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🍒子どもの詩023 Hazard-3

      〜東日本大震災〜

     子どもの詩を紹介するnoteです。
           🔹
     阪神淡路大震災の16年後、今度は宮城県沖で大地震が起き、大津波が押し寄せて未曾有の大災害が発生します。東日本大震災です。福島第一原子力発電所に大きな被害が出て、放射能汚染を避けて、避難者は全国各地に散らばりました。
     受け入れ先となった家庭では、被災者と同じように心を痛めました。
     福島県で暮らす祖父母と従兄弟の、避難先となった家の子の詩です。

       忘れない日
    「トイレのみず ながしていいの?」
    五歳のいとこはそう言った
    三月十一日「東日本大震災」がおこった
    祖父 祖母 いとこ達は郡山市にすんでいる
    地震から五日後
    ガソリンもなく鉄道も大変な中
    何とかみんなが私の家にきた
    「地震!福島すごい地震!」
    お母さんが今まで見たことのない顔で
    おばあちゃんに電話をかけていた日が
    わすれられない
    今福島は原発事故のことでこまっている
    おじいちゃんとおばあちゃんは
    今香川県にひなんしている
    あの地震からもう五ヶ月
    この暑い中 被災地の人達のことを思うと‥‥
    今私にできることは小さなこと(節電)
    そして決して忘れないこと
         5年 ゆき  (2011年)

     1年後、忘れないでいたゆきさんは、被災地に行き、再び東日本大震災を詩に書き記します。

       あの日から‥‥
    三月十一日のあの日から一年五ヵ月
    私は祖父母といとこたちが住んでいる福島へ
    震災後初めて訪れた
    行きたかったけど不安な気持ちがあった
    怖いけど行きたいと思った

    「次は郡山」という新幹線のアナウンスを聞きながら
    街並みをながめていた
    街は私が地震以前に見たのと変わらない
    みんなふつうに生活している
    でも祖父母の家のお風呂場のキズ
    地震のあとが残っている
    毎年楽しみにしていた庭でのバーベキューは
    放射線のせいで出来ない
    木も花もむかしのままなのに
    一年生のいとこと四歳のいとこは
    あまりかわってないんだろうな
    ただ放射線量計を首から下げているだけ
    二十年後三十年後のここは
    どうなっているんだろう?

    福島にはたくさんの観光地がある
    ある場所には
    「来てくれてありがとう」という立て札があった
    来て良かったと思った
    街も人も変わっていないと安心した
    でもあの震災が
    忘れられてしまうのではないかと心配になった
    まだまだ福島の震災は終わっていない
    忘れてはいけない
        6年 ゆき  (2012年)

     歳をとると十年後の自分が想像できず、悲しいことを忘れないでは、前に進めないこともあるでしょう。しかし、残された時間の多い子ども達は違います。これからの人生で、立ち向かわなければならない不条理がたくさんあるのですから。
     だから、こう言って前に進んでいきます。
    「決して忘れない」
    「忘れてはいけない」。


     
     
    気がつけば、子どもの書く文章を収集する人生になっていました。職業柄とも言えますが、誰もがしていることではないので、やはり謎です。ただ一つ言えるのは、自分の体験し得なかった事やこれから起こる可能性の低い出来事を、子ども達が代わりに体験してくれている、そんな認識です。感謝です。

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