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ボロヌニャ留孊蚘⑚

    LaLaLa

    第九章 垰る道のない倜

    冬が深たるに぀れお、ボロヌニャの倜はひず぀ひず぀、前よりも長く感じられるようになった。
    早く暗くなるずいうだけではない。
    灯りの぀いた窓の向こうに、それぞれの生掻が閉じおいくのを芋おいるず、街そのものが静かに息をひそめおいるように思えた。
    透子はその倜、い぀もより遅くたで資料宀に残っおいた。
    今週䞭にたずめなければならない翻蚳補助の原皿があり、机の䞊にはメモずコピヌず叀い論文が重なっおいる。
    すべおを読み切るには時間が足りない。
    だが、足りない時間の䞭でどこたで行けるかを考えるこずに、圌女は少し慣れおきおいた。
    人が少ない倜の倧孊は、昌ずはたるで違う顔をしおいた。
    昌には誰かの足音や声や玙のめくれる音で満ちおいた廊䞋も、倜にはただ、遠い換気の音ず、どこかのドアが閉たる鈍い響きだけが残る。
    透子は資料を鞄に入れ、最埌に灯りを消しお郚屋を出た。
    倖ぞ出るず、空気は鋭く、回廊の石は昌の熱をすっかり倱っおいた。
    広堎たで行く間に、指先が冷えはじめる。
    マフラヌを巻き盎しながら歩いおいるず、圌女はふず、こういう寒さにもう日本語で名前を぀けなくなっおいるこずに気づいた。
    寒い、で足りる。
    いや、足りおしたう。
    それは倉化ずいうより、少しず぀移されおいく生掻の䞀郚だった。
    広堎の角で、゚レナに䌚った。
    圌女は䞀人ではなく、同じ研究宀の友人らしい男ず䞀緒だった。
    二人は䜕かを話しながら歩いおいたが、透子に気づくず、゚レナが明るく手を振った。
    男は軜く䌚釈し、すぐに去っおいった。
    残された゚レナは、透子の顔を芋るなり、少し真面目な衚情になった。
    「今、少し時間ある」
    透子はうなずいた。
    ゚レナは䞀瞬ためらっおから、駅の近くにある小さなバヌぞ行こうず誘った。
    倧した話ではない、けれど少し座っお話したい。
    そう蚀うずきの圌女は、い぀もより少しだけ声が䜎い。
    透子はその雰囲気に䜕かを感じたが、深くは聞かなかった。
    バヌは広くなかった。
    朚のカりンタヌ、曇った鏡、少し色あせたポスタヌ。
    客は数人だけで、みな静かにグラスを傟けおいる。
    ゚レナは透子に枩かい飲み物を勧め、自分はワむンを頌んだ。
    しばらくは、倧孊の話や冬の食べ物の話をしおいたが、やがお䌚話は少しず぀間を持ちはじめた。
    透子は、゚レナが䜕かを蚀いかけおはやめるのを芋逃さなかった。
    だが、問いただすこずはしなかった。
    盞手が蚀葉を遞ぶ沈黙は、無理に砎っおいいものではない。
    やがお゚レナは、グラスの瞁を指でなぞりながら、ぜ぀りず蚀った。
    「最近、家に垰るのが少し嫌なの」
    透子はすぐに返事をしなかった。
    嫌なの、ずいう蚀葉はあたりに率盎で、けれどそのぶん、䜕かを隠そうずしおいないようにも聞こえた。
    「䜕かあったの」
    ゚レナは肩をすくめた。
    「倧したこずじゃない。家族ず少し  話が合わなくなっおきたのかもしれない。前は気にならなかったこずが、今は気になる。ずっず䞀緒にいたから、逆に芋えなくなっおいたのかも」
    透子はその蚀葉を聞きながら、自分の䞭にも䌌た感觊があるこずに気づいおいた。
    故郷から離れおいる今でさえ、過去の家や家族がふいに遠ざかるこずがある。
    近すぎたものは、離れおみお初めお茪郭を持぀。
    だが、茪郭を持぀ずいうこずは、同時に傷぀く可胜性も持぀ずいうこずだった。
    「垰りたい堎所があるっお、いいこずだず思っおた」
    ゚レナがそう蚀う。
    「でも最近、それが少し重い。垰るずいうより、戻るっお感じ。戻るっお、案倖むずかしい」
    透子はう぀むき、枩かい飲み物のカップを䞡手で包んだ。
    戻る。
    その蚀葉は、この数週間、圌女の呚りを䜕床も回っおいた。
    資料宀の手玙。
    鍵の぀いた保管宀。
    封筒に曞かれた、郚屋はそのたたにしおある、ずいう䞀文。
    誰かが埅っおいる郚屋。
    そこぞ戻ろうずする気持ち。
    だが本圓に戻るずいうのは、思っおいるより耇雑なのだろう。
    自分が倉わっおしたっおいたら、同じ堎所に戻ったずしおも、それはもう以前ず同じではないのだから。
    「私は、戻れるのかな」
    透子は、思わずそう蚀っおいた。
    ゚レナは少し驚いたように圌女を芋たが、すぐにやわらかく笑った。
    「戻れるかどうかじゃなくお、戻ったずきに䜕を持っおいるか、じゃない」
    その答えは、透子にずっお少しだけ救いだった。
    圌女はボロヌニャに来おからずっず、ここで䜕者になるのかばかり考えおいた。
    けれど、䜕者になるかではなく、䜕を持っお垰るのか。
    その問いは、ただ茪郭ががやけおいるが、確かに自分の䞭ぞ入っおきた。
    バヌを出るず、倜はさらに冷えおいた。
    駅の方角から、列車がホヌムに入る䜎い音が聞こえる。
    ゚レナずは途䞭たで䞀緒に歩き、広堎の角で別れた。
    圌女は「たた明日」ず蚀い、透子も同じように返した。
    たったそれだけのやり取りなのに、別れ際の声には少しだけ枩床があった。
    人ず䌚い、話し、別れる。
    それを繰り返すうちに、街はただの背景ではなく、時間の眮き堎所になっおいく。
    ひずりになっおから、透子は少し遠回りしお垰った。
    回廊の䞋は暗く、店はほずんど閉じおいる。
    それでも、いく぀かの窓にはただ明かりがあり、台所で皿を掗う音や、テレビの薄い音が挏れおいた。
    圌女はそのひず぀ひず぀を芋䞊げながら、そこに自分の郚屋が混ざっおいるこずを思った。
    日本にいたころ、倜道でこんなふうに他人の生掻を気にするこずは少なかった。
    だがいたは、誰かの灯りを芋るたび、その向こうにある暮らしの重みを想像しおしたう。
    それは留孊のせいなのか、幎霢のせいなのか、あるいは、単にこの街が人の生掻を隠さないからなのかはわからない。
    郚屋に戻るず、暖房は぀いおいたが、窓際はただ冷たかった。
    透子はコヌトを脱ぎ、机の前に座った。
    今日の䌚話を、すぐにはノヌトに曞けなかった。
    戻る。
    持っお垰る。
    それが自分にずっお䜕を意味するのか、ただはっきりしない。
    けれど、問いが生たれたずいうこず自䜓が、もう倉化なのだろう。
    やがお圌女はペンを取り、短く曞き始めた。
    ――垰る堎所は、ひず぀ではない。
    曞いおから少し考え、さらに続ける。
    ――戻るたび、人は少しず぀別の自分でそこに立぀。
    その二行を芋぀めながら、透子は、ボロヌニャでの暮らしがもう単なる滞圚ではないこずを、ゆっくりず受け入れ始めおいた。
    この街で出䌚った人々、読んだ手玙、觊れた鍵、蚀葉のずれ、雚の広堎、冬の前の光。
    それらはどれも、垰るこずの意味を少しず぀倉えおいく。
    そしおその倉化こそが、圌女がここで生きる理由になり぀぀あった。


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