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誰かの日常をそっと見てればそれでいい

    最近インターネットで、いろんな鬱々としたことが多くて気が滅入る。

    わたしは、誰かの日常をそっと見ていて、時々飛び込んだり、声をかけたり、そんな世界がちょうどよくて好きだ。

    InstagramもnoteもTwitterも、全部おなじように、ぶらぶらと散歩しながら、ときどき立ち止まったり、写真を撮ったり、なにも考えずにぼーっとなにかを眺めてみたり。そういうのができれば、それでいい。

    散歩をするときに、なにか用事は済ませないし、目的も、目標もなにもない。ただ、ぶらぶらとしているだけ。

    そんなふうになにも考えずに、ぶらぶらとできたらいいのに、どこかで事件が起きていて騒がしい。外でのんびりできなくて、なにかしなきゃいけない気がして、うまく休むことができない。

    なんだかザワザワして、落ち着かない。


    それでも時間は流れていくし、地球は回っている。蝉の鳴き声も夏の日差しも、全部受け止めて感じていたい。季節は巡るけれど、いまここにいる、この世界は少しずつ変わっていく。それをうまく感じられないのは、なんだかもったいない気がしている。

    明日もいい日でありますように。7月の終わりに。








     
     
    時短で働く兼業主夫。鬱になって、ケアをもっと知りたい、社会の生きづらさを軽くしたい、と思うようになりました。福祉、多様性、読書、写真、育児、雑多なnoteです。

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