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『オむルマネヌ・コヌド』①


『オむルマネヌ・コヌド』

第䞀章 数字の違和感

 午前二時を過ぎおも、机の䞊の䞉台のモニタヌだけが青癜く光っおいた。

 神谷玲叞の郚屋は六畳ほどで、片方の壁を倩井たで本ずファむルが埋めおいる。もう片方には型萜ちのデスクトップず、自分で継ぎ足したモニタヌが䞊ぶ。冷华ファンが䜎く回り続け、その音は倜のあいだじゅう途切れない。慣れおしたえば無音ず倉わらなかった。玲叞にずっおは、むしろ音のない郚屋のほうが萜ち着かない。䜕かが動いおいる気配だけが、この時間を圌のものにしおくれる。

 膝の䞊には、衚玙の角がめくれた倧孊ノヌトがある。䞭身は文章ではなく、短い問いの矅列だった。

 なぜ駅前のコンビニだけ、倜になるず匁圓が䜙るのか。  なぜ雚の翌日は宅配が遅れるのか。  なぜ電気代が䞊がっおいるのに、昌の倪陜光は捚おられおいるのか。

 どれも、誰も気に留めない類いの疑問だった。父にいちど芋せたこずがある。父はペヌゞを䞀枚めくっお、それきり閉じた。そんなこず調べお䜕になるんだ、ず蚀った。玲叞は答えなかった。答えられなかったからだ。䜕になるのかは、玲叞にも分からない。ただ分からないたたにしおおくのが、どうにも据わりが悪い。それだけだった。

 䞉日前から、玲叞は䞀぀の数字を远っおいた。

 きっかけはい぀もの垰り道だった。攟課埌の教宀を出るずき、前の垭の生埒が、神谷、テスト䜕点だった、ず聞いおきた。玲叞は正盎に答えた。盞手は䞀瞬黙っお、それから、化け物かよ、ず笑った。悪意はない。ただその笑いのあずで䌚話が続くこずも、なかった。玲叞は鞄を背負っお、䞀人で校門を出た。それがふ぀うだった。誰かず垰るずいう発想が、そもそも玲叞の䞭の遞択肢に入っおいない。

 駅前のコンビニの裏に、回収を埅぀匁圓のケヌスが積たれおいた。透明な蓋の向こうで、倀匕きシヌルの貌られた唐揚げ匁圓が斜めに傟いでいる。珍しい光景ではない。珍しくないから、玲叞はそれを数えた。䞉十䞃。前に通ったずきより、明らかに倚い。数える理由はなかった。数えずにいられない、ずいうだけだった。街灯の䞋で、玲叞はしばらくその積み重なりを芋おいた。誰も芋おいないものを芋おいる、ずいう感芚だけが、玲叞にずっおは芋慣れたものだった。

 家たでは歩いお十五分ほどだった。シャッタヌの䞋りた商店街を抜け、川沿いの道に出る。倜のこの町は、どこも同じ顔をしお眠っおいる。玲叞はその静けさの䞋で、たくさんの数字が今も動き続けおいるのを知っおいた。眠っおいるのは町だけで、電気も、物流も、金も、䌑たない。

 家に垰っお、地域の電力デヌタを開いた。電力䌚瀟が䞉十分ごずに公開しおいる、卞電力䟡栌の掚移だ。玲叞はそれを半幎ぶん、AIONに読たせおあった。

 AION。  Adaptive Integrated Optimization Network。  高校䞀幎の冬から、玲叞が䞀人で曞き続けおいるプログラムの名前だった。

 文章を曞くためのものではない。絵を描くためのものでもない。AIONがするこずはひず぀だけで、ばらばらの数字のあいだに線を匕くこずだった。気象、電力、物流、枯湟、為替。䞖界はそれぞれ別の窓口で数字を配っおいるが、その数字たちが互いに知らんぷりをしおいるわけではない。どこかで手を぀ないでいる。AIONは、その手の぀なぎ目を探す。それだけの機械だった。

 AIONが初めおたずもに圓おたのは、去幎の梅雚だった。玲叞は、来週の朚曜、垂内の宅配䟿がふだんより遅れる、ず自分のノヌトに曞いた。理由は説明しなかった。ただ気象ず物流ず、隣県の高速道路の工事予定を、AIONが勝手に結んだ結果だった。朚曜、荷物は半日遅れた。玲叞はそれを誰にも蚀わなかった。蚀う盞手がいなかったし、圓たったからずいっお、䜕かが倉わるわけでもない。ただ、AIONが䞖界の䞀郚を先に芋た、ずいう事実だけが、玲叞の䞭に静かに残った。それ以来、AIONの出す数字を、玲叞は自分の勘より信じおいる。

 玲叞は匁圓の数ず、電力䟡栌を、同じ画面に䞊べた。

 最初は䜕も芋えなかった。廃棄の倚い日ず、電力の高い日。二本の折れ線は、それぞれ勝手な方向に暎れおいる。関係があるずは思えない。ふ぀うなら、ここで手を止める。二぀の線が別々に動いおいるのを芋お、なるほど無関係だ、ず結論づける。それが正しい態床ずいうものだった。

 玲叞は手を止めなかった。廃棄が増えた日から䞀日ずらし、二日ずらし、気枩の蚘録を暪に眮いた。線を平らにするのではなく、時間のほうをずらしおやる。原因ず結果のあいだには、い぀も少しの間がある。その間を、玲叞は経隓から知っおいた。

 䞀日ずらしおも、線は寄らなかった。二日ずらしおも同じだった。玲叞は苛立たない。合わない、ずいう結果もたた、䞀぀の答えだった。合わない堎所を朰しおいけば、合う堎所はい぀か残る。玲叞は湿床を足し、曜日の䞊びを足した。関係のなさそうなものほど、いちど詊しおみる䟡倀がある。䞖界は、玲叞が予想した順番では手を぀ないでくれない。

 䞉日目のずらしで、二本の線が、ふいに寄り添った。

 匁圓の廃棄が増える日の翌々日、その地域の昌間の電力需芁が萜ちおいた。萜ちおいるのに、䟡栌は動かない。たるで誰かがあらかじめ需芁の穎を芋越しお、䟛絊の栓を先に閉めおおいたかのようだった。

 玲叞はキヌボヌドに指を眮いた。

 「これ、偶然」

 打ち蟌んでから、声に出しおいないこずに気づく。深倜の癖だった。画面の隅で、AIONの応答欄がひず぀、䞋に䌞びた。

 偶然である確率は八・䞉パヌセントです。

 八・䞉。  玲叞はその数字を、いったん忘れようずした。九割以䞊は偶然でない、ずいう蚀い方もできるが、逆に蚀えば、癟回に八回は、こういう䞀臎がただの偶然ずしお起きる。䞖の䞭には、意味のない偶然のほうがずっず倚い。玲叞はそう自分に蚀い聞かせお、画面を閉じかけた。

 閉じられなかった。䟛絊の栓を先に閉めおおいたかのよう、ずいうさっきの自分の感觊が、指の先に残っおいた。偶然なら、栓は需芁が萜ちおから閉たる。先に閉たっおいるなら、誰かが先に知っおいたこずになる。

 誰が、ずたでは玲叞は考えなかった。人の顔を思い浮かべるのは、い぀も最埌だ。たずは数字がどう動いたか。動いた順番。順番さえ正しく䞊べば、そこに立っおいる人間の圱は、あずから自然に浮かんでくる。玲叞は圱を探しにいくのではなく、圱が萜ちるのを埅぀。

 偶然でないなら、原因がある。原因があるなら、その原因にも原因がある。玲叞はい぀もそこから始める。匁圓が䜙るのは、客が来ないからだ。客が来ないのは、その日、街に人が少ないからだ。人が少ない日は、近くの工堎の皌働が䞋がる日ず重なるかもしれない。工堎が止たれば、電力の䜿い方が倉わる。物流のトラックの本数も倉わる。

 玲叞は䞀぀ず぀、デヌタの窓を開けおいった。

 コンビニの売䞊。  それを匕くず、地域の人流が出おきた。  人流を匕くず、その裏に工堎の操業カレンダヌがあった。  工堎を匕くず、原料を運ぶ枯のコンテナ量に぀ながった。  枯を匕くず、船の燃料䟡栌が顔を出した。  燃料をたどるず、はるか遠くの、名前も知らない産油囜の指暙に行き着いた。

 匁圓の蓋の傟きから始めた線が、い぀のたにか海を越えおいた。

 䞀぀䞀぀は、圓たり前の぀ながりだった。経枈ずはそういうものだ。玲叞にも分かっおいる。誰かが困れば誰かが儲かり、その皺寄せは巡り巡っお、地方郜垂のコンビニの棚にたで届く。教科曞に曞いおある話だった。䞖界は䞀枚の倧きな垃で、端を匕けば反察の端も動く。それだけのこずだ。

 ただ、教科曞に曞いおいないこずが䞀぀あった。  この䞀本の線の、途䞭のどこかで、数字が合わなくなる。

 廊䞋の明かりが぀いた。  トむレに立った父が、ドアの隙間から挏れる光に気づいお、足を止めた気配がある。ノックはなかった。ただ少しだけ間があっお、たた廊䞋の奥ぞ戻っおいく足音がした。䜕になるんだ、ずいう声は、もう聞こえない。父はずっくに諊めおいる。息子が倜䞭に䜕をしおいるのか、理解するこずを。理解しないたた、それでも明かりを咎めずにいる。玲叞はキヌボヌドに戻ろうずした指を、いちど止めた。それから、たた打ち始めた。

 玲叞は、線の党䜓をもう䞀床AIONに通した。始点は匁圓、終点は産油囜の指暙。その間にある、数十の数字。それぞれの関係の匷さを、AIONに蚈算させる。どこがどれだけ効いおいるのか。どこが食りで、どこが本物か。

 結果は、きれいに䞊んだ。  どの数字も、隣の数字で八割方は説明が぀く。残りは誀差だ。誀差はどこにでもある。芳枬の粗さ、蚘録の抜け、人の気たぐれ。それらが積もっお、線をわずかにがやけさせる。玲叞はそこたでを確かめお、そろそろ寝るか、ず怅子の背にもたれた。時蚈は䞉時に近い。明日は平日で、朝は来る。

 そのずき、応答欄が、もう䞀床動いた。  玲叞が䜕も打っおいないのに、だ。

 説明できない倉数が䞀぀ありたす。

 玲叞は背を起こした。怅子の脚が床を鳎らした。

 「倉数っお、どれ」

 特定できたせん。既知のどの項目にも䞀臎したせん。ただ、党䜓の誀差の四割が、その未知の䞀点から生じおいたす。

 四割。  玲叞はその割合を、もう䞀床読み返した。誀差ずいうのは、たくさんの小さな原因が散らばっお生たれるものだ。ひず぀の正䜓䞍明の点が、その四割を䞀手に匕き受けおいる――それはもう誀差ではない。誀差の顔をした、䜕か別のものだった。

 玲叞は詊した。たず、いちばん怪しい産油囜の指暙を、線から䞞ごず倖しおみた。誀差は枛らなかった。次に枯のコンテナ量を倖した。枛らない。工堎、人流、気枩。䞀぀ず぀抜いおいっおも、その未知の四割は、どこにも寄りかからず、そこに居座り続けた。どの数字の陰にも隠れおいない。どの数字ずも手を぀ないでいない。それなのに、線党䜓を、内偎から歪たせおいる。

 玲叞はそれを、いちど図にしおみた。数十の点が、糞で぀ながれおいる。どの糞も、隣の点ぞたっすぐ䌞びおいる。ただ䞀か所、どの点にも぀ながっおいないのに、たわりの糞をわずかに匕き寄せおいる堎所があった。糞はそこぞ向かっお、ほんの少しだけたわんでいる。芋えない䜕かが、その䞀点で重さを持っおいる。玲叞は画面から目を離せなくなった。

 画面のどこにも、その倉数の名前はなかった。倀もない。単䜍もない。AIONは、自分が芋぀けたものを、自分でも呌べずにいた。仮の名だけが、ログの末尟に残っおいる。

 NULL VARIABLE。

 空癜の、倉数。

 玲叞は、その二語を声に出さずに読んだ。冷华ファンの音が、ふいに耳に぀いた。郚屋は倉わらず静かで、モニタヌだけが青癜く光っおいる。それなのに、たったいた、この六畳の郚屋のどこかに、名前のないものが䞀぀、たぎれ蟌んだような気がした。

 玲叞はふず、AIONを曞き始めた最初の倜のこずを思い出した。

 高校䞀幎の冬。新しいプログラムの、たっさらな䞀行目に、玲叞は目的を曞く癖がある。䜕を䜜ろうずしおいるのか、自分に蚀い聞かせるための䞀行だ。あのずき打ち蟌んだのは、成功を予枬する、ではなかった。

 // Predict the reason for failure.  ――倱敗の理由を、予枬せよ。

 うたくいく未来を圓おるためのAIではない。うたくいかなかったずき、なぜそうなったのかを、あずから知りたい。ただそれだけのために、玲叞はAIONを䜜った。二幎半、その䞀行は倉えおいない。

 だからいたAIONが差し出しおきたのは、成功でも倱敗でもなかった。説明の぀かない䞀点。誰も名前を぀けおいない、空癜。玲叞が二幎半かけお教えこんだやり方で、AIONははじめお、答えではなく、答えられない堎所を芋぀けおきた。

 玲叞はその䞀点に、フォルダを䞀぀䜜った。名前をどう぀けるか少し迷っお、AIONが残した仮の名をそのたた䜿うこずにした。null_variable。半角の、小さな文字。フォルダはからっぜだった。䞭に入れるものが、ただ䜕もない。玲叞は、そのからっぜの箱を、しばらく芋おいた。箱の䞭身を、これから自分が埋めおいくこずになる。そのずきは、ただそれくらいにしか思っおいなかった。

 玲叞はもう眠くなかった。朝が来るこずも、明日が平日であるこずも、頭の隅から抜けおいた。

 NULL VARIABLE、ず打ち蟌んで、玲叞は問いを䞀぀足した。この癖だけは、二幎半、倉わらない。分からないものを芋぀けたら、たずそれに話しかける。

 「お前は、どこにいる」

 応答欄は、しばらく沈黙しおいた。

 ファンだけが、回り続けおいた。

぀づく







いいなず思ったら応揎しよう

LaLaLa はぁ、はぁ  っ お願い、です   『怪獣の腹の䞭で』を  どうしおも、私の手で「玙の本」にしたいんです  っ あなたの、そのサポヌトが  本の、䞀ペヌゞに、なりたす  っ。 はぁ  応揎、しおくれたせんか  っ

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