなたは今でもリリア王女様です」

    リリアの目に涙が浮かぶ。
    ヴェルナが滅んでから父ラーダムを失い、母サリナを失い、誰も自分を王女と呼ばなくなった。
    そんな中で――目の前の青年だけは昔と変わらなかった。

    リリア
    「……馬鹿ね」

    オーカス
    「よく言われます」

    リリア
    「ふふっ……」

    リリアの顔に笑顔が戻る。

    リリア
    「そういえばあなた、今は騎士団にいるそうね」

    オーカス
    「はい。半年前に入団しました」

    リリア
    「そうだったの」

    オーカス
    「最初は不安でした。旧ヴェルナ出身ですから」

    リリア
    「……」

    オーカス
    「ですが皆、温かい人たちばかりです。訓練では厳しいですが、実力を見て評価してくれます」

    リリア
    「よかった……あなたが辛い思いをしていないなら」

    オーカスは微笑む。

    オーカス
    「ご心配いただき光栄です」

    リリア
    「昔から真面目だったものね」

    オーカス
    「王女様ほどではありません」

    リリア
    「そんなことないわ。あなた、昔から剣の訓練ばかりしていたじゃない」

    オーカス
    「父が厳しかったので」

    リリア
    「覚えてるわ。訓練中に池に落ちて泣いていたもの」

    オーカス
    「なっ!?それは忘れてください!」

    リリア
    「ふふふ。懐かしいわね」

    久しぶりに心から笑うリリア。オーカスはその笑顔を見つめる。

    オーカス(心の声)
    (変わらない……あの日、城で見ていた頃と何も……いや。もっと美しくなられた。)

    リリアは気づかず話を続ける。

    リリア
    「騎士団では何をしているの?」

    オーカス
    「まだ一兵卒です。ですが、いつか部隊長になるつもりです」

    リリア
    「部隊長?」

    オーカス
    「はい。もっと強くなりたいんです」

    リリア
    「あなたならなれるわ」

    オーカス
    「そうでしょうか?」

    リリア
    「ええ。昔から努力家だったもの」

    その言葉にオーカスの胸が熱くなる。

    オーカス(心の声)
    (騎士団の部隊長になれば……将軍と呼ばれるようになる。将軍になれば爵位を得て貴族になれる……)

    オーカスは拳を握る。

    オーカス(心の声)
    (その時は――必ずあなたを妻に迎えます。今度こそ守れる立場になって)

    リリアはそんな決意など知らず、少し寂しそうに空を見上げる。

    リリア
    「ヴェルナがあった頃は……こんな未来になるなんて想像もしなかったわね」

    オーカス
    「はい」

    リリア
    「でも……」

    リリアは微笑む。

    リリア
    「あなたが生きていてくれて嬉しい」

    オーカスは一瞬言葉を失う。

    オーカス
    「……私もです。王女様」

    夕暮れの風が静かに吹く。失われた祖国の記憶を共有する2人の時間は、しばらく続くのだった。

    国務省 宮廷賢者専用執務室

    翌日、アルトリアは執務室に王都にいる協力者たちを集めていた。

    アルトリア
    「さすがにこの人数はヤバいな……」

    イルハレム
    「従兄上の執務室ですからね」

    ジェームズ
    「もう少し広い部屋を貰った方がいいんじゃ?」

    ダイム
    「俺もそう思います」

    エドワード
    「会議室状態ですね」

    皆が苦笑する。
    アルトリアも頭を掻く。

    アルトリア
    「それは後で考えるとして、各省の報告を聞こうか」

    全員の表情が引き締まる。

    ヘンリー
    「まず農務省からは、最近行われている農地整備について調べました」

    資料を机へ広げる。

    ヘンリー
    「すると妙な点が見つかりました」

    アルトリア
    「妙な点?」

    ヘンリー
    「公共工事の予算です。旧貴族派の領地だけ、異常なほど工事が行われています」

    部屋が静まる。

    レオン
    「異常なほど?」

    ヘンリー
    「はい。灌漑工事、倉庫建設、農道整備、どれも必要性以上の規模です」

    ジャン
    「それはおかしいな」

    アルトリア
    「数字は?」

    ヘンリー
    「こちらです」

    資料を受け取ったアルトリアの目が細くなる。

    グエン
    「公共工務省でも似た報告があります」

    アルトリア
    「やっぱりか」

    グエン
    「はい。本来なら優先されるべき地方の修繕工事が後回しにされています。その代わり旧貴族派の領地では大型工事が次々と承認されています」

    ダイム
    「露骨だな……」

    グエン
    「さらに工事担当業者にも偏りがあります」

    アルトリア
    「特定の業者か」

    グエン
    「はい。ほぼ全て旧貴族派と繋がりのある業者です」

    部屋の空気が変わる。
    エドワードが資料を受け取る。

    エドワード
    「見せてください」

    しばらく数字を確認する。

    エドワード
    「……なるほど」

    アルトリア
    「何か見えた?」

    エドワード
    「横領ですね」

    全員が驚く。

    バシン
    「お、横領!?」

    エドワード
    「恐らく工事費を水増ししている」

    トーゴ
    「やっぱり……」

    エドワード
    「しかもかなり大規模です」

    イルハレム
    「金額は?」

    エドワード
    「まだ確定ではありませんが……数年単位なら金貨数万枚規模でしょう」

    一同絶句。

    ジェームズ
    「それだけあれば地方都市1つ発展させられるぞ……」

    アルトリアは静かに資料を並べる。農務省、公共工務省、財務省、それぞれの報告を見比べる。

    アルトリア
    「これは単なる汚職じゃない」

    全員がアルトリアを見る。

    アルトリア
    「旧貴族派は金を集めている」

    タルマン
    「戦争資金ですか?」

    アルトリア
    「可能性はある。でももっと気になることがある」

    レオン
    「何がです?」

    アルトリア
    「タイミングだ」

    アルトリアの視線が鋭くなる。

    アルトリア
    「ホゴンが死んだ直後にアントニウスが動き始めた。これは偶然じゃない」

    部屋が静まり返る。

    アルトリア
    「みんな、この件は極秘だ」

    全員
    「はい!」

    アルトリア
    「まずは証拠を集めよう。相手はまだ、自分達が見られていることに気付いていない」

    そしてアルトリアは王都だけでなく、地方にいる協力者たちにも密かに書状を送っていた。
    協力者たちは、地方役人、若手文官、村長、商人、元兵士など、アルトリアに共感する者たちだった。
    そして集まった情報は――予想以上に深刻だった。

    玉座の間

    玉座の間にはレオニスにガイナス、ロバート、カイゼル、テイラル、ピエール、そしてアルトリア。重臣たちが集まっている。

    アルトリアは大量の資料を提示する。

    レオニス
    「報告を聞こう」

    アルトリア
    「はい」

    アルトリアは地図を広げる。そこには王国各地の領地が記されている。赤い印が大量についていた。

    ロバート
    「これは……」

    アルトリア
    「旧貴族派の領地です」

    全員が表情を変える。

    アルトリア
    「地方にも調査を行いました。すると共通点が見つかりました」

    カイゼル
    「共通点?」

    アルトリア
    「大型工事です」

    アルトリアが地図を指差す。

    アルトリア
    「北部、東部、南部、全て旧貴族派の領地です」

    テイラル
    「やはりか……」

    アルトリア
    「しかも内容がおかしいのです」

    資料をめくる。

    アルトリア
    「農地整備、倉庫建設、道路工事、名目は様々です。ですが規模が異常です」

    ピエール
    「必要以上ということか」

    アルトリア
    「はい。さらに……」

    次の資料を出す。

    アルトリア
    「建設された倉庫の多くが使用されていません」

    ガイナス
    「使われていない?」

    アルトリア
    「はい。空です」

    部屋が静まり返る。

    ロバート
    「金だけ使っているのか……」

    アルトリア
    「それだけではありません。工事を請け負っている業者もほぼ固定です」

    カイゼル
    「旧貴族派と繋がっている業者だな?」

    アルトリア
    「その通りです」

    エドワード
    「予算の水増しも確認済みです」

    レオニス
    「被害額は?」

    アルトリア
    「現時点で金貨3万枚以上」

    重臣たちが息を呑む。

    テイラル
    「馬鹿な……」

    ロバート
    「小都市ならいくつも再建できる額だぞ……」

    アルトリアはさらに1枚の地図を広げる。

    アルトリア
    「そして本題です」

    皆の視線が集まる。

    アルトリア
    「工事場所を繋げると――」

    地図上の点が線で結ばれる。

    ガイナス
    「これは……補給線……?」

    アルトリア
    「その可能性があります」

    沈黙。

    レオニス
    「続けよ」

    アルトリア
    「倉庫、道路、橋、全て軍の移動に適した配置です」

    カイゼル
    「つまり……」

    アルトリア
    「旧貴族派は軍事行動を想定している可能性があります」

    場の空気が凍りつく。

    テイラル
    「反乱か……?」

    ロバート
    「まさか……」

    アルトリア
    「断定はできません。ですが、ただ金を盗むためだけにここまではしません」

    ピエール
    「目的がある」

    アルトリア
    「はい。そしてその中心にいるのは――」

    アルトリアの目が鋭くなる。

    アルトリア
    「アントニウス・カーン公爵」

    レオニスは静かに立ち上がる。

    レオニス
    「……ついに尻尾を見せ始めたか」

    国王の目に宿るのは怒り。

    レオニス
    「アルトリア」

    アルトリア
    「はい」

    レオニス
    「引き続き調査を進めよ」

    アルトリア
    「承知しました」

    レオニス
    「証拠を集める。今度こそ奴らを逃がさん」

    アルトリアも頷く。しかし心の中では別の違和感を抱いていた。

    アルトリア(心の声)
    (違う……アントニウス公爵ほどの人物が、こんな分かりやすい準備をするだろうか……?まだ何か隠している。本当の狙いは別にある……)

    若き賢者は、旧貴族派との戦いが新たな段階へ入ったことを感じていた。

    カーン邸

    アントニウスは椅子に腰掛け、静かに茶を飲んでいた。その前にはオリオンがいる。

    オリオン
    「アルトリアが新たに協力者を得たとか……農務省、民部省、騎士団、各所に人材を送り込んでおります」

    アントニウスは動じない。

    アントニウス
    「案ずるな」

    オリオン
    「しかし父上……」

    アントニウス
    「若者は理想に集まる」

    静かに目を閉じる。

    アントニウス
    「だがな、理想だけで国は動かぬ」

    オリオンは黙る。

    アントニウス
    「アルトリアは優秀だ。だが若い。人は飢えれば理想を捨てる。恐怖の前では正義も崩れる。それが国家というものだ」

    アントニウスは不敵に笑う。

    アントニウス
    「さて。いつまでその理想を掲げていられるかな?」

    カルマの屋敷

    辺境の荒れ果てた屋敷。豪華ではあるが、どこか不気味な空気が漂っている。
    カルマは大きな椅子にふんぞり返り、酒瓶を片手に笑っていた。

    カルマ
    「ヒャッハッハッハッハッ!!いくら宮廷賢者とはいえ!若造ごときがここまでの勢力を築くとはな~!!」

    酒を一気にあおる。

    カルマ
    「レオニス兄上も!とんだ玩具を拾ったものよ!」

    周囲の召使いたちは誰も笑わない。笑えば何をされるか分からないからだ。

    カルマは机を叩く。

    カルマ
    「おい!」

    召使い
    「は、はい!」

    カルマ
    「アントニウスからの連絡は?」

    召使い
    「まだ何も……」

    カルマは舌打ちする。

    カルマ
    「チッ。あの狸ジジイ……やはりよからぬことを考えておるわ……だがよい。どう転ぼうが面白くなる」

    カルマが狂気じみた笑みを浮かべる。

    カルマ
    「誰が最後まで立っているかなぁ?」

    不気味な笑い声が屋敷に響く。

    セリアの部屋

    夜も更けている。机の上には読みかけの本に刺繍道具。そして冷めかけた紅茶。
    しかしセリアは何も手につかない。

    セリア(心の声)
    (最近……何だか嫌な感じがする)

    脳裏に浮かぶのはアルトリアの姿。そして最近急激に増えた協力者達。

    セリア(心の声)
    (アルトリアの周りに人が集まるほど、敵も動く)

    セリアは無意識に拳を握る。

    セリア
    「……馬鹿。危険なことばかりするんだから」

    だがその表情は優しい。

    セリア(心の声)
    (絶対に守る……今度こそ)

    窓から月明かりが差し込む。
    その時――どこか遠くで鐘の音が鳴った。まるで新たな嵐の訪れを告げるかのように。

    第25話 完

     
     
     
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