
丸腰で起業してどん底に落ちた時、ファミレスで神様に会った~知識ゼロの花屋が23年生き残った 「弱者の経営戦略」〜
起業は"好き"だけでは無理だった
26歳のとき、「好きなことで起業したい」そう思った私は、当時勤めていた会社をやめて、「好きなことで起業する」準備にとりかかった。そして29歳の時に夢を叶えた。
そのあと私は起業12年目に、あるファミレスでやさぐれた少女(神様)に救われることになるのだが、この時の私はまだ知る由もない
2026年現在、23期目を迎えている私の会社は生花販売と教室事業を展開する有限会社ラフルールというお花を扱う会社。
横浜市内の工場地帯に1店舗を構え、直営教室が本店合わせて市内4か所にある。スタッフと教室の講師を合わせて8名ほどの会社だ。
そして最初にお伝えしたいのは「好きなことで起業して本当に良かった」ということ。
よく聞く言葉にこんなものがある。
「好きなことは仕事にしない方がいい」
「好きなことでは食べていけない」
だけど今は「好きなことで起業した方がいい」
心からそう思う。
好きなことを仕事にできれば、一年中というか人生のほとんどの時間を好きなことに使えて、周りから見ると大変そうに見えたとしても、本人は好きなことに毎日取り組めているから苦労とは感じない。毎日が夢中であっという間だ。
そして23年目の今、本来の自分を活かして生きられる幸せを毎日噛みしめている。
だから好きなことで起業して本当に良かったと思う。
とは言っても、私みたいに経営の知識ゼロという「丸腰」で起業すると、とんでもない目にあうから要注意!
そこにはちゃんと「経営」があって、知ってさえいれば誰でも使えるテクニックみたいなものや、経営者としての思考の方向性とかもある。起業する前に知っておくべきことは本当に沢山ある。
そんなことを何一つ知らずに丸腰で起業した私の数々の失敗とそこから得た学びを23年分まとめていきたいと思う。
創業当時の自分にもし教えられるなら、事前にこれだけは知っておいた方がいいという「経営のエッセンス」を厳選しながら進めていきたいと思う。
どうか、これから起業しようとしている「丸腰」のあなたへ届きますように。
潜在意識と行動の関係
22歳から27歳まで勤めた進学塾の仕事は天職と思えるほどやりがいのあるものだった。しかし、本当は大学院に進学してそのあと中学校の社会科教員になるのがわたしの夢だった。
だけど大学時代の私はアルバイトと遊びに明け暮れて、まったく勉強をしていなかったから、当然、大学院の試験に落ちた。試験に出された英語論文がまったく読めなかったのだ。辞書持ち込みOKの試験なのに、びっくりするほど1行も解読不能といった状態で、血の気が引いた。
そしてこの瞬間、私は悟った。
これ落ちるな···
大学院の試験に落ちると思っていなかった私はそもそも就職活動は一切していない。この時、大学4年の夏。今でいうところの「詰んだ」状態。
実はもう一回、再試験のチャンスはあったけど、「一度落ちたということは実力がないということ。お情けで2回目に入れてもらえたとしても本意ではない。」なんて、そこだけ妙に律義で潔い武士みたいな自分がいて、せっかく勧めてもらえた2回目の試験は受けなかった。
それで、就職活動はあきらめてアルバイトとして入ったのが進学塾の社会科講師の職だった。
そもそもわたしが大学院に行こうと思ったのは、なんとなく周りの言うところの「少子化で教員採用の枠が狭くなっているから、大学院でさらに上の資格を取ってからにした方がいい」なんて話を信じていたから。
だけど、大学を卒業するときに知ったのは、隣のクラスの学生が教員採用試験に合格し、地元に戻って教員になったと。
あれれ??んん?大学4年で卒業しても教員になれるの?同じ大学、同じ学部、実力はほぼ同じはず。それなのに、私は無の状態。彼女はちゃんと教員になった・・・
その時、私は気づいた。
ああ、なるほど、自分は教員になるのが夢だ!なんて口ではずっと言ってきたけど、心の奥底(これが潜在意識ということを、ずいぶんあとになって知った)では本当は自分なんか教員になれないと思ってたんだな。
国家試験は難しそうだし、そもそも人間が出来てないから教員なんて務まらない。だから本気で準備してこなかったし、何一つ行動に移さなかった。ただ毎日なんとなく過ごしてしまった・・・
ん???だけどそれって逆に言うと、本当になりたい!絶対叶えてやる!って心の底(潜在意識)から思っていれば、何にでもなれたんじゃないのか?行動も伴ったんじゃないか?
💡 人生最大の気づき
本当にできると心の底(潜在意識)から思えば、何でもできる。
私はそこから数年後に「花屋&カフェを作りたい!絶対できる!願えば叶う!」そう信じて本当に開業にこぎつけた。
現在の会社は生花販売とお花の教室事業だけを行っているが、創業当初から17年間は「花屋&カフェ」として飲食店も経営していた。
開店準備期間中には「なんでも帳」と呼んでいたノートを常に持ち歩き、理想の店舗設計図を書いてみたり、参考になりそうなことは全てメモしていった。
開業するまでに「なんでも帳」は6冊におよんだ。
自分が社長になったところや想像の中のスタッフとの会話やお客様が楽しそうにしているところを心に描いてイメージし、私は実際にお店を作った。
あとから懐かしくて見返した「なんでも帳」の最初のほうに、実際出来上がったお店とそっくりな店舗図が描かれていてびっくりした。
💡なんでも帳
なんでも書こう!心にリアルなイメージを描こう!
自由にやりたいから社長になることにした
さて、話は少し戻ってまだ進学塾で働いていた26歳の頃、私はふと将来について考えた。
このまま今の仕事を続けると、子供ができた時はどうなる?仕事をやめなきゃいけないだろうな。その後どうなる?私は働くのが好きだ。仕事はしていたい。そして結婚もしたいし子供もほしい。。。。全部やりたい。。。。
あ、それなら自分が社長になればいいんじゃない?そしたら自由に何でも決められて、やりたいこと全部できるんじゃない?それならずっと仕事ができる。どうせ一生仕事するなら好きなことしたい。
どうですか。とっても若々しくて初々しい発想。ちなみに、齢50を超えた今の私、結局、夫はいますが子供はいません。
そして、結果的には自分の店が自分の子供のような存在だなと、ずいぶんあとから思いました。
店を経営していく中での嬉しいことや楽しいこと、悲しいことや苦労、そんな経験をしながら自分自身が成長していく。きっと子育てされている方はこんなふうに感じながら日々過ごされているのかなと。
そして店が15年目を迎えた時、人間だと中学3年生、ずいぶん育ったなあとか、20年目を迎えた時には親として子育ては卒業、第2の人生を歩もうかな(何か新しいことにチャレンジしようかな)とか。
店が自分の子供。そんなふうに思います。現在、私の子供(店)は23歳になりました。
そういえば、ある経営者の勉強会で「共育」という言葉を教わりました。
自分が一方的に育てたり、教えたりする、ということではなく、自分も「共に育つ」のだと。店を育てていく中で、スタッフに対する想いも「共育」がいい。
この言葉を教えてもらった当時の私は、せっかく作った自分の店で常に焦ってイライラしている状態。
「なんでもっと皆、ちゃんとやれないの?」スタッフに対するイライラです。そんな気持ちを経営者が集まる勉強会で話したところ、ある経営者に言われて刺さった言葉が「共育」でした。
この言葉を聞いた時、すごく恥じ入りましたね。なんて自分は傲慢だったのかと。偉そうに他人に言えるほど自分は完璧な人間なのか?って。
💡「共育」
自分も共に育つのだ。他人を責めたり、とやかく言えるほど自分は完璧な人間なのか?
修業の本質
さて、26歳で将来について考え、「そうだ!自分が社長になってやりたいこと全部しよう!」と思った私は、27歳で当時勤めていた塾を辞め、お店オープンに向けて準備に取りかかった。
私は休日のカフェ巡りが何より好きだったことと、お花も好き、というこで
「花屋&カフェ」を作ろう!と決心したのだ。
そこでまずカフェの修業から始めることにした私は、カフェを併設したインテリアショップを都内数か所に出店している会社へ入った。
私の仕事の探し方は、履歴書を常に鞄に入れて持ち歩き、「お!この店いいかも!」と思ったら、とりあえずそのお店に入ってアルバイトを募集していないか聞いてみること。
アルバイト情報誌を見て探すより、直接行ってみなきゃ分からないだろうと。今日、急に店のスタッフが「一身上の都合で辞めます」とか言って、慌てて次の人材を探しているかもしれないし。
ま、20年以上も前の話です。今ならもっと便利な仕事の探し方がありますね。
で、当時の私はこの方法で本当に会社に入ることができた。
そこでは、カフェで提供する食材の仕入れから料理の仕込み、接客対応に加えて、日によってはインテリア雑貨や家具の売り場を担当する日もあり、カフェを絡めた複合店のノウハウを学ぶことができた。花屋カフェを作るにあたり大変勉強になった。
そこで1年半、現場を見たあと、今度は花屋で修業しようと思い、次の職場を探し始めた。
もちろんまた鞄に履歴書を入れて。
私が花屋でアルバイトをしようと思った時、決めていたのは「家族経営」のお花屋さんを見つけることだった。
家族経営なら、きっと現場に社長(その家のお父さんとか)がいる。そしてそういうお店なら社長の仕事を真横で見られると思ったのだ。きっと経営の勉強になるはずだ。
そしてまた私は運よく、「ちょうど一人辞めることになった」タイミングの花屋に雇ってもらえた。
このお花屋さんは2代目社長と奥さんとお母さん(先代の妻)そして数名のスタッフがいるお店だった。
花屋のアルバイトは10時出勤だったが、社長に頼んで早朝の仕入れから同行させてもらった。市場では仕入れの方法を教わったり、1万円を渡されて「あなたのセンスで仕入れしてきて。」と仲卸のエリアに行かせてくれた。
社長自身は競り場で競りに参加している間、私は一人で仲卸エリアへ。本来なら競りで全て仕入れた方が安いのに、少し割高になる仲卸エリアの方で勉強になるからと、仕入れをさせてくれた社長には本当に感謝しかない。
花屋のアルバイトも1年半続けた。それと並行して、横浜商工会議所の「無料創業個別相談」を利用し、「まず何から始めればいいのか教えてほしい」と専門家に聞きに行った。
「事業計画」「資金計画」を用意すること、出店地域の空き店舗を探し、家賃の相場を調べることなどを教わった。
ただ、当時の私は事業計画も資金計画も書き方なんてまったく分からない。何となくこんな感じが理想です、みたいな何の根拠もない数字を適当に並べただけだった。
そして休みの日には、いろんな空き店舗を見て回り少しずつ分かってきたことがあった。
「この店舗は花屋&カフェとして使えるようにするには、内装費と外装費がかかりすぎるな」とか、「消防の許可を取れるように作り変えるとかなりの予算を食うな」とか。
飲食店を作る時は保健所と消防の許可をそれぞれ取らないといけないが、それには防水の床面や防火の壁面などいろいろと条件がある。花屋だけならそういう許可はいらないから簡単。
さて、修業先の花屋での毎日は充実していた。市場での仕入れ体験のほか、仕入れた花の水あげ処理方法を教わったり(これをきちんと行うとお花が長持ちする)、ミニブーケやアレンジメントを作って店頭に並べたり。
お店の前には仏花、猫草、季節の苗もの、鉢花などを並べて売る。そんな花屋の日常業務を一通り全て体験することができた。
もともとこのお店は渋谷に近い都内の一等地で、今でも賑わう商店街の中にあり、駅からも近い。抜群の立地条件を持つお花屋さんだった。もちろん人通りが多く、お客さんも多い。
ところで私が「家族経営」のお店に入ったのは経営者の仕事を真横で見るためだ。花屋で修業した1年半は常に社長が現場にいたので、私はそれを見て学んだつもりだった。
社長は朝早く仕入れに行く。
社長は店で接客をする。
社長は大きな注文(花束やアレンジメント)を自ら作る。
社長は何やらお金の計算をしたり、時々銀行に行く。
これが社長の仕事だと思っていた私・・・
だから私は1年半の修業を経て、「よし!自分も出来るぞ」と思って起業してしまった。
しかし今ならわかる。この時、私が見ていた社長の姿はプレイングマネージャーとしての姿。現場のスタッフと同じ仕事(作業)を行っているだけ。これは「経営」ではない。
経営者の大事な仕事のひとつに「経営戦略」を立てる、というものがある。これは、どんな作戦を立ててどんな風にやっていくか決めること。
その作戦は何もないところから勝手に考えるのではなく、いろんな要素を吟味して立てる。だからちゃんと根拠がある作戦になるのだ。
そしてこの「経営戦略」という作戦は社長の頭の中にあるから、ただ近くで見ていても分からなかったのだ。私はそういうものが存在することすら知らなかった。
私はこのあと「丸腰」で起業してしまい地獄を見ることになるが、決定的に欠けていたのがこの「経営戦略」だった。
作戦(戦略)も武器(戦術)もなく、まさに丸腰で地獄の門の前に立ったのである。
💡経営戦略とは
どんな作戦で勝負するか決めること。これは絶対必要。
ところで、私の起業準備期間はちょうど丸3年。最初の一年半がカフェを併設したインテリア商品の販売会社。その次が家族経営の花屋で一年半。合計3年間だ。
ちなみに、修業した花屋の先輩方もそれぞれ独立をされていたが、みな10年以上修業をしている。それに対して私は1年半。当然、技術も未熟で経験も浅い。
だから起業したての頃は、大きな仕事が入ると先輩に頼って聞いたり、代わりに仕事をしてもらったりした。それでも、店をやりながら経験を積んで何とか続けてやっていくという若さゆえの勢いというか、無茶というか。
とにかく「やりながら覚える」という感じで進んでいった。
何もかもが若かった!
経営者脳
一度の判断ミスで600万円を失う
「丸腰」で起業した私は「経営戦略」もなければ「お金」もそんなに持ってなかったから、当然、開店準備の費用は極力抑えめでいった。
例えば店の内装や外装は自分たちでできるところはなるべく自分たちでDIYする。ペンキを塗ったり、板を打ち付けたり、タイルを貼ったり。
工事してくれる工務店の大工さんたちとは、毎日顔を合わせるうちに親しくなり、道具の使い方を教えてもらったり、手こずる我々を見かねた大工さんが道具を貸してくれたりもした。
外壁も板を自分たちで打ち付けていったが、上の方が不揃いになったまま作業を終えて帰宅し、翌日行ってみたら綺麗に一直線に切り揃えられていた、なんてこともあった。熟練の大工さんが「あまりにもガタガタで気になったから」と私が帰ったあとに揃えてくれたらしい。
また、水道配管の技師さんには厨房の洗い場に取り付ける水栓は一番安いものでお願いしていたのに、それよりもっといい「シングルレバー混合水栓」をサービスでつけてくれていた。
電気の配線の技師さんは私が頼んだものよりももっといいコンセントプレートを取り付けてくれていた。
予算のない若者だったけど、夢だけは胸いっぱいに開店準備を進めていた私に惜しみなく力を貸してくれた工務店の皆さんには感謝しかない。ちなみにこの時の工務店さんとはいまだにお付き合いがあり、何かあればいつもお願いしている。
そして自分たちでDIYをする、といっても私一人では無理な話。友人が休みの日に手伝いに来てくれたり、私の姉兄や姉の旦那(義理兄)や私の両親も何かと手伝ってくれた。多くの人に応援してもらってなんと有難いことか。
さて、こんな感じでとにかく予算を抑えて開店準備を進めていた私は、厨房内の設備もなるべく中古品を集めて揃えていた。その中で「食器洗浄機」をどうするか?という問題があったが、業務用の食器洗浄機は一番小さいものでも新品で100万円くらいする。中古でもなかなかの高額だ。だから私は食器洗浄機は買わない、という判断をした。そんなの手で洗えばいいんだ。贅沢はいかん!そんな風に判断してしまった。
というかどっちみち高くて買えなかったと思う。
ところが、5年ほどそのままカフェの営業を続けていたある日、ふと気づいてしまった。「あれ?そういえば、キッチンの洗い場は常に誰かが何かを洗ってる・・・」
そう、カフェでは仕込みに使ったキッチン道具やお皿やコップ、カトラリーなど洗い物が常に沢山出る。これを毎日スタッフが手洗いしていたのだ。すると一日だいたい5時間くらいは洗い場に誰かがいる。当時の時給は880円だったから一日あたり4400円払ってお皿を洗ったことになる・・・
ということは・・・
5年で600万円超えとるがな!
600万円払ってお皿洗っとるがな!
創業して6年目で慌てて業務用食器洗浄機、買いましたよね。100万以下で買えました。そしてこれが節水タイプでものすごくいい!しかもめちゃくちゃ早い!
この時、私は学びました。
贅沢はいかん!自分で出来ることは自分でやる!ということも確かに環境や状況によっては大事かもしれないけれど、経営においてはそうじゃない場合も大いにあると。
「経営者脳」で考えると100万円かかったとしても、それで人間の手が空くならその分もっとクリエイティブなことに時間を使えるのでは?お客様が喜ぶようなイベントを企画したり、見やすいメニュー表を作ったり、季節を存分に楽しめるような新メニューを開発したり。
機械ができることは機械に、人間はもっとクリエイティブなことに。
100万円は確かに大きい。だけど先にそれを投資することで、もっといい結果をもたらすなら、先に投資してよい。今はそんな風に判断しています。
💡経営者脳を使う
いい結果を得るために必要な投資は先にする。人間はクリエイティブな仕事を。

経営者の勉強会に参加して大いに勘違う
弱者の戦い方
お店を作って3年経った頃、私は経営者が集まる勉強会に参加するようになった。
その組織は神奈川県内の中小企業や小規模事業者、個人事業主や士業の方など、あらゆる業種の経営者が集まって真剣に経営を勉強をする会だった。
当時で700社ほどの会員数だ。
社員数や規模はそれぞれ違えども、同じテーブルについて語り合う中で、いろんな事例を聞きながら自社に置き換えて考えると参考になることが多々あった。
ちなみに創業して3年目の私はとにかくお金がなかった。売り上げは少しずつ伸びているけど、家賃や人件費などの固定費(売り上げに関わらず毎月必ずかかる費用)の方が多くていつも資金繰りに追われている状態だった。
経営者の会の会費は月7,000円で3か月分の21,000円をまとめて口座から引き落とすが、それすら払い続けられるか不安になるほどだった。実際、何回か遅れて払ったこともあったと思う。
当時の私は本当に毎日毎日、お金の心配をしなければならない状況に追い込まれていた。
それでも、この経営者の勉強会に参加したおかげで、いろんなことを教わり、改善できたことが非常に多かった。
その中でも特に印象に残っているのは、「ランチェスター経営戦略」について教えてもらったことだった。
事業が上手くいかない私を見てある経営者が教えてくれたのだ。
ランチェスター経営戦略は別名、「弱者逆転の法則」ともいわれていて、簡単に言うと「人・モノ・金」に限りのある小さな会社(店)はあれこれ手を出さず、何か一つに特化すること。つまり〇〇専門でいけ、ということだ。
少ない資源を分散させずに、一点突破!といった感じ。
ここでいう「弱者」とは業界シェア2位以下のものすべてをいう。つまり私だ。
日本全国の人に向けて大々的に何か売っていくのは「強者」の戦略。
一方、狭い範囲や限られた客層に絞って自分の商品を提供していくのが、弱者である我々が取るべき戦略(作戦)となる。
当時の私は修業した都内の、しかも超・好立地の花屋のノウハウをそのまま用いて営業していた。そもそもそのやり方しか知らなかった。お花に関するあらゆるものを仕入れて店頭に並べて売る、というスタイルだ。
しかしこのスタイルは「強者」の戦略になる。私が修業した店は、その地域の「強者」だったのだ。圧倒的な好条件の立地で売上もある。その地域の花屋の中でシェア1位をとっている強者だった。
しかし、私の店は横浜市内の住宅街の裏道。人通りは多少あったが
仕入れた花は売れずに腐らせ、廃棄率も相当高かった。この町にはすでに
強者の花屋がいたのだ。
ランチェスター経営戦略については沢山の本が出ていたので読み漁った。今ならYouTubeでわかりやすく教えてくれる動画がある。
当時の私は読んだ本から何となく言わんとすることは理解できたけれど、「じゃあ、花屋の私はどうしたらいいのよ?」というところまでは結び付かなかった。理論だけ分かっても、具体的に自分に落とし込めない、そんな状態だった。
そこでさらに参考になりそうな本を探したところ、全国各地の小さな会社やお店がそれぞれの商売でどんなふうにランチェスター経営戦略を行っているのか紹介する本を見つけた。
この本はシリーズ2冊出ていたのですぐに読んでみた。すると、2冊読み終わるころには「じゃあ花屋はこうやってみよう」とすんなり自分に置き換えることができた。
💡理論を知ったら、次はたくさんの事例を知ること。
すると自分に置き換えやすくなる。だからいろんな事例が聞ける異業種交流会もおすすめ。
ランチェスター経営戦略を知り、私は「事前受注型に特化する」ことに決めた。予約専門で商売をすることにしたのだ。
花屋の商品のなかで事前に予約がもらえる仕事は、誕生日や開店祝いなどに贈るフラワーギフト需要と教室事業(お花教室)だ。
この2つは事前に予約が入ってくるので、それに合わせて仕入れができる。それ以外は思い切ってやめることにした。
例えば、店頭にミニブーケやアレンジメントを作って並べて売ること。母の日にカーネーション、クリスマスシーズンにはポインセチアの鉢植えを多めに仕入れて並べて売ることなど。
今日このあと売れるかどうか分からないものを仕入れるような、一か八かの商売の仕方をやめて、事前にいただいた予約分だけを仕入れていくことにした。
そうすることで、廃棄率は下がったし、何より良かったのが「お花が長持ちする」という評価をお客様から頂けたことだった。お渡しする日の直前に仕入れた花だけを使うので、新鮮なのだ。
花は新鮮で花屋の技術も間違いなければ、長持ちするものなのだ。
このランチェスター経営戦略を取り入れたおかげで、結果的に私の店はこの地域で生き残ることができた。
というのも、当時この住宅街には5店舗を町全体に配置した非常に強いお花屋さんがいた。ランチェスター経営戦略でいうところの「強者」である。
町の要所要所に、例えば駅前の道路を挟んで2軒配置、大きなスーパー2軒の中にもそれぞれお店を配置するなど、完璧な布陣をとるお花屋さんがいたのだ。
そして5店舗分をまとめて大量に仕入れるのだから、当然私たちよりも安く仕入れられ、同じ赤いバラを売るにしても、販売価格や利益率で圧倒的に優勢。
私の店はこの5店舗の配置が描く円の中に位置しちゃってる・・・
まさに戦国時代だったら簡単に滅ぼされそうな、強敵に包囲された状態だったのだ。

それなのに、なぜこの地で17年間も小さな花屋が生き残れたか?
それは私が徹底的に事前受注型の商品に特化していったからだ。
フラワーギフトは主に「法人顧客」を増やしていくことに注力したので、単価が高く安定した収入源となった。この法人顧客は地元ではなく、横浜・川崎を中心とする地域から開拓し、最終的にはネットやメールから注文をもらえるようにしていった。
強者である5店舗のお花屋さんは「住宅街に住む地元の人」のためのお花屋さんだったので、何でも対応できる品揃えでフラワーギフトをはじめ、仏花や季節の鉢花、苗もの、買いやすい価格のミニブーケなど、ひと通り何でも販売していた。
しかしこの5店舗は販売だけでレッスンなど教室事業は行っていなかった。
つまり5店舗に包囲された環境の中でも私の店は、この強者のいる土俵に乗っていない状態を作り出していた。
強者の土俵は「豊富な品揃えで店頭販売」、一方、「弱者」の私は「法人顧客を開拓、オンライン販売、教室事業」だった。
ランチェスター経営戦略とは、小さくて弱いものが強い者を倒す話ではなく、戦わないで生き残る方法を教えてくれる。
💡弱者の生き残り戦略
弱者は強者と同じ土俵に乗らずに生き残る
💡ランチェスター経営戦略
することと、しないことを明確に決める
成功している経営者
経営者の勉強会に入って学んだことは書ききれないほど、他にもたくさんあった。あの勉強会での経験がなければ今の店はとっくに潰れていただろうと思う。それほど本当に私はこの会での学びと多くの経営者との出会いに助けられた。
そんな中で、私が逆に大いにしくじったことがある。
それは、自分と周りの経営者を比べてしまったことだ。周りの経営者はみんな正社員を抱えるすごい経営者に見えた。ちゃんと稼いでいい車に乗ってそうにも見えた。組織経営をする「ちゃんとした」経営者に見えた。
実際はいろんな経営者がいるから、みなそれぞれ状況はまったく違う。そもそもみんな悩みがあるからこの勉強会に来て学んでいる。
だけど、当時の私から見れば、とにかく周りの経営者はみんなすごい!そして成功してそうに見えたのだ。それに比べて自分はろくに給料も取れず、ずっと資金繰りに追われている。
何であの人はあんなに社員がいっぱいいるんだ?何であの人は話すと普通の人なのに会社がデカイんだ?何で私はダメなんだ?何が違うんだ?
とにかく自分が惨めだった。
当時の会員の構成比は男性経営者が85%、女性経営者が15%くらいだったと思う。だから勉強会に行くと、周りが男性経営者だらけだった。
そしてこれは大いに私の主観、個人的見解だが、男性経営者の中には、「社員数が多い」「事業所がたくさんある」「収入が多い」など、規模感やスケールの大きさを良しとする話がなされることが度々あったように思う。
でもこれは、私の受け取り方がそうだったという話で、みんながみんなそういう価値観で話していたわけではない。
それなのに私というフィルターを通すと、経営者として成功しているのは、正社員を雇用すること、店舗数を増やすことだと当時は思い込んでしまった。
今ならよくわかる。
誰もそんなこと言ってなかった・・・
それなのに私は「よし!正社員を雇用するぞ!それが経営者として成功するために必要なことだ!」と思ってしまった。
だから当時長くアルバイトで勤めてくれていたスタッフに正社員になってもらった。ちょうど彼女も人生の節目を迎え、正社員になりたいと思うタイミングだった。
当然、月々の給料は増えるし保険料などの会社負担も増える。でも気持ちは少し誇らしかった。
しかし現実は、ただでさえ資金繰りに追われているのに、ますます自分の首を絞めるような事態に自ら陥っていく。
一応、法人(有限会社)ではあるが私の店は1店舗あるだけで私以外に数名のスタッフが働いている。見た目も実質も個人事業と何ら変わらない。
事業規模でいってもこれなら、店主である自分以外はアルバイトスタッフを雇用してやっていくのが普通だ。
近所のケーキ屋さんの経営者に聞いてみたところ(花屋と客単価が似ている)、売上3000万円で経営者の家族が養える。一人社員を入れたければプラス1000万円の売上を作る必要がある、とのことだった。
うちの店にそんな売上はない。社長一人が食べていけないのに、正社員が雇えるわけもない。
だけど私はこうして数年の間だけとなったが、正社員を雇用する経営者となった。
大いに勘違いしていたころの話である。
そして勘違いはさらに続く。
姿を現さない経営者
今にして思うとなんでこんなことやってたのか、まったく理解できないが、
当時の私は、なるべくスタッフが前面に出て活躍し、私は見えないところで「経営」をする、というのがカッコいい経営者像だと思っていた時期がある。経営が何かも知らないのに。
経営者はとにかく現場の仕事ではなく、オフィスでパソコンに向かって何やらやっている、そんなイメージを持っていたのだ。
本当に今思うとものすごくばかばかしい。
小さな店の店主なら自分が一番前に出てお客さんと接するべきだと今は思うし、お客さんもそれを期待している。もちろん、同じようにスタッフもお客さんといい関係を作ってくれれば何よりだ。
それなのに、あえて表にはなるべく出ず、事務所にこもっていた時期がある。だからちゃんと落ちましたよね、売上。
同じく良かれと思ってやったことが、売上ダウンになった出来事がある。
それはスタッフと一緒に現場の仕事を頑張りすぎて、将来に向けた次の手が打てなかったこと。
事務所に籠っていた先ほどの話の真逆だ。私は真逆パターンもやったことがあるのだ。
経営者がスタッフと同じ現場の仕事だけをしていたら、来年の売上は下がる。常に先の手を打って、用意していかなければならない。
小さな店の店主はプレイングマネージャーだ。プレイもするしマネージメントもしなきゃいけないのだ。どちらか一方だけではない。やることがいっぱいあるのだ。
マーケティングを構築する
「ランチェスター経営戦略」を用いて予約専門、事前受注型に特化していけば、持てる力を一点に集中し、無駄が省けて売上もアップ、そして経営が安定すると思っていた。
だから私は「事前受注型に特化した」商品(フラワーギフト)やサービス(お花教室)を作ってきた。しかし、実際のところ売上はそんなに伸びなかった。
なぜか?
それは、ランチェスター経営戦略という作戦は作ったが、それを売るための「仕組み」が無かったのだ。
ここからは「売れる仕組み」を作る、
つまり「マーケティングを構築」していく。
売れる仕組み作り3STEP
商品が売れるまでには3STEP必要である。それなのに2STEPでやめてしまう人が多いような気がする。私がそうだった。いろいろアイデア(商品やサービス)は思いつくのに、なかなか売れないという人はぜひ以下をチェックしてみてほしい。
STEP1 ターゲットを設定する
【①商品を決める】
どんな商品にする?価格は?
【②ターゲットを決める】
その商品はどんな人に使ってもらうと喜ばれる?どんな人におススメ?出来るだけリアルに具体的に絞り込んだ人物像を作ろう。ペルソナともいう
【③キャッチコピーを決める】
ターゲットとした人の心に響くキャッチコピーを作ろう。
AIを利用すると一瞬で作れる
*ホームページやSNSでの発信、チラシなどにも使える
【④商品名を決める】
これもAIを使って作ると早い
STEP2 ツールを準備する
STEP1で作った商品を売るためのツールを用意する。例えばホームページ、SNS、パンフレット、チラシ、ショップカード、名刺など
STEP3 ツールを運用する
STEP2で作ったツールを実際に運用してみる。その際に必要なのは
「ツール+セリフ+行動」である。
ツール+セリフ+行動とは
では私が実際に3STEPで販売していたある商品をご紹介する。
今回、売りたい商品は「モテ花」という商品だ。
これは周りの誕生日を覚えていられない、でもせっかくだからお花は贈りたいという、忙しい男性経営者向けの「記念日登録フラワーギフト」だ。
まず祝いたい相手の誕生日を登録してもらう。自分の会社の社員さんや奥さん、日ごろ利用しているクラブ・キャバクラで働く女性など、誰でもよい。
毎年忘れずに花屋がきちんとお花を届けるというサービスだ。
これは、うっかり忘れて当日慌ててお花を探さなくてもいいように、誕生日がもうすぐ来ることを2週間前までにこちらからメールでお知らせし、今年はお花を贈るか?贈らないか?事前に確認する。
今年も贈りたいという返事をもらえれば、お花のイメージや予算、メッセージなどをお預かりしてお届けするというなんとも便利なサービスなのだ。
このモテ花を「売れる仕組み3STEP」に当てはめると以下のようになる。
STEP1ターゲットを設定する
【①商品を決める】
・3,300円~5,500円の花束
・社長(会社)から社員さんの誕生日に贈るお祝い花
【②ターゲットを決める】
・横浜市内の中小企業の男性経営者
【③キャッチコピーを決める】
モテるお花の贈り方
【④商品名を決める】
モテ花
STEP2 ツールを準備する
「モテ花」と検索すると出てくるホームページ、パンフレット、名刺を作った


贈る相手によってお花の価格帯がちがうので、それぞれの予算プランを作って提案する。
男性経営者がお花を贈る相手は主に3人いて、自分の奥さん、社員さん、そしてクラブ・キャバクラで働く女性たちだ。
それぞれにお届けするモテ花は
・社員さん用(モテ花サンクス)3,000円~5,000円
・奥さん用(モテ花アゲイン)10,000円
・クラブ、キャバクラ用(モテ花マグナム)30,000円~
といった感じになる。
STEP3 ツールを運用する ツール+セリフ+行動
私はモテ花の名刺を持って男性経営者と名刺交換する際に、この初対面の経営者の奥さんの誕生日を1分以内に自然な会話の流れで怪しまれず聞き出す、ということをミッションにしていた。
名刺交換をしたことのある方ならお分かりかと思うが、名刺交換って結構あっさり終わる。時間にして30秒から1分くらい。
私はこの短い時間の中で、相手の奥さんの誕生日を聞き出すために、どんな言葉を使えばスムーズに誕生日を聞き出すことができるのか、何度も何度も試してみた。
最初に使ったセリフは「花屋カフェをしている今村です」
このセリフだと「カフェもやってるの?今度コーヒー飲みにいくね」とか話が逸れる。
だから花以外のことを言うのをやめて、次に「花屋の今村です」に変えてみた。しかし、これはインパクトが無さ過ぎて、普通に終わる。
いろいろ試した結果、一番相手の反応を引き出せるのはこの言葉だった。
「どうも!モテるお花を売ってる今村です」
すると相手は「えっ?モテるお花って何???」と聞き返してくれる。
そこで私は、奥さんの誕生日を忘れて怒られたことはないか?毎回慌ててプレゼントを用意していないか?など確認し、モテ花に登録さえすれば、毎年忘れずにお届けできるので、「奥さんにモテますよ。」そう伝えるだけだ。
このセリフを使うことで「それは便利で助かるね」とか「じゃあうちの奥さんの誕生日、〇月〇日登録しといて」という流れになることが増えた。
やったー!誕生日、教えてもらった!わーいわーい。
そんな気持ちをグッとこらえて、私はそっと携帯を取り出し、今聞いたばかりの誕生日と社長の名前を店のメールアドレスに送信する。
教えてもらった誕生日はとにかくその場でどんどん店のパソコンに送らないとすぐに忘れてしまう。
そして翌日出勤すると、早速昨日のメールを確認し、社長へ名刺交換のお礼と誕生日(記念日)登録完了のお知らせを送信する。時期によってはかなり先の来年になることもあるが、とにかく奥様の誕生日の2週間前までに、こちらから記念日のお知らせメールを送ること、その時、お花を贈る贈らないの判断ができることなどを伝える。
するとほとんどの社長は一度返信をくれるのだ。
「昨日はありがとう!記念日のお知らせ、助かります。来年からよろしく」
こうして集めまくった誕生日はかなりの数になってきた。これを1日たりとも漏らさずに、まずは2週間前までにお知らせメールを送らなければならない。
今ならいろんなアプリやAIを使ってシステムを構築し、もっと簡単に記念日管理できるのだろうが、当時の私たちは何から何まで人力でやっていた。
記念日管理をしているのは在宅勤務のスタッフ。このスタッフは事務、経理、記念日管理などを担当している。
彼女のおかげでこれまで何年にも渡り、登録されている記念日のお花を送り続けることができている。
さて、この在宅勤務のスタッフから社長へ記念日のお知らせメールが送られると、今年の誕生日もお花を贈ってよい(贈らなくてよい)などと返事がもらえる。
その返信メールは花屋の現場スタッフに共有されるので、店では誕生日に合わせてお花を用意し、出荷、お手元に届ける、という流れだ。
そして月末には在宅勤務のスタッフが請求書を出して、翌月には会社の口座に代金が振り込まれてくる。
うまくいった成功パターンであるこの流れを一年中回していた。
いつ、だれが、どんなセリフでどんな行動をとるか、全て決まっているのだ。
私がモテ花の名刺を差し出しながら「どうも!モテるお花売ってる今村です」と言うところから、会社の口座にお金が振り込まれるまで。
いつも同じパターンでグルグル一年中やっているのだ。
こうやって売れる仕組みを作り、マーケティングを構築した。
💡戦略と仕組みづくり
戦略(作戦)を立てたら、次は売れる仕組みを作っていくこと。
これで「マーケティングを構築した」と言える
フロント商品とバックエンド商品
こうして男性経営者の奥さんの誕生日(または結婚記念日)を集めて一連の流れでお花を売っていくという形ができた。
しかし、この流れはここで終わらない。
中小零細企業の経営者は社員数にもよると思うが、まず秘書がいる人はあんまりいない。というか、23年間で1人しか見たことない。そして、社内に総務部などの部署がちゃんとあるくらい組織が整っているともいえない。会社の規模による。
だから取引先の移転祝いのお花や社長就任祝いのお花の注文は社長自身が行ったり、社員さんから社長に相談が持ち込まれる場合が多い。
そんな時、モテ花でしっかり私が「花屋」であることをアピールできていれば、「そういえば、花屋いたな。」と思い出して、何度かやり取りしたメールの履歴から再び店にメールが届く。
「取引先の社長就任祝いにフラワーアレンジメントを送ってほしい」
「うちの会社の取引先にお祝いの胡蝶蘭を送ってほしい」
これなら年に何回か注文が届くし、単価も高い。
奥さんの誕生日は年に1回しかないが、会社が使うお花の機会は年に数回はある。単価も高い傾向にある。
社長の個人的な注文であるモテ花(フロント商品)をきっかけに、会社で使うお花の仕事を全部もらう。
これが最終ゴール(バックエンド商品)となる。
フロント商品(モテ花)だけで運用すると次々集客を仕掛けていかないといけない。毎回毎回新規の申し込みを追い求めることになる。
しかしバックエンド商品(本命商品)である法人顧客のお花需要に対して商品を提供していければ、年間を通して売り上げが安定してくる。
ラフルールはお花の販売だけでなく、フラワーレッスンなど教室事業も行っているが、その教室事業にもフロント商品(体験レッスンや1dayレッスン)とバックエンド商品(ベーシックコース、プロコース)などがある。
💡フロント商品とバックエンド商品
フロント商品だけでは、毎回の集客に疲れる。必ずセットでバックエンド商品も用意しておこう
ターゲットを変えて横に展開する
さて、社長から奥さんや社員さんに贈る誕生日のお花はこれで仕組みができた。在宅勤務のスタッフがしっかり記念日管理してくれている。
ならば次はターゲットを変えて同じ商品を売ることはできないか?
つまり今回のターゲット「中小企業の男性経営者」を別の誰かに変えて、同じように記念日を管理していくのだ。
そこで考えたのが、目の前に沢山いるカフェの女性顧客。
花屋が持っているデータによれば、女性が誕生日のお祝い花を贈る相手は主に「お母さん」と「お義母さん」である。
ではこの「お母さん」と「お義母さん」の誕生日を目の前の女性顧客から、自然な形で聞き出す方法はないだろうか?
普通にカフェを利用しているだけだから、モテ花みたいに名刺交換なんてできない。あのセリフは使えない。
スタッフとも作戦会議をしたが、これはあっさり答えが出た。
母の日の申込書に誕生日欄を加えるだけ。みんな普段はお花を買うことはなくても、母の日はこぞって注文をくれる。その時、お母さんの名前と住所、電話番号を書いてくれるが、ここに誕生日欄を付けておくだけ。
もちろん1行ほどの案内文もつけてある。
「ハピ花に登録すると、毎年忘れずお花をお届けします」
モテ花って名前はもちろん今回は使えない。だから「みんながハッピーになるハピ花」と命名した。
あとはやることは一緒。誕生日の2週間前までにお知らせして、今年はお花を贈るか?贈らないか?聞くだけ。贈るという返事をもらえれば、花屋の現場のスタッフがお花を用意し送り届ける。
新しいターゲット「カフェの女性顧客」の記念日登録はこうして年に1度、母の日に絞って毎年集めていった。


まだまだ横に展開させていこう。
中小企業の男性経営者⇒カフェの女性顧客ときて
次は「法人顧客」だ。
現在まで実際につかってもらっている業種は保険会社、商社が多い。こちらもまったく同じパターンで仕事をしていくが、
モテ花、ハピ花という名前は使えない。
今度の名前は「記念日通知サービス」にした。すごくまっとうな名前である。


花屋にできること
記念日通知サービスが生まれたきっかけは、ある美容商材の商社さんだった。こちらの会社からはよく美容室の開店祝いのお花の注文を年間通していただいていた。
そしてある時、気づいた。開店祝いを贈ったということは来年は1周年だ!ん?ということは去年贈った開店祝いは今年が1周年だ!記念日だ!
そこで在宅勤務のスタッフが過去のデータも出してきて、これまでに開店祝いを贈った注文主に、「もうすぐあのお店〇周年ですよ。お祝いのお花を贈りませんか?」とお知らせしてみた。すると5%の会社から再注文が入ったのだ。
5%って少ないと思う?でもこれは毎年毎年5%伸びていくかもしれないということ。例えば開店祝いのお花をこれまで毎年100件送っていたとする。
1周年を迎えるお店を含めると来年は105件、翌年は110件、その翌年は115件、120件と増えていく。毎年100件だけだった開店祝いのお花をこうして再注文を繰り返すことで、今では一番長くお届けしているお店は18周年を迎えている。
同じサービスを横に展開して、中小企業の男性経営者⇒カフェの女性顧客⇒法人顧客へとターゲットを広げていくことができた。
この周年祝いのお花はお届け先にも注文主様にも大変喜んでもらえる商品だということが分かった。
ある時、いつも美容室の開店祝いをくれる会社の社長からこんなことを言われた。
「開店祝いのお花は沢山集まるけど、1周年を覚えている会社は少ないから、お客さん(美容室)からとっても喜ばれたよ」
価格競争が厳しく、これまでお付き合いがあった美容室からある日突然切られることもあるという業界で、この周年祝いのお花を贈り続けることでお店との絆が深まったと。
お花って本当は無くても生きていけるものだけど、こうやって美容室と商社のビジネスを繋いでお役に立ててるんだと知ったとき、お花って素晴らしい!花屋やってて良かったなあと思えました。
💡うまくいったら横に展開する
ターゲットを変えて同じ商品を売ってみよう
その時、商品名や見せ方は変わっていても本質は変わらない
効率化を求めて失うもの
細かすぎる領収書
これまで二人の税理士さんにお世話になっている。最初の税理士さんは起業当初から7年間お世話になったが、当時の私は経理や会計がまったく分からず、月次決算書を持って訪ねてきてくれる税理士さんに何ひとつ質問も相談もできない状態だった。だからいつもだいたい雑談をして帰っていくのだが、ある時、あまりにも経営状態が悪い私を見かねて、「もう商売やめた方がいいのでは?」と言ってきた。本当に、あの当時を思い出すと今でも心がチクチク痛むほど、悲惨な毎日を送っていたが、それでも諦めずにあの手この手を打って、まだまだ前向きだった私にはショックな一言だった。
だけど、私は大丈夫。なぜなら経営者の勉強会でこれまた教えてもらった画期的な言葉があった。
💡「経営者が諦めなければ、会社は絶対つぶれない」
すごい画期的!諦めなければ潰れないの?それなら簡単じゃん!私、絶対諦めないし。
好きなことを仕事にしているので、むしろ諦める方が私にとっては難しかったのだ。
そんなこともあって、ちょうどご縁のできた別の税理士さんに今後はお願いすることにした。すると最初の月次決算書の打ち合わせの時に、この新しい税理士さんから早速こんな一言を言われた。
「このお店は細かい金額の領収書が毎日毎日多すぎる。近所のパン屋さん、八百屋さん、100均で買い物しているつもりでも、毎日毎日スタッフが買いに行けばその往復の時間分の人件費がかかってますよ。毎日100円の買い物をしているつもりでも、500円払ってるようなもんですよ」と。
た、た、た、確かにー!!
この時点でもう7年目。もっと早く気づくべきだった。(おい!最初の税理士!)いかに私が何も知らずに起業していたか、ということだ。人が移動すればそれだけ人件費がかかるのだ。
そこから改めて食材の仕入れ先を見直し、なるべく配達で持ってきてもらえる業者さんに変えていった。
そしてこの「スタッフも自分も移動させない」というルールは花屋でも活用した。これまでは喜んで遠くまで直接お花の配達にも行っていたが、今後は範囲を絞って配達可能とした。決めた範囲外には送料をいただき、配送業者さんに全国へ運んでもらう。
遠くまで配達していた頃は、渋滞にはまると店に戻る頃にはヘトヘトだ。そんな時、私は「ああ、今日もよく働いた」と思っていたのだ。移動しただけで1円も生んでいないのに。
ちなみに今の配達範囲は片道10分以内の範囲に設定している。
💡移動は1円も生まない
少し賢くなった私はさらにいろいろ考えた。その一つが効率化だ。限られた人数で店をやっていくには、無駄は省かねばならない。そこでまず考えたのが、カフェのメニュー構成と仕込み時間のバランスだった。
効率化を優先し、大切なものを失う
当時お客様に美味しいと好評だったランチには、安心安全なこだわり野菜のオーブン焼きが副菜としてのっていた。野菜そのものの味が濃いので、オーブンで焼いてシンプルにオリーブオイルと塩だけで食べると格別美味しい。素材がいいので余計な味付けはいらない。その野菜は自然農法などで育てられた野菜や地産地消に取り組む近所の八百屋さんから仕入れていた。
つねに5~6種類の野菜をオーブン焼きにする前に、それぞれの野菜に合わせた方法で仕込みをしていたから、非常に手間のかかるものだった。さらに付け合わせのスープの仕込み、そしてメイン料理の仕込み、デザート類やパンケーキなどもあり、カフェは本当にやることが多かった。
少ない人数でこの全てを行うには限界がきていた。そこで、ランチプレートの盛りつけを見直すことにした。
これからは野菜のオーブン焼きではなく、予め器に小分けにセットした数種類のデリを増やすことにした。注文が入ればすぐプレートに器ごとのせられる。仕込みも楽になったし、提供スピードも速くなった。しかし、お客様の満足度はどうだろう?
オーブン焼きの野菜を食べて、あんなに目をキラキラさせながらニンジンの味をほめてくれたり、初めて食べたという珍しい野菜について質問してくれたり、その時のほうがお客様の笑顔や感動は大きかったように思う。
効率化は自分たち店側のためだった。お客様のためではなかった。もちろん、仕事量の多さなどカフェの現状は厳しい状況だったけれど、もっと他の方法があったのではないかと思う。メニューをしぼって美味しいプレートを提供し続けることが本当はできたのではないか?
もっとお客様のことを一番に考えるべきだったのではないか?そんな後悔がある。
主婦が働きやすいお店とその夫
お店に働きに来てくれるスタッフは全員女性で、移転する前の17年間は常に3~4人がシフトを組んで働いていた。最初の10年ほどは独身の若い女性が多かったが、10年過ぎるころには地元の主婦が増えてきた。まだお子さんも小さかったり、部活が忙しかったり、様々だ。
ある日、地元のお祭りがあった日、私たちはお祭りに出店しつつ、店の営業もしていたので大忙し。だからこの日はスタッフ総動員で臨んだ。
閉店時間を超えても片づけなどが終わらず、この日はみんなで残業して夜7時くらいに解散となった。やり切った達成感でみんな最後は笑顔で帰路についた。
すると次の日あるスタッフに言われた。
「昨日、帰りが遅くなったのを夫に叱られました。」
もう仕事を辞めるように言われてしまったとのことだった。
たった1回の残業だったが、このような結果になってしまった。
今思うと大変申し訳ないことをしてしまった。各家庭の事情を思いやることなく、全員同じ働き方を求めてしまった結果だった。
これからもスタッフとして働きにきてくれるのは地元の主婦が中心になるだろう。すでにもうその状態になりつつある。それなら、夫から何か言われることを気にしながら働かなくて済むように、これまでの店の営業スタイルを見直さなければならない。
店側が働く人に合わせて変えていった方がいいだろう、そう思った。
そこで、営業時間の見直し、土日営業のことなど主婦スタッフに負担がかからないやり方を考えていった。しかし、どうしてもそうなると営業時間の短縮や日曜・祝日営業の取りやめなど、後ろ向きな方向へいってしまう。
だから、主婦スタッフは無理せず平日の昼間を中心に残業なし、土日祝日は私や独身スタッフが主に店番をするなど、出来る限り対応していった。
しかしこれは根本的な解決にはなっていなかったし、お客様にとってもご不便をおかけするような営業スタイルになっていった。
これで救われると思ったら最後のお金まで使い切って詰んだ話
常に資金繰りに追われて不安な毎日を過ごしていたが、一時、心の休息が得られる時もあった。
それは、銀行から運転資金の借り入れをしたとき。数百万円が会社の口座に入る。もちろん利子を付けて毎月返済しなければならない。が、とにかく、これで数カ月~1年は心に余裕ができる。
この前向きになれる期間中に、張り切って次の一手、そして次の一手を打ち、事態を打開していかなければならない。
しかし、当時の私は次々アイデアを出してやってはみるものの、大きな成長はできずに結局、振出しに戻る。これといった急成長などもない。
みるみる口座のお金は日々の支払いに消えていった。そうなると、状況はますます悪くなる。振出しに戻って借金だけが増えている。
口座に残っているのはあと45万円。私は最後の勝負に「ブランディング」を外注することにした。
経営者の会で知り合った中に、ブランディング会社の社長がいた。その会社はだれもが知っている都内の話題のスポットの数々をブランディング&プロデュースしていた。
その会社が、大手企業だけでなく、せっかく知り合った中小零細・個人事業の経営者仲間たちの役に立ちたいという想いから、価格やプランを調整したブランディングサービスを始めたのだ。
ちなみに当時の私のブランディングの知識といえば、素敵なロゴマーク、素敵なショップカード、素敵なホームページと素敵なキャッチコピーがあるお店。その程度の認識だった。
さて、いくら中小零細企業向けに価格を調整してくれたとはいえ、それでも私には手が出せない価格だった。
しかしそのタイミングでちょうど利用できそうな補助金の募集がでていたので、申請することにした。
補助金とは、国や地方自治体などから支給されるお金のことで、事業を拡大したり、新しいことにチャレンジするときに使えるお金。原則、返済が不要で申請した事業にかかる費用の一部を負担してもらえる。ただし事業計画書などを提出し審査があるので、全員が必ず貰えるわけではない。
私はこのブランディング会社に相談して、補助金が通ればそれを利用してブランディングにより、自社を生まれ変わらせたいことを伝えた。
打ち合わせで訪れた東京・青山にあるおしゃれなオフィスでは、
一面の壁すべてがホワイトボードになっていて、そこには私の店について何やら沢山書き込まれていた。
矢印がいっぱい伸びている図も描かれていて心からワクワクした。壁いっぱい使って、ブランディングのプロたちが私の店のためにいろいろ考え、アイデアを出してくれていたのだ。
そして今後の方針や方向性など話し合いながら、私はこれでやっと救われると思った。強い味方を手に入れたと思った。これまでの資金繰り地獄からやっと解放される、そう思って帰りの車の中ではハンドルを握りながら涙が出た。
心からホッとしていた。やっと救われる、そう思っていた。
しかし補助金の審査には通らなかった。
私はがっかりしてこの社長に電話で詫びた。せっかくいろいろ考えてくれたのに、結局仕事をお願いすることができずに本当に申し訳ないと。ここまで少なからずプロに動いてもらったし、打ち合わせ費用を請求してほしいことも伝えた。
請求金額は45万円だった。これで口座の残金は0円になった。
こんな苦い経験をしたすぐあとに、別の経営者が教えてくれたことがある。
ブランディングとは、かっこいいロゴマークやショップカードをつくることではなく、「お客様との接点を磨くこと」だと。
カフェなら気持ちの良い接客、トイレは常に綺麗か、美味しい食事を提供できているか、店内は綺麗に整えられているか。そんな当たり前のことをきちんと磨き続けること。そうやって店のブランドは作られていくんだよと。
中小企業ながら国内シェア1位をとっているあるブランドメーカーの社長が言うんだから間違いない。
もうちょっと先に教えてほしかった。
💡ブランディングとは
店とお客様との接点を磨くこと。
地獄のどん底でファミレスの神様に出会う
軌道には乗ってません
正社員を雇用し、ブランディング会社に45万円支払って何も得られず、いよいよ資金が底をついたのは起業して12年が経った頃。
この間もずっと資金繰りに追われ、悲惨な毎日を過ごしていた。それなのに人からは「だいたい何年くらいで軌道に乗りましたか?」なんて聞かれて答えに困った。全然、軌道に乗ってない。
それでも悲惨な状況がお客様に伝わらず、むしろ軌道に乗っているように誤解されたのは、私の表情が明るかったからだと思う。顔に出ないタイプといえばそうだが、実際、店に立って現場の仕事を夢中でやっていると楽しい。
次はこれをやってみよう!これを試してみよう!そんな風に毎日仕事をしていたので、仕事自体はやはり楽しかったのだ。
それにカフェの営業で日銭が入ってくることも大きかった。
資金繰り地獄
店の家賃、スタッフへの給料、そして自分の家の家賃。私にのしかかる毎月の大きな出費はこの3つだった。
創業当初から一般的に家賃は月末、給料は毎月25日に支払うもんだと、深く考えずにやっていた。だから毎月月末が近づくと心が重くなった。一気に支払いが襲ってくる。
給料日なんてもらう側は嬉しいだろうが、払う側にとっては地獄、そんな気持ちだった。
今なら大きな支払い日はなるべくひと月の中で満遍なく散らして、キャッシュフロー(お金の流れ)のバランスを均一にする。
💡支払いのタイミングをコントロールする
お金の流れをみてバランスを取ろう。
しかしこの頃、そんな知恵もない私は売上が足りずに資金繰りに追われる中で、その日のカフェの売上を次の日の仕入れ代に回したりもした。
本当にひどい時は、もともとそんなに持っていなかったけど個人で所有する数点の貴金属を売って現金に変えたり(今思い出すと、数万円にしかならなかったがそれでも一時助かった)、父から借金したりしながらギリギリの綱渡り状態だった。
そしていよいよお金が底をついた時、初めてお金がなさ過ぎて涙がこぼれた。
これまで「私ならできる!」という根拠のない自信に支えられ何とかやってきたが、そんな自分自身のことを信じられなくなった。
私にはもう無理なんじゃないのか?どんなにやっても結果が出せない。ただただ恐かったし悲しかった。自分自身を信じられず、ついに心が折れた。
こういう時、人は苦し紛れにもがいて、ますます違う方向に行こうとする。
ファミレスで神様に出会う
いよいよお金が無くなって、自分を信じることも出来なくなり、絶望したとき、わずかに残ったお金を使って近所のファミレスに一人で夜ご飯を食べに行った。どんなにどん底でもお腹はすく。
そして注文したメニューを待ちながら私はこんなことを考えていた。
「どこかでバイトするか?花屋の仕事が終わったあと、夜間と休日を使って時給の高いお店でバイトしながら現金を作るか・・・」
「賽銭泥棒する人って、ほんとにこれくらいお金に困ってる人なんだろうな・・・」
「体を売る女性たちもこれくらいお金に困ってやってるのかな。あれ、どういうシステムでやってるんだろう?」
とにかく「本業以外のこと」で、何か収入源を作れないか、あれこれいろいろ考えていた。もちろん泥棒と売春以外で。
その時の私の顔はきっと疲れ切って負のオーラ全開だったと思う。
そんなことを考えていた時、隣のテーブルから声が聞こえてきた。
そこにはいつの間にか20歳くらいの若い女の子がいて、一人で電話しながらフライドポテトをつついている。
イライラしながら電話の相手としゃべっていて、表情も険しい。私が言うのもなんだが、その様子は大変やさぐれていた。
そして聞こえたのだ。
「3万円でどう?はあ?もういいわ。次、チェンジして!」
ん?んん?今なんと?
あなた、今なんと言った?
俄然興味が出てきた私はさっきまでの思考を一旦停止して、彼女の会話に耳を澄ませた。
どうやら電話を使って不特定多数の相手と値段の交渉をしている。どういうシステムか知らないが、相手の男性と交渉が上手くいかない場合は相手をチェンジできるシステムらしい。
まじか・・・今ちょうど考えていたことを隣でやってる・・・まじか・・・
結局その女の子は値切られ続けて15,000円で話がつき、そのまま店を出ていった。これからきっとその相手に会うのだろう。彼女の当初の目標額の半額になっていた。
私は思った。
20歳の若い娘でもこんなに値切られる。私は30歳を余裕で過ぎている・・・もしかして私、5,000円とかかもしれない・・・
それなら頑張って自分の店でランチや花束売った方が早くないか?胡蝶蘭の注文をもらえるように頑張った方がよっぽど良くないか?
ハッ!!結局、余計なことは考えずに自分の本業にしっかり向き合って仕事するべきなんじゃないのか?
彼女が去ったあと、私はハンバーグを食べながら心に誓った。
もう一度、ちゃんと自分の仕事に向き合おう。
あの日、神様は20歳のやさぐれた女の子の姿をして私の前に現れてくれたのかもしれない。「余計なこと考えてないで、しっかり本業を頑張りなさい」と。
この日以降、確かにいろいろな面で私は変わり始めた。
お金がなさ過ぎてお金の本質に気づく
ファミレスの神様に出会ってから、私はもう一度、丁寧に自分の仕事に向き合うようになった。
日々、実直に打てる手を打ち続けた。もう余計なことは考えない。落ちるところまで落ちて、心が清々しい状態だった。
すると、これまで耳に入らなかった周りの言葉が自分の心に届くようになった。
ある時、カフェを利用してくれていたママさんグループが帰り際にこんな会話をしていた。
「はあ~♪今日はゆっくり出来て楽しかったね、また明日から頑張れるね」
少し離れた場所から聞こえてきた何気ない会話だったけれど、私にとっては今でも忘れられない言葉だ。
うちの店を使ってこんなに喜んでくれる人がいる。うちの店があることで明日からまた頑張れるらしい。この店が人の役に立っている。それならこの店を作った甲斐があったじゃないか。
また、ある時はカフェに通ってくれていたお客様が夫の転勤で名古屋に行くことになったと挨拶に寄ってくれた。
オープン当初から来てくださるご近所さんだったので、寂しい気持ちはあったけれど、カフェ好きなその方に「名古屋にはたくさん素敵なカフェがあるから楽しみでしょう。」と答えた。
するとその方は、「いやいや、こんないいカフェ(うちの店)他になかなか無いよ」と言ってくれたのだ。
その時はじめて気づいた。この方にとって花屋カフェの存在は大きかったのだ。ここに来れば知り合いになった他のお客様やワークショップで出会った仲間に会える。地元を歩けば顔見知りになった人たちと挨拶を交わせる。
そんな出会いの場所として、そして一人でゆっくり寛ぎたいときに静かにコーヒーを飲む癒しの場として、何年もずっと利用してくれていたのだ。
そんな風に自分の店が誰かの役に立っていることを、ここでもまた教えられた。
そんなお客様の想いに気づくことなく、毎日資金繰りに追われるうちに、私はいつの間にか経費のために仕事をする人間になっていた。
家賃を払うため、給料を払うために、あと何個の花束を売って、何個の胡蝶蘭を売ればいいのか。カフェであと何皿のランチを売れば経費を賄えるのかと、そればかり考えていたように思う。
経費のために仕事をしていた頃は、本当にお先真っ暗で、なんの希望もなかった。
自分は何のために生まれてきたのかも分からなくなった。
家賃を払うため?自分は誰よりも長時間働き、ろくに給料も取れないのに
スタッフには給料を払うために生まれてきたのか?こんなことがいつまで続くのか?
なんのためにこの店を作ったんだ・・・・
何やってんだろ私・・・
だけどカフェを利用してくれたママさんや、名古屋に引っ越されたお客様からもらった言葉は私の心の奥に確かに届いた。
きっともっとずっと前から、耳をすませば同じような言葉を沢山もらっていたはずだ。だけど、私の心がちゃんとキャッチ出来ていなかったんだと思う。
そしてようやく分かった。せっかく店まで構えて花屋カフェをやっているのに、なぜあんなにお金が足りなかったか。
それは、うちの商品やサービスを喜んで使ってくれる人の数が少なかったからだ。
お金は商品やサービスを提供すれば交換で入ってくるものだ。とっても単純な仕組みなのだ。だからいろんな人の顔を思い浮かべてその人のために、その人が喜んで使ってくれる商品やサービスを提供するだけでいい。
それなら私にも出来る。いやむしろ簡単だし得意だ。好きで始めたこの仕事、花とカフェの素晴らしさを人一倍感じている。好きなものだからこそ、いくらでも誰かのために、誰かが喜んでくれそうな商品やサービスを思いつく。
私は花とカフェを使って、喜ぶ人の数を増やすだけでよかったのだ。
そして確実に喜んでもらえるものは、日ごろからお客さんの話を良く聞き、何を求めているのか?何に困っているのか?どんなことに不便を感じているのか?そこからニーズをくみ取って、自分にできる商品やサービスを生み出すことだ。
私は自分が大好きな花とカフェを使って徹底的に喜ぶ人の数を増やすことにした。
💡お金とは
自分にできること(商品やサービス)で喜ぶ人の数を増やせばお金は入ってくる
家賃交渉
店の家賃
ファミレスの神様に出会ってから私は変わったが、すぐに売上が急増するわけではなかった。
とにかく毎日、地道にコツコツと出来る限りのことをした。その中の一つが家賃交渉だった。
店舗のある建物の2階から上は大家さん家族が住んでいた。私は毎月月末に家賃18万円を持って支払いに行っていた。
実はずいぶん前に家賃の値下げをお願いした時、すんなり1万円下げてくれていたので今回は2度目の家賃交渉となる。
大変申し訳ない気持ちで、今回は3万円の値下げをお願いしてみることにした。しかし、大家さんの家計にも事情があり難しいとのことだった。
そこで私はこんな提案に切り替えた。店舗を借りた時に支払った保証金180万円(敷金みたいなもの。退去するときに原状回復費用として使ったり、万が一の家賃滞納に備えるため大家さんに預け入れる。家賃10カ月分)この保証金から1年間だけ、毎月3万円を家賃の一部としてそこから取ってもらえないか?
毎月月末に私が持っていく現金15万円と合わせて合計18万円になる。1年間だけにしたのは、実際に店を退去する場合の費用を算出したところ、80万円あれば退去できる見積が出来ていたから。
1年間、保証金から毎月3万円を家賃に充てれば合計36万円。保証金は十分残るはずだ。
この提案が通り、ひとまず1年間は少し負担が軽くなった。
自宅の家賃
当時住んでいた部屋の家賃は、店から歩いて1分の場所にある不動産屋さんへ直接現金で持っていくという決まりだった。
通帳みたいな小さな冊子に家賃を挟んで渡すと、日付、判子を押して返してくれる。
月末の支払いのうち、私は店の家賃の支払いを優先していたので、自宅の家賃は1日~3日程度、たびたび遅れた。
不動産屋さんは親子で営業していて、ビシッとスーツを着たお父さんと息子さんが店にいた。いつも最低限の挨拶だけで会話はなく、家賃のやり取りをするのだが、私は内心ビクビクしていた。
今日こそ言われるかもしれない。一番ひどい時で5日遅れた日もあって、今日こそ注意されるかもしれない。
でも一度も家賃が遅れたことを責められることなく、ただ「いつもごくろうさま」と言って判子を押して返してくれる。
本当に有難かった。何も言わずにいてくれることでどれほど救われたことか。
やっと商売が面白くなってきた
創業して12年を過ぎるころには商売って面白いなあと感じることもあった。
これまでは必死すぎて自分の店のことしか考えられなかったのに対し、少し視野が広がり周りが見えるようになってきたのだ。
例えば、自分の店がある裏道界隈の他のお店のこと。駅前の商店街のこと。そしてこの町のこと。
視野が広がったきっかけは地元の祭りだった。
1年に1回毎年行われる地元の祭りは「梅まつり」。この日は地元の人のみならず、遠方からも梅を見に沢山の人が町を訪れる。
すると、ランチを提供している商店街や裏道の飲食店が軒並み儲かるのだ。普段は見かけないのに、この日だけは外にまで行列ができる店もある。私の店もとんでもなく混雑していた。町全体が大賑わいするのだ。
そして私は思った。今日だけこの町がディズニーランドみたい。ディズニーランドって毎日こんな感じなのかな。こんなに賑わって、こんなにどのお店も潤う。いいなあ。それなら1年中ずっと梅が咲いてればいいのに・・・
でもそれは無理。だったら梅だけでなく、町全体の魅力が上がれば訪れる人も増えるのでは?ディズニーランドのように。
私の視野は自分の店のことだけでなく、地域の店や町全体をイメージできるまでに広がっていった。
誕生!ご近所デリプレート
ある日、家族みんなで食事をしに来ていた知人が私に言った。
「ごめん、どうしても子どもが前のお店で売ってる唐揚げを食べたがってるから、買ってきて食べさせてもいい?」
当時、私の店のお向かいにはテイクアウト専門の唐揚げ屋さんがあった。通りに面した壁が全てガラス窓だったので、こちらからよく見えた。
これがきっかけで、「ご近所デリプレート」が誕生した。
ご近所デリプレートとは次のような構成になっているランチプレートだ。
1.目の前の唐揚げ屋さんの大きな唐揚げ3つ。注文が入ったら、スタッフがタッパを持って唐揚げをもらいに行く。これで揚げたてアツアツの唐揚げの準備完了。ちなみに店の中から一連の流れは丸見えだが問題ない。むしろ皆笑って見ている。
2.店の斜め前にある天然酵母のパン屋さんの丸パン。こちらのパンは毎朝、焼き立てを店に届けてくれる。食パンの生地を丸くして焼き上げたもので、当然美味しい。
3.近所の八百屋さんのこだわり野菜を仕入れて作ったデリやスープ
専門店がそれぞれこだわりを持って提供している唐揚げやパンや野菜だ。美味しいに決まってる。その全てが味わえる「ご近所デリプレート」はすぐに人気メニューとなった。
地域戦略
ご近所デリプレートの面白いところは、ただ味わって終わりではないところだった。
皆さんそれぞれ感動ポイントがあって、ある人は「この唐揚げ美味しい!今日の夕飯用に買って帰ろう」「このパン美味しい!帰りにパン屋さんに寄って帰ろう」「この珍しい野菜はなに?美味しい!帰りに八百屋さんに寄って帰ろう」
そう、この「ご近所デリプレート」をきっかけに、ご近所のお店もついでに利用して帰る方が増えたのだ。また、逆のルートもある。
唐揚げ屋さん、パン屋さん、八百屋さんに「この店の食材を使ってご近所デリプレートやってます」みたいなポスターを貼らせてもらうと、まだうちの店を知らない方や利用したことのない方の来店のきっかけ作りにもなった。
こうして地域のお店の商品やサービスをお互いの商売にリンクさせることでお客様が循環する仕組みができた。そして店主どうしの交流も増え、いつも何かとワイワイやってる雰囲気になっていった。
ちなみに、普通ちゃんとした経営者なら目の前の店で唐揚げは買わない。
安い鶏肉を仕入れて自分の店で唐揚げを作った方が原価を抑えられるからだ。しかし今回はそれはしないと決めた。そもそも揚げ物はこれまでメニューにしてこなかったので、オペレーション的に今さら難しいという点もあったが、なによりも原価が上がったとしてもお互いの店をお客様が循環する方が「面白い」と感じたからだ。利益より「面白い」を優先してしまった。
これはこれでいいと今でも思っている。とにかく楽しかった。
このメニューのことがどこかで漏れ伝わり、テレビの取材も入った。キッチンスタッフがタッパを持って店から出ていき、お向かいの唐揚げ屋さんで唐揚げを3つもらってくる姿が夕方のニュースになっていた。
この「リンクと循環」はこの後も地元のいろいろな店とつながっていくのに大変役立った。
まずは食品にまつわるお店との「リンクと循環」は出来た。それなら次は異業種と「リンクと循環」ができないか?と模索した結果、「パソコン教室」とお互いのサービスをリンクさせることになった。
こちらは期間限定ではあったが、カフェ内でパソコン教室の紹介コーナーを作り、割引チケットも配布、パソコン教室ではカフェの割引チケットを配布してもらう。
お互いの店をまだ知らない人たちに知ってもらういい機会となった。
このパソコン教室の立地は駅の北側で、南側のカフェとは同じ地元とはいえ、微妙に商圏がずれていた。
間にバス通りが通っているだけで、何となく人はこちら側に渡ってこない、ということがあった。
だからパソコン教室には通っているが、南側の裏道にうちの店があることを知らない人がまだまだ沢山いたのだ。歩けば10分もかからない距離なのに。
このパソコン教室と「リンクと循環」をしようと思ったのは、立地の面だけでなく、その顧客層が類似していた点もある。
実はこのパソコン教室、女性専用だったのだ。うちのカフェの顧客は9割以上が女性。
そして、昼間、地元の店を利用しながら趣味や嗜好にお金を使うという行動傾向も共通している。
同じ条件で「ヨガ教室」とも「リンクと循環」を行った。あとはこのパターンでいろんな地元のお店や会社などに声をかけていけば広がる。
こうすることで、お客様が循環するだけでなく、店同士の交流も深まり明るく良い雰囲気に包まれる。
地道な作業だが、この積み重ねが店の周りを、商店街を、地元を、そしてこの町全体をディズニーランドのように魅力的な町にしていくはずだと信じてコツコツ続けていた。
店の中でもリンクと循環する
さて、リンクと循環は何も外に出すことだけではない。店の中でもできるのだ。
カフェには1人で利用しやすいカウンター席や2名掛け席、お子さん連れに人気のベンチ席や大テーブルなど、いろんな人が楽しめるように整えられていた。
その中で特に大活躍だったのは大テーブル。この8人掛けテーブルを使っていろんなことが出来るのだ。
お花教室、各種ハンドメイド教室、ウクレレ教室、各種セミナーや勉強会、手作りマルシェや占いイベントなど。いろんな人がこのテーブルを使ってイベントや教室を開催していた。
このテーブルで何か仕掛けておけば、雨が降っても、暑くても寒くても、来店客がゼロということはない。そしてイベントに参加した人はそのままランチを食べたりお茶をしてくれる。
店のスペースの3分の1を占めるこの場所では年中、何か行われていた。
そこへある日、一人の女性が訪ねてきた。「この店なら発酵教室をやらせてもらえるかも、と知人に聞いてきました」
この女性は味噌や甘酒、塩麹、醤油麹など発酵食品に詳しい女性だった。いまでこそ麹の存在は広く知られてスーパーでも簡単に手に入る。自宅で甘酒を作る人もいる。しかしこの頃は、塩麹?醤油麹?甘酒?自分で作れるの?という感じだった。
さっそく、大テーブルを使って発酵教室が始まった。私が知らなかっただけで、発酵食品の素晴らしさは女性の間ではすでに周知のとおりで、この教室はあっという間に人気講座となった。
そして、ここからが「リンクと循環」だ。発酵教室で作り方を教えている、醤油麹や甘酒をカフェのメニューに取り入れてみた。もちろん、この発酵先生の監修で。ランチプレートの名前は「発酵プレート」そのまんまだ。
このプレートはヘルシー志向の女性の間で人気となった。そして発酵プレートを食べてみた人が、麹料理や甘酒の美味しさに感動して発酵教室にも参加する、という流れにもなった。
教室とカフェの中でリンクと循環が生まれた。
麹のディップを付けて食べるこだわり野菜は、もちろん近所の八百屋さんの野菜。麹との相性も抜群だったので、帰りに八百屋さんへ寄って帰る人もいた。外へのリンクと循環がまたここにも発生。
💡リンクと循環
自分だけでなく周りも活性化しみんなで幸せになれる
地元の歴史を知る
自分の店だけでなく、地域に目が向くようになると今度は町の歴史や成り立ちに興味が出てきた。
地元の資料館にはパンフレットなどもあるのに、これまで一度も手に取らなかった。そして改めて読んでみると、なるほど~そうだったんだという情報が沢山あった。
これはきっとカフェを利用してくれている地元のお客さんも知らないのでは?と思い、期間限定だったが、各テーブルに町の紹介冊子を置いてみた。
注文したメニューが出てくるまでの間、手に取ってくれた人もいて、熱心に読んでいる姿や、へえ~という表情を見るとなんだか嬉しかった。こうして町への想いがますます深まった。
裏道スタンプラリー
8月の暑さが厳しすぎて、商売もやりにくくなる。それでもまだ昨今の気温上昇ほどではなかったが、8月はとにかく暑くて人通りが減る。
つまり、商売をしているものにとっては死活問題だった。だからと言って黙っているわけにいかない。
そこで、「裏道スタンプラリー」を企画した。裏道界隈の店舗に声をかけて、1日お客様が周遊できるようなイベントを企画した。今ならAIを使って簡単にチラシも作れるが、当時は人力でつたないチラシを作っていた。それがまた悲壮感あふれ、裏道の商売のキツさを表していて逆に良かった。
景品は参加する店舗から集めたが、その中にはパン屋さんのスタッフのご実家が陶磁器製造業だったらしく、そこから可愛いハートの小皿をたくさん譲ってもらった。
各店舗では気軽に立ち寄ってもらえるようにと、この日限定のイベントをそれぞれ企画した。そしてお客様に地図を渡して他のお店を紹介していくのだ。裏道で働くみんなで盛り上げたイベントとなった。
これをきっかけに店舗同士の交流もさらに深まることとなった。
今現在、わたしはなるべく地元の個人商店を利用するようにしている。特にお気に入りのお店にはこれからもずっと存続してほしいので、ランチを食べに行ったら、サラダとデザートもつけて単価を上げて利用する。
そうしてなるべくお金を使うようにしている。でないと、すぐにお店はなくなってしまう。どんなに腕のいいパティシエがいても、経営は別ものだ。
私は裏道での花屋カフェ営業を通して、個人店贔屓が身についてしまっている。
母の日におすすめ、振り込め詐欺ブーケ
ある時、経営者の勉強会に参加するとそこに神奈川県警の警官が数人来ていた。事件ではない。振り込め詐欺防止の講和をしに来ていた。
そして帰りに出口のところで、振り込め詐欺防止のポスターを配っていた。各企業でそれぞれ貼りだして、地域にも防犯意識を広げるためだ。
ただ、このポスター、ちょっと貼りだすにはインパクトが強すぎる。
うちはお花に囲まれた可愛い花屋カフェなので雰囲気が合わない。そんなことを警官と立ち話していたら、「じゃあ、これで花でも包んでくださいよ」と言われた。
冗談で言ったつもりだろうが、私は本当に包むことにした。
ちょうどタイミング的に母の日まであと2か月くらいのころだ。

ちょうどいいじゃないか。母の日に息子からオレオレ詐欺防止ポスターに包まれた花束をもらったお母さんは、防犯意識も俄然強まる。
だから、ポスターがヨレヨレにならないようにセロファンでカバーし、そこに花束を置く。そっと包んで皺もつかないように工夫した。絶対ポスター貼ってほしい。そんな気持ちで取り組んだ。
ふざけているのか、本気なのか分かりにくいこの「振り込め詐欺ブーケ」は新聞記事にも取り上げてもらえた。結果、母の日に5束売れた。みんな半笑いで買っていく。
少しでも防犯意識の向上に役立っているなら、それで良かった。
これをきっかけに、新しい防犯ポスターが出来ると警察から店に届いたり、警察の防犯イベントにも参加する機会が増えた。
そして次々に届くインパクト強めの防犯ポスターはポスターフレームに入れて、店を閉めて帰る時に窓側から通りに向けて出しておいた。
ちょっとでも誰かの目に留まるように、これも一つの地域貢献かなと思いながらやっていた。
外注先との関係作り
カフェで人気の2トップメニューは、ロコモコとパンケーキだった。
どちらもかなりの仕込量で、ロコモコに使うハンバーグは週に何度か大量に作って一旦冷凍保存する。
パンケーキは一人3枚というボリュームだったので、これもまた大量の仕込みを必要とした。
この両方が重なったときなど、カフェスタッフは接客もしながら、同時並行で行っていて、本当に大変だが良くやってくれていた。
そんなある日、歩いて出勤する途中で、私は見たのだ。
店のすぐ近くにあるB型作業所の利用者さんたちと職員さんたちが、大手配送会社のメール便を地域に配って歩いている姿を。
おっ!民間の会社の仕事をああやって手伝ってるのか。
ん?それならうちの店のパンケーキとハンバーグも焼いてくれないかな?
このB型作業所が、日ごろはクッキーなどを焼いて区役所などで販売している姿をよく見かけていた。
クッキーは材料を混ぜて、捏ねて、成型して、焼く。
ハンバーグもパンケーキも同じ作り方だ。それなら作業所で代わりに請け負ってもらえるかも?なんならうちの店より立派な厨房設備も整っているし、衛生管理も徹底されていることを知っていた。
そこで早速、こちらの事業所の所長さんに連絡を取り、打ち合わせをすることになった。
初めて会った所長さんは見るからに不安そうだった。心配事が2つあるそうだ。
1.焦がしたらどうしよう
2.納期に間に合わなかったらどうしよう
私は両方問題なし!と返答した。
大丈夫、もし焦がしたら、お客さんにはスタッフから「すみません!パンケーキ焦がしちゃったから無いんですよ。申し訳ないです!」って言えるし、カフェでその日の分だけ作ろうと思えば作れる。
カフェのお客さんは地元の人がほとんどだ。作業所のことはみんな知っている。だから理解も得られると思った。
そして、もし納期に間に合わなかったら?って、そもそも最初から納期なんてない。そんな大手の会社同士の話じゃない。歩いて1分以内の距離にある小さな店と作業所どうしの話だ。まったく問題にならない。
作るのは地元の作業所、売るのは地元のカフェ、食べるのは地元のお客さん、みんなお互い知っているのだ。だから大丈夫。
今までやったことがないけど、とりあえずいろいろ相談しながらやってみるか、ということでハンバーグとパンケーキの外注先がめでたく決まった。
これでカフェの現場スタッフは他の仕事をもっと充実させることができる。
帰り際、所長さんが言ってくれた言葉、
「実は、クッキー焼いて売るだけではマンネリ化しちゃって、利用者さんも職員も飽きてたんです・・・どうにかしなきゃってずっと悩んでたんです」
そりゃほんとに良かったね、お互いに。である。
話が決まったらあとは早かった。カフェのキッチンスタッフと作業所の職員さんと段取りしたり、実際の厨房設備を見せてもらった。
案の定、うちよりすごい設備だった。しかもビシッ!と整えられていて清潔。素晴らしい環境だった。
歩いて1分以内というのもお互い本当に良かった。
仕込みをしてくれる日の朝、作業所の方々が何人かで材料を取りに来てくれる。そして夕方になると
「今日も綺麗に焼けました♪」とか
「今日も美味しくできました♪」とか一言添えて納品してくれる。
結局彼らは一度も焦がさなかったし、遅れたこともなかった。
こういうのも地産地消と言えるんじゃないか?そして何より、みんなでなんだか楽しい。
町からお客様が消える日
そもそも普通は出店する時に、その地域の人口動態や開発予定の有無など調べると思う。しかし私はまったく調べていなかった。だから出店したあとで、周りの環境がどんどん変わっていく様子を見て、新鮮に驚いていた。
一軒家が立ち並ぶここ住宅街の人口動態はだいたい予想はつく。
高齢化がますます進むことは全国的に同じはずだ。ネットで地名と人口を検索すればこの町の男女比や年齢層なども全てわかる。
しかし、そういったデータに出てこない人口の動きがあることが分かった。キーワードは「新築マンション」だ。
この町の人口動態
私が店を作った1年目から、町の周りには大きなマンションがどんどん建設されていった。もちろん私はそんなこと事前に知らなかった。
駅を中心に、駅前の商店街、その周りを囲むように広範囲に広がる一軒家の住宅街。私の店はこのエリア内にある。そしてさらにその周りに大きなマンションが建ち始めたのだ。こんなに土地があったのかと思うほど、大きなマンションが次々に建つ。
そしてその新築マンションに入居するのは30代~40代の夫婦とその子供たちだ。私のカフェは、このマンション群からの女性顧客が多かった。だから開店当初、本当は「大人の女性が静かに読書するかっこいいカフェ」をイメージしていたが、実際はベビーカーの赤ちゃんとママで混み合うようなお店になった。
それならそれで、徹底的に子連れのママが使いやすいお店にしようと、店舗入り口にベビーカーのまま入れるスロープを設置したり、トイレにおむつ交換ベッドを置いたり、子供用のメニューを増やしたりした。
また、乳幼児健診の帰りなのか、同じ月齢の子供たちのママグループがよくお店を利用してくれていたので、みんなの誕生日を祝う「キッズ・バースデーパーティプラン」なども作った。
そして毎月2日ほど「ママ'sDay」と言ってお子さん連れのママ優先の日も作ったりした。
「ママ'sDay」はどなたでも利用できるが、子供が泣き叫んだとしてもママ優先なのでママは慌てずそのままゆっくりしてて大丈夫、他の人は予めご了承くださいね、といった感じだ。
日ごろ子育てを頑張る女性に少しでもくつろいでいただき、癒しの時間を提供できるように配慮した。そうすると、この店は子供連れで行っても歓迎してくれる、という口コミが広がり、「ママ'sDay」じゃない日も混み合い、毎日が「ママ'sDay」状態となった。
顧客層の変化に合わせて進化する
お店を作って10年ほど経つとベビーカーだらけだった店内もすっかり落ち着いてきた。もちろん相変わらずベビーカーのお客様はいたが、創業当初の、あの一気に建ったマンション群に住む子供たちはもう小学校高学年になるころだ。
そうすると、ママたちの意識はこれまで全て子供に向いていたけど、少し子育てが落ち着いてきて、今度は自分自身のことに意識が向くようになる。
「まだフルタイムで働くのは無理だけど、何か出来ることから始めてみたい」「いっそ自宅で何か独立してやってみたい」「短時間でもそろそろ仕事を始めようかな」
子供連れでも利用しやすいカフェとしての機能は維持しつつ、今度は新たに生まれた「将来に向けて何か始めたい」という女性のニーズに応えていくことになった。
おうち起業家
店ではいろんな教室やイベントを開催していたので、自然とハンドメイドの作家さんや各種セミナー講師、セラピストなどが集まってくるようになった。
するとみんな自分の仕事の今後について悩んでいたり、また、これから同じように起業したいと思っているようなママたちも勉強の機会を得るために訪れるようになった。
そこで、彼女たちのように自宅で起業する人を「おうち起業家」と呼び、勉強会が始まった。
この勉強会では私が今ここで書いてきたような内容をマーケティング講座として話したり、ある時は他の女性が自分の実体験を語ってシェアするような日もあって、この頃は本当に盛んに交流していた。
同じように近所のコミュニティスペースやギャラリーを併設しているカフェでも女性の起業についての勉強会や交流会、イベントなどが盛んにおこなわれていた。
こういった活動拠点どうしでの交流もあり、ますます小さな町には「おうち起業家」が増えていった。
そして小さい町の割には「女性の起業」をテーマにしたコミュニティが多かったから全体的に発信力もあって、地元以外からの参加者も多かった。
またそれぞれの拠点ではマスコミの取材を受けることなどもあった。
それからまたもう少し時間が経つと、あのマンション群の子供たちは中学生になる。おうち起業家として知識を深めてきたママたち女性もさらに時間に余裕ができる。
だから次の一歩を踏み出すために、今度は本格出店前の腕試しの場を提供することになった。それがTinyRoomである。
店は創業してから15年目となっていた。
TinyRoom
カフェの一角を改装して、4畳半ほどのスペースを作った。まさにTinyなRoomである。
この部屋には通りに面したガラス窓があり、4人掛けテーブル1台が余裕で入る。テーブルの代わりに折り畳みのサロン用施術ベッドを置くことも出来る。
このスペースを曜日ごとに貸し出して、本格的に出店する前のお試し店舗として貸し出したのだ。これまでおうち起業家交流会などで縁のあった人たちが大いに活用してくれた。
毎週月曜日はセラピストさん、毎週火曜日はアロマショップ、毎週水曜日はヒーリングサロンといったように曜日ごとにいろんなお店がオープンする。
週に1回の小さな店だったが、それでも出店者は宣伝の仕方や接客などリアルに学べる場となり、時にはお客様がリピートしてくれた喜びなども分かち合った。
終わりの始まり
さて、新築マンション群が建っていよいよ16年が過ぎたころ、子供たちは高校生になる。ここからママたちの再就職が本格化して、町から昼間の女性人口が減っていった。
カフェにとっては、終わりの始まりである。
最初にその兆候に気づいたのはランチ時間に満席にならない日が増えてきたことだった。うちの店だけが人気がなくなったのか?それとも他のお店もヒマなのか?
私は、自分の店が混まない時、駅周辺や裏道のカフェやレストランをパトロールしてみた。
すると同じような顧客(昼間の地元在住の女性)をターゲットとしていたカフェやレストランは軒並み空席が目立つようになっていた。数年前はあんなに賑わっていたのに。
そして駅前の方に行ってみると、いつ見てもここ最近、ずっと一人勝ちしている店があった。
それはド〇ール。私も好きなカフェだ。朝、時間に余裕があればここでモーニングを食べることもある、日本人に合った優しいお味とお手頃な価格で使いやすい。
この店だけは曜日に関係なく、モーニングもランチも主に高齢のお客さんで混み合っていた。
ということは、今後この町でカフェを続けていくなら、これまでお店を使ってくれていたけど、今はもう仕事に復帰していったママたち女性ではなく、昼間も地元に残って生活している高齢者ではないだろうか?
ターゲットを女性から高齢者に変えれば生き残れるのか?
・・・いや、厳しい。
思い出してほしい、ランチェスター経営戦略を。
強者と同じ土俵に乗らずに生き残るのが、我々弱者の戦略だったはずだ。
もし私が今後、カフェの顧客ターゲットを高齢者に変えた場合、
明らかに強いド〇ールと同じ土俵に乗ることになる。
いやあ、無理無理無理無理!
価格でかなわない、便利さでかなわない。しかもどのメニューも美味しいし、パンはちょうどいい柔らかさだ。高齢者も安心して食べられる。
高齢者は気に入った店をなかなか変えないと聞いたこともある。そこに割り込んで入っていくのは至難の業で、しかも私の店のランチはドリンク付きで1,500円を超えるものもあったから、価格の面でまったく勝算がない。
こんなパトロールをしばらくやっているうちに、ハッキリ分かったのだ。
この町で私のカフェの役目は終わったんだと。
そんなことに気づいたその足で、そのまま大家さんを訪ね、
半年後に移転する旨を伝えた。最初に結んだ契約で撤退するときは半年前に申し出るルールだったのだ。
そういえば、冷静に考えてみるとうちの店のママスタッフたちも、みんな子供は中学生以上で仕事復帰組だ。昼間の女性人口どこに行った?と思ってたけど、うちの店で働いていたのだ。
忘れちゃいけない商売の肝
カフェを撤退しても、移転後の花屋の営業ついては心配していなかった。
もともとオンライン注文で配送するビジネスモデルだったのでどこでも出来るという自信があったからだ。
どこを向いて仕事をするのか
店を移転することが決まり、花屋カフェではSNSやホームページで閉店の3カ月前から告知を出した。すると、最後だからと尋ねてきてくれるお客様が増えた。
「子供が小さかった頃、よくこちらのカフェでお茶をしていました」
「亡くなった母が大好きなお店で、よく一緒に来てました」
ショックだった。こんなに素敵な想いで使ってくれていたお客様の顔を、
私はまったく記憶していなかったのだ。
いったいどこを向いて仕事をしていたのか。誰のために店を続けていたのか。
裏道のこの小さな花屋カフェに来てくれることが、どんなに奇跡的で有難いことだったのか。私はまったく分かってなかったのだ。
振り返ると後悔が多い。
男性一人でカフェに来られていて、スイートポテトを気に入ってくれていたらしい。
ある日、デザートメニューからスイートポテトが消えているのを見て、「今日はスイートポテト食べられませんか?僕あれが大好きで。」
在庫としては持っていたが、他のデザートを先に売ってしまいたかったので、その日はそういうラインナップになっていたのだ。
だからその時も、「すみません。今日はこっちのデザートしかないんですよ」と断って、他のデザートを食べてもらったのだ。
そのお客さんはそれから二度と来なかった。
今なら、「あ、実はね、裏にありますよ!ちょっと持ってくるから待っててくださいね」と言って喜んで提供する。
それを見た周りの人が、我も我もとスイートポテトを頼んできたとしても、みんな好きなんだな♪という気持ちで出しちゃう。
お目当てのものを楽しい気持ちで食べてもらいたいと、今なら思う。でもこの時の私はそうじゃなかった。
店の廃棄率や利益率を先に考え、せっかく来てくれるお客さんの期待に応えることができなかった。後悔しかない。
💡商売の肝
お客さんがきてくれるのは奇跡的なことだ
その一瞬一瞬を大切にしよう
NOと言わない店
そんなこともあって、私の店ではNOと言わないようになった。
今は移転した先で花屋と教室事業だけに絞ってやっているが、スイートポテトのお客さんのように、いろんなリクエストをもらうことがある。
答えはだいたい全部YESだ。
「えっ!本当にいいんですか?」と驚かれることもあるが、むしろなんでダメなんですか。Why not?
次またカフェを作るなら「WHY NOT CAFE」と名付けたいくらいだ。
みんなルールとか標準とか、基準とか、普通は、とされていることに縛られすぎてないか?
この店では、だいたいのことは大丈夫だよ。そんなふうに伝えたい。
そして、イレギュラーなリクエストに、ただ自動的にYES と言っているのではなく、どうにかこの人の気持ちに応えたいという気持ちと、そのイレギュラーなリクエストから、自分では気づかなかったニーズを知ることができると知ってほしい。
イレギュラーなリクエスト、そのほとんどは、対応可能なのだ。そしてそこから人気サービスが生まれることもある。
もちろん、意味のない不当な値引きや、自分やスタッフを犠牲にするようなリクエストは一切受け付けないが、そもそもそんなことを言ってくるお客さんや生徒さんはいない。
💡お客さんからのイレギュラーなリクエスト
新しいニーズを知るいいチャンスになる
ビジネスモデルの見直し
さて、ここからは移転してからの話だ。17年間、商売させてもらった町から私が店を移したのは海沿いに広がる工場地帯の中。その中にある工場の一角、古い倉庫だった。環境が激変した。
倉庫を店にする
こちらの工場、実はわが夫の会社なのだ。その倉庫を借りて商売を一から立て直すことにしたのだ。家賃も安くしてもらってかなり助かっている。
17年間、固定費である家賃に苦しんだので、この点は本当に有難い。
この地域は埋め立て地で、一般の住宅はない。企業や工場など1300社が集まる臨海工場地帯だ。
これまでの住宅街での商売ではなく、これからは工場地帯の中での商売が始まる。ワクワクした。
実は20代の時に持ち歩いていた「なんでも帳」には、倉庫での商売をイメージした絵もたくさん描いていた。倉庫をリノベーションして使うと面白そうだと昔から思っていたのだ。その夢がここへきて叶った。
しかし、ここにはとにかく人がいない。そもそも人が住んでいない。日中、見かけるのは仕事中の人たちと行きかうトラックや営業車ばかり。
聞こえてくるのは金属を叩きまくる音や何かの機械音。
さて、どうしたものか・・・
私は工場地帯での花屋の戦略(作戦)を立てることにした。

店内の見せ方
最初に修業した花屋の先輩から当時教わったのは、「花屋は売り場を小さく、バックヤードを広くするといいよ」
これは売り場を広くしすぎると、その空間を埋めるために沢山の花を仕入れて並べたり、花瓶など雑貨を仕入れて並べないと格好がつかなくなるからだ。ガランとした店内では、なんだか寂しげで魅力が足りない。
逆に売り場を狭くしておけば、仕入れた花をうまく段差を利用しながら
もり沢山あるように見せられる。花に囲まれてとても充実した空間に見えるのだ。
また、ここは倉庫なので、天井が高すぎてガランとした印象を与える。そこで、上からドライフラワーを垂らして、狭くしてある売り場を上からも狭めることにした。
こうしてまずは4人掛けテーブル1台を置いて倉庫での営業が始まった。
ここから花屋と教室事業を始めるのだ。
花屋の戦略
まず花屋にとって、この工場地帯の良い点はなんだろう?
何といっても企業や工場が1300社もいることだ。法人顧客の開拓はこれまでずっとしてきたことなので、これは好条件。
ただ、マーケティングの構築のところに書いたことだが、名刺とセリフを使って売れる仕組みを作っていくのとは違うアプローチの仕方が必要になるだろう。
ここには経営者が集まる会に参加して、直接トップ営業をかける機会はあんまりないからだ。
しかし、とにかくこの工場地帯に花屋は他に一軒もない。
ということは、生まれて初めてこの工場地帯の中で私は花屋として「強者」になったのだ。自動的に強者になってる!まだ何もしてないけど。
こういう地理的に競合がいない状態を「ブルーオーシャン」という。綺麗な海でのびのび泳げるイメージだ。反対に、競合だらけの地域は「レッドオーシャン」という。サメが嚙みつきあって血だらけのイメージだ。
とにかく、この工場地帯の中で私は便利に使ってもらえる花屋になろうと決めた。
法人顧客にとって便利な花屋ってどんな花屋か?それは、朝早くてもお花を持ってきてくれる花屋ではないだろうか?
送別に渡す花束などは、普通は朝の出勤時に買っていきたいところだが、その時間に自宅周辺や駅前のお花屋さんは開いていないことが多い。
だから、誰かが自分のお昼休みの時間を犠牲にして、買いに行ってるのではないか?
そんな時、朝7時だろうが、8時だろうが持ってきてくれるお花屋さんがあったら便利だと思いませんか?しかも送料無料で。
実際、早くてもみなさん9時以降って指定が多い。
この工場地帯は店から車で端っこまで行っても片道7分でつく。
「移動は1円も生まない」と気づいたあの日から、移動することには敏感な私だが、この工場地帯の中だけなら、端っこまで行っても往復20分以内で任務完了だ。
この範囲なら送料無料でお届け可能である。この点を推しポイントとしてパンフレットを作ることにした。
💡ブルーオーシャンとレッドオーシャン
ブルーオーシャンを見つけよう。地理的にでも、やってることでもいい、
競合と棲み分けて同じ土俵に乗らないことだ
認知度の上げ方
作ったパンフレットはまず自分の足でポスティングしてみた。工場地帯は広大すぎて無理だった。そこで、有料のサービスを使ってポスティングしてみた。しかしこれは費用対効果が分からなかった。
次に、グーグルビジネスアカウントを作ってグーグルマップに表示されるようにした。これは効果があった。
お花を買いたい人は、「近くの花屋」などで検索して私の店を見つけてくれるのだ。こんなところに花屋があったのですね!と驚かれる。
さらに、ジワジワ効いてきているのは、会報誌にパンフレットを入れて配布してもらうことだ。
この地域には550社が会員となっている産業連絡会というものがある。ここに所属すれば会員企業は年に2回、毎月配られる会報誌に無料でパンフレットを入れられる。3回目以上は有料だが大変安価で利用しやすい。
食品会社などは、11月に毎年お節料理の注文書を入れてくるし、さっそく花屋もやってみた。これをきっかけに花屋の存在が少しずつ認知されるようになった。この会報誌作戦は年に数回、今でも利用している。
そして、この工場地帯の企業や工場が全て載っている大きな地図を手に入れたので、お花を使ってくれた会社をマジックで赤く塗っていっている。地図の赤い部分がジワジワ広がってきているのを見て、みんなでニヤニヤしている。
値上げの波の中での戦略の立て方
そしてさらにこの地域戦略は、ここ数年続く、値上げラッシュの流れになってからも、その良さを発揮した。
昨今、いろんなものが値上がりしてきている。花屋の支出の中にある資材費と輸送費もしかり。
主にオンラインで注文を受けている花屋だったので、店でお花を作って花専用の段ボールに入れ、配送業者に頼んで全国にお届けしている。この時、使用する段ボールの仕入れ代や配送料がどんどん値上がりして経営を圧迫してきたのだ。
しかし、この工場地帯の中を徹底的に開拓していくという戦略(作戦)なら、段ボール代も輸送費もかからない。自社で直接持っていくからだ。
値上げラッシュが始まり、ますますこの地域への徹底した販売戦略が求められている。
温暖化・気温上昇の中での戦略の立て方
またもう一つ、この工場地帯を徹底的に開拓するという戦略で良かった点がある。それは、ここ数年の顕著な気温の上昇だ。
ちょっと前までは、お花が傷みやすい8月と9月の高温期だけ注意しておけばよかったが、ついに今年は5月の時点で30度を記録した。
ということは5月~9月の年に5か月間を恐る恐るお花を箱に入れて送るという商売になってしまう。
クール便なども利用できるが、追加料金がかかりますます経営を圧迫してくることと、クール便もお花にとっては万全とは言えない。結露や温度の寒暖差でお花が傷むこともあるのだ。
事前受注型に特化することで、直前に仕入れたお花だけを使用し、新鮮さを売りにしてきた。花が長持ちする、という評価を得ていたのだ。しかし、気温が高すぎるため、輸送の途中でどうしようもなく傷んでしまうのだ。
これまで、年に2か月ほどの暑さの厳しい期間を何とか乗り越えるのに、本来なら配送業者に運んでもらうところを、少し移動距離は長くなるが、自分で配達してなんとか暑さを凌ぐこともあった。特別措置だ。
しかし、これからは年に5カ月もの間、そのような対応を迫られることになる。しかも大部分は自分では配達できない地方への配送だ。
気温の上昇、これは花屋だけに限ったことではなく、あらゆる職種に影響を与えているのだろう。
自宅近所の洋菓子店が「チョコレートが溶けるので夏季は休業します」と6月~9月を夏季休業としていた。4カ月も仕事ができない!これは極端な例だとしても、もう待ったなしで暑さ対策を迫られている。
この暑さの中で、これまでのようなビジネスモデルはもう通用しないということだ。
ダーウィンも言っている。
「変化に適応できた者が生き残る」と。
ならば、この高温期の商売のやり方も変えていかなければ。
その点でも、直前まで店内のエアコンが効いた涼しい環境でお花を保管し、遠くても車で片道7分以内の企業へお花を届けるというのは、とても安全だし品質を保てる。
この地域への徹底した販売戦略はこれからますます磨きをかけて、いろんな提案をしていきたいと思っている。
💡変化に適応できた者が生き残る(ダーウィンの進化論)
価格高騰、温暖化はどの業種にも影響する。数年前と同じやり方は通用しない。

教室事業の戦略
地理的にブルーオーシャンを取れなければ、やってることがブルーオーシャンでもいい。
教室事業については、この「やってることがそもそもブルーオーシャン」を目指すことにした。
不思議なお花教室
そもそも移転した時、教室事業は難しいだろうと思っていた。ここには人が住んでいないから。だから地域の法人開拓に力を入れようと思っていたのだ。
しかし結果的には、駐車場が広く利用しやすいという点と、レッスンのカリキュラムに独自性があり、遠方からの参加者も増えたため、今ではフラワーギフトの売上より、教室事業の方が全体に占める割合は大きい。
どこにもない教室作り
移転してからの1年間は私一人でかなり暇だったこともあり、教室事業のプランをじっくり練る時間を作れた。
このころ、自分の人生で初めて「特にこれといった夢はない」という時間を過ごした。私にとっては初めてのことだ。
思えば中学生のころから、自分は母校に戻って将来、社会科の教員になりたいという夢があった。そして結果的には進学塾で社会科を教える仕事につき、26歳の時には、好きなことで一生仕事をしていきたいと思い、花屋カフェを作るぞ!という夢があった。
実際に起業してからは、日々、状況が少しでも良くなるように、目標や夢があった。
でもこの時期は本当に「こうしたい、こうなりたい」という夢が一切なかった。こんなんで大丈夫だろうか?と少し不安に思ってたとき、何かの歌の歌詞に「夢なんかなくてもいい」みたいな歌があって、少し励まされた。ヒット曲だったと思うが、未だにそれが誰の何の曲か思い出せない。でもその一節に救われたのだ。
さて、とにかく移転後、時間だけはたっぷりあった私は「これからの教室をどう作るか」を徹底的に考えた。 ただ技術を教えるだけのフラワーアレンジメント教室なら、そこらじゅういくらでもある。それをするとレッドオーシャン行きだ。飛び切りセンスのいい教室もたくさんある。とても敵わない。
しかし私が作りたいのは、もっと別のものだった。
それは、「よりよく生きるためのお花教室」
これまでの経営人生やプライベートでもいろいろなことを経験してきた私は、その都度、いろんな気持ちを感じたり、知ったり、考えたりしてきた。
それをお花というツールを使って伝えられないか?
散らばっていた無数の点と点が、線となってつながった瞬間だった。
本質を伝える教室
レッスンでは、ただ作品を作るのではなく、 花や葉や枝がそれぞれにもつカーブした流れや癖に合わせて形を決めていく。 思い通りにしようとせず、自然に委ねる。だから見本を見ながらみんなで同じ作品を作ることはない。
この体験を繰り返すことで、生徒さんたちは 「とらわれない」「執着しない」「流れに任せる」 というより自然な感覚を、暮らしの中でも使えるようになっていく。
これは私がある時期、通っていた経営塾で塾長から教えてもらった言葉だ。
「とらわれない」「今、ここに集中」
目の前のことに真剣に向き合っていれば、自ずと道は開ける、私はそう解釈したし、実際、道は開けた。
自分でコントロールできないことにこだわらず、むしろ流れに任せて、自分は目の前のことに真摯に取り組む。そうやって救われた時期もあった。
だから、花のもつ癖や流れをコントロールしようとせず、自然の方に我々人間が合わせていく方がうまくいくことを伝えたかった。
自然の流れに任せるのだ。
そして我々人間も自然の一部だ。そう思うと日々の出来事の中で受け入れられることが増えていく。執着しないしこだわらないのだ。
運の打率を上げる
そしてもう一つ大切にしているのが、 ふと感じたことを無視せず行動に変えることだ。
お花でアレンジを作っているときに「ここなんだか隙間が大きいな」とか「なんかここ、ちょっと出すぎてるな」と感じたら、 それは気のせいではない。だから必ず一手打つこと。教室ではそう指導している。
お花を通して、この「ふと感じたことを行動に変える」癖をつけていくと、 日常生活の中でも同じように行動に変えることが習慣化されてくる。
ふと感じること、ふと思い浮かんだこと、ふと目に留まったこと、ふと聞こえてきたこと。それらは気のせいではない。
いいじゃないか、もし違ったとしても一応やっておけば。損はないはずだ。
誰にでも1日中、そして1年中、この「ふと」という名前のボールはものすごい数、飛んできている。
それをみんな気のせいだと思って無視してしまう。たまに打った時にヒットが出ても、そこに繋がりがあることすら気づかない。
だけど、私はそのボールに対して全部バットを振っているのだ。
だから人より打率がめちゃくちゃ高い。それだけのことだ。
打率が高くなると、「こんな偶然ってある?」「すごいタイミングだったな」「さすが私だな!」と思うことが増えてくる。
運は偶然のラッキーで起こることではなく、 ふとしたことに反応して一手打つ回数が増えることで、 自然と打率が上がっていく仕組みなのだ。
こんな経験はないだろうか?
家を出る時に「なんとなく気になる」と思って部屋に戻ったら、 スマホを忘れていたり、窓のカギが開いていたり。
こういう微細なふと感じたことに反応して一手打つと、 「たまたま助かった」が増えていく。 これが第一段階。
次に、感覚が少しずつ研ぎ澄まされてくると、 理由はわからないけど気になるという感覚も増えてくる。
たとえば、いつもは通らない道が何となく気になって選んだら、 偶然会いたいと思っていた人にばったり会ったり。
これが第二段階。 行動の選択が直感と一致し始める。
そして第三段階になると、 「ふと感じたことを行動に変える」ことが ほぼ当たり前のこととして出来るようになる。
「ふと」飛んでくるボールに自然とバットを振るようになるのだ。
生徒さんの中には、 「直感に従ったら、運命のワンコに出会った」 「ふと感じたことを行動に変えたら、人生が好転した」 そんな話が本当に多い。
こういう話を「引き寄せ」という言葉を使うとスピリチュアルになるのだろう。それならそれでいいと思うが、私は単純に 「打率が上がる」そう思っている。
ふと感じたら、とにかく一応やっとくのだ。
もちろんこの教室はお花の技術もしっかり身につく。 初級では基礎を、 中級では“自分でお花を選ぶ力”を、 上級では自由に作品を作る力を磨く。
だけど、根っこにある目的はただ一つ。 お花を通して、よりよく生きること。
便利な時代になり、私たちは昔のように研ぎ澄まされた感覚を使わなくても生きていける。命の危険を感じることもめったにない。
雨が降りそうかどうかは、空を見上げて黒い雲を探したり、湿気を含んだ風を感じなくても、スマホの雨雲レーダーが教えてくれる
私たちは、便利さと引き換えに、大昔は当たり前に使っていたであろう自分の感覚をほとんど使わなくなった。
でも、感覚そのものは、ちゃんと残っているはずだ。
お花と向き合う時間は、多くの人にとって、その眠っていた感覚を呼び起こす時間になっている。
ふと感じたことを無視せず一手打つことで、 自分の中のセンサーが少しずつ目を覚ましていく。
だからこのお花教室は、 技術を学ぶ場所であり、 自分の感性を取り戻す場所であり、 人生の流れを整える場所でもある。
移転してすぐのあの一年間に、 私はようやくこの答えにたどり着いた。
そして、こういった視点に立つお花教室は他になかった。
💡ブルーオーシャンは「場所」ではなく「提供価値」でも作れる
自分の中にあるものが答えに導くかもしれない。これまでの人生を振り返ろう。本来の自分で生きていく道を見つけられる。
「機能」だけのビジネスは、ほぼすべてレッドオーシャン化する
機能ではなく本質を伝える商品やサービスはどの業種にも今後広がると言われている。
これからのビジネスにとって非常に大切なことなので、上述したお花教室をもとに整理しておこう。
機能とは何か?
① アレンジメントの技術を教えること
これはどこの教室でも教えている。 つまり 差別化できない「機能」だ。
② 決まった花材を使って決まった作品を作ること
これも一般的な教室がやっていること。誰がやっても同じになってしまう要素で、他の教室でも提供できる、代替可能な価値。
③ レッスン回数・料金
これも他教室と比較されやすい「機能」。 価格競争が起きる部分。
どの業種でも、機能はどんどん均一化していく。つまり、 機能だけで勝負するビジネスは、ほぼすべてレッドオーシャンに沈む。
差別化は「本質」しか残らなくなる
本質とは、 その商品を通して人がどう変わるか。どの業種でも、本質価値が求められるようになる。
うちのお花教室の本質は、 お花を通して人生の流れを整えること。
具体的には
● 自然に合わせる
→ とらわれない・執着しない・流れに任せる感覚が身につく
● ふと感じたことを行動に変える
→ 打率が上がる → 勘が良くなる → タイミングが合う → 運が良くなる
● 感性を取り戻す
→ 便利さで眠っていた身体感覚が目覚める
● 自分の人生の選択が変わる
→ 生徒さんが「人生が楽しくなった」「運命のワンコに出会った」と言う理由
● 自然の流れに乗る生き方を体験する
→ 「今ここに集中」「とらわれない」の実践
● 花を通して“生き方”を学ぶ
→ これは他の教室にはない価値
さらに他の業種の「機能と本質」をAIに聞いてみた。以下はその内容である。
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例:美容室
機能:髪を切る
本質:自己肯定感が上がる、人生のステージが整う
例:整体
機能:体を整える
本質:生き方の癖が整う、思考が変わる
例:料理教室
機能:レシピを学ぶ
本質:暮らしのリズムが整う、家族関係が良くなる
例:英会話
機能:英語を話せる
本質:世界が広がる、自信がつく
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💡機能と本質のちがい
機能=誰でも提供できる「交換可能な価値」
本質=あなたにしか提供できない「人生が変わる価値」
どの業種でもこれからは「本質」が求められる
結果的に多店舗展開みたいな展開になる
ニーズからつくる商品開発
さて、移転して2年目からこの教室を本格的にスタートさせた。
最初に私が用意していたのは初級クラス・中級クラス・上級クラスだけだった。いわゆる趣味でお花を習いたい人のための一般クラスだ。
有難いことに生徒さんは順調に増えていき80名を超えた時、これは一人では無理だとスタッフをいれることを考え始めた。さらに、予約受付はメールのやり取りで行っていたが、これも予約システムを入れて自動化した。
システム導入については、最初からやるべきだったと後悔がある。一日中、メール対応に追われてしまっていたのだ。生徒さんにも都合があるだろうと思い、なるべく早く返事をしてあげなきゃ、という気持ちが強かったのだ。
だから時間を問わず、帰宅してからもメール対応をしていた。
この出来事は以前、カフェで失敗した「食器洗浄機」を思い起こさせる。人力ではなく、システムにやらせることで、人間はもっとクリエイティブなことに時間を使える。一度痛い目にあっていたのに、またやってしまった・・・
さて、生徒さんの中には教室のホームページを見ながら、私のブログなども読み、独立、起業に興味を持つ人も多かった。私のブログは花そのものよりも、経営のことに触れる機会が多かったからだ。
そして、将来は花屋を開業したい、と考えている人が次々入ってきた。
すると、今ある一般クラスだけでは内容が足りないので、一般クラスを修了したら次に進める「開業する人のためのプロコース」を作った。
花屋の日常業務を体験したり、市場での仕入れ体験、起業、経営に欠かせないマーケティングを教える講座が含まれているコースだ。
開業したいというニーズから作ったコースなので、もちろんこのプロコースにも人が集まった。
すると、開業のノウハウやマーケティングなどは教えても、実際に開業すると次のニーズが出てきた。
それが、スタートアップフォローだ。
花屋を開業しても最初は注文が少ない。当然だ。しかし、この少ない注文をひとつひとつ誠実にこなしていけば、徐々にお客様は増えてくる。だからどんなに小さい仕事でも大事にしなければいけない。
しかしこの少ない注文のために市場で花を仕入れると、大量に余らせてしまう。市場での仕入れは10本単位が多いので、何種類か仕入れただけで注文を大幅に上回る量になるのだ。
そこで、プロコースの卒業生には店の花を40%引きで使えるようにした。
それなら、5,000円の注文一つしか持ってなくても、店頭で5,000円分の花でアレンジを作って、店への支払いは3,000円で済む。残り2,000円は利益として手元に残せるのだ。
さらに慣れない花仕事で不安もあるはずなので、店の中で作業場を提供した。分からないことや初めて受けるタイプの注文などについては、私やうちのスタッフに聞けば安心だ。ここから全国に出荷も出来る。コンビニに持ち込んで送料を払うより、安く済むようになっている。
徐々に注文が増えてくれば、いつかは自分で全て仕入れられるようになる。
このスタートアップフォローメニューもニーズから作ったサービスなので、利用者は増え、独立・開業の後押しとなった。
💡売れる商品開発とは
お客さんの困りごと、不便さ、不安を知り、そのニーズを解決する商品を作ろう
最後に残る利益=経常利益のリアル
ところで、このスタートアップフォローメニューを利用して
40%の利益が残せるって本当に羨ましい。こんな便利なサービスがあるなら私が使いたいくらいだ。40%の利益を残すなんて驚異的な数字なのだ。
普通は家賃や人件費、仕入れ代、システム使用料、車の維持費、広告費、自分の給料、その他いろいろ支払って最後に残る利益(経常利益)は1~5%といったところだ。10%の経常利益が残せれば優良企業と言える。
実際にまだ経営をしたことのない人は、この数字を見てどう思っただろう?
私は起業したてのころ、1億円の売上をもつ製造業の社長が「経常利益が100万円だった」と言っていたのを聞いた時、「少なっ!」と心の中で思った。1億売って100万しか残らないのか?経常利益率が1%ということだ。
それなら花屋という小さな店で1,000万円売り上げて、同じ100万くらい残せるのでは?(経常利益率は10%)とも思っていた。現実をまだ全く知らない頃の話である。(ただし、店舗を借りずに自宅を作業場とし、人も雇用せず自分だけでやれば、この数字は可能と思う)
今、実際に経営をしてみてよく分かる。
10%残すのは至難の業!それだけ残せれば、超・優良企業。
経常利益のリアルについては、AIにも聞いてみた。以下はその内容である。
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中小企業庁のデータなどを見ると、日本の中小企業の平均的な売上高経常利益率は3〜4%前後です。そのため、10%というのはかなり生産性が高く、効率的な経営ができている証拠になります。
目指す水準は、企業の規模や経営方針によって異なりますが、一般的には以下のような目安で目標が立てられます。
最低限の防衛ライン:3%
赤字を避け、会社を維持するために最低限必要なレベルです。
目指すべき健全ライン:5%
多くの企業が「まずはここを安定して超えよう」と目標にする、標準的な優良水準です。これくらいあると、次の投資や内部留保(貯金)に回す余裕が出てきます。
トップクラス(超優良)ライン:10%以上
「優良企業」として一つの大目標になる水準です。独自の強み(差別化)があり、価格競争に巻き込まれていない企業がここに到達します。
*業種によっても大きく変わる
なお、この「〇%」という基準は業種によってかなり異なります。
飲食や小売、花屋などの実店舗・流通業: 仕入れ(原価)や人件費、家賃がかさむため、経常利益率は低くなりがちです(3〜5%でも優秀)。
IT・情報通信・コンサル業: 物を仕入れる必要が少なく固定費が低いため、10%〜20%以上の高い利益率を出しやすい傾向があります。
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ただ、この数字だけではリアルなところはつかめない。6割から7割の会社が赤字と言われている。ただ実際は利益があるなら役員報酬(自分の給料)を増やして、いざという時に備える人も多い。事業には波があり、戦争やコロナ危機のような外部環境に影響を受けることもある。
そんな時、社長のお金を会社に貸し付ける形で運転資金に使うことがある。いつかまた儲けが出た時に返してもらえばいい。だから、経常利益は低く抑えて、役員報酬を多くもらってる場合もある。
図らずも多店舗展開になる
一般クラス、プロコースなどで生徒さんたちと交流していくうちに、うちのレッスンの本質(より良く生きるためのお花教室)に共感してくれる人が増えた。そして、そのメソッドをさらに広げていくために「直営教室」をつくることとなった。
直営教室を開く条件は、自宅で教室が開ける人か、自分の店舗で教室が開ける人だ。つまり、固定費(家賃)がかからない環境で出来る人だ。もちろん、講師としての技術と資質があるかどうか試される試験もある。
合格すれば直営教室が開かれる。
そして、この直営教室の良いところは、集客や予約管理、花の仕入れなど一切やらなくていいというところ。全て本店で管理している。
講師は「教えること」だけに集中できる仕組みだ。
始めはうちの教室に共感して入ってきてくれた生徒さんたちが、どんどん成長してプロコースへ進み、そして直営教室の講師となって、同じ想いを広げていってくれる。
気づくと県内5か所にまで広がっていった。
起業したての、あの大いに勘違いしていたあの頃、あんなに夢見た規模の拡大、多店舗展開、多くの社員の雇用。それは一切叶わなかった。
成功している経営者は正社員を雇用し、多店舗展開している人だと私は思っていた。
でも今はまったくそうは思わない。
自分自身を活かして生きていける、これが幸せだと思っている。
だから規模の大きさとか、社員の多さとか、全くどうでもいい。
私は私に出来ることで喜ぶ人の数を増やすだけだ。しかも自分の好きなことで。
だけどそうやっていくと、結果的には増えていくのだ。人も拠点も。
それは自分に出来ることで喜ぶ人の数を増やした結果だ。
だからこれからも教室という拠点やそこに関わる講師はどんどん増えていくことになるだろう。
昔の私はどうやったら規模を大きくできるのか?そればかり考えて何も答えは出なかった。
でも今は、逆だ。結果的に大きくなっちゃうのだ。だって喜ぶ人の数が増えてそこから想いを共有する仲間が出来ていくから。増えていくし大きくなっちゃうのだ。そういう流れの結果ならOKだ。
💡規模の拡大を目指すのではなく、喜ぶ人の数を増やす
自分にできることで喜ぶ人の数を増やしていけば、結果的に人や拠点が増えて、規模が拡大していくこともある
終わりに
今、我々が取り組んでいるのは「花屋で働くスタッフの育成」だ。全国のお花屋さんで仕事をする人のうち、実は花束作りが苦手な人って多いのだ。
皆さんも経験がないだろうか?
花屋で花束を注文したら、ものすごく時間がかかったわりに、渡された花束がイマイチな出来栄えだったこと。
焦る花屋、冷や汗をかいている。
花屋もお客さんもみんな気まずい。
誰も幸せじゃない状況を生み出している。
じつはこれ、非常に多いのだ。なぜなら今、現場は人手不足と経費削減のため、人員に余裕はない。だから先輩や上司が丁寧に教えてあげる時間が取れないのだ。だから見て覚えるしかない。
だけど見ても分からいことが多い。なぜなら、その先輩もうまく出来ていなかったり、感覚やセンスに頼って自力でやってるから。これだと才能のある人は出来るが、そうじゃない多くの人は一生作れない。
この状況を解決しようと作った講座が「花束の組み方・実践講座」だ。
感覚やセンスに頼らず、「ルールと法則」という理論を教えることで、誰でも3分以内にクオリティの高い花束を作れるようになる講座だ。
最初は本店教室だけで開催していた。するとこの工場地帯の倉庫に全国から人が来るようになった。花屋で働く「花束が苦手な人たち」だ。
あまりにも遠くか飛行機や新幹線でやってくるので、こちらから出向こうと思い、今は東京、横浜、名古屋で会場を借りて毎月どこかで開催している。
まだ1年経たないが、受講者は150人を超えた。
全国からわざわざ来てくれる、つまり他にこのような講座が無いということだ。この講座はブルーオーシャンを取っていた。
講座の最後に必ず伝える言葉がある。
今日、習得したのはテクニックだ。プロとして当然身につけておくべき技術だ。そしてお客様に安心して使ってもらう。これは出来て当たり前のことなのだと。
そしてさらにもう一つ大事なことがある。それは「心を込めること」
心を込めた仕事は必ず伝わる。心をこめて真剣に向き合えば、些細なことにも気づける。
これまで参加してくださった全国の花屋さん150人が、それぞれの場所で、心を込めていい仕事をすれば、お花の素晴らしさがもっと伝わるのではないだろうか。お花で喜ぶ人の数を増やすのだ。
お花に癒される人、お花に救われる人もいるかもしれない。
日常にお花を取り入れる人が増えれば、生産者も市場も潤う。
この業界が存続できるのだ。
そしてさらに我々は全国に同じ想いを共有する直営教室を増やしていこうと思っている。
運営方法はこれまでの同一市内の直営教室とは違う方法をとらなければいけないだろう。でもそれは少し先の話。その時にきっといい方法を見つけるだろう。
今、私は毎日楽しく仕事をしている。もちろん悩みもある。(いや、そんなにないかも)心が軽く生きられるのは、自分を人と比べなくなったからだ。
昔は周りの経営者と自分を比べてみじめな気持ちになったり、嫉妬していた。でも今は違う。あえて言うなら、過去の自分と今の自分は比べるかも。
「いやあ、10年前より相当賢くなったね私。」とか。
💡人と比べない
過去の自分と比べよう
そしてもう一つ、毎日幸せを嚙みしめながら生きられのは
私が本来の自分を活かして生きる道を見つけたからだ。
私は教え方が多分うまい。そこに私の資質があるのだろう。
20代の頃に勤めていた進学塾では成績別にクラス分けされていたので、
クラスに寄って少しずつ教え方を変えていた。
でも結局どのクラスでも子どもたちが「お!分かった!なるほど!」と理解した時、それは表情に現れる。目がキラキラするのだ。
それは今、全国の花屋さんが来る「花束の組み方・実践講座」でもまったく同じなのだ。
これまでどうしても上手く作れなかった花束が、ルールと法則を知った途端、出来るようになる。その時の参加者はやはり目がキラキラしているのだ。初めて素早く作れたことに嬉しすぎて笑顔になっているのだ。
私はその表情を前から見て、「よしっ!」と心の中でガッツポーズをする。
ここに私は喜びを感じているのだ。
自分に出来ることで喜ぶ人の数を増やしているだけなのだ。
ここへきて気づく。約40年前、中学生だったころ私は社会科の成績がものすごく悪かった。100点満点中35点しか取れなかった。でもある日、先生の一言で急に社会科の本質を知ったのだ。
「歴史は暗記じゃないよ。昔、何があって、誰がどんな気持ちで動いたか、その連続でそうやって話がつながって歴史になってるんだよ」
この一言で勉強のやり方が激変し、私はそれ以降、社会科は90点を下回ることがなくなった。
だからこの日の先生のあの一言、あの衝撃、あの感激を覚えている。
私もこんな風に生徒に分かりやすく教えられる社会科の先生になろう!
それが20代までの私の夢となった。
あの瞬間、私自身の目がキラキラしていたはずだ。
結局、ここから始まっていたのだ。
人生って面白い。
💡本来の自分を活かして生きる
いろんな経験があなたの血となり肉となる。そこから自分を活かして生きていく道を見つけよう