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『人新世の「資本論」』批判

         『人新世の「資本論」』批判

          ―その論に潜む間違い―

     
     はじめに
    2020年に発売された斎藤幸平さんの著書『人新世の「資本論」』は、大ヒットしました。2026年5月現在、その発行部数は57万部を越えたと言われています。マルクス主義に関する本が、このような大ヒットをしたことに驚きます。マルクス主義への関心・期待がまだ根強く残っていたということだと思います。
    『人新世の「資本論」』は、誰も知らなかったマルクスを教えてくれました。それは、晩年のマルクスです。晩年のマルクスは、研究に没頭しています。そして、「理論的大転換をした」と『人新世の「資本論」』は言います。このマルクスの理論的大転換はとても重要で、この理論的大転換の中に、今日の環境危機の乗り越え方や格差のない未来社会への道筋が示唆されているというのです。この、マルクスへの新しい視点が、読者に未来への展望を与えるのだと思います。
    ところが、その一方で、この本を読んで「何かが違う」と違和感を持たれた方も多いのではないかと思います。その理由は、この本に書いてあるマルクス主義の内容が、マルクス主義の一般的な解説書に書いてある内容と大きく違っているからです。率直に言って、『人新世の「資本論」』はマルクスの歴史観を間違って捉えています。
    さて、今回、私は―『人新世の「資本論」』批判―というタイトルの本を書きました。この本は、『人新世の「資本論」』のマルクス主義の捉え方の間違いを指摘しています。その上で、「マルクス主義そのものにも間違いがある」と論じています。『人新世の「資本論」』は、「若い頃のマルクスは間違っていた。しかし、晩年のマルクスは正しい」と論じます。しかし、若い頃のマルクスだけではなく、晩年のマルクスもまた間違っているのです。
    それでは今から、それらの間違いを明らかにしながら、『人新世の「資本論」』が展望する未来社会とは全く違う未来社会を論じたいと思います。

     
    目次
    はじめに
    第1章 『人新世の「資本論」』の間違い(歴史編)

    第1節 その間違いがよく分かる文章
    第2節 「進歩史観」と「唯物史観」の関係の整理

    第3節 マルクスの「唯物史観」
    第4節 晩年のマルクスは理論的大転換をしたのか?
    第5節 マルクスその人への誤解

    第2章 マルクス歴史観の間違い
     第1節 原始社会を含めた歴史観
     第2節 大きな歴史の流れの弁証法的発展
     第3節 原始社会が抱えていた矛盾
     第4節 原始社会が抱えていた矛盾の止揚
     第5節 マルクス「唯物史観」の間違い

    第3章 人間の意識の考察 
    第1節 意識の原点
     第2節 五感の進化による意識の進化
     第3節 言葉による意識の進化
     第4節 なぜ人間は言葉を使えるのか?
     第5節 二重化した意識の性質と本質
    第4章 新しい歴史観
     第1節 戦争がなかった原始社会
     第2節 支配欲と支配者
     第3節 原始社会崩壊の歴史的意義
    第5章 お金の誕生
     第1節 お金の誕生、その考察方法
     第2節 交換価値から貨幣価値へ、そして、お金の誕生
     第3節 欲望の経済
    第6章 マルクス『資本論』の間違い
     第1節 労働価値説の考察
     第2節 マルクス貨幣論の考察
     第3節 マルクスが間違った理由
    第7章 新しい経済
     第1節 お金の分かち合い
     第2節 お金の分かち合いの第一歩
     第3節 お金を分ち合う思想
     第4節 政府によるお金の分かち合い
     第5節 新しい売り買い
    第8章 『人新世の「資本論」』の間違い(経済編)
     第1節 「使用価値と価値の対立」について
     第2節 マルクスの間違いを継承した『人新世の「資本論」』
    第9章 未来経済への道筋
     第1節 生産手段の私的所有の廃止は必要か?
     第2節 革新政党と国民による経済変革
     第3節 労働者の公務員化と企業の公営化
     第4節 安定した未来経済
    第10章 共同性の高い段階での復活
     第1節 原始的共同性の高い段階での復活
     第2節 思想的共同性の高い段階での復活
    最後に





    第1章 『人新世の「資本論」』の間違い(歴史編)
    第1節 その間違いがよく分かる文章
    斎藤幸平さんの著書『人新世の「資本論」』は、大ヒットしました。そして、たくさんの人に晩年のマルクスを教え、たくさんの人がそこに「マルクス主義の復活」を見たと思います。しかし、この本には大きな間違いが潜んでいます。よく読むと、マルクスの歴史観を間違って捉えているのです。それでは、その間違いがとてもよくわかる文章を引用するところから始めたいと思います。

    ―『人新世の「資本論」』より―
    端的にいえば、「資本主義がもたらす近代化が、最終的には人類の解放をもたらす」とマルクスが楽観的に考えていた・・・資本主義は、競争によってイノベーションを引き起こし、生産力をあげてくれる。この生産力の上昇が、将来の社会で、みなが豊かで、自由な生活を送るための条件を準備してくれるというわけだ。こうした考え方を「進歩史観」と呼ぼう。世間に普及している理解によれば、マルクスは典型的な「進歩史観」の思想家である。
    (『人新世の「資本論」』第4章―進歩史観の特徴―より)

    このように、『人新世の「資本論」』は、「マルクスは典型的な『進歩史観』の思想家である」と言っています。「マルクスの歴史観は進歩史観」だということです。
    ところが、マルクスの歴史観は「進歩史観」ではありません。マルクスの歴史観は「唯物史観」です。
    それでは次に、マルクス歴史観が「進歩史観」ではなく「唯物史観」であるということを明らかにしていきたいと思います。

    第2節 「進歩史観」と「唯物史観」の関係の整理
    マルクスの歴史観が「進歩史観」ではく「唯物史観」であるということを明らかにするために、「進歩史観」と「唯物史観」の関係を整理することから始めたいと思います。
    「進歩史観」は「人間の歴史は、より良い方向へ直線的に進む」という歴史観です。
    それに対し、「唯物史観」は「人間の歴史は、弁証法的に進む」という歴史観です。
    「進歩史観」と「唯物史観」は、大きく違っています。
    さて、「唯物史観」は、マルクスが打ち立てた歴史観です。マルクスは、自分の歴史観を「唯物史観」として打ち立てました。
    ところが、マルクスが亡くなった後、マルクスの「唯物史観』を「進歩史観」の枠の中に取り込もうとする学者が現れます。
    ここで、「進歩史観」について少し考察を深めておきたいと思います。
    「人間の歴史は、より良い方向へ直線的に進む」という「進歩史観」は、18世紀の啓蒙思想の展開と共にしっかりと確立されていきました。そして、いろいろな「進歩史観」が生まれました。啓蒙主義から生まれた「進歩史観」があります。さらに、ヘーゲルの歴史観も「進歩史観」です。また、ホイッグ史観も「進歩史観」の一種です。「進歩史観」には、たくさんのバリエーションがあります。
    そして、この「進歩史観」の枠の中に「唯物史観」を入れて、「唯物史観」を「進歩史観」の一つとして捉える考え方が生まれたのです。
    その考え方は、第二インターナショナル(1889~1914年)が結成されたころに始まっています。そして、その考え方が定着するのが1940~1960年代頃だと言われています。
    当時、ソ連や各国共産党系の教科書で、マルクスの「唯物史観」が<原始共産制→奴隷制→封建制→資本主義→共産主義社会>という図式に整理されて提示されるようになりました。そして、この図式に歴史の進歩を見て、マルクスの「唯物史観」を「進歩史観」の枠の中に入れて捉える考え方が生まれたのです。
    そして、そのときから、マルクス主義の歴史観に二つの流れが生まれました。マルクスの「唯物史観」をそのまま「唯物史観」として捉える流れと、マルクスの「唯物史観」を「進歩史観」の枠の中に入れて捉える流れです。


    もちろん、現在の日本では、マルクス主義の歴史観は「唯物史観」として一般的に捉えられています。
    さて、ここで重要なのは、マルクス自身の歴史観は「唯物史観」だということです。「唯物史観」を「進歩史観」の中に取り込んで理解する流れは、マルクスが亡くなった後に生まれています。だから、マルクス自身の歴史観は「唯物史観」なのです。
    ところが、『人新世の「資本論」』は、マルクス自身の歴史観を「進歩史観」と言います。

    -『人新世の「資本論」』より―
    マルクスは典型的な「進歩史観」の思想家である。


    この捉え方は、明らかに間違っています。
    さて、マルクスの歴史観を「進歩史観」と捉える間違いが、どれくらい大きな間違いであるのかということを明らかにするために、次に、マルクスの「唯物史観」について述べたいと思います。

    第3節 マルクスの「唯物史観」
    マルクスの歴史観を「唯物史観」と捉えないで「進歩史観」と捉えることが、どれくらい大きな間違いであるのかということを明らかにするために、マルクスの「唯物史観」をザックリとまとめてみます。

    ―マルクス歴史観(唯物史観)―
    人間の歴史は、階級闘争の歴史である。支配する階級と支配される階級とのたたかいの歴史である。その上で、社会の土台は経済である。誰が生産手段を所有し、誰がどのように働き、作った生産物をどのように分配しているのかという経済が社会の土台となっている。そして、その経済が、社会の文化や政治を大きく規定している。

    だから、社会変革は、社会の土台である経済の変革から始まる。
    さて、階級社会の中では、支配者が生産手段を所有し、支配された人間を働かせてきた。たとえば、奴隷制社会では奴隷主が生産手段を所有し、人間を奴隷として働かせていた。ところが、そのような生産関係では、もうそれ以上、生産力は発展しないというところに行き着いた。人間を奴隷として働かせるというやり方では、もうそれ以上生産力が発展しなくなったのだ。そして、「生産力の発展」と「生産関係」が矛盾し、その矛盾を止揚するために奴隷主と奴隷の階級対立が激しくなり階級闘争が起こった。そして、その階級闘争が原動力となって社会変革が始まった。つまり、歴史の原動力は階級闘争である。
    次に来たのは、封建制社会だった。封建制社会では、封建領主が生産手段である土地を所有し、人間を農奴として土地に縛りつけて働かせていた。そして、生産力は発展した。ところが、やがて、ここでも同じことが起こった。人間を農奴として働かせるというやり方では、もうそれ以上生産力が発展しなくなった。「生産力の発展」と「生産関係」が矛盾するようになったのだ。そして、その矛盾を止揚するために、封建領主と農奴の対立が激しくなり階級闘争が起こった。そして、その階級闘争が原動力となって社会変革が始まった。つまり、歴史の原動力は階級闘争である。
    次に来たのは資本主義社会だった。資本主義社会になると、生産力が急速に発展した。ところが、ここでも同じことが起こる。資本家が生産手段を所有し、人間を労働者として働かせるというやり方では、生産力がもうそれ以上発展しないというところに行き着く。そして、「生産力の発展」と「生産関係」が矛盾し、その矛盾を止揚するために資本家と労働者の対立が激しくなり階級闘争が起こる。そして、その階級闘争が原動力となって社会変革が始まる。つまり、歴史の原動力は階級闘争である。

    以上、マルクスの歴史観である「唯物史観」をザックリとまとめました。
    このまとめにあるように、「唯物史観」は「人間の歴史は、生まれた矛盾を止揚してより高い段階に進む」という「弁証法的な考え方」で貫かれています。つまり、「弁証法的な考え方」は、「唯物史観」の核心であり、マルクス歴史観の核心なのです。
    ところが、「人間の歴史は直線的に進む」という「進歩史観」は、「弁証法的な考え方」を受け付けません。「直線的に進む」という考え方と「弁証法的に進む」という考え方が、余りにも違っているからです。だから、「進歩史観」の枠の中に「唯物史観」を入れたとき、「唯物史観」の核心である「弁証法的な考え方」が消えてしまいます。

    マルクス主義の歴史観を「進歩史観」と捉えたとき、そこには、マルクス歴史観の核心である「弁証法的な考え方」が消えてしまい見えなくなるのです。
    だから、『人新世の「資本論」』が「マルクスの歴史観は進歩史観である」というとき、それは「弁証法的な考え方」が消えてしまったマルクス歴史観なのです。
    『人新世の「資本論」』は、マルクス歴史観から「弁証法的な考え方」を消すという決定的な間違いをしています。
    さて、ここで、『人新世の「資本論」』から次の文を引用します。

    ―『人新世の資本論』より―
    マルクス主義の進歩史観によれば、生産力の発展こそが人類の歴史を前に進める原動力である。(
    『人新世の「資本論」』第4章―進歩史観の揺らぎーより)


    ここでは、「生産力の発展こそが人類の歴史を前に進める原動力である」と書かれてあります。「歴史の原動力は生産力の発展である」ということです。ところが、マルクス「唯物史観」は、「歴史の原動力は階級闘争」と論じます。「生まれた矛盾を階級闘争が止揚して進む」という「弁証法的な考え方」で論じられています。
    つまり、『人新世の資本論』には、この「弁証法的な考え方」が消えているのです。「生まれた矛盾を止揚して進む」という「弁証法的な考え方」が消えて見えなくなっています。

    第4節 晩年のマルクスは理論的大転換をしたのか?
    『人新世の「資本論」』が画期的だったのは、晩年のマルクスに光を当てたことです。そして、晩年のマルクスが、資本主義的生産による環境破壊の問題に深い関心を持っていたことを教えてくれたことです。
    さて、『人新世の「資本論」』は、晩年のマルクスが理論的大転換をしたと言います。資本主義的生産が自然環境を激しく破壊していることを知った晩年のマルクスが、そこで自分の考え方を変えたというのです。
    それまで、「生産力の発展が人間の歴史をより良い方向へ推し進める」とか「生産力の発展が人間を幸福にする」という「進歩史観」を持っていたマルクスが、その「進歩史観」を捨て、生産力の発展を絶対視しない、自然と共に生きる生産を考えるようになったということです。そして、マルクスの歴史観は、「脱成長コミュニズム」という言葉で表現される社会を構想するようになったと『人新世の「資本論」』は言います。
    「脱成長コミュニズム」というのは、『人新世の「資本論」』が提唱している新しい社会モデルです。環境破壊と格差を生む成長経済から降りて、別の豊かさを目指すというコミュニズム的な構想です。『人新世の「資本論」』は、「進歩史観」を捨てた晩年のマルクスが、この領域にまで達していたと捉えます。
    しかし、マルクスの歴史観は「唯物史観」です。決して、「進歩史観」ではありません。だから、晩年のマルクスが「進歩史観」を捨てたという事実はありません。持っていないものを捨てることはできないからです。「晩年のマルクスが『進歩史観』を捨てて理論的大転換をした」という捉え方は明らかに間違っているのです。
    もちろん、晩年のマルクスが、環境破壊の問題や原始的共同体の研究を行って、「唯物史観」を再検討していたのは事実だと思います。しかし、それが、理論的大転換につながったとは考えられません。なぜなら、晩年のマルクスは、理論的大転換が分かるような本や論文を全く書いていないからです。もし、晩年のマルクスが理論的大転換をしているのであれば、それは本や論文として残されているはずです。しかし、そのような本や論文がないということは、晩年のマルクスは理論的大転換をしていないということになります。
    『人新世の「資本論」』は、晩年のマルクスが残した膨大な研究資料や研究ノートに、晩年のマルクスの理論的大転換を見ます。しかし、私たちは、晩年のマルクスが残した膨大な量の研究資料や研究ノートに、晩年のマルクスの理論的・思想的苦闘を見なくてはいけないと思います。

    第5節 マルクスその人への誤解
    『人新世の「資本論」』は、晩年のマルクスが「理論的大転換」をしたと論じます。「進歩史観」から「脱成長コミュニズム」への「理論的大転換」です。
    さて、『人新世の「資本論」』は、晩年のマルクスの「理論的大転換」をより説得力を持って説明するために、「若い頃のマルクスは進歩史観だった」ということを何度も強調します。そして、その中で、次のような文章が出てきます。

    ―『人新世の「資本論」』より―
    まだ若かった当時のマルクスは、資本主義が早晩、経済恐慌をきっかけとした社会主義革命によって乗り越えられると楽観論を抱いていた。資本主義の発展は生産力の上昇と過剰生産恐慌によって革命を準備してくれる。だから、社会主義を打ち立てるために、資本主義のもとで生産力をどんどん発達させる必要があると考えていた節がある。(第4章「生産力至上主義者としての若きマルクス」より)
    ※アンダーラインは筆者が引きました。

    ここには、若い頃のマルクスが、「社会主義革命を楽観視していた」と書かれてあります。「近いうちに資本主義社会に経済恐慌が起こり、それをきっかけにして社会主義革命が起こる」と、楽観的に考えていたということです。そして、それは、大きくは当たっていると思います。「若い頃のマルクスは社会主義革命を楽観視していた」と捉えることは出来ると思います。
    ところが、その後の言葉が明らかに間違っています。そして、それはマルクスその人に対する誤解です。
    筆者がアンダーラインを引いた「(マルクスは)資本主義のもとで生産力をどんどん発達させる必要があると考えていた節がある」というこの言葉は、明らかにマルクスその人に対する誤解です。マルクスが、そのような考えを持ったことは絶対にありません。なぜなら、マルクスは、資本主義社会における生産力の発達に対し、深い人間的な怒りを持っていたからです。
    マルクスは、資本主義社会が労働者にすさまじい犠牲を強いて生産力を発達させていく様をしっかりと見ていました。つまり、資本主義社会の生産力の発達は、労働者の犠牲の上に成り立つ生産力の発達でした。だから、マルクスは、資本主義的な生産力の発達に対して深い人間的な怒りを持ち、資本主義的な生産力の発達を激しく批判していたのです。そして、その批判を徹底するために『資本論』を書きました。そのようなマルクスが、「資本主義のもとで生産力をどんどん発達させる必要がある」と考えたら、マルクスの中で自己矛盾が起きてしまいます。マルクスが、「資本主義のもとで生産力をどんどん発達させる必要がある」と考えたことは絶対にありません。
    マルクスにとって、資本主義社会で経済恐慌が起こることは歴史的必然でした。どこまでも利益を追求し労働者を犠牲にしてやまない資本主義社会が、過剰生産におちいり、過剰生産恐慌を招くことは資本主義社会の宿命なのです。つまり、資本主義社会は放っておいても次々と生産力を発達させるのです。それが資本主義社会なのです。だから、社会主義革命のために「資本主義のもとで生産力をどんどん発達させる必要がある」とマルクスが考えることはなかったのです。『人新世の「資本論」』は、マルクスその人を誤解しています。

    以上、第1章では、「マルクス歴史観」を「進歩史観」と捉える『人新世の「資本論」』の間違いを指摘しました。「マルクス歴史観」は「進歩史観」ではなく「唯物史観」です。


     
    第2章 マルクス歴史観の間違い
    第1章では、『人新世の「資本論」』が「マルクス歴史観」を「進歩史観」と捉えている間違いを指摘しました。さて、次は、「マルクス歴史観」そのものが間違っていることを論じていきたいと思きます。

    第1節 原始社会を含めた歴史

    マルクスは、人間の歴史を<奴隷制社会→封建制社会→資本主義社会>と移り変わってきた歴史だと捉えました。それは、人間が人間を支配する階級社会の歴史でもあります。そして、その社会の移り変わりを唯物史観に基づいて論じ、資本主義社会の次に、階級のない共産主義社会が来ると論じました。


    さて、マルクスが40歳のころ、ダーウィンの著書『種の起源』(1859年)が出版されました。すると、そのことによって生物の進化論が広がり、その進化論が人間社会にも適用されるようになっていきました。つまり、人間の社会にも、「原始社会」という歴史的段階があったということが認識されるようになっていったのです。
    そして、原始社会が階級のない無階級社会であったことが分かったとき、そこに、新たな歴史の流れが見えてきました。それは、<原始社会(低い段階の無階級社会)→階級社会→未来社会(高い段階の無階級社会)>という大きな歴史の流れです。
    人間の社会は、原始社会という文明をもたない低い段階の無階級社会から、<奴隷制→封建制→資本主義>という階級社会を通って、文明が高度に発達した高い段階の無階級社会である未来社会へと進んでいます。



    マルクスの中でも、きっと、このような大きな歴史の流れが見えていたのだと思います。しかし、マルクスが生きた時代は、原始社会のことがよく分かっていませんでした。だから、この大きな歴史の流れを論じることはとても困難でした。この大きな流れを論じようとしても、原始社会がどのような矛盾を抱えていたのかを見つけることができなかったからです。

    第2節 大きな歴史の流れの弁証法的発展
    私たち現代人は、マルクスが生きた時代とは違って、原始社会についてかなり詳しく知ることができます。だから、原始社会が抱えていた矛盾を明らかにすることができます。そして、<原始社会→階級社会→未来社会>という大きな歴史の流れを弁証法的歴史観で論じることができます。
    低い段階の無階級社会である原始社会は、矛盾を抱えていたのです。そして、その矛盾を止揚するために階級社会へと進みました。つまり、階級社会は原始社会の中にあった矛盾を止揚している社会です。そして、高い段階の無階級社会である未来社会へと進んでいます。

    それでは、次に、原始社会への考察を深め、原始社会が抱えていた矛盾を明らかにいていきたいと思います。

    第3節 原始社会が抱えていた矛盾
    1、原始社会の時間的長さ

    原始社会への考察を深めるために、まず、原始社会の時間的な長さを捉えておきたいと思います。
    原始社会とは、動物界から飛躍した人間がつくった人間独自の社会です。遠い昔、動物界から飛躍した人間は、他の動物とは全く違う、原始社会という人間独自の社会をつくりました。そして、その原始社会は、約30万年前にはもう始まっていたと捉えることができます。なぜなら、私たちの祖先は、約30万年前にはもうこの地球上に存在していたからです。
    私たちは、ホモ・サピエンスと呼ばれる種の人類です。私たちホモ・サピエンスは、約30万年前のアフリカに姿を現しました。そして、そのとき、脳の大きさは約1400CCありました。それは、私たち現代人とほぼ同じ大きさです。つまり、当時の祖先も、私たち現代人とほぼ同じ知的能力を持っていたと考察できます。
    したがって、原始社会の時間的長さは、約30万年以上だと捉えることができます。
    さて、原始社会には、人間が人間を支配する階級はありませんでした。原始社会は、人間が人間を支配したという階級の痕跡を残していません。もし支配者がいたら、支配者の権力を誇示した痕跡が残っているはずです。特別な墓とか、建物とか、装飾品とか・・・。ところが、原始社会からは、そのようなものは見つかりません。そこは、階級のない無階級社会だったのです。
    その上で、人間が人間を支配する階級社会が始まったのは、早い地域で今から約1万年前です。つまり、原始社会の約30万年という時間の長さに対し、階級社会はわずか1万年です。だから、人間の歴史のそのほとんどは原始社会なのです。


    2、原始社会に文明が生まれなった理由

    原始社会は、約30万年以上も続いた社会です。そして、原始社会を生きた人間も階級社会を生きた人間も、脳の大きさはほぼ同じです。ところが、約30万年以上も続いた原始社会には文明が生まれませんでした。文明は、階級社会に入ってから突然生まれ急速に発達しました。
    それでは、なぜ、原始社会には文明が生まれなかったのか?原始社会を生きた人間も現代人と同じ脳の大きさを持っていたのに、なぜ、約30万年もの間、文明が生まれなかったのか?
    その理由は、原始社会が小さな共同体が点在する社会だったからです。

    原始社会の人間は、誰もがこの小さな共同体の中に生まれ、小さな共同体の中を生き、小さな共同体の中に死んでいきました。つまり、誰もが小さな共同体の外の世界を知らなかったのです。そして、そのことによって、人間の意識が小さな世界に閉じ込められ、知ることが余りにも限られ、考えることが余りにも限られていたのです。だから、原始社会にはいつまで経っても文明が生まれませんでした。人間の意識は、物事を無限に知り、物事を無限に考えるという無限の能力を持っています。この無限の能力が、小さな共同体の中に閉じ込められていたのです。
    つまり、原始社会は、「人間の意識を小さな共同体の中に閉じ込める」という矛盾を抱えていたのです。そして、そのことによって文明が生まれなかったのです。

    第4節 原始社会が抱えていた矛盾の止揚
    人間の社会が原始社会から階級社会へ移ると、ときの支配者は、共同体を襲い自らの支配下に置いていきました。そして、そのことによって、原始社会の共同体は次々と崩壊していきました。ところが、そのことが、人間の意識を小さな共同体の中から解放していったのです。
    さて、支配者は、国をつくりました。
    そして、その国が大きくなるに従い、人間の知識が交流し、交流した知識がさらにまた交流していきました。そして、そのことによって、文明が生まれ発達したのです。つまり、階級社会は、人間の意識を解放し、原始社会が抱えていた矛盾を止揚している社会なのです
    私たちは、人間の歴史の大きな流れの中に弁証法的な発展を見ることができます。原始社会が抱えていた矛盾を階級社会が止揚して、次の未来社会へと弁証法的に進んでいます。




    第5節 マルクス「唯物史観」の間違い

    マルクスの歴史観である唯物史観は、<奴隷制→封建制→資本主義>という階級社会に歴史の弁証法的な発展を捉えます。そして、そこから、階級のない未来社会(共産主義社会)を論じます。

    ところが、この歴史観には「原始社会」が入っていません。階級社会の前にあった、「原始社会」という無階級社会が入っていないのです。

    そして、ここに、原始社会が入って来ると、マルクス「唯物史観」は使えません。
    なぜなら、マルクス「唯物史観」が論じる矛盾というのは、「生産力の発達」と「生産関係」の矛盾だからです。
    原始社会には、「発達」と言えるような「生産力の発達」はありません。さらに、原始社会の「生産活動」は、「共に働く生産活動」です。そこには、支配者が支配される人間を働かせるという「生産関係」はありません。つまり、原始社会には、マルクス「唯物史観」が捉える「生産力の発達」もなければ、支配者が支配される人間を働かせるという「生産関係」もなかったのです。
    だから、マルクス「唯物史観」は原始社会を論じることはできません。もちろん、原始社会と階級社会の関係を論じることもできません。

    さて、人間の歴史の全体は、<原始社会→階級社会→未来社会>という歴史です。そして、マルクスが「唯物史観」で論じた<奴隷制社会→封建制社会→資本主義社会>という歴史は、人間の歴史の一部です。

    そして、本当の歴史観は、<原始社会→階級社会→未来社会>という歴史全体も、<奴隷制社会→封建制社会→資本主義社会>という階級社会の中の歴史も、共に論じることのできる歴史観でなくてはなりません。なぜなら、「歴史の全体」と「歴史の一部」は、深くつながっていて切り離せないからです。
    ところが、マルクス「唯物史観」は、<原始社会→階級社会→未来社会>という歴史全体を論じることはできません。ということは、<奴隷制→封建制→資本主義>という歴史の一部である階級社会を論じたマルクス「唯物史観」は、間違っているということになります。
    本当の歴史観は、<原始社会→階級社会→未来社会>という歴史全体も、<奴隷制社会→封建制社会→資本主義社会>という階級社会の中の歴史も共に論じることのできる歴史観でなくてはなりません。

     
    第3章 人間の意識の考察
    人間は、遠い昔、動物界から飛躍して人間独自の社会をつくるようになりました。そして、そこから、人間の歴史が始まりました。だから、マルクス歴史観を越えて「人間の全歴史」を論じるためには、人間が動物界から飛躍したその歴史の出発点までいったん戻る必要があります。
    さて、人間が動物界から飛躍したのは、人間の意識が他の動物の意識とは全く違う意識になったからです。それでは、人間の意識と他の動物の意識とのちがいは何なのか?今から、意識への考察を深めたいと思います。

    第1節 意識の原点
    人間の生物としての進化の歴史を過去へ過去へと辿ると、約38億年前の「生命の起源」にたどり着きます。今から約38億年前、この地球上に生命が誕生しました。そして、その生命体が単細胞生物と呼べるレベルまで進化したとき、その単細胞生物の中には原始の意識が生まれていました。

    単細胞生物の中の原始の意識は、物理的刺激に反応しました。つまり、触覚的な感覚で周囲を認識していたと考えられます。そして、危険を回避することを考え、エサを求めて動くことを考えました。ここには、意識の原点があります。つまり、意識の原点は、認識と思考です。

    第2節 五感の進化による意識の進化
    意識の原点は認識と思考です。そして、意識の進化とはこの原点の進化です。つまり、認識力の進化と思考力の進化です。
    さて、単細胞生物のなかの原始の意識の認識力は、触覚的な感覚で周囲を認識するだけのとても低い認識力でした。そして、その低い認識力のもとに生まれる思考力も危険を回避したり、エサを求めたりするだけのとても低い思考力でした。ところが、その低い認識力と低い思考力が、体の進化と共により高度な認識力・より高度な思考力へと進化していきました。
    生物の意識の認識力と思考力の進化は、感覚器官の進化によって起こりました。感覚器官というのは、目・耳・皮膚・舌・鼻です。この感覚器官の進化が五感を進化させました。五感というのは、視覚・聴覚・触覚・味覚・臭覚です。この五感が進化したことによって、生物の意識の認識力も思考力も次々と進化していったのです。

    <五感の進化による意識の認識力の進化>
    単細胞生物の意識は、触覚的な感覚で周囲を認識するだけだった。ところが、五感が進化すると、周囲を見て・聴いて・触って・味わって・嗅いで認識するようになった。そして、その認識は広く深い認識となり、意識の認識力は高度な認識力へと進化していった。

    <五感の進化による意識の思考力の進化>
    五感の進化によって認識力が進化すると、思考力もまた進化した。五感を進化させた生物は、たくさんのものを見て、たくさんの音を聴いて、たくさんのものに触って、たくさんのものを味わって、たくさんの臭いをかいで生きた。そして、そのことによってより深く考えるようになり、思考力もまた進化をしていった。
    五感の進化が、生物の意識の認識力と思考力を進化させました。五感の進化によって生物の意識は、次々と進化していったのです。

    第3節 言葉による意識の進化
    生物の意識の認識力と思考力は、五感の進化によって進化しました。しかし、人間の意識の認識力と思考力はそこに留まりませんでした。人間の意識の認識力と思考力は、さらに飛躍的に進化します。人間の意識は言葉を使います。だから、言葉を使って認識し言葉を使って考えるようになったのです。

    たとえば、花を見たとき、人間の心のなかに「花」という言葉が生まれたとします。するとそのとき、人間は「花」という言葉でその花を認識します。言葉を使うようになった人間は、言葉で対象を認識するようになったのです。そして、その言葉が増えれば増えるほど、その認識はさらに深くさらに豊かな認識となっていきました。

    ―言葉を使った認識―
    花→🌸
    赤いカトレアの花→🌸
    美しい赤いカトレアの花→🌸
    庭に咲く美しい赤いカトレアの花→🌸
    母と見た、庭に咲く美しい赤いカトレアの花→🌸

    このように、言葉を使って認識することで、その認識は深く豊かな認識となっていきました。人間の意識の認識力は、言葉を使うことによって超高度な認識力へと飛躍したのです。

    ※人間は、あらゆるものに名前を付けます。だから、身の回りを見るとあらゆるものに名前が付いています。机には「つくえ」という名前、椅子には「いす」という名前、掃除機には「そうじき」という名前、部屋のなかに存在するあらゆる物に名前が付いています。さらに、窓から外を見ると、空には「そら」という名前、雲には「くも」という名前、道には「みち」という名前、見えるものすべてに名前がついています。人間が存在するあらゆるものに名前を付けるのは、存在するあらゆるものを名前という言葉で認識するためです。


    言語能力を開花させた人間の意識は、言葉を使って物事を認識するようになりました。そして、その認識力は超高度な認識力となりました。さて、人間の意識の認識力が超高度な認識力となったとき、人間の意識の思考力もまた超高度な思考力へと飛躍しました。言葉を使って物事を深く豊かに認識した人間の意識は、言葉を使って深く豊かに考えるようになったのです。

    ―言葉を使った思考―
    人間の意識は、ころがっている石について言葉で考えました。
    「この石は硬い」
    人間の意識は石を言葉で考えたことによって、「石は硬い」という石の性質を知ったのです。そして、次のように考えます。
    「石は土より硬い、だから石で土を掘ろう」
    「石は木より硬い、だから石で叩いて木を切ろう」
    さらに、
    「石を削って鋭くしてみよう」
    「石と棒をつるでくくってみよう」
    人間の意識は言葉を使うことによって、物事を深く考えるようになりました。そして、道具を作り、労働をするようになったのです。

    以上考察したように、人間の意識は言葉を使います。そして、言葉を使うことによって、認識力と思考力を超高度に進化させたのです。

    第4節 なぜ人間は言葉を使えるのか?
    人間は、言葉を使う動物です。しかし、言語能力を持っているのは人間だけではありません。たとえば、ボノボ(チンパンジーの一種)の子供に言葉を教える実験で、ボノボの子供は、1000以上の言葉を理解し、特殊なボードを使って人間と簡単な会話ができるようになりました。もちろん、それは実験上のことです。そのボノボの子供が日常的に積極的に言葉を使うことはありませんでした。しかし、明らかになったことは、ボノボも言語能力を持っているということです。
    さらに、近年、小鳥のさえずりに言葉としての意味があるということが分かってきました。つまり、言語能力は、人間独自の能力ではなく動物界に広く存在している能力なのです。ただし、言語能力を開花させているのは人間だけです。人間は、言語能力を開花させた生き物です。
    それでは、なぜ、人間は言語能力を開花させているのか?それは、言葉が生まれるメカニズムを分析すると明らかになります。

    <言葉が生まれるメカニズム>
    たとえば、ここに、一輪の花が咲いているとします。そして、それを見たAさんの心の中に「花が咲いている」という言葉が生まれたとします。
    (※言葉は、まず、心の中に生まれます。そして、心の中に生まれたその言葉を他者に伝えるために、人間は声帯を発達させました。)
    さて、心の中に「花が咲いている」という言葉が生まれたとき、その心の中には二人の自分がいます。「花が咲いている」という言葉を話した自分Aと、「花が咲いている」という言葉を聞いた自分Bです。言葉は、心の中の二人の自分の会話として生まれます。
    人間は、自分で自分を見つめます。「自分が好き」とか「自分が嫌い」とか。そして、そのとき、そこには二人の自分がいます。自分と自分を見つめるもう一人の自分です。
    心の中に言葉が生まれるとき、そこには「言葉を話す自分A」と「言葉を聞く自分B」がいます。自分Aが言葉を話し、自分Bがその言葉を聞いています。言葉は、心の中の二人の自分の会話として生まれます。人間が言語能力を開花させているのは、心の中に二人の自分がいるからです。つまり、人間の意識は、二つに分かれた二重化した意識なのです。人間が言語能力を開花させたのは、意識が二重化し、心の中に二人の自分が存在するようになったからです。

    ※心の中に二人の自分がいることを確認するために、心の中で「オーイ」と叫んでみて下さい。すると、そこには、「オーイ」という言葉を叫んだ自分と、「オーイ」という言葉を聞いた自分がいます。
    以上、考察したように、人間の意識が言語能力を開花させたのは、意識が二重化したからです。二重化した意識が、言語能力を開花させています。

    第5節 二重化した意識の性質と本質
    「人間の意識は二重化している」そして「言語能力を開花させている」と論じました。さて、その上で、人間の二重化した意識は、他の動物にはない特別な性質や本質を持ちました。そして、その性質や本質が、人間の歴史と深く関係しています。

    1、二重化した意識の性質
    二重化した人間の意識は、他の動物にはない特別な性質を持ちました。それは、物を所有するという性質です。あらゆる動物の中で、物を所有するのは人間だけです。人間以外の動物は、物を所有するということを知りません。
    さて、所有形態は大きく三つに分かれます。共同所有・共同体的所有・私的所有、この三つです。
    共同所有は、「これは私たちみんなの物」という所有です。
    共同体的所有は、「これは私たちだけの物」という所有です。
    私的所有というのは、「これは私だけの物」という所有です。
    二重化した人間の意識は、物を所有するという性質を持ちました。

    2、二重化した意識の本質
    二重化した人間の意識は、物を所有するという性質を持ちました。そして、同時に、共同性という本質も持ちました。共同性というのは、他者の喜びや悲しみを自分のことのように思う心です。人間は、他者の喜びや悲しみを自分のことのように思うことがあります。それは、他の動物にはない、二重化した人間の意識だけが持っている本質です。
    さて、この共同性は大きく二つに分かれます。原始的共同性と思想的共同性、この二つです。
    原始的共同性は、物を共同所有するとき生まれてきます。たとえば、現代社会では、家族の間で様々な物が共同所有されています。住んでいる家・家具・様々な電化製品、そして、作った食事も共同所有され分かち合われています。この共同所有から、家族の間に原始的共同性が生まれています。家族の絆が深いのは、共同所有によって原始的共同性が豊かに生まれているからです。
    昔、原始社会の共同体の中でも、土地や資源や生産物など、いろいろな物が共同所有されていました。そして、そこは、原始的共同性に満ちた社会だったと考えることができます。
    思想的共同性というのは、価値観や生き方を同じくするときに生まれてくる共同性です。原始社会の共同体の中では、価値観や生き方が深く一致していたと考えることができます。そして、そこに、思想的共同性が豊かに生まれていたのです。

    二重化した人間に意識は、共同性(原始的共同性・思想的共同性)という本質を持ちました。

     
    第4章 新しい歴史観
    人間の意識の性質や本質から、人間の歴史を論じていきたいと思います。

    第1節 戦争がなかった原始社会
    原始社会は、小さな共同体が点在した社会でした。

    そして、それぞれの共同体の中では、土地や資源や生産物が共同所有され、そこには原始的共同性が豊かに生まれていました。さらに、共同体の中には仲間意識があり、共同体の人間は、同じ価値観を持ち同じ生き方・思想をもっていたと考えることができます。そして、そこは、思想的共同性に満ちた社会だったということになります。
    ところが、共同体と共同体の間には共同所有するものは何もありません。また、価値観や生き方・思想を共有することもありません。だから、共同体と共同体の間には、原始的共同性も思想的共同性も生まれなかったのです。
    原始社会の共同体と共同体の間には絶えず緊張関係がありました。土地や狩場・漁場・採集場などの取り合いです。さらに、侮辱的な言葉や態度を巡った対立もあったと考えることができます。だから、原始社会の共同体は軍隊を持っていました。
    ところが、それでも、原始社会には戦争が起こりませんでした。対立はあっても、その対立が戦争へと発展することはなかったのです。負けた相手を支配下に置く戦争は、原始社会にはありませんでした。だから、そこは、人間が人間を支配する階級が生まれない社会でした。原始社会は、戦争のない無階級社会でした。

    さて、それでは、なぜ、原始社会には戦争が起こらなかったのか?
    その理由は、原始社会には支配欲にまみれた人間が生まれなかったからです。


    第2節 支配欲と支配者
    人間の意識は、二重化した意識です。だから、人間は自分で自分を見つめます。「自分が好き」とか「自分が嫌い」とか。人間は自分で自分を見つめる生き物です。人間の心の中には、自分A・自分Bという二人の自分がいます。
    さて、自分A・自分Bという二人の自分は、関係を持っています。そして、その関係が内的共同性です。自分Aは自分Bの喜びや悲しみを自分のことのように思い、自分Bも自分Aの喜びや悲しみを自分のことのように思います。自分Aと自分Bは、内的共同性で結ばれています。
    だから、共同性には、内的共同性と外的共同性があります。

    内的共同性は心の中の共同性です。それに対し、外的共同性は自分と他者との間の共同性です。そして、外的共同性には、原始的共同性と思想的共同性があります。

    さて、内的共同性も外的共同性も共に生きる喜びです。そして、内的共同性と外的共同性は深く関係しています。内的共同性が外的共同性に深く影響されているのです。たとえば、人間Aが外的共同性に満ちた社会を生き、他者と共に生きる喜びの中で生きているとき、人間Aの心の中には内的共同性が生まれます。他者と共に生きる喜びが、人間Aの心の中の自分Aと自分Bの内的共同性につながっているのです。他者と共に生きる喜びが、そのまま、心の中の二人の自分の間の喜びとなります。
    ところが、人間Aが、「自分は他者よりもたくさんの富を持っている」とか「自分は他者より位が上である」といったことを喜ぶようになれば、人間Aは外的共同性を失います。他者と共に生きることを止め、他者より豊かであること、他者より位が上であることを喜ぶようになったからです。そのとき、人間は、他者と共に生きる喜びを失います。そして、同時に、それが内的共同性の喪失へとつながります。他者と共に生きる喜びを失った人間の心には、内的共同性の喜びが生まれなくなるのです。
    しかし、それだけではありません。「他者より富をたくさん持っている」とか、「他者より位が上である」とかいったことを喜ぶ人間は、人間の共同性から激しく疎外されます。
    人間Aが、「自分は他者よりたくさんの富を持っている」とか「自分は他者より上である」といったことを喜ぶようになったとき、共同性はそれを嫌います。そして、その心は、共同性という人間の本質から激しく疎外されます。そして、共同性から激しく疎外されたその心には、権力欲・支配欲といった欲望が生れます。つまり、権力欲・支配欲というのは、人間の共同性から激しく疎外された心なのです。

    誰もが平等に生きた原始社会の共同体は、人間が共に生きた社会でした。そこには、「自分は他者よりたくさんの富を持っている」とか「自分は他者より位が上である」とかいったことを喜ぶ人間はいなかったのです。誰もが、共に生きることを喜び、共同性に満ちた社会に深く幸福を感じていたのです。だから、原始社会の共同体の中には、権力欲・支配欲にまみれた人間は生まれなかったのです。そして、権力欲・支配欲にまみれた人間がいなから、共同体と共同体の対立が戦争に発展することもなかったのです。

    ところが、今から約1万年前、地球の温暖化によって農耕を発達させた共同体が現れます。農耕の発達は、巨大な富を生み出しました。広大な耕作地、そこから収穫される大量の農作物、それを保管する立派な倉庫、整備された農道やダムや水路・・・。そして、この巨大な富が人間の心を変えました。
    変わったのは、共同体の中で指導的立場にあり、巨大な富を管理していた人間です。富の管理者は、富の平等な分配を止めます。富の全部を分配するのではなく、富の一部を分配し、残りの富を自分だけで独占するようになったのです。つまり、富の平等な分配を拒否したのです。自分だけの富を増やしていったのです。そして、「自分は他者より豊かである」と喜び「自分は他者より位が上である」と喜ぶようになったのです。そして、そのことによって、人間の共同性から激しく疎外され、疎外されたその心には権力欲・支配欲といった欲望が生れていったのです。
    そのとき、それまでの原始社会には生まれることのなかった権力欲・支配欲にまみれた支配者が生まれました。

    第3節 原始社会崩壊の歴史的意義
    1、戦争の始まり
    原始社会の共同体の中に、権力欲・支配欲にまみれた人間が生まれました。そして、権力欲・支配欲にまみれた人間が、その共同体の中の支配者となっていきました。さて、人間の欲望に終わりはありません。支配者の欲望はさらに大きくなり、大きくなったその欲望をもう押さえきれなくなったとき、その支配者は、周辺の共同体を襲い自らの支配下に置いていくようになります。これが、戦争の始まりです。

    2、原始社会の崩壊と弁証法的歴史観
    侵略戦争が始まったことによって、人間の社会は、階級のなかった原始社会から、人間が人間を支配する階級社会へと移りはじめます。
    さて、ここで、人間の歴史を弁証的歴史観で捉え、原始社会崩壊の歴史的意義を明らかにしたいと思います。
    人間の社会は、大きく捉えれば<原始社会→階級社会→未来社会>と移り変わっています。言葉を変えると<低い段階の無階級社会→階級社会→高い段階の無階級社会>と移り変わっています。

    原始社会は、小さな共同体が点在する社会でした。

    さて、第2章で論じたように、原始社会は人間の意識を小さな共同体の中に閉じ込めるという矛盾を抱えていました。
    ところが、人間の意識の性質や本質を明らかにしたとき、原始社会は、もう一つの矛盾を抱えていたことが明らかになります。
    それは、共同体と共同体の間に共同性を実現できないという矛盾です。人間の共同性が小さな共同体の中でしか実現できなかったのです。原始的共同性や思想的共同性が、共同体と共同体の間には生まれなかったのです。
    しかし、共同性はその本質からして、全ての人間の間に生まれることを求めます。だから、原始社会の共同体と共同体との間に共同性が生まれないということは、原始社会が抱えていたもう一つの矛盾だったのです。
    この矛盾は止揚されなくてはなりません。そして、その矛盾を止揚するために、人間の社会は原始社会から階級社会へと進みました。高い段階の無階級社会(未来社会)を実現するために、低い段階の無階級社会(原始社会)から、階級社会へと進んだのです。
    原始社会の崩壊は、二つの矛盾を解決するために、次の階級社会へ進んだという歴史的意義を持っています。

    3、階級社会の歴史的意義
    原始社会は、二つの矛盾を抱えていました。第一の矛盾は、人間の意識を小さな共同体の中に閉じ込めるという矛盾です。そして、第二の矛盾は、共同体と共同体との間に共同性を実現できないという矛盾です。

    (1)第一の矛盾の止揚
    第一の矛盾の止揚は、階級社会に入るとすぐに始まりました。支配者が、原始社会の小さな共同体を襲い解体させることによって始まっていきました。共同体の解体によって、人間は共同体の外の世界を知っていきました。そして、支配者が国を大きくすればするほど、知識が交流し文明が発達して行きました。
    ※「国」は人間の意識を解放していきました。しかし、現代社会では「国」が人間の意識を縛っています。そして、国と国が対立し戦争をしています。意識の解放は、さらに飛躍した、新たな解放を求めています。現代人は、「国」を越えた意識の解放を求めています。「国」がなくなり、「国」に代わる国家ではない世界共通の社会ができたとき、人間の意識の最後の開放が始まります。

    (2)第二の矛盾の止揚
    第二の矛盾の止揚は、経済的な解放によって始まります。
    原始社会の共同体と共同体の間には、共同性が生まれませんでした。そして、その
    最大の理由は、共同体と共同体の間に共同所有するものが何もなかったからです。共同性の基礎は、物を共同所有することによって生まれる原始的共同性です。しかし、物を共同所有できない共同体と共同体の間には、原始的共同性が生まれなかったのです。
    さて、物質である「物」の共同所有には、物理的な限界があります。土地や家や工場や商品や生活用品などの共同所有は、社会全体では不可能です。ところが、階級社会は、全ての人間が共同所有できるものを生み出しました。それは、お金の中の「貨幣価値」です。
    お金の中の「貨幣価値」は物質ではありません。だから、その共同所有は無限に可能です。階級社会は、お金の中の貨幣価値を生み出したことによって、原始的共同性を世界中の人間と人間の間に生み出していく可能性をつくり出したのです。

    (3)階級社会から階級のない未来社会へ
    階級社会は、原始社会が抱えていた第一の矛盾・第二の矛盾を止揚している社会です。そして、階級のない、世界中の人間が共に生きる社会へと進んでいます。



    第二の矛盾の止揚はこれから始まっていきます。貨幣価値(お金)を分かち合う経済の実現は、まさにこれからなのです。

    さて、貨幣価値(お金)を分かち合う経済への考察を深めるためには、お金(貨幣価値)の謎を明らかにしておく必要があります。
    お金とは何なのか?
    お金は、どこでどのようにして生まれたのか?

    次の章では、お金(貨幣価値)への考察を深めます。

    第5章 お金の誕生
    第1節 お金の誕生、その考察方法

    お金の誕生を明らかにするとき、重要なのはお金の体ではありません。お金が「金」で出来ているとか、「銀」で出来ているとか、そういったことが重要なのではありません。だから、どんなに古いお金を見つけてもお金の誕生の謎は解けません。
    重要なのは、お金の「体」ではなく、お金の中の「貨幣価値」に焦点を当て、そのルーツを明らかにすることです。百円硬貨には100円分の貨幣価値があり、千円札には1000分の貨幣価値があります。この貨幣価値がどこでどのようにして生まれたのか?ということを明らかにすることが重要です。
     
    第2節 交換価値から貨幣価値へ、そして、お金の誕生
    1、交換
    お金の中の貨幣価値は、お金と商品を交換するときに使います。私たちは、貨幣価値を使って、お金と商品を交換しています。だから、貨幣価値は交換と深く関係しています。
    ところで、あらゆる動物の中で、物を交換するのは人間だけです。人間以外の動物は、物を交換するということを知りません。そして、人間が物を交換するのは、物に対する所有意識を持っているからです。
    さて、所有形態は大きく三つに分かれます。共同所有・共同体的所有・私的所有の三つです。そして、この所有形態と物の交換が深く関係しています。
    「これはみんなの物」と物を共同所有するとき、そこに交換は生まれません。ところが、「これは私たちだけの物」と物を共同体的所有すれば、共同体と共同体の間に交換が生まれます。「これは私だけの物」と物を私的所有すれば、個人と個人の間に交換が生まれます。つまり、交換は物を共同所有しないところに生まれます。


    2、原始社会の交換
    原始社会は、小さな共同体が点在する社会でした。

    そして、つくった生産物は、共同体の中で共同所有されていました。だから、共同体の中では、生産物の交換は行われませんでした。ところが、共同体と共同体の間では、生産物は共同所有されていません。そして、共同体と共同体の間で、生産物の交換が行われていました。私たちはこれを、物々交換と呼んでいます。
    例えば、山に住む共同体の果物と、海辺に住む共同体の魚が物々交換されていました。原始社会では、共同体と共同体の間で物々交換経済が営まれていました。
    3、物々交換の定着と交換価値
    物々交換が成立するためには、二つの条件をクリアーする必要がありました。
    第一の条件は、互いに相手の生産物を欲しいと思うことです。
    第二の条件は、互いに交換比率を認めることです。

    物々交換のとき、人間は「その交換は平等でなくてはならない」と考えました。そして、その交換を平等にするために交換比率を決めていました。
    さて、ここで、説明を分かりやすくするために具体的な例をあげます。バナナ1房と魚3匹の物々交換です。
    バナナ1房 ↔ 魚3匹
    バナナ1房の持ち主と魚3匹の持ち主が、二つの条件をクリアーして物々交換が成立したとします。そして、その物々交換が何度も何度も繰り返され、その物々交換が定着したとします。
    すると、「バナナ1房あれば魚3匹が手に入る」という情況が生まれました。つまり、バナナ1房に「魚3匹分の交換価値」が生まれたのです。バナナ1房と魚3匹の物々交換の定着が、バナナ1房に「魚3匹分の交換価値」を生み出したのです。もちろん、交換相手の魚3匹にも、「バナナ1房分の交換価値」が生まれました。以来、バナナの持ち主と魚の持ち主との間で、この交換価値を使った物々交換が行われるようになりました。


    4、交換価値は手に入る「生産物の体」
    物々交換は、交換価値を思い浮かべて行う交換でした。「バナナ1房には魚3匹分の交換価値がある」とか「魚3匹にはバナナ1房分の交換価値がある」とか、その交換価値を思い浮かべながら物々交換は行われました。
    つまり、物々交換のときの交換価値とは、交換によって手に入る「生産物の体」でした。人間は、自分の生産物に、交換によって手に入る「生産物の体」を交換価値として思い浮かべたのです。
    バナナ1房 ↔ 魚3匹
    バナナ1房と魚3匹の物々交換のとき、バナナ1房に「魚3匹の体」が交換価値として思い浮かべられました。魚3匹には、「バナナ1房」の体が、交換価値として思い浮かべられました。交換価値は、「交換する生産物の体」で思い浮かべられたのです。

    5、市(いち)の誕生
    原始社会の物々交換は、共同体と共同体の間で行われる物々交換でした。ところが、人間の社会が原始社会から階級社会へ移ると、原始社会の共同体は次々と崩壊していきました。ときの支配者が、共同体を襲い、襲った共同体の人間を自らの支配下に置いていったからです。
    さて、共同体がなくなると、物々交換は共同体と共同体の間の交換から、個人と個人の間の物々交換に変わっていきました。生産物の所有形態が、共同体的所有から私的所有に変わったからです。すると、物々交換の数が飛躍的に増え、社会の至る所で物々交換が行われるようになりました。結果、交通の要所に市(いち)が生まれていきました。

    6、市の中の物々交換の限界
    市ができると、市の中に様々な生産物が持ち込まれるようになりました。果物とか、肉とか毛皮とか、香辛料とか、塩とか・・・。市の中は、持ち込まれた生産物で一杯になりました。そして、物々交換がその限界に直面します。
    物々交換は、互いにその生産物を欲しいと思わないと成立しません。欲望の一致が必要です。ところが、市の中は生産物が多すぎて欲望の一致ができないのです。
    例えば、バナナの持ち主は「魚と交換したい」と思い、魚の持ち主は「塩と交換したい」と思い、塩の持ち主は「バナナと交換したい」と思いました。物々交換は、このような状況に対応できません。さらに、市の中の交換はもっと複雑です。そして、市の中の物々交換はその限界に直面しました。

    7、限界の突破
    市の中の物々交換がその限界に直面したとき、その限界を突破するために、市の人間は市の中に原始貨幣を導入しました。そして、そのとき、その原始貨幣に特権が与えられました。「市の中のすべての生産物と交換できる」という特権です。
    だから、原始貨幣を手に入れれば、欲しい生産物を何でも手に入れることができます。
    バナナの持ち主は、まず、バナナと原始貨幣を交換します。そして、次に、手に入れた原始貨幣と欲しかった魚を交換します。魚の持ち主は、手に入れた原始貨幣と欲しかった塩を交換し、塩の持ち主は、手に入れた原始貨幣と欲しかったバナナを交換します。このように、原始貨幣を使うことで市の中の物々交換の限界は突破されました。
    ※地域によって、様々な物が原始貨幣として使われています。貝殻・宝石・動物の歯や骨・野菜・・・、様々な物が原始貨幣として使われました。


    8、原始貨幣による物々交換の統一
    市の中では、すべての交換が原始貨幣と生産物の交換になりました。そして、原始貨幣が、市の交換の中心に座りすべての交換を統一しています。

    さて、ここで、確認しておきたい重要なことがあります。それは、このときの市の中の交換は、物々交換だということです。
    市にやって来る人間は、原始貨幣を欲しいと思ってやって来るのではありません。市にやって来る人間の目的は、自分の生産物と欲しい生産物を交換することです。そして、その交換をスムーズに行うために原始貨幣を使っています。つまり、市のなか全体で、原始貨幣を使って物々交換を行っているのです。だから、市の中の原始貨幣と生産物の交換は物々交換なのです。


    9、市の中の矛盾と矛盾の解決
    市の中では、原始貨幣と生産物の物々交換が行われています。

    そして、その物々交換は、原始貨幣によって統一された物々交換です。ところが、その統一された物々交換の中に矛盾が生まれます。一つひとつの物々交換は平等でも、「物々交換」と「物々交換」の間が平等ではないという矛盾が生まれたのです。
    たとえば、市の中で、原始貨幣1個と狐の毛皮1枚の物々交換が行われたとします。そして、その隣で、原始貨幣1個と狐の毛皮2枚が物々交換されたとします。そのとき、それぞれの物々交換はそれぞれ平等な物々交換です。一方は、「1対1」という交換比率を平等だと考え、もう一方は、「1対2」という交換比率を平等だと考えて物々交換を行っています。だから、それぞれがそれぞれに平等な物々交換を行っています。ところが、それを見た市の人間は、その二つの物々交換を平等だとは思いません。「1対1」という交換比率と「1対2」という交換比率は、明らかに不平等です。そして、そこに矛盾が生まれます。市の中の一つひとつの物々交換は平等に行われていても、「物々交換」と「物々交換」との間が平等ではないという矛盾が生まれたのです。
    矛盾は解決されなくてはいけません。「物々交換」と「物々交換」との間も平等にならなくてはいけません。そして、「物々交換」と「物々交換」との間を平等にするために、原始貨幣に思い浮かべる交換価値が統一されていったのです。
    それまでは、原始貨幣の中に「様々な交換価値」が思い浮かべられていました。バナナと交換すれば「バナナの体」が、魚と交換すれば「魚の体」が交換価値として思い浮かべられていました。ところが、「様々な交換価値」を思い浮かべていたら「物々交換」と「物々交換」の間が平等になりません。そして、それを平等にするために、「様々な交換価値」が一つに統一されていったのです。
    市の人々は、原始貨幣の中に一つの「共通する交換価値」を思い浮かべるようになっていきました。そして、原始貨幣の中に「共通する交換価値」が生まれました。
    さて、原始貨幣の中に「共通する交換価値」が生まれたことによって、交換比率の基準ができました。原始貨幣の中の「共通する交換価値」の大きさを基準にして、物々交換の交換比率を決められるようになったのです。
    たとえば、原始貨幣1個分の「共通する交換価値」の大きさと、狐の毛皮なら1枚交換できるとか、バナナなら3房交換できるとか、リンゴなら10個交換できるとか、原始貨幣の中の「共通する交換価値」の大きさが交換比率の基準となっていきました。そして、そのことによって「物々交換」と「物々交換」の間の不平等も解決されました。「物々交換」と「物々交換」の間も平等になっていったのです。
    市の中の物々交換は、「共通する交換価値」を使った物々交換となりました。

    10、共通する交換価値→貨幣価値→お金
    市の人間は、原始貨幣の中に「様々な体」の交換価値を思い浮かべるのではなく、「共通する交換価値」を思い浮かべるようになりました。そして、その「共通する交換価値」の大きさが交換比率の基準となり、「物々交換」と「物々交換」の間も平等な交換となりました。
    ※「共通する交換価値」の大きさは、原始貨幣の数で表されました。原始貨幣が1個なら「1」の大きさ、2個なら「2」の大きさです。

    さて、そのとき、原始貨幣の中の「共通する交換価値」は、物質としての体を捨てました。もし、「バナナの体」とか「魚の体」といった物質的な体を持てば、その交換価値は特定の交換にしか使えません。そして、全ての交換に使える交換価値にはなり得ません。だから、「共通する交換価値」は、物質としての体を捨てなくてはいけませんでした。「物質としての体を持たない交換価値」になることを求められたのです。
    結果、市の人間は、物質としての体を持たない交換価値を思い浮かべるようになっていきました。
    そして、それが貨幣価値です。
    私たちは現在、お金の中に、物質としての体を持たない貨幣価値を思い浮かべています。百円硬貨には100円分の、千円札には1000円分の貨幣価値を思い浮かべています。私たちがお金の中に思い浮かべている貨幣価値は、物質としての体を持ちません。ただ、思い浮かべているだけです。この貨幣価値は、昔、市の中の原始貨幣を使った交換の中から生まれました。


    そして、貨幣価値が生まれたとき、原始貨幣はお金になりました。
     
    お金の誕生です。
    ※そのとき、それが貝殻であったとしても、それはもうお金です。貨幣価値が生まれた段階で貝殻がお金になっています。

    11、商品の誕生
    市の中では、生産物とお金が交換されるようになりました。

    さて、このときのお金と生産物の交換はまだ物々交換です。市にやって来る人間は、「お金を欲しい」と思って市にやって来るのではありません。市にやって来る人間の目的は、自分の生産物と欲しい生産物を交換することです。お金を使って物々交換を行っています。
    ところが、お金と生産物の物々交換を続けていくうちに、市の人間はお金の便利さに気付いていきます。お金があれば、欲しい生産物が何でも手に入ります。さらに、お金は貯めることもできます。このお金の便利さに気付いたとき、人間の心にお金への欲望が生れました。そして、お金への欲望が生れた生産物の持ち主は、その生産物を交換するためではなく、その生産物でお金を儲けるために市にやって来るようになりました。
    さて、お金への欲望が生れた生産物の持ち主は、交換比率を交換相手と話し合って決めることをやめました。そうではなく、交換比率を一方的に相手に提示するようになったのです。
    それまで、交換比率は、その交換が平等になるようにという真っすぐな心で話し合って決められていました。ところが、お金への欲望が生れた生産物の持ち主は、話し合いをせず、自分に都合のいい交換比率を相手に提示するようになったのです。
    たとえば、それまで行われていた「生産物1個とお金1個の交換」を、「生産物1個とお金2個の交換」に変えて提示したのです。生産物の持ち主は、交換比率を「1対1」から「1対2」に変えたのです。自分の生産物に「お金1個分」ではなく「お金2個分」という数字を与えたのです。お金を儲けるためにその数字を「1」から「2に」変えたのです。そして、その「2」という数字が価格です。そのとき、「2」という価格を与えられた生産物は商品となりました。
    商品の誕生です。

    生産物に価格を与えると商品になります。



    12、商品経済の始まり
    市の中では、商品とお金が交換されるようになりました。

    商品とお金の交換。私たちは、これを売り買いと呼んでいます。市の中は売り買いで賑わい、ここから、商品経済が発達していきました。

    ※お金の中の貨幣価値は、みんなが認めている貨幣価値です。だから、お金で買い物ができます。ところが、商品に与えられている価格という貨幣価値は、売り手が与えているだけの貨幣価値です。みんなが認めている貨幣価値ではありません。だから、商品で買い物はできません。


    第3節 欲望の経済
    商品経済は、商品とお金を交換する経済です。

    売り手は、商品に与える価格という貨幣価値をできるだけ大きくして、お金を儲けようとします。そして、商品を売って儲かったお金で、また、新たな商品を手に入れ、それを売ってさらにまたお金を儲けようとします。商品経済は、欲望の経済として生まれ、欲望の経済として発達しました。
    現代社会では、その欲望の商品経済が高度な資本主義経済となり、世界的な生産・世界的な商品流通が実現されています。
    ところが、その一方で、地球的規模で環境を破壊しています。利潤を追求してやまない資本主義経済は、自然を破壊し、自然と人間の関係を破壊してきました。そして、その環境破壊は、現在、「人類の危機」となって人間に襲い掛かっています。
    欲望の資本主義経済が、その在り方を根底から問われています。そして、この本では、「お金儲けの経済」から「お金を分ち合う経済」への転換を提起しています。

    さて、マルクス経済から「お金を分ち合う」という考え方は、生まれませんでした。逆に、マルクスは、お金を重視しない未来経済を展望しました。そして、マルクス経済は、今日においてもまだまだ強く影響力を持っています。だから、「お金を分ち合う」経済を実現するためには、マルクス経済への批判が重要です。

    次に、マルクス経済を展開している、マルクス『資本論』の間違いを明らかにしたいと思います。



    第6章 マルクス『資本論』の間違い
    第1節 労働価値説の考察
    1、労働価値説
    マルクスの著書『資本論』は、「商品」を考察するところから始まります。そして、その考察のなかで、「1クオーター小麦=aチェントネル鉄」という式を立て、この式から労働価値説を論じています。

    マルクスは、『資本論』の始めの方で次のように言っています。
    <『資本論』より>
    二つの商品、例えば小麦と鉄を例に取ろう。その交換関係がどうであれ、この関係はつねに一つの方程式に表すことができる。そこでは与えられた小麦量は、なんらかの量の鉄に等置される、例えば、1クオーター小麦=aチェントネル鉄というふうに。この方程式は何を物語るか?二つの異なった物に、すなわち、1クオーター小麦にも、同様にaチェントネル鉄にも、同一大きさのある共通なものがあるということである。(『資本論』第1巻第1篇第1章商品より)
    こう言って、マルクスは、二つの商品の中に同一大きさのある共通なものをさがします。そして、そこから労働価値説を論じていきます。それでは、マルクス労働価値説をザックリとまとめるところからはじめたいと思います。(※説明を分かりやすくするためにこの式を「商品A=商品B」と表現します。)

    <マルクスの労働価値説>
    商品には必ず使用価値がある。使用価値がないと商品にはならない。だから、「商品A=商品B」というとき、商品Aも商品Bも使用価値を持っている。商品Aが食料品なら「食べることができる」という使用価値を持ち、商品Bが衣料品なら「着ることができる」という使用価値を持っている。さて、マルクスは、「商品A=商品B」という式に「商品Aと商品Bを等しいとして交換する」という意味を与えている。だから、商品Aも商品Bも等しい何かをもっている。ところが、その等しい何かは使用価値ではない。なぜなら、使用価値は比べることのできる大きさを持たないからだ。商品Aも商品Bも、使用価値とは別の、その大きさを「等しい」と比べることのできる何かをもっている。
    さて、商品Aと商品Bの共通点をさがすと支出した労働量にたどり着く。つまり、「商品A=商品B」というとき、商品Aをつくるときに支出した労働量と、商品Bをつくるときに支出した労働量が同じなのだ。だから、支出した労働量が商品の中に積もって価値(交換価値)をつくっていると捉えることができる。「商品A=商品B」というとき、等しいのは、労働によって生まれた価値(交換価値)である。


    ―労働価値説―
    商品を生産するときに支出した労働量が、抽象化され社会的に平均化されて商品の中に累積して価値をつくる。
     
    以上、労働価値説をザックリとまとめました。
    マルクスによると、商品の中には、労働によって生まれた価値(交換価値)が存在しているということになります。マルクスは、「商品A=商品B」という式から労働価値説を導き出しました。ところが、この「商品A=商品B」という式には様々な疑問があります。


    2、「商品A=商品B」への疑問
    (1)三つの疑問

    マルクスが資本論の始めに立てた「商品A=商品B」という式には、大きく三つの疑問があります。まず、第一の疑問は、商品Aと商品Bを交換するという式の設定が果たして正しいのか?という疑問です。マルクスはこの式に「商品Aと商品Bを交換する」という意味を与えています。ところが、私たちは商品と商品を交換する経済を営んでいません。私たちは、商品とお金を交換する経済を営んでいます。だから、「商品A=商品B」という式の設定が正しいのか?という疑問があります。
    第二の疑問は、マルクスが「商品A=商品B」というとき、この式の商品には価格が付いていないということです。もし、価格が付いていれば、「商品A=商品B」というとき、等しいのは商品についている価格だということになります。ところが、マルクスは商品から価格をはずしてこの式を考察しています。だから、ここには、価格が付いていない商品が存在するのか?という疑問があります。
    第三の疑問は、マルクスが「商品の中には労働によって生まれた価値(交換価値)が存在する」というとき、人間はその価値を認識できません。だから、価値の大きさを認識できないのに、なぜ、商品Aと商品Bを等しいとして交換するのか?という疑問があります。
    (2)第一の疑問と第二の疑問
    さて、第一の疑問も第二の疑問も、マルクスにとっては疑問ではありません。つまり、商品と商品を交換することも、商品に価格が付いていないことも疑問ではないということです。
    なぜなら、マルクスは、遠い昔、価格の付いていない商品が存在し、そこでは価格の付いていない商品と価格の付いていない商品が交換されていたと捉えているからです。
    マルクスは、『資本論』の中で次のように言っています。
    <『資本論』より>
    商品交換は、共同体の終わるところに、すなわち、共同体が他の共同体または他の共同体の成員と接触する点に始まる。(『資本論』第1巻第1篇第2章交換過程より)

    マルクスが「商品交換は、共同体の終わるところに…始まる」というとき、そこはまだ、人間が共同体ごとに生活していた遠い昔の時代です。だから、そこにはまだ、お金が存在しません。お金が存在しないから、当然、価格も存在しません。しかし、マルクスは、「商品は存在していた」と捉えています。つまり、そこにあるのは、価格の付いていない商品なのです。そして、価格の付いていない商品と価格の付いていない商品が、共同体と共同体の間で交換されていたということです。
    現代社会には価格の付いていない商品は存在しません。そして、商品と商品が直接交換されることもありません。しかし、遠い昔、価格の付いていない商品が存在し、そこでは、価格の付いていない商品と価格の付いていない商品が交換されていたとマルクスは捉えています。だから、「商品A=商品B」という式が抱える第1の疑問も第2の疑問も、マルクスにとっては疑問ではないのです。マルクスにとって、価格の付いていない商品と価格の付いていない商品を交換することは、人間が遠い昔に行っていたことだったのです。
    ※マルクスにとって商品の原型は、価格の付いていない商品です。

    (3)第三の疑問
    マルクスは、商品の中には労働によって生まれた価値が存在すると言います。しかし、人間はその価値を認識できません。だから、価値の大きさを認識できないのに、なぜ、商品Aの価値の大きさと商品Bの価値の大きさが等しいとして交換できるのか?という疑問があります。これが、第3の疑問です。
    さて、マルクスは、この第3の疑問に直接答えていません。ところが、遠回しに答えているところがあります。その個所を紹介します。

    <資本論から>
    人間がその労働生産物を相互に価値として関係させるのは、これらの事物が、彼らにとって同種的な人間労働の、単に物的な外皮であると考えられるからではない。逆である。彼らは、その各種の生産物を、相互に交換において価値として等しいと置くことによって、その違った労働を、相互に人間労働として等しいと置くのである。彼らはこのことを知らない。しかし、彼らはこれをなすのである。(『資本論』第1巻第1篇第1章第4節商品の物心的性格とその秘密より)

    とても分かりにくい文章です。この文章を分かりやすくするために、この文章の背景にある、マルクスの独特な考え方を押さえておきたいと思います。マルクスは、人間の具体的な労働が商品の使用価値をつくり、人間の抽象的な労働が商品の価値(交換価値)をつくると捉えています。具体的な労働というのは、木を切るとか、土を掘るとかいった具体的労働です。抽象的労働というのは、脳・神経・筋肉・諸器官の力の支出という抽象的労働です。

    以上のことを確認して、先ほど紹介したマルクスの分かりにくい文章を分かりやすく書き直したいと思います。
    <上記の文章の書き直し>
    具体的労働が商品の使用価値をつくる。たとえば、布を縫うという具体的労働が服をつくり「着ることができる」という使用価値をつくる。鉄を叩くという具体的労働がナイフをつくり「切ることができる」という使用価値をつくる。つまり、様々な具体的労働が様々な商品をつくり、様々な使用価値をつくっている。そして、人間は、商品の使用価値を手に入れて使っている。ところが、商品と商品を交換するとき、人間はその使用価値を使っていない。使用価値を使わないで、価値(交換価値)を使っている。具体的労働から生まれた商品の使用価値を使わないで、抽象的労働から生まれた商品の価値(交換価値)を使って交換をしている。                 

    つまり、このとき、人間は、使用価値を価値(交換価値)に置き換えている。具体的労働から生まれた使用価値を、抽象的労働から生まれた価値(交換価値)に置き換えている。ところが、人間はこの置き換えを自覚していない。彼らはこのことを知らない。しかし、彼らはこれをなすのである。
    マルクスは、商品を交換するとき、人間は「使用価値を価値(交換価値)に置き換えている」と言っています。言い方を変えれば「具体的労働を抽象的労働に置き換えている」ということです。その上で、マルクスは、この置き換えを人間は無意識のうちに行っていると捉えています。だから、「彼らはこのことを知らない。しかし、彼らはこれをなすのである」という言葉が出てきます。
    ところが、「彼らはこのことを知らない。しかし、彼らはこれをなすのである」という言葉は論理ではありません。なぜなら、知らないことは論じることはできないからです。論じるためには知らなくてはいけません。「知らない。しかし、なす」という言葉は論理ではないのです。だから、「彼らはこのことを知らない。しかし、彼らはこれをなすのである」という言葉は、論理的に考えることを放棄した言葉です。それは、論理的に破綻していることを意味します。

    さて、その上で、「彼らはこのことを知らない。しかし、彼らはこれをなすのである」という言い方は、そのまま、「商品A=商品B」という式に当てはまります。
    マルクスは、「商品A=商品B」という式に、「商品Aの大きさと商品Bの大きさを等しいとして交換する」という意味を与えました。それでは、人間はどのようにして、その大きさを認識して交換しているのか?この質問に対してマルクスは次のように答えたことになります。

    彼らはこのことを知らない。しかし、彼らはこれをなすのである。

    マルクスは、商品の中の価値をどのように認識するのか?という疑問に対する答えを持っていません。


    それでは、次に、マルクス貨幣論について考察します。

    第2節 マルクス貨幣論の考察
    『資本論』の始めに労働価値説を論じたマルクスは、次に貨幣を論じます。そして、そのときまた、「商品A=商品B」という式を使います。三つの疑問を抱えたこの式をそのまま使って貨幣を論じました。
    さて、マルクス貨幣論は、商品から貨幣が生まれたという論です。まず、マルクス貨幣論をザックリとまとめてみます。
     
    <マルクス貨幣論のまとめ>
    「商品A=商品B」というとき、商品A の中にも、商品Bの中にも労働によって生まれた価値(交換価値)が存在している。ところが、その価値は、それぞれの商品から現れることをしない。この式の場合、商品A の価値は商品Bの体として現れる。「商品A=商品B」というとき、商品Aの価値は商品Bの体なのだ。つまり、商品Aは自分の価値を商品Bに押し付け、商品Bは自分の体で商品Aの価値を表してあげている。そして、そのとき、商品Bはお金のような役割をしている。お金は、自分の体で貨幣価値という交換価値を表し、商品Bは自分の体で交換相手の価値という交換価値を表しているからだ。さて、商品Bがお金にふさわしい商品だったとき、商品Bはお金のように扱われた。商品Bをお金のようにして扱った交換が行われたのだ。そのとき、商品B は、自分の体で交換相手の価値を表し続けた。そして、やがて、本当のお金になっていった。その代表的な例が「金」である。「金」は、元々一つの商品だった。ところが、お金にとても適していたのでお金のように扱われ、やがて「金貨」という本当のお金になっていった。商品からお金が生まれたのだ。


    商品→お金

    このように、マルクスは、商品交換の中から特定の商品がお金になっていったと論じています。そして、この貨幣論はとても説得力がありました。だから、今日まで、多くの人を納得させてきました。
    ところが、前章で明らかにしたように、交換の歴史のなかに「商品と商品を交換した」という事実はありません。
    最初の交換は、生産物と生産物の交換でした。次は、生産物と原始貨幣の交換。その次は、生産物とお金の交換。そして、最後が商品とお金の交換です。図にすると、次のようになります。

    ここには、商品と商品の交換は出てきません。つまり、人間の交換の歴史に、商品と商品を交換したという事実はないのです。つまり、マルクスが立てた「商品A=商品B」という式は、存在しない間違った式だったのです。
    マルクス貨幣論は、「商品A=商品B」という間違った式を元に論じられています。従って、間違った式を元に論じられているマルクス貨幣論は、間違っているということになります。マルクス貨幣論は、「商品からお金が生まれた」と論じます。しかし、実際はお金が先に生まれ、その後、商品が生まれています。

    さて、この章の第1節で、「商品A=商品B」という式が抱える三つの疑問を提起しました。
    <提起した三つの疑問>
    1)商品と商品を交換するという式の設定は正しいのか?
    2)価格が付いていない商品は存在するのか?
    3)価値の大きさを認識できないのに、なぜ等しいと言えるのか?

    これらの疑問はすべて正しかったのです。
    過去の交換の歴史に、商品と商品を交換したという事実はありません。商品と商品を交換するという式の設定は間違っていたのです。「商品A=商品B」という式は存在しない間違った式だったのです。
    さらに、マルクスが認めていた「価格の付いていない商品」も間違いです。価格の付いていない商品は存在しません。なぜなら、生産物に価格を与えたものが商品だからです。価格が付いていなければ、それはただの生産物です。
    そして、「商品A=商品B」への大きな疑問である「価値の大きさを認識できないのになぜ等しいと言えるのか?」という疑問は、正しい疑問だったのです。
    マルクスは、「商品A=商品B」という式を立て、その式から商品の中には労働によって生まれた価値(交換価値)が存在すると論じました。しかし、「商品A=商品B」という式は間違っています。そのような式は存在しません。ということは、その間違った式から論じられた労働価値説もまた間違っているということになります。商品の中に労働によって生まれ価値が存在する事実はないということです。マルクスがいう労働によって生まれた価値(交換価値)は存在しません。存在しないから認識することも出来ないのです。

    ※マルクスは、商品の中には労働によって生まれた価値(交換価値)が存在していると論じ、その価値(交換価値)の大きさが商品の価格の大きさを規定していると捉えました。

    しかし、商品の中にそのような価値(交換価値)は存在しません。だから、価値が価格の大きさを規定しているという事実はありません。
    価格は、売り手が与えたものです。そして、その価格には、その商品の生産費と売り手の儲け分が入っています。

    以上の考察に明らかなように、マルクスの労働価値説は間違っています。そして、マルクス貨幣論も間違っています。マルクスは「商品からお金が生まれた」と論じました。しかし、実際は、商品より先にお金が生まれています。お金が生まれた後、生産物に価格が与えられ、価格を与えられた生産物が商品となりました。「商品→お金」ではなく「お金→商品」なのです。

    マルクスは、お金や商品の誕生の歴史を正しく捉えることができませんでした。


    第3節 マルクスが間違った理由
    マルクスが間違った最大の理由は、その考察が「商品」から始まっているからです。マルクス『資本論』は、商品の分析から始まります。しかし、商品には、歴史があります。商品は、物々交換から始まった交換の移り変わりのなかで生まれました。


    だから、経済の研究は、商品の分析から始めるのではなく、いったん、経済の出発点である原始社会の物々交換から始めなくてはいけません。


     
     
     

     
    第7章 新しい経済
    第1節 お金の分かち合い
    原始社会は、小さな共同体が点在した社会でした、そして、その中では、土地や資源や生産物が共同所有され、そこには原始的共同性が豊かに生まれていました。ところが、共同所有されていた土地や資源や生産物は物質です。物質の共同所有には、物理的な限界があります。だから、原始社会の共同所有には限界がありました。ところが、階級社会の中で生み出されたお金の中の貨幣価値は、物質ではありません。物質ではないから、その共同所有に限界はありません。つまり、お金の中の貨幣価値を共同所有し、そこに原始的共同性を生み出すことは可能なのです。

    第2節 お金の分かち合いの第一歩
    お金の分かち合いは、国ごとに始まります。それは、政府を通した分かち合いです。決して個人的な分かち合いではありません。未来の経済は、政府を通してお金(貨幣価値)を分かち合う経済です。そして、それはもう始まっています。
    政府はよく「一時金を支給する」と言いますが、そこには、人気取りや選挙の票稼ぎの思惑が透けて見えます。ところが、その一時金の支給が、お金(貨幣価値)を分かち合う経済の第一歩となっています。
    「お金を分かち合う未来経済」は、まず、政府がお金を国民に支出します。それは、国民が豊かに生活するためのお金です。そのとき、支出するお金が足りなければ、政府はお金をつくって支出するということになります。そして、それでも、経済的混乱は起こらないのが「お金を分かち合う未来経済」です。そこでは、お金は儲けの対象ではありません。お金は分かち合うものです。だから、経済的な混乱は起こらないのです。

    第3節 お金を分かち合う思想

    資本主義社会を生きる私たち人間は、「お金は儲けるもの」とか、「お金は稼ぐもの」とかいった考え方をします。ここには「お金は分かち合うもの」という考え方はありません。資本主義社会から「お金は分かち合うもの」という考え方が生まれてくることはありません。資本主義経済は、欲望の経済だからです。つまり、「お金は分かち合うもの」という考え方は、資本主義社会の外から新しい思想として持ち込まなくてはいけません。それは、革新的な思想であり、資本主義経済を変革していく思想です。そして、この革新的な思想によって、資本主義社会の中に少しずつお金を分ち合う経済を実現して行くことができます。
    それでは、次に、「お金を分かち合う未来経済」について考察を深めたいと思います。

    第4節 政府によるお金の分かち合い
    未来社会では、お金(貨幣価値)が共同所有され、お金を分かち合う経済が営まれます。そして、その分かち合いは政府を通して行われます。

    政府は国民一人一人にお金を分配します。それは、すべての国民が、人間らしく豊かに生きていくために必要なお金です。そのとき、働けるとか働けないとかはまったく関係ありません。ただ人間らしく豊かに生きる権利として、すべての国民に必要なお金が分配されます。
    だから、未来社会の労働は、お金を稼ぐための労働ではなくなります。労働者は働く以前に、一人の国民として政府から必要なお金を受け取っているからです。その労働はお金を稼ぐための労働ではなく、誰かのための労働となります。そこでは、全ての労働が誰かのための労働になっています。
    もちろん、資本主義社会の労働も誰かのための労働です。しかし、資本主義社会では、「誰かのための労働」ということが自覚されることはありません。本当は、誰かのためになっているのに「この労働が誰かのためになっている」とは誰も思いません。なぜなら、資本主義社会では、資本家はお金を儲けるために労働者を働かせるからです。そして、労働者はお金を稼ぐために働かなくてはならないからです。資本主義社会では、お金を儲けることやお金を稼ぐことに必死です。だから「誰かのために働いている」とは誰も思えません。
    未来社会では、お金を儲ける必要もお金を稼ぐ必要もありません。お金は、人間として豊かに生きるために政府によって分配されます。すべての人間が、豊かに生きる権利としてお金を受け取ります。そして、人間として豊かに生きるためにお金を使います。つまり、未来経済はすべての人間のために営まれる経済です。そこでは、人間がお金のために生きるのではなく、お金が人間のためにあります。だから、未来社会の労働は、お金を儲けるための労働でもなければ、お金を稼ぐための労働でもありません。それは、誰かのための労働です。誰もが誰かのために働き、誰もが誰かの労働によって生かされています。そして、誰もがそのことをしっかりと自覚しています。
    この労働と他者との関係、労働と社会との関係がストレートに自覚されるのが未来社会です。そして、そのような社会は、お金(貨幣価値)の共同所有と分かち合いによって実現されます。

    未来社会では福祉という概念はなくなります。助けを求める人間はいなくなるからです。たとえば、労働ができない子供や老人、そして、ハンディがあって働けない人にも、同じように、豊かに生きるためのお金が分配されます。未来社会では、「すべての人間が人間らしく生きる権利がある」ということを誰もが理解しています。

    第5節 新しい売り買い
    1、商品の価格の内容が変わる

    「お金を分ち合う未来経済」は、資本主義経済を基礎につくられていきます。だから、生産物は商品として売られます。未来経済においても、資本主義経済と同じように生産物に価格を与えて商品として売りに出されます。ところが、商品の価格の内容が資本主義経済とは大きくちがいます。
    資本主義経済のなかでは、売り手は商品の価格をできるだけ大きくして儲けようとします。だから、商品の価格には売り手の儲け分が入っています。ところが、未来経済では、商品の価格に売り手の儲け分は入っていません。未来経済の商品の価格は、その商品の生産費のみです。
    たとえば、未来社会のパン屋さんは、パンをつくったときにかかった材料費・光熱費・水道代などをパンの価格とします。そして、その価格にパン屋さんの儲け分は入っていません。パン屋さんは、パンを売って儲ける必要はありません。なぜなら、働く前に政府から生きるために必要なお金を受け取っているからです。パン屋さんは、おいしいパンを誰かに食べてもらおうとしてパンをつくります。そして、そのパンをつくるときにかかった費用をパンの価格とします。
    ここでは、売り手がお金を儲けようとしない、新しい売り買いが行われています。
    2、労働力商品の廃絶
    資本主義経済では、使用価値があってその使用価値に需要があれば、その使用価値に価格を与えて商品として売りに出すことができます。だから、資本主義経済では、人間の労働力も商品になります。労働力商品です。
    さて、資本家は、土地や工場や材料・原料といった生産手段をもっています。しかし、生産手段をもっているだけでは生産活動は行えません。生産活動には、労働力が必要です。そこで、資本家は労働者の労働力に価格を与えて、労働者の労働力を労働力商品として労働者から買います。一方、生産手段をもたない労働者は、自分の労働力を労働力商品として資本家に売って生きるためのお金を稼ぎます。資本主義経済は、労働力の商品化を前提とした経済です。
    ところが、労働力は人間そのものであり人間と一体です。労働力と人間を切り離すことはできません。つまり、労働力の商品化とは、人間そのものの商品化なのです。資本主義経済は、人間までも商品としてしまう経済です。だから、労働力の商品化とは、巨大な人権侵害なのです。しかし、その人権侵害が余りにも大きくて誰もそれに気付かないだけです。
    そもそも、資本主義経済は、貧しい農民から土地を取り上げるところからはじまりました。貧しい農民から土地を取り上げ、生産手段を何一つ持たない労働者を生み出すことによってはじまったのです。以来、資本家は当たり前のように労働者の労働力を買い、労働者は当たり前のように自分の労働力を売っています。しかし、それは決して当たり前ではないのです。
    未来経済では、労働力の商品化はなくなっています。すべての国民は、生きるために必要なお金を政府から受け取ります。だから、生きるためにお金を稼ぐ必要はありません。つまり、自分の労働力を商品として売る必要はありません。労働力の商品化という巨大な人権侵害は、未来社会にはもうありません。

    3,お金儲けを目的としない経済
    引き続き、パン屋さんを例に取ります。未来社会のパン屋さんは、生きるために必要なお金を政府から受け取っています。だから、パンを売って生きるために必要なお金を稼ぐ必要はありません。パン屋さんは、ただ、おいしいパンを誰かに食べてもらうためにパンをつくります。
    その上で、パンをつくるために必要なお金は政府から支給されます。パン屋さんは、政府から支給されたお金を使ってパンをつくります。そして、パンを売って入ってきたお金は政府に返します。
    ここで重要なのは、パン屋さんはお金を儲けようとしてパンをつくっているのではないということです。
    パンを作るために必要なお金は、政府からパン屋さんに支給されます。パン屋さんは、そのお金でパンの材料を手に入れ、パンをつくり、パンを売ります。そのとき、利益を出す必要はありません。ここでは、お金は儲ける対象ではありません。
    お金は、目的ではなく手段なのです。生きていくための手段であり、生産物を生産する手段なのです。
    さて、商品経済は、お金儲けを目的とした欲望の経済として始まりました。そして、その欲望の商品経済が高度に発達したのが、現在の資本主義経済です。だから、現在の資本主義経済は、お金儲けを目的とした経済です。もちろん、この欲望の資本主義経済が、生産力を世界的な生産力へと発展させ、世界的な経済を実現してきたことは歴史的事実です。そういう意味で、欲望の資本主義経済は、歴史的意味をもっていました。しかし、現在、その歴史的意味はもうなくなっています。
    世界的に発展した欲望の資本主義経済は、世界中で戦争を引き起こし、自然環境を破壊し続けています。戦争や地球的規模の環境破壊の根底にあるのは、欲望の資本主義経済です。資本主義経済が生み出している戦争や環境破壊の問題を解決するためには、お金儲けを目的としない未来経済への移行が必要です。

    4、あたたかい貨幣価値へ
    貨幣価値とは、人間の意識がつくっている人間の意識の産物です。私たちは、お金のなかに貨幣価値を思い浮かべています。
    さて、人間の意識は誰もが同じものを思い浮かべていると、思い浮かべたものが本当に存在するかのように心に映っていくという性質をもっています。これは、共同幻想です。たとえば、カリスマ性をもった人とか、スター誕生のスターというのは、特定の人間に思い浮かべている私たちの共同幻想です。誰もが、この人は特別な人だと思うことによって、その人が特別な人であるかのように共同幻想となって私たちの心に映っています。
    そして、お金のなかの貨幣価値も共同幻想です。誰もがお金のなかに貨幣価値を思い浮かべることによって、貨幣価値は共同幻想となって、本当に存在するかのように私たちの心に映っています。
    さて、資本主義経済では、お金をたくさん儲けると贅沢な生活ができます。だから、誰もが「お金を欲しい」という欲望の心で貨幣価値を思い浮かべます。そして、その貨幣価値は欲望の貨幣価値となっています。

    ところが、未来経済ではお金は欲望の対象ではなくなります。未来経済では、お金が共同所有され、政府を通して分かち合われるからです。お金は欲望の対象ではなく、すべての人間が豊かな生活を送るための手段となっています。更に、共に所有し共に分かち合う経済を営むとき、そこに原始的共同性が生まれます。

    原始社会の共同体のなかでは、生産物を共同所有し、生産物を分かち合う経済が営まれていました。そして、その分かち合う経済から原始的共同性が豊かに生まれていました。この原始社会の経済を、もっと高度な段階で実現するのが未来社会の経済です。それは、お金(貨幣価値)を分かち合う経済です。そして、そのとき、お金のなかに思い浮かべる貨幣価値は、あたたかい貨幣価値となります。

    ここでは、欲望の貨幣価値は消えています。欲望の貨幣価値が、人間のお金への欲望を挑発することはもうありません。そのとき、お金のなかの貨幣価値は、私たちがまだ知らないあたたかい貨幣価値です。



     
    第8章 『人新世の「資本論」』の間違い(経済編)
    第1節 「使用価値と価値の対立」について

    マルクスは、『資本論』の中で、商品には二つの価値があると論じました。「使用価値」と「価値」です。

    「使用価値」は、役に立つ価値です。「食べることができる」とか「身に着けることができる」とか、商品は様々な使用価値を持っています。
    一方の「価値」は、労働によって生まれた価値です。その商品をつくるときに支出した労働量が、商品の中に積もって「価値」をつくっている。マルクスはそう論じました。
    このように、マルクスは、商品の中に全く違う二つの価値を捉えました。そして、「使用価値」と「価値」が対立しているという捉え方をします。
    さて、「使用価値」と「価値」の対立を明確にしたマルクスは、資本家の目的は「使用価値」ではなく「価値」であると言います。つまり、資本家はお金儲けにつながる「価値」を目的として生産活動を行っているということです。資本家にとって重要なのは、お金儲けにつながる「価値」の方だということです。
    もちろん、「使用価値」がないと商品は売れません。だから、資本家は商品の「使用価値」をつくります。しかし、「商品の『使用価値』を消費者に使ってもらいたい」と思って「使用価値」をつくるのではありません。資本家は、商品を売ってお金を儲けるために、商品の「使用価値」をつくるとマルクスは言います。つまり、資本家の目的は、商品の「使用価値」ではなく、商品の「価値」ということです。お金儲けにつながる「価値」ということです。このことを、「資本家は『使用価値』をお金儲けの手段に落とし込めている」と、マルクスは批判します。それは、「交換価値」よりも「価値」を重視する資本主義経済そのものへの批判です。
    そして、その結果、マルクスの考え方は「価値」ではなく「『使用価値』を重視する経済を実現しよう」という方向に向かいます。
    「使用価値」と「価値」を対立させたマルクスの考え方は、結局、「『使用価値』を重視するのか?」「『価値』を重視するのか?」という思考に陥ってしまい、結果、「使用価値」を重視する経済へと向かいました。そして、「お金(貨幣価値)を分かち合う経済」という方向へは向かわなかったのです。
    これは、マルクス経済論の間違いです。マルクス経済論は、お金(貨幣価値)を分かち合うことの重要性を捉えることができませんでした。

    ※そもそも、商品の中に「価値」は存在しません。だから、「使用価値」と「価値」の対立はないのです。マルクスは、存在しない対立を考え、そこから未来の経済を展望するという間違いをしています。

    第2節 マルクスの間違いを継承した『人新世の「資本論」』
    『人新世の「資本論」』は、マルクスの「使用価値と価値の対立」の間違いをそのまま継承しています。そして、次のように言います。

    ―『人新世の「資本論」』より―
    マルクスによれば、資本主義社会においては、商品の「価値」の論理が支配的となっていく。「価値」を増やしていくことが、資本主義的生産にとっての再優先事項になるのである。その結果、「使用価値」は「価値」を実現していくための手段に貶められていく。・・・マルクスはこれを「価値と使用価値の対立」として把握し、資本主義社会の不合理を批判したのである。
    (第六章「『価値』と『使用価値』の対立」より)

    このように、『人新世の「資本論」』は、マルクスの「使用価値と価値の対立」の間違いをそのまま継承しています。そして、次のように言います。

    ―『人新世の「資本論」』より―
    (脱成長)コミュニズムは生産の目的を大転換する。生産の目的を商品としての「価値」の増大ではなく、「使用価値」にして、生産を社会的な計画のもとに置くのだ。(『人新世の資本論』(第七章「脱成長コミュニズムの柱①」より)

    マルクスから「使用価値と価値の対立」を継承した『人新世の「資本論」』は、「生産の目的を商品としての『価値』の増大ではなく、『使用価値』にして、生産を社会的な計画のもとに置くのだ」と言います。
    これは、マルクスと同じ間違いです。
    そもそも、商品の中にマルクスが論じたような「価値」は存在しません。だから、「使用価値と価値」の対立はありません。『人新世の「資本論」』も、マルクスと同じように、存在しない「使用価値と価値」の対立をつくり出し、どちらを取るかという思考に陥ります。そして、「使用価値」を取ります。
    『人新世の「資本論」』は、マルクスと同じ間違いをしています。そして、「お金を分ち合う経済」を捉えることができません。

     
    第9章 未来経済への道筋
    第1節 生産手段の私的所有の廃絶は必要か?

    若い頃のマルクスは、資本主義から未来社会へ進むとき、労働者階級が国家権力を握る必要性を主張しています。
    そして、その権力を使って資本家から土地や機械・工場などいった生産手段を没収し、それらを社会的な所有に変えていくと論じました。そうすることによって格差をなくしていくということです。マルクスは、生産手段の資本家的所有をなくすことを、社会変革の重要な課題としました。
    しかし、そのような必要はありません。
    なぜなら、お金の平等な分配を実現していけば、そのことによって、格差はなくなって行くからです。お金の中の貨幣価値は物質ではありません。だから、国民全員で分かち合うことが可能です。そして、その分かち合いから格差が無くなっていきます。
    つまり、資本家の私有財産を没収しなくても、格差をなくしていく方法はあるということです。

    第2節 革新政党と国民による経済変革
    未来社会への道筋に、必要なのは革新政党です。お金を分ち合う経済は、革新政党とそれを支える国民の力で実現されていきます。

    1、一時金の支給の重要性
    革新政党
    が議会選挙に勝利したら、資本主義経済から未来経済への過渡期に入ります。勝利した革新政党は革新政府をつくり、未来経済をこの資本主義経済の中に浸透させていく政策を実践します。とりわけ、一時金の支給は重要です。
    一時金の支給に当たっては、一時金の支給の意味を国民に周知しなくてはいけません。一時金の支給は、未来経済におけるお金の分かち合いの練習です。
    一時金を支給された国民は、お金を分かち合う経済が可能であることを知っていきます。お金は本来分かち合うものであることや、お金を分かち合うことの素晴らしさを知っていきます。一時金の支給は、実際にたくさんの人を助けます。一時金の支給によって助かる人はたくさんいます。さらに、一時金は、すべての人に平等に支給されます。だから、国民のなかに分断を生むこともありません。国民は一時金の支給を通して、お金を分かち合うことを学習していきます。

    2、一時金の支給とインフレ、そして、価格
    一時金が繰り返し支給されるとインフレが心配です。物価が上昇していく心配があります。価格の上昇が心配です。
    さて、ここで、商品の価格への考察を深めておきたいと思います。
    たくさんのお金が国民に支出されると、国民の購買力は高くなります。そして、商品の売り手は、価格を上げてお金を儲けるチャンスとなります。その結果、商品の価格が上昇し、激しいインフレが起こる危険性が生まれます。だから、革新政府と国民によるインフレ対策が極めて重要になります。
    さて、私たちは「商品の価格は需要と供給の関係で決まる」と学校で習いそう考えてきました。ところが、この考え方は正確ではありません。なぜなら、最終的に商品の価格を決めているのは売り手だからです。
    商品の価格を決めるとき、売り手は「できるだけたくさんのお金を儲けよう」として、できるだけ高い価格を決めようとします。しかし、価格が高すぎるとその商品は売れません。そして、売れる所まで価格を下げます。売り手は需要と供給のバランスを見ながら商品の価格を決めています。
    ここで重要なのは、価格を決めているのは最終的には売り手だということです。需要と供給のバランスを見ながら、売り手が価格を決めているということです。つまり、需要と供給の関係は価格を決める条件であって、最終的に商品の価格を決めているのは、売り手なのです。
    「商品の価格は需要と供給の関係で決まる」という考え方のなかには、価格が人間の手の届かないところで決まっているかのような誤解を与えます。何かそのような経済法則があって、価格がそこで決まっているかのようなそのような誤解を生みます。しかし、最終的に価格を決めているのは人間なのです。売り手が「この価格なら売れる」とか「この価格なら売れない」とか判断して価格を決めています。その上で、その売り手は「可能ならもっと儲けよう」「もっと儲けよう」と考えて価格を決めています。
    だから、国民の購買力が高くなったとき、売り手は商品の価格を上げるチャンスだと考え価格を上げます。そして、それが社会の広範囲で行われ、価格が連鎖反応して上がり、激しいインフレの危機が生まれます。ひどくなると、ハイパーインフレの危機を招きます。
    だから、革新政府のインフレ対策は極めて重要になります。
    そして、そのインフレ対策とは、革新政府と国民が一体となって行う経済の透明化のたたかいです。経済を透明化して、価格を不当に吊り上げようとしている人間を明らかにするということです。
    ※そのとき、価格を上げなければやっていけない企業や商店を政府は支援します。問題は、不当な利益を求めて不当に価格を吊り上げる人間の欲望です。

    しかし、経済の透明化は政府だけではできません。革新政府と国民が一体となることによってそれは可能になります。
    革新政府と国民(労働者・人民)の連帯によって、価格が不当に高くなっている商品を見つけ、価格の不当な上昇を止める取り組みを行います。まず、商品の価格を不当に吊り上げている人物や企業を明らかにしていきます。それは、資本主義経済が絶えず胡麻化してきた資本主義経済の内実を透明化するということです。
    さて、価格を不当に吊り上げている人物や企業を見つけたら、革新政府と国民はその人物や企業を指導します。
    つまり、資本主義経済から未来経済への過渡期の政策とは、革新政府と国民が一体となった商品の価格を安定させる取り組みです。そして、それは、経済を透明化する取り組みです。そうやって、革新政府と国民は、価格をコントロールする術を身に着け、「お金を分ち合う未来経済」へと進みます。

    第3節 労働者の公務員化と企業の公営化
    資本主義経済から未来経済への過渡期において、革新政府はすべての労働者の公務員化を目指します。未来社会の分かち合う経済は、すべての労働者が公務員となることによって実現されていきます。
    さらに、企業の公営化も推し進めます。そのとき、企業の公営化というのは、経営者やすべての社員の公務員化です。つまり、経営者もすべての社員も同じ公務員となり、同じ給料となります。(※政府から分配されるお金をここでは「給料」と呼んでおきます)
    政府は公務員となった経営者に、未来財政から経営に必要なお金を支出します。そして、経営者はそのお金を使って企業を運営します。もちろん、その結果、企業が稼いだお金はすべて政府に返します。このとき、企業の目的はお金儲けではありません。その目的は、いかに社会のためになるかです。また、経営者が仕事の内容を変えたり、取引の内容・相手を変えたりするのも自由です。革新政府は、経営者の判断を尊重して必要なお金を支出します。
    未来社会には企業の倒産はありません。商品が売れなくてもそこに負債はないからです。商品が売れなければ、人々が求める新しい商品を新たに考えてつくれば済むことです。そこには、新たな商品・新たな企業をつくる自由があります。もちろん、経営者から労働者になる自由もあれば、労働者から経営者になる自由もあります。
    さて、企業経営の結果、企業が稼いだお金は革新政府の収入となります。しかし、経営者はそのことを理解するようになっていきます。お金を儲ける企業経営から、誰かのためになる企業経営へとその価値観が変わっていくからです。そして、革新政府のもと、経営者は新しい企業経営を身に着けていきます。
    以上、革新政府は、全国民へのお金の分配や、労働者の公務員化・企業の公営化などを通して、資本主義経済のなかに少しずつ未来経済を実現して行きます。もちろん、農業や林業・漁業を営む人々の公務員化も推し進めます。
    ここで、確認をしておきたいことがあります。
    未来社会の公務員労働は、現在の公務員労働とは全くちがうということです。それは、労働の喜びを取り戻した解放された労働です。

    ※労働者の公務員化・企業の公営化は、決して強制的に行われるのではありません。つまり、資本主義社会から未来社会への過渡期は、そこに対立をつくって進むのではなく、理解・納得・共感をつくって進まなくてはなりません。

    第4節 安定した未来経済
    未来社会では、欲望の経済はもう終わっています。商品の価格を吊り上げて儲けようとする経済は終わっています。だから、政府は、お金が必要なら、必要なお金をつくって国民経済のなかに支出すればいいということになります。そのとき、激しいインフレを心配する必要はありません。仮に、お金を支出しすぎて国民経済にお金がダブついたとしても、それで経済が混乱することはありません。
    未来経済では、お金は経済を回す手段です。お金は儲ける対象ではなく、経済を回す手段なのです。必要な商品を手に入れたり、レジャーを楽しんだりする手段なのです。その上で、商品の価格は、その商品の生産費と決まっています。つまり、そこは、商品の価格が乱高下するような経済ではないということです。それは、とても安定した経済です。

    第10章 共同性の高い段階での復活
    第1節 原始的共同性の高い段階での復活

    人間の社会は、低い段階の無階級社会(原始社会)から、階級社会を通って、高い段階の無階級社会(未来社会)へと進んでいます。

    低い段階の無階級社会(原始社会)→階級社会→高い段階の無階級社会(未来社会)

    さて、原始社会は、小さな共同体が点在する社会でした。そして、その共同体の中では、土地や資源や生産物を共同所有することによって、原始的共同性が豊かに生まれていました。ところが、共同体と共同体との間には共同所有するものが何もありません。だから、共同体と共同体の間には原始的共同性が生まれませんでした。
    ところが、階級社会の中で生まれたお金(貨幣価値)は、その共同所有に限界はありません。だから、原始社会の限界を越えて、国民全体でお金を共同所有する経済が可能です。そして、そのことによって、国民の中に失った原始的共同性をより高い段階で復活させていくことが可能です。そして、その原始的共同性は、将来、世界的規模での原始的共同性として実現されていきます。

    第2節 思想的共同性の高い段階での復活
    思想的共同性とは、人間がその生き方・考え方を共にするときに生まれてくる共同性です。原始社会では、小さな共同体の中に思想的共同性が豊かに生まれていたと考えることができます。ところが、共同体と共同体との間には、思想的共同性は生まれませんでした。
    さて、人間の社会が階級社会に入ったとき、社会全体がこの思想的共同性を失っていきました。そして、支配者がつくる思想が、支配下の人間の中に振りまかれました。それは、支配者を崇拝する思想であり、同時に、支配者の支配を維持するための差別・排外思想でした。
    しかし、その一方で、階級社会の中で、支配され、差別・抑圧された人間がたたかいに立ち上がりました。そして、自由・平等・人権・博愛といった声をあげました。そして、それらの声にたくさんの人が共感したとき、それらの声は思想となりました。
    自由の思想・平等の思想・人権の思想・博愛の思想・・・。
    これらは、全て民主思想です。そして、民主思想は、一つの根源的な内容を持っています。それは、誰をも排除しないという根源的な内容です。
    たとえば、自由の思想の自由は、自由を奪われている人間の自由であると同時に、自由を奪っている人間の自由でもあります。階級社会の中のたたかう民衆の中から生まれた民主思想は、原始社会の共同体の中の思想的共同性を、もっと高度な段階で復活させようとしています。

    最後に
    『人新世の「資本論」』の間違いや、マルクス主義の間違いについて論じました。そして、『人新世の「資本論」』やマルクス主義に代わる「新しい未来論」を提起しました。
    さて、現代社会は、戦争・格差・地球的規模の環境破壊といった深刻な問題を抱えています。この深刻な問題の解決を、資本主義社会を前提として、資本主義社会の枠の中で解決しようという発想から抜け出すことが必要だと思います。
    この深刻な問題の解決は、国家の枠を越えた革新的な思想、革新的な経済論、革新的な政治の実践と共に行う必要があります。もちろん、この点については、新しい社会変革論としてもっと深く論じなければなりません。

    今回この本で提起した、新しい歴史観・新しい経済論・新しい未来論が一人でも多くの方に理解して頂けるよう願っています。

     
    著者紹介
    1953年、長崎県諫早市に生まれる
    長崎県諫早高等学校から大阪体育大学へ進学
    卒業後、2年間大阪府門真市立小学校教員
    その後、大阪府門真市立中学校教員
    2011年 退職
    <著書>
    戦争が終わる論理(清風堂書店)
    価値と心との論理(清風堂書店)




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