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誰かのプレイリストで踊らないで

    日常的にリズムにのるのが好きだ。踊ろうとしてリズムにのるのではなく、スーパーのBGMのリズムと歩幅を合わせてみたり、イヤホンの音楽に合わせてランニングマシンで走ったり。

    特に、どんな曲でも、サビの盛り上がりと歩幅が合うときが最高だ。スーパーで牛乳を持ちながら「これは人生のサビか…?」とドキドキする。ヘトヘトになってランニングしているときでも、ほんの少し視線を上げて、あと1分だけ走れる気がしてくる。

    昔、親が運転する車の後部座席に座りながら、電柱が横を通りすぎるタイミングで脚先を動かしていた。そのリズムが、車内で流れる音楽のリズムと合うと、なんだか嬉しかった。

    子どもながらに、外の世界に馴染めないことに引け目を感じていたため、ちょっとでも外界とリズムが合うと安心したのかもしれない。

    音楽におけるリズムとはなんだろう、と考える。「リズム」と調べるとWikipediaには「周期的にくり返される運動」とある。分かるようで分からない。

    もしかしたらリズムとは、「連続性を予感できるもの」といえるかもしれない。音楽のリズムも、生活のリズムも、一定の「ある」と「ない」がくり返されながら、この先を予感させている。

    音が鳴る部分だけが「ある」のではなく、無音の部分も無音が「ある」と捉えると、太鼓のリズムも、私の脚先のリズムも、寝て起きて繰り返す生活のリズムも、すべて時間の上の飛び石のように思えてくる。

    人生が私だけのプレイリストだとしたら、私だけのリズムを奏でたいものだ。誰かのプレイリストで踊るのではなく、私だけのプレイリストで踊り狂う人生の方が向いてそうだから。


     
    よそ見している瞬間に見えた世界をイラストと共に。 エッセイの執筆ご依頼はメールへ : lr8@outlook.jp

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