
22歳の誠司㊱ エピローグ バーセイの夜
「……で、その桜子さんって人、その後どうなったの」
誠司が話し終えた時、時計は夜中の一時を過ぎていた。
ナナはバーボンバックの入ったグラスを両手で包み込んだまま、動かさない。氷はすっかり溶け、ガラスの表面を水滴が静かに滑り落ちていた。
「分からない」
誠司はソファーから身を起こした。
「執行猶予がついたとも、実刑になったとも聞いた。だが、それきり俺の前には現れていない」
「分からないまま、なんだ」
「ああ」
ただ、と誠司は小さく息を吐いた。
「また、どこかで会う気がしている。ずっと」
ナナは何も言わなかった。
ただ、カウンターの木目をじっと見つめていた。
その横顔が、いつになく小さく、そして酷く脆いもののように見えた。
いつもはバーの灯りの下で強がっている彼女が、今夜はまるで、夜の暗闇に怯える迷子のように見える。
「ねえ、誠司」
ナナが、グラスを見つめたまま、ぽつりと言った。
「その時の桜子さん……今の私に、似てる?」
少しだけ間を置いた。
そして、まっすぐにナナの瞳を見て、言った。
「似てない」
「……どこが」
「桜子は最後まで、悲しい顔を見せなかった」
お前は今、そんなに泣きそうな顔をしているのに。
その言葉は、口には出さなかった。
ナナの指先が、ピタリと止まった。
彼女は驚いたように目を見開き、それから、自分の張り詰めていた肩の力がふっと抜けていくのを隠すように、視線を落とした。
「……何それ。私の顔、そんなに安っぽく見える?」
「さあな」
俺は磨き終えたグラスを棚に戻し、エプロンを外した。
有無を言わさない、いつもの動きで。
「帰るよ。送る」
「いい。一人で帰れる」
「よくない。もうこんな時間だ」
ナナは少しだけ唇を尖らせたが、それ以上は逆らわずに立ち上がった。
薄手のコートを羽織り、扉の前で一度だけ振り返る。
その瞳には、さっきまでの怯えは消え、いつもの少し生意気な光が戻っていた。
「また聞かせてね。続き」
「続きはない」
「嘘」
ナナは少し笑った。
「誠司、まだ気付いてないだけでしょ」
「何を」
「ずっと見てた人のこと」
俺は何も答えなかった。
答えられなかった、の方が正しいのかもしれない。
ただ店の鍵を閉めた。
ドアを開けると、夜の空気が、驚くほど冷たかった。
あの三月の終わりの、歌舞伎町の夜の匂いが、一瞬だけ鼻腔をかすめたような気がした。
俺が隣を歩き出す。
ナナはそれ以上何も言わず、ただ、俺の歩幅に合わせるようにして静かに足音を響かせた。
何も言わずに、ただ隣にいる。
今は、それでよかった。
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