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第三章 「痕跡」

    横浜・本牧ふ頭。


    夕暮れが、海面を赤く染めていた。

    岸壁に立つ二人の男。

    潮風が吹き抜ける。

    「奥蟹の報告書、もう一度見せてくれ」

    マサは端末を取り出し、画面を差し出す。

    グランパは老眼鏡をかけ、黙って目を通す。

    「……やっぱりな」

    「何かありましたか?」

    「何もない、じゃなくて、何も見ていない」

    グランパは報告書を返し、岸壁をゆっくりと歩き始める。

    革ジャンの襟を立てる。潮風は冷たかった。

    マサは黙ってついていく。

    「もう一つ引っかかる」

    グランパは歩きながら、報告書の一行を思い返す。

    「陸自が突入した時間だ」

    「午前二時十五分……」

    「船が出たのはその三十分前だ」グランパの目が細くなる。

    「誰かが教えた」

    マサが息を呑む。

    「奥蟹が……」

    「あいつじゃない」グランパは即座に言う。

    「うっかり者だが、裏切る男じゃない」

    沈黙が落ちる。

    「俊夫か」マサが低く言った。

    グランパは答えない。

    ただ、足を止めることもなく歩き続けた。

    倉庫の裏手。

    人気のない岸壁の端。

    グランパが足を止めた。

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    膝をつく。

    指が、コンクリートの表面をゆっくりとなぞる。

    「これだ」

    マサが屈み込む。

    浅い溝。

    二本。

    間隔は約十五メートル。

    「ロープの跡ですか」

    「貨物船じゃない」グランパは立ち上がり、跡の角度を目で追う。

    「貨物船は係留金具を使う。これは直接コンクリートに擦った跡だ」

    「素材が違う」

    「マリン用のナイロンロープだ。高級クルーザーが使うタイプ」

    マサが眉をひそめる。

    「本牧ふ頭にプレジャーボートが来るのは異常ですよね」

    「ああ」グランパの目が細くなる。

    「ここは作業船と貨物船だけだ。プレジャーボートが入れば誰でも目につく」

    「なのに来た」

    「堂々とな」

    革ジャンのポケットに手を入れる。

    「追われる心配をしていない。そういう連中だ」

    二人は無言で立ち、海を見る。

    遠くでタンカーの汽笛が鳴る。

    「船籍を洗ってくれ」

    マサは既にスマートフォンを取り出していた。

    元別班の人脈。

    非公開の港湾データベース。

    画面を操作する指が止まらない。
    数分後——

    「一隻、引っかかりました」

    「普段の係留地は」

    「葉山マリーナです」

    グランパは無言で頷いた。

    「オーナーは都内の投資会社。表向きは実業家ですが——」

    「裏は組織の幹部だろう」

    二人の視線が、海の方角へ向く。

    「凛は海の上にいる」

    その言葉が、岸壁に低く響いた。

    風が強くなる。

    波の音だけが、二人の間に満ちていた。

    「行くか」

    グランパは革ジャンの襟を直し、歩き出した。

    その背中に、迷いはなかった。


    「本編の裏側を描く外伝、Talesにて毎日更新中です!」
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    表の顔は配達員、裏は非公式諜報員。 記憶喪失の男は甲賀忍者・武家・八咫烏の血を引き、女と闇に惹かれながら、 日本そして世界を舞台に国際人身売買組織と戦うインテリジェンスSFアクション。

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