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聞こえない私の、右胸全摘手術前夜から術後まで

    私は生まれつき110デジベルの感音性難聴があります。補聴器を外すと全く聞こえず、つけても音の判別はできません。
    そんな私が乳がんになり、右胸全摘手術を受けたときの記録です。
    聞こえない私がどう対応してきたかを書いています。

    ⬜︎手術前日

    手術前日に一日がかりで各方面の医療従事者と手術の際のコミュニケーションについて相談し、夕方ようやく落ち着きました。

    ▪️麻酔科とのオリエンテーション

    麻酔科にいき、まず全身麻酔と部分麻酔についての動画を見て待ってくださいと言われました。字幕がなく、夫が口パクで通訳してくれました。後から気づいたけどスマホの文字起こしを使えば良かったです。

    麻酔科の先生、看護師と手術について綿密に話をすることができました。個室のため、マスクを外して話をしてくれました。

    帝王切開を局部麻酔で受けた際、吐き気と寒気が強かったと伝えました。考慮しますとのことでした。

    メガネと補聴器を麻酔がかかってからはずしますよと言われ、補聴器は他の人が外すのは難しいので、自分で外したいと話しました。実際に試してもらったら外せなくて、じゃあ、ギリギリに自分で外しましょう、となりました。ケースを持参しますねとなりました。

    声が出せない時にコミュニケーションを取りたくなった時に備えて、手話を6つ絵に描いて渡しました。単語は、たんをとって、痛い、苦しい、吐き気、寒気、気持ち悪い、にしました。

    とても丁寧に対応していただき安心感が増しました。

    ▪️オペ看護師とオリエンテーション

    耳が聞こえないため筆談や口を読む必要があることを伝えました。補聴器が他人では外すのが難しいことを実際に試してもらい、理解いただきました。補聴器ケース、メガネケースを持参し、オペ室で自分で外すことに決まりました。
    明日8時半から3時間の手術と伝えられました。朝一番で待ち時間がないのは嬉しいなと思いました。

    ▪️おっとっと

    20時半になりやることもなく、寝るか、と布団に潜り、しばらくうとうとしていました。このベッド寝心地いいなあーとぬくぬくしていました。

    突然、胸が二つある最後の夜。と気づきました。
    まじかー本当にマジかー。
    切って無くなってから実感湧くのかな。
    起きてベッドに座った。
    よしよしと右胸撫でてみた。
    持ってみた。もみもみ。なでなで。
    ありがとね。ばいばい。
    胸がなくなる以上に乳首がなくなることが変なかんじなんだよね。
    右胸最後の夜。
    どう過ごして良いかわからないや。
    フツーにご飯食べて、シャワー浴びて、いつも通り寝ようとしていたよ。

    ⬜︎手術当日

    5時半に目が覚めました。いつのまにか寝ていました。寝れたような、寝れてないような。朝ごはんがないのでジャーナリングしまくって過ごしました。

    ▪️家族が来てくれた

    7時半、母が来ました。看護師が来て手術着に着替えて着圧ソックス履かせてもらいました。

    8時、夫が来ました。母と夫から寝れた?と聞かれてよく寝れたよと答えてビックリされました。

    ▪️いざいざゆかん

    8時15分、看護師が来て、手術室に看護師、私、夫、母の順でドラクエよろしく一列で向かいました。大きなドアの前で、ご家族はここまでです。と。母と夫が握手を求めてきたので握手し、行ってきまーすと笑顔で手を振りました。中に入ると広い部屋があり人がたくさんいました。左に3人、右に3人、手術着を着た人たちが座ってて周りに看護師がたくさんいてざわついていました。私の案内の看護師さんが、混みすぎてるから一旦でますとまた外に出ました。母と夫がまだいて、私を見て、えっ。とびっくり。私はただいまーと笑いました。

    ▪️いよいよオペ室へ

    部屋からオペ看護師3人が出てきて、自己紹介と挨拶してくれました。再び母と夫に行ってきまーすと笑顔で手を振り中に入りました。オペ看護師、私、オペ看護師2人、案内看護師の順で案内されながら歩きました。廊下が長くてオペ室がたくさんありました。思わず「広いですねー!」と声を漏らしたらオペ看護師が背中をポンポンしてくれました。ドアがあいてる一つの手術室の前で、ここですと、手で案内されました。手術中のランプが付いてて、もうついてるんだ、手術が始まってからつくんじゃないのねと。

    ▪️手術!

    中に入るとき「宜しくお願いします」とお辞儀しながら挨拶しました。広い部屋で真ん中にベッドがあり、案内されました。流れるようにベッドに横たわりました。背中から頭が高くなるように傾斜のついたスポンジのようなクッションがあり、ベッドは暖かく寝心地が良かったです。
    足にポンプがつき左指に何かを巻き左手甲に点滴針をさされました。あまり痛くなくてホッとしました。いろんな看護師さんがマスクを外して声がけしてくれました。
    頭上にいる麻酔科らしき人からマスクを外して口を見せて話しかけてくれました。生年月日と名前を聞かれ、今日の手術はどんな内容か先生から聞いてますかと聞かれました。右胸全摘と聞いてます。と答えて、OKです。どちらの胸か指差してください。といわれ、右手で指差したらその場にいるスタッフ全員が強く頷きました。
    ここで補聴器とメガネを外しますと言われ、持ってきたケースに、寝たまま自分で補聴器とメガネを外していれました。なぜかその瞬間スタッフみんなが緊張しているのがわかりました。
    頭上の麻酔科さんが、左腕がピリピリしますよーと声がけしてくれたので、はーいと答えました。口にマスクがつきました。次は何かな?と思ったらいつの間にか目を閉じていました。

    まっ白な明るい光を感じ、あ、目をつぶってたんだと思い目を開けると、左に主治医がいました。「あ、先生、宜しくお願いします」と言おうとしたら目が合い、主治医が笑顔になり、「終わりましたよ!」と。へ?となる。一瞬で3時間の手術が終わってました。ビックリ。
    大きく深呼吸してくださいといわれ何回か深呼吸しました。モニターをみながら、主治医が、はい、いいですよと看護師に変わると、せーので左のベッドにドサッと移動しました。
    手術が本当に終わったんだとわかり、痛みゼロでびっくりしました。

    思えばオペ室なのに会話全てマスクを外してくれてました。ありがたかったです。

    ⬜︎手術後

    手術後にベッドに乗せられたあと、ベッドが移動を始めました。天井がすごい勢いでながれていきました。エレベーターにのり、おり、また天井が流れました。カーテンに囲まれた部屋にはいり、病室についたとわかりました。看護師が頭上や左側で機器を色々調整してくれました。看護師さんが手にこれはナースコール。これは痛み止めのボタンと二つ握らせてくれました。3時間したら水が飲めますと説明してくれました。口には酸素マスクがついてました。

    夫と母がひょこっと入ってきて、夫が頑張ったねと頭を撫でてくれました。母も笑顔で手を振ってきましたが、反応したいのに口はマスクで右手はガチガチに強張り左手は点滴がささりボタン二つ持ってるしで何もできず。頭をこくこく動かしました。

    夫が「センチネルリンパ転移なかったよ。」と言ってたのでかなりホッとしました。上半身がガチガチに強張りしんどい。尿カテーテルが入ってるからお尻も違和感。唯一両足だけが自由だったので足首回したりバタバタ動かしたりしていました。

    マスクが外れ鼻チューブの酸素になり、ようやく話せるようになりました。右腕がぱんぱんに腫れてる感じがきつくて右手を何回もグーパーしました。
    ・足が暑いから足の上の布団あげて
    ・何時におわった?
    ・リンパ転移なかった?
    ・今何時?
    ・母は帰ったの?
    ・胸周りの布団が邪魔だからお腹まで下げて
    など夫に質問・依頼責めしました。母は水飲めるようになるまでロビーにいるとききました。

    鼻チューブも取れるころに主治医がきて、傷口をみて、「いいですよ」と。センチネルリンパ転移なかったのですか?と聞いたらなかったですよと。ホッとしながら、胸筋浸潤は?と聞いたら病理生検結果待ちですよと言われました。終始笑顔でホッとしました。

    3時間経ち夫、母が見守る中、看護師さんの手からストローでお茶をのみました。おいしい。生き返る気がしました。

    その後は母と夫にめちゃくちゃ何かを喋り続け、いきなり寝て、いきなり起きて喋るを繰り返していました。夕方に看護師さんが、あとはもう私たちが見ますから大丈夫ですよと言い、2人は明日もくるねと帰っていきました。夫に「帰るまえにあなたの腕についてる貴重品引き出しの鍵ください」といったら、「わあ!忘れてた」と。みんなで笑いました。

    術後から痛みはずっと2くらい。体の違和感の方がきつく、軽い吐き気もありました。
    そのあとは看護師がちょくちょく見にきてくれました。傷口も何回かチェックしてくれました。
    夜中についに吐いてしまいました。たまたま看護師さんがいて洗面器に出せました。
    気がつけば右腕が動かせるようになっていました。
    ふと看護師に時間が知りたいので貴重品引き出しの中からスマホをくださいとお願いしました。スマホを見る余裕ができましたと言ったらニコッとしてくれました。朝の5時でした。

    朝8時。いきなり普通のパン食。びっくりして看護師を呼んで食べていいの?と聞いたら、大丈夫と言われて完食しました。めちゃくちゃ美味しかった。看護師さんが見にきて、完食したお盆をみて、手で丸してくれました。

    夫、母が朝から来てくれました。

    昼ごはん完食。おかずが普通でご飯がお粥でした。美味しい。

    14時半にジャーナリング再開しました。手術の記憶を忘れないようにと勢いで記録しました。字がめちゃくちゃ震えていましたが3時間くらいでだんだんととのっていきました。

    16時、尿カテーテル、点滴つけたまま看護師の介助をうけながら、歩けるか確認しました。尿カテーテル、点滴が外れ、ついに自由の身になりました。

    エレベーターに乗った瞬間、
    体の表面がぐっと包まれた感覚とともに、
    「あ、胸が無い」
    と感じました。
    脳の身体認識がアップデートされた感覚でした
    良かった、身体がちゃんと認識した、と安心しました。

    あくまでも私の場合を書いています。治療方針、薬、副作用などについては、医療従事者や病院のがん相談窓口などにお尋ねください。

    #創作大賞2026
    #エッセイ部門

     
     
     
    50代。高校生の娘と夫がいる働く母。 両耳110デシベルの感音性難聴。 乳がんステージ2A・ルミナルAで右胸全摘、抗がん剤治療中。 治療は筆談、口話、音声認識で対応しています。 淡々と治療と生活を進めています。 起きたことと対応したことをフラットに書いています。

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