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▷日本のことを、外国の人に教えてもらった話

    ヘッダーの写真は、キプロスのワイナリーのおじちゃんと娘さん。

    最初はジャケットにオシャレな肘当てをしているのかと思ったくらい、見事な擦り切れっぷりでした。

    この記事を書いていたら、また会いに行きたくなりました。

    チュニジアに行く時、世界史の教科書を買って読んでいきました。
    ハンニバルがいて、地中海があって、アフリカなのにムスリムで。
    そういう地理じゃん、と思って。

    現地のガイドはハムディーという人でした。
    ムハンマドが本名だけれど、「ムハンマドー」と呼ぶと、クラス中が振り返るから、ハムディーと呼ばれていたんですって笑
    ムスリムだけど、グッドムスリムだと言いながらワインを飲んでいました🍷

    どこかの資料館で、地中海の話をしてくれた時のこと。
    わたしはふんふん、と聞いていました。

    でも後から先輩が言ったんです。

    「ハムディーが、オヤシオ、クロシオ、マグロって言ってたよ」

    そこで初めて、あ、そうか、と思いました。
    チュニジアの地政学の話を、わたしたちには日本の海流になぞらえて話してくれていた。
    遠い国の、行ったこともない場所の海流の話で、日本の水産が豊かな理由まで語れる。

    しかもハムディーは、イタリア人にはイタリア語で話していました。
    4ヶ国語が話せるって言ってたっけな。
    おそらくイタリアになぞらえて説明していたんだと思います。

    その時、ハッとしました。
    わたしは、外国の人に、相手の国になぞらえて何かを説明できるだろうか。
    日本のことも、相手の国のことも。

    一応、国費留学生や、帰国子女がたくさんいる国立を出ています。
    そんな環境にいたのに、気がつけなかった。
    でも、旅先で初めて気がついた。
    わたしには、その意味での教養が、足りない。


    ケニアでは、マサイさんが英語で観光客を相手にしていました。
    先輩はしょんぼりしていました。自分は英語が話せないって。

    わたしはしょんぼりというより、ただただ、すごいなと思っていました。
    わたしたちより文明から閉ざされた環境にいるのに、英語を駆使して、目の前の人と話している。


    インドの空港で、帰りの便を待っていた時のこと。
    バーでビールを買おうとして、小銭が足りず。
    あたふたしていたら、後ろにいたスーツ姿のインド人男性がすっと来て、払ってくれました。

    いやいや払います、カードもあるし、と言ったら、彼はこう言いました。

    「インドはね、イヤな思いをして帰る人がたくさんいるから、いい思い出を残して帰って欲しい。また来て欲しい。」

    言えますか、そんなこと。
    咄嗟に、自分の国を背負ってそう言える人間に、わたしはなれているだろうか。


    ケープタウンの波止場で、ワインを飲んでいた夜。
    地元の人に日本から来たと言うと、こう言われました。

    「日本円って強いじゃん💪 パスポートもね。」

    その時はあまり刺さりませんでした。
    南アフリカもサイコーじゃん、動物もワインも景色も最高、変わらないよ、と思っていた。

    広島生まれのわたしには、どこで生まれたかで幸不幸が決まることへの、解せない気持ちがあります。
    世界はどこも平等であって欲しい、という気持ちが少なからずある。

    でも今思えば、強さに無自覚でいることと、平等を願うことは、別の話でした。
    “国の見え方”が、あの時からじわじわ変わっていったのかもしれない。


    3.11の翌年、ハワイ島に行きました。
    ドルフィンスイムで一緒になったヒロのおばさんが、津波の話をしてくれました。

    「日本も大変だったね。ヒロにも昔、Tsunamiが来てね。ミュージアムがあるよ」

    わたしは知らなかった。
    ヒロに、津波のミュージアムがあることも。
    自国の震災が、波になって届いた先のことも。

    「あの時、pray for Japanだったのよ」

    あー、って思いました。
    わたし、足りないな、って。


    最近、小泉進次郎さんのポッドキャストを聴くことがあります。
    報道で見る姿と、話している姿が、全然違う。

    農水大臣の時は農水省の人たちへの感謝、防衛大臣の今は自衛隊の人たちへの感謝を、いつも口にしている。そしてそれが、あまり演出に見えない。

    人となりが見えると、見方は変わるものだなと思いました。

    そのポッドキャストで聴いた話。
    お父さんの純一郎さんが、こう言ったそうです。

    「日本にいるだけじゃ、日本の良さはわからないぞ」

    日本のことも、人のことも、外から見たときに初めて気づくことがある。

    肩書きやラベルだけでは、その人は見えません。
    政治家でも、二世でも、評価でも批判でもなくて、その先にちゃんと一人の人がいる。

    それは旅先でも同じでした。
    表面だけ見ていると、見えないものがある。


    ハムディーは、自分の国の文化を、相手の国になぞらえて伝えていました。
    日本人にしか教えられないことがある。でもその前に、自分がちゃんとできているか。
    お箸をちゃんと持てているか。お茶碗を持てているか。肘をつかないで、足を組まないで。

    外国人のマナーが、と言う前に。
    おもてなしの国、と言う前に。

    そう、自問自答するようになりました。

    旅をすると、気づかせてもらえる。いつも旅先の人たちに。


    パリの地下鉄で、夫がスーツケースとベビーカーを抱えて階段を登ろうとしていた時、ガタイのいい男性がヒョイっとスーツケースを持ってくれました。最初、取られると思いました笑

    ソウルでは、ガイドブックを地図と見比べてくるくる回していたら、韓国人のお兄さんが「Can I help you?」と声をかけてくれました。

    そういう、名前も知らない一瞬の親切がずっと残っています。


    旅をすると、日本にいるだけでは見えないことが見えてきます。
    そして同時に、日本のことも、自分のことも少しずつ見え方が変わっていきます。

    わたしは旅が好きです。
    アサイーボウルも食べるし、キレイな海を見て「わー!」ともなります。
    温泉でただ「あー!」ってなる楽しさも、全部好きです。

    ただ、何年経っても覚えているのは、そういう景色よりも人です。


    旅先で出会った人たちに、たくさんのものをもらってきました。
    だから今度は、自分も何かを返せる人でいたいと思うようになりました。

    居酒屋で注文に困っている外国人がいたら話しかけるし、
    道で迷っている人がいたら手伝います。

    それは立派なことではなくて、
    旅先で自分がしてもらってうれしかったことを、そのまま返しているだけです。

    しかもそれをやると、わたしも楽しい。
    日本にいながら、旅の続きみたいになるから。


    だからわたしはまた旅をしたいと思います。
    子どもたちとも一緒に行きたい。

    キラキラした景色も好きだけれど、
    わたしが見たいのはたぶんその先にいる人たちです。

    そして、行きたい場所に行けるように、外貨を稼ぐ。
    円が弱くなっている今、旅を続けるにはそういう感覚も必要だから。

    旅を続けるためにというより、
    もう一度あの感覚に出会いに行くために。

     
     
     
    国立大芸術系卒、なのに元製薬。 米国株・オプションで増やしたお金を、旅と暮らしにあてる記録です。 数字と根拠は大好きですが、最後は直感を信じる派。 人生の振れ幅を楽しみながら、「投資の出口」の話を綴ります。 ▶︎投資の思考 / ▷暮らしの出口

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