メインコンテンツへスキップ
見出し画像

🍒子どもの詩022 Hazard-2

      〜阪神淡路大震災〜

     子どもの詩を紹介するnoteです。
           🔹
     次にタイムカプセルから取り出すのは、阪神淡路大震災の詩です。
     3年生で被災し、親類を頼って他の市町へ避難する児童が大勢いました。避難先の小学校で書いた、1995年1月17日の記録です。

       二度と地震がきませんように
    「重い」と思って目がさめた
    頭の上に何かがのっかって動けない
    ふとんの中で体をギュッとまるめていた
    電気が消えて真っ暗になった
    長い間じっとしていた
    ふとんから出たらテレビが横にたおれていた
    弟のつくえがねていた足元にたおれていた
    重いと思ったのは本だなだった
    「だいじょうぶですかあ」
    外から人の声
    急な坂道のようにかたむいたゆかの上を
    歩いて外に出た
    「おじいちゃんがおらへんで」
    さがしてみたがいない
    大ぜいの人の間をさがした
    しばらくするとおじいちゃんがおりてきた
    「よかった」

    工事げん場へひなんした
    海の方を見ると長田区がもえていた
    私の長田区がもえていた

    一月三十一日
    学校が始まった
    来ている子が少ない
    ちりぢりばらばらになってしまった
    今 私は神戸から遠くはなれた所に来ている
         4年 まな  (1995年)

     まなちゃんのおじいちゃんが見つかって、良かったです。本当に良かった。
     次の作品は、2年生で被災した児童が、やはり避難先の学校で書いた詩です。地震で仲の良い友達を亡くしました。

       ともだちへ
    明石へ行ったしんぺいくん
    加古川に行った松本くん
    神戸にいるともなりくん
    また会いたいね
    死んでしまった新田くん
    ドッチボールのとき
    ぼくはきみにいっぱいボールを投げたね
    こわかったね じしん

    神戸で一人ぐらしのお父さん
    早くいっしょに住みたいな
    ぼくは元気だよ
    晴れている日は運動場でサッカーをするんだよ
    けんこうの森もあるんだよ
    漢字の点数はトップだよ
    友だちいっぱいだよ
         3年 ゆうき  (1995年)

     手紙形式の詩です。神戸のお父さんは、読んでくれたのでしょうか。明石や加古川や神戸の友達には読んでもらえたのでしょうか。天国の新田くんには、きっと届いたことでしょう。

     
     
    気がつけば、子どもの書く文章を収集する人生になっていました。職業柄とも言えますが、誰もがしていることではないので、やはり謎です。ただ一つ言えるのは、自分の体験し得なかった事やこれから起こる可能性の低い出来事を、子ども達が代わりに体験してくれている、そんな認識です。感謝です。

    あなたへのおすすめ