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測定不能 ~僕は今日もリアルな偽物を配達します【第2話】

    第2話 箱の中の秘密と、ゼロの終り


    「では、同意書へのサインをお願いします。本データは公的申請には使用せず、あくまで個人利用ということでお間違いないですか?」

    淡々とマニュアル通りの確認項目を読み上げると、完璧な笑顔の彼女は、手際よくタブレットに『高木美幸』とサインを滑らせた。

    キラキラと輝く色とりどりのストーンに覆われた長い爪。仕立ての良さそうなルームウェア。見上げるようなタワーマンションの最上階には、子供の姿はおろか、生活感すらどこにも見当たらない。

    なぜ自ら、泣き止まない赤ん坊と逃げ場のない孤独と、睡眠不足で壊れていくような体験を望むのだろう。

    深入りはするなと釘を刺されているけれど、やり取りをする間もずっと、その違和感はぬぐえなかった。
    コンテナを渡し、一礼してその部屋を後にした。

    ━━それから、五日後。
    僕は再び、同じ部屋のインターホンを押していた。

    精密機械のパッチを安全に回収するためだ。同時に、体験後のクライアントの状況確認も兼ねている。

    ドアが開く。三日間の『地獄の体験』を終えた高木が、一体どんな悲惨な顔で現れるのかと、僕は密かに興味を持っていた。

    けれど、その顔を見て、思わず目を見張った。彼女はまるで高級エステから帰ってきたばかりのように、スッキリと晴れやかな顔で現れたからだ。

    「これ、お返ししますね。……でも、正直ちょっと期待外れだったわ」
    高木は小さなコンテナを僕の手のひらに戻しながら、つまらなそうに唇を尖らせた。

    「もっと凄惨な地獄かと思ったら、ただの夜泣きと睡眠不足じゃない。そもそも……」
    そう言いかけた時、彼女のスマホから小気味よい電子音が流れる。

    「ちょっとごめんなさいね」そう断りを入れると、すぐに通話ボタンをタップし、僕に背を向けてさっきよりキーの高い声で応対した。

    「あ、上田さん? ええ、聞いたわよ、お子さん夜泣きが酷いんですって?……本当に気が狂いそうになるわよね。ええ、わかるわ。私、子どもはいないけど、あなたのその辛さ、今なら手に取るように“わかる”もの」

    高木は、自らの言葉に酔いしれるような得意げな声色で、受話器の向こうへ言葉を紡ぎ続ける。

    「でもね、お母さんなんだからしっかりしなきゃダメよ? 私でよければ、いつでも話を聞いてあげられるから。じゃ、また」

    電話を切ったあと振り向いたその顔には、すこし勝ち誇ったような笑みが浮かんでいた。

    「失礼しました。で、さっきの続きなんだけど、ちょっとクレームいいかしら? というのも、この記憶の中の赤ちゃん、あまり可愛くなくて。私に全然似てないから、いまいち感情移入できなかったのよね」

    他人の記憶データに対して「顔が可愛くない」と文句を言うそのズレた感性に、僕は得体のしれない薄気味悪さを覚えた。

    「パーソナライズ設定であれば、AIを使ってご希望の顔に変更することはできます」
    本来の僕なら余計なことは言わないけれど、なぜか無性に言い返したくなった。

    「そうなの? まぁどっちでもいいけど。次お願いすることもないだろうし」

    『偽物なのにリアルな武器』を手に入れたから、もう用はないということなのか。僕は逃げるように、静かな狂気に満ちたその部屋を後にした。

    初めて担当したクライアントは、どこまでいっても共感できない人だった。
    そもそもこの仕事には、そんなものは必要ないのだ。

    「巻き込まれずに、淡々と処理する」
    腑に落ちるという感覚はこういうことだと知った。

    ◇

    ━━それから一ヶ月。
    僕は配達の仕事にすっかり慣れていた。 
    他人の地獄を運ぶことにも、それを受け取る人間の歪んだ欲望にも、感情をあまり揺さぶられないようになった。

    研修期間はどうなることかと不安だったけれど、コツさえつかめば、僕が望んでいた「無色透明」の自分を維持できる仕事になりつつあった。

    その日、午前のルートを終えた僕は、いつもの公園に立ち寄り、お気に入りのベンチの横にクロスバイクをそっと立てかけた。

    配達の途中で偶然見つけたこの公園は、実家近くの風景によく似ていて、仕事の合間に唯一リラックスできる避難場所になっている。
    こうして独りになれる時間が自由に持てることも、この仕事で良かったかもと思える。

    人のいないベンチの枯れ葉を払い、腰を下ろす。じわじわと伝わる冷たさを誤魔化すように、温かいお茶を口に運んだ、その時だった。

    ポケットのスマホが震えた。なおさんからの着信だ。普段はメッセージで済む業務連絡を、わざわざ電話してくるのは珍しい。

    「まことくん、急でごめんな。山田くんが体調不良で、一件直行してほしい案件があるんやけど……」 

    「わかりました」僕が即答すると、なおさんは少しだけ声を潜めた。 

    「助かる。……ただ、ちょっとヘビーな案件やから、直接念押ししとかなあかんと思って。今回はこれまでの購入者じゃなくて、自分の記憶を売る側の案件やねん。それで、掘り起こした記憶で感情を呼び起こしたりすることがあるから。相手の感情に引っ張られんように、気ぃつけてな」

    通話が切れてすぐ、指示書のPDFが送られてきた。
    詳細を確認していくと、いくつものワードが何度も僕の目に刺さってくる。
     
    『タナカコウイチ/交通事故(わき見運転による過失運転致死)加害者』
    『20年以上前のため一部不明瞭の可能性有り』
     
    動悸が少しずつ早くなる。
    タナカ……何かが引っかかる。
    知らない名前なのに、知っているような気がして、頭の芯がチリチリと痛い。
     
    けれど、ここにきてはじめて、自分が加害者の名前を知らなかったという事実に気づいた。
    祖父母は事故のことには触れないようにしていたし、子供なりに聞いてはいけないことだと、理解していたから。
     
    なにより、過去を掘り起こすのがただ怖くて、目を背けてきたのだ。
     
    僕は何かに急かされるように、クロスバイクを引き寄せた。今にも走り出したいのに、手足は冷え切っていて、思うように動かない。ハンドルを握る手を何度もこすり合わせ、ようやくペダルを踏み込んだ。 
     
    ◇
     
    その家は、公営住宅の3階にあった。
     
    築何十年経っているんだろう、と思うほどに郵便ポストは錆びついていて、いくつかはこれ以上は入らないほどのチラシで溢れている。
     
    「あなたの悲しみをAIが無料で事前診断!」という派手な文字が目につき、住宅全体の沈んだ風景の中で浮き上がっているようにさえ見える。
     
    まるで時が止まったような生活音がしない団地は、夕暮れに相まってセピア色に染まり、余計に気分が沈む。
     
    まだ電灯もついていない暗い階段をゆっくりと踏みしめながら、いつの間にか「巻き込まれるな」と、呪文のように心の中で唱えていた。
     
    錆びついた扉をノックすると、年齢より老けてみえる白髪頭の男性がゆっくりと出てきた。
     
    玄関周りの殺風景に溶け込むように、ひっそりと立つ猫背気味のその男は、僕と目を合わせようともしない。
     
    ペースを乱されないように、淡々と機器の回収作業を行う。
    さっさと済ませて帰ろう。もう一人の自分はしきりに急いでいる。
     
    パッチが入ったコンテナを受け取り、エラーがないかと最終の動作確認をする。
     
    「これで完了です。それでは、確認書にサインをいただけますか。」
    渡したタブレットに、男が小刻みに震える手でサインした。
     
    田中恒一。
     
    4文字すべてが揃った瞬間、記憶の扉の鍵がカチャリと開いたような音が聞こえた。
     
    脳裏に映ったのは、リビングにあったごみ箱の中。
    たしか僕が小学2年生の頃だ。
     
    封はしたまま、無造作に丸められた手紙に記されていた差出人の名前。
     
    「田中」と読めた苗字と、下にあった文字。一がいくつかならんでいて、読めなかった。
    ━━あの字だ。 
     
    理解した瞬間、雷に打たれたように僕は固まってしまった。
     
    タブレットのサインから目が離せないまま、まわりの視界がぼやけて、けれど意識だけが異様に研ぎ澄まされている。
     
    目の前にいるこの貧相な老人が、僕から両親を奪った男、なのか。 
     
    来る前から、なんとなくその予感はあった。けれど、それを目の当たりにすると、想像以上に動揺している自分がいる。
     
    ふと、ずっと伏せられていた男の濁った視線が僕の顔を見上げた。
    「これは高く売れますかね」
     
    ぽつりとつぶやいた言葉に、身体中の血がすさまじい勢いで逆流する。
     
    「それは、僕にはわかりません」
    絞り出した声は、自分でも驚くほど低く、掠れていた。 
     
    僕の冷ややかな反応に、金目当てだと呆れられたと勘違いしたのか、そいつは急に慌てたように弁解を始めた。

    「いや、お金が欲しい訳じゃないんです。ただ……誰かに知ってほしくて。私がわざとやったんじゃないってことを」
    男は縋り付くような目で、許しを請うように訴えてくる。

    「ほんの一秒だったんですよ。たった一秒で、私の人生は終わった。けれど、今になって、抱えてきた秘密を……誰か一人でいいから、わかってほしい……そう思ったんです」

    自分を憐れみ、言い訳をし、あわよくばこの制度で誰かに同情してもらおうとしている男。

    その「たった一秒」で、僕から両親を奪い、僕たち家族の幸せな未来を奪い、なにを今さら「わかってほしい」だ。
     
    この男の胸倉をつかみ、罵倒する自分の姿がちらりと頭によぎった。けれど、こんな男のためにこれ以上関わったところで、すべてが元に戻るはずもない。
    触れることさえ、自分が汚れるような気がした。
     
    胃の奥から苦い何かがせり上がってくる。
    一秒でも早くこの場から離れたい。
     
    僕は、仮面が剥がれ落ちそうになるのを必死に堪え、最低限の言葉を交わしその家を後にした。
     
    回収したコンテナは思っていた以上に冷たく、そのヒヤリとした感覚がずっと残っている。
     
    事務所に向かって走っている間、頭の中では同じ言葉だけが繰り返されていた。 
     
    いつもより、慎重に。
    この箱の中には、大切な人の最期があるのだから。
     
    ◇
     
    「お帰り、遅かったね。どうやった? 初めてリアルに地獄を経験した人とご対面した感想は?」
     
    なおさんは、いつもと同じ調子で毒のある笑いを含んだ言葉を投げてきた。
     
    「特になにも……。でも少し疲れました」
     
    心の揺れが収まっていない状態だけれど、それを悟られてはいけない。なおさんに顔を見られないように、一目散に自席へと向かう。
     
    「コーヒーでも飲む? って、まことくん苦手やったな、聞いてたのに忘れてたわ」
     
    「いや、いただきます」
     
    僕はなぜかコーヒーが苦手だった。
     
    けれど、今日は淹れたてのコーヒーの香りがこれまでにもなく鼻腔を刺激し、一瞬、リビングで父がコーヒー豆を挽いている風景が浮かんで消えた。
     
    なおさんが淹れてくれたコーヒーは、とても苦かった。
    というより、飲んだことがない自分にはわかりようもないのが可笑しい。
     
    「あとは僕が戸締りするので、なおさんは帰ってもらっても大丈夫です」
     
    「そう? じゃ、あとはお願いね。お疲れさま~」
     
    なおさんが事務所を出るのを待っていたかのように、我慢していた涙がこれでもかとあふれ出す。
     
    それがなんの涙かはわからない。
    両親の仇を前に、なにも言えなかった自分に対する悔しさなのか。
    やはり、あそこで田中を罵倒すればよかったのか。
    それとも……

    でも、涙はこうやって自然にあふれだすものなんだと、他人事のように思う。
     
    事務所で独りでいることだけが、何よりの救いだ。
    にじんで見えない画面に入力しているフリをしながら、そんな必要もないのにと、自分をまだ俯瞰している。
     
    どこまでいっても僕は、僕からはみ出ることは出来ない。

    無色透明でいること。それになんの違和感も、嫌だという思いさえ持っていなかったのに、今は、そんな自分を嫌だとさえ思い始めている。

    これまでにないほど心が揺れて、とても苦しい。そしてどうしていいかもわからない。 

    気が付くと、パソコンの画面はスリープモードになり、情けない自分の顔がそこにあった。 

    この仕事、辞めようかな。
    はじめてそう思った。

    ◇

    翌日、僕は「サトウミツル」というヘビーユーザーの元へ配達に向かった。
    VPSの体験を、『ゆうとピアチャンネル』というYouTubeで配信しているらしい。
     
    頭の中では、両親のデータをこのままにはしておけない、どうすればいいのか、そればかりを考えている。
     
    そんな状態でありながら、指示書に目を通し、現地のドアの前にいる僕。
    無意識のまま操り人形のように仕事をしている自分を不思議に思う。
     
    まずは目の前の仕事をしっかりしなくては、と姿勢を正してインターフォンを押した。
     
    すると、元気よくドアが開いて、派手なシャツを着たサトウが出てきた。動画でみたよりも、ずっと若く見える。

    「君、名前は?」

    「えっと、櫻井まこと、です」

    「おぉ~~カッコいい名前だよね。まことかぁ。真実はいつもひとつっていう感じ? むかしあったよな、そんなマンガ」

    会って数分も経っていないのに、想像以上に動画でみた通りのテンションに、ある意味感動すら覚える。

    「っていうか、君イケメンだよね。俺の動画に出てみない? 跳ねると思うけどなぁ。地獄を配達する謎の美少年。いやいや最高じゃん!」

    「いや、僕はそんな……」

    「マジで考えといてよ。こんな配達の仕事より数倍稼げるからさ」
    こんな仕事、と言われて、少しムッとした。

    「では、取り扱いについてですが……」

    「あ、知ってるからいいよ。同意書にサインだよね。ハイハイ」

    手慣れた手つきでタブレットを取り上げて、さらさらとサインした。そこには、判読ぎりぎりの字で『悠斗』とあった。

    「あ、申し訳ありません。サインは本名でお願いします」

    「そうなの? 前の人は何も言わなかったけど。まぁ、いいや」
    そういうと、もう一度「佐藤満」と書き直した。

    「ダサすぎてウケるっしょ。み・つ・るって読むんだけどさ。親はさ、愛で満ちあふれた人生を送ってほしいなんて願ってこの名前を付けたらしいけど」

    「名前に願いをこめられたんですね」
    スルーするのもどうかと思い、差し障りの無い言葉でとりあえず返した。

    すると、悠斗が凄い勢いで畳みかけてきた。
    「笑わせんなよって。メシもろくろく食べさせてくれなかったくそ親のくせに……子供の名前に願いを込めるなんて、ただの呪いだぜ」

    最後まで悠斗のテンションは高かった。

    「じゃ、これ今度の配信で試してみるわ! 毒親の記憶っしょ。余裕余裕。次はもっと凄いの持ってきてよ!」

    彼の声を背に、僕は駐輪場へ向かった。どっと気疲れが押し寄せてきて、歩幅が不自然なほど小さくなっていた 

    無自覚に懐に入ってくる強引さ。僕が一番苦手とする部類の人間だが、これもこの仕事の経験の一つとして割り切るべきなのだろう。

    ◇

    いつものように回収に訪ねると、玄関に現れた彼をみてギョッとした。

    さっきまで泣いていたかと思うくらい目は充血し、髪もボサボサで、テンションが高い『悠斗』とは別人のようだ。

    「だ、大丈夫ですか?」

    「ちょっと思ったより、喰らっちゃいました。とっくの昔に捨てたはずなんですけどね……」

    口数も少なく、視線がほとんど合わない彼は、これまでとは明らかに違う沈んだ影をまとっている。

    何度も大丈夫かと尋ねたが、「だいじょうぶっす」の一点張りで、最小限の会話をかわし、気になりながらも部屋をあとにした。

    「視聴中に生じた精神的なショック、不快感、または現実感の喪失などについて、当社は一切の責任を負いません」
    同意書にあった言葉が、ふと頭をよぎる。

    確信はないけれど、しばらくはここに来ることはないような気がした。

    ◇

    「まことくん、アレ観た?」
    翌日出社すると、なおさんが待ち構えたように聞いてきた。

    「あれって何ですか?」

    「え、知らないの? ほんとに君は他人には全く興味ないんやなぁ。あのユートピアなんたらいうやつ、めちゃくちゃバズってるよ」

    検索すると、「親に愛されない子どもの痛みに耐えられるか!」というサムネが目に入り、なんだか嫌な気分になった。自分の痛みさえも金に換えるのか、と。

    昨日心配して損したような気持ちのまま、コメント欄を覗くと、「今日の演技、神がかってる!」「めちゃくちゃ泣ける! 最高!」と無数のいいねがついていく。

    親の愛情に満たされたことがないと言っていた彼の「本当の孤独と痛み」。リアルな涙を流しただろうあの時の彼を、再びエンタメとして見るほどゲテモノ好きではない。僕は静かにスマホの画面を閉じた。
     
    数日後、悠斗のチャンネルの更新がパタリと止まった。
    コミュニティ欄には、『精神的に少しきついので、しばらく配信を休みます』という短いメッセージだけが残されていた。 

    他人の痛みを覗き見ること。自分の痛みを他人に測らせること。それはこれほどまでに人間の精神を壊してしまうものなのか。

    その日事務所を出てからも、悠斗が「佐藤満」として泣いていた顔が何度も頭に浮かんでは消えた。

    もし、田中のデータを開いて、両親の最期を見てしまったら、僕の心はどうなってしまうんだろう。

    ペダルを踏む力は一層強くなる。顔にあたる夜風が冷たい。怖い、ただ怖い。

    それなら僕は、自分の過去を開けないし、他人の痛みを知りたいとも思わない。
    知りたくない。これまで通り、無色透明な『ゼロ』のままでいい。

    部屋に着くとすぐにベッドに倒れ込み、突っ伏したまま、いろんな気持ちがないまぜになって動けなかった。

    しばらくすると、今度は目を背けようとする自分への罪悪感に押し潰されそうになる。

    たまらず僕はスマホを取り出し、社内システムにアクセスして田中のデータ番号を検索した。せめて状況だけでも確認しようとしたのだ。

    まだデータ化の処理中なのか、販売リストにあの番号は載っていなかった。

    画面を閉じようとすると、『社員のデータ購入について』というリンクが目にとまる。反射的にタップすると、小さなポップアップ画面が表示された。

    『規約により、社員および三親等以内のデータ購入・利用は固く禁じます』

    その文字を見た瞬間、ホッとした自分がそこにいた。
    ━━ほら、どうせ買えないんだ。仕事を辞めない限り、規約違反になるんだから。

    僕はいま、両親のデータを買い戻せない理由を、「規約違反」という言葉で片付けようとしている。渡りに船とばかりに。

    そして、そんな自分が嫌で嫌でたまらない。

    視線をあげると、机に飾ってあった両親の写真が視界に入った。
    写真をそっと裏返して、目につかないところへ移動した。

    不甲斐ない息子でごめん。僕はゼロより、きっとマイナスだ。

    【次回あらすじ】
    すべての運命が交差する、喪失と再生の最終章へ。
    無色透明だった彼が、最後に見つけた答えとは――。

    第3話 ふたりの息子と苦いコーヒー へ続く
     


     
     
    元占い師/ストカレ6期生。運命の岐路で内面と深く向き合い、人の心の機微に触れた経験を活かし、心の痛みと温もりを描くストーリーを執筆しています。エッセイから小説へ、越境する創作の旅の途上です。初挑戦の小説『測定不能』の制作秘話も発信予定。泥臭い挑戦を応援してもらえると嬉しいです。

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