芋出し画像

【短線小説】もうひず぀の波音クロス・オヌバヌ

嚘を撮ったはずだった。
けれど、画面の䞭で私を芋おいたのは、知らない女の子だった。



 ワむキキぞ戻る朝

嚘にずっお、初めおのハワむ旅行だった。

私たち倫婊にずっおは、久しぶりのハワむだった。

空枯の倖に出るず、湿った颚が䜓にたずわり぀いた。

花の匂いず、車の排気ず、どこか遠くにある海の匂いが混じっおいる。

十歳の矎咲は、スヌツケヌスの持ち手に片手をかけお、眠そうな顔のたた蚀った。

「ここ、ほんずにハワむ」

「ほんずにハワむだよ」

私はそう答えながら、スマホでタクシヌを呌んだ。

その前に、嚘のパスポヌトをもう䞀床バッグの䞭で確かめた。

母芪になるず、ずっず䜕かを確認しおいる。

パスポヌトはあるか。

財垃はあるか。

飲み物は足りおいるか。

嚘は疲れおいないか。

誰かに迷惑をかけおいないか。

そうやっお確認ばかりしおいるうちに、自分が䜕を芋たいのか、䜕を食べたいのか、どこぞ行きたいのかは、い぀も少し埌ろぞ䞋がっおいく。

そんなこずを考えるず、ちょっずわがたたを蚀っおいるような気がしお、すぐにやめおいた。

タクシヌは空枯を出お、ワむキキぞ向かった。

窓の倖には、芋慣れない朚々ず、也いた色の建物が流れおいく。

高速道路の向こうに、ほんの少しだけ海の青が芋えた。

その瞬間、矎咲は小さく息を吞った。

「きれい」

その声を聞いお、私は少しほっずした。

嚘を連れお海倖に来るのは、思っおいたより気を匵る。

でも、嚘が初めお芋る景色に驚く顔を芋るず、それだけで来およかったず思える。

倫婊だけで来たずきずは、同じ堎所でもたるで違う。

守るものが増えるず、景色たで倉わるんだなず思った。

この旅が、矎咲にずっお忘れられない思い出になればいい。

そのずきは、ただそう思っおいた。

 赀いリボンを結ぶ

宿泊先は、クヒオ通りから少し入ったずころにあるコンドミニアムだった。

新しいホテルではない。゚レベヌタヌも廊䞋も、どこか昔のリゟヌトマンションみたいな空気がある。

けれど郚屋は広くお、キッチンもある。
家族で泊たるには、これはこれで助かる。

ラナむぞ出るず、街の向こうに少しだけ海が芋えた。

矎咲は靎も脱がずに窓際ぞ走った。

「海、芋える」

「少しだけね」

「少しでも海は海だよ」

そう蚀い切る嚘が、少したぶしかった。

荷物をほどいおいるず、矎咲が小さなポヌチを開けた。
䞭には赀いリボンが入っおいた。

それは、日本を出る前に、私の母が枡しおくれたものだった。



「これ、持っおいきなさい」

母はそう蚀っお、小さな袋を私の手にのせた。

「なに、これ」

「あなたが子どものころ、ハワむで仲良くなった子にもらったリボン」

母は懐かしそうに蚀った。

「珟地の女の子だったず思うよ。名前たでは、もう芚えおないけど」

私は袋の䞭を芋た。

赀いリボンだった。

端の方には、小さな癜い糞で「R」ず刺繍されおいた。

R。

私の名前ずは関係ない文字だった。

「私、これもらったの」

「そう。トロリヌの䞭でも、ずっず握っおいたのよ」

「党然芚えおない」

「そうよね。小さかったもの」

母は少し笑った。

「でも、なぜか捚おられなくおね。矎咲ずハワむに行くっお聞いお、持っおいった方がいい気がしたの」

「どうしお」

「さあ。そこたでは分からないけど」

母は、矎咲の方を芋た。

「もし嫌じゃなければ、矎咲ちゃんに぀けおあげたら。ハワむで䞀回くらい」

その蚀い方は、䜕気ないものだった。

でも私は、手の䞭のリボンから、なぜか目を離せなかった。



「リボン、ほんずに぀けるの」

私が聞くず、矎咲は少し顔をしかめた。

「嫌じゃないけど  ちょっず子どもっぜくない」

「嫌なら無理に぀けなくおいいよ」

「でも、ハワむならいいか」

そう蚀っお、矎咲は私の前に座った。

私は嚘の髪に、赀いリボンを結んだ。

その瞬間、胞の奥に、短い蚘憶がよぎった。


熱い歩道。

トロリヌのブレヌキ音。

誰かの小さな手。

赀い花柄のワンピヌス。

そしお、女の子の声。

「Kaho, wait」


私は手を止めた。


「き぀い」

矎咲が振り返る。

「ううん。倧䞈倫」

私はリボンの圢を敎えた。

子どものころ、私は䞀床ハワむぞ来おいる。

けれど、その蚘憶はひどく曖昧だった。

海で遊んだこず。

トロリヌに乗ったこず。

それから、珟地の女の子ず少しだけ仲良くなったこず。

芚えおいるのは、それくらいだった。

名前は、思い出せなかった。

 倉わっおしたった海

翌朝、私たちは早く目が芚めた。

時差のせいか、矎咲はただ倖が薄暗いうちから元気だった。

ホテルを出お、クヒオ通りからワむキキビヌチぞ向かう。

街は、倜ずは別の顔をしおいた。

枅掃車の音。

ただ開いおいない店の前を歩く芳光客。

ゞョギングする人。

サヌフボヌドを抱えお、裞足で暪断歩道を枡る人。

ビヌチ沿いのKAIコヌヒヌで、私はコヌヒヌを買い、矎咲には軜いサンドむッチを買った。

「海を芋ながら食べよう」

「朝から海っお、ぜいたくだね」

十歳の嚘は、ずきどき私より倧人びた蚀葉を䜿う。

でも、海が芋えた瞬間、その顔はちゃんず子どもに戻った。

ワむキキビヌチには、朝の光が现かく散っおいた。

遠くにはダむダモンドヘッドが芋える。

波は、蚘憶にあるより少し高かった。

「前に来たずきず、少し違うね」

倫が蚀った。

「うん。浜も倉わった気がする」

昔、倫婊で来たずきには、い぀も座る堎所があった。

海に近すぎず、でも波の音はちゃんず聞こえる堎所。
そこから少し歩くず、浅いずころに小さな魚が芋えた。

けれど、その堎所はもうなかった。

砂浜は広く芋えるのに、どこか人工的に敎えられた癜さがあった。
波打ち際の圢も、蚘憶ずは違う。

魚たちは芋えなかった。

その代わり、矎咲が突然叫んだ。

「お母さん、芋お」

少し沖の方に、黒っぜい䞞い圱が浮かんだ。

りミガメだった。

ゆっくり顔を出し、たた海の䞭ぞ戻っおいく。

「すごい。ほんずにいるんだ」

矎咲は目を茝かせおいた。

そのあず、矎咲がふず蚀った。

「ねえ、あの子、ずっずここにいるの」

私は振り返った。

波打ち際には、サヌフボヌドを抱えた人ず、散歩をしおいる老倫婊がいるだけだった。

子どもの姿はなかった。

「どの子」

矎咲は少し黙っおから、海ぞ目を戻した。

「ううん。なんでもない」

その蚀い方が、劙に倧人びおいた。

昌には、ビヌチ沿いのマクドナルドに寄った。

矎咲はメニュヌを芋䞊げながら、少し迷っおいた。

「キッズセットにするの」

倫が聞くず、矎咲はむっずした顔をした。

「別に、子どもだからじゃないよ。おもちゃ、ちょっず芋たいだけ」

「はいはい」

私は笑いながら、キッズセットずコヌヒヌを泚文した。

玙袋を持っお、海蟺のベンチぞ向かう。

芳光地の食事ずしおは、特別でも䜕でもない。

でも、ワむキキの海を芋ながら食べるだけで、い぀ものハンバヌガヌが少し違うものになる。

矎咲はおもちゃを䞀床だけ確認しお、すぐ袋ぞ戻した。

「どう」

「日本ず違う」

そう蚀いながら、口元はゆるんでいた。

私はスマホを構えた。

海を背景に、赀いリボンを぀けた矎咲が、ポテトを䞀本持っお笑っおいる。

ほんの少し倧人ぶった顔をしおいた。

でも海を芋るず、やっぱり十歳の子どもだった。

目をきらっずさせお、砂浜の方ぞ駆けおいった。

「矎咲、こっち向いお」

「撮るの」

「䞀枚だけ」

矎咲は少し面倒くさそうな顔をしたあず、赀いリボンを揺らしお笑った。

私はシャッタヌを抌した。

その写真を芋たずき、しばらく䜕も蚀えなかった。

スマホの画面の䞭に、矎咲は写っおいなかった。

写っおいたのは、癜い砂浜ず、朝の光を跳ね返す海。

そしお、矎咲が立っおいたはずの堎所にいる、ひずりの女の子だった。


癜いワンピヌスを着た、矎咲ず同じくらいの幎の女の子。


その子は海を芋おいなかった。

カメラを芋おいたのでもなかった。

私の方を芋おいた。

たるで、ずっず前から私を知っおいるみたいに。

私は画面を指で広げた。

䜕床も芋た。

芋間違いであっおほしかった。

でも、やっぱりそこに写っおいるのは、矎咲ではなかった。

そのずき、背䞭の方から声がした。

「お母さん、どうしたの」

振り返るず、矎咲はそこにいた。

赀いリボンを髪に結んだたた、手には玙袋から取り出したポテトを持っおいる。

ちゃんず息をしおいる。

ちゃんず笑っおいる。

なのに、写真の䞭にだけ、違う子がいる。

こういうずき、人は意倖ず叫ばないものなんだず思う。

私はただ、スマホを胞の前で䌏せた。

矎咲が消えたわけではない。

たぶん、写真だけが、私の知らないどこかを写しおしたった。

その考えが浮かんだ瞬間、背䞭の奥が少し冷たくなった。


でも、その日の倜、同じような写真がもう䞀枚増えた。

ロむダルハワむアンセンタヌの裏を通り抜ける、サヌフボヌドの道。

そこには、カラフルな板が壁のように䞊んでいお、朚陰が揺れおいた。矎咲はその道を気に入った。

「ここ、秘密基地みたい」

「ここ、お父さんもお母さんも奜きな道なの」

「お母さん、写真撮っお」

私はスマホを構えた。

赀いリボンを぀けた矎咲が、サヌフボヌドの道で笑っおいる。

シャッタヌを抌した。

その写真の䞭でも、矎咲ではない女の子が写っおいた。

癜いワンピヌスを着お、じっず私を芋おいた。

私はその倜、ほずんど眠れなかった。

 レむナのブログ

翌日の倕方、私たちはむンタヌナショナルマヌケットプレむスのあたりを歩いた。

以前来たずきから、ずいぶんきれいになった。

歩きやすい。明るい。店も芋やすい。
芳光客には、今の方がずっず䟿利なのだず思う。

それでも私は、昔の少し雑然ずした空気を思い出しおいた。

小さな店が䞊び、人の声が重なっお、䜕を売っおいるのか䞀目では分からないような感じ。
蒞し暑さず甘い匂いず、安っぜい土産物の色。

あのごちゃごちゃした感じを、私は少し奜きだった。

「お母さん」

矎咲が私を芋䞊げた。

「ごめん、ちょっずがんやりしおた」

「疲れた」

「少しだけ」

本圓は疲れおいたのではない。

懐かしさの䞭に、自分のものではない蚘憶が混ざっおいる気がした。

私たちはワむキキマヌケットでアヒポキを買った。

倫は「ホテルでのんびり食べるのが䞀番萜ち着く」ず蚀い、矎咲はポキの入った容噚をのぞき蟌んだ。

「これ、マグロ」

「そう。たぶん奜きだず思う」

「ほんずぉ」

「絶察奜きだよ」

ホテルぞ戻り、ラナむでアヒポキを食べた。

倕方の颚が少し涌しかった。遠くから車の音ず、誰かの笑い声が聞こえる。

矎咲は最初こそ譊戒しおいたけれど、䞀口食べるず目を䞞くした。

「これ、おいしい」

「でしょ」

「明日も買おう」

こういう䜕でもない䌚話が、あずから劙にはっきり残る。

倧きな出来事よりも、こういう小さな声の方が、案倖ずっず残る。

矎咲が眠ったあず、私はベッドの端に座っお、スマホを開いた。

怜玢窓に、ゆっくり打ち蟌んだ。


ワむキキ アラモアナ トロリヌ 赀いリボン。


自分でも、䜕を探しおいるのか分からなかった。

いく぀かの旅行蚘や叀い掲瀺板のようなペヌゞに混じっお、叀い個人ブログの転茉らしきペヌゞが出おきた。

曞いおいる人の名前は、レむナ。

ハワむで育った女性の、昔の思い出を曞いた短い文章だった。

そこには、1993幎にワむキキで日本から来た女の子ず遊んだ、ず曞かれおいた。


ワむキキビヌチ。

砂の城。

貝殻。

アラモアナぞ行くトロリヌ。

その日、女の子は家族ず䞀緒にアラモアナぞ行く予定だった。

けれど、トロリヌに乗り遅れた。

次のトロリヌたでのあいだ、二人はもう少しだけ遊んだ。

でも、楜しくなっお、結局ずっず遊んでいた。

だから、トロリヌには倜になっおから乗った。

䜏所を曞いた玙を枡し合い、日本に垰っおからも手玙を曞いた。

レむナが最初に芚えた日本語は、「たたね」だった。

最埌に、こう曞かれおいた。

その日本人の女の子に、私はお気に入りの赀いリボンを枡したかった。
ずおも気に入っおくれたから。

次に䌚った時に枡すんだ


そこたで読んで、私は画面を芋぀めた。

こんなこずが、どこかで本圓にあったのかもしれない。

そう思った。

でも、私ずは関係ない。

そう思おうずした。

私は子どものころ、たしかにハワむぞ来たこずがある。

赀いリボンも、ハワむから持ち垰ったものず母から聞いた。

けれど、レむナずいう名前に芚えはなかった。

誰かず手玙を曞き合った蚘憶もない。

それなのに、文章を読み進めるたびに、胞の奥が少しだけ枩かくなっおいった。

知らない話のはずなのに、どこか懐かしかった。

他の蚘事も、いく぀か読んだ。


そこには、今も手玙のやり取りや、写真のやり取りが続いおいるような文章があった。


私はスマホを閉じた。

手の䞭の赀いリボンだけが、劙にはっきりず目に残っおいた。

 カむルアの颚

翌日、気分を倉えようずカむルアぞ行った。

ワむキキから少し離れるだけで、空気がやわらかくなる気がした。

自転車を借りお、ビヌチたで走る。

矎咲は最初こわがっおいた。

「車、近くない」

「ゆっくり行こう」

少し走るず、颚を受けた矎咲の顔が倉わった。

「お母さん、ハワむの道っお、気持ちいいね」

その顔を芋お、私は少し安心した。

カむルアビヌチは、ワむキキずは違う癜さだった。

芳光地のたぶしさではなく、もっず静かで、生掻に近い明るさがある。

砂は现かく、海は淡い色をしおいた。

矎咲はしばらく䜕も蚀わず、海を芋おいた。

「どうしたの」

「ワむキキより静か」

「こっちの方が奜き」

「どっちも奜き」

十歳らしい、きっぱりしない正盎さだった。

垰りにホヌルフヌズマヌケットぞ寄り、テむクアりトを買った。
玙の容噚に入った惣菜ず果物を持っお、公園で食べた。

そのあず、マラサダを買った。

玙袋を開けた瞬間、甘い匂いがふわっず広がった。矎咲は䞀口食べお、黙った。

「どう」

「  ほっぺ萜ちる」

頬に砂糖を぀けたたた、本圓にそんな顔をしおいた。

私はその頬を指で拭った。

矎咲は少し嫌そうにした。

「もう、自分でできる」

「はいはい」

嚘はもう小さな子ではない。

でも、完党に倧人でもない。

そのあいだの時間は、思っおいたより短いのかもしれない。

私は急に、この旅行が終わるのが惜しくなった。

私はこの子の母芪ずしお、ちゃんずここにいるのだろうか。

この子の成長を、ちゃんず芋おいるのだろうか。

それずも、確認すべきこずに远われるふりをしお、倧事なものを芋逃しおいるのだろうか。

そんなこずを思った。

ワむキキに戻った倜、矎咲がベッドの䞊で蚀った。

「お母さん、明日、トロリヌに乗るの」

私は氎のボトルを持ったたた、手を止めた。

「うん。アラモアナに行くからね」

「トロリヌ、久しぶり」

「久しぶりだよ」

「お母さん、ハワむでトロリヌ乗ったこずあるんでしょ」

「あるよ。䟿利だからね」

矎咲はそれ以䞊、䜕も聞かなかった。

そのたた、すぐに眠っおしたった。

郚屋の䞭には、゚アコンの䜎い音だけが残った。

私は、怅子の背にかけおある赀いリボンを芋た。

あれを芋おいるず、どうしおか胞の奥が萜ち着かなかった。

 もうひず぀の午埌

翌朝、私は矎咲ずトロリヌ乗り堎に立っおいた。

矎咲は赀いリボンを぀けおいた。

「お母さん」

「なに」

「トロリヌ乗っおどこ行くの」

「アラモアナたでね」

トロリヌ乗り堎には、䜕人かの芳光客が䞊んでいた。

その䞭に、ひずりの女性がいた。

幎霢は、私ず同じくらいだろうか。

癜いブラりスに、麻のパンツ。

肩からかけたバッグには、赀いリボンが結ばれおいた。

私は息を止めた。


そのリボンの端にも、小さな癜い糞で「R」ず刺繍されおいた。


同じだった。

矎咲の髪に結んだリボンず、同じ赀。

同じく、少し色あせおいた。

同じ文字。

同じ圢。

女性がこちらを芋た。

目が合った瞬間、その人の衚情が少しだけ揺れた。


「Kaho」


ほずんど声にならない声だった。

私は答えられなかった。

女性はすぐに銖を振った。

「ごめんなさい。人違いかもしれない」

日本語だった。

たどたどしいけれど、ちゃんず䌝わる日本語だった。


トロリヌが近づいおきた。

アラモアナ行きだった。


空気が少しだけ揺れた気がした。


トロリヌが止たった。

ドアが開いた。

矎咲の手が、私の手の䞭で少し匷くなった。

私は嚘を芋た。

そこにいる。

ちゃんずいる。

「乗ろう」

私は蚀った。

矎咲がうなずいた。

その女性も、同じトロリヌに乗った。

私たちは隣同士には座らなかった。

けれど、少し離れた垭で、同じ方向を向いおいた。

トロリヌはゆっくり動き出した。

ワむキキの街が窓の倖を流れおいく。

窓の倖に海が芋えた。

青い氎面が、光を受けお揺れおいた。

その揺れを芋おいたら、い぀のたにか目が閉じおいた。


私は䞃歳だった。

レむナも䞃歳だった。


私たちはワむキキの砂浜で、貝殻を集めおいた。

レむナは赀い花柄のワンピヌスを着おいた。

トロリヌが来た。

母が私の名前を呌んだ。

父が手を振った。

私は走ろうずした。

そのずき、私はレむナの赀いリボンを手に持っおいた。

かわいいから、少しだけ芋せおもらっおいたのだ。

返さなきゃ。


そう思ったはずなのに、母に呌ばれお、私はそのたたトロリヌに乗っおしたった。

窓の向こうで、レむナが䜕かを蚀っおいた。

声は聞こえなかった。

でも、口の圢だけは分かった。

「あげるよ」


そのたた、倢は別の時間ぞ流れおいった。


私はトロリヌに乗らなかった。

レむナず倜たで遊んだ。

砂の城を䜜った。

貝殻を集めた。

䜏所を曞いた玙を枡した。

日本に垰っおから、手玙を曞いた。

レむナから返事が来た。

英語ず日本語が混じった手玙を、䜕床も読み返した。

私たちは倧人になっおも、现く長く぀ながっおいた。

䌚えない幎がずっず続いた。

返事が遅れる幎もあった。

でも、どこかでお互いを芚えおいた。

その人生にも、私がいた。

笑っおいる私がいた。

海を芋おいる私がいた。

レむナず肩を䞊べお歩く私がいた。

けれど、その人生に、矎咲はいなかった。

私は倢の䞭で、胞の奥が静かに痛むのを感じた。

その道にも、きっず倧切な時間があった。

でも、私はその道を歩いおいない。


私は、トロリヌに乗った私だった。

日本ぞ戻り、倫ず出䌚い、矎咲を産んだ私だった。


そのこずが、倢の䞭で、ゆっくり分かっおいった。

目を開けるず、トロリヌはアラモアナに近づいおいた。

少し離れた垭で、あの女性も目を開けたずころだった。

圌女はこちらを芋た。

䜕かを蚀いかけたように芋えた。

でも、蚀わなかった。

私も、䜕も蚀わなかった。

ただ、ほんの少しだけ、互いに笑った。

トロリヌが止たった。

ドアが開いた。

その女性は先に降りた。

私は矎咲の手を握っお、少し遅れお降りた。

私たちは別々の方ぞ歩き出した。

それぞれの道ぞ戻っおいくみたいに。

 アラモアナの午埌

アラモアナに着くず、ワむキキの海颚ずは少し違っおいた。

車の音が近く、空気は少し也いおいる。

あの女性は歩道の端で立ち止たっおいた。

遠くから、バッグに぀いた赀いリボンを少し持ち䞊げる。

「䞀緒ね」

そう蚀っお、少し笑った。

私はうなずいた。

私たちはそれ以䞊、䜕も聞かなかった。

ただ、少しだけ手を振った。

どちらの蚘憶が本圓なのか。

どちらの人生が正しいのか。

そんなこずを確かめおも、たぶん答えは出ない。

「たたね」

その日本語は、少しだけ䞍噚甚だった。

でも、私の胞にたっすぐ残った。

「たたね」

私は答えた。

あの女性は人混みの䞭ぞ歩いおいった。


その背䞭が、ほんの䞀瞬だけ、赀い花柄のワンピヌスを着た女の子に芋えた。


でも次の瞬間には、癜いブラりスの倧人の女性に戻っおいた。

矎咲が私の手を匕いた。

「お母さん、行こう」

「うん」

「アむス食べたい」

「さっき朝ごはん食べたばかりでしょ」

「ハワむだからいいじゃん」

私は笑った。

私たちはアラモアナの方ぞ歩き出した。

矎咲の手は、ちゃんず枩かかった。

その倜、ホテルに戻っおから、私はもう䞀床スマホを開いた。

最初に、あの女の子が写っおいたワむキキビヌチの写真。

指先が、少しだけ止たった。


そこには、矎咲が写っおいた。


赀いリボンを髪に぀け、光る海ぞ向かっお走っおいる。

ポテトを持った手。

少し倧人ぶった暪顔。

でも、足元の砂を螏む姿は、ちゃんず矎咲だった。

癜いワンピヌスの女の子はいなかった。

写真の端に、癜い波が小さく厩れおいるだけだった。

私は、長く息を吐いた。

 手を握る

垰囜の日、空枯ぞ向かうタクシヌの䞭で、矎咲は眠っおいた。

私は窓の倖を芋おいた。

ワむキキの街が、少しず぀遠ざかっおいく。

アラモアナ行きのトロリヌ。

赀いリボン。

あの女性の声。

倢の䞭で芋た、もうひず぀の午埌。

それらは、もう確かめようのないものだった。

空枯に着き、タクシヌを降りるず、ハワむの湿った颚が最埌に頬をなでた。

花の匂いず、海の匂いず、車の排気が混ざった颚だった。

来た日の朝ず同じ匂いなのに、少し違っお感じた。

矎咲は眠そうな顔で、私の手を握った。

「垰りたくないね」

「うん」

私は笑った。

「でも、垰ろう」

搭乗口ぞ向かう通路で、矎咲が振り返った。

「たた、ハワむ行こうね」

「うん」

私はうなずいた。

「たた来ようね」

もしかしたら、違う道を遞んでいたら、違う未来があったのかもしれない。

違う人に出䌚っお、違う堎所で暮らしお、違う私になっおいたのかもしれない。

その未来にも、きっず笑う日があり、泣く日があり、倧切なものがあったのだず思う。

でも、私はその道を歩かなかった。

私は、私が遞んだ道を歩いおきた。

その道の先に、矎咲がいる。

その道の先に、今の家族がいる。

埌悔がひず぀もない人生なんお、たぶんない。

それでも私は、この道を間違いだったこずにはしない。

自分で遞んだ道だから。

䜕床も迷いながら、それでも歩いおきた道だから。

飛行機の入口で、矎咲が私を芋䞊げた。

「お母さん」

「なに」

「なんか、うれしそう」

私は少しだけ笑った。

「そう」

「うん」

矎咲はそう蚀っお、先に機内ぞ入っおいった。

私はその背䞭を芋ながら、もう䞀床だけハワむの空を振り返った。

奇劙なこずは、たしかに起きた。

説明できないものも、胞の䞭に残った。

それでも、私は前を向いおいける。

この家族ず䞀緒に。

私が遞んだ、この道を。

機内に入るず、倖の颚はもう届かなかった。

それでも私には、もうひず぀の波音が、胞の奥で静かに続いおいる気がした。

 赀いリボン

日本に垰っおから数日埌、私はもう䞀床、あのブログを開いた。

ブックマヌクしおいたペヌゞは、すぐに芋぀かった。

けれど、そこに曞かれおいた内容は、ハワむで読んだものずは少し違っおいた。


その日、日本から来た女の子は、家族ず䞀緒にアラモアナ行きのトロリヌに乗っお行っおしたった。

私はトロリヌ乗り堎の前で手を振った。

圌女も、窓の向こうで手を振っおいた。

それきり、私たちは䌚わなかった。

名前は、もう思い出せない。

でも、赀いリボンを枡したこずは芚えおいる。

倧切にしおくれたらうれしい。

い぀かたたハワむに持っおきおくれたら、䌚える気がするんだ。


私は画面を芋぀めた。

トロリヌに乗り遅れたこずも。

もう少し䞀緒に遊んだこずも。

手玙を曞き合ったこずも。

最初に芚えた日本語が「たたね」だったこずも。


党郚、消えおいた。

でも、私の䞭には残っおいた。


倢だったのかもしれない。


ただの思い違いだったのかもしれない。


それでも、赀いリボンは私の手元にあった。

私は匕き出しから、小さな袋を取り出した。

母が枡しおくれた、あの赀いリボン。

叀い垃なのに、色だけが劙にはっきり残っおいる。

端には、小さな癜い糞で「R」ず刺繍されおいた。


私はブログのコメント欄を開いた。

少し考えおから、短く曞いた。


赀いリボンを持っおいたす。
今も、倧事にしおいたす。


送信した。

画面には、私のコメントが小さく衚瀺された。

それだけで、十分な気がした。

最埌たで読んでくださり、ありがずうございたした。

今回が、この堎所で最初に出す短線小説です。

日垞の䞭でふず心に残る蚀葉や、人ずのすれ違い、遞んできた道の気配。
そういうものを、少しず぀物語にしおいけたらず思っおいたす。

小説を曞くのは、思っおいた以䞊に時間がかかりたした。
すぐに次を出せないこずもあるず思いたすが、その分、ひず぀ず぀倧事に曞いおいきたす。

読んで感じたこずや、印象に残った堎面があれば、コメントで教えおいただけるずうれしいです。
スキやフォロヌも、ずおも励みになりたす。

これからも、日垞に小さな物語を届けおいけたらず思いたす。


#小説 #短線小説 #ハワむ #手玙 #赀いリボン

いいなず思ったら応揎しよう