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惑わしの夜、緑の救世主「不安は人を惑わせる」

惑わしの夜、緑の救世主「不安は人を惑わせる」いつだったか、誰かが呟いたその言葉が、夜の静寂の中で不意に脳裏をよぎる。

人は不安に駆られると、まるで濃い霧の中に放り出されたかのように、行くべき道を見失ってしまう。普段なら笑い飛ばせるような小さな影が、巨大な怪物のように見えてくるのだ。視野は狭くなり、心はまだ見ぬ未来の最悪なシナリオを勝手に書き進めていく。

まさに、心が惑わされている証拠だった。そんな思考の迷路から抜け出したくて、私は冷凍庫から一本のドライ・ジンを取り出した。

トマス・カトリー調の重たいボトルは、キンキンに冷えて白く曇っている。ロックグラスに、あらかじめ用意しておいた透明なかち割り氷をいくつかの硬い音とともに落とし込む。

そこへ、とろりとした透明な液体を惜しみなく注ぐ。仕上げは、鮮やかな緑色のライム果汁だ。マドラーで氷を優しく持ち上げるように、下から上へ二、三回。カラン、と涼やかな音が狭い部屋に響く。

完成したジンライムを口に含む。鋭いジンのキレ味の直後、ライムの目の覚めるような酸味が、じわリと舌の上に広がった。冷たさと爽快感が、喉を通って胃の腑へとまっすぐ落ちていく。

その瞬間、頭を支配していたモヤモヤとした霧が、一気に晴れていくような感覚を覚えた。お酒の力もあるかもしれない。けれどそれ以上に、この一杯の美しい緑色と、爽やかな香りに意識を集中させたことが、私を「いま、ここ」に繋ぎ止めてくれたのだ。

不安という名の妄想は、いつも過去の未練や、未来の取り越し苦労から生まれる。しかし、今私の手の中にあるのは、冷たいグラスの手触りと、喉を潤す確かな風味だけ。これこそが現実だ。惑わされそうになった夜は、静かにグラスを傾ければいい。

酸っぱくて、少し苦いその液体は、私たちが生きている「現在」へと、いつでも心を連れ戻してくれる。


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