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Photo byitsuka_yakuzen

🍒子どもの詩115 Family-8

       〜見える幸せ〜

     読みに来ていただき、ありがとうございます。
     子どもの詩を紹介するnoteです。
           🔹
     七年の時を隔てて書かれた、ある兄弟の作品をつなぎ合わせて紹介します。

       よかったなあ
    「たつ  がんばれよ」
    弟の目の手術が始まった
    むずかしい手術で六時間もかかるんだって
    たつは四才
    ぼくの弟
    ぼくが妹とケンカしていたら止めに来る
    そんなやさしい弟

    ある日ケガをして
    右目のおくの血管の束が破れつした
    青黒くなって  はれて
    目のたまがとび出していた
    毎日いっしょに遊んでいたのに
    学校から帰っても
    「おかえり」ととんで出てくるはずのたつがいない
    さびしかったけどがまんした
    たつは小さいのにごはんも食べないで
    いっぱい検査している
    何度も何度も検査している

    手術の日
    成功するようにお祈りした
    妹といっしょにお祈りした
    ちょっと元気になって
    「にいちゃん」と言ってくれた時  涙が出た
    悲しくないのに  涙が出た
    うれしいのに  涙が出た
    よかったなあ  たつ
    ちゃんとなおって  よかったなあ
         4年 もりと

     もりと君から「たつ」と呼ばれた「たつき」君が、その七年後に詩を書きました。(学年差は5)

       見える幸せ
    夏休みにお兄ちゃんが
    「明日の朝おばさん家から20km走って
    家まで帰る」と言っているのを聞いた
    ぼくは明日の朝早起きして
    一緒に走ろうと思って早くねた
    お母さんが「たつには無理
    絶対ダメ」と言ったけど
    どうしてもお兄ちゃんと一緒に走りたかった
    次の朝お兄ちゃんが
    2kgのおもりをつけて走り出した
    ぼくもあわてて飛び出した
    あわてたので水とうを忘れてしまった

    走り出すとザーザー雨が降ってきた
    目の中に雨が入って前が見えにくい
    お兄ちゃんが
    「たつ大丈夫か」と聞いてくれた
    畑をどんどん進んで行くと
    お兄ちゃんが「道まちがえた」と言った
    ぼくは少しこわかったけど
    「大丈夫 行こう」と言った
    川が流れていて知らない道がずっと続いた
    知らないおばさんが
    「がんばれ」と言ってくれた
    途中でのどがかわいておにいちゃんに
    「のどがかわいた」と言うと
    ばあばんにもらった五百円で水を買ってくれた

    今度はお腹が痛くなって
    お兄ちゃんに「お腹が痛い」と言うと
    お兄ちゃんは止まって
    「少し休もう」と言ってくれた
    お兄ちゃんと川を見ながらすわった
    お兄ちゃんはぼくが何年か前に目を手術して
    見えるようになった話とか
    大きい手術で
    大勢のお医者さんが
    手術を見にきたという話をした

    お兄ちゃんは「たつの目が良くならなかったら
    一緒に走れんかったな
    走るのは一人より二人の方が楽しいな」
    と言った
    ぼくは周りの黄緑の畑やキラキラ光る川を
    見ることができて良かったなと思った
    もう少し走ると
    家の近くにあるお店の看板が出てきた
    「お兄ちゃん  あと二〜三kmって書いとう」
    と言ったら笑っていた

    家に着いてお兄ちゃんが
    「たつ 大丈夫だったか
    がんばったな」と言ってくれた

    次の日お兄ちゃんと遊ぼうと思ったら
    お兄ちゃんは熱を出してねこんでいた
    ごめんな
    お兄ちゃん
         6年 たつき


     20kmの完走、素晴らしいです。たつき君が、お兄ちゃんの伴走をしたのではなかったようですね。たつき君が目の手術を終え、黄緑の畑やキラキラ光る川を見るために、20kmを走り切る「挑戦」にお兄ちゃんが伴走してくれたんです。熱を出すくらい、気遣いしながら走ってくれたんです。
           🔹
     最後まで読んで頂き、ありがとうございました。
     また読みに来ていただけたら、嬉しいです。

     
     
    気がつけば、子どもの書く文章を収集する人生になっていました。職業柄とも言えますが、誰もがしていることではないので、やはり謎です。ただ一つ言えるのは、自分の体験し得なかった事やこれから起こる可能性の低い出来事を、子ども達が代わりに体験してくれている、そんな認識です。感謝です。

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