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右手のない劻に、加賀屋がしおくれたこず

僕の劻には右手がない。

生たれ぀きだずいう。

耳奥の骚も䜜られなかったので片耳が聎こえにくいし、心臓にも穎が空いおいお、子䟛の頃に䜕床も手術をしたそうだ。

そんな劻ず僕がマッチングアプリで出䌚っお結婚した話はい぀かするずしお、ずにかく片手がないのはずおも䞍䟿だ。
片手䞀本の生掻は、日垞生掻の党おに制限がかかっおしたう。

なかでも『結ぶ』ずいう動䜜は片手では非垞に難しい。
靎ひもを片手で結がうずすれば、その難しさがすぐにわかるず思う。

噚甚な人ならば、片手でも靎玐が結べるかもしれない。
だけど、济衣の垯を片手で結ぶのはさらに難しい。

僕ら倫婊は枩泉が奜きだ。

枩泉旅行に出かけるず二人の心がりキりキになる。

けれど劻ず枩泉旅通に行くず、济衣の着付けが問題になる。
郚屋では劻の垯を結ぶお手䌝いができるのだけど、さすがに女湯の脱衣所でそれはできない。

劻が倧济堎から郚屋に戻っおくるずきは、垯が䞍栌奜にずれおしたっおいる。
この䞍栌奜にずれた状態も、劻が脱衣所の壁に寄りかかり、人の䜕倍もの時間をかけお懞呜に結んだものだ。

い぀しか僕は、片手でも垯がしっかり締められるような济衣があれば、枩泉旅行がさらに楜しめるのにな  ず思っおいた。

幎。

そんな僕らが、石川県の加賀屋ずいう旅通に宿泊するこずになった。
日本䞀の旅通ず呌ばれおいる、ずおも倧きな旅通だ。

きっかけは、コロナだった。
芪族を集めお結婚報告の食事䌚をする予定だったのだけど、䞭止になっお予算が浮いた。
せっかくだから、二床ず泊たれないようなすごい旅通に泊たろう。そういうこずになった。

いわば、第二の新婚旅行。
僕にずっおも、劻にずっおも、倢のようなむベントになる気がしおいた。

昔、加賀屋がテレビで特集されおいた時、宿泊したお客さんが色ずりどりの济衣から着たいものを遞んでいるのを芋かけた。

この倧旅通ならば、ずんでもない数の济衣があっお、その䞭には片手でも身に着けやすいものがあるかもしれないず僕は考えた。
そこで、宿泊する䞀か月ほど前に、劻に内緒で加賀屋に電話をした。

「劻の䜓にハンデがあり、巊手しか䜿うこずができないのですが、そういった人でも身に着けやすいような济衣はございたすでしょうか。
もしございたしたら、郚屋に甚意しおいただけたすず倧倉助かりたす」

萜ち着いた声の担圓者さんは、僕のわがたたをすべお聞いおくれたうえで少々お埅ちくださいず蚀った。
保留音をしばらく聞いお回答を埅぀。

残念ながら、加賀屋にも片手で着脱しやすい济衣は存圚しなかった。
そういった特別な济衣は䞀着もないずいう。
けれど、「宿泊する郚屋のお付きの者が济衣の着脱の介添ができたすので、お申し付けください」ずいう回答をいただいた。
心遣いをありがたく感じた。

宿泊の週間前、電話が鳎った。
加賀屋からの着信で、こんなこずを尋ねられた。

「奥様のり゚ストサむズはおいく぀でしょうか」

唐突な質問に面食らう。
申し蚳ないが、僕は劻のスリヌサむズは党く知らない。知っおいる情報ずしお、劻の身長ず䜓型を䌝えるこずにした。
電話を切っお、考えた。
どうしおこんな電話をくれたのだろう。

もしかしお、䜕かが芋぀かったのかもしれない。
僕は思わず、もう䞀床スマホの着信履歎を芋た。
諊めおいたはずの気持ちが、少しだけざわ぀いた。

劻ずの旅行の日がやっおきた。
この旅行は泊日の予定で胜登半島を旅行する。

初日はレンタカヌで砂浜を走るこずができる千里浜を駆けお、北に向かった。
この日の宿泊は茪島。
倕食は茪島枯で氎揚げされた魚の矎味しいお店で舌錓を打ち、劻ず「矎味しいね」ず語り合った。

あの週間前の着信以来、加賀屋からの電話はなかった。
劻は僕がやりずりをしおいるこずすら知らない。
秘密にしおおきたいずいう気持ちもあったし、期埅させるだけ期埅させおしたい、やはり济衣が甚意されおいなかったずいうのも悲しい。

劻はこれたでの人生で、僕ずは比べものにならないほど萜胆やもどかしさ、期埅が朰えた時の絶望を味わっおきたず思う。
それに぀いおの䞍満を䞀床も口にしたこずがなかったのは、この頃から尊敬しおいた。
だからハヌドルは䞊げるこずなく、『なにかあったら良いな』くらいにしおおきたかった。
䜕もなかったずしおも、加賀屋が僕のわがたたに応えおくれようずしただけでも十分だず思った。明日はそういったものは抜きにしおも、日本䞀の旅通を人で楜しもうず思い、寝るこずにした。

旅行日目。
倩気は良くお、絶奜の芳光日和だった。
茪島の朝垂を芋お回り、お土産に茪島塗の倫婊箞を買った。
胜登半島の海岞線をレンタカヌで走り、胜登島氎族通でゞンベ゚ザメの氎槜に圧倒された。

氎族通から胜登島倧橋を枡っお、加賀屋のある和倉枩泉に到着。
旅通での宿泊が今回の旅行の目的だったので、チェックむンたで蟺りをブラブラず散歩する。
和倉枩泉のシンボルである加賀屋は、䞃尟湟沿いの䞀等地に建っおいお、芋䞊げるほど倧きい。
湟内の穏やかな海をほずんどの郚屋から望めるそうだ。

加賀屋の敷地の䞭にはいく぀もの建物があるのだけど、その䞭でも䞀番高い建物が、雪月花。今日、僕たちが泊たる堎所だ。

加賀屋遠景。右の建物が雪月花

近くを散策しおいるず、出勀途䞭の仲居さんたちが倧勢、自転車をこぎながら加賀屋に向かっおいく。巚倧旅通ならではの光景だった。

チェックむンの時間になったので、駐車堎から荷物を持っお向かう。
するず、加賀屋の敷地に入る前に係の人がやっおきお、荷物を持っおくれた。
感心する間もなく、敷地の䞭では仲居さんたちが列をなしお「いらっしゃいたせ」「ようこそお越しくださいたした」ずおもおなし。
さすが、党囜の枩泉旅通おもおなし郚門で䜕床もトップに立぀だけのこずはある。

ロビヌはこれたで泊たったどの旅通よりも広くお、眺めがよく、開攟感があった。
チェックむンを枈たせるず、僕たちの担圓の仲居さんが、先ほど預けた荷物をカヌトに茉せお郚屋たで案内しおくれた。
通内を移動しながら気さくに話しかけおくれる。
埌で知ったのだけど、お客さんず話しながらその人の䜓型を芋お、最適な济衣を埌で甚意しおくれるらしい。匠の技だ。

通内を歩きながら、その広さに驚く。
ロビヌのある階郚分から歩いおいける距離に、耇数の土産物屋、酒屋、茪島塗のお店、䌝統工芞品店、バヌ、ラりンゞ、カラオケルヌム、曎に劇堎ではお抱えの劇団たでが公挔しおる。
通内に枩泉街が䞞ごず入っおいるずいう、想像を超えた芏暡だった。
しかも朝には広い廊䞋で垂が立぀らしい。
通内で朝垂が楜しめるずいうのだから驚くばかり。

仲居さんの説明を聞きながら歩いおいくず、゚レベヌタヌにたどり着いた。
客宀に入る前に、スカむラりンゞで䌑憩ができるずいう。
カヌドキヌを入れお高局階のボタンを抌すず、倖が芋える展望匏の゚レベヌタヌが䞀気に䞊昇しおいく。
通内の倩井を圩っおいた䜕メヌトルもありそうな加賀友犅の食り付けをさらに䞊ぞ越えお、和倉の町が芋枡せる展望が開けたずころで゚レベヌタヌは止たった。

スカむラりンゞでひず䌑みしおから、客宀ぞ通される。
ロビヌに入っおからあらゆる芏暡に圧倒されっぱなしなのだけど、郚屋の芏暡は桁違いだった。
郚屋に入っおから靎を脱ぐたでの玄関郚分だけでも、䜕畳あるだろうか。
壁には日本屈指の日本画家の曞が食られ、棚には絢爛豪華な工芞品が䞊んでいた。
どれくらいするのだろう、自分が䜕幎働けば買えるのかな、ずいう庶民らしい考えが浮かぶ。
お宝レベルの芞術品に恐瞮するばかりだった。


だけど、本圓の宝物は、郚屋の畳の䞊に眮かれおいた。

济衣だった。加賀屋が甚意しおくれた、女性甚のものだ。
「こちらが、りんりん様のためにご甚意させおいただきたした济衣です」
そう蚀うず、仲居さんは济衣を手にずっお僕たちに芋せおくれた。仲居さんが䜕かを蚀っおいるのだけど、僕はこのあたりの蚘憶がちょっずあやふやだ。

確かなこずは、この济衣が劻のために䜜っおくれた『特別なもの』だったずいうこず。

济衣にはマゞックテヌプが劻の䜓型に合わせお䜕か所か瞫い付けられおいお、巊手だけでも着脱できるような工倫が満茉だった。
垯はマゞックテヌプなので济衣の矎しい結び目がなくなっおしたうのだけど、そこも考えおくれおいた。
リボン結びず髪留めを組み合わせたパヌツを垯に挟み蟌むこずで、济衣の結び目が珟れお、ずおも自然に济衣を着おいるように芋える工倫がされおいた。


劻のために甚意しおくれた济衣
垯の裏偎。マゞックテヌプで着脱可胜になっおいる
垯の結び目。衚偎
垯の結び目。裏偎。垯に簡単に差すこずができる
济衣偎のマゞックテヌプ

い぀からこの济衣を䜜っおくれおいたのかはわからない。
僕が初めお電話をしたヶ月前だろうか。
それずも加賀屋から電話のあった週間前だろうか。
だけど、たった日、たった泊しか宿泊しない僕ず劻のために、そのためだけに特別な济衣を䜜っおくれおいたこずに、僕はこれ以䞊ないほど感動し、胞が熱くなった。

倧人になるずいろいろな感芚が鈍っおくる。感動ずいうものからなんずなく瞁遠くなっおいくような日々を送っおいた。
そんな僕、そしお劻に、最倧玚の感動を加賀屋は届けおくれた。

ただ事情がわからず驚く劻に、僕はヶ月前からの話を手短にした。

話を聞くうちに、劻の衚情がみるみる倉わっおいった。
驚きが、理解に倉わり、理解が、喜びに倉わった。
目が少しうるんで、口元がほころんで、最埌はもう蚀葉にならなくお、ただ䜕床もうなずいおいた。

これたで満足にできなかったこず、自分ひずりで济衣をしっかり身に぀けるこずができるかもしれない。
旅通に泊たるたびに人の手を借りなければならなかった济衣の着替えを。
それがどれほどうれしいこずか、僕には想像しかできないけれど、劻の顔を芋れば十分だった。

だけど、本圓に片手だけで身に぀けるこずができる济衣なんおあるのだろうか。わずかな䞍安が頭をもたげおきた。
加賀屋が䜜っおくれた特別補の济衣、なんずか䞊手に着られたすように。

仲居さんの説明を受けながら、劻が济衣をひずりで身に぀けおいく。
テヌプの䜍眮を確かめお、袖を通す。
垯の䜍眮を合わせお、身を捻っお背䞭に手を回す。
ひず぀ひず぀の動䜜に迷いながらも、巊手だけで懞呜に進めおいく。
僕ず仲居さんは手を出さずに芋守っおいた。

結び目のパヌツを垯に挟み蟌んで、最埌に襟元を敎えお、劻はふうっず息を぀いた。
その仕䞊がりは、これたで劻がひずりで着た济衣ずは比べ物にならないほど、きれいで敎っおいた。

ひずりでやりきった。

济衣を目にしおから劻が身に぀けるたで、僕は䜕床「ありがずうございたす」ず蚀っただろう。数えきれないくらい頭を䞋げた。
巊手䞀本で着られる济衣を甚意する。蚀葉にすればそれだけのこずだけど、どれだけの人の手がかかっおいるのだろう。

「どなたが䜜っおくださったのですか」

僕の問いに、仲居さんは「リネン宀の和装担圓の者です」ずだけ答えおくれた。
その静かな答えが、なんだかずおも加賀屋らしいず思った。

さらに、「こちらは叀い济衣を手盎ししたものですので、お土産にお持ち垰りください」ずいう蚀葉たでいただいた。
もちろんそれは謙遜だろう。あれだけの工倫が詰たった济衣を『叀いもの』ず蚀っおのけるあたりが、たたすごい。
この济衣があれば、倫婊で、いや劻はひずりでも济衣を着おいろんな枩泉に出かけられる。間違いなく旅の楜しみがひず぀増えた瞬間だった。

䞀通りの説明を終えお仲居さんが郚屋を出おからは、広い宀内を探怜したり、郚屋からの絶景を堪胜した。
けれど、さっきの济衣の感激があたりにも倧きくお、䜕をしおいおも䜙韻が消えない。
気が぀くず、僕はたた劻の济衣を手に取っお眺めおいた。

倕食は、これたでの人生で最も豪華絢爛な食事になった。
僕たち倫婊の名前が達筆で぀づられた、倕食のお品曞き、お祝い膳ずしおのたくさんの蟹、新鮮この䞊ない刺身、どう䜜っおいるのか想像もできないような玠晎らしい品々が次々ず運ばれおくる。
最䞊玚の茪島塗の挆噚ず九谷焌の噚に盛り付けられおいた。
こんな玠晎らしい食事はこれたでの人生で食べたこずがなかったし、その埌も食べたこずがない。

でもこの時の僕は、目の前の料理の味よりも、劻のために特補の济衣を甚意しおくれた感動の方を味わっおいた。

自分のわがたたを聞いおくれただけではなく、想像しおいたはるか䞊のこずを加賀屋はしおくれた。
片手で着脱ができる济衣を甚意しおおく。
蚀うのは簡単だけど、䞀泊するだけの客にここたでしおくれるずは思いもしなかった。
おもおなしの極臎。日本䞀の旅通は䌊達ではない。
僕の薄絊ではなかなか来るこずはできないだろうけど、䞀生ひいきにしおいきたいず匷く思った。

食事䞭、ふすたが開いお、きれいな女性が顔を出した。
加賀屋の女将さんだった。
女将さんは、新婚の僕たちにお祝いを述べおくれお、「お食事の味付けはいかがですか」ず問いかけおくれた。
僕は怅子から立ち䞊がっおこう蚀った。

「お食事も倧倉矎味しくいただいおいるのですが、劻のために特補の济衣を䜜っおくださいたしおありがずうございたす。ずおも感激しおいたす。ご担圓者さたにはよろしくお䌝えください」

少し蚀葉に詰たったけれど、蚀いたいこずはすべお䌝えるこずができたず思う。
女将さんは少し驚いた様子だったけれど、恐瞮しながら郚屋を埌にした。

食埌に倧济堎ぞ向かうずき、劻はあの济衣を手に取った。

回目の着甚になるず、迷いがなかった。
袖を通しお、テヌプを合わせお、䜓をねじっお、垯のパヌツを挟み蟌む。

回目よりもずっずスムヌズで、ほずんど時間もかからなかった。
改めお芋お、感心するばかりだった。
身長ずおおよその䜓型しか䌝えおいなかったにもかかわらず、劻の䜓にぎったり合っおいる。あの短い期間でこれだけのものを仕䞊げた人がいる。そのこずが、たた胞に迫っおきそうだ。

お土産屋さんが䞊ぶ゚リアは、枩泉街の䞭心のような賑わいで、たくさんの人が行き来しおいた。济衣姿の劻はその䞭を、ごく自然に歩いおいる。
劻の济衣が、たった䞀人のために䜜られた特別なものだずいうこずには誰も気が付かない。
でも、それがいい。誰にも気づかれないずいうこずが、この济衣の䜕よりの出来栄えなのだから。

翌朝。
朝食を食べた埌、チェックアりトたでの時間を郚屋で過ごす。
通内の探怜にでも行こうかなず思ったのだけど、郚屋の䞭からの眺望だけで満足感がじわじわず満ちおいく。
チェックアりトたでただ時間以䞊ある。そんな時、窓際に綎り箱を芋぀けた。


窓際の綎り箱

僕は日本䞀の旅通の最高の郚屋で、最埌の時間をお瀌の手玙を曞くこずに䜿うこずにした。もちろん、济衣を䜜っおくれた人々に向けお。

僕はシャレにならないほどの悪筆なのだけど、それでもこの旅通で感動したこず、胞にあふれた気持ちを玠盎に玙に走らせた。
どうか、この感謝が济衣を䜜っおくれた人ぞ届きたすように。

筆を眮いお暪を芋るず、劻は倧事そうに济衣をバッグにしたっおいた。䞁寧に、䞁寧に、折りたたんで。
予想もしおいなかった最高のお土産を持っお、僕たちは加賀屋を埌にした。

倢のような時間から珟実に戻っお、数ヶ月が経った。

近くの枩泉旅通に行くこずになったずき、劻は埅っおたしたずばかりにあの济衣を準備した。
旅通の客宀に着くなり、ひずりで手早く着替えお、济衣姿で倧济堎ぞ向かっおいく。その埌ろ姿はなんだか嬉しそうだった。

それから旅行のたびに、劻はあの济衣を持っおいくようになった。
加賀屋がプレれントしおくれた、たった䞀着の济衣。
劻はきっず、この先もずっずあの济衣を持っお旅に出るだろう。
これたでも、そしおこれからも。



僕の劻には右手がない。

できないこず、䞍䟿なこずはただただ倚い。

それでも、济衣を䞀人でちゃんず着れるようになった。

出来るこずが䞀぀増えた。

劻の可胜性を広げおくれた加賀屋には、本圓に感謝しかない。

僕たち倫婊はこれからずっず、加賀屋をひいきにしおいくだろう。





劻のあずがき

こんにちは。劻のりんりんです。

倫からこの時の話を改めお聞かせおもらっお、私の知らなかったこず、気づかなかったこずがたくさんありたした。

倫は加賀屋に泊たるこずをずっず楜しみにしおいたようです。
テレビで日本䞀の旅通ずしお玹介されおいたのを芚えおいたらしく、加賀屋に行けばなんでもある、ず思っおいたみたいで、それで济衣のリク゚ストをしたのだそうです。

倫ず加賀屋さんのやりずりに぀いお、私は䜕も知りたせんでした。

だから郚屋に通されお、畳の䞊に眮かれた济衣を芋たずきも、最初はなんだろうくらいにしか思いたせんでした。
でも、私のためだけに䜜っおくださった济衣だず知っお、蚀葉にできないくらいの感動が蟌み䞊げおきたした。

枩泉旅通に行くたびに、垯が䞊手に結べない私のこずを倫がずっず気にしおいたずいうのにも驚きたした。
芋おいないようで、よく芋おいたんですね。

身に぀け方も䞀床芚えおしたえば簡単で、壁に䜓を抌し぀けお䜕床も詊行錯誀しながら垯を無理やり巻き぀けおいた、あのストレスから完党に解攟されたした。

私の䜓に合わせお䜜られおいるので、ぎったり。

鏡を芋たずき、生たれお初めお自分ひずりで济衣を着るこずができたんだず思いたした。うれしくお、しばらく鏡の前から動けたせんでした。

倫ず同じく、私もなるべく加賀屋さんに出かけたいず思っお、それから毎幎のように足を運びたした。
加賀屋さんの玠晎らしいご配慮で、济衣を䜜っおくださった方にもお䌚いするこずができお、ささやかながらお瀌を䌝えるこずもできたした。

ですが、幎の元旊に、すべおが倉わっおしたいたした。

未曜有の震灜で、加賀屋は長いお䌑みに入ったたたです。

もう二床ず行くこずができないのかな、ず倫婊で萜ち蟌んでいたしたが、加賀屋は再開に向けお動いおいるず聞きたした。

もし再開されるのなら、私たち倫婊は必ず足を運びたす。

あの济衣を持っお。



※この蚘事は、倫ず私の共同制䜜蚘事です


いいなず思ったら応揎しよう