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丘の上の電話 十七章

    丘の上の電話 十七章

    静寂を破るように

    カタッ。
    カップを置く音が響く。

    「ママ,コーヒー下さい。」

    それが合図のように

    「あ、最終列車に間に合わなくなるので、ここで失礼します。どうも、お騒がせしてしまい申し訳ありませんでした。おいくらですか?」

    「いえ、いいんです。好き勝手にお出ししたものですから。お代はいらないですよ。」

    何か言いたそうな息子がいた。
    でも、あと半歩の勇気が出ない。

    (あなたは、僕の父ですよね?)

    絞り出した言葉。

    「明日の夜、東京に帰ります。必ずまた、こに戻って来ますから、その時、もう一度会っていただけませんか?」

    解けた糸を紡ぐには、時間が必要だった。

    親子だと名乗るには覚悟が必要だった。

    「明日、帰るんですか・・・わかりました。ここに連絡いただければ、またここに来させていただきます。
    乗り遅れてしまうので、帰ります。」
    と言って、チラシを差し出した。
    「ここで働かせてもらっていますので。」

    「ありがとうございます。連絡させていただきます。」

    会えない日々は親子を他人に変える。
    精一杯慈しんで育てて来たはずなのに・・。

    パチパチパチッ

    薪がはぜるのが合図のように、足早にドアに向かう。

    ズッズッズッ

    引き摺る足では間に合うまい。

    夫が
    「駅まで送って行きましょう。」

    「そこまでしていただくのは・・」

    「いいからいいから。」

    闇夜に消えていくテールランプ。
    見送る顔から血の気が引いていた。

    「どうしたの?」

    「ママ、これ・・・。」

    チラシの隅に1人の名前が印刷されていた。

    "作 黒須真二"

    ガラス工房のチラシだった。

    夜明けを待ちながら、ロッキングチェアに揺られチラシを見つめる。
    ただそれだけなのに、涙が溢れてくる。
    (生きていたんだ。良かった。けれど、どうして・・・)
    会えた嬉しさと会えなかった寂しさが混じり合う夜明け。考えることなんてできなかった。

    沸き立つ湯気と、薪のはぜる音に包まれて眠りの中へ。
    足を引き摺る背中しか見えなかったのに、今は顔が見える。夢の中の父は笑っていた。

    闇を走る車
    短い会話。

    「どこまで帰られるんですか?」

    「稚内です」

    「そこまでいく列車、この時間無いでしょう。」

    「えぇ、顔見知りの宿に泊まって、明日の朝一で帰ります。」

    車を降りる際、彼は何か言いたげだったが、一礼だけしてホームへと歩いて行った。
    見送る夫。
    夫も何故かモヤモヤしてる。

    本当の言葉は抱えたまま。
    (会いたかったよ、純二。)

    たったそれだけの言葉。
    息子だと確信してる。

    あの傷跡。
    泣き叫ぶ我が子を抱えて走った遠い日。思うようにならない左足。千切れてもいいと思えた日。
    (失ってしまうのではないか?また?いや、そんなことはさせやしない。大丈夫!父さんがいる、父さんがずっと側に居るぞ!)

    どうして言えなかったんだ?
    あと一歩の勇気があったら。

    引き摺る左足が止めてしまう。
    (本当にそうだったら?どんな顔をすればいい?)

    信号が赤だろうが青だろうが、どうでも良かった。ただ純二を死なせてしまったことが事実だった。
    重荷を背負って酷い人生を送っている斎藤さんがいるのに、自分だけ幸せにはなることは許されないんだ。

    その思いを乗せて最終列車は、薄い月の光を浴びて夜の闇に隠れて行った。

    赤の上の電話 

    第一部        完結

    #創作大賞2026

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