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コラム風#9 『一瞬法師』

    6月最終日は、コラム風にしました。

    一瞬法師という物語を考えてたのですが、行き詰まりまして、行き詰まった時の最終手段は、コラム風です。
    コラム風は、物語の途中でも、なんなら、まったく構想しかなくても、こじつけられるのだ。

    そうです。今年に限っては、そして、この6か月間に関しては、無理矢理にでも毎日続けるというのが大事だったのです。

    6月になるまでは、行き詰まっても『マエセツシリーズ』なら、いつでも投入(投稿)できる。と考えてましたが、もうひとつ、行き詰まった時に置きに行けるパターンを見つけた。

    ひと月ごとにテーマを変えてるので、また7月からは、これまでと違ったテーマで投稿していきますが、もし今後『コラム風』や『マエセツ』が出てきたら

    行き詰まりサインだと思ってください。

    ということで、本日のコラム風。
    ちなみに、コラム風というのは、とある新聞の【一筆物語】という架空のコラムです。
    サイズ感(700文字程度)と『59歳 文筆業』という設定で続けてきました。

    下記の①②③は、同じ事を違ったパターンで作ってます。
    お好きなパターンでお楽しみください。

    ① コラム風の画像で読む

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    700文字ちょっとのサイズ感がいいですね

    ② コラム風に作ったPDFで読む

    ③ コラム風でもなんでもない横書きの文章で読む

    【一筆物語】
 一瞬法師
    昔話には、ヒントが沢山ある。人生を生き抜くヒント・・・ではなく、新たな物語のヒントである。例えば『一寸法師』は、老夫婦が「たとえ一寸ほどの小さな子でもいいから、子どもを授けてください」と祈った結果、神様が、バカ正直に一寸で誕生させるのだ。

    まず心配なのは、老夫婦のどちらが言い出したのかである。どちらにせよ「お前(あんた)が『一寸でもいいから』なんて言うからだ!」と、絶対に揉めるだろう。京の都に渡った一寸法師は、鬼に襲われた姫を助け、鬼が持っていた打ち出の小槌で大きくなって、姫と結ばれ幸せに暮らしたのは結果論であって、それでも、老夫婦は「ね、わたし(な、ワシ)が一寸って言ったからよ(だぞ)」と、また揉める。

    ということで、一寸法師があるなら【一瞬法師】も、どこかで昔話として存在してるのではないだろうか?老夫婦は「たとえ一瞬でもいいから、子どもを授けてください」と祈ったでしょう。そして、またまた神様がバカ正直に、一瞬だけ誕生させて、スグにフッと消えてしまうかと思ったら、八百万(やおよろず)の神々は、地球が誕生して46億年もの間、生き続けているため、そもそも人間とは一瞬の捉え方が違っていたのである。一瞬法師こそ人間誕生の物語だった。

    ただのダジャレかと思っていたら、もしかしてちょっと深い話?みたいになってしまったが、そもそもは、一寸と一瞬って、似てるよなぁ。から始まった。さて、この後、どう『コラム風』にまとめよう?

    私たちは、一生という大きなカタマリで、物事を捉えがちではないだろうか?人生とは、他愛のない一コマ一コマ、一瞬一瞬に他ならない。イライラした時にぐっと言葉を飲み込んだ一瞬、疲れているのに他人に席を譲った一瞬、あるいは「今日は、もういいよ」と、自分を許した一瞬。そんな積み重ねこそが、私たちの明日を、いや、一生を少しずつ変えていくではないだろうか。(59歳 文筆業)


    いやぁ、それにしても、よく半年続いたと思います。
    で、明日から、どうする?

     
     
    コメディアン 2026年は『365日はじめます』をはじめました。 1日1本脚本書きます………たぶん。 さぁ、始めましょう! 2011年WOWOWシナリオ大賞を受賞。 全国の銅像に話しかけて、お芝居をする【どうぞう と】も、はじめてます。

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