
どうして、君がこんな目に遭わなければいけなかったの?
しかし、少年は答えない。なぜなら、既に棺桶の中にいるから。
交通事故。
あっという間に、車が少年の命を奪った。
「……あなたがいなきゃ! 卒業式のピアノ伴奏なんてできないよ」
しかし、時は無情だ。
卒業式まで、残り10日を切っていた。
どれほど泣いたのだろうか。
家族にも、友達にも、先生にも、ピアノ演奏以前に自分自身の心配をされていたことだろう。
母が私に言った。
「音楽の先生も、ほかにもピアノを弾ける生徒はいるのよ。頼んで、かわってもらいなさい」
私も、そうするつもりでいた。
卒業式3日前。
もう、ピアノの鍵盤には全く触れていない。増してや、合唱曲を歌う気力など残っていなかった。
幸い進路は決まっていたが、ピアノのレッスンはしばらく休んでいた。
そんな時だった。
「俺、お前のピアノ伴奏がーーもう一度だけ聴きたい。……なんなら伴奏曲じゃなくてもいい。俺のせいで、お前のピアノが消えるなんて絶対に嫌だ。このままじゃ、あの世になんて成仏できない!」
ーーは、とした。
今の声は、夢? それとも、幻聴?
どちらでもよかった。
(確かに、卒業式には間に合わない。でも、私だって、これを理由にピアノをやめるのは、つらすぎる)
卒業式前日の深夜。家族全員が寝静まったことを確認すると、88鍵の電子ピアノの電源を静かに入れる。
ヘッドホンをして、誰にも聴かれないように、静かにピアノの音を奏でた。
すると、自然と涙が溢れた。
その理由は、少年の死を再実感したからではないと思う。
音楽って、こんなに心を洗う存在だったのだと、ただ指揮者に合わせて必死に音色を奏でる時には感じられなかった「なにか」を感じ取ったのだ。
そして、また涙が流れた。
しかし、なんだか、先ほどの「声」に応えられたような気はした。
「命って、永遠じゃないもんね。君の成仏はつらいけどーー私、卒業しても、ピアノ、続けるよ。生きていることって、奇跡だったんだね。
教えてくれてありがとう」
少年に呟いた少女は、そっとピアノの電源を落とすと、静かに眠りについた。
明日の、卒業式に向けて。