『ポンコツな自分』に、家に帰って思い出したらおかしかった話
これは、『ポンコツな自分』の話である。
自分は、たまに派遣先で、
他の部署の仕事をすることがある。
今回も話があり、応援に行ってみた。
相手とは、そこまで話をする間柄ではない。
ただ、全く話したことがないわけでもない。
そして、見るからに職人気質。
なので、なんとなく予想はしていた。
「説明、少ないかもしれないな」と。
そして、実際に始まってみると……
仕事の仕様が書かれた紙を見せてもらう。
「これ見てください」
そして、
「工具はここにあるので、使ってください」
以上。
えっ……。
終わり?
自分は初めてやる仕事だったので、
「最初から最後まで、ある程度教えてもらえるかな」
と思っていた。
ところが、まさかの
1から10のうち、1だけ。
残りの9は、自分で考える方式だった。
いや、分からない。
なので、お願いして、
「一度、見本を見せてもらっていいですか?」
と教えてもらった。
そこからは、見よう見まね。
四苦八苦しながら、なんとか業務を終えた。
あまり進まず、何度かやり直した。
「やっぱり自分、ポンコツだな……」
と、ちょっとだけ凹んだ。
そして、そのまま家に帰った。
夕食を食べて、風呂に入って、
落ち着いてからふと思った。
……いや。
ちょっと待て。
あんな説明ある!?
(笑)
よく考えてみたら、自分はその人に、
「どこまで出来る人なのか」
「この仕事をやったことがあるのか」
という話を、ほとんどしていない。
それなのに、
「仕様書はこれです」
「工具はここです」
「じゃあ、よろしく」
である。
そりゃ、できない。
もし自分が教える側だったら、
「これ、やったことある?」
と、まず聞くと思う。
やったことがなければ、
「じゃあ、ここからこうして、次にこれをやって……」
と、1から10まで説明する。
もちろん、人によって教え方は違う。
職人気質の人なら、
「見て覚えろ」
という感覚もあるのかもしれない。
でも今回の自分は、
「来た=できる人」
という、かなり極端な判断をされたような気がする。
そう考えたら、なんだかおかしくなってきた。
その場では、
「自分がポンコツだからできなかった」
と思っていた。
でも家に帰って考えてみたら、
「いや、そもそも説明が少なすぎない?」
となった。
もちろん、自分にも反省点はある。
もっと質問すればよかった。
もっと早く「分かりません」と言ってもよかった。
でも、今回のことで一つ分かった。
仕事ができなかったとき、全部を自分の能力のせいにしなくてもいい。
教える側と教わる側。
その間にある「説明の量」も、
けっこう大事なのだ。
……とはいえ。
一番おかしいのは、
その場では本気で凹んでいたのに、
家に帰ってから、
「いやいや、あれは無理だろ(笑)」
と、一人で納得している自分なのかもしれない。
