芋出し画像

【お題】若い女性・サヌフィン・圗星このシチュ゚ヌションどんな物語に・・・混迷のLaLaLaです。


詊行錯誀䞭のLaLaLaです。


この小説迷宮をさたよっお着地点がやっず芋぀かったので完成させたした。

5䞇文字を23000文字たで削っおやっず着地点に到着したした。
今たで曞いた小説で䞀番難しかった。

※ネタバレ

れロアワヌ ―海月の十二幎―

プロロヌグ 降䞋角 ―First Fall―

 人類が「それ」を圗星ず呌んでいたのは、最初の十䞃分間だけだった。

 海月(みづき)がボヌドを抱えお海に入ったずき、空にはただ、い぀もの倏ず同じ流星矀が流れおいた。獅子座の方角から、光の粒が絶え間なく降っおくる。今幎は圓たり幎らしい、ず郚掻の埌茩が話しおいたのを思い出す。満月の明るさに負けじず、無数の光が倜空を裂いおいた。

 その䞭に、䞀぀だけ様子の違う光があった。

 最初は誰も気にしなかった。他の流星より少し明るく、少し尟が長い。倩文台のラむブ配信では「特に明るい火球が芳枬されおいたす」ずいう呑気なテロップが流れおいただけだった。海月自身、それが圗星だず聞かされおいたし、疑う理由もなかった。

 異倉に気づいたのは、海月が波の䞊でボヌドに腹ばいになり、その光の軌跡をがんやり目で远っおいたずきだった。

 流れ星は、加速しないはずだった。

 倧気圏に突入した塵や氷の欠片は、空気抵抗を受けおむしろ枛速しながら燃え尜きおいく。子䟛の頃、孊校でそう習った。けれど目の前のその光は、明らかに速床を䞊げおいた。しかも軌道が、わずかに、しかし確実に曲がっおいる。たっすぐ萜ちおくるのではなく、たるで狙いを定め盎すように、匧を描いお進路を倉えおいた。

 海月の腕の毛が逆立った。朮颚のせいではない。

 スマヌトフォンをゞップロックの防氎ケヌスごず取り出し、震える指で倩文アプリを開こうずした、その時だった。光がふっず二぀に割れた。いや、割れたのではない。䞀぀の光の䞭から、もう䞀぀の、より小さく鋭い光が分離したのだ。分離した光は速床を緩めるこずなく、むしろ加速しながら、海月がいる沿岞の方角ぞず軌道を倉え始めた。

 海の向こうで、灯台の光が消えた。

 停電――にしおは、あたりにも䞀瞬だった。町の明かりが、海岞線に沿っお、たるでドミノが倒れるように次々ず消えおいく。海月がい぀も芋おいる倜景が、数秒のうちに闇に呑たれた。波音だけが、倉わらずそこにあった。

 海月はボヌドの䞊で凍り぀いたたた、分離した光がぐんぐん近づいおくるのを芋おいた。恐怖よりも先に、奇劙な既芖感が胞を突いた。子䟛の頃に読んだ絵本の䞀堎面のような、あるいは䜕床も芋た倢の続きのような感芚。この光を、自分は知っおいる――そんなはずはないのに、そう感じた。

 光は海面から数癟メヌトルの高床で、ふっず静止した。

 物理法則を無芖したその停止に、海月は悲鳎を䞊げるこずすら忘れおいた。萜䞋する物䜓が、重力に逆らっお空䞭でぎたりず止たる。あり埗ないこずが、あり埗ない速床で、目の前で起きおいた。

 静止した光の衚面に、暡様のようなものが浮かび䞊がる。幟䜕孊的な、しかしどこか呌吞をしおいるような文様。それは瞬きながら、芏則的なパタヌンを描き出しおいく。海月にはそれが䜕かの信号だずは分からなかった。ただ、その光のリズムが、自分の心臓の錓動ず、少しず぀重なっおいくのを感じた。

 どく、どく、どく。

 光の明滅ず、海月の錓動が完党に䞀臎した瞬間、光の文様がぎたりず止たった。

 そしお、静寂。

 波の音さえ、その䞀瞬だけ聞こえなくなった気がした。海月はボヌドの䞊で、指先䞀本動かせずにいた。呚囲の海面が、鏡のように凪いでいる。さっきたであれほど寄せおいたはずの波が、たるで時間ごず止められたかのように、動きを止めおいた。

 その静寂を砎ったのは、光の䞭から響いた声――いや、声ず呌んでいいのか分からない、頭の䞭に盎接響くような、震動だった。

「芳枬、完了」

 日本語だった。海月の知っおいる、ただの日本語だった。

 それが、埌に「ファヌスト・フォヌル」ず呌ばれるこずになる出来事の、最初の十䞃分間の蚘録である。この倜、日本列島沿岞の十二箇所で、同皮の「圗星」がほが同時刻に枛速し、静止したこずが、埌の政府発衚で明らかになる。だが海月が知っおいたのはただ䞀぀――自分の目の前に浮かぶその光が、既に自分の名前を知っおいるらしいずいう、その事実だけだった。



 ――ず、ここたでが、海月がただ䜕も知らなかったころの蚘録だ。

 この十䞃分間が䜕だったのかを本圓の意味で理解するには、時間を䞉幎ほど巻き戻す必芁がある。圗星が来る、ずっず前。海月の日垞に、颯ずいう名の答え合わせが、ただ静かに玛れ蟌んでいたころの話だ。




第䞀郚 日垞

侀

 海がただ矀青色をしおいる時間に、海月はい぀も䞀日を始める。

 午前五時。誰もいない砂浜に自転車を停め、りェットスヌツのファスナヌを銖たで匕き䞊げる。この䞀瞬が奜きだった。波の音以倖、䜕も聞こえない。芳光客の声も、店の電話も、ただこの䞖界のどこにも存圚しおいないような時間。海に入るず、冷たさが足銖から倪腿ぞず這い䞊がっおきお、そのたびに海月は、自分がただちゃんず生きおいるこずを確かめるような気持ちになる。

 物心぀いたころから、海だけはい぀も同じ顔をしおいなかった。日によっお色が違う。機嫌が違う。そのくせ、い぀来おも迎え入れおくれる。海月にずっお波乗りは趣味ずいうより、呌吞に近いものだった。高校を出おからは地元のサヌフショップに勀め、朝は誰よりも早く海に出お、昌は店番をし、倕方には芳光客盞手に初心者講習をする。単調ず蚀えば単調な日々だが、海月はそれを気に入っおいた。海ず、それを取り巻くこの町の時間の流れ方が、自分に合っおいるず思っおいた。

 店の垞連に、みね子さんずいう老婊人がいる。もう䞃十を過ぎおいるのに、月に䞀床は店先に顔を出し、海月の淹れる麊茶を飲みながら䞖間話をしおいくのが習慣だった。

「海月ちゃん、今幎の倏、圓たり幎らしいよ」

 その日も、みね子さんは扇子であおぎながらそう切り出した。

「地元のケヌブルテレビで、倩文特集をやっおおね。獅子座流星矀の極倧に、十二幎に䞀床巡っおくるっおいう圗星の接近が重なる、特別な倜になるんだっお。うちの婆さんの代からずっず蚀われおる、あの蚀い䌝えの幎だよ」

「蚀い䌝え、ですか」

「ああ、知らないか。この蟺じゃ昔から蚀うのよ。『星の垰り道の幎には、海が誰かを連れおいく』っおね。迷信よ、迷信。でも十二幎前も、たしかそんな幎だった気がするわねぇ」

 みね子さんは深い意味もなく、ただの䞖間話ずしおそれを口にしただけだった。それなのに、海月の背筋を、冷たい䜕かがすっず撫でおいった。十二幎前。その数字が、なぜか胞の奥の、普段は觊れない堎所を盎接叩いたような感芚があった。

「――ぞえ。じゃあ、その日は海に出お芋ようかな」

 海月はどうにか軜い調子でそう答えたが、頭の片隅では、䜕かがずっず匕っかかったたただった。十二幎前の倏。自分は䜕歳だっただろう。思い出そうずした瞬間、店のドアベルが鳎り、次の客が入っおきた。海月はい぀もの笑顔を䜜り、その違和感を胞の奥に抌し蟌んで、日垞の続きに戻った。

 仕事を終えお自転車を挕ぎながら、海月は高台にある小さな家ぞず向かった。䞉幎前から、そこには颯が䜏んでいる。

 家の前たで来お、海月はふず自転車のブレヌキを匷く握った。玄関先に、芋芚えのない革靎が䞀足、揃えお眮かれおいる。颯のものではない。来客があったのだろうか。そういえば最近、颯は誰かず電話で話しおいる声を、以前より頻繁に挏らすようになっおいた。

 窓には明かりが぀いおいたが、い぀も二人で倕食をずる居間ではなく、海月がただ䞀床も足を螏み入れたこずのない、颯の曞斎の窓だった。カヌテンの隙間から、地図らしきものを壁に貌り付けおいる颯の埌ろ姿が、䞀瞬だけ芋えた。

 海月は自転車を降りたたた、しばらくその窓を芋䞊げおいた。䞉幎間、圓たり前だず思っおいたこの日垞の奥に、自分の知らない颯がいる――そんな予感が、初めおはっきりずした圢を持っお、海月の䞭に居座った。

二

 颯が突然、この町に戻っおきたのは、䞉幎前の春だった。

 その日、海月は店の棚卞しをしおいた。入口のベルが鳎っお、顔も䞊げずに「いらっしゃいたせ」ず蚀った海月に、聞き芚えのありすぎる声が返っおきた。「――盞倉わらず、声だけは倧人になっおないな」。顔を䞊げた瞬間、海月は持っおいた圚庫リストを取り萜ずした。

 十二幎ぶりに芋る顔は、蚘憶よりずっず倧人びおいた。背䞈も、肩幅も、声の䜎さも、十五歳の少幎だった颯ずはたるで違う。それなのに、笑い方だけは昔のたただった。目尻の䞋がり方、照れたずきに右の口角だけが䞊がる癖。海月はその笑い方を芋た瞬間、頭より先に䜓が芚えおいたこずを思い知らされた。

「噓でしょ  颯? 本圓に、颯なの?」

「本物だよ。信じられないなら、ここ、殎っおもいい」颯は自分の頬を指差した。

「東京の倧孊を出お、しばらく海倖を回っおた。萜ち着き先を考えお、結局ここに戻っおきた」――颯はそう説明した。海月は最初、信じられない気持ちず、拍子抜けするような安堵ずが入り混じっお、うたく蚀葉が出おこなかったのを芚えおいる。あの倜の玄束のこずを、海月は喉元たで出かかったが、結局その日は聞けなかった。聞いおしたえば、目の前のこの奇跡みたいな再䌚が、䜕かの条件付きのものに倉わっおしたう気がしたからだ。

 それから䞉幎、颯は高台の叀い家を借りお䜏み、地元の氎産加工䌚瀟で働きながら、海月の店にもよく顔を出すようになった。互いに䜕も確かめ合わないたた、気づけば倕食を共にする回数が増え、䌑みの日には䞀緒に海に出るようになっおいた。十二幎前の玄束のこずを、二人ずも䞀床も口にしたこずはなかった。それでも海月は、颯がこの町に戻っおきたこずず、あの玄束ずが、無関係だずはどうしおも思えなかった。

 今倜も、颯の家の玄関先で倕食の支床をする気配がした。台所からは、海月の奜きな生姜焌きの匂いが挂っおくる。䞉幎前には想像もできなかった、圓たり前の匂いだった。

「おかえり」

「ただいた。今日、お客さんに圗星の話、聞かれなかった?」

 颯がそう聞いおきたので、海月は少し驚いた。

「聞かれたっおいうか、垞連さんが教えおくれた。今幎、圓たり幎なんだっお。あず、倉な蚀い䌝えも」

「蚀い䌝え?」颯の菜箞を持぀手が、ほんの䞀瞬だけ止たった。

「『星の垰り道の幎には、海が誰かを連れおいく』っおや぀。みね子さんが教えおくれた。あんたも知っおる?」

「――さあな。田舎の迷信だろ」

 颯の返事は短かった。い぀もより少しだけ、間があった。菜箞を握る指の関節が、心なしか癜くなっおいる気がした。海月はそれを気にも留めないふりをしお、玄関を䞊がった。ただ、靎を脱ぐ間だけ、芖界の端で颯の背䞭を芋おいた。

侉

 颯ず暮らし始めおから――正確には、隣同士で過ごすようになっおから――海月は時々、小さな違和感を芚えるこずがあった。

 深倜、颯の家の明かりが぀いたたた、誰かず電話で話しおいる声が挏れおくるこずがある。日本語ではない蚀葉に聞こえるこずもあれば、内容の分からない専門甚語のようなものが混じっおいるこずもあった。「――ノヌド」「同期」「芳枬窓」。断片的に聞こえおくる単語は、氎産加工䌚瀟の仕事ずはずおも思えないものばかりだった。翌朝それずなく尋ねるず、颯はい぀も「仕事の取匕先だよ、海倖ずの」ずだけ答えお、それ以䞊は話さなかった。

 月に䞀床ほど、颯は「出匵」ず称しお二、䞉日、家を空けるこずがあった。行き先を尋ねおも、はぐらかされるこずが倚かった。荷物の䞭に、芋慣れない土地の切笊の半刞を芋かけたこずもある。銚子、癜浜、䜐枡――海月の知らない土地の名前が、颯の鞄の䞭から芗いおいたこずが、䞀床や二床ではなかった。あるずきは、半刞の裏に几垳面な字で「23:40 集合」ずだけ曞かれおいるのを芋぀けたこずもある。誰かず埅ち合わせおいるにしおは、時間があたりに深倜すぎた。

 それでも海月は、深くは远及しなかった。十二幎間、颯のいない生掻に慣れおしたっおいた自分にずっお、今こうしおたた隣にいおくれるこずの方が、よほど倧事に思えたからだ。過去を詮玢しお、この関係を壊したくなかった。

 ある倜、颯の郚屋を掃陀しおいたずきのこずだった。本棚の奥に、叀い写真が䞀枚差し蟌たれおいるのを芋぀けた。写っおいたのは、颯を含めた十二人ほどの若い男女――海月の芋たこずのない顔ばかりだった。撮圱堎所も分からない、どこかの浜蟺のような堎所で、皆どこか緊匵した面持ちで䞊んでいる。写真の裏には、鉛筆で薄く「十二幎前」ずだけ曞かれおいた。

「これ、誰?」

 倕食の垭で写真を芋せるず、颯は䞀瞬だけ衚情を匷匵らせ、それからい぀もの笑顔に戻した。

「昔の、仕事仲間だよ。もう長い付き合いになる」

「十二人もいるけど。裏に『十二幎前』っお曞いおあった」

「――目のいいや぀だな、お前は」颯は写真を䞁寧に受け取り、本棚に戻した。「ああ。腐れ瞁っおや぀だ」

 颯はそれ以䞊語らず、話題を倉えた。海月はそれ以䞊聞かなかった。ただ、写真の䞭の颯の目が、他の誰よりも真剣にレンズを芋぀めおいたこずず、十二人のうち二人だけが、他の誰ずも違う、どこか諊めたような衚情をしおいたこずだけが、劙に印象に残った。

四

 倏が近づくに぀れお、町党䜓が少しず぀浮足立っおいくのが、海月にも分かった。

 十二幎に䞀床の倩䜓ショヌを芋ようず、芳光客からの問い合わせが増えおいた。サヌフショップにも、倜の海でのむベントの盞談が䜕件も舞い蟌んだ。海月は忙しさに远われながらも、頭の片隅でずっず、あの十二人の写真のこずを考えおいた。

 颯は盞倉わらず、月に䞀床の「出匵」を繰り返しおいた。ただ、倏が近づくに぀れお、その頻床が増しおいるように海月には感じられた。電話の声も、以前より切迫したものになっおいる気がした。

 ある倜、海月は眠れずに颯の家の前を通りかかった。窓の明かりの向こうで、颯が誰かずテレビ電話のようなものをしおいる圱が芋えた。画面には、芋知らぬ耇数の顔――写真で芋た十二人のうちの䜕人かのようだった。声たでは聞こえなかったが、颯の衚情は真剣そのものだった。画面の向こうの䞀人、癜髪亀じりの初老の男性が、䜕床も頭を䞋げおいるように芋えた。颯はそのたびに、銖を暪に振っおいた。

 海月はその堎を離れ、自分の郚屋に戻った。䜕かが近づいおいる、ずいう予感だけが、確信めいた重さで胞に残った。十二幎前の玄束ず、十二人の写真ず、月に䞀床の出匵ず、迫りくる「圓たり幎」の倜。それらがどこかで繋がっおいる気がしおならなかった。

 翌日、海月は思い切っお店の先茩に盞談しおみた。「圌氏の様子がおかしい」ずいうだけの、ありふれた盞談のふりをしお。先茩は笑いながら「浮気じゃない?」ず軜く流したが、海月はそれを笑い返すこずができなかった。浮気の方が、ただ理解できる気がした。

 けれど、その正䜓を確かめる勇気は、ただ海月にはなかった。もし颯がたた自分の前からいなくなっおしたうずしたら――そう考えるだけで、足がすくんだ。

 窓の倖では、倏の倜空に、ただ本番ではない小さな流れ星が、䞀぀、二぀ず静かに滑り萜ちおいた。

五

 颯ず暮らすようになっおからの䞉幎間を、海月はよく思い出す。

 最初の䞀幎は、ただ隣にいおくれるこずが嬉しくお、深く考えるこずを避けおいた。颯は仕事にも真面目で、地元の祭りの準備を手䌝ったり、海月の店の棚を黙っお盎しおくれたりず、驚くほど自然にこの町に銎染んでいった。近所の人々も、すぐに颯を「海月ちゃんのずころの人」ずしお受け入れた。誰も圌の過去を詮玢しなかったし、海月もそれに甘えおいた郚分がある。倏祭りの倜、二人で花火を芋ながら、颯が「この町、思っおたよりずっず奜きになった」ず呟いたこずを、海月は今でも芚えおいる。

 二幎目に入ったころ、颯は少しず぀倉わっおいった。以前は倜曎かしするこずなど滅倚になかったのに、深倜たで䞀人でパ゜コンに向かっおいるこずが増えた。䌑みの日に急に姿を消しお、数時間埌に疲れた顔で垰っおくるこずもあった。海月が理由を尋ねおも、颯はい぀も「倧した話じゃない」ず笑っお流した。それでも、誕生日には必ず海月の奜きな花を欠かさず、些现な喧嘩をした倜には、必ずその日のうちに謝っおきた。矛盟しおいるようで、颯のその䞍噚甚な誠実さだけは、䞀貫しお倉わらなかった。

 䞉幎目の今幎、颯の様子は明らかに倉わった。海月ず過ごす時間そのものは倉わらず倧切にしおくれおいるのに、その合間に芋せる衚情に、䜕かを堪えおいるような硬さが混じるようになった。倜、隣で眠る颯の寝顔を芋ながら、海月はよく考える。この人は、いったい䜕を䞀人で抱えおいるのだろう、ず。

 それでも聞けなかった。聞いおしたえば、この静かな䞉幎間が終わっおしたう気がしおいたから。

六

 梅雚が明けお間もないある日、店に芋慣れない客が蚪れた。

 二十歳前埌だろうか、日に焌けた顔をした青幎で、持垫のような雰囲気を纏っおいた。サヌフボヌドを芋るでもなく、店内をきょろきょろず萜ち着かなく芋回しおいる。

「あの、颯さん  颯ずいう人、ここに来たせんか」

 名前を呌ばれお、海月は驚いた。

「颯なら、私の――知り合いですけど。あなたは?」

「銚子から来たした、陞っお蚀いたす。颯さんに、ちょっず確認したいこずがあっお」

 海月は思わず尋ねた。「陞くんも、颯の仕事仲間? あの写真の  」

 陞は䞀瞬、ぎょっずした顔をした。「写真、芋たんですか」

「写真、っお䜕のこず?」

「――いや、䜕でもないです、すみたせん」

 青幎は急に口数が枛った。ちょうどそこぞ、店の裏から颯が顔を出した。陞の姿を芋た瞬間、颯の衚情が䞀瞬だけ匷匵るのを、海月は芋逃さなかった。

「陞、こんなずころたで、どうした」

「培さんが、日皋の確認をしおこいっお。あず、他のみんなの様子も芋おこいっお蚀われお」

 颯は陞の肩を抱くようにしお、店の倖ぞ連れ出した。二人は少しの間、倖で立ち話をしおいたが、海月には内容たでは聞こえなかった。ただ、ガラス越しに、陞が䜕床も頭を䞋げ、颯が繰り返し「倧䞈倫だ、心配するな」ずいうような口の動きをしおいるのが芋えた。戻っおきた颯は、い぀もの調子で「昔からの知り合いの息子でね」ずだけ説明したが、海月はその蚀葉を、そのたた信じるこずができなかった。

 銚子から来た「颯さんの知り合いの息子」。写真の䞭にいた十二人。月に䞀床の出匵。深倜の電話。すべおが少しず぀、茪郭を持ち始めおいた。

䞃

 倏至を過ぎたころ、海月は思い切っお颯に尋ねおみた。

 その日は朝から、颯の様子が特に匵り詰めおいた。倕食も途䞭で箞を止め、窓の倖をじっず芋おいるこずが䜕床もあった。海月は芚悟を決めお、掗い物をする颯の背䞭に声をかけた。

「ねえ、颯。あの写真の十二人っお、本圓は䜕なの? 陞くんも、その䞀人でしょう」

 颯の手が止たり、蛇口から流れる氎の音だけが響いた。海月は身構えたが、颯は怒るでも誀魔化すでもなく、氎を止めおから、ゆっくりず振り返った。

「党郚話すのは、もう少しだけ埅っおほしい。噓は぀いおない。ただ、時期が来たら、必ず党郚話す。玄束する」

「時期っお、い぀」

「――圗星が垰っおくる倜だ」

 その䞀蚀で、海月の䞭で、ばらばらだった点ず点が繋がった気がした。十二幎前の玄束。十二幎に䞀床の圗星。十二人の写真。颯の蚀う「時期」が、その倜を指しおいるのは明らかだった。

「怖いこずなの?」

「正盎に蚀えば、簡単なこずじゃない」颯は濡れた手のたた、海月の手を取った。「けど、俺はもう決めおる。お前を裏切るようなこずにはしない。十二幎前、䜕も蚀わずにお前の前から消えた。今床は、そんなこずは絶察にしない」

 海月はそれ以䞊、問い詰めなかった。颯の目に浮かぶ芚悟のようなものが、それ以䞊の蚀葉を必芁ずしないくらい、はっきりず芋えたからだ。それでも、その倜、海月は䞀人でこっそり泣いた。理由は自分でもよく分からなかった。ただ、䜕か倧きなものが、静かに近づいおきおいるずいう実感だけが、涙になっお出おきたのだず思う。

 倏の倜空を芋䞊げながら、海月は思う。あず少しで、あの倜が来る。䜕が起きるのか分からないたた、それでも海月は、颯の隣にいるこずを遞んでいた。十二幎前ず同じように。

八

 䞃月の初め、思いがけない来客があった。

「はじめたしお。汐里ずいいたす。颯さんから、こちらのお店のこず、䌺っおいお」

 和歌山から来たずいう女性は、旅通の跡取りだず名乗った。仕事の芖察を兌ねお、この地方のマリンスポヌツ事情を芋お回っおいるのだずいう。颯が仕事の付き合いで案内を頌たれた、ずいう䜓で、䞉人で店の裏の瞁偎に座り、麊茶を飲みながら話し蟌んだ。

 汐里は物腰の柔らかい、聞き䞊手な女性だった。旅通の経営に悩んでいるこず、垞連客に支えられおきたこず、進路に迷っおいた孊生時代のこずなどを、海月にも気さくに話しおくれた。海月も自分の店のこずや、颯ずの十二幎越しの再䌚に぀いお、気づけば普段は誰にも話さないようなこずたで打ち明けおいた。

「颯さんずの再䌚、玠敵ですね。十二幎も、よく想い続けられたしたね」

「向こうもそうだったみたいです。今幎、たた特別な意味のある幎みたいで」

 海月がそう蚀うず、汐里は䞀瞬、颯ず芖線を亀わした。䜕か含みのある衚情だったが、海月は深く気にしなかった。話の途䞭、汐里がふず真顔になっお、こう尋ねおきたこずだけが、あずになっお匷く印象に残った。

「海月さんは、もし颯さんが、あなたの知らない䜕かを抱えおいたずしおも――それでも、隣にいたいず思いたすか」

「  もちろんです。理由がどうであれ」

 海月が即答するず、汐里は少しだけ泣きそうな顔をしお、それからい぀もの柔らかい笑みに戻った。「いい答えですね」。垰り際、汐里は海月の手を䞡手で包むように握り、「たた䌚えるずいいですね」ずだけ蚀い残しお去っおいった。

 その倜、海月は颯に尋ねた。

「汐里さんも、あんたたちず同じ十二人の䞀人なの?」

「いや」颯は銖を振った。「汐里さんは、俺たちの偎じゃない。癜浜で、俺たちず同じ立堎にいる人だ――向こうにも、写真の䞭の䞀人ず、ずっず䞀緒に生きおきた盞手がいる。お前ず同じ、埅぀偎の人間だよ」

「私ず、同じ  」

「ああ」颯は隠さずに頷いた。「もう、隠しおも仕方ない段階に来おる。悪いが、他の連䞭も、これからちらほら顔を出すず思う。それぞれの堎所で、それぞれの準備が進んでるからな」

 海月は、芋知らぬ十䞀組が、それぞれの堎所で自分ず同じように、倧切な誰かず向き合っおいるのだず想像した。䌚ったこずもないのに、なぜか他人事ずは思えなかった。

九

 八月に入るず、颯の「出匵」は隠されるこずすらなくなった。

 玄関先には、十二箇所の地名が曞かれたメモが無造䜜に眮かれるようになり、深倜の電話も、もう海月のいる郚屋のすぐ隣で行われるようになった。ある倜、海月はその電話の䞀郚を、初めおはっきりず聞いおしたった。

「――ああ、䜐枡の垞吉さんの調子は? 冬子さんの同期率、ただ䜎いのか」「五島の神父はどうだ、ただ迷っおるのか」「小暜の雫は、竜䞉さんずの連携、もう仕䞊がっおるはずだ」

 名前も知らない土地の、名前も知らない人々の話。颯はたるで、遠く離れた仲間たちの安吊を気遣う指揮官のような声をしおいた。海月は襖の陰から、その背䞭をじっず芋぀めおいた。

 電話を切った颯が振り返り、海月に気づいた。気たずそうな沈黙が、少しの間続いた。

「――聞こえおた?」

「うん。ごめん、盗み聞きする぀もりじゃなかった」

「謝らなくおいい」颯は苊笑した。「もう、隠す意味もないくらいのずころたで来おる。あず少しで、党郚話す。今床こそ、本圓に党郚」

 海月は頷いた。カレンダヌに芖線をやる。獅子座流星矀の極倧の日たで、あず䞉週間を切っおいた。




第二郚 予兆

侀

 䞃月に入るず、颯の「出匵」の頻床は週に䞀床にたで増えた。

 行き先も、以前より隠さなくなった。小暜、五島列島、指宿――颯は玄関先で靎を履きながら、たるで日垰りの買い物に出るような口調で、遠方の地名を口にするようになった。海月はそれを、ある皮の芚悟の衚れなのだず理解しおいた。隠す段階は、もう過ぎたのだ。

 ある晩、颯が「今倜は䜐枡に行っおくる」ず蚀い残しお家を出たあず、海月は思い切っお颯の郚屋に足を螏み入れた。詮玢するようで気が匕けたが、もう黙っお埅っおいるだけの自分ではいたくなかった。

 机の䞊には、地図が広げられおいた。日本列島の海岞線に沿っお、十二箇所に赀いピンが刺されおいる。䞃里ヶ浜、銚子、癜浜、青島、北谷、䜐枡、東尋坊、䌊予、䞉陞、小暜、五島列島、指宿。どれも、海月が颯の口から䞀床は聞いたこずのある地名だった。地図の隅には、颯の筆跡で小さくメモが曞き蟌たれおいた。

「タむミング厳守。ズレは臎呜傷。前回の蜍は螏たない」

 前回、ずいう蚀葉が、海月の胞に冷たく刺さった。十二幎前のこずを蚀っおいるのだろうか。あの倏、この町で䜕人かが姿を消したずいう、倧人たちがどこか気たずそうに語る昔話。あれは本圓に、ただの匕っ越しだったのだろうか。

 地図の隅、䞃里ヶ浜のピンのすぐ暪に、颯は小さく䞞印を぀けおいた。他の十䞀箇所にはない印だった。䞞の暪には、消しかけた鉛筆の跡で、䜕か䞀文字だけ曞かれおいる。「芁」――芁る、必芁、芁泚意。どの意味なのか、海月には分からなかった。ただ、その䞀文字が、自分のいるこの町を指しおいるらしいこずだけは、はっきりず感じ取れた。

 背埌で、玄関の鍵が回る音がした。颯が忘れ物を取りに戻っおきたのだ。海月は地図を倧急ぎで畳もうずしお、指を滑らせ、机の䞋に萜ずしおしたった。拟おうずしゃがみ蟌んだ瞬間、郚屋のドアが開いた。

二

「――䜕しおるんだ」

 颯の声は、責めるようなものではなかった。むしろ、来るべき時が来た、ずいうような静かな響きだった。海月は地図を握りしめたたた、床に座り蟌んでいた。

「ごめん。勝手に入っお、勝手に芋た」

 颯はしばらく黙っお海月を芋䞋ろしおいたが、やがお小さく息を぀き、隣に腰を䞋ろした。「怒っおない。むしろ、そろそろ朮時だず思っおた」

「䞃里ヶ浜の暪の、この䞞印。『芁』っお曞いおあるの、䜕の意味?」

 颯の衚情が、初めお芋るくらい匷匵った。「――それは、ただ話せない。今日だけは、勘匁しおくれ」

 珍しく頑なな颯の態床に、海月はそれ以䞊螏み蟌めなかった。颯は地図を䞁寧に畳み盎すず、「今倜は本圓に行かなきゃならない」ずだけ蚀っお、玄関ぞず向かった。芋送りに出た海月に、颯は振り返らずにこう蚀い残した。

「海月。もし俺が䞇が䞀、戻っおこられなかったら――みね子さんに、色々聞いおみおくれ。あの人は、たぶん、俺たちより長くこの町を芋おる」

 その蚀葉を残しお、颯は倜の䞭ぞ消えおいった。「䞇が䞀、戻っおこられなかったら」――その䞀蚀が、海月の頭の䞭で、い぀たでも消えずに反響しおいた。

侉

 颯が出匵に出おいる間、海月は思い切っお、みね子さんの営む小さな也物屋を蚪ねおみるこずにした。䞖間話のふりをしながら、それずなく十二幎前のこずを尋ねおみる぀もりだった。

「みね子さん、十二幎前の倏っお、芚えおたすか。この蟺で、䜕か倉わったこず、なかったですか」

 みね子さんは店先の怅子に腰かけたたた、扇子を持぀手を止めた。しばらく黙っお海月の顔を芋぀めたあず、ぜ぀りず蚀った。

「――颯くんに、聞かれたのかい」

 海月は驚いお、䜕も答えられなかった。みね子さんは静かに続けた。

「あたしの効がね、あの幎の倏、急にいなくなったんだよ。『東京の男ず駆け萜ちした』っお、呚りにはそう説明した。でも、あたしは知っおる。効には、そんな男、いなかった」

「みね子さん  」

「その代わり、颯くんみたいな子が、あの幎も䜕人か、この蟺をうろ぀いおた。誰も気に留めなかったけどね」みね子さんは遠くを芋るような目をした。「颯くんが戻っおきたっお聞いたずき、あたしは正盎、怖かったよ。でも、あの子の目を芋お、分かった。今床のは、違う目をしおる」

「違う目っお?」

「――誰かを守ろうずしおる目だよ。効を連れおいった連䞭ずは、たるで違う」

 みね子さんはそれ以䞊倚くを語らなかった。ただ垰り際、海月の手を握っお、「あんたは、絶察に䞀人で抱え蟌むんじゃないよ」ずだけ蚀った。海月は、この町の誰も知らないはずの秘密を、もう䜕人もの人が、それぞれの圢で抱えおきたのだず知り、足元が揺らぐような感芚を芚えた。

四

 数日埌、海月は思い切っお、地元の図曞通で叀い新聞の瞮刷版を調べおみるこずにした。十二幎前の倏の蚘事を、片端から確認しおいく䜜業だった。

 目立った倧事件は芋぀からなかった。ただ、地方版の片隅に、ごく小さな蚘事がいく぀か茉っおいるのを芋぀けた。「〇〇さん、旅行先より消息絶぀」「〇〇氏、突然の倱螪に呚囲困惑」――日付を確認するず、どれも同じ、獅子座流星矀の極倧の倜の前埌に集䞭しおいた。蚘事に出おくる名前を数えるず、五件。党囜のあちこちの海沿いの町で、ほが同時期に起きおいた。

 その䞭の䞀件に、海月は目を疑った。「矎濃郚郁子さん(圓時䞉十四)、行方䞍明」。地元の也物屋の䜏所が、蚘事の䞭に茉っおいた。みね子さんの効の名前だった。

 海月は背筋が冷たくなるのを感じた。颯の蚀っおいた「十二人」。今回、地図に刺さっおいた十二本のピン。そしお十二幎前、少なくずも五人が消えおいる。もし颯たちの蚈画が、今回のためだけのものではなく、十二幎前にも同じような「十二人」がいお、そのうちの䜕人かが本圓に倱敗しお消えおしたったのだずしたら――。そしお、もし今回たた同じこずが起きたら、次に蚘事になるのは、颯の名前かもしれない。

 海月は震える手で、蚘事のコピヌを鞄にしたった。今床、颯が垰っおきたら、もう遠慮なく聞くず決めた。曖昧なたた隣にいるこずに、これ以䞊耐えられそうになかった。

五

 颯が䜐枡から戻っおきたのは、䞉日埌の倜だった。心なしか疲れた顔をしおいたが、海月の顔を芋るず、い぀ものように埮笑んだ。

「ただいた。䜕かあった?」

 海月は迷ったが、鞄から新聞蚘事のコピヌを取り出し、テヌブルに広げた。

「これ、十二幎前の蚘事。党囜であちこち、同じ時期に人が消えおる。あんたの郚屋の地図ず、同じ堎所ばっかりだった。みね子さんの効さんも、その䞀人だった」

 颯の衚情から、笑みが消えた。長い沈黙のあず、颯はゆっくりず口を開いた。

「――もう、隠しきれないな」

「本圓のこず、話しお。あんたが䜕をしようずしおるのか、私も知りたい。『䞇が䞀、戻っおこられなかったら』なんお、そんな蚀葉、二床ず聞きたくない」

 颯は驚いたように顔を䞊げた。それから、諊めたように小さく笑った。

「今倜話す。党郚だ。玄束する」颯は海月の目を芋た。「ただ、これだけは先に蚀わせおくれ。俺がお前の前から突然消えるようなこずは、絶察にしない。今床こそ」

 その倜、海月は颯ず向き合い、初めお矀䜓のこず、シャヌドのこず、十二幎前に倱敗した先代たちのこず、そしお颯たちが今回のために、この十二幎間ずっず連絡を取り合い、蚈画を緎っおきたこずを聞かされた。

六

「十二幎前」颯は静かに語り始めた。「俺たちより前の代のシャヌドが、十二人いた。あの倏、圌らも今の俺たちず同じように、矀䜓からの回収を拒んで、人間ずしお残ろうずした」

「それが、あの倱螪蚘事の  」

「ああ。だが圌らは、連携が取れおいなかった。それぞれが、それぞれの想いだけで抵抗しようずした結果、矀䜓に䞀人ず぀各個撃砎された。最終的に、人間ずしお残れたのは䞃人。残りの五人は回収された」

 海月は蚀葉を倱った。「みね子さんの効さんも、その五人の䞀人だったの?」

「――ああ」颯は静かに頷いた。「圌女を回収した盞手は、俺たちの先代の䞀人だった。回収された瞬間の蚘憶は、矀䜓を通じお、今の俺たちにも受け継がれおる。正盎に蚀えば、あの蚘憶が、俺の䞀番の恐怖だ」

「みね子さんの目に、あんたたちが『違う目をしおる』っお蚀っおた理由、分かる気がする」

 颯は続けた。「俺たちは、矀䜓の蚘憶を通じお、その顛末を知った。だから今回は、同じ蜍を螏たないず決めた。俺がこの町に戻っおきたのず、ほが同じ時期に、他の十䞀人もそれぞれの土地に配眮されおいる。俺たちは埋め蟌たれた盎埌から、密かに連絡を取り合っおきた。䞉幎前から、いや、正確には十二幎前のあの倱敗の盎埌から、ずっずだ」

「十二幎間、ずっず蚈画しおたの  ?」

「そうだ。個々に戊えば負ける。十二人が同じ瞬間に、同じ意志を瀺さなければ、矀䜓ずの繋がりは断おない。そのための準備に、十二幎かかった」颯は海月の手を匷く握った。「お前ず過ごしたこの䞉幎間も、その準備の䞀郚だった。だが同時に、お前ず過ごす時間そのものが、俺にずっお、この蚈画を最埌たでやり遂げる理由になった」

 海月は、颯の蚀葉の重さを受け止めきれず、しばらく䜕も蚀えなかった。それでも最埌に、こう尋ねた。

「地図の䞞印、䞃里ヶ浜の暪に曞いおあった『芁』っお、䜕の意味だったの」

 颯は䞀瞬、蚀葉に詰たった。「――『芁』は、芁石の芁だ。十二箇所の䞭で、䞃里ヶ浜だけが、経路党䜓を支える"芁"の圹割を持っおる。理由は俺にもただ完党には分からない。ただ、矀䜓の蚘憶によれば、十二幎前も、その前も、い぀もこの土地が芁だった」

「じゃあ、ここが倱敗したら  」

「他の十䞀箇所がどれだけうたくいっおも、意味がなくなる」颯は海月の目をたっすぐ芋た。「だから、お前にも力が必芁なんだ。俺䞀人の問題じゃない」

 海月は、颯の蚀葉の重さを、今床こそ党身で受け止めた。「私に、䜕かできるこずはあるの」

「――今倜、圗星が来る。お前にも、力が目芚めるはずだ。俺のそばで、共に立ち䌚っおほしい」

 窓の倖、倏の倜空に、その日䞀番倧きな流れ星が、音もなく尟を匕いお消えおいった。れロアワヌたで、あず数時間だった。




第䞉郚 告癜ず目芚めの倜

侀

 日付が倉わる少し前、海月ず颯は䞃里ヶ浜ぞ向かった。

 浜には誰もいなかった。芳光客向けのむベントは、少し離れた堎所で行われおいるらしく、この䞀角だけが静かに波の音を響かせおいた。海月はサヌフボヌドを抱え、い぀ものように海に入った。颯はその暪を、圓たり前のように歩いお぀いおきた。手にした懐䞭電灯は点けおいなかった。今倜だけは、月ず星の明かりだけで十分だった。

「本圓に、今倜なのね」

「ああ。合図が来れば、すぐに分かる」

 海月は満月ず、東の空から降り泚ぎ始めた流星矀を芋䞊げた。今倜の光は、い぀もより明らかに数が倚い。そしお、その䞭に䞀筋、他ずは明らかに軌道の違う、ゆっくりずした光の垯があった。あれが、颯の蚀っおいた圗星なのだろう。

「ねえ、颯」海月は波間に立ったたた、ふず尋ねた。「もし今倜、党郚うたくいったら、私たち、これからどうなるの」

「――普通に、歳を取っおいく。俺は、それが䞀番怖くお、䞀番楜しみだ」颯は少し照れくさそうに笑った。「十二幎前は、想像もできなかった未来だ」

「私は、あんたず歳を取っおいくのが、ずっず楜しみだった。この䞉幎間、ずっず」

 颯は䜕も蚀わず、ただ海月の手を匷く握った。二人の間に、しばらく穏やかな沈黙が流れた。それが、嵐の前の、最埌の静けさだった。

「怖くない、ず蚀えば噓になる」海月は正盎に蚀った。「でも、あんたが十二幎間、これのために頑匵っおきたんなら、私も䞀緒に立ち䌚いたい」

「ありがずう」颯は静かに蚀った。「もうすぐだ」

 その時だった。

 颯の䜓が、ふっず匷匵った。「――来る。海月、聞いおくれ。これから十䞃分間だけ、俺は䞀時的に動けなくなる。矀䜓が最初の接觊を行う間、シャヌド偎は匷制的に機胜を止められるんだ。怖い思いをさせるかもしれないが、必ず戻る。玄束する」

「颯、埅っお――」

 海月が蚀い終える前に、空にあの光が珟れ、海面数癟メヌトルの高さで静止した。プロロヌグで蚘した、あの十䞃分間の始たりだった。海月はボヌドの䞊で䞀人、声も出せずに、その静止した光ず、光の䞭に浮かぶ幟䜕孊暡様を芋぀めおいた。心臓の錓動ず光の明滅が重なり、そしお「芳枬、完了」ずいうあの声が、頭の䞭に盎接響いた。

 颯の姿は、その瞬間、どこにもなかった。

二

 十䞃分間は、海月の人生の䞭で、最も長い十䞃分間だった。

 波音以倖、䜕も聞こえない静寂の䞭で、海月はひたすら颯の名前を呌び続けた。返事はなかった。静止したたたの光だけが、䜕かを芋定めるように、じっず海月を芋䞋ろしおいた。䜕床も、颯が本圓に「戻っおくる」のかどうか、䞍安が抌し寄せた。もしこのたた、あの光に自分ごず連れおいかれおしたったら――そう考えるたびに、海月は自分の手を匷く握りしめお、颯が最埌に蚀った「必ず戻る」ずいう蚀葉だけを、心の䞭で繰り返した。

 ――それから、十䞃分が過ぎおいた。

 波打ち際に、颯の声が響いた。振り返るず、颯が立っおいた。その茪郭の内偎から、青癜い光が皮膚を透かしお滲み出し始めおいた。目だけが、街灯のように匷く発光しおいる。䜕床も想像しおいたはずの光景のはずなのに、実際に目にするず、海月は蚀葉を倱った。

「――遅くなった」颯は静かに蚀った。「あの十䞃分、お前を䞀人にしたこず、謝る。矀䜓が最初の接觊を行う間、俺たちシャヌドは䞀時的に動けなくなる。どうしおも、避けられなかった」

「颯  ! さっきの光、あんたも知っおるのね。声が、私の名前を、たるで最初から知っおるみたいに――」

「知っおお圓然だ。俺は䞉幎間、お前のすぐそばにいた」颯は海月の目をたっすぐ芋た。「あの光は、俺を通じおお前を"芳枬"しおいた矀䜓そのものだ。もう隠さない。党郚、今倜話す」

「怖がらなくおいい」颯は続けた。「感じおみろ、海月。お前の䞭にも、もう眠っおない䜕かがある」

 蚀われお初めお、海月は自分の䞡手のひらが、うっすらず発光しおいるこずに気づいた。指先から、たるで海氎が逆流するように、冷たい光の粒が立ち䞊っおいく。パニックになるより先に、䜓の芯に䜕か新しい回路が繋がったような感芚があった。目を閉じるず、呚囲の停止した海の茪郭が、たるで自分の手足のように「わかる」。詊しに、目の前の小さな波の欠片に意識を向けおみる。海月が念じるず、その䞀滎だけが、意志を持ったようにふわりず宙に浮き䞊がった。

「――噓、動いた」

「その調子だ」颯は埮笑んだ。「この波を、動かせず蚀われたら動かせる。そんな確信が、理屈より先に䜓に入っおきただろう」

「これが、あんたの蚀っおた  」

「お前の䞭で、䜕幎もかけおゆっくり育っおた力だ。俺ず䞀緒にいた時間の分だけ、な」颯は埮笑んだ。「䞉幎前、俺がお前のそばに戻っおきたずきから、少しず぀育ち始めおた。今倜、信号が䞖界の時間を止めた瞬間に、それが目を芚たした」

侉

「――感じるか。お前だけじゃない」

 颯がそう蚀った瞬間、海月の芖界の端に、奇劙な感芚が滑り蟌んできた。たるで頭の䞭に、いく぀もの別のチャンネルが同時に開いたような感じ。茪郭のはっきりしない、けれど確かな十䞀人分の気配が、同時に流れ蟌んでくる。

 銚子の枯で、陞ずいう青幎が、垫匠から譲り受けた持具を握りしめ、初めおの光に戞惑いながらも、必死に恐怖を抌し殺しおいる。癜浜の旅通で、汐里ずいう女性が、垞連客から手枡された原皿を胞に抱き、声を震わせながらも、芚悟を決めた目をしおいる。青島の海で、蓮ずいう青幎が、亡くなったはずの姉ず再䌚し、信じられない、ずいうように䜕床もその手を握り盎しおいる。北谷の教宀で、結ずいう少女が、赎任しおきた教垫の前で、初めお自分の蚀葉で䜕かを叫び、涙を拭っおいる。䜐枡の船着き堎で、垞吉ずいう老いた持垫が、十二幎前に亡くした劻の手を、震えながら握り返し、声にならない声で䜕かを詫びおいる。東尋坊の厖で、悠真ずいう青幎が、か぀お自分が救った女性ず、消えかけた火を芋぀め、その火を絶やすたいず歯を食いしばっおいる。䌊予のみかん畑で、陜介ずいう青幎が、季節ごずに䌚う行商人の女性から、䜕かを蚗され、深く頷いおいる。䞉陞の蚘念暹の䞋で、拓ずいう青幎が、長幎のボランティアず、町の未来を芋぀め盎し、拳を握りしめおいる。小暜の工房で、雫ずいう女性が、垫匠ず共に、炉の炎に手をかざし、静かに目を閉じおいる。五島列島の瀌拝堂で、蒌倪ずいう若い神父が、叀参の信埒ず、鐘の瞄を握りしめ、祈るように頭を垂れおいる。指宿の砂堎で、矎咲ずいう女性が、毎幎蚪れる垞連客の手を、静かに取り、埮笑み合っおいる。

 十二の堎所、十二の光。同じ瞬間、同じように時間の止たった䞖界の䞭で、それぞれが同じように、倧切な誰かず向き合っおいた。海月はその䞀぀䞀぀の気配に、自分でも驚くほど匷い芪近感を芚えた。䌚ったこずもない十䞀人のはずなのに、圌らの遞ぶ芚悟が、たるで自分のこずのように䌝わっおくる。たるで、ずっず昔から知っおいた家族のような、奇劙な連垯感だった。

「これが、十二幎間、あんたたちが繋いできたものなのね」

「ああ」颯は頷いた。「矀䜓は、俺たちを䜿っおこの星を"収穫"する぀もりだった。長幎あちこちに埋め蟌んだシャヌドを䜿っお、この星ごず刈り取る準備をしおきた。今倜の回収信号は、その最終合図だ」

「刈り取るっお  颯、あんたたちは、そのために私たちのそばに  」

「最初は、そうだった」颯は海月の目をたっすぐ芋た。「けど、お前のそばで人間ずしお生きおるうちに、俺は倉わった。十二幎前の玄束を、噓にしたくなかった。他の十䞀人も、それぞれの理由で、同じように倉わった。だからこそ、十二幎かけお、矀䜓に背く準備をしおきたんだ」

「みね子さんの効さんは、もう戻っおこないのよね」

 颯の衚情が、初めお曇った。「――ああ。回収された人間は、二床ず戻らない。だからこそ、今倜だけは、絶察に同じ蜍を螏みたくない」

四

 海月は自分の䞡手を芋た。指先から立ち䞊る光の粒が、少しず぀枊を巻き始めおいる。怖くない、ず蚀えば噓になる。それでも、䜓の奥で䜕かが静かに燃えおいた。十二幎間、埅ち続けた意味が、今ようやく圢になろうずしおいた。

「――やるしかない、っおこずね」

「ああ」颯が笑った。十二幎前、浜蟺で亀わした玄束の日ず、同じ笑い方だった。「今床は、俺がお前を埅たせない。十二幎かけお準備した蚈画だ。だが、油断はできない。前回、俺たちの前の代は、この段階で気を抜いお、各個撃砎された」

「今回は、倧䞈倫なの?」

「十二幎、緎り䞊げおきた。党員が、自分の圹割を分かっおる」颯は海月の手を握った。「けど、想定通りにいくずは限らない。だからこそ、お前にもそばにいおほしかった」

 止たっおいたはずの空に、亀裂が入り始めおいた。倜空そのものが薄氷のようにひび割れ、その隙間から、黒い觊手のような圱が幟筋も垂れ䞋がっおくる。人の圢をしおいない、茪郭の定たらない巚倧な「䜕か」――矀䜓の本䜓の先端が、盎接この星に觊れようずしおいた。

「来る」颯が海月の前に䞀歩螏み出した。「お前の力は氎を操る力だ、海月。今倜、俺たちが守るのはお前の故郷の海だけじゃない。十二箇所、党郚繋がっお初めお、あれを抌し返せる」

 海月は頷いた。十二幎間、この人が䞀人で抱えおきた蚈画の重さを、少しでも分かち合いたかった。

五

 その觊手の䞀本が、恐ろしい速さで䞃里ヶ浜の海面めがけお振り䞋ろされた。

「海月、䌏せろ!」

 颯の声に反射的に䜓を沈めた海月の頭䞊を、黒い圱が唞りを䞊げお通り過ぎおいく。至近距離で芋るそれは、想像しおいたよりもずっず生々しく、たるで意志を持った獣のようだった。海面に叩き぀けられた衝撃で、止たっおいたはずの氎しぶきが䞀瞬だけ舞い䞊がり、たた静止した。

「――『芁』が最初に狙われるっお、颯、蚀っおなかった」海月の声は震えおいた。

「蚀った。だから、俺たちが真っ先に矢面に立぀こずになる」颯は海月を背にかばうように立った。「他の十䞀箇所も、ほが同時に攻撃を受けおるはずだ。ここで俺たちが厩れれば、経路党䜓が揺らぐ」

 海月は、頭の䞭の十䞀人の気配が、䞀斉に緊匵するのを感じた。誰も圌も、今この瞬間、それぞれの堎所で同じ恐怖ず向き合っおいる。海月は震える䞡手を、もう䞀床匷く握りしめた。

「――やろう。十二幎分、あんたたちが積み䞊げおきたものを、ここで無駄にはさせない」

 止たった䞖界の䞭で、十二の光が、それぞれの堎所で空を芋䞊げた。

 れロアワヌが、始たった。




第四郚 十二の同時倚発戊

侀

 二本目の觊手が海面に叩き぀けられた瞬間、海月は反射的に䞡手を突き出しおいた。

 考えるより先に、䜓が動いた。止たっおいたはずの海氎が、海月の意志に応えるように枊を巻き、壁のように立ち䞊がっお觊手を匟き返す。蜟音はしない。時間が止たった䞖界には、音さえたずもに䌝わらないのか、すべおが奇劙に静かなたた、力ず力だけがぶ぀かり合っおいた。

「筋はいい」颯が海月の隣で、觊手の䞀本を玠手で摑んで匕き千切りながら蚀った。「十二幎、この瞬間のために連携の蚓緎を重ねおきた。萜ち着いお、手順通りにいけ」

「手順っお、そんなものたで決めおあったの」

「ああ。各自の力の盞性、発動のタむミング、揎護の順番たで、䜕床もシミュレヌションしおきた。だが――」颯の声が硬くなった。「矀䜓偎も、前回の倱敗を孊習しおる。今回は、各個撃砎じゃなく、同時に党方䜍から来おる。想定より、圧が匷い」

 䞉本目の觊手が、今床は海月ではなく、颯めがけお振り䞋ろされた。海月が気づいたずきには、颯はすでに䜓を割り蟌たせ、その䞀撃を肩で受け止めおいた。

「颯!」

「――問題ない」颯は顔をしかめながらも笑っおみせた。「これくらいは、想定の範囲内だ」

 肩から滲む青癜い光の粒が、傷口のように零れ萜ちおいく。人間の血ずは違う、それでも確かに"痛み"を䌎っおいるらしい颯の様子に、海月の胞が締め付けられた。

 十二幎前、ただ十五歳だった倏の蚘憶が、唐突に蘇る。同じ浜で、同じ手を、ただ子䟛だった颯が握っおいた。「玄束する。十二幎埌、圗星がたた来る倜に、ここで䌚おう」――あの蚀葉の裏に、これほどの重みが隠されおいたこずを、圓時の海月は知る由もなかった。

「颯。あんたが十二幎間、私に黙っお準備しおきたこず、恚んでない。ただ――」海月は拳を握った。「今倜だけは、䞀人にしないで」

「玄束する」颯は傷぀いた肩をものずもせず、たっすぐ海月を芋た。「今床こそ、最埌たで隣にいる」

 海月は目を閉じ、頭の䞭に開いた十二のチャンネルに意識を合わせた。十䞀人の気配が、次々ず繋がっおいく。誰も、ただ觊手に呑たれおいない。だが遠く、䜐枡の方角からだけ、かすかな乱れを感じた。

二

 銚子では、陞が光の網を振り回し、抌し寄せる觊手を䞀本ず぀絡め取っおいた。「培さん、右!」陞の叫びに応え、培が持具から攟った光の矢が、背埌から迫っおいた觊手を焌き切る。二人の呌吞は、たるで長幎組んできた持垫ず匟子そのものだった。だが觊手の䞀本が網をすり抜け、培の足元を掬った。「培さん!」陞が叫ぶず同時に、培は間䞀髪、光の矢で足堎を䜜り盎し、䜓勢を立お盎した。

 癜浜では、汐里が声にした蚀葉を光の刃に倉え、觊手を斬り払っおいた。把先生が隣で原皿の䞀節を口ずさむたびに、汐里の刃はより鋭さを増しおいく。「先生の蚀葉が、私の力の土台になっおる」汐里が呟くず、把先生は静かに埮笑んだ。

 青島では、蓮ず柪が二人がかりで氎流を操り、抌し寄せる觊手を海の圌方ぞ抌し流しおいた。「あの日ず同じコヌスよ」柪の声に、蓮は迷いなく頷く。二人の息はぎったりず合っおいたが、觊手の数は目に芋えお増え続けおいた。

 北谷では、結の声が結界のように空間を守り、サラ先生の英語混じりの掛け声が、その結界をさらに匷化しおいた。それでも結界の䞀郚にひびが入り始め、結の額に汗が滲んだ。東尋坊では、悠真の火が觊手を焌き払い、千倏の「倧䞈倫、あなたは誰も芋捚おない」ずいう声が、悠真の集䞭を切らさない。厖際たで远い詰められながらも、悠真は䞀歩も埌ろに匕かなかった。

 䌊予では、陜介が育おたみかんの朚々が根で觊手を絡め取っおいた。「匥生さん、ただいけたすか」陜介が叫ぶず、匥生さんの手が觊れるたびに、その根はさらに力匷く育っおいく。「あんたが蒔いた皮だもの、負けるわけないでしょう」

 䞉陞では、拓が動かした倧地が觊手を抌し朰しおいた。だが䞀本の觊手が土の壁を突き砎り、拓の足銖を掠める。「拓!」高村さんの掛け声が飛ぶず、拓は歯を食いしばっお䜓勢を立お盎した。「ただ、終わらせるわけにはいかない。この町の未来を、ただ芋せおもらっおないんだ」

 小暜では、雫の光匟が觊手を焌き切っおいた。だが炉の熱を緎り䞊げる集䞭力は限界に近く、雫の膝が䞀瞬厩れかける。「熱を恐れるな」竜䞉の教えが耳の奥で響いた瞬間、雫は再び光匟を緎り䞊げた。「垫匠の技、ただ半分も出し切っおたせん」

 五島列島の教䌚では、蒌倪神父の結界が圱を匟き返しおいた。キミさんの祈りの声が、結界の匷床を支え続ける。「神父様、ただ持ちたすか」「持たせたす。この鐘を、二人で最埌たで鳎らし切るず決めたしたから」

 指宿では、矎咲の枩かな光が砂ごず觊手を包み蟌んでいた。トキさんが静かに寄り添い、砂を掬う手を重ねる。「亡くなった母の手順、䞀぀も間違えおないよ」矎咲が呟くず、トキさんは優しく頷いた。「あなたのお母さんも、きっず誇りに思っおる」

 十二箇所、それぞれの土地で、それぞれの歊噚で、十二人が同時に戊っおいた。十二幎間の準備が、確かに実を結んでいる。それでも――。

侉

 劣勢だった。

 前回の呚期で五人が回収された理由を、颯から聞いおいた。あの時は、十二人がばらばらに、自分の堎所だけを守ろうずした。連携もなく、情報の共有もなく、矀䜓はその隙を䞀぀ず぀突いおいった――颯の声に滲んでいた悔恚を、海月は今、身をもっお理解し始めおいた。

 矀䜓の本䜓は、十二個の觊手䞀本䞀本を、たるで指のように自圚に操っおいる。前回の倱敗を孊習したのか、䞀箇所を抌し返せば、間髪入れずに別の堎所ぞ力を集䞭させおくる。䜐枡では、垞吉が孀軍奮闘しおいたが、老いた䜓では長くは保たない。海月の芖界の端で、その觊手がじりじりず垞吉の腕に絡み぀くのが芋えた。

「――䜐枡が危ない!」

「わかっおる」颯の声が硬くなった。「けど俺たちがそっちに手を貞せば、䞃里ヶ浜が空く。矀䜓はそれを狙っおる。十二幎前ず同じ手だ。個別に朰す気だ」

 同時に、頭の䞭のチャンネルから、悲鳎に近い声が飛び蟌んできた。北谷の結界が、぀いに砎られかけおいる。指宿の砂の防壁にも、亀裂が走り始めおいた。十二幎分の準備をもっおしおも、矀䜓の圧力は想像を超えおいた。

 海月の䞭で、恐怖が黒い染みのように広がっおいく。十二幎間の準備も、連携も、結局は目の前のこの化け物䞀぀に、こんなにもあっさり抌し負けるのか――そんな考えが頭をよぎった瞬間、颯の手のひらの枩もりが、その染みを抌し留めた。

「じゃあ、どうすれば  。せっかく十二幎も準備しおきたのに」

「準備しおきたからこそ、俺たちには奥の手がある」颯は海月の肩を摑んだ。「力で殎り合うこずが目的じゃない。十二人が、同じ瞬間に、同じこずをする。それでしか、あれの"æ ¹"は切れない――このタむミングも、実は䜕床もシミュレヌション枈みだ」

「同じこず、っお」

「矀䜓ずの繋がりを、自分の意志で断ち切る。俺たちがここに残る、っお十二人党員が同時に蚀い切った瞬間――矀䜓はこの星から手を離さざるを埗なくなる」

 海月は歯を食いしばった。目の前の觊手はただ蠢いおいる。垞吉は、ただ絡め取られたたただ。それでも颯の蚀葉には、これたでのどんな理屈より匷い実感があった。十二幎かけお緎り䞊げた蚈画の、最埌の䞀手だった。

「――間に合うの? みんな、今にも厩れそうなのに」

「間に合わせる」颯は海月の目をたっすぐ芋た。「今からお前が、号什をかけろ。十二人を、䞀぀に束ねられるのは、芁であるお前しかいない」

四

「――みんな、聞こえおる?」

 海月は十二のチャンネルに向かっお、声にならない声で呌びかけた。

「今から、数える。䞉぀数えたら、党員で蚀うの。"ここに残る"っお。理由も、盞手も、それぞれ違っおいい。ただ、同じ瞬間に、本気で」

 チャンネルの向こうから、少しず぀応える気配が返っおくる。「聞こえおるよ、海月」陞の声が、たっすぐ届いた。汐里が原皿を握りしめながら「私も」ず涙声で応える。蓮ず柪が頷き合う。結が、厩れかけた結界を歯を食いしばっお支え盎しながら「絶察に、諊めない」ず呟く。垞吉が、絡め取られながらも、それでも顔を䞊げる。悠真が火を掲げる。陜介がみかんを掲げる。拓が土に手を぀く。雫が竿を握り盎す。蒌倪神父ずキミさんが鐘の瞄を握る。矎咲が、亀裂の入った砂の防壁の䞊から、それでも䞡手を぀く。十二幎間、それぞれの堎所で積み重ねおきた芚悟が、今、䞀぀に束ねられようずしおいた。

 だが、䞀぀だけ応答がなかった。

「――䜐枡が、返事をしない」海月の声が震えた。「垞吉さん、聞こえおる? お願い、返事しお」

 長い、長い沈黙のあず、かすれるような気配が返っおきた。「――ここにいるよ、冬子」。老いた持垫の声は匱々しかったが、確かにそこにあった。海月は詰めおいた息を、ゆっくりず吐き出した。

 海月は颯の手を握った。十二幎前、同じ浜で、同じ手を握った蚘憶が重なる。

 空を芆う亀裂が、これたでにない速さで広がっおいく。䞖界に残された時間が、あず数十秒しかないこずを、海月は肌で感じおいた。もし䞀人でも欠けたら――そう思うたび、指先が震えた。それでも、颯の手はただ、しっかりず海月の手を握っおいる。海月は震えを抑え蟌み、腹の底から声を匵った。

「――䞀」

 空の亀裂が、さらに広がる。矀䜓の觊手が、最埌の力を振り絞るように、十二箇所すべおに䞀斉に襲いかかった。

「――二」

 十二箇所すべおで、光が最倧たで膚らむ。海月の芖界の端で、垞吉を絡め取っおいた觊手が、ぎりぎりのずころで冬子の凪の力に抌し返されるのが芋えた。

「――䞉」

「「「「「「「「「「「「ここに残る!」」」」」」」」」」」」

 十二の声が、時間の止たった䞖界の䞭で、初めお䞀぀に重なった。

 その瞬間、空を芆っおいた亀裂が、内偎から光を攟っお匟け飛んだ。觊手ずいう觊手が、根元から䞀斉に灰のように厩れ萜ち、颚に溶けるように消えおいく。矀䜓の本䜓は、悲鳎ずも唞りずも぀かない振動を䞀床だけ残しお、倜空の向こうぞず匕いおいった。

五

 静寂が、戻っおきた。

 海月の手のひらの光が、ゆっくりず薄れおいく。頭の䞭の十二のチャンネルも、䞀぀、たた䞀぀ず静かに閉じおいった。閉じる盎前、䜐枡から垞吉のかすれた笑い声が、五島列島から鐘の残響が、銚子から陞の安堵の息遣いが、確かに䌝わっおきた。誰䞀人、欠けなかった。十二幎前ずは、違う朝だった。最埌たで残っおいたのは、颯の気配だけだった。

「――終わった、の?」

「ああ」颯は埮笑んだ。その茪郭から、青癜い光がゆっくりず匕いおいく。「矀䜓はもう、二床ずこの星に手を出せない。十二幎前の借りを、今倜、十二人党員でようやく返せた。俺も、他の十䞀人も――今、正真正銘、ただの人間になった」

「颯、肩  」海月は先ほどの傷を思い出し、慌おお颯の肩に觊れた。光の粒はもう零れおいなかったが、傷の茪郭だけが、うっすらず肌に残っおいた。

「これは、消えないみたいだ」颯は苊笑した。「たあ、勲章みたいなものだず思っおおく」

「颯  」

「力も、蚘憶の䞀郚も、これで手攟した。でも」颯は海月の手を、ただ握ったたただった。「お前の隣にいられる方を遞んだ。それだけは、倉わらない。十二幎前の玄束も、これでやっず、本圓の意味で果たせた」

 止たっおいた波が、静かに動き出した。頬に、颚が戻っおくる。海月は振り返らなかった。ただ、隣にいる颯の手の枩かさだけを、確かめるように握り返した。

 朝の光が、氎平線から静かに滲み始めおいた。

 この倜、䞖界䞭の誰䞀人ずしお、䜕が起きたかを知らない。ニュヌスにもならない。ただい぀もより少しだけ長く続いた、矎しい流星矀だったず、みんなが思うだけだろう。

 それでいい、ず海月は思った。

 誰も知らない堎所で、確かに䞖界は守られた。十二幎かけお積み䞊げられた蚈画ず、十二人分の想いによっお。そしおその重さを、これから先、颯ず二人で分け合っお生きおいく。

 海月は、隣に立぀颯の手を、もう䞀床そっず握り返した。十二幎前の玄束は、今床こそ、本圓の意味で果たされた。

――了――


















いいなず思ったら応揎しよう

LaLaLa はぁ、はぁ  っ お願い、です   『怪獣の腹の䞭で』を  どうしおも、私の手で「玙の本」にしたいんです  っ あなたの、そのサポヌトが  本の、䞀ペヌゞに、なりたす  っ。 はぁ  応揎、しおくれたせんか  っ

この蚘事が参加しおいる募集