メインコンテンツへスキップ
見出し画像

🍒子どもの詩021 Hazard-1

      〜戦争体験  I〜

     子どもの詩を紹介するnoteです。
           🔹
     掘り出したタイムカプセルの中から、戦争体験を聞き取った後に書いた、子どもの詩を2点取り出して見てみましょう。
     まず1点目。おばあちゃんが、戦時中の暮らしを孫娘に伝えようとします。まだ小学校の低学年ですから、悲惨さはオブラートに包んで話さなくてはなりません。おばあちゃんは、たとえ話に置き換えながら、何とかして戦争を伝えようとします。
     難しい言葉も使えません。だから当然、作品としては内容に具体性が乏しくならざるをえません。
     しかし、家族であるおばあちゃんと間近に対面し、視線を合わせながら聞くうちに、話の内容以上の情報や感情が伝わっていきます。もちろん映像や写真も伝承に大きな役割を果たすわけですが、直接話を聞く意味がこの対面にあると、この詩は知らせてくれます。

       せんそう
    せんそうのお話 はじめるよ
    せんそうって 
    ある日ひとりの人と
    もうひとりの人がぶつかってけんかになって
    ほかのひともなかまになって
    それが大きくなったら
    世界で一ばんおそろしいせんそうになるんやってね
    おうちのえりおばあちゃんに
    おしえてもろうたんや
    だからけんかを大きくしたらあかんし
    けんかをしなかったら
    そんなちきゅうで
    おそろしいせんそうなんかおこらへんのや

    おばあちゃんが小さい子どもの時
    ひろしまのおばあちゃんの子どもの
    おっちゃんのとこにばくだんがおちたって
    おばあちゃんに教わったわ
    その時むねはどきどき
    目にはなみだがうかぶし
    もう かわいそうでかわいそうで‥‥
    むかしはらくじゃなかったけど
    いまはええ時だいやから
    もう人にはめいわくかけんと
    じぶんでできることは

    やっていかなあかん時だいなんやから
    がんばらなあかん
    先生はせんそうきらいやろ
    わたしもせんそうきらいやで
         2年 れいこ  (1990年)

     この作品から35年が経過した今、祖父母から孫に戦争体験が伝えられることはまずありません。あるとすれば曾祖父母。しかし年齢的にも、家族の関係性からも、曾祖父母から孫へ伝承される可能性は極めて低いと思います。
     もう一つの作品。やはり孫娘ににこにこ顔で話をするおばあちゃんが登場します。話す相手は、事の少し分かってきた4年生の孫娘。無用なプレッシャーを与えぬためか、それとももっと別な意味を込めてか、笑顔を崩しません。

       おばあちゃん
    おばあちゃんは よく昔の話をしてくれる
    にこにこ顔で話してくれる
    一番多いのが戦争の話
    居間のテーブルにすわって聞く
    台所がわにすわってその前に私がすわる
    おばあちゃんが「なあ みちこ
    戦争の時の食べ物は豆や
    さつまいもなんかが多かったけど
    そないそない食べられへんのやで
    一回食べるとあとは何日も食べるものがないの
    よそへ行って畑のさつまいもやじゃがいもを
    とって食べる人もいたんだよ
    いもは生でもかじるとあまいしるが出るんだよ」
    長い長い話だ
    はじめはにこにこしていたけど
    だんだんとおくを見つめるようになる
    だんだんおばあちゃんをみるのが
    つらくなってくる
    そこら一帯が火の海になって
    亡くなった人ややけどでぐちゃぐちゃになった人が
    ころがっている話
    聞いていると
    目の前にそのじょうきょうがうかぶ
    戦争をのりこえてきたおばあちゃん
    よく今まで元気でこれたなあと思った
    おばあちゃんはいつも
    うれしそうな顔をしている
    「何かうれしいことあったん」と聞いても
    「何もない」と言うけど
    私はきっと何があるんだろうなあと思う
    長い間生きていると
    にこにこしたくなるのかなあと思う
         4年  みちこ  (1995年)

     未来を託せる孫娘を目の前にして、おばあちゃんは幸せな気持ちが押さえ切れないのかもしれないなと、今思いました。

     
     
    気がつけば、子どもの書く文章を収集する人生になっていました。職業柄とも言えますが、誰もがしていることではないので、やはり謎です。ただ一つ言えるのは、自分の体験し得なかった事やこれから起こる可能性の低い出来事を、子ども達が代わりに体験してくれている、そんな認識です。感謝です。

    あなたへのおすすめ