
🍒子どもの詩193 Family-19
〜百歳〜
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子どもの詩を紹介するnoteです。
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239年(景初3年)、邪馬台国の女王・卑弥呼か中国の魏へ使者を送り、皇帝から「親魏倭王」の称号と金印、銅鏡100枚を授かりました。これが、日本史に人の名が初めて登場した出来事です。それから、1800年近くが経ちました。
100歳の祝いを「百寿」と言いますが、考えてみれば日本史の18分の1を生きたということです。何だか、凄いことだと思いませんか。
ゆいみさんのおばあちゃんの、百寿のお話です。
百才のひいばあちゃん
「五月の連休にひいばあちゃんの
百才のお祝いに行くねん
ゆいみも行くか」と母が言った
「行く行く」とうきうき気分で連休を待った
九州へは新幹線
母はひいばあちゃんが
九人も子どもを生んだことや
大きくて頑丈な人だったことや
戦争にひいじいちゃんがいって
苦労したことを話してくれた
六時間かかって博多に着いた
佐賀駅ではおばちゃんが
「久しぶり 元気やったと」と
なつかしい九州弁で迎えてくれた
次の日ひいばあちゃんと会った
腰もペタンと曲がって
この前よりうんと小さく見えた
声も弱々しかった
車椅子に乗っていておばあちゃんが押していた
「ああゆいみ 遠いのに
今年もよう来てくれたな」と
大きなしわくちゃな手で頭をなでてくれた
いとこのさきちゃんとゆうなちゃんは
肩をもんであげていた
わたしはひいばあちゃんの話を
そばでじっと聞いてあげた
「わたしの一番うれしいことは
子どもや孫やひい孫が五十人もおって
こなしてみんなが集まってくれることや」
「今までで一番悲しかったことは
五番目の男の子が六才の時
池でおぼれて死んだことや
大勢おってやから一人ぐらい死んでもええやんと
人からなぐさめられたけど
あきらめきれへん」と話してくれた
今も六才の子どもを助けてやれなかったことを
悔やんでいるひいばあちゃん
「わたしの家 新しく建てたよ
また泊まりに来てよ」と言うと
「ああ」と笑いながら泣いていた
ひいじいちゃんとひいばあちゃんから
五十人もの命が生まれたんだね
そしてみんな
肉親という絆でつながっているんだね
自分の体が動かなくなっても
ずうっとずっと毎日
自分の生んだ子どもや孫やひ孫が
幸せになるよう一生懸命祈って生きているんだね
ひいばあちゃん
大好きだよ
ひいばあちゃん
ありがとう
6年 ゆいみ
ゆいみさんのおばあちゃんが起点となって、50人もの人が生まれ、その周りに生活(社会)が生まれました。おばあちゃん一人が存在しなければ、今はなかったことになります。この先100年先には、50人は一体何人まで膨れあがるのでしょう。何だか、怖いです。自分という存在も、そうなんでしょうか?もしそうなら、責任重大です。
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