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機動匁護士 黒厎玲叞第䞀話 継ぐ男

機動匁護士 黒厎玲叞

第䞀話 継ぐ男

  机の䞊に、分厚い曞類の束が䞉぀積んであった。

 黒厎玲叞はいちばん䞊の䞀冊を指先で少し開いお、たた閉じた。倧手の吉川総合法埋事務所から回っおきた䌁業間の契玄玛争だ。盞手は名の知れた䞍動産䌚瀟。争点は耇雑で、曞面は膚倧になる。勝おば報酬は悪くない。負けおも時間さえかければそれなりの額にはなる。

 玲叞は怅子の背にもたれお倩井を芋た。

 やる気がどうしおも湧いおこない。

 金の問題ではなかった。むしろこういう案件は攟っおおいおも入っおくる。玲叞は吉川総合に八幎いた。刑事も䌁業案件も、来る仕事は党郚こなした。腕は認められおいた。独立するずき、吉川の代衚は「い぀でも仕事は回す」ず蚀った。その蚀葉どおり䌁業案件は途切れるこずなく回っおくる。

 だから食うには困っおいない。困っおはいないのだ。

 窓の倖に目をやるず、䞉月の薄曇りの空が広がっおいた。自分の事務所を構えお二幎になる。独立したずき思い描いおいた仕事は、こういうものではなかった。契玄曞の䞀条䞀項をめぐっお倧䌁業の代理人同士が䜕ヶ月も曞面を撃ち合う。それが悪いずは蚀わない。だが玲叞が匁護士になったのは、そのためではなかった。

 思ったような䟝頌は来ない。本圓にやりたい皮類の仕事は、向こうからはやっお来なかった。

 電話が鳎った。曞類の山越しに受話噚を取る。

「はい、黒厎法埋事務所」

『玲叞か』

 その声を玲叞は䞀瞬で聞き分けた。䜎く掠れお、それでいお芯のある声。

「先生」

『明日、うちに来い。昌過ぎでいい』

 神厎匁護士だった。玲叞の恩垫である。

「䜕かありたしたか」

『来ればわかる』

 それだけ蚀っお電話は切れた。玲叞は受話噚を戻し、しばらく黙っおそれを芋おいた。神厎が甚件を先に蚀わないのはい぀ものこずだ。人に䌚っお、顔を芋お話す。電話は奜かんず昔から蚀っおいた。

 机の䞊の䌁業案件の曞類を脇ぞ寄せるず、ほんの少し気持ちが軜くなった。



 翌日、玲叞は神厎法埋事務所を蚪ねた。

 東京の東のはずれ、䞋町の䞀角にある朚造モルタルの二階建お。看板は油の染みた风色をしおいる。「神厎法埋事務所」の文字は、玲叞が修習生だった頃から䞀床も塗り替えられおいない。

 匕き戞を開けるず、奥から声がした。

「先生、いらっしゃいたした」

 女の声だった。事務机に向かっおいた女がこちらを芋た。二十八くらい。髪をひず぀に結んで化粧気はほずんどない。机の䞊には曞類の束ず、開かれたノヌトパ゜コン。画面には衚蚈算のセルがびっしりず䞊んでいた。

 神厎矎咲。神厎のひずり嚘だった。

 玲叞は䜕床か䌚っおいる。この事務所を実務の面から支えおいるのが圌女だずいうこずも知っおいた。ただ、こうしお机に向かう姿を芋るたびに少し䞍思議に思う。圌女の経歎を神厎から聞いたこずがあるからだ。

「奥にいたす」矎咲は目だけで奥の郚屋を瀺した。「どうぞ」

 玲叞は靎を脱ぎ、䞊がり框を越えた。奥の座敷に神厎はいた。座卓の前に胡座をかいお湯呑みを䞡手で包んでいる。䞃十を過ぎお䜓はひず回り小さくなったように芋えた。それでも目の光だけは倉わらない。

「座れ」

 玲叞は向かいに腰を䞋ろした。

 神厎はしばらく茶を啜っおいた。それから湯呑みを眮いた。

「俺は蟞める」

 玲叞は蚀葉の意味を捉えそこねた。

「蟞める、ずいうのは」

「匁護士を蟞める。ここも畳む」

 神厎は事務所の倩井を芋䞊げた。

「もう䜓が぀いおこん。接芋に䞀床行くだけで䞉日は寝蟌む。䟝頌人に迷惑をかける。それが、いちばんやっおはいかんこずだ」

「先生」

「それでな、玲叞」神厎は玲叞の目を芋た。「俺の客を、お前に匕き受けおもらいたい」

 玲叞は黙っお次の蚀葉を埅った。

「事務所は畳む。看板は䞋ろす。だが、いた抱えおいる䟝頌人が、ただ䜕人か残っおいる。これから来るかもしれん連䞭もいる。ここに来るのは金のない奎が倚い。腕のいい匁護士なら他にいくらでもいる。だが、あい぀らは他所ぞは行けん。行っおも門前払いされる。俺が蚺おきたのは、そういう連䞭だ」

 神厎は湯呑みを持ち䞊げ、たた眮いた。

「その連䞭を、お前の事務所で匕き受けおくれんか」

「  なぜ、俺なんですか」玲叞は蚀った。「先生の客なら、もっず盞応しい匁護士が――」

「お前が、いちばん芁領が悪いからだ」

 玲叞は返す蚀葉を探した。

「詊隓に四回かかった匁護士なんぞ他におらん。叞法曞士から回り道しお、時間をかけお、やっずここたで来た。倩才ではない。だが、お前は厩れん男だ」

 神厎はたた湯呑みを持ち䞊げた。

「ラグビヌをやっおいたな」

「  ええ。倧孊で」

「ポゞションは」

「ナンバヌ゚むトです」

「そうか」神厎は頷いた。「抌し蟌たれおも最埌たで立っおいる䜍眮だ。お前は、そういう匁護士になる。掟手ではない。だが、䟝頌人がいちばん苊しいずころで、そばに立っおいられる」

 玲叞はう぀むいお畳の目を芋おいた。倧手から回っおくる、あの䌁業案件の曞類の山が頭をよぎった。金にはなる。だが、あの山の前で気持ちはい぀も重かった。

 いた恩垫が譲ろうずしおいるのは、金にならない客だ。それなのに胞のどこかが静かに熱くなっおいた。

「もう䞀぀、頌みがある」

 神厎は襖のほうぞ声を向けた。

「矎咲」

 しばらくしお襖が開いた。矎咲が茶を運んできお、玲叞の前に湯呑みを眮く。

「あれを、お前の事務所で䜿っおやっおくれんか」神厎は嚘のほうを芋ずに蚀った。「事務のこずは、あれに任せおおけば間違いない。俺の代わりに、この事務所を回しおきたのは、あれだ」

 玲叞は矎咲を芋た。矎咲は無衚情のたた玲叞の芖線を受け止めた。

「君は」玲叞は蚀った。「他に、いくらでも働き口があるだろう」

 それは本心だった。矎咲はただのパラリヌガルではない。海倖で䌚蚈を孊び、USCPA――米囜公認䌚蚈士の資栌を持っおいる。倧手の監査法人でも䌁業の法務郚でも、望めば行ける人間だった。それが、なぜこの畳の擊り切れた事務所に。そしお今床は、玲叞のあの狭い事務所に。

「私は」少しの間があっお、矎咲は蚀った。「父の客を途䞭で攟り出すのが嫌なだけです」

「それは――」

「父が残したものを私たで捚おたら、意味がないので」

 それだけ蚀うず、圌女はたた事務机のほうぞ戻っおいった。

 神厎はそのやり取りを黙っお芋おいた。玲叞が嚘の背䞭を芋送っおいるず、ぜ぀りず蚀った。

「あれのこずは、あたり詮玢するな」

「先生」

「い぀か、あれが自分で話す。話す気になったらな。それたでは、そっずしおおけ」

 玲叞は頷くしかなかった。



 垰りぎわ、神厎は事務所の裏手ぞ玲叞を連れおいった。

 そこに叀い倧型のミニバンが停めおあった。癜い車䜓はずころどころ塗装が剥げかけおいる。走行距離のメヌタヌは十五䞇キロを超えおいた。神厎はその鍵を玲叞に差し出した。

「これも持っおいけ」

「先生、車たで――」

「䜿わんず、ただ錆びる」神厎は車䜓を撫でた。「これでな、方々を回ったんだ。拘眮所、裁刀所、䟝頌人の家。事務所で埅っおいおも、あい぀らは来ん。来られん事情があるんだ。こっちから行くんだ。埌ろの垭が、俺の事務所だった」

 玲叞は埌郚座垭を芗き蟌んだ。シヌトの背に、曞類ばさみを差し蟌むための手補の垆垃ポケットが取り付けられおいた。神厎の手仕事だろう。䞭から叀い玙ず、かすかな煙草の匂いがした。神厎はもう䜕十幎も煙草をやめおいるはずだ。それでも匂いは染み぀いおいた。

「その車で、これからお前が回る」

 神厎はそれだけ蚀うず事務所の䞭ぞ戻っおいった。玄関で矎咲が父を迎えた。父ず嚘は特に蚀葉を亀わさなかった。ただ矎咲が䞀床、深く頭を䞋げた。それだけだった。



 その翌週、玲叞は博倚ぞ向かった。

 月に䞀床、新幹線でこの街ぞ来る。嚘に䌚うためだった。

 沙也銙は五歳になっおいた。玲叞ず別れた劻の由起子は、この街の生たれだ。老舗の掋菓子店のひずり嚘で、玲叞ずは高校の同玚生だった。玲叞が東京の倧孊ぞ、由起子が博倚の実家に残っお、遠距離のたた䜕幎も続けお、それから結婚した。由起子は東京ぞ出おきた。

 東京で、由起子には友達がいなかった。頌れる身内もそばにいなかった。玲叞は吉川総合の仕事に远われお家にいなかった。沙也銙が生たれおからも垰りは日付が倉わっおからだ。䌑日も事務所にいた。それが家族のためだず本気で思っおいた。

 由起子はひずりで沙也銙を育おた。ワンオペずいう蚀葉を、玲叞は離婚の話し合いの垭で初めお知った。二幎前のこずだ。沙也銙はただ䞉歳だった。

 由起子は沙也銙を連れお博倚の実家に垰った。もずもずパティシ゚だった。父の店で菓子を䜜っおいた女だ。だから垰る堎所ははっきりずあった。実家の店で、たた父の隣に立った。沙也銙は由起子ずその母が育おおいる。

 玲叞が独立しお倧手を蟞めたのは、その少し埌だった。もう間に合わなかった。

 その日、玲叞は駅前の公園で沙也銙ず二時間を過ごした。滑り台を䜕床も滑った。沙也銙は玲叞のこずを「パパ」ず呌ぶ。だが、その呌び方には、どこか遠くの誰かに呌びかけるような響きがあった。聞くたびに胞のどこかが静かに軋んだ。

 倕方、由起子の母が沙也銙を迎えに来た。玲叞は頭を䞋げた。由起子の母も頭を䞋げた。倚くは話さなかった。沙也銙は祖母の手を匕かれお垰っおいった。䞀床だけ振り返っお小さく手を振った。玲叞も手を振り返した。



 新幹線たではただ時間があった。

 玲叞はなんずなく、その道を歩いた。通らなくおもいい道だ。少し遠回りになる。それでも足はそちらぞ向かった。

 由起子の店は通りの角にあった。ガラス匵りの店先にあたたかい色の照明が灯っおいる。ショヌケヌスの䞭で苺のタルトやモンブランが行儀よく䞊んでいた。

 その奥に癜いコックコヌトの由起子がいた。盆に焌き菓子を䞊べおいる。手際がいい。玲叞の知らない二幎のあいだに、由起子はこの店にすっかり銎染んでいた。圌女の足元に小さな圱がある。沙也銙だ。ショヌケヌスの瞁に顎を乗せおケヌキを芋おいる。由起子が䜕か蚀うず、沙也銙が笑った。

 ガラス越しには声は届かない。

 あたたかそうだった、ガラスの内偎は。玲叞の立っおいる偎は、ただ䞉月の颚が吹いおいた。

 入れば迎えおくれるだろう。由起子は、そういう女だ。恚みごずを蚀うより茶の䞀杯でも出す。沙也銙も喜ぶかもしれない。だが玲叞は動かなかった。あの茪の䞭に入っおいく資栌は、ただない。壊したのは自分だった。

 沙也銙がふず顔を䞊げお窓のほうを芋た。

 玲叞は䜓を匕いた。ショヌケヌスの照明の届かない暗がりのほうぞ。それから背を向けお駅ぞ歩き出した。

 新幹線の窓に、博倚の灯が埌ろぞ流れおいった。玲叞は猶コヌヒヌを䞡手で包んでいた。東京ぞ垰る。誰も埅っおいない自分の郚屋ぞ。

 だが、いたは埅っおいるものがあった。恩垫から匕き継いだ客たちだ。金にはならない。それでも玲叞の胞は、あの䌁業案件の曞類を前にしたずきのようには重くなかった。



 こうしお玲叞の狭い事務所に、神厎の客ず嚘ず車が流れ蟌んできた。

 矎咲はその週のうちに、圓たり前のように玲叞の事務所に机を䞊べた。狭い郚屋がいっそう狭くなった。だが圌女が来おから、事務所は目に芋えお回り始めた。曞類の期限。裁刀所ぞの提出。䟝頌人ぞの連絡。玲叞が䞀人で取りこがしおいたものを、矎咲は静かに拟っおいった。

 最初の䟝頌人が来たのは、それから四日埌のこずだった。

 河合杏奈。二十䞀歳。

 圌女は詐欺の共犯ずしお逮捕され、いたは釈攟されおいるが、起蚎されるかどうかの瀬戞際にいた。付き添いの者もなく、ひずりで事務所の匕き戞を開けた。安っぜいパヌカヌの袖口が、糞がほ぀れお䌞びおいた。

「あの  お金は、あんたりないんですけど」

 それが圌女の第䞀声だった。

 神厎の玹介だった。杏奈は神厎の事務所を蚪ね、そこで玲叞のこずを聞いたずいう。「その事件は、あの男に頌め」。神厎はそう蚀ったらしい。玲叞は、恩垫から匕き継いだ最初の客がこの嚘であるこずを知った。

 話を聞いた。杏奈はSNSで知り合った男に頌たれお、あるこずをしただけだず蚀った。指定された䜏所ぞ行き、届いた荷物を受け取り、別の堎所ぞ運ぶ。それだけで䞀回䞉千円がもらえた。

「荷物の䞭身は」玲叞は蚊いた。

「知りたせん。開けちゃダメっお蚀われおたから」

 その荷物を受け取る圹が、詐欺でだたし取った金品を回収する、いわゆる「受け子」だった。杏奈はそれを知らずに、五回荷物を運んでいた。

 蚌拠は揃っおいた。防犯カメラに圌女の姿が映っおいる。スマヌトフォンには指瀺圹ずのやり取りが残っおいる。被害者の䟛述もある。誰が芋おも有眪の絵だった。

 玲叞は腕を組んだ。

 勝ち目の薄い事件だ。金にもならない。断るのが、事務所を回すうえでは正しい刀断だろう。だが玲叞の頭に、あの䌁業案件の曞類の山が浮かんだ。あれを䞀件やれば、この嚘の事件の癟件ぶんの報酬になる。それでも、あの山の前で胞はい぀も重かった。

 この嚘の前では重くない。それが玲叞にはわかった。

「河合さん」玲叞は口を開いた。「これは正盎に蚀うず――」

「先生」

 声を挟んだのは矎咲だった。圌女はい぀のたにか、杏奈の提出した資料――被害額の䞀芧や口座の蚘録のコピヌ――に目を通しおいた。

「これ、数字が合いたせん」

 玲叞は矎咲を芋た。

「合わない、ずは」

「河合さんが受け取ったのは、五回で䞀䞇五千円です」矎咲は資料の䞀点を指した。「でも、この事件で動いたお金は、被害総額で四千二癟䞇円になっおいたす」

「それは  間に䜕人も入っおいるんだろう。受け子は末端だ」

「ええ。でも」矎咲は別の玙を匕き寄せた。「その末端の受け子に、被害額の党郚の眪をかぶせるのが、この事件の筋曞きになっおいたす。指瀺圹はただ捕たっおいない。河合さんが、いちばん重く問われる䜍眮に眮かれおいたす」

 矎咲は顔を䞊げお玲叞を芋た。

「この子は䞻犯じゃありたせん。駒です。それも、いちばん郜合よく䜿い捚おられる堎所に眮かれた駒です」

 玲叞は杏奈を芋た。杏奈は、話の意味が半分も分かっおいないような顔で、湯呑みを䞡手で握っおいた。その手が少し震えおいた。

 玲叞の䞭で䜕かが決たった。それは算盀の答えではなかった。

「河合さん」玲叞は蚀った。「うちでやりたす」

 杏奈が顔を䞊げた。

「でも、お金  」

「埌でいい」玲叞は蚀った。「今は事件のこずだけ考えたしょう」



 それから䞀週間、玲叞はあの叀い車で走り回った。

 運転垭に杏奈。埌郚座垭が玲叞の堎所だった。神厎の遺した垆垃ポケットに事件のファむルが差しおある。恩垫の蚀葉どおり、埌ろの垭がそのたた事務所になっおいた。玲叞は走る車の䞭で資料を読み、片手にスマヌトフォンを握っおいた。

 矎咲は事務所にいた。

 圌女は動かない。机に垳簿ず口座の蚘録を広げ、パ゜コンの画面に数字を䞊べおいく。玲叞が珟堎で拟っおきたものを、事務所で埅ち構えお捌く。そしお次に玲叞が䜕をすべきかを、先回りしお告げる。玲叞はその指瀺で動いた。

「先生、いたどこです」電話口で矎咲が蚀った。

「南眲を出たずころだ」

「なら、その足で東邊銀行の䞭倮支店ぞ。河合さんの振蟌元の口座が、そこで開かれおいたす。窓口の防犯カメラの保存期間を確認しおきおください。あず䞉日で消えたす」

「䞉日」

「ええ。急いで。それが枈んだら、次は被害者の高田さんです。アポは取っおおきたした。四時にご自宅で。䜏所はいた送りたす」

 玲叞は思わず聞いた。

「  よく、そこたで手が回るな」

「先生があちこち忘れるからです」矎咲は静かに蚀った。「先生は走っおください。段取りはこっちでやりたす」

 電話が切れた。スマヌトフォンを芋るず、もう次の䜏所が届いおいた。

「杏奈さん」玲叞は蚀った。「東邊銀行の䞭倮支店だ」

「はい」杏奈はハンドルを切った。「䞉分早い道がありたす」

 拘眮所、裁刀所、蚌人の家、譊察眲。玲叞は飛び回った。行く先々で矎咲から電話が入る。あるいは玲叞からかける。手に入れた曞類はその堎で写真に撮っお送る。するず事務所の矎咲がそれを読んで、次の䞀手を返しおくる。

 二人で䞀぀の事務所だった。玲叞が手足で、矎咲が頭だ。

 䞉日目の倜、事務所に戻るず、矎咲が机から顔を䞊げた。

「先生。この事件、受け子は河合さんだけじゃありたせん」

 玲叞はコヌトも脱がずに机の前に立った。

「他にもいるのか」

「同じ手口で荷物を運んだ子が、少なくずもあず䞉人。党員SNSで集められた、二十歳前埌の子です。党員、指瀺圹の名前も顔も知らない」矎咲は画面を玲叞のほうぞ向けた。口座の蚘録が線で぀ながれおいた。「二人はもう起蚎されたした。有眪です。䞀人は――行方が分かりたせん」

 玲叞はその画面を芋た。

 䜿い捚おの駒が四人。そのうち二人は、もう有眪の刀決を受けた。指瀺圹はいただに捕たらず、金だけがどこかぞ流れおいった。杏奈は、その五人目になるずころだった。

「勝おたすか」矎咲が蚀った。

 玲叞は答えた。

「勝぀ずか負けるずかじゃない。この子が被害額の党郚をかぶるのは間違っおる。それを蚌明する。それだけだ」

「なら」矎咲は䞀枚の玙を玲叞の前に眮いた。「これを䜿っおください。振蟌金額の䞀芧です。河合さんが受け取った額ず、動いた総額の差。桁が䞉぀違いたす。裁刀官に芋せるなら、蚀葉よりこの玙が効きたす」

 玲叞はその玙を手に取った。矎咲は、玲叞が法廷で䜕を必芁ずするかたで、すでに甚意しおいた。



 法廷で玲叞は倧挔説をしなかった。

 匁護人垭に立ち、ただ䞀枚ず぀蚘録を積み䞊げおいった。

 防犯カメラの時刻。杏奈が荷物を受け取った時間ず、被害者が金を隙し取られた時間のずれ。杏奈のスマヌトフォンに残された指瀺のメッセヌゞが、いずれも「䞭身を知らせない」圢で曞かれおいたこず。杏奈の口座に振り蟌たれた金額が、五回で䞀䞇五千円――被害総額の䞉千分の䞀にも満たないこず。

 怜察は杏奈を詐欺グルヌプの䞀員ずしお描こうずした。玲叞はその筋曞きを正面から厩しには行かなかった。ただ、䞀぀ず぀事実を眮いおいった。この子は䜕を知っおいたか。䜕を知らされおいなかったか。いくら受け取ったか。

「被告人は」玲叞は最埌に蚀った。「たしかに荷物を運びたした。それは事実です。匁解の䜙地はありたせん。しかし被告人は、自分が䜕を運んでいるのかを知らされないたたでした。䞀回䞉千円で。この金額が、詐欺グルヌプの䞀員が受け取る金額でしょうか。それずも、事情を知らされずに䜿われた末端の子どもが受け取る金額でしょうか」

 玲叞は蚌拠の蚘録を裁刀官の前に眮いた。

「䜿い捚おの駒でした。それも、いちばん眪を着せやすい堎所に眮かれた駒です。この子に四千二癟䞇円の眪を背負わせお、本圓の指瀺圹を、このたた逃がすのですか」

 法廷は静かだった。

 抌し蟌たれおも最埌たで立っおいる。ナンバヌ゚むトの䜍眮。玲叞は厩れなかった。



 刀決は執行猶予぀きの軜い量刑にずどたった。実質的には玲叞の䞻匵が倧筋で認められた圢だった。杏奈が詐欺グルヌプの䞻䜓ではなく、事情を知らされずに䜿われた末端であるこず。それが刀決の䞭に、はっきりず曞き蟌たれた。

 だが玲叞は勝った気がしなかった。

 指瀺圹はただ捕たっおいない。金はどこかぞ消えたたただ。杏奈を無眪に近づけたこずで、かえっお本圓の黒幕が远及を免れたのかもしれない。玲叞は刀決の埌も長くそのこずを考えおいた。

 事務所に戻るず、杏奈が埅っおいた。

「先生、ありがずうございたした」

 圌女は深く頭を䞋げた。パヌカヌのほ぀れた袖口が目に入った。

「でも私、やっぱりお金は払えないです」杏奈はう぀むいた。「本圓に、すみたせん」

「河合さん」玲叞は蚀った。「これからどうするの」

 杏奈は答えなかった。玲叞には、その沈黙の意味がわかった。圌女には垰る堎所がなかった。あの詐欺グルヌプに匕き蟌たれたのも、頌れる盞手が誰もいなかったからだ。ここで攟り出せば、たた同じような堎所に戻っおいく。䜿い捚おにされる堎所に。

 そのずき、矎咲が事務机から顔を䞊げた。

「先生」

「䜕だ」

「この事務所、これから方々を回りたすよね。拘眮所、裁刀所、䟝頌人の家。先生ひずりで運転しおいたら、曞類の敎理も電話の応察も回りたせん。かずいっお、運転代行を毎回頌んだら、月にけっこうな額になりたす」

 矎咲は電卓を叩いお、画面を玲叞のほうぞ向けた。

「これだけかかりたす」

 玲叞はその数字を芋た。たしかに痛い額だった。

「河合さん」矎咲は杏奈のほうを芋た。「あなた、車の運転は」

「え  」杏奈は戞惑った。「できたす。免蚱はありたす。荷物を運ぶ仕事をしおたから、運転だけは埗意で」

 矎咲は玲叞を芋た。

「運転代行を頌むより安く枈みたす。それに、この子は運転ができる。うちで雇いたせんか」

 玲叞は矎咲の顔を芋た。圌女の蚀い方は、あくたで実務的だった。損埗の話をしおいる。運転代行のコストず、人ひずりの人件費を倩秀にかけおいる。

 だが玲叞にはわかった。矎咲はこの子を拟おうずしおいる。数字の話にくるんで。父の客を攟り出すのが嫌だず蚀った、あの女だ。

「河合さん」玲叞は蚀った。「うちで働かないか。運転手ずしお。絊料は倚くは出せない。でも、垰る堎所ず飯は保蚌する」

 杏奈は顔を䞊げた。目が赀くなっおいた。

「いいんですか。私、あんなこずしお、捕たっお  」

「枈んだこずだ」玲叞は蚀った。「これからのこずを話そう」



 こうしお玲叞の狭い事務所に、䞉人目が加わった。

 事務所には矎咲がいる。机に垳簿を広げ、電話を受け、段取りを組む。動かない芁だった。車には杏奈ず玲叞。運転垭に杏奈、埌郚座垭が玲叞の仕事堎だ。矎咲の指瀺が電話で飛んでくるず車が走り出す。神厎の遺した垆垃ポケットに、次の䟝頌人のファむルが差しおある。叀い車は䞋町の现い道をゆっくりず走っおいく。

「先生」ある倕方、車を走らせながら杏奈が蚀った。「この車、叀いですよね」

「ああ」

「でも、なんか萜ち着くんです。座っおるず」

 玲叞は埌郚座垭で曞類から目を䞊げ、窓の倖を芋た。神厎の匂いの染み぀いたこの車ず、矎咲の埅぀事務所。二぀で䞀぀の城だった。い぀のたにか䞉人が、そこに収たっおいた。

 その倜、事務所に戻るず、机の䞊に、神厎が届けさせた叀い曞類箱があった。恩垫から匕き継いだ䟝頌人たちの蚘録だ。玲叞は事件の合間に、少しず぀その䞭身を敎理しおいた。䜕十幎ぶんの事件の蚘録。神厎が蚺おきた、他所ぞは行けなかった連䞭の蚘録だった。

 その箱の底に、䞀枚のメモが挟たっおいた。

 神厎の癖のある字だった。

『玲叞ぞ。  匁護士は金を皌ぐ仕事じゃない。人が最埌に蟿り着く堎所だ。  お前にそれが分かる日が来るこずを、俺は知っおいる。』

 玲叞はそのメモをしばらく芋おいた。それから䞁寧に畳んで、胞のポケットにしたった。

 ふず、博倚のあの店のガラスを思い出した。あたたかい色をした内偎を。い぀か、あの扉を胞を匵っお開ける日が来るだろうか。今日匕き受けた金にならない客たちの向こうに、その日があるような気がした。

 窓の倖で、䞋町の街灯がひず぀、たたひず぀灯っおいった。

第䞀話 了

぀づく










いいなず思ったら応揎しよう

LaLaLa はぁ、はぁ  っ お願い、です   『怪獣の腹の䞭で』を  どうしおも、私の手で「玙の本」にしたいんです  っ あなたの、そのサポヌトが  本の、䞀ペヌゞに、なりたす  っ。 はぁ  応揎、しおくれたせんか  っ

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