
短編小説【シャボン玉】
「…ああ、そう」
数秒後、女は呆気に取られたように答えた。
まあそれも、シャボン玉のごとく宙に浮いて、
ぱちりと割れてしまうような軽いものだったが。
放てど、次々と雨粒に撃ち落とされていくシャボン玉を、彼女はただひたすらに、呆然と見つめていた。
「ちゃんと聞いてるのかよ」と、穂尊(ホタル)は
いつもの如く、悪態をつきかけて──口ごもる。
女が煙草を取り出したからだ。
「煙草なんて吸ってたっけ?お前」
「さっき買ってみたの。」
これ吸えば、ちょっとは“あっち“に近づけるかなって。
慣れない手つきでタバコを持ち、ライターを擦る。
しかしなかなか上手くいかないようで「あちっ、」と終いには、タバコを落とした。
朝から降り続く雨が、あっという間に湿気らせる。
「何やってんだよ」
「大丈夫大丈夫。もう1本あるから」
「貸してみろ、ほら」
ちっ、ちっ、と2回ほど擦ると火が揺らめいた。
「へ~。穂尊ありがとう」
この日1番の笑顔を見せて、彼女が口に煙草を咥え近づく。
なんだかぐっと、体の奥が締まる感じがして、
思わず顔を逸らした。
すぅー…っと呼吸のように吸ったのも束の間、
ごほごほと咳き込む。
「何これ、にがーい」
「だから言ったろ。お前にそういうのは合わねーの!」
ついに、いつもの強い口調になって、穂尊はハッと、口に手を当てた。
しかし彼女は嬉しそうにニマリ。
口元を歪ませて、
「やった~、いつもの穂尊だ~。」
「なんだよ、“いつもの“って」
「だって穂尊今日めちゃくちゃ優しいじゃん。こんなところでシャボン玉付き合ってくれたりさ。らしくないって」
「そりゃお前もだろ!
てか、
親友が亡くなったら誰だっておかしくなるだろ…」
──お前も煙草なんて似合わないもの買うしさ、
「……そうだね」
沈黙。消し去るように雨が強まる。
大事な友人だった。2人とも。だが想いの強さは人それぞれで、彼よりも強い気持ちを持っていた2人は互いに惹かれ合い、恋仲となった。
──それでも穂尊はずっと、彼女を慕っている。
「お前にそういうのは似合わねーよ……」
ポツリ。雨音にかき消される声はシャボン玉よりも小さかった。
「あ、じゃあさ、こんなのはどう?」
ストローを咥えたかと思えば、煙草を口にする。
咳き込みそうになるのを堪えて、彼女は体中に煙を取り込むと、シャボン玉と一緒にゆっくりと吐き出した。
透明なはずの世界がじわじわと煙でくすむ。
最後の一息で、それは主人の元を離れた。
「わ~!白いシャボン玉だー!」
ふわふわと空を舞った刹那、割れたそれは微かに煙が漂う。
「あーあ。割れちゃった」
子供のように唇を尖らせる。
だがそこに、悲しみはもう感じられなかった。
「鞘人(サヤト)にも見えたかなあ?」
さっきまでの空虚な彼女は、そこにはいない。
目をキラキラさせて、はしゃぐ子供のような笑顔に、穂尊も思わず口元がほどけた。
「見えたんじゃねーの?」
─End─