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🍒お経のある暮らし

      〜子どもの詩384 Theme-160〜

     お経と言えば、お年寄りのものというイメージがありますが、三世代同居家族では、そうではないようです。お経は、結構子どものそばにあります。しかも、「門前の小僧習わぬ経を読む」で、すぐに耳コピーしてしまいます。子どものそばに、お経のある暮らしぶりをのぞいてみましょう。
     Akiyama Uです。子どもの詩を紹介しています。
           🔷
       おじいちゃん家の朝
    カンカンカン ポコポコポコ
    おじいちゃんのお経をあげる声
    おじいちゃん家に泊まると
    その声と音で目を覚ます
    おじいちゃんはなぜ毎日お経をあげるのだろう
    それは十五年ほど前に
    おじいちゃんのお父さんが亡くなったからだそうだ
    そしてそれから数年後
    私が母のおなかの中で命が消えそうになってから
    ずっと毎朝お経をあげるようになったらしい
    「ご先祖様 どうか命をつないでやって下さい」と
    前におじいちゃんにこんな話を聞いたことがある
    ご先祖様が大切に命をつないできてくれたから
    今の自分があるのだということ
    ご先祖様の誰一人欠けても
    私は生まれてこなかったんだと
    おじいちゃんが毎朝
    どんな気持ちでお経をあげているのか
    少し分かったような気がした
    カンカンカン ポコポコポコ
    今日もおじいちゃんのお経をあげる声
    まだおじいちゃんと
    お香のにおいが残る仏間に入って
    私はそっと手を合わせた
    今朝もおじいちゃんが
    お願いしたかもしれないけれど
    「ご先祖様
    みんなが一日元気で過ごせますように
    どうか見守っていて下さい」
         5年 かな

      ぼくの番
    ぼくは仏だんの前でかねを鳴らす
    今年のおぼんはぼくがかねを鳴らす番
    ぼくのかねの音でみんながお経を唱える

    ぼくはかねを鳴らしながら思う
    おじいちゃんとおかしやジュースを
    一緒に食べたなあ
    一緒に手をつないで歩いたなあ
    おねえちゃんとけんかしたとき
    おじいちゃんの部屋へ行ったら
    優しくなぐさめてくれたなあ
    ぼくがころんだら
    「べっちょない(大丈夫)べっちょない」
    って言ってくれたなあ
    もしおじいちゃんが亡くなったら
    かねをならしてなと言われたなあ

    この三日間おじいちゃんのことを考える
    かねを鳴らしながら
    おじいちゃんに
    ぼくは元気だと伝える
    がんばっているぼくを見て
    きっとおじいちゃんは喜んでくれているだろう
    また来年も
    ぼくの番
         5年 はるひさ

       はんにゃしんぎょう
    「今日もはよ おがもう」
    おぶつだんのへやに家族がみんな集まった
    おじいちゃんがいなくなって
    毎ばん毎ばん
    はんにゃしんぎょうをあげる
    漢字ばっかりならんでいる
    意味はさっぱりわからない
    おきょうの本のふりがなを見ながら
    ゆっくりゆっくり
    おとうさんについてよむ
    みんなしんけんな顔だ
    私がおきょうをあげると
    おじいちゃん  よろこんでくれるかな
    おきょうがおわると
    おばあちゃんはいつもないている
    わたしはティッシュをとってくる
    おじいちゃんとすごした八年間
    ごはんを食べる時
    いつもにこにこわらっていた
    おじいちゃんの顔を見ると
    いっぱい元気になれた
    おじいちゃんのことを思い出しながら
    毎ばん毎ばん  はんにゃしんぎょうをあげる
    ある日
    おきょうの本を見ずに全ぶ言えた
    ゆめの中で
    おじいちゃん  ほめてくれるかな
         3年 めいさ

     お経が身近にある暮らし、意外といいかもしれません。お経そのものというよりは、お経をあげている時間がとても静謐(せいひつ)に感じます。それにしても  めいささん、小学校三年生で、般若心経を完全コピーしました。これはもう、特技と言えるでしょう。

       

       

     
     
    気がつけば、子どもの書く文章を収集する人生になっていました。職業柄とも言えますが、誰もがしていることではないので、やはり謎です。ただ一つ言えるのは、自分の体験し得なかった事やこれから起こる可能性の低い出来事を、子ども達が代わりに体験してくれている、そんな認識です。感謝です。

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