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🍒登山する子ども達

      〜子どもの詩544 Theme-262〜

     登山する子ども達に焦点を当てます。
     なぜ山に登るのか。その答えで有名なのは、何と言ってもジョージ・マロリーです。
    「そこに山があるから。」
     子ども達は、大人の管理の下で山に登ります。さて、何を学ぶのか。
     Akiyama  Uです。子どもの詩を紹介しています。
           🔷

    《富士登山》静岡県  山梨県

       ふじ山
    どうしてあんなに髙いのかな
    どうしてみんな登るのかな

    足がいたい
    いきがくるしい
    頭がボーッとする
    胃がムカムカする
    いつまでも続く長い道
    いくら登ってもてっぺんがみえない

    つめたいきりがやってきて
    あっという間にれいぞうこの中
    ふと顔を上げると目の前に広がる雲の海
    雨上がりのにじ
    いっしゅん見えたご来光
    しんどい気もちがふっとんだ
    父と母と兄とぼく
    はじめて知ったこの夏のふじ山
         3年 いくや

    《立山登山》富山県

       ぼくのやまのぼり
    とやまけんでやまのぼりをした
    たてやまについた
    ぼくがたのしみにしていたケーブルカー
    やまにそってななめになっている
    えきもななめ
    かいだんみたい
    びっくり
    だんだんみみがいたくなった
    バスにのった
    さらにあるいた
    のぼったりくだったり
    つかれた
    ひょうこう2200メートル
    とってもしずか
    セミもいない
    そのかわり‥‥ライチョウがいた
    やまのうえにしかいない  めずらしいとり
    とってもかわいい

    あさ5じ
    おとうさんとふたりでさんちょうへ
    しゅっぱぁーつ
    おかあさんとおねえちゃんは
    テントでおるすばん
    キャンプじょうをみおろした
    たくさんのテントがカラフル
    とってもきれい
    テントはどんどんちいさくなった
    「ヤッホー」
    「ヤッホー」
    こえがもどってきた
    なんどもなんどもさけんだ
    たくさんあるいた
    とってもしんどい
    「もうかえりたい」
    ぼくがいうと
    「しんどいとかつかれたとかはかんがえない
    いっぽあしをまえにだすことだけをかんがえて」
    おとうさんがいった
    まわりのおじさんやおばさんたち
    みんながおうえんしてくれた
    やっととうちゃく
    ひょうこう3003m
    くもがいっぱい
    「やっとついた」
    うれしいきもちでいっぱい
    ちょうじょうでクッキーをたべた
    いつもよりとくべつなかんじ
    とってもおいしかった
    「りょうせん」をあるいた
    たいらなみちがおおかった
    たのしい
    ぼくの「りょうた」のなまえは
    この「りょうせん」のかんじからつけたんだって
    おとうさんがおしえてくれた

    テントにもどった
    もうおひる2じ
    「よくがんばったね」
    おかあさんがたくさんほめてくれた
    すこしおにいさんになれたきぶん
    こんどはかぞく4人でさんちょうにいきたい
    そのときは
    ぼくがりょうせんをあんないしてあげるんだ
         1年 稜太
       

    《千ヶ峰登山》兵庫県

       千ヶ峰登山
    少し雲の広がった天気の中
    千ヶ峰登山は始まった
    「頂上が見えへんやん」
    ざわざわと聞こえる話し声の中
    私はぽつりとこう言った

    登り始めると真横に川が流れている
    石が水色や茶色になっていて  とてもきれいだ
    「うわー  きれいやなー」
    「ホンマや  すごくきれいやわ」
    すぐ隣りにいた友達と話をしながら登っていった
    いつの間にか川は見えなくなっていた
    まだ中間にも着いていないというのに‥‥
    私は息が切れて
    「ハーハー」と言いながら登っていた
    周りを見てみると  大人の人も息が切れて
    「ゼェゼェ  ハァハァ」と言っていた
    私はなぜかほっとして
    「私だけじゃないんや」と思った

    やっと一年生と二年生が待っている
    中間地点へと着いた
    「やっとやんか」
    ため息をついてしばふにこしを下した
    私のお母さんも
    この「ふれあい登山」に参加していた
    「母さーん  アメちょうだーい」
    「一個だけやで  一個しか食べたらあかんねんで」
    「さよでっか」
    しぶしぶアメをわたしたように見えた
    妹もアメをもらいに母のもとへ寄ってきていた
    私がアメをなめ終わると
    ちょうど出発する時間になったらしい
    ええタイミングやんかと思いながら
    「次は六班」
    私達から登り始めるらしい
    先頭の教頭先生についていく
    先頭の次は私だ
    何となく私はうれしくて
    笑顔で千ヶ峰に登っていた
    頂上へ近づいているのか
    木に囲まれている所から
    見晴らしの良い所へと変わった
    やっとここまで来たと実感できる景色が
    私の周りには広がっていた
    「すごいわー  あんなに小さく見えるわ」
    私達の住む町が小さく見えた
    他に来ている人も大きく評価していた

    休けいも終わり  また登り始めた
    前より急な坂が多い
    でも教頭先生についていった
    とちゅうで気温が変わった
    頂上はすぐそこという合図のようなものだった
    足をのばしてふんばると‥‥
    頂上についた
    太陽が直接当たり  風がふいていた
    とても心地よく
    おだやかだったのが印象強く残っている
         6年 ひじり

     大人でも体力的にダメージが大きい登山ですから、尚更子ども達にはキツイに違いありません。
     普通ならリタイヤしたいところだけれど、ちょっとやそっとじゃ自分一人では戻れないのが登山。
     そして頂上へ。苦労の先に待っているのが「絶景」です。

    画像
    立山の絶景

     ただ絶景があっても、自然が相手の登山です。天候不順ということだってある。だけど、絶景の代わりに待っているものがあります。

    《氷ノ山登山》兵庫県 

       山頂目指して
    四時起床
    目覚めると外は雨と風
    氷ノ山山頂は暴風雨かもしれない
    天候を心配しながらの出発となった
    雨がふる中  歩き始めた
    すべりそうになりながら  転びそうになりながら
    雨が顔に針のように当たり
    目が開けられないくらいだった
    それでもみんな頂上を目指し
    一歩一歩ふみしめて登っていく
    頂上に近づくにつれ 雨は大粒で石のようになる
    雨にぬれて  風に吹かれて  息を切らし
    どうして私は山に登っているんだろう
    ふと  思った
    その時友達が「しんどいけどがんばろ
    もうちょっとや」と言った
    友達の顔も雨でぐちゃぐちゃだった
    なんだか私はとてもうれしくなった
    ええなあ  友達って
    頂上は飛ばされるかと思うくらいの雨と風
    そんなの平気だった
    友達がいたから
    そしてひとつのことをやりとげた うれしさで
    私の心はいっぱいだった
    氷ノ山登頂  バンザーイ
    みんな  はげましてくれてありがとう
         6年 さり

     登山で何を学び取るのかは人それぞれですが、「苦しい想いの先に何かが待っている」という感覚は、どの子もつかんで帰ってくる気がします。
           🔹
     最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

     
     
    気がつけば、子どもの書く文章を収集する人生になっていました。職業柄とも言えますが、誰もがしていることではないので、やはり謎です。ただ一つ言えるのは、自分の体験し得なかった事やこれから起こる可能性の低い出来事を、子ども達が代わりに体験してくれている、そんな認識です。感謝です。

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