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『1×1』――違うふたりが、ただ知らない自分になるたで

『1×1』

――初めお䌚った二時間

マッチングアプリで初めお䌚ったリュりゞずサ゚。
予定を现かく決めお行動するリュりゞず、予定倖の出来事を楜しむサ゚。性栌も考え方も違う二人は、カフェでコヌヒヌを飲み、食事をしながら、お互いのこずを少しず぀知っおいく。
最初は䞀時間ほどで別れる぀もりだった。けれど、話しおいるうちに予定しおいなかった料理を泚文し、い぀もなら気にする時間を忘れ、気づけば二時間が過ぎおいた。
そろそろ垰る時間。それなのに、二人ずも垭を立たない。
「この埌、䜕か予定ありたすか」
その問いに、リュりゞは自分でも驚く答えを口にする。
「いえ、ありたせん」
そしお二人は、カフェを出る。行き先は決たっおいない。
ただ、もう少し䞀緒にいたかった。初めお䌚った二時間が、二人の䞭に䜕を残したのか。その答えをただ知らないたた、二人は歩き始める。

『黒い氷が溶けるたで』

第䞀章䞉十分前の特等垭

埅ち合わせの午前十䞀時に察しお、私は十時半にはもう店に入っおいる。
窓から少し離れた奥のテヌブル垭で本を読みながらコヌヒヌを味わう時間は、驚くほどあっずいう間だ。早く到着したのは、盞手を埅たせお焊りたくないからだけではない。誰かず察峙する前のこの䞍確定な䞉十分を、自分の時間ずしおカフェで静かに消化するのが奜きだからだ。十時五十八分、スマヌトフォンが短く䞀床だけ震え、画面には『今、階段を䞊がっおいたす』ずいう圌女からのメッセヌゞが衚瀺される。私は本をカバンに仕舞い、カップに残った冷めかけのコヌヒヌを䞀口で飲み干した。

店のドアが開き、ベヌゞュのブラりスを着た女性が入っおくる。
プロフィヌル写真より少しだけ髪が短いが、入口のずころで䞀床立ち止たり、店内を芋回す姿で私はすぐにそれず確信した。座ったたた右手を軜く䞊げるず、圌女の芖線がこちらを捉えお目が合う。涌しげなたなざしの奥に、隠しきれない芯の匷さが芗いた。ほんの䞀瞬だけ圌女は足を止め、それから少し迷うような足取りでこちらぞ歩いおくる。

「サ゚さん、ですか」

声をかけるず、圌女は私の目をたっすぐに芋぀めたたた、ふっずにっこり笑った。
近くで芋れば、プロフィヌル写真のデゞタルな笑顔よりも、ずっず普通の、少し緊匵を垯びた顔をしおいる。

「あ、はい。リュりゞさん  ですか」

「そうです。よかった、すぐに分かっお。どうぞ、座っおください」

圌女は私の目を芋぀めたたた、向かいの怅子を匕き、座る。
朚補の脚が床を擊っお「ギ  」ず短い音を立おた。圌女はカバンを膝の䞊にたっすぐに眮き、私ず芖線を合わせたたた背筋を䌞ばしおいる。圌女のブラりンのヘアヌが、その䞀連の動䜜の残響でふわっず揺れた。

「リュりゞさん、お埅たせしおすみたせん。ぎったりになっちゃっお」

「いえ、党然。僕もさっき着いたばかりですから。この店、静かでいいですね」

私がメニュヌ衚を差し出すず、圌女は手を䌞ばした。
その指先が、私のすぐ暪にある、すでに空になった䞀杯目のコヌヒヌカップぞず吞い寄せられおいく。陶噚の癜い底には、完党に也ききった黒い液䜓の茪っかが䜕局もの幎茪のようにこびり぀いおいた。さらに、そのカップの圱に隠れるように眮かれた䌝祚の、感熱玙の青い印字が圌女の目に留たる。

【10:32 ブレンド】

メニュヌの端を握ったたた、圌女の指先が硬盎した。
次の瞬間、圌女はふっず肩の力を抜き、抱えおいたカバンを足元の荷物眮きぞず䞋ろす。それから䌝祚の「十時䞉十二分」ずいう数字から、ゆっくりず私の顔ぞず芖線を䞊げた。

なんだか、少しだけ嬉しかった。

圌女の唇の端が、隠しきれない颚に持ち䞊がる。

「リュりゞさん、嘘぀きですね。さっき着いたばかりなんお」

そう蚀った圌女の声は、さっきたでより少しだけ柔らかい。
圌女のふっず緩んだ目元を芋た私の脳内でも、䞀぀の実感が静かに像を結び始める。私たちの間にある四角い朚目のテヌブルの䞊に、お互いの珟実の情報が今、綺麗に䞀枚ず぀重なる。

第䞀章・了


第二章混ざり合うマヌブル

りェむトレスが静かな足取りでやっおきお、私たちの前に新しいおしがりず氎のグラスを眮く。
圌女は手元を芋぀めたたた、「私、アむスのカフェラテにしたす」ず、ただ先ほどの笑いの残響を含んだ声で蚀った。私は「同じくアむスで、ブレンドを」ず続き、店員に䌝祚を枡す。空になった䞀杯目のカップがトレヌに茉せられお去っおいくずき、二人の間のテヌブルには、午前十䞀時の明るい日差しが、遮るものなく広がり始めおいた。

「リュりゞさんは、普段からよくここに来るのですか」

圌女は袋から取り出したおしがりで、小さな手を䞁寧に拭きながら尋ねる。
指先の手぀きがずおも慎重で、爪には控えめなピンク色のネむルが綺麗に斜されおいた。

「いや、実はこの街自䜓、あたり来たこずがなくお。昚日アプリのメッセヌゞをもらっおから、静かに話せそうな堎所をネットで䞀生懞呜探したんです。芋぀かっおよかった」

「そうだったんですね。探しおくれたんだ。ありがずうございたす」

圌女はそう蚀っお、おしがりを綺麗に四角く折り畳んでテヌブルの端に眮いた。
その仕草を芋おいるうちに、私の胞の䞭にあった緊匵も、少しず぀解けおいく。

運ばれおきた二぀のグラスが、卓䞊に静かに䞊べられる。
圌女の前には、癜いミルクず濃い茶色のコヌヒヌが綺麗な二局に分かれたアむスカフェラテ。私の前には、倧小の四角い氷がカチカチず音を立おお浮いおいる黒いアむスコヌヒヌだ。圌女は现いプラスチックのストロヌを指先で持ち、グラスの底のミルクをゆっくりず掻き回し始める。

「あ、混ぜちゃうんですね」

「ええ。私、最初に党郚混ざり合っおいる方が奜きなんです。その方が、どこを飲んでも同じ味がするから」

マヌブル暡様を描きながら、ラテはあっずいう間に均䞀な薄茶色ぞず倉わっおいく。
圌女はそれを䞀口啜り、「矎味しい」ず小さく呟いおから、グラスを私の偎ぞずわずかに抌し進めるような仕草を芋せた。

「リュりゞさんは、お仕事は系なのですよね。プロフィヌルに、毎日やりがいがあるっお曞いおありたしたけど」

「ええ。ベンチャヌ䌁業でシステムの開発をしおいたす。基本的にはチヌムで動くんですけど、個人の裁量が倧きいので、自分の思った通りに物事を進められるのが面癜いですね。トラブルが起きないように、あらかじめ完璧なタむムラむンずルヌルを組んでおくのが僕の圹目なんです」

「完璧なルヌル、ですか」

圌女はグラスから手を離し、私の顔をじっず芋぀めた。
その瞳がたっすぐに私を捉え、私は自分のブレンドのストロヌを無意識に少しだけ匕く。

「そう。䜕時に誰がどこを動かすか、党郚決めおおくんです。仕事でも、プラむベヌトでも、予想倖のトラブルで予定が狂うのが䞀番苊手で。だから、今日だっお䞉十分前に来お、垭の状況や店の雰囲気を確かめおおいたんですよ」

私は少し埗意げに笑っお、自分のアむスコヌヒヌのストロヌを回した。
グラスの底で、四角い氷同士がカラカラず柄んだ、高い音を立おおぶ぀かり合う。

圌女は「なるほど、すごいですね」ず小さく頷いた。

「でも、あらかじめ決めおおいたタむムラむンっお、䞀床狂い始めたらどう修正するんですか。私の仕事だず、予定通りにいかないノむズの䞭にこそ、次の面癜いヒントが隠れおいたりするのですけど」

圌女はそう蚀っお、自分の手元にあるスマヌトフォンの、真っ黒な画面に芖線を萜ずした。
穏やかなたなざしのたた、私の反応を埅぀ように、その薄い唇の端をわずかに持ち䞊げた。

私たちは䞀床、蚀葉を切る。
お互いに次の蚀葉を埅぀ように、ただテヌブルの真ん䞭で結露し始めた二぀のグラスを芋぀める。

第二章・了


第䞉章メニュヌの䜙癜

重い沈黙を最初に砎ったのは、店員が卓䞊に眮いおいったたたの、芋開きの䞀冊のメニュヌ衚だ。
圌女は自分の前に開かれたたたのその玙面に芖線を萜ずし、ピンク色のネむルが斜された指先で、今床はランチタむムのペヌゞぞず指先を滑らせた。

「リュりゞさんは、お昌ご飯の時間も、やっぱりルヌルで決めおいるのですか」

「ええ。基本的には平日の仕事ず同じく、十䞉時ちょうどに䌚瀟の近くで摂るように固定しおいたす。その方が、午埌の開発タスクのパフォヌマンスを䞀定に保おるので」

私は自分のアむスコヌヒヌのグラスを持ち䞊げ、倧小の四角い氷の隙間から、黒い液䜓を䞀口啜った。
圌女は「そうですか」ずだけ蚀い、メニュヌ衚の角を、芪指ず人差し指できっちりず揃えお閉じる。本の端をテヌブルの朚目に平行に眮き盎す䞁寧な手぀きを、私の芖線は逃さない。

「サ゚さんは、お昌はい぀も行き圓たりばったりですか」

「そうですね。でも、このお店のトマトパスタ、すごく矎味しそう。私、こういう堎所に来るず、その日の気分で、予定になかった矎味しいものを今すぐ足したくなっちゃうんです」

圌女はそう蚀っお、私の目をたっすぐに芋぀めお埮笑んだ。

私は手元のアむスコヌヒヌのグラスをコヌスタヌの䞊に戻し、自分のスマヌトフォンの画面に指先を觊れた。
あらかじめ組んでいた私の脳内のタむムラむンでは、十二時にはこの店を出お駅で解散し、十䞉時に自分のルヌル通りの昌食を摂るスケゞュヌルになっおいる。今ここでパスタを食べるずいう遞択肢は、私の今日の仕様曞にはどこにも蚘茉がない。

しかし、私の胃の奥が、目の前のトマト゜ヌスの写真に反応しお小さく䞀床だけ鳎った。
私は顔を䞊げお、通路を通りかかったりェむトレスぞず真っ盎ぐに右手を挙げた。

「すみたせん、泚文をお願いしたす」

店員が「はい」ず歩み寄っおくるず、私はメニュヌの別の写真を指差し、向かいの圌女ぞず芖線を向けた。

「サ゚さん、それならこちらの秋茄子のトマトパスタにしたせんか。今の季節のメニュヌみたいですし、せっかくなら䞀緒に矎味しいものを食べたいです」

圌女は小さく䞀床、驚いたように瞬きをした。
それから、ずおも嬉しそうに、にっこりず笑っお頷いた。

「いいですね、それ。じゃあ、二人でそれにしたしょう」

「では、秋茄子のトマトパスタを二぀,、お願いしたす」

店員が頭を䞋げお厚房ぞず去っおいく。

「十䞉時のルヌル、今ここで曞き換えたした。サ゚さん、お昌ご飯、今からここで䞀緒に食べたしょう」

「  いいんですか」

圌女は少し目を䞞くしお、私の顔を芗き蟌むようにしお問いかける。

「ええ。なぜか、今日はそれでいい気がしたす」

そう蚀っおから、私は少しだけ可笑しくなった。
普段の私は、人に予定を合わせるこずなんおほずんどない。たしお、䌚ったばかりの盞手ならなおさらだ。

なのに、サ゚さんずいるず、その予定を倉えるこずが、なぜか嫌ではなかった。
私は再び手元のアむスコヌヒヌぞず芖線を戻し、圌女がもう䞀口だけラテを啜るのを静かに芋぀める。

第䞉章・了



第四章玄束の枩床

ストロヌの先から、圌女の飲むアむスカフェラテの氷がカラリず小さく鳎る。
私は自分のブレンドのグラスぞず芖線を戻し、そこに浮かぶ四角い氷の角が、先ほどよりも緩やかに䞞くなっおいるのを芋぀めた。

「リュりゞさんは、い぀もそうやっお誰かのリク゚ストに合わせお、自分のスケゞュヌルを曞き換えおいるのですか」

「いえ、本圓に滅倚にないですね。仕事のシステム開発でも、䞀床決たった仕様や玍期は絶察に動かさないのが僕の基本ルヌルなので。だから、今さっき自分の手で泚文を通したこず自䜓、僕自身が䞀番驚いおいるかもしれたせん」

私がそう打ち明けるず、圌女はそれたでラテに向けおいたたなざしを、そっず私の目元ぞず真っ盎ぐに戻す。
にっこりずした笑顔のたた、しかし今床は私を詊すのではなく、そのカチッずした暪顔をじっず芳察するようにしお、銖を小さく傟げた。

「私のたわりには、その堎の気分で予定をひっくり返す人ばかりだから、リュりゞさんのその揺るがない頑なさは、すごく安心できるずいうか、眩しく芋えちゃいたす」

圌女の声のトヌンはどこたでも穏やかで、私の蚀葉を吊定するのではなく、ただその圢をそのたた芋぀めおいる。
私にずっおはトラブルを避けるためのただの冷たい防壁でしかなかったものが、圌女の口から出た瞬間に、党く別の意味を持っお卓䞊に眮かれおいた。

私は返事をしなかった。
ただ、さっきたで数分おきに気になっおいたスマヌトフォンの時蚈を芋るこずを、なぜか完党に忘れおいた。

厚房の方から、パスタを茹でるための倧きな鍋の蒞気ず、にんにくの銙ばしい匂いがフロアの空気ぞず緩やかに混ざり合い、私たちは互いに、ただ手元の溶けかけたグラスを芋぀める。

第四章・了


第五章パスタの枩床

「お埅たせいたしたした。秋茄子のトマトパスタ、二名様分です」

りェむトレスの静かな声ずずもに、倧ぶりの癜い磁噚の皿が、私たちの間の朚目の䞊に二぀䞊べられる。
湯気ずずもに立ち䞊るにんにくずトマトの濃密な銙りが、それたで卓䞊に挂っおいた冷たいコヌヒヌの匂いを䞀瞬で塗り替えた。店員が頭を䞋げ、䌝祚を挟んだ黒いバむンダヌをテヌブルの端ぞず静かに眮いお去っおいく。

「矎味しそう。リュりゞさん、本圓に私の予定倖に付き合っおくれお、ありがずうございたす」

圌女はそう蚀っお、フォヌクを右手に持った。
私は自分の手元にあるフォヌクを芋぀め、それから、圌女の皿の向こうにある黒いバむンダヌの感熱玙ぞず䞀床芖線を萜ずす。

「いえ。僕も、このパスタの写真をメニュヌで芋たずき、自分でも驚くくらい食べおみたいず思ったので。サ゚さんがパスタを遞んでくれなければ、僕は今も、空になった䞀杯目のコヌヒヌカップだけを芋぀めおいたはずです」

私がそう本音を口にするず、圌女はフォヌクを動かす手を䞀床止め、私の目を真っ盎ぐに芋぀めお小さく笑った。
その瞳は、さっきたでずは違う、ずおも自然で柔らかな光を宿しおいる。

圌女はフォヌクの先で、゜ヌスのよく絡んだ秋茄子を䞀切れ掬い䞊げ、口ぞず運んだ。
ピンク色のネむルが斜された圌女の唇が、小さく動く。

「うん、すごく矎味しいです。リュりゞさんの蚀う通り、茄子に゜ヌスがしっかり染み蟌んでいたす。リュりゞさんは、普段こういうパスタっおよく食べるのですか」

「  ほずんど食べないですね。お昌はい぀も、䌚瀟の近くの定食屋で同じメニュヌをロヌテヌションさせおいるので」

「じゃあ、今日は蚘念ですね」

「蚘念、ですか」

私がパスタの束をゆっくりずフォヌクで巻き䞊げながら問い返すず、圌女は小さく頷いた。

「初めお予定を倉えお、二人で食べた日」

圌女はそう蚀っお、嬉しそうに二口目のパスタを口ぞず運ぶ。
私は䞀口目のパスタを口に運んだ。
トマトの酞味ず、にんにくの銙りが広がる。
向かいでは、サ゚さんがもう二口目を食べおいる。
なぜか、それが嬉しかった。

第五章了


第六章写真の裏偎

お互いに無蚀のたたパスタを口に運ぶ音が、フォヌクず皿の觊れ合う小さな金属音ずずもに卓䞊に響く。
圌女は口元を癜いナプキンで軜く抌さえ、それから、自分の前の薄茶色のアむスカフェラテのグラスを指先でそっず包み蟌んだ。

「リュりゞさんは、アプリで私を芋぀けおくれたずき、䜕が䞀番気になったのですか」

「プロフィヌルに曞いおあった『ノむズの䞭にこそ面癜いヒントがある』ずいう蚀葉です。僕の仕事ずは党く逆の考え方だったので、最初は単玔に、自分ずは違う䞖界にいる人の話を聞いおみたいず思っただけでした」

私は自分のアむスコヌヒヌのグラスを持ち䞊げ、すでに少し小さくなった氷の隙間から、黒い液䜓を䞀口啜った。
圌女は「私のノむズ、ですか」ず小さく呟き、フォヌクを皿の端ぞず静かに立おかける。

「私は、リュりゞさんのあの、䞀分の隙もないタむムラむンのスケゞュヌル衚の写真です」

「スケゞュヌル衚、ですか。あれを茉せおいる人はあたりいないので、倧抵は匕かれるのですけど」

私が少し苊笑いしながらそう蚀うず、圌女は銖を小さく暪に振っお、私の目をたっすぐに芋぀めた。
その穏やかなたなざしは、私の頑なな管理癖を面癜がっおいるようには芋えない。

「逆です。私、あの写真を芋たずきに、この人は絶察に嘘を぀かない人なんだなっお思ったんです。䜕時に起きお、䜕時にどこぞ行っお、䜕を食べるか。それが党郚衚に茉っおいるずいうこずは、誰に察しおも隠し事をしない蚌拠ですから」

圌女の声のトヌンはどこたでも静かだったが、その䞀蚀は、私の胞の奥に䞍思議な重みを持っお萜ちる。
私にずっおは、過去の仕事の倱敗から自分を守るために䜜ったものだったスケゞュヌル衚が、圌女の䞖界を通しお芋た瞬間に、党く別の意味を持っお卓䞊に眮かれおいた。

私は返事をしなかった。
ただ、圌女の蚀う「隠し事をしない蚌拠」ずいう蚀葉が、なぜか心地よく私の頭の䞭に残り、私は自分のフォヌクを手に取っお、再び秋茄子のパスタをゆっくりず巻き始める。

第六章了


第䞃章過去の残高

皿の䞊のトマト゜ヌスがフォヌクで綺麗に拭い去られ、私たちの昌食の時間が静かに終わりに近づく。
圌女はフォヌクを皿の暪ぞず戻し、今床は人差し指の腹で、麻のコヌスタヌの瞁をゆっくりずなぞり始めた。

「リュりゞさんは、昔からずっずそういう完璧なタむムラむンを䜜っお生きおきたのですか」

「いえ、数幎前からです。以前、完党に個人の感芚だけで動くタむプのメンバヌずチヌムを組んで開発をしおいたこずがあっお。そのずきの『なんずかなる』ずいう蚀葉を信じた結果、システムが完党に砎綻しお、数ヶ月分の劎力が䞀瞬で吹き飛んだんです」

私は自分のアむスコヌヒヌのグラスに觊れ、四角い氷の角がさらに䞞く小さくなっおいるのを芋぀めた。
圌女はコヌスタヌから指を離し、今床は自分のベヌゞュのブラりスの袖口を、ほんの数ミリだけ几垳面に折り返した。

「吹き飛んだ、ですか。それは本圓に、お仕事のうえでは倧倉な経隓でしたね」

「無駄な摩擊を避けるためには、それ以来、目に芋えるルヌルずスケゞュヌルしか信じられなくなりたした。最初から合わないず分かっおいるやり方で、お互いの人生の時間をすり枛らすのは合理的ではないですから。サ゚さんは、そうは思いたせんか」

私がそう問い返すず、圌女は现いプラスチックのストロヌを指先で小さく匟いた。
グラスの底で薄茶色の液䜓が埮かに揺れ、圌女は穏やかなたなざしのたた、私の目を真っ盎ぐに芋぀める。

「私は、その無駄な摩擊のなかにしか、その人の本圓の䜓枩はないず思っちゃうタむプです」

圌女の声のトヌンはどこたでも静かだったが、その䞀蚀は、私の胞の奥にこれたでずは違う重さを持っお萜ちる。
窓の倖の亀差点を流れる車のクラクションが、二重のガラス窓を透過しお遠く鈍く響き、私は返事をするこずもできず、ただ、穏やかに埮笑む圌女の芖線を静かに受け止める。

第䞃章了


第八章盞垭の距離

りェむトレスが空になったパスタの皿を忙しなく䞋げおいくず、私たちの間の四角い朚目には、再び結露の滎る二぀のグラスだけが残される。
正午を過ぎ、店内のフロアは呚囲のオフィス街から流れ蟌んできたサラリヌマンやたちの賑やかな話し声で、急激にボリュヌムを増し始めおいた。

「すごい混んしおきたしたね。なんだか、私たちの垭だけが取り残されおいるみたい」

圌女はそう蚀っお、グラスを指先で小さく回した。
入口のずころには、垭を埅぀客たちの数人の列が、ガラス扉の向こうにたで䌞びおいる。

「お二人様ですか 申し蚳ありたせん、今あちらのテヌブルが片付きたすので、少々お埅ちください」

通路を挟んだすぐ隣のテヌブルで、店員が焊った声で新しい客を案内しようずしおいた。
しかし、その四人掛けの垭にはただ前の客の皿が残っおおり、案内された二人組の客は、居心地が悪そうに私たちの座る特等垭のすぐ暪で立ち尜くす。
そのうちの䞀人のカバンが、通路を通り抜ける店員の背䞭ずぶ぀かり、私の怅子の背もたれぞず埮かに振動が䌝わった。

い぀もなら、私はこの呚囲の統制が取れなくなった䞍快なノむズの瞬間に、迷わず䌝祚を掎んで店を出る。
あらかじめ決めおおいた䞀時間ずいう枠を、他人の混雑によっお䟵食されるのは私のルヌルが最も拒絶する状況だからだ。

私は足元のカバンぞず䞀床芖線を萜ずし、それから、向かいの圌女ぞず目を戻した。
圌女は困ったように立ち尜くす隣の客たちの姿を、にっこりずした笑顔ではない、しかしどこか芋守るような静かなたなざしで芋぀めおいる。

「サ゚さん、僕のカバン、少し奥ぞ退けたすね。あちらの方たち、荷物が通りにくそうだから」

私がそう蚀っお、足元の荷物眮きを自分の怅子の真䞋ぞず小さく匕き寄せるず、圌女はパッず顔を䞊げお私を芋た。
それから、ずおも嬉しそうに、声を立おずに頷いた。

「ありがずうございたす。じゃあ、私もおしがりの䜍眮、少し手前に匕いおおきたすね」

圌女はテヌブルの端にあった折り畳たれたおしがりを、自分の氎のグラスのすぐ暪ぞず、数センチだけ綺麗に匕き寄せる。
私たちがそれぞれ自分のテリトリヌをほんの少しず぀内偎ぞず瞮め、隣の客たちに目立たない䜙癜を差し出した瞬間、通路を塞いでいた二人組の客が「あ、すみたせん  」ず小さく頭を䞋げお、私たちの暪の隙間を滑らかに通り抜けおいった。

フロアの喧隒は盞倉わらず隒がしかったが、私の胞の䞭にあった䞍快な焊りは、䞍思議なほど消え去っおいる。
自分の空間を他人に䟵食されるのを極端に嫌うはずの私が、圌女ず呌吞を合わせるようにしお自分の陣地を瞮めたその境界線の心地よさを、ただ、たっすぐに実感しおいた。

私は手元のアむスコヌヒヌぞず芖線を戻し、圌女が少し现めた䞡目の奥で、私のその動かした肩のラむンをじっず芋぀めおいるのを静かに受け止める。

第八章了


第九章終了の予定

卓䞊の氎のグラスの衚面を、結露の滎が静かに䞀本の線ずなっお流れ萜ちる。
私はスラックスのポケットの䞭で短く䞀床だけ震えたスマヌトフォンを、画面を開くこずなくそのたた指先で䞀床だけ小さく抌し戻した。

「リュりゞさん、そろそろ二時間、経ちたすね」

圌女は自分の氎のグラスを䞡手でそっず包み蟌み、ガラスの瞁を芋぀めたたた、どこたでも穏やかな声で蚀った。
店内の賑やかな喧隒は盞倉わらずフロアを揺らしおいたが、私たちの間の四角いテヌブルの䞊だけは、ふっず別の静寂が戻っおきたように冷えおいく。

あらかじめ組んでいた私のスケゞュヌル衚では、ここで怅子を匕いお立ち䞊がり、䌝祚を持っおレゞぞず向かうタスクが䞀番䞊に衚瀺されおいる。十䞉時十五分には、次の開発タスクの仕様曞を確認する予定がカチッず詰たっおいた。効率的に次の予定ぞ向かうこずこそが、私の絶察のルヌルだったはずだ。

しかし、私の右足は、床を螏みしめたたた䞀ミリも動こうずはしなかった。
向かいの圌女もたた、膝の䞊のカバンのストラップを指先で小さく撫でるだけで、垭を立぀ための身じろぎを䞀切芋せない。

垰りたくない。

私はただ、その䞀瞬の思考ののちに蚀葉を倱った。
圌女はカバンからゆっくりず手を離し、その现められた䞡目の正面を、私の目元ぞず真っ盎ぐに戻す。
にっこりずした笑顔ではない、しかし私の頑なな防壁の裏偎を芋透かすような、静かなたなざしが私を捉えた。

「リュりゞさん、この埌、䜕か予定ありたすか」

圌女の声のトヌンはどこたでも穏やかだったが、その䞀蚀は、私の完璧だったはずのタむムラむンを停止させる。

私は䜕も答えないたた、圌女の目を真っ盎ぐに芋぀めた。
その瞬間、ポケットの䞭のスマヌトフォンが、私の次の珟実を告げるように、もう䞀床だけ短く震えた。

第九章了


第十章カフェの倖偎

ポケットの䞭で短く震えたスマヌトフォンの振動を、私は今床こそ完党に意識の倖ぞず远いやった。
目の前で私の反応を埅っおいる圌女の现められた䞡目の奥を、私は真っ盎ぐに芋぀め返す。

「いえ、ありたせん。この埌は、䜕も予定は入っおいないです」

十䞉時十五分からの仕様曞確認のタスクを、頭の䞭で日曜日の倜の枠ぞず静かに攟り投げる。
自分の口から出たその初めおのルヌル違反の蚀葉の重みを噛み締めながら、私はただ、向かいの圌女ぞず芖線を固定した。

圌女は小さく䞀床、驚いたように瞬きをした。
それから、䜕かを諊めるようにふっず肩の力を抜き、本圓に嬉しそうに、声を立おずににっこりず笑う。

「私もです。ただ、少し時間がありたすね」

圌女の膝の䞊のカバンの奥では、十四時からの次の買い付けのアラヌトが静かに消去されおいた。
お互いに、予定を倉曎したこずをただ盞手には告げないたた、私たちはただ、お互いが差し出し合った時間のなかに、静かに芖線を沈めおいく。

「じゃあ  」

圌女はそう蚀っお、怅子から静かに腰を䞊げた。
その動䜜に合わせ、圌女のブラりンのヘアヌが、ベヌゞュのブラりスの肩口でふわっず䞀床だけ揺れる。

「もう少し、䞀緒にいたせんか。リュりゞさん」

「ええ。そうしたしょう、サ゚さん」

私は卓䞊のメニュヌ衚を閉じ、圌女が二枚重ねおおいおくれた䌝祚を右手に取っお、怅子から立ち䞊がった。
レゞで䌚蚈を枈たせ、店の叀い朚補のドアを抌すず、カランカランず也いた鈎の音がフロアの喧隒の奥ぞず遠ざかっおいく。

䞀歩、店の倖ぞず足を螏み出した瞬間、午埌の䞀際匷い日差しが、私たちの党身を癜く遮るものなく包み蟌んだ。
駅の改札ぞず向かうはずだった私の足は、今、圌女のベヌゞュのブラりスのすぐ隣で、党く別の方向ぞず向きを倉えおいる。

「この埌、どこに行きたしょうか。映画でも、本屋でも、どこでもいいです。ただ䜕も決めおいたせんから」

私がそう問いかけるず、圌女は歩調を合わせるようにしお、私のすぐ暪ぞず䞀歩を滑り蟌たせた。
い぀もなら、行き先も時間も決たっおいない移動を最も嫌うはずの私が、圌女ず䞊んで、ただどこぞ続くかも分からないオフィス街の雑螏の䞭を、自然に歩き出す。

第䞀郚・完







いいなず思ったら応揎しよう

LaLaLa はぁ、はぁ  っ お願い、です   『怪獣の腹の䞭で』を  どうしおも、私の手で「玙の本」にしたいんです  っ あなたの、そのサポヌトが  本の、䞀ペヌゞに、なりたす  っ。 はぁ  応揎、しおくれたせんか  っ