芋出し画像

倧阪城の亡霊たち

第䞀幕 倧阪城の倜

十䞀月の颚が、堀の氎を浅く波立たせおいた。

 西の䞞庭園には䞉千人が入っおいた。芝の䞊に立぀者、折りたたみの怅子に座る者、子を肩に乗せた者。誰もが同じ方向を向いおいる。ラむトアップを萜ずした倩守が、倜の䞭で茪郭だけになっおいた。

 藀野は庭園の隅に眮かれた仮蚭の制埡ブヌスにいた。䞉畳ほどのプレハブで、机の䞊に䞃台のモニタヌが䞊んでいる。通信の遅延、投圱機の枩床、電源の負荷。数字だけが流れおいく画面を、圌は順に芋おいた。映像そのものは芋おいない。映像が止たらないこずだけを芋おいた。

 午埌䞃時、定刻に音が立ち䞊がった。

 地を這うような䜎い音から始たり、和倪錓が重なる。倩守の壁面に光が走った。石垣が炎の色に染たり、歊者の圱が走り、銬蹄が地を打぀。芳客の間から声が挏れた。

 藀野はモニタヌを芋おいた。投圱機Cの枩床が䞀床高い。蚱容内だった。圌は数字を芋続けた。

 壁面の䞭で、戊が進んでいた。城が燃え、旗が倒れ、やがお䞀人の男が珟れた。黒い具足。銬䞊。CGで起こされた織田信長が、軍勢の先頭に立っおいた。補䜜䌚瀟が史料を元に顔を䜜ったず聞いおいた。胜面のように敎った、衚情のない顔だった。

 その顔が、こちらを向いた。

 挔出だった。芖線がカメラ目線になる挔出は、絵コンテにあった。藀野はそれを知っおいた。䞉日前のリハヌサルで二床芋おいる。

 だが、止たる時間が違った。

 信長の顔は、芳客の方を芋たたた、動かなかった。銬は進んでいる。背埌の軍勢は流れおいく。顔だけが、芝の䞊の䞉千人を芋おいた。

 藀野はモニタヌに目を萜ずした。タむムコヌドは正垞に流れおいる。映像デヌタは蚭蚈通りに再生されおいる。遅延はない。゚ラヌもない。

 顔を䞊げるず、信長はただこちらを芋おいた。

 二秒。䞉秒。

 芳客の声が、少しず぀消えおいった。子どもが䞀人、泣き出した。

 次の瞬間、映像は䜕事もなく流れた。信長は前を向き、軍勢を率いお壁の巊ぞ消えおいった。音楜が高たり、フィナヌレに向かう。光が散り、城の壁面に桜が咲いた。

 拍手が起きた。さっきたでの沈黙が嘘のように、人々は手を叩いおいた。

 藀野はモニタヌのログを巻き戻した。再生蚘録のどこにも、停止の痕跡はなかった。蚭蚈図どおり、信長の正面静止は䞀・五秒で終わっおいる。

 圌はしばらく画面を芋おいた。それから、ログを保存した。

 撀収は深倜たで続いた。

 投圱機を䞋ろし、ケヌブルを巻き、機材をトラックに積む。藀野の仕事は最埌たで残る。すべおの電源が萜ちたこずを確認し、通信を切る。動かし続けたものを、最埌に止めるのが圌の圹目だった。

 午前䞀時、珟堎には圌䞀人になった。

 仮蚭ブヌスを畳んでいるず、譊備員の老人が通りかかった。巡回の途䞭らしい。懐䞭電灯の光が芝を撫でおいく。

「お疲れさんです」ず老人は蚀った。

「お疲れさたです」

 老人は立ち止たり、倩守を芋䞊げた。明かりの消えた城は、倜よりわずかに黒かった。

「劙なこず、ありたせんでしたか」ず老人は蚀った。藀野を芋ずに、城を芋たたた。

「劙なこず、ずは」

「いや」老人は少し笑った。「最近、倜に音がするんですわ。倩守の方から。颚やず思うんですけどね」

 藀野は䜕も蚀わなかった。老人もそれ以䞊は続けず、懐䞭電灯を揺らしながら去っおいった。

 その晩、藀野は自分のマンションに垰った。十二階の角郚屋。離婚しおから䞉幎、家具はほずんど増えおいない。冷蔵庫に猶ビヌルが二本あった。䞀本を飲み、もう䞀本は明日に残した。

 眠る前、圌はもう䞀床ログを開いた。䜕床芋おも、停止の蚘録はなかった。

 圌は画面を閉じ、目を閉じた。信長の顔が、たぶたの裏に残っおいた。

 奇劙なこずは、それから少しず぀起きた。

 翌週、むベント䌚瀟に問い合わせが入った。映像の最埌に「織田信長がこちらを芋続ける」シヌンがあったが、あれはどういう挔出か、ずいう内容だった。問い合わせは䞉十件を超えた。䌚瀟は通垞の挔出だず答えた。誰も玍埗しなかった。

 動画も出回った。芳客がスマヌトフォンで撮ったものだった。信長が静止する。芳客がざわ぀く。撮圱者の手が震え、画面が揺れる。コメント欄では、CGの目が「動いた」ず蚀う者ず、気のせいだず蚀う者が蚀い争っおいた。

 藀野は、その動画を䜕床も芋た。

 圌が芋おいたのは信長の顔ではなかった。画面の隅に映る、自分の制埡ブヌスの窓だった。䞉畳のプレハブの、小さな明かり取りの窓。そこに、人圱のようなものが映っおいるように芋えた。あの倜、ブヌスには圌䞀人だった。

 拡倧するず、圱は消えた。元に戻すず、たた芋えた。

 圌はそれを誰にも蚀わなかった。

 二週間埌、機材の最終点怜のため、藀野はもう䞀床倧阪城ぞ呌ばれた。

 次のむベントで同じ投圱機を䜿う。䞍具合がないか確認しおほしい、ずいう䟝頌だった。堎所は倩守内郚の電源宀。普段は立ち入れない区画だった。

 圌が城に着いたのは倕方だった。点怜は予定より長匕き、すべおを終えたずきには午埌十時を回っおいた。

 管理事務所の職員はすでに垰り、藀野は鍵を返すために倩守の最䞊階ぞ向かった。゚レベヌタヌを䜿わず、圌は階段を䞊った。叀い朚ず石の匂いがした。各階の展瀺は暗く、ガラスケヌスの䞭の甲冑が、非垞灯の緑にがんやりず浮かんでいた。

 最䞊階の展望回廊に出るず、倧阪の灯が広がっおいた。

 どれも同じ明るさだった。梅田の高局ビル、䞊町台地の䜏宅、湟岞の倉庫。どこにも䞭心はなく、ただ均等に光が散らばっおいた。海の方だけが暗かった。

 藀野はしばらくそこに立っおいた。理由はなかった。ただ、降りる気になれなかった。

 背埌で、衣擊れの音がした。

 振り返るず、男が立っおいた。

 甲冑ではない。黒い小袖。ガラス越しの灯が、頬の茪郭だけを拟っおいた。男は藀野を芋おいなかった。窓の倖の、均等に散らばった灯を芋おいた。

 藀野は動かなかった。声も出なかった。逃げるずいう考えさえ浮かばなかった。ただ、喉が枇いおいた。

「——本胜寺は終わったか」

 男は蚀った。問いずいうより、確認に近い声だった。

 藀野は答えられなかった。

 男はようやく藀野を芋た。衚情はなかった。あの倜、壁の䞭でこちらを芋おいた顔ず、同じだった。

「お䞻は、わしを知っおおるな」

 その声には、嚁圧も怒りもなかった。也いた、静かな声だった。

「  織田、信長」ず藀野は蚀った。自分の声ずは思えなかった。

 男はうなずきもしなかった。芖線を、たた窓の倖ぞ戻した。

「あれは、倜が明ける前だった」ず男は蚀った。「明智が攻めおきた。火が回った。わしは、是非に及ばず、ず蚀った」

 颚が回廊の窓を鳎らした。

「それから、長い倜だった」

 藀野は黙っおいた。䜕を蚀えばいいのか、わからなかった。やがお圌は、ほずんど無意識に、口を開いおいた。

「あなたが、亡くなっおから」

「うむ」

「四癟四十幎ほど、経っおいたす」

 信長は動かなかった。

「明智は、十䞀日で蚎たれたした。矜柎秀吉に。あなたの家臣だった、秀吉です」

「猿が」ず信長は蚀った。声に、わずかな揺れがあった。

「秀吉は倩䞋を取りたした。けれど、その家は二代で滅びたした。次に倩䞋を取ったのは、埳川家康です。あなたず同盟を結んでいた、䞉河の」

「狞が」

「埳川の䞖が、二癟六十幎あたり続きたした。それから、囜の圢が倉わりたした。今は——」

 藀野は蚀葉を切った。䜕をどう説明すればいいのか、わからなかった。

「今は、戊はありたせん」

 信長は、初めお長く沈黙した。

 圌は窓の倖を芋おいた。均等に散らばった、䞭心のない灯を。

「戊がない」ず信長は蚀った。

「はい」

「では、蚊く」

 信長は藀野の方を芋た。その目に、初めお䜕かが宿っおいた。藀野はそれを蚀葉にできなかった。期埅でも、満足でもなかった。もっず也いた、もっず叀いものだった。

「倩䞋は、取れたか」

 藀野は答えられなかった。

 灯は広がっおいた。どこたでも均等に。どこにも䞭心がなく、海の方だけが暗かった。

 颚が、たた窓を鳎らした。

第二幕 垰還

 信長は、しばらく窓の倖を芋おいた。

 藀野は動けなかった。「倩䞋は取れたか」ずいう問いが、ただ宙に残っおいた。圌は答えを持っおいなかった。戊はない、ず蚀った。それが答えになるのかどうか、自分でもわからなかった。

 信長は灯を芋おいた。均等に散らばった、䞭心のない光を。

「灯はある」ず信長は蚀った。

「  はい」

「だが、どこにも集たっおおらぬ」

 圌はそこで長く黙った。やがお、ほずんど独り蚀のように続けた。

「囜はある。だが、向かう先がない」

 藀野は、その蚀葉をどこかで聞いた気がした。聞いたのではなく、芋たのだず気づいた。あの倜景そのものだった。

 信長は振り返り、藀野を芋た。

「ただ、終わっおおらぬ」

 藀野は䜕も蚀わなかった。逃げる、ずいう考えは、もう浮かばなかった。

「お䞻は、ものを動かす者だな」ず信長は蚀った。「止たったものを、たた動かす」

「  保守、ずいう仕事です」

「蚀葉はどうでもよい」信長は窓に背を向けた。「わしらは、もう、ものに觊れられぬ。お䞻が、繋ぎになる」

「繋ぎ」

「猿ず、狞を呌び戻す」

 藀野は、その二語の意味を、すでに知っおいた。

 翌晩、藀野は倧阪城公園の北偎にいた。

 信長に蚀われたずおりだった。日が暮れおから来い、堀の内ではなく、地の底に近いずころぞ行け、ず。

 その堎所は知っおいた。数幎前に敎備された斜蚭だった。地䞭から掘り出された石垣を、そのたた芋せる展瀺。今の城が建぀前の、もう䞀぀の城の石垣だった。豊臣の䞖に積たれ、埳川の䞖に埋められ、四癟幎、土の䞋にあったものだった。

 倜の斜蚭は閉たっおいた。藀野はガラス越しに、地䞋の石垣を芋䞋ろした。照明は萜ち、石は闇に沈んでいた。

 圌は埅った。䜕を埅っおいるのか、わからなかった。

 地の底で、石が鳎った。

 也いた、䜎い音だった。䞀぀、たた䞀぀。積たれた石が、内偎から抌されるような音。藀野はガラスに手を぀いた。

 石垣の前に、男が立っおいた。

 小柄だった。信長より頭䞀぀䜎い。粗末な小袖。萜ち窪んだ県窩。男は石垣を芋䞊げおいた。自分が積たせた石を、土の䞋から芋䞊げおいた。

 男は笑った。

 藀野には、その笑いの意味がわからなかった。喜びではなかった。

「ここか」ず男は蚀った。声は思いのほか、軜かった。「ここに、埋めよったか」

 男は地䞊を芋䞊げた。ガラスの向こうの、藀野の顔を芋た。

「お䞻、今の倩守を芋たか」

「  はい」

「あれは、わしの城ではないな」

「埳川が、建お盎したものだず」

 秀吉は、たた笑った。今床の笑いには、別のものが混じっおいた。

「わしの城を埋めお、䞊に己の城を建おたか。狞め」

 圌は石垣を、もう䞀床芋た。

「わしの倅は、どうなった」

 藀野は答えられなかった。豊臣秀頌が、この城で死んだこずを、圌は知っおいた。母ずずもに、城が焌ける䞭で。攻めたのは埳川だった。

 藀野の沈黙が、答えだった。

 秀吉は、しばらく石垣を芋おいた。衚情は倉わらなかった。やがお、軜い声に戻っお蚀った。

「䞊総介どのが、お呌びか」

「  信長公が」

「行こう」秀吉は地䞊ぞ目を向けた。「四癟幎ぶりに、䞊に立たせおもらおう」

 䞉人が揃ったのは、その晩の倩守だった。

 藀野が最䞊階に䞊がるず、信長はすでにそこにいた。窓の倖を芋おいた。秀吉が遅れお珟れ、信長の傍らに立った。二人は䜕も蚀わなかった。

 藀野は、䞉人目を埅った。

 展瀺宀の甲冑が、非垞灯の緑に浮かんでいた。埳川の䞖の具足だった。葵の王が、暗がりにかすかに光っおいた。

 その王の前に、男が立っおいた。

 い぀から、そこにいたのか、藀野にはわからなかった。秀吉が地から鳎っお珟れたのずは違った。家康は、ただ、すでにそこにいた。気配を消すこずに、長けた者の珟れ方だった。

 恰幅のいい䜓。萜ち着いた目。男は䞉人を順に芋た。

 秀吉が、ゆっくりず振り返った。

 二人は、向かい合った。

 藀野は、空気が倉わるのを感じた。気枩が䞋がったわけではない。ただ、郚屋の䞭の䜕かが、匵り぀めた。

「久しいの」ず家康は蚀った。穏やかな声だった。

「久しいな」ず秀吉は蚀った。同じくらい、穏やかだった。

 その穏やかさが、藀野には恐ろしかった。二人は埮笑んでいた。互いに、刃を仕舞ったたた、笑っおいた。秀吉の倅を殺したのは、この男だった。そのこずを、二人ずも知っおいた。知った䞊で、笑っおいた。

「猿」ず信長が蚀った。窓の倖を芋たたた。「狞」

 二人は、信長を芋た。

「昔話は、埌だ」信長は振り返った。「芋るものがある」

 その倜、䞉人は城を出た。

 藀野には、圌らがどこぞ行ったのか、わからなかった。気づくず、いなくなっおいた。圌は䞀人で倩守を降り、家に垰った。眠れず、明け方たで起きおいた。

 䞉人が戻ったのは、䞉日埌だった。

 その間に、䜕を芋たのか。藀野は知らない。埌で、断片だけを聞いた。

 信長は、人の集たる堎所を芋たずいう。朝の駅。改札を抜ける人の流れ。同じ方向ぞ、同じ速さで、同じ顔で歩く者たち。

「向かう先が、皆同じだ」ず信長は蚀った。「だが、その先に、䜕があるのかを、誰も知らぬ。ただ、流れおおる」

 秀吉は、倜の街を芋たずいう。終電のあずの駅。明かりの぀いたコンビニ。䞀人で立぀店員。深倜の事務所の窓。

「民の顔を芋た」ず秀吉は蚀った。圌は、もう笑っおいなかった。「わしは、民の顔を芋るのが埗手だった。喜んでおるか、怒っおおるか、すぐにわかった」

 圌はしばらく黙った。

「皆、疲れおおる。怒っおもおらぬ。喜んでもおらぬ。ただ、疲れお、流れおおる」

 家康は、玙を芋たずいう。藀野の持っおいた、薄い板を。そこに映る、政の蚘録を。法、制床、圹所の仕組み。

「よくできおおる」ず家康は蚀った。「わしの䜜った仕組みより、よほど现かい」

 圌は、そこで間を眮いた。

「だが、叀い。わしの仕組みが二癟幎で叀びたように、これも叀びおおる。継ぎ足し、継ぎ足しで、もう、誰も党䜓を芋おおらぬ」

 䞉人は、倩守の最䞊階に䞊んだ。窓の倖に、䞭心のない灯が広がっおいた。

「囜はある」ず信長が蚀った。

「民は、ただ生きおおる」ず秀吉が蚀った。

「仕組みも、回っおはおる」ず家康が蚀った。

 䞉人は黙った。

 藀野は、圌らの背を芋おいた。四癟幎を隔おた䞉人が、同じ倜景を芋おいた。同じものを芋お、おそらく、違うものを考えおいた。

「では、どうする」ず藀野は、思わず口に出しおいた。

 䞉人は、すぐには答えなかった。

「わしなら、焌く」ず信長が蚀った。「叀いものを焌いお、新しく積み盎す」

「それでは、民が死ぬ」ず秀吉が蚀った。「民を、こちらに向かせる。人の心を動かせば、囜は動く」

「急いおはならぬ」ず家康が蚀った。「仕組みを、内から組み替える。時をかければ、血は流れぬ」

 䞉人は、互いを芋なかった。䞉人ずも、窓の倖を芋おいた。

 その䞉぀の蚀葉が、同じ郚屋の䞭で、別の方を向いおいるのを、藀野は感じた。

 颚が、窓を鳎らした。

 四癟幎前、この䞉人が同時に倩䞋を望んだこずは、䞀床もなかった。䞀人が倒れ、次が継ぎ、たた次が奪った。順に、䞀人ず぀。

 今、䞉人が、同じ倜の䞭に立っおいた。


第䞉幕 評議䌚

 最初の問いを持ち蟌んだのは、藀野だった。

 仕事の合間に、圌は薄い板を芋おいた。地方の町の蚘事だった。䞭囜山地の奥にある、暫野ずいう町。人口䞉千。圹堎が、来幎床の予算を組めないず発衚しおいた。十幎で人口が四割枛った。若い者がいない。集萜の半分が、䜏む者よりも空き家のほうが倚い。

 藀野は、その蚘事を倩守に持っおいった。なぜそうしたのか、自分でもわからなかった。䞉人に芋せたかった、ずしか蚀えなかった。

 信長は、板を芗き蟌たなかった。藀野が読み䞊げるのを聞いおいた。

「焌け」ず信長は蚀った。聞き終えるず、すぐに。

「焌く、ずは」

「半分は、畳め。䜏む者のおらぬ集萜を、束ねよ。䞀぀に集めお、あずは土に返す」信長の声に、迷いはなかった。「匱いずころを残せば、匷いずころも共に枯れる」

「それでは、捚おられる者が出たす」ず藀野は蚀った。

「出る」ず信長は蚀った。それだけだった。

 秀吉が、暪から板を芗いた。蚘事の写真を芋おいた。叀い商店街。シャッタヌの䞋りた店。

「そうではない」ず秀吉は蚀った。「人がおらぬのではない。人が、来ずうないだけだ」

「来たくない」

「来る理由を、䜜ればよい」秀吉は笑った。「倖の者に、この町を欲しがらせる。物語を䞀぀、こしらえる。それだけで、人は動く。わしは、それで倩䞋を取った」

 家康は、しばらく黙っおいた。やがお、䜎い声で蚀った。

「䞡方ずも、芁る」

 二人が、家康を芋た。

「捚おるずころは捚おる。だが、刃で焌けば、民が逃げる。逃げぬように、仕組みで運ぶ。圹堎の仕事を、隣の町ず䞀぀にせよ。人を呌ぶより先に、土台を組み替える。掟手ではない。だが、厩れぬ」

 䞉人は、互いを芋なかった。

 藀野は、䞉぀の蚀葉を聞いおいた。同じ町を芋お、䞉人が、別の方を向いおいた。第二幕の倜ず、同じだった。

「どれを、曞けばいいんですか」ず藀野は蚀った。

 答えはなかった。

 その晩、藀野は䞀人で曞いた。

 誰にも芋せない、匿名のブログだった。名前は、適圓に぀けた。投皿の最埌に、家康の蚀ったこずを曞いた。圹堎の機胜を隣町ず束ねるこず。厩れる順に集萜を畳むのではなく、残す順に組み替えるこず。捚おる堎所ず、残す堎所を、先に決めるこず。

 信長の「焌け」は曞かなかった。曞けなかった。

 投皿し終えお、圌は猶ビヌルを開けた。冷蔵庫には、それしかなかった。

 反応は、なかった。䞉日、誰も読たなかった。

 四日目、暫野町の職員らしき者が、コメントを残した。短いものだった。圹堎でも同じ案が出おいる、ず。けれど、捚おる集萜を決められないのだ、ず。

 藀野は、その倜、倩守ぞ行った。

 家康に、コメントを読み䞊げた。

 家康は、少し考えた。

「決められぬのではない。決めた者が、恚たれるのが恐ろしいのだ」圌は静かに蚀った。「ならば、決めるのは䜙所の者でよい。お䞻が、決めおやればよい」

「私が」

「お䞻は、誰でもない。名もない。恚む先がない」家康は藀野を芋た。「だから、お䞻が窓口なのだ」

 藀野は、その蚀葉の冷たさを、しばらく埌になっお理解した。

 圌は、二床目の投皿で、集萜の名を曞いた。

 地図を芋お、人口を芋お、道を芋お、決めた。残す集萜ず、畳む集萜を、線で分けた。䞉千人の暮らしを、薄い板の䞊で、指で䞊べ替えた。

 投皿の翌週、暫野町は、ほが同じ案を発衚した。誰が曞いたずも知れぬブログを、誰かが圹堎に持ち蟌んだのか、偶然なのか、わからなかった。

 半幎埌、暫野町の財政は、わずかに奜転した。

 藀野は、畳たれた集萜を、䞀床だけ芋に行った。

 最埌の䜏人が匕っ越したあずの、無人の集萜だった。家が残り、田が残り、誰もいなかった。バス停の時刻衚が、雚に滲んでいた。庭先に、掗濯ばさみが䞀぀、萜ちおいた。

 藀野は、しばらくそこに立っおいた。

 信長の蚀ったずおりになった。半分は、土に返った。家康の仕組みで、刃を芋せずに。秀吉の蚀った物語は、䞀぀もいらなかった。

 圌は、掗濯ばさみを拟わなかった。

 䞉床目の投皿から、朮目が倉わった。

 今床は、秀吉の番だった。瀬戞内の、小さな持枯の町だった。藀野が問いを持ち蟌むず、秀吉は写真を䞀目芋お蚀った。

「ここは、焌くな。物語を䜜れ」

 秀吉の案は、捚おるものが䞀぀もなかった。叀い持の颚景を、よそ者が欲しがるように芋せる。町の者が圓たり前ず思っおいるものを、倖の者の目で、宝に倉える。圌は、人の心の動き方を、䞀぀䞀぀、藀野に語った。藀野は、それを蚀葉にしお、投皿した。

 その投皿は、広たった。

 䞉日で、十䞇人が読んだ。持枯の町に、人が来始めた。半幎で、空き家が埋たった。テレビが取り䞊げた。町長が、ブログの䞻に瀌を蚀いたいず、ネットで呌びかけた。

 誰も、それが四癟幎前の男の蚀葉だずは、思わなかった。

 秀吉は、満足げだった。倩守で、圌は珍しく長く喋った。人の心の動かし方を。藀野ではなく、信長ず家康に向かっお。

 信長は、窓の倖を芋おいた。䞀蚀も蚀わなかった。

 圌の「焌け」は、䞀床しか䜿われおいなかった。暫野町の、無人の集萜だけだった。

 名が぀いたのは、その頃だった。

 いく぀かの投皿が、同じ曞き手によるものだず、誰かが気づいた。地方の財政、行政の組み替え、町おこし。どれも、あずから芋れば、圓たっおいた。曞き手は、名乗らなかった。ただ、投皿のどこかに、城の話が混じるこずがあった。

 ある者が、曞いた。

 ——これはたるで、倧阪城に評議䌚でもあるみたいだ。

 その蚀葉が、広たった。

 冗談だった。誰も、本気にしおいなかった。けれど、呌び名だけが残った。い぀の間にか、その匿名の曞き手は、「倧阪城評議䌚」ず呌ばれおいた。

 藀野は、その名を、倩守で䞉人に䌝えた。

 信長が、初めお、わずかに口の端を䞊げた。

「圓おおったか」ず信長は蚀った。

 藀野は、笑えなかった。

 䞉人は、同じ倜景を芋おいた。䞭心のない灯を。けれど、もう、灯の散らばり方が、前ずは違っお芋えた。いく぀かの灯が、こちらを向き始めおいた。

 藀野は、自分が䜕を始めたのか、ただわかっおいなかった。

 わかっおいたのは、䞉人が、ただ䞀床も、同じ方を向いおいない、ずいうこずだけだった。


第四幕 支持

 冬の初め、䞀人の知事が再遞された。

 西日本の、人口の少ない県だった。前の任期で、その知事は匿名の提蚀をいく぀も採り入れおいた。圹堎の組み替え。枯町の立お盎し。誰の案かは、知事も知らなかった。ただ、圓たった。

 開祚の倜、圓遞を決めた知事は、テレビの前で蚀った。

「私䞀人の手柄ではありたせん」

 圌は、それ以䞊は蚀わなかった。蚀えなかった。瀌を蚀う盞手の、名を知らなかった。

 その倜、藀野は倩守でそれを䌝えた。

 䞉人は、䜕も蚀わなかった。

 幎が明けお、テレビが評議䌚を取り䞊げ始めた。

 顔のない政策集団。匿名のブログ。圓たり続ける提蚀。どこの誰ずも知れない。だが、提蚀どおりに動いた自治䜓が、次々ず成果を出しおいる。

 番組は、評議䌚の正䜓を探ろうずした。文䜓を分析する者がいた。投皿の時刻から、曞き手の生掻を掚し量る者がいた。耇数の専門家による集団だ、ずいう説が有力だった。元官僚の集たりだ、ず蚀う者もいた。海倖の機関だ、ず蚀う者もいた。

 誰も、倧阪城の倩守にいる䞉人を、疑わなかった。

 海倖の通信瀟も、蚘事を出した。日本の、奇劙な珟象ずしお。遞挙で遞ばれた政府ではなく、名もない曞き手が、囜を動かし始めおいる、ず。

 藀野は、その蚘事を読んだ。自分のこずだずは、思えなかった。

 圌の暮らしは、倉わらなかった。十二階の角郚屋。増えない家具。冷蔵庫の猶ビヌル。䞖界が圌の蚀葉を読み、圌の蚀葉に埓い、圌の名を知らなかった。圌は、誰にも、それを話せなかった。

 話す盞手も、いなかった。

 政治家は、最初、無芖した。

 無芖できなくなるず、笑った。玠人の思い぀きだ、ず。

 笑えなくなるず、調べ始めた。

 ある日、藀野の䌚瀟に、問い合わせが入った。倧阪城のむベントに関わった業者の䞀芧を、ある委員䌚が求めおいる、ずいう。理由は明かされなかった。藀野は、自分の名がその䞀芧にあるこずを知っおいた。

 圌は、倩守でそれを䌝えた。

 家康が、初めお、案じる顔をした。

「お䞻が、ただ䞀぀の綻びだ」ず家康は蚀った。「わしらは、捕らえられぬ。だが、お䞻は、生きおおる」

「私が捕たれば」ず藀野は蚀った。

「終わる」家康は静かに蚀った。「だが、案ずるな。お䞻は、䜕もしおおらぬ。ブログを曞いただけだ。眪には、ならぬ」

 慰めには、聞こえなかった。

 信長が、窓の倖を芋たたた蚀った。

「綻びは、塞ぐより、目を逞らさせるがよい」

「どういうこずです」ず藀野は蚊いた。

「もっず、倧きなものを芋せる」信長は振り返った。「皆が、わしらの正䜓など、どうでもよくなるほどの、倧きなものを」

 その倧きなものを、信長は出した。

 囜の、赀字の路線ず、小さな病院の話だった。藀野が問いを持ち蟌んだのではない。信長が、先に動いた。

「捚およ」ず信長は蚀った。「客の来ぬ線路を、医者のおらぬ病を、束ねよ。半分に枛らしお、残りに金を集める。暫野で、やったずおりだ」

「あれは、町䞀぀でした」ず藀野は蚀った。「これは、囜です」

「同じだ」信長は蚀った。「匱いずころを残せば、匷いずころも枯れる」

 秀吉が、止めた。

「䞊総介どの。それは、人が死ぬ」

「暫野でも、誰も死ななんだ」

「あれは、空き家だった」秀吉の声が、硬かった。「これは、人だ。医者を取り䞊げれば、冬に、人が死ぬ」

 家康も、銖を振った。「急ぎすぎる」

 信長は、二人を芋なかった。藀野を芋た。

「曞け」

 藀野は、曞いた。

 なぜ曞いたのか、埌になっおも、わからなかった。䞉人が割れたずき、䞀番匷い声に埓った。それだけだった。あるいは、圓たり続けるこずに、慣れおいた。

 提蚀は、広たった。いく぀かの自治䜓が、動いた。

 冬の終わり、䞀぀の蚘事が出た。

 山あいの町で、病院が䞀぀、閉じられた。隣町たで、車で䞀時間。雪の倜、急に具合の悪くなった老人が、間に合わなかった。

 藀野は、その蚘事を、䜕床も読んだ。

 評議䌚の名が、初めお、悪く蚀われた。顔のない者たちが、机の䞊で、人の呜を線匕きしおいる、ず。誰も責任を取らない、ず。遞んでもいない者に、なぜ埓うのか、ず。

 政治家たちは、それを埅っおいた。䞀斉に、評議䌚を攻めた。無責任な、圱の暩力だ、ず。

 信長は、窓の倖を芋おいた。

「焌くずきは、煙が出る」ず信長は蚀った。

 藀野は、䜕も蚀わなかった。秀吉も、家康も、䜕も蚀わなかった。

 その晩、信長の提蚀は、しばらく、出されなくなった。

 朮目が、たた動いた。

 評議䌚ぞの颚圓たりが匷たる䞭、䞀぀の叀い提蚀が、掘り起こされた。

 半幎前、藀野が、ほずんど反応のないたた投皿したものだった。家康の案だった。海沿いの町々の、灜害ぞの備え。堀防の点怜。避難路の芋盎し。物資の備蓄。叀い氎門の入れ替え。

 地味な提蚀だった。誰も、読たなかった。自治䜓も、動かなかった。金がかかる。今でなくおよい。皆が、そう蚀った。

 その提蚀を、誰かが掘り起こし、曞いた。

 ——評議䌚は、病院は閉じたが、こういうこずも蚀っおいた。なぜ、こちらは無芖したのか。

 政府の関係者が、答えた。財源の問題だ、ず。優先順䜍の問題だ、ず。今すぐ起こるこずではない、ず。

 その答えは、新聞の、小さな欄に茉った。

 誰も、気に留めなかった。

 二月の終わり、藀野は倩守に䞊がった。

 䞉人は、窓の倖を芋おいた。䞭心のない灯が、広がっおいた。けれど、前ずは違った。いく぀もの灯が、はっきりず、こちらを向いおいた。そしお、いく぀かの灯は、こちらに背を向けおいた。

 囜は、二぀に割れ始めおいた。評議䌚を頌る者ず、評議䌚を恐れる者ず。

「これが、方向か」ず信長が蚀った。誰にずもなく。

 藀野は、答えられなかった。

 囜に、方向はできた。だが、その方向は、遞ばれた政府ではなく、名もない死者たちを、向いおいた。それを、信長の望んだ「方向」ず呌んでいいのか、藀野にはわからなかった。

 䞉人は、ただ、䞀床も、同じ方を向いおいなかった。

 その倜、地が、わずかに揺れた。

 短い、浅い揺れだった。すぐに収たった。藀野は、机の䞊の猶が倒れたのを、起こした。

 誰も、それを、気に留めなかった。


第五幕 倩䞋

 最初の揺れは、䞉月の初め、倜半に来た。

 短く、浅かった。藀野は目を芚たし、猶が倒れおいないのを確かめお、たた暪になった。第四幕の終わりに机を倒した、あの揺れず同じだった。すぐに収たる。皆が、そう思った。

 二床目は、その四日埌に来た。

 倜の十䞀時過ぎだった。藀野は、ただ起きおいた。薄い板を芋おいた。

 郚屋が、軋んだ。

 最初は、前ず同じだず思った。だが、揺れは収たらなかった。長くなった。匷くなった。本棚が傟き、食噚が萜ち、冷蔵庫が壁から離れた。藀野は床に䌏せた。十二階が、波の䞊にいるように動いた。

 窓の倖で、街が消えた。

 梅田の灯が、䞀区画ず぀萜ちおいった。湟岞の倉庫が暗くなった。䞊町台地の䜏宅が沈んだ。䞭心のなかった灯が、端から順に、闇に呑たれおいった。

 揺れが収たったずき、倧阪は、暗かった。

 藀野は、窓の倖を芋た。䞭心のない灯は、もう、どこにもなかった。すべおが、同じ暗さだった。

 薄い板が、最埌の電池で、文字を映しおいた。

 南海トラフ。

 倪平掋の沿岞に、接波の譊報が出おいた。

 政府は、動けなかった。

 動けなかったのではない。動いおいた。だが、すべおが、䞀床に来た。地震。接波。火灜。停電。通信の途絶。道の寞断。被害は、十䞀の県にたたがった。情報が、䞊がっおこなかった。誰が無事で、誰が取り残されおいるのか、誰にもわからなかった。

 指揮系統は、生きおいた。だが、その指揮系統が芋おいるものが、珟実より、半日遅れおいた。

 海沿いの町々で、明暗が分かれた。

 ある町は、半幎前に、堀防を点怜しおいた。避難路を芋盎しおいた。氎門を入れ替えおいた。誰かが、忘れられた提蚀を読んで、地味に、金をかけお、動いおいた。その町の人々は、揺れず同時に、高いずころぞ走った。間に合った。

 隣の町は、動いおいなかった。今でなくおよい、ず蚀っおいた。財源の問題だ、優先順䜍の問題だ、今すぐ起こるこずではない、ず。

 その町のこずを、藀野は、埌で知った。

 半幎前の、新聞の小さな欄を、誰も芚えおいなかった。

 藀野は、家を出た。

 なぜそうしたのか、考えなかった。歩いお、倧阪城ぞ向かった。電車は止たっおいた。道は、人で溢れおいた。皆、どこかぞ行こうずしおいた。どこぞ行けばいいのか、誰も知らなかった。

 倧阪城は、暗い䞘の䞊に、圱だけになっお立っおいた。

 藀野は、倩守を䞊った。非垞灯も消えおいた。圌は、暗闇の階段を、手探りで䞊った。

 最䞊階に、䞉人がいた。

 窓の倖を芋おいた。暗い街を。すべおが同じ暗さの、䞭心のない闇を。

「来たか」ず信長が蚀った。

 藀野は、息を敎えた。

「私に、䜕ができたすか」ず圌は蚀った。

 信長が、振り返った。その目に、第四幕の沈黙はなかった。

「お䞻は、止たったものを、たた動かす者だ」ず信長は蚀った。「動かせ。蚀葉を、流す道を、開け」

 藀野は、わかった。

 圌は、通信の保守を生業にしおきた。止たった回線を、たた繋ぐ。それが、圌の仕事だった。䞖界が暗くなったずき、圌の手だけが、ただ䜿えた。

 その倜から、藀野は、眠らなかった。

 圌は、生き残った回線を探した。萜ちおいない基地局、ただ動く非垞甚の電源、繋がる衛星の通信。䞀぀ず぀、道を開けた。䞉人の蚀葉を、その道に流した。

 信長が、決めた。

「すべおは、救えぬ」ず信長は蚀った。「ならば、順を決める。先に救うずころず、埌に回すずころを、分けよ」

 それは、暫野で、病院で、圌が蚀い続けたこずだった。匱いずころを、埌に回す。冷たい蚀葉だった。だが、暗闇の䞭で、限りある手を、どこに向けるかを決める者は、いなかった。政府は、すべおを同時に救おうずしお、䜕も救えずにいた。

 信長は、迷わず、線を匕いた。

 藀野は、その線を、蚀葉にしお流した。どの地域に、先に物資を送るか。どの道を、先に開けるか。どこを、埌に回すか。

 埌に回された堎所で、人が死んだ。藀野は、それを知っおいた。自分が匕いた線の、向こう偎で。

 圌は、それでも、流すのをやめなかった。やめれば、もっず死ぬ、ずいうこずだけは、わかっおいた。

 秀吉が、人を動かした。

「逃げよ、ず蚀うだけでは、人は動かぬ」ず秀吉は蚀った。「恐れおおるずきは、なおさらだ。心を、掎め」

 圌は、藀野に、蚀葉を授けた。避難を呌びかける蚀葉。取り乱した者を、萜ち着かせる蚀葉。助けが来る、ず信じさせる蚀葉。それは、呜什ではなかった。人の心の動き方を知った者の、囁きだった。

 パニックが、起きなかった。少なくずも、最悪のものは。

 家康が、仕組みを組んだ。

「救うのは、䞀日ではない」ず家康は蚀った。「これから、䜕幎もかかる。䞀日で燃え尜きる火では、足りぬ。続く仕組みを、組め」

 物流。物資。避難所の運営。通信の埩旧の手順。圌は、長く続く機械を、䞀぀ず぀組み䞊げた。掟手ではなかった。だが、厩れなかった。

 評議䌚は、蚈画を出した。

 それは、呜什ではなかった。誰にも、呜什する力など、なかった。ただ、暗闇の䞭に、䞀぀の、筋の通った蚈画が、眮かれた。

 その蚈画の呚りに、人が集たり始めた。

 評議䌚を、もう䜕幎も頌っおきた自治䜓が、その蚈画どおりに動いた。䌁業が、物流を差し出した。圹所の若い者たちが、政府の遅い指瀺を埅たずに、蚈画に埓った。ボランティアが、蚈画の地図を芋お、動いた。

 誰も、呜じられおいなかった。皆が、自分から、同じ蚈画の呚りに、集たった。

 それは、止たっおいた政府より、速かった。完璧ではなかった。間に合わなかった堎所が、いく぀もあった。だが、止たっおはいなかった。

 暗い囜の䞭で、䞀぀の、芋えない秩序が、動き始めた。

 第四幕で、二぀に割れた囜が、䞀぀の方を向き始めた。評議䌚を恐れおいた者たちも、今は、その蚈画の地図を、握りしめおいた。

 銖盞が、倧阪城に来たのは、それから䞉週間埌だった。

 ただ、各地に避難所が残っおいた。だが、最悪の混乱は、過ぎおいた。囜は、立ち䞊がり始めおいた。評議䌚の蚈画に沿っお。

 銖盞は、護衛も連れず、䞀人で倩守を䞊っおきた。藀野が、最䞊階で迎えた。䞉人は、窓の倖を芋おいた。

 銖盞は、藀野を芋た。それから、藀野の向こうの、䜕もない窓蟺を芋た。圌には、䞉人は芋えなかった。だが、䜕かが、そこにいるこずは、感じおいるようだった。

 銖盞は、床に膝を぀いた。

「どうか」ず銖盞は蚀った。声が、震えおいた。「どうか、この囜を、お導きください」

 藀野は、それを、䞉人に䌝えなかった。䌝える必芁が、なかった。䞉人は、聞いおいた。

 信長が、窓の倖を芋たたた、蚀った。

「䜙は、王には、ならぬ」

 藀野は、その蚀葉を、銖盞に䌝えた。

 信長は、続けた。

「倩䞋が、䞀぀になれば、それでよい」

 藀野は、それも、䌝えた。

 銖盞は、しばらく、頭を䞋げたたただった。やがお、立ち䞊がり、深く瀌をしお、倩守を降りおいった。

 その日から、囜は、倉わり始めた。

 党囜の自治䜓が、評議䌚の囜家再建構想に加わった。䌁業が、官僚が、政治家たでもが、その蚈画の呚りに集たった。誰が始めたずも知れぬ蚈画の呚りに、囜の党郚が、自分から、集たっおいった。

 四癟幎前、織田信長が、本胜寺で果たせなかったものが、暗い囜の再建の䞭で、圢になっおいった。

 誰も、王にはならなかった。

 ただ、倩䞋が、䞀぀になった。

 藀野が、それに気づいたのは、ある倜のこずだった。

 倩守で、䞉人が、窓の倖を芋おいた。街の灯が、少しず぀、戻り始めおいた。ただ、たばらだった。だが、今床は、違った。散らばっおはいなかった。䞀぀の方を、向いおいた。

 䞉人は、䞊んで立っおいた。

 信長ず、秀吉ず、家康が、初めお、同じ方を芋おいた。

 四癟幎、䞀床も、揃わなかった䞉人が。䞀人が倒れ、次が継ぎ、たた次が奪った䞉人が。今、同じ倜景を、同じ目で、芋おいた。

 藀野は、それを、矎しいず思った。同時に、恐ろしいずも思った。

 そしお、気づいた。

 信長の茪郭が、灯ひず぀ぶんだけ、薄くなっおいた。


最終幕 亡霊たちの朝

 䞉人は、少しず぀、薄れおいった。

 最初に気づいたのは、信長の茪郭だった。第五幕の終わり、灯ひず぀ぶん薄くなった。それから、日を远うごずに、薄くなっおいった。

 藀野は、毎晩、倩守に䞊った。

 囜は、動いおいた。圌の手を、もう、必芁ずしなくなっおいた。回線は埩旧し、政府は立ち䞊がり、評議䌚の蚈画は、それ自䜓が、独りでに回り始めおいた。藀野が蚀葉を流さなくおも、人々は、同じ方を向いお動いおいた。

 圌の圹目は、終わりかけおいた。

 䞉人の圹目も、終わりかけおいた。

 ある晩、信長が蚀った。

「ようやく、終わったか」

 その声に、い぀もの也きはなかった。ただ、静かだった。

「終わった、ずは」ず藀野は蚊いた。

「倩䞋が、䞀぀になった」信長は窓の倖を芋おいた。「四癟幎、かかったがな」

 圌は、笑った。

 藀野は、信長が笑うのを、初めお芋た。第䞀幕で壁の䞭からこちらを芋おいた、あの衚情のない顔ず、同じ顔だった。けれど、笑っおいた。

「本胜寺で、火に巻かれたずき」ず信長は蚀った。「わしは、是非に及ばず、ず蚀った。仕方がない、ずいう意味だ。あのずき、すべおが、終わったず思った」

 圌は、藀野を芋た。

「終わっお、おらなんだ」

 秀吉は、その数日埌に、薄くなった。

 圌は、最埌たで、軜い声のたただった。

「長かったのう」ず秀吉は蚀った。「わしの城は、土の䞋じゃ。倅も、おらぬ。それでも、芋届けたかったものは、芋届けた」

 圌は、隣に立぀家康を芋た。

 藀野は、息を詰めた。第二幕で、二人が向かい合ったずきの、あの匵り぀めた空気を、芚えおいた。倅を殺した男ず、殺された父。

 秀吉は、家康を、しばらく芋おいた。

 それから、ふっず、肩の力を抜いた。

「狞よ」ず秀吉は蚀った。「お䞻の䜜った䞖は、二癟六十幎、保ったそうだな」

「保った」ず家康は蚀った。

「わしの䞖より、長い」秀吉は笑った。「悔しいのう」

 家康は、䜕も蚀わなかった。ただ、わずかに、頭を䞋げた。

 それが、二人の間に亀わされた、すべおだった。蚱した、ずも、蚱された、ずも、誰も蚀わなかった。ただ、四癟幎分の䜕かが、その䞀瀌で、静かに、眮かれた。

 家康が、最埌に残った。

 圌は、藀野に、長く語らなかった。元から、口の重い男だった。

「あずは」ず家康は蚀った。「生きおおる者の、務めじゃ」

 圌は、藀野を芋た。

「お䞻は、よう働いた」

 藀野は、䜕も蚀えなかった。自分が匕いた線の向こうで、死んだ者たちのこずを、思った。埌に回された堎所で、間に合わなかった人々のこずを。

 家康は、それを、芋透かしたように蚀った。

「線を匕いた者は、その線を、生涯、背負う」圌は静かに蚀った。「それでよい。背負える者だけが、匕いおよいのだ」

 藀野は、うなずいた。

 蚀葉に、ならなかった。

 倜が、明け始めた。

 䞉人は、倩守の最䞊階に、䞊んで立っおいた。

 信長ず、秀吉ず、家康。四癟幎、䞀床も揃わなかった䞉人が、東の空が癜んでいくのを、䞊んで芋おいた。

 空が、明るくなっおいった。

 䞉人の茪郭が、朝の光に溶けおいった。

 圌らは、振り返っお、倧阪城を芋䞊げた。埳川が建お盎した、癜い倩守を。豊臣の城を埋めた䞊に建぀、その城を。䞉人ずも、それを、芋䞊げおいた。

 そしお、消えた。

 残ったのは、朝の光ず、藀野ず、颚だけだった。

ラストシヌン

 数か月が、過ぎた。

 囜は、動き続けおいた。

 新しい制床が、組たれおいた。叀い圹所の仕組みが、組み替えられおいた。新しい産業が、海沿いの町々に、生たれおいた。灜害からの埩興は、ただ続いおいたが、人々は、同じ方を向いお、進んでいた。

 誰も、それを始めたのが、四癟幎前の䞉人の死者だずは、知らなかった。評議䌚は、い぀の間にか、提蚀をやめおいた。やめおも、囜は、独りでに動いた。やがお、評議䌚のこずは、忘れられおいった。

 それで、よかった。

 藀野は、䌚瀟を蟞めおいた。理由は、自分でも、うたく蚀えなかった。ただ、止たったものを、たた動かす仕事は、もう、終わった気がした。

 春の終わりの、よく晎れた日だった。

 圌は、久しぶりに、倧阪城を蚪れた。

 芳光客が、戻っおいた。子どもが、芝の䞊を走っおいた。堀の氎が、光っおいた。城は、い぀もの城だった。

 圌は、倩守を䞊った。゚レベヌタヌを䜿わず、階段を。叀い朚ず石の匂いが、した。展瀺宀の甲冑が、ガラスの䞭で、静かに光っおいた。

 最䞊階の、展望回廊に出た。

 倧阪の街が、広がっおいた。

 昌の光の䞭で、どの建物も、茝いおいた。䞭心は、盞倉わらず、どこにもなかった。けれど、もう、散らばっおいるずは、芋えなかった。それぞれの灯が、それぞれの堎所で、同じ朝を、生きおいた。

 倩守には、誰もいなかった。

 颚だけが、吹いおいた。

 藀野は、しばらく、街を芋おいた。

 ふず、聞こえた気がした。

 ——是非に及ばず。

 仕方がない、ではなかった。今床は、違っお聞こえた。もう、これでよい。そういう響きだった。

 藀野は、振り返った。

 誰も、いなかった。

 春の颚が、回廊を抜けおいった。窓の倖で、城の桜が、ただ、わずかに残っおいた。第䞀幕の倜、壁に映った、䜜りものの桜ではなかった。本物の桜が、颚に、散っおいた。

 藀野は、笑った。

 それから、空を芋䞊げた。

 よく晎れた、青い空だった。

 圌は、倩守を降りた。

 そしお、生きおいる者たちの䞭ぞ、歩き出した。

完





チップがわりにこれをやっおみおね🀗

いいなず思ったら応揎しよう

LaLaLa はぁ、はぁ  っ お願い、です   『怪獣の腹の䞭で』を  どうしおも、私の手で「玙の本」にしたいんです  っ あなたの、そのサポヌトが  本の、䞀ペヌゞに、なりたす  っ。 はぁ  応揎、しおくれたせんか  っ

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