
🍒子どもの詩142 Theme-47
〜学校の先生〜
子どもの詩を紹介するnoteです。
🔹
学級担任と受け持ちの児童生徒。その関係が良くても悪くても、両者の記憶や意識の中に、ある物やある出来事が深く深く刻み込まれる場合があります。
いちねんせいのせんせい
ふるいちゃいろのえにっきで
やぶれていたよ
せんせいのいちねんせいのときの
えにっきだよ
ぺけぽんがいっぱいあるやんか
「おかあちゃん」が
「おだあちゃん」になってるやんか
らくがきもしてあったし
やりなおしのんもあったよ
ひひひ
わらってしまうわ
ぼくのほうがじがうまいとおもうな
ぼくのあらっぽいじもけされるけど
そのときぼくがいたら
きっとせんせいのじをけすよ
もっとよくみて ていねいに
ゆっくりかきなさいよ
せんせい
1年 しんすけ
しんすけ君は、あえてペケポン入りの日記を見せてくれた先生の心意気に触れ、好意的な印象を持ったようです。先生の至らない面も、救いになる場合があるのですね。
藤原先生のハサミ
ぼくのお道具箱に一つのハサミが入っている
このハサミは三年生から使っている
なぜ三年生からかというと
二年生の時の担任の先生が
二年生の終わりにみんなに一つずつ
自分の物をくばった
ぼくはそのときにこのハサミをもらったんだ
そのときはなぜ
みんなに自分の物を配るのか分からなかったし
ただ単純にハサミをもらったのが
うれしいとしか思っていなかった
でも三年生になって
先生が学校をやめたことを知った
その時はとてもショックだった
やめるならやめるって言ってよ!と
その時は思った
だけど今のぼくならなぜ先生が
一人一人に自分の物を配ったのか分かる
先生は先生をやめてしまうからだ
去年先生に手紙を書いたら
すぐに返事がきてすごくよろこんでくれた
「先生のことをもう忘れてるかな?と思ってたし
正直それでいいと思っていた
でもおぼえてくれていてうれしいです」と
先生
ぼくもみんなも先生のこと忘れないよ
そのしょうこに
ぼくはお道具箱のハサミを見るたびに
先生を思い出す
藤原先生は今までもこれからも
ずっと一生
ぼくの大切な先生です
6年 りゅう
自分の持ち物を受け持ったクラスの子ども達に配って、その後学校を辞める。これは、ただの転勤という意味ではないでしょう。りゅう君のいう通り、教員という職を辞めると言う意味。
この先生の身の回りに、ただ事ではない何かが起こった気がしてなりません。仕事を離れたプライベートな事なのか、それとも仕事に関わる重要な事案なのか。
ある理由によって、一度は歩み始めた道を歩めなくなった先生。りゅう君は、そのただ事で無い何かの実態は知らないものの、ただ事の無さには気づいたのでしょう。だから、ハサミからはその後も離れられないのです。
一度でも関わった人との記憶は、消えてしまったようで消えることはありません。学級担任の先生と児童生徒との関係なら、なおさらです。
とんでもない世界に身を置いてきたのだなと、元教師の私は、今更ながら背筋に悪寒が走ります。