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Photo bynoranekopochi

熾火

    <あらすじ>
     昭和の初め、極貧の家庭に生まれた二人の少女が、石炭積み出し港にある風呂屋で出会います。ハルは朝鮮から出稼ぎに来ている母に育てられ、糸は十二歳で風呂屋に奉公に来ています。
     その風呂屋には、同じ年ごろの他人がいました。ハルはその少年に恋心を抱きますが、十二歳になると娼家に売られてしまいます。ハルがいなくなると、糸は他人に求められ、十六歳で二人は結婚します。
     その後他人は出征し、偶然にも、戦地で慰安婦となっていたハルに出遭います。
     他人は無事復員しますが、数年後、糸の命の炎が消え尽きようとしています。

                   1
     病室からは、建設中の若戸大橋を見ることができます。紅緋色に塗装された巨大な二本の橋脚には、ワイヤーの太い束が渡され、主脚の中央部分だけが宙に浮かぶ箱舟のように取り付けられています。夜ともなると橋脚はライトに照らされ、巨大な火柱が燃え上がっているかのように見えるのです。
    その燃え上がる火柱に逆らうかのように、私の命の炎は燃え尽きようとしています。ですがその前に、やっておかなければならないことが一つだけ残っているのです。そのために、私は一通の手紙を書きました。
     その手紙を書いているときに脳裏に蘇ってくるのは、十二歳で奉公にあがった冨士湯での、思い出の数々でした。

     冨士湯の隣は桶職人の作業場です。側板と底板作りは単調な仕事で面白くはありませんが、口輪くちわ作りは別です。『バン、シュー、シュー、シュー』という竹を割る音が聞こえてくると、私は仕事の手を休め桶作りを見に行きます。『シーシーシー』という心地よい音が繰り返されて竹箍たけたがが削られ、その音が聞こえなくなるといよいよ口輪作りです。底板の周りに竹箍を渡して目分量で長さを測ると、竹を組み始めます。竹箍が右に左に、歌舞伎で連獅子が舞うかのように跳ねまわり、口輪が仕上がってゆきます。桶の周りにその口輪をはめると、目分量で作ったはずの口輪が見事に収まるのです。いつも私が見に来ているのを知っているはずですが、桶屋のおじさんは無言で仕事を続けます。当時の私にとって、数少ない娯楽の時でした。
     長屋の方が騒がしくなり、他たぁちゃんが桶屋の脇を走り抜けて行きました。すかさず私も後を追いました。ハルちゃんの家の前で騒ぎが起きていたのです。
     古賀こがの兄ちゃんが、女衒ぜげんを連れてきたのだそうです。ジア母さんが寝込んでから積み重なっていた借財を返すためには、この方法しかないと、ジア母さんと古賀の兄ちゃんが話をして決めたようです。ですが三さんちゃんは納得していませんでした。古賀の兄ちゃんが、「今すぐ客を取る訳じゃないし、当分の間は禿かむろといって、小間使いをするだけやけ」と、三ちゃんを言い含めようとしていました。それを聞いていた三ちゃんは、家の中に取って返すや包丁を持ち出し、女衒の広背筋あたりを刺そうとしました。ですがたちまち古賀の兄ちゃんに取り押さえられ、大声で泣きわめいていました。他ぁちゃんと私は、ハルちゃんが女衒に連れられて行くのを人垣の後ろからただ視ていました。三ちゃんは古賀の兄ちゃんに壁に押さえつけられたまま、大声でわめき続けていました。ハルちゃんは、なにか願い事でもしているかのような眼差しで他ぁちゃんを睨みつけ、女衒に手を引かれて去って行きました。
     その日の夜、一人で風呂釜の前にいた私の手には、ハルちゃんの手紙が握りしめられていました。他ぁちゃんに渡すように頼まれていたのです。昨日のハルちゃんは、いつになくはしゃいでいました。初めての恋文だなと思いながら、私は笑顔を返していたのです。ですがそこには、渡すことをためらっている自分がいました。妹のようなハルちゃんに頼まれたことなのに、こんな感情が湧き上がってくるとは……。ハルちゃんが連れ去られるとき、私は隣に立っていた他ぁちゃんの手を握り締めました。そのとき他ぁちゃんはびっくりしたような顔をして、私を見ました。その時から、私の胸の奥に秘められていたよこしまな考えが、うごめき始めていたのです。

    他ぁちゃんへ
    うちは明日、とおくへ行ってしまうの。糸いとお姉ちゃんのような奉公とはすこしちがうの。うちは売られていくの。よう分らんけど、お客をとるのはなん年か先らしいの。一つだけ他ぁちゃんにお願いがあると。お客をとる年になったらにげだしてくるけ。そのときは一緒ににげて。おねがい。必ずにげだしてくるけ。もしうちが逃げ出せんかったら、他ぁちゃんは糸お姉ちゃんと結婚すると思うの。それはぜったい嫌だけど。うちにはわかるの。
    じゃけ、ぜったいにげ出してくるけ。
    ハル

     カタカナしか読めない私には拾い読みしかできませんでしたが、なんとなく意味は分かりました。暫く風呂釜の熾火おきびを見つめていましたが、意を決して、手紙を真っ赤な熾火の中に投げ入れました。ハルちゃんと私の二つの気持ちが争っているかのように、手紙は炎を上げて燃え上がりました。其の炎を目にしたとき、自分が気づく前から胸の底深くに押し込められていた、奸悪な感情が沸き上がってきているのを確信したのです。

     桜の花びらは風に舞い、春を謳歌していました。同い年の子たちは、四月から高等小学校へ進学していきました。私は明日から奉公に出るのです。
    「糸、今日中にお墓参りにいっとけ」と、本家に隣接する納屋の一角を改造しただけの寝間で、晃あきら兄ちゃんは力ない声で私に命じました。兄ちゃんは、母の病死、父の坑内事故と相次ぐ不幸の中、十五歳の若さで家長になりました。
    「お墓参りが終わったら、本家の叔父さん家にも挨拶に行くぞ」
     父の死後、鞍手郡の炭住から両親の故郷である八女郡S村に戻り、本家の田と茶畑の手伝いをしながら、何とかここまで生きてきました。S村へ戻った後、私は尋常小学校二年の途中から、学校へ通うことができなくなりました。年相応の遊びをすることもなく、田と茶畑の手伝いをする日々でした
     三年前、ヨシエ姉ちゃんも尋常小学校を卒業すると、朝鮮の叔父さんのところに働きに行っていました。
    「則明のりあき。一緒にお墓参りにいくばい」
    「昨日兄ちゃんと行ったばってん、また行くとね」
     今年五歳になる末っ子の則明は、少し拗ねた様子で答えました。
    「姉ちゃんも、兄ちゃんのごとお墓の前で泣いたらいやばい」
    「───。もうよか。姉ちゃん一人でいくけん」
     私も、則明に泣くのを見られるのは嫌でした。
     村の共同墓地からの視界は南側が開け、足元には、畝状に切り揃えられた茶畑が行儀よく並んでいます。薄霞の眼下には、四方山並みに囲まれたK町がすり鉢状に広がっています。二度と見ることができないであろうその景色は、美しいはずなのに、くすんだ群青色の景色がただ広がっているだけでした。途中で摘んだ一輪草を供え、墓石に手を合わせました。そのあと、一輪草を両手いっぱいに摘んで何度も往復しました。墓石の前は花畑に変わりました。でもその花弁達は、何故か輪郭が滲んで見えていました。
     見送りはありませんでした。則明は遊びに行っていました。久留米駅までは五里の山道でした。S村から暫くは、左手に黄砂で霞むK町を望みながらなだらかな登りが続きます。二人は無言で歩きました。重い荷車でも引いているかのような、怠慢な足取りでした。
     峠を越えるとため池があります。
    「少し休むか」
     兄ちゃんが初めて口を開き、木陰に腰を下ろしました。着古した木綿の着物の私は、本家から選別で貰った久留米絣と、寝間着の浴衣と、数枚の御腰と足袋を入れただけの風呂敷包みを膝の上に置き、並んで座りました。赤い鼻緒の下駄だけは、兄ちゃんが無理をして新調してくれていました。
    「これば持って行け」
     兄ちゃんは大事そうに、折り畳んだ紙切れを私に渡しました。
    「これに本家の住所が書いてあるけん、何かあったら奉公先の人に宛名ば書いてもらえ。手紙は糸が書いたっちゃ、宛名は漢字で書かな届かんけんな。なるたけ早う、宛名ば漢字で書くるごと丸覚えせれ」
     一年の時習ったカタカナなら書けましたが、文面を書く自信はありませんでした。奉公先でも頼る人は一人もいないはずだし、何があっても兄ちゃんに連絡することはできないのだと、そのときの私は思っていました。宛名のメモを風呂敷包みの一番下に大事にしまい込むと、目頭から溢れた冷たい水珠が、涙丘を越えたのを覚えています。兄ちゃんは私の涙を見ることを拒むかのように、ため池に浮かぶ桜の花びらをじっと見つめていました。
     湖畔に並ぶ桜の木からは花びらが吹きあがるように飛び立ち、私の気持ちを知ることも無く、門出を祝福するかのように舞っていました。
     それからは暫く山路が続きます。兄ちゃんは広場での缶蹴り、ゴム飛び、かくれんぼ、馬乗り、盆踊りで踊った炭坑節、遠賀川での川遊びなどの楽しかった思い出を、永遠と話し続けました。家並みが始まる花畑村まで、兄ちゃんの話が途切れることはありませんでした。新しい下駄で鼻緒擦れができたときは、兄ちゃんが鼻緒を揉んでくれました。鼻緒を揉みながらも、沈黙の恐怖を追い払うために、話は続けていました。
     九州鉄道を幾駅か乗り換え、最寄りのF駅から奉公先までは、徒歩で数分程度でした。
     右手に貯炭場が広がり、潮風が頬を撫で、日本製鐵の煙突から昇る煙は、勢いよく皿倉山の峰を越えていました。架橋桟橋を右手に見ながら進むと、広場がありました。広場の正面には、ひときわ大きな二階建ての建物が建っていました。それが私の奉公する、『冨士湯』でした。湯のれんとその周りに施した白と青のタイルが、風呂屋であることを教えてくれていました。二人が到着したのは夕刻でした。奉公先の主人は今日もどこかに酒を飲みに行っているとやらで、兄ちゃんは奉公先への挨拶も早々に切り上げ、逃げるように帰っていきました。まるで未練を断ち切るための、唯一の方法ででもあるかのように。
     その日から、私の新しい生活が始まりました。その後兄ちゃんと会うことは、二度とありませんでした。

     奉公先には、同い年の坊ちゃんがいました。名前は他人たにんさんといいました。
     日に焼けて真っ黒な顔に洗いざらしの木綿の着物を着た私が、冨士湯の人たちと打ち解けるのには、しばしの時間が必要でした。今考えると、私はただ「はい」という言葉だけを発していたような気がします。仕事を必死に覚えるだけで、半年が過ぎてしまいました。正直いって、父が死んだ時と同じように、その半年間は記憶が曖昧なままなのです。
     そんな私が最初に打ち解けて話すようになったのは、裏の長屋に住むハルちゃんでした。残り湯を使おうと風呂場に入っていったとき、その日はハルちゃんが先に湯舟に浸かっていました。
    「うち、ハル」
    「知っとるよ。奥さんから聞いとるけ」
    「お姉ちゃんの躰って白いんやなあ。顔と違うて」
    「毎日茶畑で働いとったけ」
    「そうなんや。働いとったんや。学校には行かんかったん?」
    「小学校二年までは行っとったよ」
    「ふぅん」
     ハルちゃんは不思議そうな顔をしながら、お風呂の湯を両手ですくって顔にかけていました。
    「お姉ちゃんっていいなぁ。おっぱいが大きゅうなっとるけ」
    「ハルちゃんも、もうじき大きゅうなるよ」
    「早うおっぱいが大きゅうなって、うちお嫁に行きたいんよ」
    「そうなん。相手はもう決まっとるん?」
     ハルちゃんの子供っぽい言葉が愛らしくて、私から微笑みが零れたのを覚えています。
    「他ぁちゃん。うちが大人になったら、他ぁちゃんのお嫁さんになると」
    「そうなんや。早う大人になれるといいね」
    「やけ、小石観音様にいつもお願いしとる」
     それからは時間を合わせて、毎日のように二人は残り湯を使いました。

     私の仕事は、料理の手伝い、洗濯、掃除、最近体調のよくない大奥さんのお世話から始まりました。一日の楽しみは、桶造りの見学とハルちゃんとの入浴でした。床に就くことが多くなった大奥さんから、私が和裁を習い始めたのもその頃です。少しでも暇ができると、大奥さんの枕元に行って和裁を習いました。そんな日々が半年ほど続くと、大奥さんは寝たきりになりました。最後の三日間は、私が昼夜寄り添いました。今考えると、そんな私を見ていた冨士湯の人々が、私を家族の一員として認めるようになってくれたような気がします。
     そのころ私とハルちゃんに、一つの楽しみが加わりました。本名は分からないままでしたが、二人が花ちゃんと呼んでいたある女性との関わりです。花ちゃんは、何時ごろからか町内に住みつくようになりました。風呂敷包みを一つだけ持ち、夕暮れになるとどこからともなく現れてきます。秋も深まってくると、夜は冷え込んできます。私とハルちゃんは、火を落とした風呂釜の前に花ちゃんを呼び、三人で話をしました。火を落としても暫く温かい風呂釜の熾火の前で、花ちゃんは寝るようにもなっていきました。花ちゃんの年齢は、四十を少し超えているように見えました。二人は子守や、鍋磨きや、掃除を紹介し、花ちゃんはそれで、少しばかりの駄賃やご飯の残り物を貰うのです。花ちゃんは物知りでした。子供を産んだことがあるともいっていました。文章を書かせると、達筆な字で二人を驚かすような文章を書くのです。時折妹だという女性が現れて連れて帰るのですが、暫くするとまた舞い戻ってきます。私とハルちゃんは協力して、花ちゃんを守りました。初めて目にした自分たちより弱い存在の花ちゃんが、少しでも心豊かに過ごして欲しいと思っていたからかもしれません。二人で花ちゃんを守ることで、二人の絆が深まっていくのが分かりました。
     初めて兄ちゃんに手紙を書いたのは、奉公から一年になろうとしている頃でした。いえ正確にいうと、私が書いたのではなく花ちゃんに代筆してもらったのです。

    拝啓 晃兄上 様
     この手紙は、友達の花ちゃんに代筆してもらっています。宛名も書いて貰います。
     晃お兄ちゃんも則明も元気ですか。糸も元気です。
     若松には海があります。毎日海を見ています。いつか船に乗ってみたいと思っています。今年の正月、冨士湯のお客さんからお年玉を貰いました。その内の一部を送ります。則明に何か買ってあげてください。
                                敬具
    追伸
     初めまして、糸さんの友達の花です。糸さんに頼まれて口述代筆しています。
     糸さんは元気に働いています。躰が丈夫なのは、持って生まれた宝物です。糸さんはご両親から、一番の宝物を受け継いだようです。口うるさいお客たちとも無難にこなす特技を持っているようですし、今や冨士湯の看板娘です。ご安心ください。
     大奥さんが亡くなったときなど、糸さんが付きっ切りで看病をしていました。冨士湯の人たちは、皆さん感謝しています。大奥さんの生前、糸さんは大奥さんから和裁を習っていました。今では、一人で着物が裁てるようになりました。大奥さんは、筋がいいといって褒めていたそうです。
     夕餉の支度も糸さんの役目です。今では、殆ど一人で料理をしています。私も時々、ご相伴にあずかっています。
     先日冨士湯の旦那さんが、「先の話だが、冨士湯から嫁に出してやらないといけないな」、といっていたそうです。
     そう言えば今年の正月、冨士湯のお客からお年玉を貰っていました。少額ではありましたが、奉公人がお客からお年玉を貰うなんて、冨士湯始まって以来の珍事です。いかに糸さんが皆に可愛いがられているのか、想像できると思います。これは糸さんには内緒ですが、貰ったお年玉は、全額お兄様に送るそうです。
     こんな内容で、糸さんの近況が分かるのかと心配です。拙文の程お許しください。
     末筆ではございますが、お兄様もお躰をご自愛ください

     追伸のことは何も言わず、花ちゃんは手紙を封筒に入れました。
     それから数日後、晃兄ちゃんからの手紙が、冨士湯気付で届きました。

    イトヘ
    イトカラノテガミ ヨミマシタ。オクッテクレタオカネ ダイジニツカイマス。アリガトウ。ノリアキニハ ホシガッテイタ タコヲ カッテヤリマシタ。ノリアキダケガ モッテイナイトカデ ホシガッテイタモノデス。ネエチャンニ オレイヲイッテオイテト、イッテイマシタ。ガッコウカラカエルト キョウモタコヲモッテ アソビニイッテイマス。
    ノリアキハ ナントカ ジンジョウショウガッコウニ イカセルコトガデキテイマス。オクッテモラッタオカネ ヤクニタッテイマス。
    ソレカラ ヨシエカラ テガミガトドキマシタ。チョウセンノ ゼンラホクドウ イクサン トイウトコロデ オジサンノニホンリョウリテンヲ テツダッテイルソウデス。グンゾクヤバゾクノヒトガ オモナオキャクダソウデ ニギヤカナトコロデ クラシテイルヨウデス。
    コレカラモ ミナサンノ イウコトヲヨクキイテ イツマデモカワイガラレルヨウニ イトモ ガンバッテクダサイ。
    ダイヒツシテクレタ ハナサンンニ ヨロシクツタエテクダサイ。
    アキラ

     その手紙は私でも読めるように、カタカナで書かれていました。その中でも、則明が学校に行けているということが何よりも嬉しい知らせでした。
     
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     古歌で大渡おおわたり川や洞海くきのうみなどと歌われていた洞海湾どうかいわんは、石峰いしみね山塊と皿倉さらくら山塊の間の地溝が東西に細長く入海となり、遠賀川河口で玄界灘と繋がっている。
     石峰山を越えた先には玄界灘げんかいなだが波打ち、その先に朝鮮半島が横たわっている。玄海灘は外海である。神功皇后は新羅出兵のとき、風波を避けるために洞海を通航した。豊臣秀吉の文禄、慶長の役でも、洞海を通航している。一方皿倉山を越えると、遠賀川流域の筑豊炭田が広がっている。その二つに挟まれたように位置する洞海湾は、筑豊炭田から生産される石炭と朝鮮半島からの労働力によって、石炭の積出港として繁栄し始めていた。
     そんな大正二年、他人は福岡県若松町に生まれた。他人が通ったのはF尋常小学校である。そこで、幼友達でもあった三八みつやという無二の友人ができた。二人はいつも一緒に行動した。その三八の二歳年下の妹が、ハルである。
     他人と三八が学校から帰ると、ハルはいつも二人の後を追った。三人は日課のように、洞海湾に海藻採りや貝採りにいった。そんな時は、ハルが籠に収穫物を入れて後ろに従った。その収穫物は、三八とハルが夕餉にするといって持ち帰った。当時の洞海湾は水深二三メートルの浅瀬が続き、海藻や貝が採れた。他人と三八は、汚れた手足を洗い流すために褌で泳ぐこともあった。そんな時はハルも、木綿絣の着物を脱ぎ棄てて一緒に泳いだ。
     他人と三八が三年生になると、ハルが小学校に入学してきた。雨の日は家に傘がないので三八兄妹は学校を休むが、晴れの日は、まるで三人兄妹でもあるかのように行動した。洞海湾は浚渫が進み、海は濁り、海藻や貝は次第に採れなくなっていた。学校が終わると、ハルは二人の授業が終わるのを待った。学校からすぐには家に帰らず、よく石峰山に登った。学校の裏門を抜け、少し坂道を登ると墓地がある。他人は墓石に刻まれている文字を読んでは、二人に自慢した。三八が読めない漢字を何の苦もなく読み上げる他人は、ハルにとって尊敬の的であった。その墓地を過ぎると、山の中腹に通称桜公園と呼ばれている広場がある。かなり急峻な斜面に桜の木が四十本ほど、ハの字型に植林されている。春にはそこで、桜を見ながら他人が買ってきたキャラメルを食べた。夏には蝉取りをして遊んだ。他人はいつも、ハルを肩車して桜の木に登らせてくれた。桜の木の上で三人並んで眺める洞海湾は、春霞の中でたおやかに横たわっていた。桜の木から降りるときにハルが足を滑らせて擦りむくと、他人がハルを負ぶって家まで帰ってくれた。そんなときの他人の背中は、広くて、暖かくて、キャラメルの甘い匂いがした。
     時には笹舟流しを行った。尋常小学校の横を流れる川幅三メートルほどの小川は、洞海湾の河口に五百メートル程で達する。三人はそれぞれ笹舟を作り、同時に川に流す。そうして、誰の笹舟が洞海湾に一番初めに到着するのかを競うのである。途中でハルの笹舟が淀みにはまると、他人が石を投げて助けてくれた。笹舟が暗渠に入ると、三人は暗渠の出口に先回りして流れて来るのを待つ。暫くして笹舟が姿を現すと、三人で雄叫びを上げた。なぜかいつもハルが勝った。ハルが勝つと、他人は赤いカンナの花を見つけてきて、花蜜を吸わせてくれた。だからハルは、必ず一番になるのだと心に決めていた。
     冨士湯の二階は、他人の勉強部屋になっていた。夕食後他人とハルは、勉強部屋で一緒に宿題をやるようになった。勉強が苦手な三八が、宿題をやりにくることはなかった。
     冨士湯の主な客はごんぞうである。冨士湯は番台から浴槽迄土間が続いている。番台の横を通り抜けた客は浴槽の横まで行き、かぶり湯で微粉炭を洗い流してから、洗い場に上がることができた。ごんぞうは仕事上がりに、微粉炭をおとすために必ず風呂を使う。ごんぞうには入れ墨者が多い。浴槽のなかでは、紅潮した昇り竜や牡丹の花弁がひしめいていた。だから夜八時ともなると、客は殆どいなくなる。そんな客が引いた後、他人は三八を呼んで大きな浴槽で泳いだ。そんな日々が続くなか、ハルは夕餉までも他人の家で済ますようになっていた。ハルが冨士湯に入り浸るようになると、ハルの朝鮮訛りは無くなった。一重の瞼も二重に変わり、細面の下半分が尖り気味にしゅっとしている朝鮮民族特有の顔も、顎の周りがふっくらと膨らみ、なぜか日本人らしい顔つきに変わっていった。

     三八の父は、釜山の港湾労働者であった。
     もともと朝鮮南部は、李氏朝時代から生活水準が低かった。それに追い打ちをかけたのが、明治十五年に米国で成立した中国人排斥法である。行き場をなくした中国人労働者が次に目差したのが、朝鮮半島である。安価な中国人労働者に押し出されるように、朝鮮人労働者は雇用機会の多い日本に移住していった。さらに朝鮮併合後に植民地地主制が確立し、土地の所有が日本人に集約される一方、日本の経済発展に伴う日本への米輸出が急増し、米の価格も高騰した。その結果として、土地を失くした多くの農民や下層労働者の生活は困窮した。
     そんな世相に影響され、崔さい夫婦も日本を目差したのである。それは、三八がジア母さんのお腹にいたときのことであった。
     手に技術を持たない移住者は、建設現場や鉱山などにおける肉体労働に従事した。若松のごんぞうも、朝鮮人労働者が働くことのできた、数少ない業種の一つである。しかし日雇い労働であるごんぞうの仕事は、決して恵まれたものではなかった。三八の父も、石炭の荷役中に艀はしけと岸壁の間に挟まれて横死した。それは日本に移住後、間もなくのことであった。
     ごんぞうの仕事とは、バッチョ傘のおなご中仕なかしが着物の裾をからげ、ガンズメと呼ばれる四本刃の鍬で笊ざるに石炭をかき集める。おとこ中仕はニッカボッカと脚絆の上に組の名前が入った法被を着て、二つ合わせて六十キロの石炭を六尺天秤棒の両端に下げ、岸壁に横付けされた艀への揚げ降ろしを行う。岸壁と船縁に渡した幅三十センチほどの歩み板を伝い、歩み板の縦揺れに振り落とされないように、調子を合わせて渡ってゆくのである。不慣れな者は歩み板の立て揺れに調子を合わせることができず、海に落ちてしまうことがある。運悪く三八の父は、岸壁と船縁の間に挟まれてしまった。
     当然ごんぞうに、労災補償などというものは無い。ジア母さんは、不慣れなおなご中仕の仕事で糊口をしのぐしかなかった。しかし慣れない肉体労働のため、寝込むことも度々であった。そんなジア母さんのところに、ごんぞう仲間の古賀こがの兄ちゃんが時折顔を見せるようになった。その頃のジア母さんと三八は、古賀の兄ちゃんの援助で、何とか人並みの生活を維持できていたのである。
     そんなとき、三八に妹が生まれた。名前はハルと名付けられた。

     他人が小学五年になると、小石観音寺の月例祭に、父から代参を云いつかるようになった。そんなときは、他人と三八とハルの三人で行った。小石観音寺へは、石峰山と高塔山に挟まれた峠を越えて行くのである。家並が途切れて暫くすると視界が開け、眼下に洞海湾が見えてくる。峠で三人はいつも休むことにしている。大きな岩に腰掛け、眼下の洞海湾を眺めながら三人は汗を拭く。三人の正面には、皿倉山と帆柱山がなだらかな裾野を見せながら並んで鎮座している。その裾野をなぞるように日本製鐵が広がり、幾本かの煙突から、勢いよく煙を吐き出している。その手前は洞海湾だ。まるで無数のフラッシュがランダムに発光しているかのように、波立つ海面に陽光が反射して煌めいている。石炭を満載した気帆船も帆を満帆に膨らませ、せわしげに右に左に駆けている。若松側の岸壁を見ると、よく訓練された学童のように気帆船が整列して停泊し、その手前には筑豊本線が走っている。鉄路と岸壁の間には、石炭を小高く積み上げた円錐状の石炭山が、螺髪らほつのように連なっている。
     他人が買ってきたキャラメルを食べ終わり、菖蒲谷池を左に見て降っていくと、小石観音寺はすぐだ。三人揃って手を合わせるとき、本坪鈴ほんつぼすずを鳴らすのはハルの役目だ。いつもハルが最後まで手を合わせている。三八が「何をそげん長うお願いしとるんや」といっても、ハルは答えない。そうして、いつも他人を見て笑う。
     帰りの峠を越えると下り坂が続く。ハルが疲れてくると他人におんぶをせがむ。他人は躊躇わずにそれに応じる。少し重さの増したハルの躰を背に、他人はゆっくりと降っていく。
     他人はおぶったハルにいろんな話をした。
    「ハル。なして帆柱山っちゅうか知っとるか?」
    「うち知らん」
    「むかし神功皇后ちゅう天子様がおった。天子様が朝鮮にあった新羅ちゅう国に戦に行く途中、帆柱が折れたんや。それで帆柱山の杉で帆柱を作ったんやそうだ。やけそれいらい、帆柱山っち呼ばれるごとなったんや」
     ハルが他人の話を聞きながら背中にしがみつくと、石峰山に沈む夕日がハルの背中を照らし、他人の背中と夕日の温もりに挟まれたハルは寝入ってしまう。極貧の上父親がいない境遇のなか、つかの間のこの時間が、ハルにとっては何にも代えがたい時間であった。いつまでも、いつまでも、他人の背中で感じるこの温もりが続くことを、ハルは願っていた。

     他人の父の芳太郎よしたろうは冨士湯購入時、冨士湯の裏にある二十軒ほどの長屋も買った。その長屋に、今はジア母さん親子が住んでいる。讃岐から嫁いできた他人の継母は、朝鮮人労働者を侮蔑しているところがあった。若松での、日本人と朝鮮人の関わり合いが理解できなかったのである。ハルが毎晩他人の部屋で勉強をするのも、夕餉を一緒にとることも嫌がった。
    「夕餉のとき、おばさんが嫌な顔をするんよ」
    「母さんは好かんごたる。勉強は今まで通りやりゃあええけど、夕餉はやめとくか」
    「うん。そうする」
    「風呂は今まで通り三人で入ろう」
    「うちはもうじき四年生やけ、女風呂に入ることにする」
    「どげんして?」
     他人は不思議そうな顔をして問いかけた。
    「他ぁちゃんと入るんは恥ずかしいけ」
     ハルは頬をほんのり赤らめて俯いた。
     他人が六年生になると、中学受験の準備が始まった。風呂屋の二階でのハルと二人での勉強も、自然と無くなっていった。
     他人はT中学に合格した。三八は尋常小学校卒業と同時に、古賀の兄ちゃんの仕事を手伝うようになっていた。数年前まで古賀の兄ちゃんはごんぞうをしていたが、今は新町にある、やくざの組に出入りするようになっていた。それに伴い、他人が小石観音寺に代参するときは、ハルと二人で行くことになっていた。
     今日も小石観音寺への代参の途中で、他人は高塔山の方に寄り道するという。高塔山を若松駅の方に降り始めると直ぐに、神峯寺本堂の屋根瓦が見えてくる。小振りだが風格を備えた山門の前を通り過ぎるころ、他人の胸が高鳴り始める。垣根の隙間から庭の紅葉を覗き見しながら行き過ぎ、暫くして引き返す。その動作を今日も三回ほど繰り返した。庫裡くりであろうか、仏閣の隣に瓦葺きの平屋が見える。秋の陽射しが柔らかく差し込む縁側では、絎ぐけの付いた和裁台の前で、中年の女性が針仕事をしている。 他人がその女性を遠目で見るのは、これで二度目だ。胸の鼓動が激しくなり、拳を握り締めて耐える。他人は山門を過ぎたところで一度立ちとまり、息を整えた。暑くもないのになぜか噴き出してきた汗を、立ちどまったままで拭った。再びゆっくり歩き出そうとしたとき、背後から女性の声が聞こえた。
    「他人やなかと?」
     背後からの声に弾かれるように駆けだした他人は、上り坂を曲がり、女性の姿が見えなくなったと思われるところで立ちとまった。ハルも遅れまいと一緒に走った。そうして他人は冷静になろうと自分にいい聞かせ、再び拳を握り締めた。
    「間違うとったらごめんなさい。水上みなかみ他人さんじゃなかとですか」
     足早に追いかけてきた女性が、息を切らしながら再び声を掛けてきた。耳隠しの髪、瓜実の顔立ちに細めの目、愛嬌のある下がり眉が、なんとなく無償のやさしさを感じさせた。
    「はい。他人です」
     それを聞いた女性の緊張の眼差しが、安堵の眼差しに変わり、瞳からは大粒の熱い涙が溢れ出た。そうして嗚咽が漏れ、暫く止まることはなかった。梢を抜ける山おろしの秋風が、二人を包んでいた。他人はその場に立ち尽くし、嗚咽が治まるのを待った。逃げ出す勇気さえ、女性の涙が消え去らせていた。嗚咽が途切れ途切れになり始めると、その女性は、他人の手首を掴んで無理やり屋敷に招き入れた。ハルはあっけにとられたまま二人に従った。境内の砂利石を踏む音が、不安に満ちた未知の世界へと他人とハルを誘っていた。
     出されたラムネと落雁を前にして、他人とハルは黙って座っていた。
    「会いに来てくれてありがとう。芳太郎さんにどことのう似とうとね」
     自分の顔を見つめ続ける女性の声を、他人は俯いて聞いていた。
    「うちが出て行ったのは、他人が四歳やったけん」
     最近山門の前を中学生が行ったり来たりしていると、檀家の人から聞かされていた。注意して見ていると、垣根越しに度々中学生と少女を見ることができた。中学生の後ろ姿に、なんとなく懐かしさを感じた。二度三度と見るうちに、確信のようなものが芽生えてきているのが分かった。
    「皆さん元気かい?」
    「去年お祖母ちゃんが亡くなった。それに四年前に新しかお母ちゃんがでけた」
    「お母さまがねぇ。厳しかお人やったわ」
    「そん子は?」
    「うん。ハル。同級生の妹。小石観音寺に代参するときは、いつもついてくる」
    「今でも小石観音寺にねぇ。ハルさんっちゅうの。他人をよろしゅうね」
     他人は小学六年のころ、冨士湯のお客から実母の捨すてのことを聞き、今住んでいるところを知った。中学に入って初めて神峯寺を見に行ったときも、ハルを道ずれにした。年に三四度、そんな他人の冒険が始まった。その時もハルが傍にいた。
    「今着てるのはT中学の制服やなかと?」
    「うん。二年生」
     他人は初めて、母の眼をみて話すことができた。さっきの緊張した顔つきは崩れ、朧気ではあるが、記憶の片隅にある母の面影がそこにあった。
    「賢かなんやなぁ。進学は考えとぅと?」
    「高等師範に行きたかと考えとぅけど、親父が進学に大反対なんや、そげん身分や無かていうて」
    「せいぜい頑張って合格することたい。合格すりゃあ芳太郎さんだって……」
    「親父にばれるといけんけん、もう帰る」
    「また来んさい」
     他人の手を握り、瞳を見つめながら「また来んさい」と、再びいった。包み込んだ母の手は柔らかかった。そうして温かかった。お祖母ちゃんの暖かさとは違い、躰の芯まで届くような温もりであった。

    「誰なん、あん人?」
    「ん、お袋。今のお袋は後妻やろ。親父達には内緒たい。わしとハルの秘密や」
     二人だけの秘密を持ったことが、ハルにはとても嬉しかった。
     その日の他人は多弁であった。高塔山の頂上に立つと、玄界灘に寄り添うように浮かぶ、大小二つの島を見ながら話し始めた。
    「なして、小石ちゅう地名がついたんか教えてやろうか」
     他人が玄界灘に目を馳せながらいった。
    「神代の昔、仲んよか兄妹が住んどった。何時の日か、そん兄妹はお互いば恋するごとなっとった。そん二人は、決して結ばれることのないこん世ば儚んで、玄界灘に入水して心中ばしてしもうたんや。そうすると二人ば悼むごと、沢山の小石が海岸に流れ着いたんやと。それで小石ちゅう地名が付いたそうな。そうして、兄の方は玄界灘の男島になり、妹は女島になったちゅう話や」
     当然のように、二人は視線を沖合の男島と女島に定め、玄界灘を見続けていた。
    「もしわしとハルが好き同士になったとしてん、ハルは妹じゃないけ心中する必要はないけんど、二人が結婚するっちゆうたら、親父は反対すやろうな」
     他人が冗談半分にいったが、二つの島が少し離れていることがハルにとって不満だった。自分に力があるならば、二つの島をくっ付けてしまうのにと思った。自分が女島で男島は他人だとも思った。二つの島はいつまでも一つにはなれないのかもしれないが、いつまでも近くにいれるのなら、それでもいいと思った。それ以来、他人は神峯寺を度々訪れるようになった。傍にはいつもハルがいた。三人でいると、他人は本当の家族のようで嬉しかった。捨はそれを見て、「他人とハルちゃんが結婚して、三人が家族になったら楽しいやろうなぁ」といって、いつも二人を見て微笑んでいた。

     冨士湯に奉公して丸二年が経ち、糸は十四歳になった。くっきりと映える冨士額と大きな瞳の卵型の顔つきを、ハルは憧れの顔だというようになっていた。
     他人がハルのことを妹以上の気持ちでいることは、糸にもなんとなく分かるようになっていた。糸と同じように極貧の生活を強いられているハルにとって、他人のお嫁になるということは、極貧の生活から逃れられるだけでなく、朝鮮人として見下されることもなくなるということなのだ。そんなハルの気持ちを打ち砕いたのが、古賀の兄ちゃんに押し付けられた身売りだった。
     ハルの身売りから一年ほど経った梅雨のある日、他人は三八にあなご釣りに誘われた。古賀の兄ちゃんが、三人で行こうといっているという。今までも幾度か、あなごの夜釣りに誘われたことはあった。古賀の兄ちゃんに対するわだかまりはなくなったのか、三八は今まで通り仕事を手伝っているようだ。
    「ハルを売ったお金が、どうなったのか知っとるか?」
     三八が真顔で他人に問いかけてきた。
    「どうなった」
    「古賀の兄ちゃんが全部持っていった。借金は儂わしが返しに行くちゆうて。だがかなりの金が残っとるはずや」
    「それを古賀の兄ちゃんに問い詰めたのか?」
    「自分の子供を売ったんや。儂が貰うて何が悪いっちいいやがった」
     三八の顔が、憎しみの眼差しに変わっていた。
    「今日までこの機会を待っとった。今日古賀の兄ちゃんを殺す。他ぁちゃんは何もせんでええけ、邪魔をせんで見といてくれ。儂はそのあと町内には近づかんけ、オモニのことば頼む。約束してくれ」
     他人は返事をせず、眼差しで答えた。他人の気持ちのなかにも、同じ気持ちが鬱積しているのは分かっていた。
     その日はあなごがいつになく多く釣れた。古賀の兄ちゃんは上機嫌だった。満月が南中を過ぎる頃、三八は用意していたヤッパを古賀の兄ちゃんの背中に突き刺した。古賀の兄ちゃんはヤッパが刺さったまま振り返り、「このやろう何しやがる」というなり、三八に襲い掛かった。三八はなすすべもなく、岸壁に押し倒されてしまった。首を絞めつけられている三八を見ていた他人は、三八が殺されると思った。咄嗟にヤッパを古賀の兄ちゃんの背中から引き抜いた。それに驚いた古賀の兄ちゃんが振り返ったとき、他人の持っているヤッパが、古賀の兄ちゃんの胸に突き刺さっていた。「うっ」と言って立ち上がった古賀の兄ちゃんは、ヤッパが刺さったまま数歩よろけると、岸壁から海に落ちていった。二人は無言で釣り道具を片付けるやいなや、冨士湯に向かって走った。暗闇の中で何度か転んだ。冨士湯迄の距離が永遠に思え、朧月が困惑の表情で二人を照らしていた。冨士湯に帰ると、残り少なくなっていた熾火に小ぶりの石炭を少し加え、返り血を浴びた衣類を投げ入れた。古賀の兄ちゃんが海に落ちてから二人が別れるまで、一言も口を利かなかった。翌朝には、三八がいなくなっていた。
     四日後、古賀の兄ちゃんの刺殺死体が洞海湾に浮かんだ。やくざ同志の喧嘩だと噂が流れる一方、三八が他人の前に姿を現すことはなくなった。他人に追及が及ばないよう、三八が他人を避けているのは分かった。他人にとって恐怖の日々が続いたが、犯人が捕まることはなかった。
     他人に自問の日々が続いていた。他人はただ単に、三八を救おうとして行動した。咄嗟の行動ではあったが、結果的に殺人を犯してしまったのだ。だが殺してしまうほどに、古賀の兄ちゃんを恨んでいたのだろうか。確かにハルは妹以上に愛おしい。だからハルの気持ちを察して、あんなことまでしてしまったのだろうか。しかし、ハルの父親を殺してしまったことに違いはなかった。一人床に臥したままのジア母さんは、当然のことのように糸と花ちゃんが面倒を見た。他人が事件の真相を糸に話すことはなかったが、小遣いの一部を糸に渡し、ジア母さんのために使うようにといった。三八からの仕送りも、時々ジア母さんに届いた。
     ジア母さんのことで他人と糸は度々相談するようになり、二人の関係が接近していった。
      
                   3
     ハルちゃんがいなくなって暫くすると、小石観音寺への代参が私の仕事に加わりました。私は十五歳になっていました。ですが私は、小石観音寺までの道程を知りません。そんな私に、坊っちゃんが教えてくれることになったのです。早くも私にとって、更に坊っちゃんと親しくなる機会が訪れたのです。
     坊っちゃんの足は速く、家並を過ぎて山路に入るまでに、三間近く離されてしまいました。夏でした。真夏の陽射しが私のうなじを射します。梢の隙間からは蝉の声が五月蠅く漏れ、私の背中では、一筋の汗が糸を引いて落ちていました。山路に入り人の眼がなくなると、坊っちゃんの足は緩み、峠に着くころやっと追いつくことができました。坊ちゃんは、峠の大きな岩の上に腰をかけていました。私は少し離れた所に座りました。
    「糸さん、手拭ばくれ」
     坊っちゃんが汗を拭い終わると、私は再び手拭を受け取り、自分のうなじを拭いました。
    「坊ちゃんな足がはやか」
    「坊ちゃんはそろそろやめてくれんか。家族が呼んどぅごと、他たぁちゃんにしてくれ。同い年なんやし」
     なんとはない気恥しさに、二人の間に少しの間沈黙が降りてきました。
    「小石観音寺へ行く途中で、一か所よるところがあるけん。皆には絶対内緒だぞ」
     気恥ずかしさを払しょくしたいのか、他ぁちゃんは命令口調でいいました。
    「急ぐぞ。寄り道をするけんな」
     峠を右に折れ、二人は高塔山を越えて神峯寺を目指しました。
    「あら、いらっしゃい。夏休みかい。そちらのお嬢さんも早う上がって」
     他人は慣れた物腰で上がり込みながら、私を促しました。私は黒塗りの大きな応接台の前に、他ぁちゃんより少し下がって座りました。
    「そうなの、この人がいつも話しちょる女中の糸さんかい。いつも他人がお世話になっとるねぇ。妹ができたっちゆうて喜んどるよ。それに料理もうまかていうて……」
     他ぁちゃんがこんな風に思っていたのかと、正直驚きました。それにしても、他ぁちゃんとこの婦人との関係が気になりました。
    「それにお母さまのことも聞いちょるよ。糸さんのお陰で、幸せな最期じゃったそうな」
     その後ラムネと落雁が出て、他ぁちゃんとその女性は世間話をしていました。私はラムネの中にあるビー球をみて、「どのようにして入れるんだろう」と、一人考えていました。
    「最近ハルさんは姿を見せんけど、元気なん?」
    「ハルは遠くに引っ越したけ、もう来ることはなかたい」
    「そうなのね。糸さんも時々は寄ってよね」
    「はい」
     奉公にきた当時のように、私がその日に発した言葉は、「はい」の一言でした。
    「糸さん帰ろう。親父に怒られるけ」
     他ぁちゃんが掛時計をみて、叫ぶようにいいました。
     神峯寺から小石観音寺までは、二十分程でした。
    「うちは他ぁちゃんより四か月年上やけん、妹やなかやろ」
     他ぁちゃんは笑って聞いていました。
    「それより、誰なんあん人?」
    「わしの生みの親。親父達には内緒たい。ちょくちょく会いよること。わしと糸さんの秘密や」
     二人だけの秘密ができたことは嬉しかったのですが、ハルちゃんもこの秘密を共有していたのかと思うと、その嬉しさも半減しているのが分かりました。
     その後も私は小石観音寺への代参の途中に、一人でも神峯寺に立ち寄るようになりました。ハルちゃんがいなくなった今では、私にとって唯一心休まる場所になっていました。そのときはお母さんの長門料理を習い、いつの日にか、他ぁちゃんに母親の味を味わわそうと思っていたのです。自分の経験からしても、幼い日の母の味は、一生忘れられないものだとの確信があったからなのです。
     二人の秘密を持った日から、他ぁちゃんとは台所で立ち話をするようになっていきました。
     そんな日々が二年ほど続き、私の長門料理の腕前も、徐々に上達していきました。

     お盆には冨士湯の前の広場で、盆踊りが行われます。
     長屋に住む佐藤のお兄さんが名調子で、「ハァーまたも出ました三角野郎が、四角四面の櫓の上で……」と口説き、次は炭坑節と続きます。三日目の最終日には、朝の三時までも踊り明かします。冨士湯が閉まったあと、他ぁちゃんは盆踊りに私を誘いました。私は盆踊りの太鼓の音を聴きながら、大奥さんとの日々を思い出して冥福を祈りました。盆踊りが終わったあと二人で岸壁まで行き、夜の闇が白むまで、大奥さんのことを話しました。
     皿倉山の陰が一瞬大きく膨らむと、太陽が顔を出し始めます。私の横顔が朝日に映えるのを見ていた他ぁちゃんが、私の手の上に自分の手を重ねました。私は黙ったままで俯いたのを覚えています。私と他ぁちゃんの距離が縮まっていることを、その時初めて実感しました。二年ほどかけた私の企みが、そのとき動き始めているのを感じたのです。
     他ぁちゃんが中学五年になると、受験勉強も佳境に入っていきました。十六歳にもなると私の腰回りもふくよかになり、躰つきも女性らしくになっていました。
     ある日、夜食を他ぁちゃんの勉強部屋に届けるように、奥さんから言いつかりました。そんな時は、神峯寺のお母さんから習った長門料理を作りました。他ぁちゃんも子供の頃に培われた味覚が残っているのか、いつも美味しいといって残さず食べてくれました。夜食を食べ終わる迄他ぁちゃんの傍でその姿を見ているのが、私の一日の最後に訪れる日課になっていました。他ぁちゃんも勉強の疲れを癒すためか、毎日五分ほど私と話すようにもなっていきました。
     その日は新月の夜で、何時になく寒さの厳しい日でした。私は勉強部屋に、火鉢をこしらえて持っていくことにしました。
     風呂釜の熾火を利用して火鉢にするのに、少し時間が掛かってしまいました。日付も変わろうとするころ、私は火鉢を他ぁちゃんの部屋に運んでいきました。他ぁちゃんは勉強に集中しているのか、私が部屋に入っても振り向きもせずに、机に向かっていました。部屋の照明は消され、卓上スタンドに覆いかぶさるように背中を丸め、勉強に集中しているように見えました。背中に掛けた綿入れが、鉛筆のコツコツコツという音と連動して動いていました。私は火鉢を他ぁちゃんの脇にそっと置きました。その時振り返った他ぁちゃんが、「糸さんも火鉢にあたっていけばよか」、といいました。屋外で火鉢を作っていたためか、躰の芯まで冷え切っていた私は、小さく頷いて火鉢に手をかざしました。小さな火鉢に、四本の手が仲良く並んでいました。燠の赤い輝きは、私の小さな手を通り抜け、二人の顔を赤く染めていました。そのとき突然、私の手を他ぁちゃんの手が包み込みました。私は俯いて、赤く透けた指先を見続けていました。その後他ぁちゃんは私を引き寄せ、唇を合わせてきました。私は求めに応じて、躰の力を抜いていったのです。その時の私は、ハルちゃんのことを考えていました。ハルちゃんに与えられるはずだった何不自由ない生活に、思惑通り一歩近づけたと思ったからです。
     その日から、そろそろハルちゃんが逃げてくるのではないのだろうかという恐怖心が、私を襲うようになっていきました。ハルちゃんの手紙を熾火に投じてから、三年が経とうとしていました。それからも、夜食造りは続きました。

     高い雲の下に石峰山が映える初秋の頃、私は小石観音寺への代参を言いつかりました。出発の準備をしていると、他ぁちゃんがメモを私に渡しました。話があるから峠で待つようにとの、カタカナ書きのメモでした。他ぁちゃんが私にメモを渡すときの不安げな表情をみて、私は重い足取りで竹林の坂を登っていきました。竹林の坂道はいつになく勾配が急に感じ、竹葉の擦れる音も、いつになく大きく聞こえました。他ぁちゃんは、小一時間程遅れて竹林を登ってきました。そうして、洞海湾を走る気帆船の流れを目で追いながら呟きました。
    「二人のことやけんど、昨日親父から怒られた。家族みんなが知っちょるごたる。もし二人が一緒になれんだっちゃ、日陰の身になるかもしれんばってん、一生面倒はみるけん」
     それだけを言い終わると振り返ることもなく、竹葉のすれる音がさらに大きく響く竹林に消えていきました。私は他ぁちゃんの姿が竹林に隠れてしまうのを待って、小石観音寺に向かって歩き始めました。涙がこぼれることはありませんでした。別に涙がこぼれる程他ぁちゃんを愛している訳ではないのだと自分に言い聞かせ、自分の汚れた気持ちの敗北を認めることが、自分に今できる精一杯のことだと思ったからです。もう四年前の、S村の坂道を兄ちゃんと二人で登った時の自分ではない。自分の力で生きていく力を持たなければならないと、その時の私は思っていました。他ぁちゃんが高等師範に受かった日に、冨士湯を辞めてS村に帰るのだと、私は心に決めたのです。

     他ぁちゃんは受験に失敗しました。
     時期も時期、世の中は大恐慌の翌年でした。就職口は全くありませんでした。やっとのことで、なんとか桟橋中仕の職を得ることができました。
     桟橋中仕とは、高架桟橋に上げられた貨車の底蓋を開け、落とし樋で接岸した船に石炭を落とす、『貨車切り』と呼ばれる作業を行う中仕です。沖中仕や岡中仕に比べて、機械操作や貨車繰りを行う必要があるので、中仕の中でも知識を必要とする特殊な仕事でした。
     他ぁちゃんの初出勤の前日、夕餉の場に私が呼ばれました。旦那さんが、何時になく慇懃な口ぶりで話し始めました。
    「他人と糸は、今日から一緒に寝ろ。それから、糸は上り框かまちじゃのうて、畳に上がって皆と一緒に食事ばせれ」
     奥さんは驚愕する他ぁちゃんに微笑みかけ、他ぁちゃんは照れ笑いを返していました。私はただ目を見開いたまま、上り框に立ち尽くしていました。後で聞いたことですが、他ぁちゃんが高等師範に合格して教師になった場合、字も書けない私では他ぁちゃんが困るから反対したのだが、不合格となったことで、二人を一緒にすることにしたのだそうです。その日から、二人は事実上の夫婦となりました。私と他ぁちゃんが十六歳の春でした。ハルちゃんが去った日から始まった、私が私に課した企みの成就の日だったのです。
     それからの二人には、つかの間の平和な生活が訪れました。
     他ぁちゃんの徴兵検査は、強度の近視であるためか第二乙種合格でした。その時はまだ、志願さえしなければ徴兵されることはないと思っていました。一人目の出産後、入籍もしました。ハルちゃんが逃げてくることもありませんでした。他ぁちゃんが二十五歳のとき奥さんが亡くなり、二十七歳の時旦那さんが亡くなりました。
     国際的には、日本の孤立が始まろうとしていました。

     三人目の子供が生まれて三カ月目のころ、他ぁちゃんに召集令状が届きました。他ぁちゃん二十八歳の時です。大東亜戦争開戦に伴う補充兵としての召集だそうで、小倉鎮台跡に設置されている、菊旅団百十四連隊に出頭しました。真珠湾攻撃成功に伴う、祝賀ムードの中での徴兵でした。
     そのうえ突然知らされたのが、長屋買取り費用の月払いでした。旦那さんは二十二軒の長屋買取りのとき、三十年の月払で裏の長屋を購入していたのです。冨士湯の経営、長屋の管理、子供の養育、そのうえ突然知らされた長屋買い取り費用の月支払い。瞬く間に、私は三人の子供を抱え、一人で冨士湯を守っていかなくてはならなくなったのです。
     唯一の相談相手は、神峯寺のお母さんでした。

                   4
     出征後私は、小石観音寺に他ぁちゃんの無事を願掛けし、月例祭にはお参りを欠かしませんでした。お参りの日には、神峯寺にも訪れました。
     他ぁちゃんが出征すると間もなく、どこからともなく三ちゃんが姿を現しました。どうやら、どぶろくの密造やヒロポンの密売に手を染めているらしいとの噂でした。羽振りは良く、物不足が進むと、私の許に大量の籾や野菜を届けてくれるようになりました。
     年に何度か、他ぁちゃんからの手紙も届いていました。私は神峯寺のお母さんに代筆してもらい、手紙の最後にはかならず、「小石観音寺に願掛けをしているから、必ず帰国できる」と、書いてもらいました。
     暫くすると配給も途絶えがちになり、石炭の少なくなった貯炭場の空き地に畑も作りました。食料の買い出しにも行きました。冨士湯の前にある広場は、防空壕に変わりました。開戦に伴い朝鮮人の帰国が増え、毎月支払う長屋の支払いは、家賃収入を超えるようになりました。冨士湯の収入も減っていましたが、こちらで補うしかありませんでした。その時の貧窮状態といえば、毎月の支払いに付いていきたいと思うほどでした。
     昭和十八年になってからは、他ぁちゃんからの便りも途絶えました。戦死広報が届かないことだけが、生きている証となりました。
     昭和十九年六月の空襲は、本土初の空襲だったそうです。それは日本製鐵と周辺の物流拠点を目標にして行われました。北九州は、四十数機の爆撃機によって深夜二時間に亘って爆撃されました。冨士湯周辺の爆撃は免れましたが、その日は北九州で、三百人以上の死者を出したそうです。
     それからも何度か爆撃は繰り返され、私は三人の子供を抱え、防空壕に避難する日々を送りました。

     戦争が終わると朝鮮半島に帰国していた人たちも、再び密航で日本に渡ってくるようになりました。日本海を小舟で渡り、小石海岸に密航してくるのです。不審船発見と不審者の上陸が、ラジオで流される日々が続いていました。三ちゃんはこの密航者の手引きをしているようで、新町の組でも、かなり顔が利くようになっていました。ジア母さんは、戦争中に亡くなっていました。戦後三ちゃんの羽振りは、年を追うごとによくなっていきました。私の家族への支援は、続いていました。

     何時明けるのかとじっと耐えていた梅雨盛りの頃、全身ずぶ濡れの他ぁちゃんが、冨士湯の店先に立っていました。二人は見つめあったまま、暫く立ち尽くしていました。そうして「早くなかに入ってお風呂に浸かって」、というのと同時に、私の双眸からは止めどなく熱い涙が溢れてきました。きっと小石観音寺の願掛けが実を結んだのだと、私は思いました。三人の子供たちは、初めて会うかのような怪訝な顔をして父を迎えました。親子五人で小石観音寺へお礼参りにゆき、その帰りにお母さんにも会いました。石峰山と洞海湾は昔のままでそこにありましたが、空襲を受けた日本製鐵だけは、無残な姿を晒していました。
     そんな日々を送る私は、他ぁちゃんに対する思いの変化に気付きました。三人の子供と冨士湯を守り抜いたことが、私に自信を与え、対等の立場で他ぁちゃんのことを考えられるようになっていたのです。他ぁちゃんは私に、物質的な裕福さは与えてくれませんでした。ですが独りぼっちだった私に、家族と心の安らぎを与えてくれていたのです。そうして他ぁちゃんとの結婚への憧れは、心の安らぎを求める、彷徨の愛であったことに気づかされたのです。

     他ぁちゃんが復員すると、三ちゃんはぴたりと姿を現さなくなりました。私が不思議だと話しても、仕事が忙しいのだろうと、他ぁちゃんは言葉を濁すだけでした。
     戦後他ぁちゃんは冨士湯を廃業し、海没炭かいぼったんを回収して販売する仕事を始めました。
     海没炭とは、ごんぞうが貯炭場から艀に石炭を運ぶとき、歩み板の両側に溢してしまう石炭のことです。それを海から網ですくいあげ販売するのです。他ぁちゃんは潜水夫を雇って効率化しました。他ぁちゃんは海没炭回収業の新参者でした。すでに生業としている組から、横やりが入るのも度々でした。そんな時はどうやら、三ちゃんが裏から手を回しているようでした。石炭から石油への燃料転換が起こると、ガソリンスタンドの経営に転業して乗り切りました。ガソリン小売業組合との交渉がこじれると、そんなときも三ちゃんが裏で手を回してくれました。しかし三ちゃんが、他ぁちゃんの前に現れることはありませんでした。
     他ぁちゃんの復員後二人の子供を授かり、私にとって永遠に続くかと思えるような、幸せな日々が続きました。皮肉にも心の安らぎを自覚すると、物質的にも何不自由のない生活が訪れてきたのです。
     私が小石観音寺の月例祭に行くことはなくなりましたが、お母さんの所には、頻繁に顔をだしました。

     他ぁちゃんが復員して十年近く経ったころ、お母さんの息子が事故死しました。私は娘の奈津子なつこを連れて、ご霊前へ線香をあげにいきました。神峯寺の庭は新緑で埋まり、高塔山から吹き下ろす薫風が、障子の桟を細かく振るわせていました。仏壇の両側には、家紋の入った真新しい提灯が並んでいました。
    「まだ三十過ぎなのに早すぎます」
     お母さんは言葉もなく、黙って聞いていました。
     涙を拭いながら庫裡の方に去って行ったお母さんは、お茶と亀屋の最中を持ってきました。
    「奈っちゃん何年生になったの」
    「五年生」
     白いワンピースを着て赤くて小さなバッグを提げた奈津子は、縁側に一人立ち、新緑の庭を眺めながらいいました。
    「この春五年生になったと。長男が大学を卒業したと思ったら、末っ子の裕二ゆうじが小学校に上がったけ、ゆっくりできるのはまだまだ先です」
    「そういやあ、ハルさんのこと覚えちょる?」
    「あのハルちゃん? 冨士湯の長屋に住んじょった?」
    「昔ようここに来ちょったんちゃ。他人と一緒に。ちょうど奈っちゃんと同じぐらいの年恰好やったかしら。奈ちゃんを見て思い出してしもうたわ」
    「そうですか。ハルちゃんがどうかしたん? もう三十年あまり会うたことはないけど」
     そのとき私の頭の隅で、ハルちゃんの手紙のことがよぎりました。
    「戦争が終わって三年ほどしたころ、いっぺん訪ねてきたことがあったの。お母さんに会いに来たちゅうんやけんど、お母さんはすでに亡くなっちょったみたい。それ以来年賀状のやり取りだけはしちょるんやけんど、今度日本に帰化したんやって」
    「ハルちゃんか。懐かしいわ」
    「なしてそげな話をするんかちゅうとね。日本名を佐井さい糸にしたっちゆうの。苗字は崔からとったっち思うんやけんど、名前が糸やったけ、びっくりしてしもうて」 
     そのときなぜか私は、胸のざわつきを覚えました。
     それから幾日も経たないある日、他ぁちゃんが私を戦友会に誘いました。今回の戦友会は、夫婦同伴での開催ということでした。開催地は、別府の鉄輪温泉でした。旅館に入ると時をおかず、大広間での宴会が始まりました。命を預けあって戦った戦友です。酒宴の場は賑やかでした。婦人たちの輪に入ることができない私は、一人黙ってお膳の料理を食べていました。他ぁちゃんはすっかり酔ってしまい、戦友と車座になって話し込んでいました。
    「水上軍曹の奥様でありますか。ビルマの戦地では、水上軍曹に本当にお世話になりました。私は藤田兵長であります。兵長と言っても、ボツダム兵長ですが」
     終戦と同時に、全兵隊の階級が一階級上がったのだそうです。
    「こちらこそ。戦地では、主人が大層お世話になったことと思います」
    「出席者名簿を見ましてね。奥様は糸さんっておっしゃるんですよね。実は戦地に、糸子っていう看護婦がおりました。奥様の名前が糸さんと知って、なんとなく懐かしくなってしまいまして。水上軍曹とは、幼馴染だってゆう噂が流れるほど、仲良くしていました」
     藤田兵長は上官から呼ばれたのか、「今参ります」と叫んで、私の席から離れようとしました。そのとき藤田兵長は一度振り返り、「そういえば、水上軍曹は糸子看護婦のことを、『ハル』って呼んでいましたっけ」、と言い残して立ち去って行きました。私の胸は、鐘楼の鐘が連呼して鳴りやまないかのように、高鳴っていました。私は一人、部屋に戻り内湯に浸かりました。微かに硫黄の匂いのする熱めのお風呂に浸かっても、ハルちゃんのことが私の頭から消え去ることはありませんでした。そんなはずはない。ハルちゃんが看護婦になれるはずがない。そう思い込もうとしても、「ハル」という言葉が私の頭から離れることはありませんでした。このことを他ぁちゃんに訊こうかどうかと迷いながら、眠れぬ夜を過ごしました。大宴会場からは止むことのない嬌声が、微かに聞こえていました。
     昨夜のお酒が未だに残っているのか、他ぁちゃんは朝食には起きてきませんでした。私は部屋に運んでくれた朝食には殆ど箸をつけず、カボスのお吸い物だけを啜りました。ハルちゃんのことは、頭から離れませんでした。昼近くになるまで起きてこなかった他ぁちゃんは、起きるとすぐに大浴場にいきました。風呂から上がるとハイヤーをチャーターして、温泉巡りに行くと言い出しました。
    「赤池地獄は、戦場を思い出して気色悪い」
     他ぁちゃんは朝食代わりの温泉卵を食べながら、私に呟いていました。
    「昨日の宴会は、楽しゅうなかったんじゃないのか」
    「藤田さんちゅう方が話しかけてくれたと」
    「そうか。藤田兵長は一緒に死線をさまよった仲や。頼りになる奴や」
     他ぁちゃんは私に、温泉卵を一つ手渡しながらいいました。
    「他ぁちゃん。ハルちゃんって、今なにしよるか知っとる?」
    「突然になんや。裏の長屋のハルか? 知らんなぁ」
     他ぁちゃんは何事もなかったかのように、「次は竜巻地獄や」、と言いながら立ち上がりました。

     私は神峯寺のお母さんを訪ね、ハルちゃんに手紙を書きたいからと言って、住所を訊きだしました。お母さんは押し入れから年賀状の束を取り出し、ハルちゃんの年賀状を私に手渡してくれました。その年賀状には、達筆な墨書で年賀の挨拶が書かれてありました。末尾にある差出人の名前は、こちらも小筆で、『佐井糸』と書かれていました。ハルちゃんがこんなにも達筆な字を書いている。ただそれだけで、気持ちが落ち込んでしまう私がいました。
     ハルちゃんを訪ねたのは、それから暫くしてからのことでした。
     漢字の読めない私は、長男の九州男くすおに最寄りの駅名と乗り継ぎの方法を習い、住所にカナを振りました。行きすがりの人に訊きながら私がハルちゃんの住所にたどり着いたのは、すでにお昼を廻っていました。私がたどり着いた住所には、ビルマ料理店が建っていました。暖簾をくぐり、引き戸を開けると、それほど広くない店内には数組の客がいました。私は一番手前のテーブルに腰を下ろしました。私と同年代と思われる女性が、少し左足を引きずりながら注文を取りに来ました。「何かおすすめのものを」と言いながら、私は店員の顔を確かめようとしました。
    「お姉ちゃんでしょ。店に入って来た時からわかっとた」
     ハルちゃんが喜びはしゃぐことはなく、笑顔も見せずに冷静な顔でいいました。
    「ハルちゃんだよね」
     ハルちゃんは小さく頷くと厨房の方に振り返り、「お母さん。お店の方お願いね」と言うと、私の腕を掴んで店の二階に誘いました。小さな卓袱台が一つ置いてあるだけの、六畳一間の部屋に通されました。短髪のハルちゃんは四十二歳には見えない若々しい顔立ちで、白いブラウスに黒くてタイトなスカートを履き、腰から下に白いエプロンを掛けていました。朝鮮訛りもすっかり消え、赤線で働いてる女には見えませんでした。
    「いつかは来ると思うとった」
    「ここに住んどるとね?」
    「店長夫婦は別に家を構えてるけど、私は店番を兼ねて、ここに住まわせてもらっとるの」
     暫く二人の間に沈黙が降りてきました。祇園太鼓の稽古でもしているのか、遠くから太鼓の音が聞こえていました。
    「ハルちゃんごめんね。預かった手紙、他ぁちゃんに渡せんかったと。今日はそれを謝りにきたとよ」
    「でもお姉ちゃんは読んだでしょ」
     私は黙って俯いていました。
    「何年か後だけど、初めて客をとる頃になって思ったの。あの手紙は、お姉ちゃんに見せるために書いたんじゃないのかって」
     私はその言葉に驚いて、ハルちゃんを見ました。ハルちゃんは、少し歪んだ顔で作り笑いをしていました。
    「お姉ちゃんが、うちと取って代わりたいと思うとるんは分かっとった。だから多分、それを邪魔するために書いたんじゃないのかって……。結局お姉ちゃんは、他ぁちゃんと結婚したでしょ。十二歳のうちができる、せめてもの抵抗だったのよ。だからお姉ちゃんが謝ることはないの」
     やっとそこで私も、微かに作り笑顔をつくることができました。ですが本題は、こんなことではありません。私はどう切り出そうかと考えていました。
    「お姉ちゃんと他ぁちゃんの子供は何人いると? 冨士湯は今でもあると?」
    「戦争前に三人。戦後に二人。そういえば三ちゃんには、戦中戦後お世話になりっぱなしで……。冨士湯は、他ぁちゃんが復員してからすぐに閉めたとよ」
    「冨士湯はもうないのか。オッパがお姉ちゃんの家族を手助けしてたとは、今初めてしったわ。オッパはそんなこと全く話さんし……」
    「ハルちゃんは帰化したとでしょ。名前は『佐井糸』にしたって、神峯寺のお母さんに聞いたと」
    「糸って名前は、うちの理想のなまえやけ。うちが持てんかったもんを、全部持ってる人の名前やけ」
    「そんなことないよ───。ハルちゃんは結婚してなかと?」
    「あの商売特有の病気になんべんもかかると、不妊になるのちゃ。産まず女を嫁に貰う人はおらんやろ」
     悪いことを聞いてしまったと思いながら、私は意を決してビルマのことを訊いてみることにしました。
    「ところで、なんでビルマ料理なん? ここん店」
    「戦中に店長がビルマにおったけ、その時料理を覚えたみたい。そういえば、ビルマで他ぁちゃんにも会ったっていってたわ」
     そのとき奥さんが、お茶を持って二階に上がってました。
    「糸さん。あけみさんが来とるわよ」
     自分に話しかけているのかと一瞬驚きましたが、ハルちゃんにいっているのだと気づくのに、それほど時間は必要ありませんでした。
    「話はすんだから、下におります」
     そういうと、話を早く切り上げたいのか、ハルちゃんは下に降りようと私を促しました。
    「あけみちゃん。この方、水上さんの奥さん。私はビルマに行ったことはないけど、あけみちゃんは、ビルマで水上さんに会ったことがあるんでしょ」
    「まあ、水上伍長の奥さんですか」
     朝鮮訛りのあるあけみさんは、少し躊躇ったあと、私の方に笑顔を投げかけていいました。あけみさんは幼い子供を膝に抱き、中学生と思われる子供を連れていました。
    「店長。早くこっちに来て」
     あけみさんが店長を呼ぶと、店長の高橋さんはめんどうくさそうに厨房から出てきました。
    「今、夜の仕込みをしてるんだよ」
    「店長。この方水上伍長の奥さんですって」
    「え。水上伍長の……。それはそれは。ビルマでは一方ならぬお世話になりました。あけみもお世話になったよな」
    「お世話になったどころか、この子が無事にここまで大きくなれたのも、みんな水上伍長のおかげです」
     あけみさんは、中学生と思われる子供の方を見ながらいいました。
    「話には聞いてたけど、そうなんだ。私はビルマに行ってないから分からないけど」
     ハルちゃんは店長を見ながら、不自然な会話を挟みました。店長がハルちゃんに向かって、小さく頷いたように見えました。
    「奥さん。私は帰国後結婚して、二人目の子供を産んだって水上伍長に伝えてください。本当に感謝しているって……」
     ハルちゃんはまた会いたいとはいいましたが、最後まで心からの笑顔を作ることはありませんでした。ハルちゃんにはぐらかされたという思いとともに、私はお暇しました。

     小雪の舞う師走のある日、三ちゃんが他ぁちゃんを訪ねてきました。久しぶりの再会でした。
    「来週、帰国事業で朝鮮に帰る。じゃけ最後の別れに来たと。北朝鮮は天国のような国だそうだ」
    「そうか。北朝鮮に帰るのか。糸から聞いとるが、戦時中は大変お世話になった」
    「なあに、俺が他ぁちゃんにかけた迷惑に比べれば、たいしたことはなかと。古賀の兄ちゃんの弟分が、刺さってたヤッパが組のものやったから、未だに犯人を捜しとる。じゃけ他ぁちゃんとは、顔を会わさんごとしとった」
    「だがなぜ帰国することにした」
    「儂が帰国すれば他ぁちゃんに会うことはないし、他ぁちゃんが疑われることもない」
     二人だけの何か込み入った話が終わるのを待って、ご馳走を作るから夕食を食べて帰るようにと誘いました。私は今までの感謝のしるしにと、料理に腕を振いました。かしわめしに河豚と鯨の刺身を添え、茶碗蒸しとがめ煮の横には、お鉢一杯のキムチを盛りました。
     その日は酒がすすみ、三ちゃんは泊まることになりました。
     翌朝他ぁちゃんは、三ちゃんを残して仕事に行きました。三ちゃんは昼前に起きてきました。子供たちは全員学校に行ってしまっていました。
    「味噌汁と昨日の残り物だけだけど、食べて行って」
    「昨日はすっかり飲みすぎてしもうた」
     二日酔いで食が進まないのか、三ちゃんはキムチと味噌汁を少し飲んだだけで箸をおきました。
    「なんか頭痛薬はなかと?」
     水屋箪笥の引き出しを開けて薬を探していると、三ちゃんが後ろから話しかけてきました。
    「そういえば何年か前、糸、いやハルに会ったって? ハルに一緒に朝鮮に帰ろうって誘ったけど、日本に帰化したけうちは帰らんちいいよった」
    「そういえば、戦時中ハルちゃんはビルマに行ってたの?」
     私はいい機会だと咄嗟に思い、三ちゃんに尋ねてみました。
    「ビルマで他ぁちゃんに遇ったらしいけど、なしてかその話はしたがらん」
     
                   5
    タカハシ サマ
    サシダシニンノナマエハ イトサンニワカラナイヨウニ カクウノナマエヲ カイテイマス。オユルシクダサイ。
    ワタシハ ミナカミイトデス。イゼンオアイシタヒカラ ヨネンガタッテシマイマシタ。オミセノカタガタハ オカワリアリマセンカ。
    サッソクデスガ タカハシサマニ オネガイガアリマス。イチドオアイシテ オハナシシタイコトガアリマス。カッテナオネガイデスガ ワタシガニュウインシテイルビョウインマデ オイデイタダケナイデショウカ。
    ニュウインシテイルビョウインハ ワカマツシリツビョウイン 四〇二ゴウシツデス。
    クレグレモ ヨロシクオネガイイタシマス。
    ミナカミ イト

     私の入院している若松市立病院は、正面から見ると両翼が少し開いた、凹型の四階建です。病院の前では、若戸大橋に繋がる六車線の取り付け道路が工事中です。
     奈津子に宛先を書いてもらい、一通の手紙を出しました。私は建設途中の若戸大橋を見ながら、本当にそれがよかったのかと自問していました。
     私にとって生まれて初めて書いた手紙は、何度も何度も書き直し、心を込めて書きました。短くて拙い文章ですが、心を込めれば分かってもらえると信じて書きました。書こうと決意してから、一か月の時間がかかってしまいました。
     手紙を出してから数日後、大きな果物籠を手に提げた高橋さんが訪れてくれました。
    「お呼び立てして申し訳ございません」
    「いえいえ。水上伍長の奥様のご依頼なら、いつでも飛んで参ります」
    「本当にすみません。私、初めて手紙というものを書きました。さぞ読み辛かったことと思います。私は満足な教育を受けておりませんので、漢字を書くことができないものですから」
    「文面を見て、大変お困りだということは伝わりました。ですから早速お伺いした次第です」
    「実は、私は余命半年と診断されております」
     高橋さんは黙ったままで、ゆっくりと何度も頷きました。
    「糸さんがビルマにいたことは知っています。戦友会で藤田兵長という方に聞きました。糸さんが主人と親しくしていたことも知っています」
     珍しく、毅然とした表情で私はいいました。
    「糸さんを責めている訳ではないんです。私には、一度糸さんにお会いしてお話ししたいことがあるんです」
     私の訴えるような眼差しをみて、意を決した高橋さんは、ハルちゃんに話してくれることを約束してくれました。
     病室から見える若戸大橋には、明かりが一つ、また一つと、灯り始めていました。
    「念を押しますが、最後の話しがあるといって……」
     高橋さんが「分かりました。なんとか───」までいったところで、病室の扉が開き他ぁちゃんが入ってきました。二人は顔を見合わせると、一瞬無言で立ち尽くしていました。
    「風の便りに、水上伍長の奥様がご病気だと聞きまして……」
     慌てた表情で高橋さんが話し始めると、他ぁちゃんが高橋さんの肩をだき、「よくきてくれた」、と大きな声で半ば叫ぶような声を上げました。
    「もう帰るところでした。お逢いできて嬉しいです」
    「よし、飲もう。糸さんいいだろ」
     私は「いいですよ。でも飲みすぎないように」といって、二人を送り出しました。病気で青ざめていたはずの私の頬は、少しばかり紅潮していました。

     他ぁちゃんは、毎日仕事が終わると見舞いに来てくれていました。高橋さんが来られた翌日も、工事中の若戸大橋に灯りが灯り始めた頃、困惑とも怒りともとれる眼差しで病室に入ってきました。病室に入ると黙ったまま窓際迄進み、若戸大橋に灯り始める灯りを長い間見続けていました。
    「高橋から話は聞いた。ハルになんの話をしようとしちょるんかは分からんけんど、その前に、ビルマでのことを話しておこうっち思う。なんせ戦時中のことだ、今の尺度では計り知ることのできんことやちゅうことだけは、分かっちょって欲しい。ハルのことを、誤解だけはせんでいて欲しんだ」
     私は「はい」と一言、他ぁちゃんの後ろ姿を見ながらいいました。
    そうして他ぁちゃんは、ゆっくりとした口調で話し始めました。
    「出征後部隊は、広東警備、シンガポール作戦と続き、ビルマへと転戦した。ビルマでの作戦は、まるで掃討戦のような勢いで進軍することができた。配属は行李班兵器係で、戦闘部隊と違って、直接命のやり取りをする部隊ではなかった。
     出征してから二年後、菊旅団百十四連隊はビルマの北部都市ミッチーナに駐留して、近辺の警備に当たっていた。
     ミッチーナの市街地は、イラワジ河の西岸に広がっていて、それほど広くはなかった。フーコン渓谷に映える茜色の夕焼けが、波一つないイラワジ河の川面に映ることもあった。対岸のワイモーを眺めると、第二中隊宿舎の赤い屋根と、白い壁を望むこともできた。イラワジ河畔に煌めく白砂、常緑の樹木、無言で吹き抜ける涼風、見るからに長閑な集落だった。
     春にはサンプラバムまでハイキングに出かけ、秋には運動会が開催された。だが儂にとっての唯一の癒しは、糸からの手紙や慰安袋だった。手紙には子供たちの成長の姿が書かれていて、慰安袋には、子供たちが描いた絵や小石観音寺のお守りが入っていた。ただ毎回手紙の最後に、小石観音寺への願掛けのことが書かれてあった。
     ミッチーナ警備も一年を過ぎるころ、東インドへ侵攻する、インパール作戦が失敗したとの噂が流れ始めた。たしかそのころ、イラワジ河対岸のワイモーに、弾薬庫を建設せよとの命令が下った。それは秘密任務だった。今考えると、退却の準備だった。
     昭和十九年五月十六日、弾薬庫が完成して弾薬輸送のためのトラックを待っていると、突然敵の四連砲が飛んできた。その砲弾が隣の兵隊にあたり、足が一本吹き飛んだ。暫くの間痙攣してから、死亡した。その日のうちに連合軍の本格的な反撃が開始され、ミッチーナ飛行場へ敵の空挺部隊が降下した。ビルマ軍も連合軍に寝返っていた。
     敵空挺部隊の降下から約二か月間、壮絶なミッチーナ防衛戦が展開された。日本軍にも約三千人の戦死者が発生し、ミッチーナ陥落も決定的となった。行李班兵器係も僅かの兵隊を残し、殆どの兵隊が最前線にでていた。自分にも前線への転属命令が下るものと覚悟していたのだが、弾薬をイラワジ河対岸まで避難させろとの命令が自分に下った。
     ミッチーナ守備隊最高司令官である服部少将は、旅団参謀より求められた玉砕命令を伏せたまま、辻連隊長に対して「残余の部隊をバーモに後退すべし」、と命じた。服部少将は八月一日渡河し、連隊旗および皇居に向かって長い敬礼を行った後、ミッチーナ放棄の責任を取って拳銃自決した。
     八月三日から四日未明にかけて、ミッチーナからの全軍撤退を敢行した。ほとんどの橋梁が爆撃によって落とされていたので、対岸までの約三百メートルを、九五式折畳舟と徴発した丸木舟で渡河した。
     自力で退却できない兵隊には、手榴弾での自決を強要した。自決すらできない兵隊は、射殺した。回復見込みのある兵隊は、竹で造った筏に載せて下流に流した。僅かな可能性ではあったが、バーモ司令部での回収を願っての行動だった。最後まで残って敵の追撃を防いだしんがりの兵隊達も、西岸に残された。
     八月四日未明、渡河時のことだった。渡河もほぼ最後の一舟となって、その舟に自分も乗り込んだ。船尾から怒号が聞こえた。慰安所の長の前田伍長が、十名程の慰安婦を渡河させようとしていた。長末大尉は、戦える兵隊を優先するといって拒絶した。ミッチーナ防衛戦での慰安婦たちは、鉄兜、軍服姿で負傷兵士の手当てや炊き出しを行い、兵士と一緒に戦火をくぐってきた同志だった。前田伍長が離岸を止めようと船縁にしがみつくと、折畳舟が左右にぐらりと大きく揺れた。そのとき長末大尉は軍刀を抜き、前田伍長の手首に振り下ろした。ミッチーナには三軒の慰安所があったが、慰安所一軒を例外に、殆どの慰安婦たちはミッチーナに残された。
     渡河直後、前田伍長の後任として自分が慰安所の長に命じられた。士官専用の慰安所『八紘』だけが、渡河できていた。軍属の経営者を加えた十四名が、自分の指揮下にはいることになった。その軍属の経営者が、糸の知っている高橋所長だ」
    「ところで、ハルちゃんは何処で出てくるん?」
     私はつい口を挟んでしまった。
    「すまん。ビルマの話になると、つい熱が入ってしまう。だがハルにも関係あることなんや。そのうち分かる」
     若戸大橋の主脚は、その日も暗闇の中で紅緋色に燃え上がっていました。他ぁちゃんは濃い目のお茶をいれてから、話を続けました。

    「渡河できた兵隊は七百人近くいた。空からの攻撃を避けるために、昼間は密林の中に身を隠し、行軍は夜間に行った。行程もイラワジ河沿いの幹線道路ではなく、密林の中の道なき道を進んだ。当然のことながら、運ぶ銃弾や食料は限られ、軍馬も行軍前に射殺されて食料となった。
     出発に先立って点呼をとった。連隊からは藤田上等兵が配属され、慰安所経営者の高橋所長と、慰安婦は日本人が三人と朝鮮人が十人の十三名だった。しかも朝鮮人慰安婦の一人が、臨月近い妊婦だった。その慰安婦が、糸と遇ったあけみだ。古い兵隊に避妊具なしで接婦させられたと、高橋所長がいっていた。全員の顔は泥で汚れ、腕やズボンの裾を捲った軍服、靴紐で無理やり縛ったブカブカの軍靴、頭は大きめの鉄兜を目深に被っていた。
     行軍が終わる夜明け前になると、敵からの発見を恐れながら炊事をして、一日一回の食事を摂った。その後は、雨季の雨を避けるために簡単な雨除けを造って仮眠をとる。時には辻連隊長に、慰安婦の幸子が呼ばれていった。
    女性の足であるうえに妊婦もいる。自分の隊は遅れてしまう。本隊に追いつく頃には、本隊の炊事はすでに終わっている。敵からの発見を恐れ、自分の隊は本隊から離れた場所で炊事をするように命令された。
     そんな時丸井軍医から、篤志とくし看護婦を出すように依頼された。
    篤志看護婦とは、正規の看護婦ではないが、志願して戦地で負傷者の手当てをする女性のことだ。敵の反撃直後に殆どの看護婦が本隊迄撤退していたので、朝鮮人看護婦が一人いるだけだという。人選を高橋所長に依頼すると、日本人慰安婦の中から弘子と糸子が指名された。勿論源氏名である。その時初めて、糸子という慰安婦がいることを知った。糸子の年齢は二十九歳で、篤志看護婦には志願したという」
    「それで藤田上等兵は、別府でハルちゃんのことを看護婦といったのね」
    「糸には慰安婦といいにくかったのかもしれん。藤田上等兵の、精一杯の配慮や」
    「話の流れが少しだけど分かってきたわ」 
     話しが佳境に入ってきたのか、他ぁちゃんの眼差しは少し厳しくなっていた。私は少し疲れてきたので、ベッドに横になった。

    「小規模の戦闘は、散発ではあったが発生した。負傷や、マラリアや、アメーバ下痢で行軍についていけず、落伍する兵隊も次第に増えていった。丸井軍医の一隊も治療をしながら行軍するので遅れ、次第に自分の隊と行動を共にするようになっていた。
     各人に配給された米は、靴下に詰め込んで携帯していたが、一週間もすると底をついた。藤田上等兵と高橋所長は、食料調達に奔走した。野生のハトヤ瓜や果実や野草を集め、鼠や蜥蜴やナメクジを捕獲し、蝗などの昆虫は飯盒で炒って食べた。蛙やお玉杓子は汁物にし、栄養のありそうな部分は妊婦に与えた。どうしても調達できないときは危険を冒して、農家で阿片と食料を交換した。農家での調達は、軍服を着ていない高橋所長が担当した。抵抗されると、藤田上等兵が強奪した。肉片が木に付着していることもあったが、砲弾で千切れた人の肉かもしれないので食べなかった。
     そのころ初めて、路肩に置き去りにされている兵隊を目撃した。目はくぼみ、顔は生気を失っていた。声を出す体力はないが、儂を睨む眼差しが助けを乞うているのが分かった。だがどうすることもできない。目を伏せて通り過ぎた。暫くすると行き倒れた兵隊がいたところで、手榴弾の爆発音が聞こえた。
     その日も自分の隊は行軍が遅れ、炊事をする頃にはあたりが明るくなっていた。
     朝焼けと薄墨色の雲が混ざり合う雨季特有の雲間から、微かに爆音が漏れてきた。密林の中に身を隠すように皆に命令すると、煙が立ちのぼる炊飯用の火元に走った。軍靴で火を消し始めると、戦闘機の機銃掃射が始まった。着弾痕が自分に迫ってきた。死を覚悟した。
     機銃掃射は炊飯用の飯盒を跳ね飛ばし、戦闘機は飛び去っていった。
     儂は地面に伏せたまま、飛び去る戦闘機を見ていた。
    『他ぁちゃん大丈夫?』
     儂に覆いかぶさっている小柄な兵隊が叫んだ。儂が振り向くと、それは篤志看護婦の糸子だった。
     その時初めて、儂は糸子の顔を間近に見た。それまでの糸子は、儂から隠れるように行動し続け、まともに顔を見る機会がなかったからだ。
    『ハルか? ハルなのか?』
    『うん』
     糸子は僅かに頷いた。そこには十七年前、儂を睨みつけるようにして去っていたハルがいた。
     藤田上等兵が駆け寄ってきた。
    『糸子何をしてる。水上伍長の身代わりにでもなろうというのか』
     藤田上等兵の言葉が終わらないうちに、丸井軍医と高橋所長が駆け寄ってきた。幸い二人にけがはなかった。糸子は無言で、慰安婦仲間の中に戻っていった。
     兵隊三人と高橋所長で話し合い、自分の隊は本隊と離れて行軍することにした。本隊と一緒にいても食料の配給があるわけでもなく、本隊の行軍速度についていくことも不可能だったからだ。丸井軍医は兵隊の治療を諦め、本隊と行動を共にすることにした。篤志看護婦の弘子も、丸井軍医と行動を共にすることを望んだ。幸子だけは、本隊に同行するよう命令された。
     ハルは隊に残った。
     ハルのことを考えると寝付くことができず、梢の隙間から差し込む光の帯を見ていた。ほかの隊員はすでに寝入っていた。
    『他ぁちゃん起きとる?』
     ハルが声をかけてきた。儂は起き上がり、人気のないところにハルを誘った。
    『糸子がハルやったとは、気付かんかった』
    『気づかれんごとしとったけ』
    『それで篤志看護婦にも志願したのか』
    『うん』
    『なんであげんなことをした』
    『他ぁちゃんは、お姉ちゃんや子供のところに帰りたいんやろ』
    『糸のことは知っとったのか』
    『オッパに聞いた。うちが思っとったとおりになった。手紙読んだやろ』
    『手紙? 何のことや』
     それを聞いたハルは、儂の顔を見つめたまましばらく黙っていた。
    『他ぁちゃんはお姉ちゃんのところに帰りたいし、お姉ちゃんも帰って欲しいち思っとる。じゃけうちが、必ずお姉ちゃんの所に帰すけ。きっと帰すけ』
     吐き出すようにそういうと、ハルは寝床の方に帰って行った。
     その日から地獄の淵を彷徨うような、一カ月にも及ぶ単独行軍が始まった」
    「疲れたから、今日は寝るわ」
     私はベッドに潜り込みました。話を聞きながら、熾火に投げ入れた手紙のことを思い出していました。ハルちゃんの気持ちをないがしろにした、自分のよこしまな気持ちを恥じていました。ハルちゃんの行動に衝撃を受け、他ぁちゃんの顔をまともに見ることができなかったのです。だから、ベッドに潜り込むしかありませんでした。
     他ぁちゃんは、「また明日くるけ」といって帰っていきました。私は話の続きを聴くのが、怖くなっていました。

     次の日他ぁちゃんは、いつもより早く現れました。私も緊張の一日を過ごし、日課の点滴を行ったかどうかさえ思い出すことができない程でした。他ぁちゃんはいつにない緊張の面持ちで病室の丸椅子に腰かけ、手に持って入ってきたコーヒーカップを、たっぷり時間をかけて飲み干しました。
    「話はちいと逸れるけんど、ハルが女衒に連れて行かれた後のことを、先に話して置こうっち思う。ハルに聞いた話だけんど、糸にはハルがどげな苦労をしたのか、知っちょって欲しいけ」
     私にも、ハルちゃんが考えられない程の苦労をしたことは想像できていました。ですから自分の考えを実行に移すには、それを聞く義務があることも分かっていたのです。
    「女衒につれられてたどり着いたのは、博多の花街だった。ハルはそこで、禿として働いた。周りは同じような境遇の少女ばかりで、悲しむことも、苦労だと思うことも必要もなかった。時には楼主や遣手に厳しいことをいわれるが、オモニやオッパのためと思い耐えた。花街の生活も四年目に入り、ハルに水揚げの時が迫ってきた。しかしハルが長屋を去ったときからは、時間が経ちすぎていた。四年前の一途な思いは、十六歳のハルには眩しすぎる思い出に変わってしまっていた。
     それから十年ほどの時が過ぎ、ハルが二十七歳のとき、楼主が軍に慰安所開設を命じられた。そこで働いていたハルは、当然のように慰安婦になった。楼主の高橋は、慰安婦募集のために朝鮮に渡った。
     朝鮮では、理不尽と思われる慰安婦調達が行われた。
     ハルたちは朝鮮に渡ったあと朝鮮の港から、朝鮮人の少女たちと一緒に貨物船に乗せられた。船倉に閉じ込められたままでの航海だったが、時折戦闘機の銃撃に遭うこともあった。船はジグザグに航海しながら、ラングーン港に到着した。船の中では高橋から、南方で新しく生まれようとしている大東亜共栄圏について何度も聞かされ、大日本帝国のお役に立つ大事な仕事だといわれた。
     ラングーンからは北に向かう列車に乗せられて、ミッチーナに着いた」
    「それからは昨日話した通りだ。これからが、昨日の続きや」
    「日本人慰安婦には、監督役の朝霧がいた。三十五歳の朝霧は体力的に限界がきたのか、行軍から徐々に遅れ始めた。朝鮮人慰安婦は若く、足も丈夫だった。最初は朝霧を声で励ましていたが、最後には蔦を首に巻き、それを引っ張り始めた。日本人の警官が、朝鮮人に対してよくやる方法だという。それをやると不思議にも、疲れ切った朝霧が歩き始めた。朝鮮の子達は、朝霧を一緒に連れて行くといって譲らなかった。朝鮮人慰安婦の少女達は、本当にいい子ばかりだった。それからは二番目に年長のハルが、慰安婦たちの監督役になった。ハルはそれまでの経緯から、日本人登録だったからだ。監督役になると二人が話す機会が増え、連れ立って最後尾を歩くことが多くなっていった。

     あるとき、また行き倒れの兵隊を見つけた。眼光だけは鋭いが、その他はだらりと力が抜けていた。手榴弾は持っているが、ピンを抜く力も残っていない。躊躇するばかりに、自決する機会を失ってしまったようだった。ハルが近づいて額をなでた。ハルは自分のカチンバックを開けて何かを探していた。そうして『先にいっちょって』、といった。暫くするとハルが追い付いてきた。
     そんなことが幾度かあった。
     『何しとった』、というと、ハルは『楽にしてやっとった』、という。何か変だと感じて、次の機会に何をするのか見ていた。ハルはカチンバックから注射器を取り出し、行き倒れた兵隊の腕に注射をした。兵隊は『ありがとう』、と声にならない声で礼を言うと、息を引き取った。
     ハルは辛い人生を生きてきたといい、F町での生活や儂との思い出が、唯一楽しい思い出だともいっていた。何回も死のうとした。だが『人間って死ねんもんなん』、といった。辛い思いが続くだけだと分かっていても、死んだ方がましだと思っていても……。だからハルが、辛い思いを終わりにしてやっているといった。兵隊さんの望む通りにしてやっているのだといった。ハルは軍医から貰った、固形クレゾールの溶液を持っていた。軍医が安楽死させるときに使うのだそうだ。ハルの眼差しが、女衒に連れていかれながら自分を睨んでいた眼差しになっていた。
     単独行軍を開始してから二十日余りが経過したころ、儂に粘血便が出始めた。腹痛も激しい。俗にいわれるしぶり腹だ。ハルがアメーバ赤痢の特効薬エメチンを飲ませてくれた。その日は早めに行軍を切り上げ、仮眠をとることにした。次の日も儂の症状は治まらなかった。その日も自分の隊はその場に留まった。ハルは傍で懸命に看病したが、症状は改善しなかった。
    『他ぁちゃん。F町に帰るとよ。お姉ちゃんの所にかえるとよ。うちが必ず直すけ、一緒に帰るとよ』
     ハルの励ましにも無理やり笑顔を作って頷くだけで、青ざめた顔に生気が戻ることはなかった。
     昼なお薄暗い密林に漆黒の闇が迫ろうとしたとき、儂は藤田上等兵を呼び、行軍を再開するように命じた。一か所に長く留まると、危険が増すからだ。藤田上等兵は置いては行けないと拒否したが、軍命である。藤田上等兵は少し丈夫な小屋を造ったあと、エメチンと手榴弾を握らせ、自分に向かって長い敬礼をして行軍を再開した。ハルは儂の傍を離れようとしなかった。立木を掴み、藤田上等兵の命令を拒んだ。藤田上等兵と高橋所長が、抱えるようにしてハルを運んで行った。ハルは泣き叫んでいた。
     儂は、F町や、洞海湾や、石峰山を思いだし、糸や子供たちの笑顔を思い浮かべていた。ハルの叫び声が聞こえなくなると、手榴弾を手に取った。これ以上体力がなくなると、手榴弾のピンを抜く力さえなくなるのが怖かった。眼をつむり手榴弾のピンに手を掛けたとき、『他ぁちゃんいけん』、と叫ぶハルの声がした。ハルが涙ながらに駆け寄り、儂の手から手榴弾を奪いとって投げ捨てた。
    『一日だけ、他ぁちゃんの看病をするのを許してもろうた。明日隊を追いかくるのを約束して……』
    『いけん。今すぐ隊に戻れ』
     そういうと緊張の糸が切れたのか、意識が遠のいていった。
     時折目を覚まし何かを食べたような気もするが、その時もせん妄状態だった。
     儂の意識が戻ったのは、それから三日後のことだった。ハルは儂の傍で寝入っていた。飯盒には野草の入ったお粥が残っているし、綺麗な水や果物も置かれていた。暫くするとハルが眠りから覚め、微笑みかけてきた。しかし泥で汚れた顔には、涙の跡が残っていた。
    『あれから三日たったとよ』
    『隊には帰らんかったんか?』
    『最初から、隊には帰えらんつもりで逃げてきたけ』
     儂はハルの瞳から溢れ落ちる涙を拭いながら、『馬鹿やなぁ』、といった。
    『この食料はどげんした』
     ハルは『近くの農家から貰うて来た』、といったきり、それ以上答えようとはしなかった。尋常な手段で手に入れたとは思わなかったが、あえてそれ以上は訊かなかった。

     下痢でやせ細った儂とハルが、隊に追いつくのには二週間ほどかかった。行き倒れた兵隊が、道標の替わりとなった。自決して腹部が吹き飛んでいる兵隊や、蛆虫が湧いている死骸も珍しくはなかった。将校と思われる死骸からはめぼしいものはすべて奪われ、裸同然になっていた。鉄兜や、小銃や、弾除けになると云われている千人針さえも、打ち捨てられていた。隊に追いついてくると、まだ生きている兵隊もいた。ハルはクレゾール溶液の注射を打った。
     朝鮮の子たちも竹で作った杖をついている。ため込んだ大量の軍票を腹に巻いている朝霧は、殆ど朝鮮の子たちに抱きかかえられるようにして歩いていた。
     そんな単調な逃避行が続く中、食事のあと高橋所長が儂に話しかけてきた。
    『今日あけみにおしるしがありました。産まれるのもまじかです。今日食料の調達に行ったとき、親日派の農家を見つけました。その農家の息子は、日本軍で軍属として働いています』
     そこまで話すと、高橋所長は儂の前に数個の小さな金塊と阿片を並べた。
    『この金塊はミッチーナを脱出するときに、財産を売りはたいて手に入れたものです。これらの一部を農家の夫婦に渡して、あけみを預けたいと思います』
     そこまで言うと、地面に両手をついて頭を深々と下げた。日本人の慰安婦や朝鮮の子たちも、子供の出産を第一に考えてお願いしているという。
     ここであけみの脱走を許すと、自分は後で責任を問われかねない。それでも、あけみが隊を離れることを許した。高橋所長とあけみは仮眠をとらず、農家に向かって歩き始めた。不安に駆られたあけみの足取りは重く、何度となく振り返り、泣いているのか、小刻みに肩を震わせながら歩いて行った。朝霧は最後に大きな声で、『元気な子を産むんだよ』、と叫んだ。
     男たちが殺しあう中で、女たちは新しい命の誕生をただひたすら願っていた。
     バーモが近くなってくると、敵の偵察機を見るようになってきた。その日も爆撃機が、自分の隊に向けて爆弾を投下していった。そのときもハルが儂を突き飛ばして守った。しかしハルの左膝に、爆弾の破片が刺さっていた。破片を取り除くと、傷口にリバノールを浸したガーゼを被せ、マーキュロを塗る程度の治療しかできなかった。
     それからは、体力が回復していた儂がハルを背負って行軍した。子供の頃に比べて背中は小さく感じるが、暖かさは変わっていないとハルはいった。キャラメルの匂いもしないといって笑っていた。ハルは儂の背中に負ぶわれ、このままF町に帰りたいともいっていた。
     バーモを目の前にして、イラワジ河の支流が隊の行く手を阻んだ。竹を組み、二つの筏を造った。一つには負傷しているハルを乗せ、もう一つには朝霧を乗せて渡河することにした。ほかの者は筏につかまって渡河するのだ。対岸では既に到着していた百十四連隊が、声を上げて激励している。最初にハルを乗せた筏が離岸し、無事渡り終えた。次に朝霧を乗せた筏が離岸した。河の中央辺りで、急流に翻弄されて筏が回転し始めた。その拍子に朝霧が筏から振り落とされた。朝鮮の子たちに掴まれ、何とか筏にしがみついた。しかし朝霧の腕力には限界があった。朝霧が流されそうになったとき、同じ筏にいた高橋所長が、重い軍票を捨てろと怒鳴った。『これは苦しみの中で生き抜いた証じゃけ』と叫び、朝霧は手放すのを拒んだ。朝霧は軍票と共に流されていった。
     バーモに着くと、弘子と糸子は正式に篤志看護婦となり、儂とは離れ離れになった。幸子と朝鮮の子たちは、本隊付きとなった高橋所長の慰安所で再び働き始めた。兵隊は六百人にまで減っていた」
     そこまで話し終えると他ぁちゃんは、「疲れちょらんか? 残りは明日にしようか?」と、気遣ってくれました。でも私は、一気に最後まで聞きたいといって、話を続けることを望みました。そうするとベッドの端に座り直し、私の手を握って続きを話し始めました。

    「それからも何度か大きな戦火を交えながら、百十四連隊はラングーン近くまで敗走した。
     その日は毎日聞こえていた爆音や、砲撃の音が聞こえない静かな朝だった。連隊本部から、正午の東京海外放送を聴くようにと命令された。それは終戦を告げる玉音放送だった。兵隊の泣き声が重く低く響き、放心状態の兵隊が立ちすくんでいた。どこからともなく君が代が歌われ、あちこちで将校が切腹したとの噂が流れた。翌日参謀会議が開かれ、菊師団は無条件降伏を受諾した。その日の午後に敵の戦闘機が飛来してきたが、兵隊たちは空を見上げて航跡を追うことができた。久しぶりに深呼吸をして見上げたラングーンの空が、こんなにも蒼くて広かったのかと、初めって知った。
     軍属は俘虜ではないといわれ、高橋所長と幸子と朝鮮の子たちは隊を離れた。朝鮮の独立を知った直後、朝鮮の子たちは帰国することができた。弘子とハルは日本人の正式な看護婦だと名乗り、自分の連隊に残った。高橋所長は幸子と二人で姿を消した。
     有刺鉄線を張り巡らしているだけの荒野に、収容所とは名ばかりの宿舎を造らされた。竹で柱や屋根を造り、その上に椰子の葉を載せた。土間には枯草や天幕を敷き、そのうえで直に寝た。サソリなどの害虫に悩まされながら夜を明かすと、使役に駆り出された。住宅の糞尿処理や、日本軍の爆撃で壊れた建物を撤去した。がれきの中の遺体も埋葬した。半年もすると、人海戦術での道路建設に駆り出された。
     作業場所には隊列を組んで歩いて向かう。歩いていると親日派のビルマ人がやってきて、話しかけたり、食べ物をポケットに入れてくれたりした。そんなある日、行進をしていると、『水上伍長』という抑え気味の声が聞こえた。儂がその方を振り向くと、ロンジーを着た高橋所長が立っていた。その隣には、幸子と子供を抱いたあけみもいた。それからも月に数度、高橋所長の姿を見ることができた。その時は食料を手渡してくれた。
     無事に祖国に帰してくれるのだろうかと、心配する必要はなかった。間もなく帰還船の運航が始まった。一年もすると英軍やインド軍の帰国が始まった。収容所の監視は次第に緩やかになり、収容者が自由に外出できるようなっていった。儂は会いたいときにハルと会うことができた。あけみのことを話すとハルも喜んだ。休みの日には、二人で出かけることもできた。そんなときは高橋所長のところに行った。高橋所長は飲食店を営んでいた。ハルは儂の汚れ物の洗濯や繕い物をし、うたかたではあるが、妻の喜びを味わうことができているといった。しかしハルは汚れた躰だからと言って、儂に躰を許すことはなかった。これは本当だ。ハルにとって、F町以来の幸せな日々がここにあるともいっていた」
     ハルちゃんとの躰の関係について、ことさら強調する他ぁちゃんを見て、少し微笑ましく感じていました。そんなことを気にしているわけではないことに、他ぁちゃんまだ気づいていなかったのです。必死にハルちゃんを庇おうとする表情をみて、少しばかり嫉妬を感じたのは事実でしたが。
    「菊師団にも帰還する連隊が出始めた。自分の隊より一足早く、ハルの所属する衛生部に帰還の命令が下った。そのころは、ビルマに残るために収容所から脱走する兵隊が多くいた。脱走兵を保護するビルマ人有力者が数多くいたからだ。ハルも収容所から脱走し、高橋所長の許に走った。
     それから約一年後、自分の隊に帰還の命令が下った。儂は帰還を控えた最後の日にハルを訪ねた。みんな喜んでくれた。あけみの子供も店の中を元気に走り回りながら、日本の童謡を歌っていた。
    『今日は臨時休業だ』
     高橋所長は送別会の準備を始めた。
    『ハルは帰らんのか?』
    『帰るよ。他ぁちゃんがおらんごとなるなら、ここにおる理由はないもん。店長の奥さんも、早う帰ってこいっていっとるごたるし』
    『日本でも会えるよな』
    『日本におらんかった分、お姉ちゃんを幸せにするんよ』
    『連絡くれ』
    『いけん。会えるんは今日が最後』
     作り笑いを残して、ハルは送別会の準備をするために厨房の方に向かった。
     送別会が終わるころ黄昏が迫り、帰隊の時間が近づいていた。ハルは儂を送って行くことになった。ラングーンの空一面に広がる湯けむりが、黄色味がかったオレンジ色に染まっていた。ただその中で、仏塔の形だけが影絵のように浮き上がっていた。ハルは左足を少し引きずりながら、儂の少し後ろをついて歩いた。
    『ミッチーナを退却してから三年近くのあいだ、他ぁちゃんの傍におれたんは夢のようやった』
     ハルは黄昏の空を見上げながら、しみじみと話した。
    『帰る機会があったのに、ハルは残ったけな』
    『この機会を逃すと、二度と他ぁちゃんの傍におれんのは分かっとったけ。子供の頃のうちん夢は、他ぁちゃんのお嫁さんになることやったん。曲がりなりにもお嫁さんの真似事もできたし、それでうちは満足やったと』
    『儂はハルのことを妹やっち思うことにするし、また会えるやんか。それに三度も命を救うて貰うたんやぞ』
    『汚れてしもうたこげなうちん躰。他ぁちゃんの傍にいてはいけんのんよ』
    『ジア母さんのためにやったことじゃないか。それにミッチーナ退却以来、綺麗な躰に戻ったじゃないか』
     儂は諫めるようにいった。
    『それが違うんよ』
    『違う? それは──、もしかしてアメーバ……』
     そこまで言うと、儂は歩みを止めて振り返り、ハルを見つめていた。
    『この三年間は、お姉ちゃんの代りをしよったの。やけお姉ちゃんを幸せにせにゃうちが許さんけね。本当は他ぁちゃんの子供を産みたかった。でももう満足やわ』
     ハルはいつものような、睨みつけるような眼差しでいった」
     他ぁちゃんは真顔に戻り、「これから糸がびっくりするような話をする。だがこれからの話の中で大事な出来事やけ、しっかり聴いちょいて欲しい」、といいました。私は「はい」と、一言答えました。他ぁちゃんは大きく深呼吸をした後、一気に話し始めました。
    「『これが最後なら、ハルに話しとかんといけんことがある』
     躊躇いがちではあったが、儂は話し始めた。
    『古賀の兄ちゃんのことや』
    『オッパに聞いちょる。オッパが殺したんやろ』
    『三八がそうゆうとったか』
     三八がそこ迄隠そうとしているのかと驚いた。
    『それが違うんや』
     儂はその日のできごとをハルに話した。
    『ハルは、自分のアボジを殺した男の命を救っとったんや』
     儂は視線を落としたままでそこ迄話すと、ゆっくりと顔を上げた。
    『ここまで黙っとって、すまんかった』
     ハルは睨みつけるかのような眼差しのままで、暫く黙っていた。
    『でもお姉ちゃんのところに帰りたかったんやろ。やけいいの。うちにアボジは初めからおらんかったけ』
     儂はハルのことが愛おしくなって、力いっぱい抱きしめた。二人が躰を重ねたのは、その日の一度だけだった。
     ラングーン港に停泊してるイギリス商船の間に、日の丸を掲げた引上船が決まり悪そうに停泊していた。百十四連隊はその引上船に乗船し、昭和二十二年七月、宇品港に復員した」
     私はその事実を、何の驚きもなく聞くことができました。他ぁちゃんが罪を犯したという事実もそうですし、ハルちゃんが二度と足を踏み入れないと誓っていたことを、他ぁちゃんのために破ったことについてもそうです。その日の二人の会話は、今までのすべてのできごとを泡沫のように消しさり、幼いころの二人に戻っていたのです。総てはお互いを思いやったことによって起こったことであり、私のよこしまな考えとは相容れない、純粋な思いだと感じたからなのです。
     話し終わった他ぁちゃんは、真剣な眼差しで私を見つめながら、再び口を開きました。
    「確かにいっぺんだけ、儂は糸を裏切った。だがその時の気持ちは、かけがえのないハルへの気持ちやった。二人で生死を生き抜いたことや、糸の許に帰そうとするハルの気持ちは、かけがえのない気持ちやったんや。そのうえ古賀の兄ちゃんのことも、迷うことのう許してくれた。その時ハルを愛しいっち思うたことも、儂のかけがえのない気持ちやった。戦争ちゅう理不尽な状況の中でのできごとやったんや。その証に、帰還後もハルの居所を探そうとせんじゃったし、糸や子供のことを心底愛して生きてきた。やけハルのことを許してくれ。ハルをこれ以上苦しませんでくれ」
     そこまで聞いた私は、「他ぁちゃんの話を聞いて、うちん決断に間違いのないことを再認識したわ」というと、他ぁちゃんの長い話に疲れたのか、深い眠りに落ちて行きました。
     他ぁちゃんの話を聞いて、熾火だけが知っている、私のよこしまな気持ちを恥ずかしく思いました。だからそれからは、ハルちゃんが尋ねてきてくれることだけを願い続けました。

     ハルちゃんが花束を抱えて私の病室を訪ねてきたのは、高橋店長と話してから一月が過ぎようとする頃でした。私の病状は進み、ベッドから起き上がることすらできなくなっていました。
    「お姉ちゃん。花瓶あると」
    「うん。そん開きの中」
     二人に挨拶の言葉はいりませんでした。花瓶に花を挿して戻って来たハルちゃんは、無言で病室の丸椅子に座りました。
    「ありがとう。きっと来てくれると思うとった」
    「ビルマでのこと、隠しとってごめんね。お姉ちゃんが嫌な思いをするのが嫌やったけ。お姉ちゃんの幸せを壊すことだけは、したくなかったけ」
    「他ぁちゃんから聞いたとよ。三度も他ぁちゃんの命を救ってくれたんやろ」
    「必ず、お姉ちゃんのところに帰してあげたかったけ」
    「ありがとう」
     私の目頭から溢れた一筋の熱い水珠が、涙丘を越えていきました。
    「遅くなってごめんね。行くのがいいのかどうか悩んでたら、こんなに遅くなってしもうて」
     私は首を数回横に振ると、抑えた声で話し始めました。
    「うちが冨士湯に奉公に行く前、他ぁちゃんの傍にはハルちゃんがおったやろ。ハルちゃんがおらんごとなってからは、うちが他ぁちゃんの傍におった。ビルマはハルちゃんの出番じゃった。復員してからは、またうちの番。だけどうちにはもう無理たい。もう他ぁちゃんの傍にはおれん。悲しかけどもうおれん」
    「そんなことないよ。お姉ちゃんはがんばらないけん」
    「無理はいわんといて。そのことは自分が一番わかっとるけ」
     ハルちゃんが私の手をにぎりました。私に握り返す力はもう残っていませんでした。
    「ハルちゃん。あとは頼んだけ。襷はハルちゃんに渡したけね。頼んだとよ」
     ハルちゃんは話の内容に戸惑っていました。ですがもう一度、私の手を強く握ってくれました。
    「他ぁちゃんにはうちから話しておくし、神峯寺のお母さんには、うちが死んだらハルちゃんに連絡するようにたのんでおくけ。頼んだとよ」
     その時私の手には、少しばかり力が入ったように感じました。ハルちゃんは最後まで、返事をせずに帰って行きました。
     
                   6
     糸が死んだのは、ハルと会ってから三カ月目の梅雨も盛りのことであった。葬儀は神峯寺で行うことになった。
     新緑映える紅葉の梢の間を、湿気の纏わり付いたいなさが通り過ぎていき、蒸し暑い本堂では、住職と若住職の読経が始まった。読経の声が本堂の中を幾度も跳ね返り、参列者を包み込んでいる。他人と五人の子供と捨の後ろには、本堂から溢れんばかりの参拝者が畏まって座っている。境内にも、幾人かの人が参列していた。先ほどから、他人は本堂で何かをしきりに探している。二時間ほどで読経が終わると、他人は立ち上がって境内の方まで見渡した。何かを見つけたのか、奈津子を呼んで耳打ちをした。

     葬儀のすんだ祭壇の前で、ハルは一人座っている。弱弱しく揺れながら昇っていく線香の煙は、途切れることなく堂内を巡っていた。
     故人との悲しいできごとが、薄紙を剥ぐように癒されていくのがわかる。位牌の姿に替わってしまっているが、遺影の温かい眼差しが、ハルを優しく包んでくれていた。精進落としの後片づけも概ね終わり、人影の無くなった堂内には、庫裡の方から女性たちの話し声が微かに聞こえている。傾いた太陽の名残が、長髭織の畳表に長く伸び、規則正しい波模様の陰影を作っていた。音もなく後ろから近づいてきた他人が、「高塔山に登ってみよう」といった。履きなれない喪草履を履いているから無理だというのもきかず、強引にハルの手を引いて坂道を登り始めた。ハルは左足を少し引きずりながら、他人に従った。
     昔二人で登った山道は、思った以上に勾配がきつかった。喪服の裾が足に絡んだ。
     高塔山の頂上には、展望台ができていた。展望台から望む洞海湾は、昔と同じようにゆったりと寝そべっていた。石峰山に沈もうとしている夕陽は、名残惜しそうに山際を茜色に照らし、二人の横顔も茜色に染めていた。夕焼けの空気は軽くて心地よかった。ハルと他人の眼下には、神峯寺本堂の屋根瓦が見えている。その先の洞海湾では、停泊灯の白い光がマストで揺れていた。対岸の製鉄所で灯る無数の光は銀河のように煌き続け、逆S状に連なる若戸大橋の道路灯が、二人を導くかのように輝いていた。
    「元気やったようだなあ。あれからもう十五年も経つのか」
    「ほんと、他ぁちゃんも無事復員できてよかった」
     二人は初めて顔を見合わせ、微笑んだ。
    「糸から話は聞いとる」
     洞海湾の外航船が、汽笛を一つ短く鳴らした。

     糸の意識がとぎれとぎれになっている。他人は二日前から仕事を休み、糸の枕元に寄り添っている。病室の窓から見える工事中の若戸大橋は、主桁がすべて取り付けられ、昨日若松と戸畑が一つに繋がった。今日は朝から気分がいいのか、糸が一つに繋がった若戸大橋を見たいと言い出した。他人は窓際にベッドをずらした。糸の上半身を抱き起し、ベッドに並んで座った。
    「うちが船に乗りたいっちゆうて、他ぁちゃんに連れて行ってもろうたん覚えとる?」
    「ああ。お祖母ちゃんが死んで少し経った頃やった。親父がお祖母ちゃんを看取ってくれたお礼やゆうて、若松を案内してやれって」
    「あの時初めて船に乗ったん。そうそう。ハルちゃんも一緒やった。ハルちゃんは窓に向かって膝立ちで、外を見よった」
    「空の外航船が傍を通ったとき、海面に半分出た大きなスクリューが目の前に迫ってきて、ハルは怖がっとった。今はその若戸渡船の上を、若戸大橋ができとる」
     他人は遠くに目をやり、糸との初めてのデートにも、傍にハルがいたことを思い出していた。
    「他ぁちゃんが小さい頃、ハルちゃんがおったやろ。ハルちゃんがおらんごとなってからは、うちや。ビルマはハルちゃん。復員してからはまたうち。うちが黄泉の国に旅立った後はハルちゃんや。いや、糸ちゃんや。うちと糸ちゃんは二人で一人なんよ」
     その後糸は深い眠りに落ち、意識が戻ることはなかった。

     ハルは他人の手を引き、展望台を横切って、洞海湾とは反対側の景色を見に行こうといった。夏の太陽は沈むのが遅い。玄界灘には男島と女島が島影を落としていた。
    「他ぁちゃんともう一回、ここからの景色を見るのがうちの夢やった」
     ハルは幼いころと同じように、男島と女島に視線を投げかけていた。
    「そういえば男島の島岸を埋め立てて、原油の備蓄基地が建設されるらしい」
    「え。それって、男島と女島が備蓄基地で繋がるちゆうことなん」


     
     
    無限大な宇宙において、人とは一つの埃以下でしかありません。だが唯一無二の魂を持っています。 いま人生の終盤を迎え、命を使い切ることが私に残された最後の使命なのです。 私が紡ぐ言の葉で、幻でしかないこの世界を表現してみようと思っています。 私の世界を訪れてみませんか。

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