
自分にとって描くこととは④きっかけその2
続きです。
ひとつの転機が訪れたのは、県外に住んでいた妹がひさびさに遊びに来たときでした。
彼女は私のペン画を見て「不思議で仕方ないんだけど、あれだけ好きなのによく色を塗らずに我慢できるね。色つけたくならないの?彩色すればいいのに。」と言いました。
その言葉で、これまで自由に思うままに描くことを自分が自分に禁じていたことに気が付きました。
ペン画は、私にとってのストッパーでした。
自分としては、とにかく現実を大切に、優先しよう。
そのためには、ここでとどまっておいた方がいい、そう考えていたのだと思います。
「好きに描いていい」簡単なことのようで、その頃の自分にはなかなかこの許可を出すことができなかったのです。
それから、ペン画に彩色し、そのうちペン入れもしなくなりました。
娘たちは成長するにつれて手を離れ、私が絵を楽しんで描きはじめると応援して手伝ってくれるようになりました。
心と体は繋がっているのだなと思います。
木が空に向かって伸びていくためには土にしっかり根を張ることが必要ですが、空に向かって伸びなければ、光をとりいれて光合成をすることで自らが大きくなる栄養(エネルギー)をつくりだすことができません。
私にとって描くことは光を求めて空に向かって枝葉を伸ばすこと。
現実に根を下ろして生きていても自由に現実から離れることができ、それによって自分の感じる大切な世界を見つけて手を伸ばして受け取ることができる。光に手を伸ばすことで現実に必要なエネルギーを手にすることができるのです。そしてそれは結果的に現実を豊かなものにしていくのだと思うのです。
作品展をさせていただくようになって、しばらくしてからのことです。
あるとき作品展に日本画家の方が見にこられたとき、妖精についてお話をさせていただきました。
「「花だけは描かないんですか?」とか「この人間(妖精です笑)がなかったらいいのに」と言われることが多くて笑」というようなことを言ったときだと思いますが、
「でもあんたはこれ(妖精)を描くために描いてるんやろ?」
「これが描きたいから描いてるんやろ?」
「なら、これ描かないでどうするん? 描かないかんよ」と言われ、衝撃で。
絵を見ただけで、私が何を描きたいのかどうして描いているのか、自分ですら意識していなかったことを理解してくれる人がいるということが衝撃でした。
このことが、自分は何を描きたいのかを考える大きなきっかけになりました。
結局自分をいちばん理解しようとしていなかったのは自分自身だったのかもしれません。
描いているその世界からでて現実に戻るのが辛くて扉を閉じたはずなのに、その扉を開けたことで現実がより豊かで楽しいものになることに気づくことができました。
あなたのおかげで今も妖精を描いてます。その言葉に気づきと力をもらいました。今も原動力です。
そのときにノードロップの妖精の絵も買ってくださり(安いねと言いながら笑) 涙出るくらいうれしかったです。
心から感謝しています。
