京都言葉物語:第1話 太秦、先斗町、化野――なぜ京都の地名は読めないのか
京都を歩いていると、ふと不思議な名前に出会います。
「太秦」……これを、初めて見て「うずまさ」と読める人は、いったいどれくらいいるでしょう。「先斗町」「化野」「帷子ノ辻」「物集女」
読めない。でも、京都では、それが普通に地名として使われています。
いったい、なぜでしょう。
この「京都言葉物語」では、めっちゃ京都に詳しい、京都生まれ、京都育ちのかわいい沙月(さつき)さんが先生として登場します。沙月先生は黒板に一つの名前を書きます。そして、「さあ、読んでみてください」と問いかけます。答えが分かったところで終わりではありません。なぜ、そんな読み方をするのか。いつからその名前があるのか。そこには、どんな人々が暮らしていたのか。一つの難読漢字の向こう側には、京都の長い歴史が眠っています。さあ、今日も黒板の文字から、千年の京都へ入ってみましょう。
沙月先生は黒板の前に立った。
白いチョークで、大きく二文字を書く。
「太秦」

「さて、みなさん。これ、読めますか?」
私は少し考えた。
太い、秦。普通に音読みすれば「たいしん」でしょうか。
沙月先生は笑った。
「違います。京都では、うずまさです」
……うずまさ。
なぜ、そう読むのでしょう。

沙月先生は黒板の横に、小さく「秦氏」と書いた。
「太秦は、古代の渡来系氏族である秦氏との深い関係が知られている場所です。秦氏はこの地域を拠点とし、灌漑や養蚕、機織などにも関わったとされています」

なるほど。地名は、ただの住所ではない。
そこにいた人々の歴史まで、漢字の中に残しているのです。
沙月先生は、次の文字を書いた。
「先斗町」
「これは?」
私は、もう少し慎重になった。
「せんとちょう……?」
「残念!」
沙月先生が大きく丸を描く。
ぽんとちょう。
「この『先斗』がなぜ『ぽんと』なのかについては、いくつかの説があります。ポルトガル語の ponto に由来するという説もありますが、確定しているわけではありません」
なんとも京都らしい。
読めない。
しかも、その理由まで一つに決まっていない。
ところが歴史をたどると、先斗町の町並みは江戸時代に形づくられていき、のちに花街として発展していきます。

沙月先生は、また黒板に書いた。
「化野」
「これは『ばけの』ではありません」
私は思わず笑った。
「あだしのです」
化野は嵯峨鳥居本にあり、化野念仏寺でも知られています。そして、この「野」という場所は、古くから葬送地として知られてきました。

沙月先生はチョークを置いた。
「どうです?」
最初は、ただの読めない漢字でした。
でも、太秦――秦氏の歴史。
先斗町――町の成立と花街の歴史。
化野――古代から続く葬送の記憶。
こうして見てみると、地名とは不思議なものです。
読めないからこそ、その謎を追いかけたくなる。
そして、その謎の先には、人々の暮らしや、土地の姿や、遠い時代の記憶が待っています。

沙月先生は黒板を見つめて言った。
「京都の難読地名は、読みにくいのではありません」
一呼吸置いて、
「長い歴史が、短い名前の中に詰まりすぎているのです」
黒板には、三つの名前が残っていた。
太秦、先斗町、化野
私は、もう最初のようには見られなかった。
読めない漢字ではない。
これは――京都から届いた、三つの小さな歴史書なのだ。
(つづく)
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