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noteを書くのは自分ひとりだけの時間

    昼間は、ほぼフルタイムで仕事をするようになって、夜は娘と赤子のことを見て、合間にプロボノのしごとをして。休日は買い出しに行ったり、地域の仕事をしたり、衣替えをしたり、一日中赤子のお世話をしたり。

    読みたい本はどんどん溜まっているし、テレビもろくにつけていないし、仕事の新しい知識もつけないといけないし。

    毎日は、文字通り、忙しく巡る。それなのに、なぜかこうしてnoteを書いている。

    この真っ白い画面を、文字で埋めていく作業は好きだ。頭の中から引き出したいことがなにかあるわけでもないし、特別なにか大事なことを書くわけでもない。それでも、自分の言葉をここに記しておきたいと思う。

    日々、新しいことがいっぱいあって、私も子どもも、一緒に毎日それを経験している。とても楽しくて、明るくて、眩しい。だけど、ときどき薄暗くて、少し重い、少しだけここではない遠くにいるような気分のなかで、湧き出てくる言葉やまだ言葉にならない感情に向き合って、それらが消えてしまわないうちに書き留めておきたい、と思う。

    そんなとき、自分ひとりだけの部屋が必要、といったヴァージニア・ウルフではないけれど、自分ひとりだけの時間が必要だ。

    私の家は狭くて、ひとりだけの部屋を持っているのは、娘だけだ。だから、家族がみんながいる空間のなかで、自分ひとりだけの時間を作っている。仕事でも家事でも育児でもない、そして特別な趣味でもない、この時間。

    いつも同じパソコンの画面に向かっていて、なんの時間かわからない、と妻には言われてしまったけれど、背中に書いておいたらいいのかもしれない。

    今はほんのすこしのあいだ、ひとりだけの時間。

     
     
    時短で働く兼業主夫。鬱になって、ケアをもっと知りたい、社会の生きづらさを軽くしたい、と思うようになりました。福祉、多様性、読書、写真、育児、雑多なnoteです。

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