
🍒子どもの詩074 Family-2
〜ひいおばあちゃん〜
子どもの詩を紹介するnoteです。
🔹
おじいちゃんに続いて、おばあちゃんと言いたいところですが、今回は、も一つ上のひいばあちゃんが対象です。
おたんじょうび
おばばちゃんの
八十八さいのおたんじょうかいをしました
八十八さいを
「べいじゅ」というみたいです
おりがみでくびかざりをつくって
おばばちゃんにかけました
「ありがとう」とおばばちゃんがいいました
「おめでとう」というと
「そんなにとしはいってない」といいました
としいってるのにね
1年 なほ
幼い頃から、おばあちゃんはある程度年老いた状態(?)で、孫の前に現れます。も一つ上のひいおばあちゃんともなると、存在自体がよく分からない。「生まれた時からひいおばあちゃんはひいおばあちゃんだった。」「ひいおばあちゃんは、ひいおばあちゃんとして生まれてきた。」1年生だと、そんなふうに考えている子もあるようなのです。
いざ、ひいばあちゃんが「死」を迎えた時、どうなるか。ある程度、長い年月をかけて心の準備をしてきた大人に比べて、いつまでもひいばあちゃんとして存在し続けると考え、準備してこなかった「ひ孫」の方がショックが大きいのです。
自分の祖父母が亡くなった時、とても悲しいと思います。しかし、自分の隣りにいる幼い孫やひ孫は、もっともっとショックを受け、悲しい思いをしているのかも分かりませんね。
ひいおばあちゃんありがとう
九十さいのひいおばあちゃんがしんだ
ひいおばあちゃんの顔は
とてもいいえ顔だった
「長い間生きてくれたな」とぼくは言った
するとお母さんがすごくないた
ひいおばあちゃんとずっといっしょだった
おじいちゃんとおばあちゃんもすごくないた
ぼくもすごくないた
なみだがかなしい気もちを
あらいながしてくれる
ひいおばあちゃんがいてくれたから
ぼくは生まれた
いまひいおばあちゃんは
天国でぼくたちを見まもってくれている
ひいおばあちゃん
ありがとう
2年 はるき
ばあばあちゃん
「イチ ニイ イチ ニイ」
「じょうずですよ」
春休み ばあばあちゃんが
デイサービスの体けんをするところに
ついて行った
ばあばあちゃんは
いっしょうけんめいゆびをうごかしていた
たのしそうだった
ばあばあちゃんは九十四さい
まい年クリスマスに
いっしょにカニりょこうに行っていた
わたしがのこしたカニをいつも食べてくれた
やさしかった
大すきだったばあばあちゃんは
一どもデイサービスに行けないまま
夏休み前にそっと天国にいってしまった
びょういんにおみまいに行くと
わたしがしっている
ばあばあちゃんとはちがった
色が白くて元気がなかった
細いうでで手をふってくれた
うれしかった
元気になってほしかった
デイサービスでゆびのうんどうをがんばったり
友だちとなかよくなったりしてほしかった
もっと生きてほしかった
今年のクリスマスも
カニをたべに行きたかったのに‥‥
しんでふとんにねかされている
ばあばあちゃんにあいに行った
三さいの弟はほっぺたをさわって
「つめたい!」と言った
わたしはさわることができなかった
こわかった
こわいと思ってしまったじぶんを
わるいと思った
目をとじていた
もう一かい目をあけて
わたしを見てほしかった
口は少しひらいたままだった
もう一かい「あさきちゃん」と
言ってほしかった
体はうごかなかった
もう一かい手をふってほしかった
大すきなばあばあちゃんへ
天国から
わたしたちのことをずっと見ていてね
2年 あさき
百才まで生きたひいばあちゃん
ひいばあちゃんが九十八才のとき
「お迎えがきてくれない
なんで死なれへんのやろ」
悲しそうな顔をして私にいった
そんなひいばあちゃんは百才になり
とうとうお迎えが来た
棺の中のひいばあちゃんは
とてもほっとした顔をしていた
私は今十一才
私の十一年はたくさん楽しいことや
悲しいことがあった
ひいばあちゃんの百年は
どんないろいろなことがあったのだろう
ひいばあちゃんは明治生まれ
こどもの頃何を食べていたか
どんな服をきていたか
どんな遊びをしていたか
どんな家にすんでいたのか
ひいばあちゃんから教えてもらう話は
どれも私をびっくりさせた
もっといろんな話を聞きたかった
もっといろんなことを教えてもらいたかった
ひいばあちゃん
今までありがとう
ひいばあちゃん
長生きしてくれてありがとう
ひいばあちゃん
今まで見守ってくれてありがとう
6年 もえ