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🍒いつもと違う夜

      〜子どもの詩512 Family-91

     お母さんはいつも台所のどこかにいて、話しかければ何かしらのリアクションを返してくれる。これが当たり前なんだという前提で、家族は日々を過ごします。
     もしもこの前提が崩れたとしたら   。
     Akiyama Uです。子どもの詩を紹介しています。
           🔹
       いつもとちがう
    お母さんが今日からいない
    明日手術をして
    二か月は帰ってこないんやて
    ぼくが外から帰った時
    いつもうるさくしていたのに
    だからたまには
    いなくてもいいのにと思ったほどなのに
    今日は
    だれもいない

    もう暗くなった
    お父さんもお姉ちゃんも
    まだ帰ってこない
    ふだんつけない電気までいっぱいつけて
    明るくしてみた
    テレビの声も大きくした
    でも明るくなった気がしない

    玄関のドアがあいて
    お姉ちゃんが帰ってきた
    「なんでこんなに電気つけてるの
    つけすぎ!」
    で消した
    テレビまで消した
    なのに
    お姉ちゃんが帰ってきたからか
    やっと家が明るくなった気がした

    明日から毎日こんなんかなあ
    早くお母さんが帰ってくればいいのに
    やっぱり
    家には  みんなが必要だ
         5年 じょうじ

     当たり前の前提が失われると、人はまるで、世界のルールがガラリと変わってしまったような感覚に陥ります。
     脳科学者は、理詰めでこう説明します。

    《刺激の遮断》
     当たり前の前提が失われると、「刺激の遮断」が起こります。脳がこれ以上のダメージを受けないよう、外部からの情報をシャットアウトしようとするからです。その結果、世界が遠く、暗く感じられます。

     お母さんの存在はある意味、神話世界の「天照大神(あまてらすおおみかみ)」と言えるのではないでしょうか。
     天岩戸(あまのいわと)が開き、一日でも早く、じょうじ君のもとへお母さんが帰ることを願うばかりです。
           🔷
     最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

     
     
    気がつけば、子どもの書く文章を収集する人生になっていました。職業柄とも言えますが、誰もがしていることではないので、やはり謎です。ただ一つ言えるのは、自分の体験し得なかった事やこれから起こる可能性の低い出来事を、子ども達が代わりに体験してくれている、そんな認識です。感謝です。

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